Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
「ロン、今日はどうする?」
(課題は?)
子どもはこちらを見ようともしなかった。友人と丸一日遊ぶということが初めてだからだろうか、今日もロンと遊びたそうにしている。だが課題の期日は待ってはくれないだろうに。
「昨日見かけた肉のこと、ハグリッドに聞きに行こうよ!」
(ハリー?)
「いいね! ……課題はどうしよう?」
「帰ってきてからでも大丈夫だって」
子どもはロンの言葉を聞いて納得したようだ。僕としても暫定城住まいのドラゴンは気になるので問題はないが……。
「ちょっと、あなたたちまだ課題をやってないの?」
会話が耳に入ってきたのか、ハーマイオニーが近づいてきた。
「別に君には関係ないだろ?」
「魔法史の課題は明日提出よ、まさかまだやっていないだなんて信じられない!」
憤っているハーマイオニーは朝食を食べ終えて大広間から出る途中のようだ。小脇に本を抱えている。
「そういう君は終わったのかよ。持ってる本は魔法史の資料じゃないの?」
「お生憎様、もうとっくに終わっているわ。それにこの本は授業の予習のために借りたものよ。読み終わって返しに行くところなの」
ハーマイオニーはそう言うと、くるりと向きを変えて大広間を出て行った。
「……課題終わらせてからハグリッドに会いに行こっか」
「そうだね……。もう、僕らがいつ課題をやったって関係ないだろうに」
子どもとロンは朝食を食べ終わると談話室へと戻り、どちらもしぶしぶと教科書を広げた。
だが魔法史の課題は思ったようには進まなかった。ロンは授業を覚えておらず、子どもは眠っていたので聞いておらず、僕も子どもに引きずられて結局覚えていなかった。
「ハリー……ウリックとエメリックってどっちがどっちだっけ……」
「えぇっと……」
子どもがこちらに目線を向けてきたため、おぼろげながらも少しだけ覚えている内容を答える。
(……どちらかが頭にクラゲを乗せていたことと、どちらかがろくでもない魔法使いだったような気がするよ)
子どもが呆れた目で見てくるが、魔法史の教科書を開くだけで眠りこける元凶がどう考えても悪い。
(僕に質問したいのなら、せめて君は授業中寝ないようにするんだね)
子どもとロンが話しながらなんとか一フィートほどを書ききった頃には、結構な時間が過ぎてしまっていた。
「は~やっと終わった。もうお昼になってるしお腹ぺこぺこだよ」
「ねえ! あなたたち授業はちゃんと真面目に聞いてたの? 悪人エメリックと奇人ウリックが混じってるじゃない!」
ちょうど立ち上がろうとした二人に対して、図書館から戻ってきたハーマイオニーが置かれていた課題を読んだのか声をかけてきた。自分の見たものが信じられないとでも言わんばかりに、目を見開いて愕然としている。
「なんで見るんだよ」
「だってあまりにもひどい出来なんですもの! 悪人エメリックが全裸で魔法使い評議会に出席しているわ!」
正しくは悪人エメリックと奇人ウリックで、評議会に鬘らしきものだけを着けて出席したのは奇人ウリックの方か。子どもとロンの課題を読み返すと、たしかに途中から奇人ウリックが杖を振り回して、悪人エメリックが全裸になっていた。
「どこが違うの?」
「なにもかもよ! 教科書を読めば全部書いてあるわ、ちゃんと読み直すことね!」
そう言ってハーマイオニーは女子寮へと戻っていった。あらためて読み返すと、ハーマイオニーが指摘するようにこれは書き直した方がよさそうだ。過去のろくでもない偉人同士が混ざっているせいで、とんでもない人間ができあがっている。
「うえぇまじかよ……これ書き直し……?」
(気分転換に一度お昼に行った方が良いんじゃないか?)
ロンの様子からすると、このまま続けるとまた悪人エメリックと奇人ウリックが混ざりそうだ。
お昼を食べ終わった子どもとロンは、なんとか混ざらないよう魔法史の課題を修正し、残っていた変身術の課題にも取りかかった。課題が終わる頃には夕方になっており、二人とも外出する気力すらも尽きているのか草臥れてしまっていた。大男に会いに行くのはまた今度にするらしい。
◇
『飛行訓練は木曜日より開始。グリフィンドールとスリザリンの合同授業』
「スリザリンと一緒かぁ……」
談話室に掲載されたお知らせを読んでロンは肩を落としている。ドラコと廊下ですれ違う度に子どもを挟んで睨み合っていれば、それはまあ嫌にもなるだろう。
「あー、まあスネイプが居ないだけマシだよ」
(そんなにあっさり流して良いのかい?)
小さく頷いた子どもは、ホグワーツに来てから益々図太くなっているようだった。二人の言い争いに挟まれながらもニコニコとしているあまりにも奇妙な姿に、時々上級生が見物に来ていることには気づいていないのだろうか?
「空を飛ぶ授業楽しみだなあ……!」
楽しそうな子どもを見てロンも気持ちを切り替えたようだ。ロンはクィディッチのシーカーだったという兄チャーリーの箒に乗った話を子どもにしている。
子どもがロンの話を聞きながら、小さく咳払いをして僕とお知らせの間で目線を往復させた。
……?
(ロンの話かい?)
どうやら違うようで首を少し横に振っている。
(僕が箒に乗ったことがあるかどうか?)
今度はあっていたようだ、子どもはロンの話に耳を傾けながらも頷いている。……箒に乗ったこと?
(記憶にないね。そもそも僕は今だって浮いているじゃないか)
宙を漂う何かに箒など必要ないと気付いたらしい子どもは、顎をくいっと動かして質問自体を無かったことにしたようだった。
飛行訓練当日の朝食の席で、ハーマイオニーは図書室で借りた『クィディッチ今昔』の内容を話し続けていた。箒の乗り方に飛行のコツ、子どもとロンは延々と続く講義にうんざりとしていそうだったが、おばあさんに箒に乗ることを禁止されていたらしいネビルだけは熱心に聞いている。
ふくろう便が届くことでようやくその講義は遮られた。
「ネビル、何が届いたの?」
「ばあちゃんから『思い出し玉』が届いたんだ! もし握って赤くなったら何か忘れているってことなんだけど」
ネビルが握りしめた思い出し玉は真っ赤に光っている。
「何を忘れたかわからないや……」
「おや、ロングボトム。それじゃずっと赤いままなんじゃないか」
思い出し玉を握りしめて考え込むネビルに、通りかかったドラコが声をかけた。ロンは何か言いたげに睨んでいる。
「おはようドラコ」
「やあポッター。君は当然、箒くらいはまともに乗れるんだろう?」
そのまま返事も待たずにクラッブとゴイルと共に去っていった。子どもはドラコも今日の飛行訓練楽しみにしてるみたいだね。とのんきに言っている。
「……なんっでさ!」
ロンが立ち上がった。
「ちょっとハリー、なんであの言い方でそんな受け取り方になるわけ!?」
そして子どもを説得しようと両腕を振り回し始めた。子どもが随分と都合よく意訳しているのは確かだが、そこまで気にするようなことだろうか? ロンは子どもに響いていないのを見て、ネビルの肩に手を回してあいつに絡まれて災難だったなと慰めている。肝心のネビルは、まだ思い出し玉を握りしめて忘れた何かを思い出そうとしているが。
その日の午後三時半ごろ、よく晴れた校庭の芝生には二十本ほどの箒が整然と並んでいた。そういえば、フレッドとジョージが子どもとロンに学校の箒は当たりはずれがあると話していたが、この二十本ほどの箒の中にはずれがあるのだろうか。
短髪で黄色い鷹のような目をした教師、マダム・フーチは校庭に現れると矢継ぎ早に話し出した。
「みんな箒のそばに立って、ボヤボヤせず早く!」
「そして右手を箒の上にかざして『上がれ!』と、さあ!」
子どもは一回目で成功したようだった。子どもが持った箒は古ぼけており小枝が何本か飛び出してみえるが、成功したのなら多分はずれの箒ではないのだろう。周囲ではハーマイオニーの箒は地面を転がり、ネビルの箒は身動ぎ一つしていない。ふと周りを見ると、ロンやドラコも成功させていた。
ある程度の箒が持ち上がると、次にマダム・フーチは箒へまたがる方法や箒の握り方を生徒に説明しながら一人一人確認していった。
「では、私が笛を吹いたら地面を強く蹴って浮上してください。一、二の、」
マダム・フーチが言い終わる前にネビルが空高く飛び上がってしまった。そして箒はネビルを乗せたまままっすぐと上昇し、途中ネビルは箒から手を離し真っ逆さまに墜落した。箒だけはより高く高く昇り続け、そのうち禁じられた森の方へと消えてしまっている。……ネビルははずれの箒を引き当ててしまったのだろうか?
「いけない、手首が折れてしまっているわ」
あの高さから落ちて手首の骨折だけとは幸運だ。マダム・フーチはネビルの容態を確認すると、ネビルを支えて城の方へと歩き始めた。「自分が戻るまで誰も動かないように。さもないとホグワーツから出て行ってもらう」と言い残して。
二人の姿が見えなくなると、残された生徒たちは座ったりしながら喋り始めた。ドラコはネビルの泣き顔を他のスリザリン生と笑いながら草むらの中から思い出し玉を拾っている。どうやら事故の際にネビルが落としてしまったらしい。
「これロングボトムのばあさんが送ってきたバカ玉じゃないか。どこかに隠しても面白そうだな」
「おい返せよマルフォイ」
「何か言ったかい? ウィーズリー」
……。
(ハリー、君の出番じゃないか?)
「ね、ドラコ。それってネビルのおばあちゃんからのプレゼントらしいからさ」
ドラコは少し悩んだ表情をしながら、手のひらで思い出し玉を転がしている。そしてにやりと笑うと子どもへと軽く投げて寄越した。
「じゃあポッターから渡しておいてくれ。わかっていると思うけど、これは貸し一つだよ」
子どもは受け取りお礼を言っている。……ドラコは恩を売ったつもりのようだが、この子どもは分かって流しているのだろうか?
「だあぁもう! なんっでハリーにはそうなのさ!」
「どうしたんだいウィーズリー顔を真っ赤にして。何が言いたいか全くわからないよ?」
「絶対僕が言いたいことわかってるだろ!」
「気のせいじゃないか?」
またもや子どもを挟んで言い争いをし始めた。周りの生徒は、もう見慣れてしまったのか気にせずに駄弁っている。
その後、医務室から戻ってきたマダム・フーチにより授業は再開し、何度か基礎練習をしてからようやく子どもは自由に空を飛ぶことができた。
子どもは箒にまたがり地面を強く蹴ると高く飛びあがった。風を切るようにして上へ上へと。そう、先ほどのネビルのように。
(……ハリー、どこまで上がるつもりだい?)
こちらの声が聞こえたからか、子どもは上昇を止めた。そして向きを変えたりくるくると回ったりしている。
「あははっ! 僕得意なこと見つけたかも。飛ぶってなんて楽しいんだろう!」
箒に乗りながら、子どもはこちらへと話しかけてきた。
(……それは何より。ちゃんと降りられるんだろうね?)
空を飛ぶ子どもは景色を見て嬉しそうにしている。だが見ているこちらとしては冷や汗ものなので、もう少し落ち着いてほしい。一通り楽しんだ後は、ゆっくりと地面へと戻っていった。
「ロン、これすごいよ!!」
「すごいのはハリーだよ! ほんとに箒に乗るの初めてなの!?」
箒に乗るのは初めてではあるが、高いところは煙突などで経験しているから……なのだろうか? それとも天性の才能なのか、マダム・フーチも子どもを褒めるだけで、指摘などは特に行わなかった。
その後、子どもはロンやドラコたちと楽しそうに空を飛んでいた。授業が終わり、マダム・フーチに降りてくるよう指示された際にはかなり名残惜しそうに箒を握りしめていた。
「もう終わりだなんて、もっと飛んでいたかったな」
「だよね! せっかくならクィディッチだってハリーと一緒にしたいし、終わったばかりだけどもう次の授業が待ち遠しいよ」
子どもとロンは、箒を返しながら早速次の飛行訓練の話を楽しそうに始めていた。