Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
焼きたてのロックケーキは固い岩石のようなものだったらしい。子どもとロンは歯が折れそうだったと話しながら城へ向かい始めた。
「ねえ、ハグリッドが金庫から持ち出した包みってどんなやつだったの?」
「小さな包みだったよ。ダンブルドア先生に頼まれたんだって」
……金庫の中にはあの包みしかなかったのだ。同日に空になった金庫が他にないのであれば、侵入者の目的があの包みだった可能性はあるだろう。
(ダンブルドアに頼まれて回収したのなら、もしかするとあの包みはこのホグワーツの中にあるかもしれないね)
納得したのか子どもはロンにも伝えている。
「ウーン。ホグワーツは隠し通路とか隠し部屋がかなりあるって聞いたから、探し出すのは骨が折れそうだよね」
ロンは唸りながらもその包みが気になるようで、子どもに根掘り葉掘り聞いている。
「そうだ! フレッドとジョージなら何か知ってるかも」
抜け道などをよく見つけては、あのフィルチから逃げおおせているらしい。管理人のフィルチを上回る神出鬼没加減なのであれば、やみくもに探すよりも見つかる可能性が高そうだ。
「でさ、なんか怪しげな場所とか知らない? 明日僕とハリーでホグワーツを探検しようと思ってて」
夕飯時に大広間の長テーブルへ座りながらロンは双子に相談し始めた。双子のフレッドとジョージは顔を見合わせている。
「ホグワーツにある怪しげな場所?」
「怪しげな場所なんて腐るほどあるぞ」
「『おべんちゃらのグレゴリー』の銅像裏なら抜け道があるぜ」
「五階の鏡の裏にもな」
もしやこの双子は勝手に学校から抜け出しているのだろうか? あそこはどうだここはああだと楽しげに話しているが、そんなにもこの城には抜け道が多いのか。
「いや、抜け道じゃなくて。もっとこう、なんかものを隠そうとしたり見つからないようなところとか」
双子はまた顔を見合わせて考え始めた。
「そういや前にフィルチから逃げた時に使った箒置き場は?」
「あの部屋は後で戻って探しても見つかんなかったろ」
ホグワーツの隠し場所など、珍しくもないのか双子はすらすらといくつも挙げている。……グリンゴッツであれだけ厳重に守られていたのだ。ならばこのホグワーツでも同じ可能性が高いのでは?
(ねえハリー。グリンゴッツと同じように、ホグワーツでも厳重な警備が敷かれている可能性もあるんじゃないか?)
「あのっ! 最近急に入れなくなったりした場所とかだとどう?」
子どもはロンと一緒になって双子へと聞き始めた。
「それなら今年から四階の右側が立入禁止だろ。あとは禁じられた森もあるけど、森は毎年のことだしな」
「ああ確かに。そのうち行こうと思ってるんだが、フィルチがやけに熱い目で俺らを見てくるからさ」
立入禁止? 組分けの際にあの老いぼれが話していた廊下のことか、生徒を近づけないようにしているならその廊下に包みがある可能性はありそうだ。
……いったいどうしてだろう。あの老いぼれの話を思い出そうとすると無いはずの脳みそが痛む気がする。いや待て、あの正気じゃない校歌をとんでもない遅さの葬送行進曲で拷問のように最後まで歌い上げていたのはこの双子ではなかったか?
(その、ハリー。これは僕の純粋な疑問なのだけれど、なぜ組分け儀式であの校歌を葬送行進曲で歌ったのか聞いてくれないかい?)
返答次第ではどうにか呪おう。
「そういえば、校歌を葬送行進曲で歌ってたのはどうして?」
「どうしてってそりゃ」
「面白いだろ?」
双子は似たような顔で同じようにニンマリと笑っている。
「俺らの美声にダンブルドアだって感動して泣いてたぜ?」
「ダンブルドアの涙なんてさ、結構珍しいもん見れたよな」
…………。
子どもとロンは、そのまま双子と校歌の歌詞や教えてもらった抜け道で盛り上がり始めた。
「フレッド、ジョージありがとう! 僕らもう寮に戻るよ」
「ロン、ハリー! 明日城を探検するなら地下で果物が盛ってある器の絵を探してみろよ」
「梨をくすぐると面白いことになるぞ!」
◇
土曜日の朝食後、子どもとロンは早速どこへ行くかを話し始めた。
「どこから行く?」
双子が最後に話していた梨の絵にグレゴリー像、湖や使われていない空き教室など候補はたくさんあった。
「立入禁止のところは?」
(駄目だよ)
なぜか前後の記憶は曖昧だが、たしかあの老いぼれは「近づくと死ぬ」みたいな脅しを言っていたのではなかったか。一番怪しい場所ではあるが、死ぬ危険があるなら近づかないほうが良いだろう。子どもがロンに気付かれないようにさり気なく睨んできたため続ける。
(近づくと死ぬと言っていたじゃないか。それに入学してまだ一週間なんだよ、呪文だって君はまだあまり使えないだろう?)
「あそこってさ、僕ら一度迷い込んでフィルチに捕まっちゃったじゃん。ミセス・ノリスやフィルチがまた徘徊してそうだし今日はやめとこうよ」
ロンもこちらの意見に賛成のようだ。最終的にトーストを何枚か持って湖へ大イカを見に行き、そのまま双子に教わった場所を探すことになった。
二人が湖へ向かおうと城内を歩いていると、廊下に飾られた胸像たちの前で呼び止められた。
「おや丁度良いところに。こんにちはグリフィンドール生の諸君」
「「こんにちは、ほとんど首無しニック」」
……うわ、首の断面を晒すのがご趣味の幽霊じゃないか。
「ぜひともニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿と呼んでほしいものだがね。それよりみたまえ私の胸像を。どうだ立派だろう?」
そう言いながら子どもとロンへ自分の胸像を自慢し始めた。折角の自由時間なのに幽霊に捕まってしまい、子どもとロンの顔は引き攣ってきている。
「だが最近はまた少し埃をかぶってきてしまっておりましてな。昔は屋敷しもべ妖精にお願いしていたのですが……。またしても! 他の像はいつも埃をかぶっていないというのに、またしても私だけが埃まみれ!! 埃まみれニックだ!!」
急に発狂しだした。あまりの剣幕に子どもとロンは逃げ出しそうに半歩引いている。
「そ、それはお気の毒さま……」
「そうでしょうそうでしょうとも? つまり私は、この胸像の私を磨いて欲しいのですよ!」
何だこの幽霊。
(ハリー、こんな幽霊無視していこうよ)
「でも僕ら磨くものなんて持ってないよ……?」
「そこをなんとか! 今諸君が着ているローブでも結構ですぞ!」
「嫌だよ! 結構って何だよ僕らのローブを雑巾みたいに使えって!?」
ロンは自分のローブを見下ろし即座に拒否している。やはり黙って走り去ったほうが良かったのではないか?
(ハリー、君はこの幽霊のためにローブを埃まみれにするのかい?)
「……ごめんニック、僕ら今ちょっと忙しいんだ!」
そう言い捨てるや否や、子どもはくるりと背を向けて走り出した。ロンも子どもの謝罪を耳にして同様に走り出している。
「お待ちなさい! いずれ磨いてもらいますよ!」
まだ諦めていないのか。
「もっ、もうニック見えない?」
子どもとロンは校庭まで一気に駆け抜けた。どうやらロンは走る最中に手に持ったままのトーストを握りしめてしまっていたようで、手がパンくずまみれになっていた。
(あの幽霊はここからだともう見えないよ)
「大丈夫みたい……」
「はあ、なにさ埃まみれニックって。泥にまみれたら泥まみれニックにでもなるつもりかよ?」
フレッドとジョージにチクってやろ。とぼやくロンは落ち着いたのか息を吐いている。
「幽霊ってみんなああなの?」
「まさか、ニックが変なだけさ。折角校庭に出たんだから、このまま大イカのとこ行こ」
ホグワーツに入る時には暗くてよく見えなかったが、この湖は思ったよりも広いようだった。ロンは手に持っていたトーストを勢いよく湖に投げ入れた。トーストは湖に落ちると、触手が一本水中から伸びてきてトーストに巻き付き水中へと戻っていった。
「ほらハリーも」
ロンに促されて子どももトーストを湖へと投げ入れている。同じように大イカが素直にトーストを受け取ったのを見て面白がっているようだ。二人がはしゃぎながらトーストを全て湖に投げ入れた頃には、もうお昼時に近くなっていた。
城内へ戻った子どもとロンは、大広間で昼食を食べながら次の行き先を相談している。最終的には、いちばん最後におすすめされた梨の絵を探すことにしたようだった。
玄関ホール付近から地下へと降りると、片っ端から壁の絵を見始めた。壁の絵は様々なものがあり、絵の中の住人も眠ったり自由に絵の中を行き来したりしているようだ。中には妙に楽しそうな笑顔で火炙りにされ続けている魔女の絵もあった。……この絵は何故飾られているのだろう?
「これかなあ?」
巨大な果物皿の絵には、大きな緑色の梨があった。子どもがくすぐると梨はクスクスと笑いながら身を捩り、大きな緑色のドアの取っ手へと変化した。
「すっげえ! ハリー入ってみよう!」
中は大きな厨房になっているようだった。ちょうど大広間の真下にあるようで、鍋やフライパンなどの調理器具が山積みになっている。お昼が終わったからだろうか、コウモリのような長い耳をした小さな生き物が食器を洗っていた。……こんなにも大きな部屋すらも隠されているとは、あの小さな包みを本当に見つけ出すことはできるのだろうか?
「屋敷しもべ妖精だ!」
ロンは驚きながら、彼らは料理とか掃除とかをしてくれる妖精だと子どもに説明している。厨房に生徒が入ったことに気付いた屋敷しもべ妖精たちが、二人に軽食でもどうかと勧めてきていた。
この城の掃除をしているなら隠された部屋も把握している? ……いや先ほど幽霊が埃まみれだと嘆いて生徒のローブを剥ごうとしていたのだ、掃除する場所としない場所があるのかもしれない。もしくはあの幽霊がとんでもなく嫌われている可能性もあるが。
「ありがとう! でもごめん、今はちょっとお腹いっぱいで」
「ちぇっ、惜しいことしたなあ。今さっき食べたばっかりだよ、フレッドとジョージも何があるか教えてくれればよかったのに」
子どもから少し離れて厨房の中を見て回る。よく見ると厨房の一角には大量の生肉が積まれており、離れたところには腐った肉が置かれていた。
(ハリー、あの肉の塊は何か聞いてみてくれないか?)
「このお肉って今日の夕食?」
「いいえ、こちらはあなた様方がお食べになるものではございません! あれは校長先生にご用意するようおっしゃられたものなのでございます」
軽食を勧めてきた屋敷しもべ妖精がキーキーと話し始めた。
「えぇ……? これ全部?」
「はい、そうなのでございます。ペレット状の餌も用意していたのですが、飼い主のお方が『あいつぁグルメだ』とおっしゃられましたので、毎食新鮮なものをご用意させていただいているのでございます!」
「マジかよこれって一食分!? もしかしてドラゴンでも飼ってるの?」
ロンはその肉の山を見て、驚いた声を上げながら屋敷しもべ妖精へ聞いた。しかし屋敷しもべ妖精は口を手で覆い、それはお話しできないのでございますと震える声で首を振り始めた。……宝を守る番人と考えればたしかにらしい配役ではあるが、城の中にドラゴン?
「じゃあさ、あの隅の方のお肉は何? ちょっと腐って見えるけど……」
「あちらは幽霊の方々にお頼みされたものでございます。腐った食べ物を通り過ぎることで、味を感じられる気がするとのことでして」
子どもがこちらを楽しそうに見てきたため吐き捨てる。
(腐った肉に埋もれろとでも? 僕は絶対にやらないよ。あんな気の狂ったおかしな幽霊と僕を一緒にしないでくれ)
そもそも気がするって何だ。味の記憶を求めて腐った食べ物を通ろうとする感性もよくわからない。
二人は屋敷しもべ妖精に今日の夕飯が何かを聞きながら、次はお腹を空かせて来ると約束しつつ厨房を離れた。
「さっき屋敷しもべ妖精が言ってた飼い主ってもしかしてハグリッド?」
「喋り方的にハグリッドっぽかったよね、あとで聞きに行ってみようよ」
「そうしよ! じゃあ次はグレゴリー像を探そう!」
……。
結局怪しげな場所はいくつもあったものの、あの包みに繋がりそうなものは見つからなかった。可能性があるのは厨房にあった大量の肉くらいだろうか? 子どもとロンは、大男そっちのけで夕飯の時間になるまで城内を歩き回っている。もしかするとこの様子では、当初の目的も忘れて楽しんでいるかもしれない。
(ハリー、ルビウスは?)
子どもは首を傾げた。……どうやら完全に無かったことにしていたようだ。
「ロン、そろそろお腹空かない? 大広間にいこうよ」
「そうだね。歩きまわったからかもうクタクタだよ、今日はぐっすり寝れそう」
……なお課題に関してもきれいに忘れてしまっている。日曜日に全てを持ち越すつもりらしいが、本当に大丈夫だろうか?