マイペースで少し抜けている彼女は、なぜか昼休みも放課後も、当たり前のように八幡の隣へ座ってくる。
風紀委員を務める一方、eスポーツ同好会の代表でもあるすみれには、「eサキュ」と呼ばれる理由があった。柔らかな声で褒め、無自覚に距離を縮め、相手を勘違いさせてしまうのだ。
交流会の準備を通して少しずつ近づいていく二人。
けれど八幡の不用意な一言をきっかけに、すみれは彼から距離を置いてしまう。
拳一つ分から始まった、風紀委員とひねくれ者の恋のお話。
・学園パロディー
・比企谷八幡×花芽すみれ
・独自設定、設定改変
・恋愛要素
・キャラクター解釈
原作、ご本人、所属団体および関係者各位とは一切関係ありません。
※本作は、作者本人がpixivおよびハーメルンに同一内容を掲載しています。
投稿時期や修正の反映状況により、軽微な表記の違いが生じる場合があります。
朝の校門には、なるべく目を合わせたくない人間がいる。
教師、生活指導、それから腕章をつけた風紀委員だ。
別に悪いことをしていなくても、ああいう人種と目が合うと、なぜかこちらに非があるような気分になる。日頃の行いとは無関係である。たぶん。
だから俺は、校門脇に立つ女子生徒と目が合った瞬間、わずかに進路を変えた。
すみれ:「比企谷くん。ちょっと止まって」
手遅れだった。
左腕には赤い腕章。
風紀委員長、花芽すみれ。
二年になって同じクラスになってから、何度かこうして呼び止められている。
俺はネクタイを見る。
一応は結んである。シャツも出ていない。
八幡:「今日は何だ」
すみれ:「イヤホン」
八幡:「外してるだろ」
すみれ:「片方だけ」
右耳に手をやる。
確かに残っていた。
八幡:「再生してないぞ」
すみれ:「でもついてる」
八幡:「ついてるだけだ」
すみれ:「登校中は周りの音が聞こえた方がいいから、外して」
花芽が胸の前で小さな手帳を開く。
俺がイヤホンを外すより先に、さらさらと何かを書き始めた。
八幡:「今ので記録されるのか」
すみれ:「二年F組、比企谷八幡。イヤホン片耳。注意一回」
八幡:「そこまで細かく残すのかよ」
すみれ:「同じ人に何回も言うことになったら困るじゃん」
八幡:「俺、そんな常習犯みたいな扱いなのか」
仕方なくイヤホンをケースへ戻す。
すみれ:「はい。よろしい」
花芽は手帳に小さな丸を書き足した。
八幡:「今の丸は何だ」
すみれ:「ちゃんと外したから、いい子の丸」
八幡:「高校生に使う評価方法じゃないだろ」
すみれ:「じゃあ消す?」
八幡:「……丸でいいです」
すみれ:「ん。素直でよろしい」
なぜ高校生にもなって、風紀委員長からいい子判定を受けているのだろう。
花芽は手帳を閉じようとして、ふと顔を上げた。
すみれ:「そういえば、先週も廊下で本読みながら歩いてたよね」
八幡:「移動時間を有効活用していただけだ」
すみれ:「前見てなかった」
八幡:「誰ともぶつかってない」
すみれ:「ぶつかってからじゃ遅いよ」
柔らかい声のままだが、言うことは正しい。
すみれ:「そういえば、この前も特別棟の階段でお昼食べてたよね」
八幡:「別に禁止されてないだろ」
すみれ:「昨日、掃除で立入禁止になってたから。行くなら札ちゃんと見てね」
八幡:「見ればいいんだろ」
すみれ:「うん」
そこで、ふと花芽の姿勢が目についた。
八幡:「その割に、お前さっきまで柱にもたれてたよな」
すみれ:「……」
花芽が無言で柱から背中を離す。
八幡:「勤務態度はいいのか、風紀委員長」
少し考えたあと、花芽がもう一度手帳を開いた。
すみれ:「花芽すみれ。勤務中にもたれていた。注意一回」
八幡:「本当に書くのかよ」
すみれ:「自分だけなしは、ずるいから」
妙なところで律儀である。
すみれ:「帰りもイヤホン気をつけてね」
八幡:「へいへい」
背後で花芽が小さく笑った。
◇
昼休み。
俺は人の少ない特別棟の階段へ向かった。
入口を見る。
立入禁止の札はない。
これで少なくとも風紀委員様から文句を言われる筋合いはない。
踊り場に腰を下ろして弁当箱を開ける。
卵焼きへ箸を伸ばしたところで、上から足音がした。
すみれ:「いた」
八幡:「いない」
すみれ:「いるよ」
八幡:「残像だ」
すみれ:「残像がお弁当食べてる」
花芽が一段上からこちらを見下ろしていた。
片手には購買の袋。中からメロンパンが覗いている。
すみれ:「札、なかった?」
八幡:「確認済みだ。今日は無罪だぞ」
すみれ:「ん。なら大丈夫」
小さく頷く。
用件は終わったはずなのに、花芽は動かない。
八幡:「何だ」
すみれ:「ここ座っていい?」
八幡:「他にいくらでもあるだろ」
すみれ:「教室ちょっとうるさかった」
八幡:「俺は一人でいるためにここへ来てるんだが」
すみれ:「じゃあ静かにする」
八幡:「解決してない」
言っている間に、花芽は俺の隣へ腰を下ろした。
近い。
肩が触れているわけではない。
だが、間にあるのは拳一つ分ほどだ。
女子との適正距離は最低でも机一つ分。俺の中ではそう決まっている。
八幡:「……近くないか」
すみれ:「そう?」
花芽が二人の間を見る。
すみれ:「ぶつかってないよ」
八幡:「ぶつからなければ適正距離というわけじゃない」
すみれ:「じゃあ、どれくらい?」
八幡:「もう少しだ」
すみれ:「もう少しって?」
八幡:「具体的な数値を求めるな」
俺は反対側へ少し腰をずらした。
これなら多少は落ち着ける。
そう思った直後、花芽が俺の空けた分だけ何気なくこちらへ寄ってきた。
八幡:「待て」
すみれ:「ん?」
八幡:「今、詰めただろ」
すみれ:「うん」
八幡:「なぜ」
すみれ:「比企谷くんが空けたから」
八幡:「お前のために空けたんじゃない。俺が離れたんだ」
すみれ:「同じじゃないの?」
八幡:「結果しか見てないだろ」
花芽はよく分からないという顔のまま、メロンパンの袋を開けた。
すみれ:「卵焼きおいしそう」
八幡:「やらんぞ」
すみれ:「まだ何も言ってない」
八幡:「顔に書いてある」
すみれ:「一個ほしいなって思っただけ」
八幡:「結局言ってるじゃねぇか」
花芽が少し笑う。
そのままメロンパンを一口かじった。
すみれ:「比企谷くんって、思ってたよりちゃんとしてるね」
八幡:「朝注意された人間に言う台詞か?」
すみれ:「注意したらちゃんと外したし」
八幡:「評価基準が低すぎる」
すみれ:「あと、さっき札も確認してた」
八幡:「お前に言われたからな」
すみれ:「ちゃんと聞いてるじゃん」
何でもないように言う。
距離も近いままだ。
ふと、クラスで聞いた妙な呼び名を思い出した。
八幡:「……eサキュ」
花芽の動きが止まる。
すみれ:「それやめて」
八幡:「知ってるのか」
すみれ:「知ってるよ。みんな面白がって言うし」
八幡:「由来も?」
すみれ:「なんかゲームで褒めるとか、そういうのでしょ」
八幡:「だいたいは」
すみれ:「でも別に誘惑してないよ」
八幡:「今の距離で言われると、若干説得力が落ちる」
花芽はまた二人の間を見る。
すみれ:「そんな近い?」
八幡:「さっきから言ってるだろ」
すみれ:「でも、隣に座るのはいいんでしょ?」
八幡:「追い出すほどじゃない」
すみれ:「じゃあ、いいじゃん」
あっさり結論を出し、花芽はまたメロンパンをかじった。
たぶん本人に深い意味はない。
そう思っておくのが、一番安全だった。
◇
放課後、担任に呼び止められた。
嫌な予感というものは、過去の経験をもとに脳が導き出す精度の高い未来予測である。
そして今回も、よく当たった。
担任:「比企谷。悪いが花芽の手伝いをしてやってくれ」
渡された紙束の表紙には、『eスポーツ交流会・実施計画書』とある。
八幡:「なぜ俺が」
担任:「花芽が推薦した」
隣を見る。
花芽が小さく手を上げた。
すみれ:「おいす~」
八幡:「今する挨拶じゃないだろ」
すみれ:「挨拶はしていいでしょ」
八幡:「で、なぜ俺なんだ」
すみれ:「細かいところ見てくれそうだから」
八幡:「褒めてるのか?」
すみれ:「朝もずっと細かかったじゃん」
八幡:「褒めてなかった」
担任は仕事を押しつけ終えた人間特有の晴れやかな顔で教室を出ていった。
残された俺は計画書をめくる。
開催日時。参加校。使用教室。機材一覧。
そのあたりはきちんと埋まっている。
問題は、開催目的だった。
『ゲームを通じて学校同士で仲良くなる。煽り禁止』
八幡:「内容は分かる」
すみれ:「でしょ?」
八幡:「だが提出書類の文章じゃない」
すみれ:「伝わるじゃん」
八幡:「提出先は友達じゃない」
すみれ:「難しいね」
別紙を見る。
ケーブルは床へ固定。飲み物は蓋つき。体調不良者は無理に参加させない。暴言や煽りが続く場合は試合を止める。
安全面は細かい。
八幡:「こっちはちゃんとしてるな」
すみれ:「事故あったら危ないから」
八幡:「その真面目さを一割くらい開催目的へ回せ」
すみれ:「そこは比企谷くんがいるじゃん」
八幡:「最初から人を文章校正ソフト扱いするな」
◇
放課後、特別棟の端にあるeスポーツ同好会の部室へ移動した。
五台のパソコン。予備のキーボード。壁際に積まれたモニターの箱。
いかにも、生徒が好きなものを持ち寄って作った部屋である。
花芽は自分の席へ着くと、パソコンを立ち上げた。
そこからは早かった。
更新状況を確認し、ネットワークを見て、周辺機器を一台ずつ動かしていく。
操作に迷いがない。
八幡:「機材は手慣れてるんだな」
すみれ:「何その言い方」
八幡:「書類との落差がすごい」
すみれ:「機材は触れば分かるから」
八幡:「提出書類も読めば分かるようにしろ」
すみれ:「それは比企谷くんの仕事」
八幡:「いつ決まった」
すみれ:「さっき」
さらっと役割分担を確定された。
その後、動作確認の人数が一人足りないという理由で、俺もゲームへ参加することになった。
ヘッドセットを装着する。
試合が始まると、花芽の雰囲気が少し変わった。
画面を見る目がまっすぐになる。
すみれ:「右から二人。比企谷くん、少し下がって」
八幡:「ここか」
すみれ:「もうちょい右。……うん、そこ」
短い。
だが分かりやすい。
余計な情報がなく、必要なことだけが飛んでくる。
すみれ:「今の上手」
八幡:「偶然だ」
すみれ:「偶然でも当たったならいいじゃん」
八幡:「次来るぞ」
すみれ:「見えてる。焦らなくていいよ」
言われた通りに照準を合わせる。
一人落とす。
すみれ:「ナイス。もう一人、左」
指示に合わせて動く。
しばらくして、勝利を知らせる表示が出た。
すみれ:「おー。比企谷くん、ちゃんと動けるじゃん」
八幡:「お前の指示が分かりやすかっただけだ」
すみれ:「すみれ、代表だからね」
普段とは違って、ゲーム中の花芽には迷いがない。
そのくせ、褒める時の声はいつも通りだった。
八幡:「……eサキュ」
すみれ:「だから違うって!」
花芽の声が部室に響いた。
◇
それから二週間、俺たちはほとんど毎日のように放課後を同じ部室で過ごした。
俺が書類を整え、花芽が機材を準備する。
役割としてはそれだけだ。
ただ、花芽は自分の作業が終わっても帰らなかった。
八幡:「そっち終わったんだろ」
すみれ:「終わったよ」
八幡:「なら帰れ」
すみれ:「比企谷くんまだいるじゃん」
八幡:「俺は作業が残ってる」
すみれ:「じゃあ待ってる」
八幡:「待つ必要はない」
すみれ:「別にいいじゃん」
そして空いている席がいくらでもあるのに、毎回俺の隣へ椅子を持ってくる。
最初の数日は近いと言った。
そのたびに少しだけ椅子を動かす。
せいぜい拳一つと少しまで離れる程度だったが、もう訂正するのも面倒になった。
会話が続く日もあれば、ほとんど喋らない日もある。
花芽は静かな時間を気にしなかった。
俺が書類を直している横で菓子を食べたり、スマホを見たり、ときどき机へ突っ伏したりする。
帰れと言えば、聞こえなかったふりをする。
それでも邪魔はしない。
気づけば、花芽が隣にいる放課後が普通になっていた。
こいつにとっては、たぶんこの距離が普通なのだ。
そう思っておけば、それでよかった。
◇
交流会の前日。
最終確認を終えて部室を出ると、廊下の先から参加メンバーの男子生徒が二人歩いてきた。
男子生徒:「花芽先輩、明日よろしくお願いします」
すみれ:「うん。遅刻しないでね」
男子生徒:「今日の練習どうでした?」
すみれ:「よかったよ。昨日より連携できてた」
男子生徒:「マジですか。よかった」
すみれ:「明日もその感じで頑張って」
二人は嬉しそうに去っていった。
何ということもない会話だ。
代表が参加者へ声を掛けただけ。
それなのに、妙に引っかかった。
すみれ:「比企谷くんも明日よろしくね」
八幡:「俺は運営補助だ」
すみれ:「でも助かってるよ。書類も全部ちゃんとしたし」
また、同じように自然に褒める。
八幡:「……お前、誰にでもああいうこと言うんだな」
すみれ:「ああいうこと?」
八幡:「褒めたりとか」
すみれ:「上手かったから褒めただけだよ」
八幡:「……そうか」
すみれ:「なに?」
八幡:「別に。ただ、人によっては勘違いするぞ」
花芽が足を止めた。
すみれ:「比企谷くんも?」
返事が一瞬遅れた。
八幡:「俺はしない」
すみれ:「……そっか」
八幡:「だから一般論として――」
すみれ:「比企谷くんは、しないんだ」
もう一度、さっきより小さな声で言う。
八幡:「……何だよ」
すみれ:「別に」
花芽はそれ以上何も言わず、先に歩き出した。
いつもなら半歩ほど先で俺を待つのに、その日は昇降口まで振り返らなかった。
◇
翌日の交流会は、大きな問題もなく進んだ。
ネットワーク障害なし。
機材トラブルも軽微。
揉め事もなく、体調を崩した参加者もいない。
花芽はパソコン室を動き回っていた。
配線を確認し、飲み物が机の端にあれば声を掛ける。
試合後には結果を確認し、次の組み合わせを案内する。
責任者としての動きに迷いはなかった。
ただし、一度も俺の隣には来なかった。
必要な連絡は短い。
すみれ:「次、十分後に始めるよ」
八幡:「了解」
すみれ:「ケーブル一本、予備出していい?」
八幡:「棚の右側にあった」
すみれ:「ありがと」
それだけ。
休憩中も少し離れた席へ座る。
目が合えば普通に話すが、いつものように近づいてくることはない。
昨日の一言を気にしているのだろう。
だったら、これで正しいはずだ。
なのに妙に落ち着かない。
視界の端に花芽がいるたび、普段ならそこにいるはずの距離との差だけが目についた。
俺が望んだのは、こういうことだったのだろうか。
◇
交流会終了後。
借りていたヘッドセットと予備のケーブルを戻すため、俺は部室に残っていた。
箱を棚へ戻していると、扉が開く。
花芽だった。
すみれ:「まだいた」
八幡:「片づけが残ってる」
すみれ:「すみれも手伝う」
八幡:「責任者は十分働いただろ」
すみれ:「自分の部室だし」
花芽はそう言って、机の上に残った資料をまとめ始めた。
いつもなら、そのまま俺の隣まで来る。
今日は机一つ分ほど離れている。
静かな時間が少し続いた。
すみれ:「比企谷くん」
八幡:「何だ」
すみれ:「すみれ、ちゃんと気をつけたよ」
八幡:「何を」
すみれ:「昨日。勘違いするって言ってたから」
八幡:「……全部やめろって意味じゃない」
すみれ:「でも、何がそう見えるか分かんなかったから」
八幡:「加減ってもんがあるだろ」
すみれ:「その加減が分かんないんじゃん」
昼休みに階段で聞いたのと同じような言葉だった。
ただ、今回は少しだけ声が弱い。
すみれ:「すみれ、みんなと普通に仲良くしたいだけなんだけど」
八幡:「分かってる」
すみれ:「ゲームが上手かったら上手いって言いたいし、頑張ってたら頑張ってって言いたい」
八幡:「それ自体が悪いとは言ってない」
すみれ:「うん」
花芽が一度視線を落とす。
すみれ:「でも、比企谷くんにまで、みんなと同じだって思われるのは、ちょっと嫌だった」
言葉が止まった。
八幡:「……何が違うんだ」
すみれ:「それは、まだ分かんない」
八幡:「おい」
すみれ:「でも、同じじゃないのは分かる」
花芽が一歩こちらへ来る。
そこで止まった。
昨日までなら、そのまま何も考えずに隣まで来ていた。
今日は来ない。
花芽が残った距離を見て、それから俺を見る。
すみれ:「……ここ、いい?」
八幡:「何が」
すみれ:「ここ」
花芽が自分の足元を指す。
近いと文句を言っていたのは俺だ。
なのに、一日離れただけで落ち着かなかったのも俺だった。
八幡:「……前くらいでいい」
すみれ:「前?」
八幡:「いちいち言わせるな」
花芽が一度瞬きをする。
それから、もう一歩こちらへ来た。
拳一つと少し。
いつもの距離だった。
すみれ:「これくらい?」
八幡:「……そうだな」
すみれ:「ん」
それだけ言って、花芽は俺の隣に残った。
すみれ:「ねえ、明日もお昼一緒に食べよ」
八幡:「また階段か」
すみれ:「うん」
八幡:「教室で食え」
すみれ:「うるさいからやだ」
八幡:「他にも静かな場所あるだろ」
花芽が少しだけ考える。
それから、いつもの柔らかい声で言った。
すみれ:「比企谷くんの隣がいい」
心臓が一拍遅れる。
またこいつは、そういうことを。
八幡:「それ、また勘違いするぞ」
花芽が一度だけ瞬きをした。
すみれ:「……うん」
八幡:「分かって言ってんのか」
今度はすぐに答えなかった。
少しだけ視線を逸らす。
すみれ:「……たぶん」
それでも、花芽は離れなかった。
しばらくして、鞄から風紀手帳を取り出す。
八幡:「何してる」
すみれ:「花芽すみれ。紛らわしい言い方。注意一回」
八幡:「自分につけるのかよ」
すみれ:「自分だけなしは、ずるいから」
朝と同じことを言って、花芽は手帳へ何かを書き足した。
覗くと、小さな丸だった。
八幡:「注意なのか丸なのか、どっちなんだ」
すみれ:「ちゃんと聞けたから、いい子の丸」
八幡:「誰が」
すみれ:「比企谷くん」
八幡:「俺かよ」
すみれ:「じゃあ消す?」
八幡:「……丸でいいです」
すみれ:「ん。よろしい」
満足そうに手帳を閉じる。
――「比企谷くんの隣がいい」。
あれまで無自覚だったとは、さすがに思えない。
その方が、俺にはよほど困る。
◇
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、比企谷八幡×花芽すみれの読み切りでした。
マイペースで少し抜けているけれど、真面目なすーちゃんを書けていたら嬉しいです。
それでは、また次のお話で。
※本作は、作者本人がpixivおよびハーメルンに同一内容を掲載しています。
投稿時期や修正の反映状況により、軽微な表記の違いが生じる場合があります。