Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
「なんだよあいつ。自分はスネイプに怒られないからって」
ロンは飄々と去っていったドラコたちを見ながらブツブツと言った。
「ハリー、たった二点の減点なんて気にしなくていいよ! フレッドとジョージだって減点されてるし、なんならスネイプだけじゃなくてマクゴナガルにもしょっちゅう減点されてるからさ」
それは本当に安心材料になるのだろうか?
「そうなんだ。……それにしてもなんで僕のことを嫌うんだろう」
「スネイプは誰にだってああだって聞くよ! 例外なんてマルフォイとかスリザリンの奴らくらいしかいないんじゃないか?」
ロンは別に気にしなくて良いと子どもの背中を叩き、一緒にハグリッドに会いに行って良いかを聞いている。初対面で名前を笑う無神経な人間だと思っていたが、こうして落ち込んだ相手を気遣うことはできるのか。子どもの機嫌はドラコやロンと話したことにより持ち直したようだった。
(とりあえず昼食を食べたらどうだい? 金曜の授業はこれで終わりだろう?)
子どもは目を大きくしてロンと一緒に大広間へ向かって走り出した。……なお授業が無いだけで課題などは山積みではあるが。
「課題なんて日曜にやればいいじゃん」
昼食を食べながら子どもはロンと土日の予定を話している。ロンは後でまとめてやるつもりのようだが、あの課題の山は一日で終わる量だろうか。
「じゃあ明日は何する?」
「うーん。城の探検とかクィディッチ競技場の見学とか? あとはそうだなぁ湖の方とかにも行ってみる? フレッドとジョージが言ってたんだけど、あの湖にはでっかい大イカがいるんだってさ」
そのままロンは、三時まで時間あるしホグワーツのクィディッチ競技場見てみないかと続けた。……学校に競技場を作るくらいあの野蛮なスポーツは盛んなのか。
昼食を食べ終わると子どもとロンは競技場へと移動し始めた。
「すげぇ……!!」
競技場の周りを塔のような観客席が囲んでおり、観客がかなり高い位置から観戦できるようになっているらしい。またグラウンドの両端には、それぞれ三本ずつ先端に輪っかがついた金の柱が立っていた。二人は口を開きながら上を見上げている。
「ハリー! あれが前に話したゴールだよ。あの輪の中にクアッフルを入れると得点になるんだ!」
ロンは子どもへと楽しそうに説明し始めた。チェイサーがクアッフルを投げ合って得点になり、ゴールを守るキーパーやブラッジャーを追い払うビーター、そして金のスニッチを追いかけるシーカーなどの役割があるらしい。そしてスニッチが捕まらない限り試合は終わらないと。
「えっ? じゃあその金のスニッチが捕まらなかったらどうなるの?」
「試合はずっと終わらないよ。捕まらなくて数か月くらい試合が続いたことがあるって噂で聞いたこともあるし」
時間制限も無い競技なのか。ロンは卒業した兄がシーカーだったという話や、実は双子もグリフィンドールの選手なのだと話し続けた。子どももロンにあわせてゴールや観客席を見て回っている。
(時間は大丈夫かい?)
夢中になっていた子どもは、時間がだいぶ経過していることに気付いて競技場を後にした。
◇
大男は「禁じられた森」の端にある小屋に住んでいるらしい。子どもとロンは午後三時より少し前に向かい始めた。しかし校庭はかなり広く芝生がずっと先まで続いている。見渡すと湖や温室があり、遠くに禁じられた森が見えた。……間に合うだろうか? 子どもも不安に思ったのか少し小走りで進み始めた。
大男が住んでいる小屋の周囲には畑があり、戸口に石弓や長靴などが立て掛けてあった。子どもがノックすると、中からカリカリと引っかくような音と唸るような声が聞こえてくる。
小さく戸が開くと、その隙間から大男の顔と巨大な黒い犬の鼻先が出てきた。黒い犬はそのまま鼻を動かすと、戸を開けようと顔をぐいぐいと押し付け始めた。
「待てファング、さがっちょれ」
ファングという名前の犬は、尻尾を振りながら今にも子どもやロンへと飛びかかろうとしている。それを抑えながら、大男はなんとか子どもたちを招き入れた。
小屋の中には、禁じられた森で獲ったのか天井に何かの肉がぶら下がっている。暖炉を見ると、火には銅のヤカンがかけられていた。
「ようハリー! よければくつろいでくれ」
大男がファングを離すと、一直線にロンへと向かい顔面や耳を舐め始めた。だいぶ番犬としては頼りにならなさそうだ。
「ハグリッド手紙ありがとう! こっちはロン!」
「お、ウィーズリー家の子かい?」
よろしくと言いながら大男は紅茶のカップを二つ並べ、皿に岩のような何かをゴロゴロと乗せて差し出している。
「こいつあロックケーキだ。焼きたてだぞ? 遠慮なく食っとくれ」
子どもとロンはロックケーキに目を輝かせている。そして嬉しそうに一つ手に取って、大きな口でかぶりつくとピクリとも動かなくなった。
「「……」」
「いやはや、おまえさんとこの双子の兄貴たちに俺は散々手を焼いとってな……」
大男が紅茶を淹れるため背を向けたところで、二人はロックケーキにかぶりついたままゆっくりと顔を見合わせている。……不味いのか? どんな意思表示なんだそれは。ロックケーキは硬い菓子では無いはずだが……もしかすると大男にあわせた噛み応えなのか?
(ハリー。せめてルビウスが振り返る前に、ケーキにかぶりつくのをやめてその間抜けな口を閉じて)
子どもが睨んでくるが、口からロックケーキがはみ出た面白い顔でこちらを見られても愉快なだけである。
(硬いなら少しずつ口に含むか、ルビウスにミルクでも出してもらえばいいんじゃないか?)
「やれやれ。あいつらを森から追っ払うのに、俺は人生を捧げてるようなもんよ」
大男が紅茶を注ぐために振り向く時には、子どもは歯形のついたロックケーキを手に持ち、さも「美味しい!」と言わんばかりの笑みを浮かべていた。なお隣のロンはなんとか食べようと格闘している。
「そんでおまえさんたち、この一週間どうだった?」
子どもとロンは初めての授業がどうだったかを大男に話し始めた。呪文の話や温室の話、退屈な魔法史の話に幽霊先生の話。最終的に子どもとロンは、少しだけ紅茶に浸してロックケーキを消費することにしたようだ。ファングはいつの間にか子どもの膝に頭を乗せてよだれを垂らしながら寝入ってしまっている。
「ああフィルチな。やつの飼い猫のミセス・ノリスは俺が学校に行く度にずうっとつけ回すんだ。俺が何か学校の備品を壊すとでも思っとるのかもしれん」
子どもとロンが管理人に捕まった話をすると大男も共感し始めた。子どもとロンは大喜びしているが、僕としてはこの大男を監視したくなる気持ちはわからなくはない。気付いた時には歴史的価値のあるものが壊れていたらと思うと背筋が凍る。
「そうだ、今日の魔法薬学の授業なんだけど……」
子どもは今日あった授業の出来事を話し始めた。改めて思い返してみると、確かにこの子どもは目をつけられていそうではある。
「ああうん、気にせんでええ! あいつは生徒という生徒み~んな嫌いだからな!」
これは励ましのつもりなのだろうか、ロンよりも思いっきり酷くスネイプを貶している。生徒すべてが嫌いなら何故教師などをしているんだ。
「でも、なんていえばいいんだろう? 嫌っているというより僕をいっそ憎んでそうな勢いだったよ」
「そんな馬鹿いっちゃならん。なんでおまえさんを憎まんといかんのだ」
大男はそう否定しながら子どもから目を逸らしている。
おやまあ白々しい。嘘をついたな?
(ハリー、ルビウスは君に嘘をついているようだよ)
なんという幸運なのだろう。折角僕にとって都合の良い機会が巡ってきたので、大男の信頼を少しでも削ることにする。
(もしかすると君が憎まれていると感じたのは本当で、ルビウスは何か知っているのかもしれない)
スネイプとやらの年齢はどれくらいなのだろうか、もしかするとこの子どもの両親と近い学年だったのかもしれない。
(君に関わる問題なのにルビウスは話してはくれないのか。……どうしてだろう、君はこんなにもルビウスのことを信頼しているのに)
だがそこまで予測混じりで話すのは時期尚早だろう。今は大男の隠し事など別にどうでも良い、ただこの子どもが盲目的にこの大男を信頼しないよう不信感を植え付けるほうが先決だ。
「……ねえハグリッド」
「生徒を憎むだなんてとんでもねえ。おっ、そういえばチャーリー兄貴は今はどうしてるんだ?」
今日の僕はかなりついているようだ。こちらが何もしなくても大男は墓穴を掘っている。
(まったく何とも露骨に話を逸らすじゃないか? ルビウスは正直者だと思っていたが、人は見かけによらないね)
まあ少し突っつくだけでボロは出そうだが。
大男の質問にロンは兄が今ドラゴンの仕事に就きルーマニアにいることを話している。子どもは耳を傾けながらも目線はテーブルへと落として考え込んでいた。
……。
(気にすることはないさハリー。ルビウスが嘘をついて何かを隠すなら、僕を頼れば良い)
子どもはその一言を聞くや否や、目を細めてやれやれと言わんばかりに首を小さく振った。
……どうやら僕は欲張ったようだ。大男以上に僕は信頼されていないらしい。もしくは肉体の有無の差だろうか? 子どもは首を振る意思表示だけでは物足りなかったのか、続けて小さくため息を吐き始めた。何とも失礼な仕草である。
ふと、子どもは何かに気付いたのかティーポット・カバーの下から一枚の紙切れを引っ張り出した。日刊予言者新聞の切り抜きのようだ。
(七月三十一日に起きたグリンゴッツ侵入事件?)
汽車の中でロンが話していた事件だろうか。見ると『侵入されたその日に実は金庫は空になっていた』と記載がある。
何も盗らなかったのは目的のものが既に無かったからなのか。……侵入された七月三十一日の同日に空になっていた?
「このグリンゴッツ侵入事件、僕の誕生日に起きてる! ハグリッド、僕たちがあそこにいる時に起きたのかも……!」
(そういえば、あの日に空になった金庫を僕らは一つ見かけたね。そしてルビウスはあれを極秘だと)
子どもは大きく頷き大男へと目を向けた。大男は子どもからまたもや目を逸らし、唸りながらもロックケーキを子どもにすすめている。
「君その日にグリンゴッツにいたの!?」
驚いているロンへ子どもは説明している。大男にダイアゴン横丁へ連れて行ってもらったことや教科書などの買い物をしたことなどその日の出来事を。グリンゴッツの話をしている時には、大男はとうとう頭を抱えて項垂れていた。
「ほ、ほらほらおまえさんら夕飯に遅れちまうぞ! ロックケーキもよければたんと持っていけ!」
最終的に大男は夕飯を理由にして、包みの中身を聞きたそうな子どもとロンのポケットへロックケーキを詰め込みながら城へと送り出した。
……いったいあんな薄汚れた小さな包みにどんな価値があったのだろうか。