Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
「……さいあく」
子どもは朝起きるやこちらへ向けて暴言を吐いている。……昨日のことを根に持っているのだろうか。
(ハリー?)
「まったく覚えてないけどなんか変な夢見た気がする。ターバンにスリザリンが良いって話しかけられた……たぶんトフィーと帽子のせい」
(冤罪じゃないか)
クィレルのターバンは確かに印象的ではあるが、ターバンと帽子を混同しているし僕が関係するのはスリザリンくらいしかない。確実に夢見が悪かったことに対する八つ当たりだろう。
こちらの返答に納得したのか流石に八つ当たりだと気付いたのか、子どもはため息をついて寝ぐせの凄い頭を振りながら、寝台についている垂れ幕を開いた。
……。
身支度を済ませてロンと共に寮を出た子どもは、まるで見世物小屋にいる動物のような有様だった。
「ねえ、見た?」
「どこどこ?」
「ほらあそこ、赤毛ののっぽの」
「あの眼鏡のやつ? 傷見えた?」
子どものことを爪先立ちで見ようとする人間、わざわざ傷を見ようとまとわりつく人間。子どもの隣にいるロンが時折「なんだよ」と言って追い払ったり散らしているがきりがない。子どももだいぶ辟易としているようだ。
更に言えば、この城はまともな造りではなかった。
百を超える多種多様な階段は、たまに異なる場所へ通じたり、階段が一段消失したりと防犯意識に富んでおり、扉も丁寧に頼み込まないと開かなかったり壁に擬態していたりと、子どもとロンは迷子になる確率が高かった。
「……」
なお、僕も城の道がどうなっているかの記憶はさっぱり無いので、こちらを頼られても困るというものである。
(だからそんな目で睨まれてもね。それに、僕は学校の道くらいは自力で覚えるべきだと思うよ)
役立たずめ。と言わんばかりに表情を一瞬くしゃりと歪ませ、目線を斜め下へと動かす子どもは、現在管理人フィルチとやらに取っ捕まっている。
どうやら老いぼれが死ぬと言っていた例の場所にうっかり迷い込んでしまったようだ。子どもは運が悪いためさもありなん、といったところだろうか。今は地下牢に閉じ込めてやろうかとフィルチに脅されてしまっている。
「み、みな、さん。ど、ど、どうか、されました……?」
廊下の向こうからクィレルが現れた。子どもとロンがフィルチに脅されているのを見て状況を察したらしく、そのままおどおどとフィルチへ「一年生なら道に迷っただけだろう」と取りなして子どもを解放させた。
「ふー、助かったね」
「まったく! 先生がちょうど通りかからなかったら、僕らきっとあのまま地下牢行きだったよ」
(それより、早くしないと授業に遅れるよ)
子どもはフィルチに捕まっていた時間に気付いたのか、ロンと一緒に走り始めた。
◇
授業はおおむね滞りなく進んでいた。子どもは何もかもが新鮮なようで、杖を振る変身術や呪文学だけではなく、天体観測や植物の授業なども真面目に受けていた。が、魔法史だけはどうにも合わないのか眠気と戦っているようだった。
僕のほうは、知っている気がするものもあればまるで覚えのない内容もあった。
(だから寝るんじゃない)
……こちらの忠告も虚しく眠ってしまった。なので夜に予習をさせようとしたところ、子どもは教科書を開いた瞬間に眠り込んだため翌朝責め立てた。どうやら教科書だけでも駄目のようだ。子どもが眠りにつくと、僕も引きずられてまどろんでしまうからせめて意識をハッキリとさせていてほしい。
「無理だよ退屈だもん」
(魔法界の歴史なんだ。そのうち君も掲載されるかもしれない。と考えれば……どうだい?)
「なけなしの興味もなくなったかな……」
駄目みたいだ。また、子どもが一番待ち望んでいた「闇の魔術に対する防衛術」の授業は肩透かしに終わってしまったようだった。吸血鬼を近寄らせないようにという理由で教室はニンニク臭く、クィレルの教室に何故かいるイグアナだけが平然としているような状態である。それにターバン自体も変な匂いがするのか、ターバンにもニンニクを詰めているのではないかというおかしな噂まで流れていた。
学校にも慣れたのか、金曜日にはついに子どもとロンは迷わずに大広間の朝食へと辿り着いた。
「今日の授業って何だっけ?」
「魔法薬学。スネイプはスリザリンの寮監で、いつもスリザリンを贔屓するって噂」
ロンは続けて、この授業はスリザリンの連中と一緒だと話した。そのまま子どもと一緒になって、グリフィンドールの寮監も贔屓してくれたらいいのにと話している。
バサバサと音が聞こえたため上を見ると、子どものふくろうが飛んできていた。あのふくろうは、郵便など無くても時々子どもの元にやってきてはトーストをねだったり、子どもの耳をかじったり、こちらを睨みつけたりと日々自由気ままに過ごしている。ところが、今日は仕事だったのか子どもに手紙を渡し、返事を待っているようだった。
「ハグリッドからだ! 今日の午後三時にお茶しないかだって」
子どもはロンに羽根ペンを借り、そのまま手紙の裏に承諾の返事を書き始めた。
魔法薬学の授業は地下牢の教室で実施するらしい。その教室は今までの教室よりも寒く、温度や湿度を素材の保管のために一定に保っているのだろう。壁に沿ってガラスの瓶が並んでおり、中には何かしらの素材が保管されているようだった。
子どもはドラコと目が合ったのか手を振っている。ドラコは目を瞬かせると、控えめに頷いた。
……はて。そういえばスリザリンの寮監だと子どもとロンは話していたが、一体どのような人物なのだろうか。組分けの際に見かけただろうか?
扉が大きな音を立てて開くと、黒づくめの教師が入ってきた。スリザリンの寮監だと聞いていたため、他の寮監のようにてっきりもっとお年を召した人間だと思っていた。スリザリンの寮監が最年少なのか、子どもになめられそうだが。
「ハリー・ポッター」
男、確か名はスネイプだったか? スネイプは子どもの名前を猫なで声で呼び、我らのスター呼びをしている。スリザリンの幾人かはくすくすと小さく笑っている。
出席を取り終わると、この授業では杖を振るう必要のない技術であること、繊細であるが故に芸術のようなものであること、極めることで名声を瓶詰に栄光を醸造し、死にすら蓋をすることができると静かな声で長々と語った。
……なるほど。呟くような話し方にもかかわらず子どもを黙らせることができるのか。名家出身の多いスリザリン生徒が素直に従っていることが疑問だったが、従う判断をするような能力はあるらしい。
「ポッター!」
ロンと目配せしていた子どもは、急に呼ばれて驚いている。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になる?」
子どもは唖然としたようだった。ロンは降参という顔をしているが、ハーマイオニーやドラコは分かっているようだ。……確か生ける屍の水薬だっただろうか? 初回の授業で質問するのであれば予習範囲を伝えておけばよいのに。嫌がらせだろうか? 子どもがこちらへと目線を一瞬向けてきたので答える。
(たしか『生ける屍の水薬』という眠り薬……だったかな)
今回は子どもへ協力することにする。死にすら蓋ができるということであれば、ぜひとも習得すべきだろう。こんなところで苦手意識を持たれてしまっては困る。
「『生ける屍の水薬』と呼ばれる眠り薬です」
冷笑しかけていたのだろうか? スネイプは口元を引き結び目を細めると、すぐ次の質問を行った。
「ではポッター。ベゾアール石はどこで見つかる?」
一問だけでは終わらないのか。ベゾアール石……? 解毒剤だっただろうか。
(……たしか反芻動物の胃から見つかるはずだ。牛か羊か……山羊だったかな?)
子どもが眉をひそめた。たぶんこの三択の中に正解はあるはずなので、後はなんとか頑張ってほしい。
「えぇっと……羊。いや、山羊の胃を探します」
羊で一瞬歪んだ口元は、子どもが山羊と訂正したことで無表情になった。子どものことを嫌っているのだろうか、それともスリザリン以外は全員共通でこうなのだろうか。
「ではモンクスフードとウルフスベーンとの違いは?」
僕のことだからきっと昔は知っていたのだろうが、正直植物の違いなんてさっぱりだ。今までと異なり何のとっかかりも思い浮かばない。
(植物の違いなんてわからないね)
「わかりません」
ハーマイオニーは子どもの回答に驚いていたようだが、わからないと返答するや否や椅子から立ち上がりまっすぐ手を伸ばした。
スネイプは、子どもが答えられないことに満足したのか口元を歪めてせせら笑っている。
「二問ほど答えた程度で満足したかねポッター? 有名人にしては、あまりにも知識が貧相なようだな」
「……僕が答えられなくなるまで質問するつもりだったんですか?」
子どもは苛立ちを感じたのか、スネイプの目をまっすぐと見つめ返した。
「思い上がりも甚だしいな。無礼な態度でグリフィンドールは一点減点」
「いいえ。ただ僕が有名人扱いされているので気になりまして」
「魔法界中が知っていることを、わざわざ本人へ確かめる必要があるとでも?」
「ええ。先生はみんなが言っていることなら信じるんですか?」
「「……」」
睨み合ったまま、沈黙が一瞬落ちた。
異様な雰囲気を感じたのか、ハーマイオニーは椅子へ座り、スリザリン生徒もグリフィンドール生徒も固唾をのんで注目している。
「……教師に口ごたえとは。グリフィンドールはもう一点減点」
よくわからないが睨み合いは子どもの勝利で幕を閉じたらしい。スネイプは子どもから視線を外すと、三つの問題の答えを説明し始めた。
その後のおできを治す薬の調合と実践に入ったが、ドラコ以外の生徒はほぼ注意をされていた。……苛立ちを生徒へぶつけているのかとも思ったが、ドラコの調合を見るとかなり手際が良かったので、特別扱いというよりはドラコの調合は見なくても問題ないと判断されていそうだ。
……ん?
(ハリー。君の隣にいるネビルが鍋を爆発させようとしてるよ)
「ネビル! 針は大鍋を火から降ろしてから入れないと」
「あっごめんハリー。ありがとう」
振り向いて注意した子どもにより、どうやら惨劇は回避できたようだ。ネビルは手に持った針を引っ込めている。スネイプは一瞬子どもの方へと目を向けたが、そのままドラコが仕上げた角ナメクジを褒めている。
その後は大きな事故も発生せずに無事授業は終了した。
子どもは若干ふらふらとしながら地下牢の階段を上っている。
「やあポッター。初日の授業から二点もスネイプ先生から減点されるなんて大したものじゃないか」
「げぇマルフォイ」
ロンは嫌そうな声を出し、子どもはドラコの言葉に少しだけ気分を害したようだった。ドラコはそのままロンを無視して続けた。
「でも、あんな風にスネイプ先生へ言い返すとは思わなかったよ。君、どうしてスリザリンじゃなくてグリフィンドールなんだ?」
(僕もそう思う)
初日の授業かつ初対面の教師へ、あれだけ遠回しに含みを持たせて言い争って睨み合うのだ。グリフィンドールのような直情的な気質とは雰囲気が異なるので違和感を覚えるだろう。
「実は組分け帽子には、スリザリンとグリフィンドールで悩まれたんだ。最終的にグリフィンドールの方が良いだろうって」
(そうやって自分の都合の良いように平然と改ざんするところも、実にスリザリン気質だと僕は思うな)
僕も帽子もスリザリンだったじゃないか。子どもは嫌そうに一瞬こちらへ目を向けた。
「なるほど道理で。やっぱりスリザリンにも向いていたんじゃないか」
「ハリーはもうグリフィンドール生だけど?」
スリザリンだったらきっともっと楽しかったのに。と続けているドラコへロンが噛みついている。
「あはは、違う寮でもよろしくね」
「……まあいいさ。次の授業では失点するなよポッター」
そのままドラコは機嫌よさげにクラッブとゴイルと共に去っていった。