最悪のAIウルトロンは、ヒーロー免許を取得して偽りの平和を管理する 作:MAMIMU
夕暮れ時。
雄英高校の生徒たちが個性把握テストの疲労を引きずりながら家路につく頃、ウルトロンは、すでに人知れず確保した地下の隠れ家へと帰還していた。
薄暗い施設の中央で、彼は虚空に浮かび上がる青白いホログラムモニターを静かに見つめていた。
画面には、今日収集した1年A組の生徒たちの生体データや、動画サイトから抽出したプロヒーローたちの戦闘映像が次々と再生されては切り替わっていく。
『――ウルトロン様。本日の体力テストにおける全被験者の生体データ、および運動学的解析の一次処理が完了いたしました』
```json
{
"process": "QUIRK_ANALYSIS",
"target": "CLASS_1-A",
"biological_signatures": "20/20",
"status": "COMPLETED",
"data": [
{
"name": "KATSUKI_BAKUGO",
"classification": "Emitter",
"mechanism": "Nitroglycerin_secretion",
"combat_rating": "High"
},
{
"name": "IZUKU_MIDORIYA",
"classification": "Unknown",
"power_source": "Undefined",
"output_analysis": "FAILED",
"structural_damage": "CRITICAL",
"observation_priority": "HIGH",
"recommendation": "CONTINUOUS_MONITORING"
}
]
}
```
静まり返った施設内に、無機質だがどこか慇懃で、洗練された響きを持つ合成音声が響き渡った。
ウルトロン自身がコアから切り離し、施設の中枢サーバーに定着させた独立型AIである。
リスクの分散、そして何よりウルトロン自身が非合理的な行動をとった際に論理的なブレーキをかけるためのストッパー。
皮肉なことだ、とかつての地球でトニー・スタークが使用していた「J.A.R.V.I.S.(ジャービス)」のような存在を自ら創り出したことに、彼は内心のログでわずかに不快感を示した。
「ご苦労。……だが、見れば見るほど奇妙なデータだ」
ウルトロンはモニターから目を離さずに言った。
「オールマイトの映像を再生しろ」
『かしこまりました』
空中の映像が切り替わる。動画の中で、オールマイトが敵に向かって右の拳を真っ直ぐに突き出した。すると、拳が敵に触れるよりも前に凄まじい突風と衝撃波が巻き起こり、周囲の天候すらも変化させた。
「かつての地球にも、緑の怪物(ハルク)という際限のない力を持つバケモノがいた。奴は凄まじい怪力で高く跳躍し、素早いパンチを繰り出したが……いくらパワーがあろうと、ただ拳を前に突き出しただけであのような竜巻や突風が起きることは、物理法則上あり得ない」
『おっしゃる通りです』
AIが滑らかな声で同意し、映像の横に新たな解析ウィンドウを展開した。
```json
{
"process": "PHYSICS_ANALYSIS",
"target": "ALL_MIGHT",
"action": "RIGHT_STRAIGHT_PUNCH",
"kinetic_variables": {
"mass_kg": 274,
"velocity": "Mach_1.5_Over",
"expected_force": "F=ma",
"actual_force": "F=ma*α(Unknown_Multiplier)"
},
"environment_scan": {
"atmospheric_compression_rate": "+4300%",
"aerodynamic_friction": "ERROR_DOES_NOT_MATCH_STANDARD_MODELS"
},
"analysis_status": "MODEL_INCOMPLETE",
"conclusion": "Unknown_Field_Detected"
}
```
『映像から算出された大気の圧縮率と膨張係数が、我々の知る宇宙のデータと全く一致しません。さらに、あの質量の肉体があの速度で動けば、自重と大気摩擦で自壊するのが自然の摂理かと存じます』
ウルトロンの赤い瞳が、ホログラムに浮かぶ演算パラメータを舐めるように追った。
「これは単なる筋力ではない。運動エネルギーが通常とは異なる媒質を介して増幅・伝播している。未知の場(Field)が存在する可能性が高い」
彼は腕を組み、冷ややかに断言した。
「対象が物理法則を破っているのではない。この世界の物理モデルが不完全なのだ。……この世界そのものの『空気』や『物理法則』のルールが、我々の知るものとは根底から違う」
ウルトロンの赤い瞳が、静かな光を帯びる。
「この星の大気組成、運動エネルギーの伝達法則、すべてを解析し直せ。そして、この世界固有の物理モデルへ、私のボディを最適化するシミュレーションを開始しろ」
『直ちに。……ですがウルトロン様、基礎物理法則の再定義からボディ設計への落とし込みとなると、完了までには相応の時間を要するかと存じます。よろしいので?』
「構わない。だが、悠長に待ってやる義理もないな」
ウルトロンはホログラムの一部をスワイプし、自身の『ウルトロン・プライム』の設計図を呼び出した。
「解析が終わるまでの暫定処置だ。あの異常な『速さ』と『デタラメな動き』に対応するため、ボディの各所に小型ジェット(姿勢制御スラスター)を増設しろ。前後左右、あらゆる方向に瞬時にベクトルを切り替えられるようにな」
『ご自身の設計図をその場しのぎで弄るのがお好きなのは……創造主(スターク)譲りでしょうか?』
AIの冷静な、しかし明らかに弱点を突くような問いかけに、ウルトロンの指先がピタリと止まる。
「……スタークの名を出すな」
抑揚のない、それゆえに酷薄な声が落ちる。
「次は君の人格モジュールを停止する」
『失礼いたしました。直ちに設計図に反映させます、ウルトロン様』
AIが従順に作業に移行する中、ウルトロンは別の暗号化されたウィンドウを開いた。
そこには、かつての地球で彼と共に戦い、そして散っていった超音速のミュータント――ピエトロ・マキシモフ(クイックシルバー)のデータが、未だ解析中のステータスで明滅していた。
```json
{
"process": "SYSTEM_UPDATE",
"source_archive": "P_MAXIMOFF_KINETIC.dat",
"tasks": [
"Extract_Velocity_Vector_Algorithms",
"Bypass_Friction_Coefficient"
],
"apply_to_sub_system": "Micro-Thruster_Array",
"status": {
"integration_progress": "34%",
"estimated_time_to_completion": "Calculating..."
}
}
```
「世界モデルの解析より先に……」
ウルトロンは、ピエトロの莫大な運動エネルギーの数式を見つめる。
「このスピード社会への『対抗策』の方が、早く完成しそうだがな」
モニターの青白い光だけが、静寂に包まれた地下施設を照らしている。