メモリのムダ使い♡ 作:野菜丼
「大将」
「あいよ、いつものね」
「アレクサンドルちゃぁん」
「確か……サダソと言ったか」
リリーに負けてから、丁度2ヶ月が経っただろうか。私は日々を鍛錬に費やし、見違える程の成長を実感している。そんな私がいつものようにブラックラーメンを啜りに馴染みのラーメン屋の席に腰を下ろすと、一人の男が暖簾を潜った。
サダソ。私と同じく200階クラスの闘士。細長い暗い目と、隻腕が特徴的。直接話すのは初めてだが、顔や過去の試合を見たことはある。
「大将、アレクサンドルちゃんと同じのね」
「食券買ってください」
「ぁ、はい」
「私と同じメニューなら、右下の鬼って奴だぞ」
覚えのある流れだ。恐らく、サダソもリリーと同じように新人を潰しに来たのだろう。洗礼とやらを受けた後に新人が闘士として籍を残し続けているのは、皆私と同じように力に目覚めた者だというのは、情報屋や噂からなんとなく知っている。リリー戦最後に能力を少し出してしまっていたし、私が能力を使えるのはサダソも分かっているだろう。だが、それでもまだ200階クラスの平均を下回ると判断したか。
「ヘイお待ち、お残し厳禁☆超ドカ盛り鬼神カラメ漆黒醤油2つね。制限時間の10分以内に完まくり出来なかったら、罰金300万だから」
「……は? 何……この量……て、しょっっっ!」
「茹で前2kg、スープの塩分濃度は7.8%、味染み薄焼豚50枚、卵も粉チーズも無い。鬼神カラメで許される卓上調味料やトッピングは、黒コショウのみ。サダソ、もしもお前がこれをクリアできたら、その時に試合を受けてやる」
「…………。」
◇
《さぁ、本日もここ天空闘技場200階クラスの試合が始まろうとしています。本日最初のカードは、アレクサンドル選手vsサダソ選手! アレクサンドル選手は天空闘技場通算16勝1敗、200階クラスでは1戦1敗。しかしながら洗礼を無事に乗り越え、再びリングへ舞い戻りました!》
「少し太ったか?」
「ッ……浮腫みだ!」
《対するサダソ選手は200階クラスで5勝1敗。洗礼で左腕を失う大敗も、新人を中心に相手取り破竹の五連勝中です!》
電光掲示板に目をやる。観客はサダソの方が優勢と感じているようで、私に賭けた者は10万ジェニーが70万ジェニーになるらしい。まったく、運の良い者達である。
「手加減はしないね。あんなラーメン食べさせたの、許してないからね」
「券売機の注意書きを読まなかったお前が悪い」
「忠告ぐらいしろ!」
「新自由主義。新人を摘み取る為の交渉に来たんだから、少しは警戒しないとな」
「準備は良いですか? それでは、両者構え……始め!」
私は拳を構え、エネルギーを全身に纏う。過去試合の映像から見るに、サダソの能力はエネルギーで形作られた巨大な左腕による拘束。
「先手必勝」
触手の能力は、リリー戦でもう知られている。変に温存して致命傷を負い、対戦成績0勝2敗となるのは絶対に避けねばならない。
「"見えざる左手"」
サダソは欠損した左腕を突き出し、エネルギー左腕を放つ。それは他の200階クラス闘士のエネルギーより遥かに見えにくく、恐らく意図的にそうしているのだろう。だが、あくまで見えにくいだけだ。
私は右側に駆け出しながら、走り幅跳びの日本記録を大きく塗り替える横っ飛び。サダソは頬を膨らませたまま身体の向きを変え、再び掴もうとする。
「だが、少し遅いな」
私は石畳に触れ、触手を生やす。具現化の勢いを殺さぬまま放たれた触手が、サダソの腹を殴り付ける。あくまで試合なので毒針は出しておらず、純粋な殴打である。それでも威力は十分で、審判はクリーンヒットを宣告。
《あぁーっと、謎の触手がサダソ選手を攻撃! アレクサンドル選手の前回の試合の最後でも、同じく触手が対戦相手を攻撃しました。この触手が、アレクサンドル選手の武器なのかー!?》
「なっ……」
「ダウン判定は無しね、まぁ良い」
左足が動かない。私は顔面から転倒しそうになり、咄嗟に手を前にして衝突を防ぐ。よく見ると、左の足首を異様に細長くなったサダソの左腕がこっそり掴んでいるではないか。細長い分強度は無いようで簡単に振り解けはしたが……いざ、こうして戦ってみると想像以上に左腕の動きに気付きにくい。厄介だな。
私は体勢を崩したまま、石畳から新たに触手を3本生やす。既に出していた分も合わせて、四本の触手を同時操作。狙うは、サダソの拘束。
「四本もっ……」
「捕まえた。お前の得意技は拘束らしいが……左手をエネルギーで作るより、太い四本の触手を作る方が拘束力が高いに決まっているだろう」
リリー戦から2カ月以上が経ち、このエネルギー技術にも磨きが掛かった。エネルギーを纏えば、身体能力は爆発的に向上する。今の私の殴打は、少し前とは隔絶した差がある。
「クソッ……離せ!」
「興行なんだ、ド派手に行こう! 必ずや私は究極の野蛮なエンターテインメントで民衆の心を掴み、史上最高のスーパースターとなる。そして、全てを凌駕する富と名声と権力を手に入れるのだ!」
人体収集家が憎い。
だが、私は奴等のような法を捨てた悪鬼ではない。決して、そうなってはならない。富と権力と名声で法を乗っ取り、人の支配に耽る野蛮人。そんな人体収集家を富と権力と名声で真っ向から上回り、正当な手続きを邪魔される事なく踏み、法の裁きを下してやるのだ。
触手を操り、サダソを天高く放り投げる。触手を私の足元に潜らせ、触手に弾かせながら大ジャンプ。審判より天井の方が遥かに近い空中、サダソは私と目が合ってしまった。そして、視線を振り上げられた握り拳に向ける。
「ぁ……や、やめっ……」
必死にエネルギー腕で何処かに掴まろうとするサダソ。しかし、周囲には何もない。ただ、受けて立つしかない。
「下腹部を叩く。防御を固め、受け身も怠るな」
構え。
エネルギーを右腕に集中。
渾身の、一撃。
轟音。
激突の衝撃で石畳が砕け散り、粉塵が舞う。直角に落下したサダソは一つ小さく跳ね、力無く転がる。気を失っているのか、ピクリとも動く気配は無い。
「エネルギーで防御は固めていた。まぁ、入院で済むだろう」
私は美しい五点着地を決め、メインカメラへ駆け寄る。これは自慢だが、パドキア共和国籍の12歳で一番美しい顔をドアップで写す。右手でシュヴーアハンドという三指の敬礼をしながらウィンクをし、パッと離れて観客席にも敬礼。
私は一刻も早くスーパースターにならねばならない。競技系スーパースターというのは、大抵お決まりのパフォーマンスがあるものだ。これがあると観客も応援に参加しやすくなる。
「今度、運営に登場曲でも流させて貰えないか頼んでみるか。登場曲はキャッチーかつコールと何らかのアクションができるものとかって良いよな。ディアスっぽく行くか、ヤスアキっぽく行くか……悩むな。バモ・ネフタリ系は至高のスーパースターとしてはちょっとアレな気がするんだよな。いっそ、作曲家にでも依頼しようか。うむ、ここは金をかけるに値する所だな。尤も、許可を取るのが先ではあるがね」
アイブラックが特徴的な大柄なジャッジがサダソへ駆け寄り、生存確認。ハンドサインで息があることを実況席に伝え、形式上再起を待つ。
《ジャッジがサダソ選手の試合続行は不可能と判定! アレクサンドル選手、ド派手な圧勝ーッ!》
それこそサヨナラホームランでも打ったかのような歓声が響き渡る。これでまた一つ、私の名声が上がった。
「さて、帰りに一杯ラーメンでも啜ってくか」
◇
「猫って良いよな」
このサーシャ、実を言うと生粋の猫派である。犬や鳥も好きだし、かつてサラリーマンだった頃には秋刀魚を完全個人で6世代に渡り飼育したこともある。しかし結局の所、私が他種に向ける真の関心は猫に集中しているのである。
「可愛いなぁ」
天空闘技場183階。本日のエネルギー操作修行を終えた私は、このフロアの一角にて運営されるC.E.Tという喫茶店へと訪れていた。ここは猫カフェと称される類の喫茶であり、店内にはヒトより猫の方が多い。キジトラ、マヌルネコ、メインクーン……多種多様な猫ちゃん達が私を取り囲んでいる。
「癒される」
抱えても一切暴れず、腹をたぷたぷしても引っ掻かれない。あぁ、猫とはなんと愛らしい生き物なのだろうか。あんな触手を生やす能力なんぞではなく、猫を作る能力だったら良かったのに。それか……そうだな、猫と仲良くなれる能力とか欲しいな。
「ネコ科なら何でも好きなんだよな」
豹も虎も大好きだ。しかし、不用意に彼等に近付けば攻撃を受けるのは避けられないだろう。ネコ科に対して無敵になれるような能力とか良いのではないだろうか。
「あー……ところで、その……大丈夫か?」
「…………うっさい」
私が大勢の猫と戯れる中、視界の端でチラチラと動く見覚えのある影。天空闘技場にて私に唯一の黒星を付けた女は、ありとあらゆる全ての猫に避けられ続けていた。瞳は潤い、握り締めた猫じゃらしとオヤツは空虚なだけであった。
「私達は同等の料金を払っている。この場において、特別非難されるような怠惰や悪意も、特別称賛されるべき努力や献身も無い。ほら、リリーもこの大人しいキジトラを撫でてみなさい」
「え……? あ、ありがと……」
「シャアアアァァァーーーッッッ!!!」
「ぇっ、あ……ぅ……っ」
「…………。」
「…………。」
気まずい。
私とて、内心の一人称まで俺や僕でなくなる程度には経験を重ねた社会人だったのだ。幾度もの重い空気を乗り越えてきた過去を持つ私と言えども、リリーの醸し出す不穏なエネルギーと震えには緊張が走った。
「こ、こっちの穏やかなメインクーンは……」
「シャアアアァァァーーーッッッ!!!」
「…………。」
クソッ……こ、こうなったら!
「…………にゃ、にゃおーん。ヒトネコのサーシャちゃんだよー……」
鉄のカーテンが降ろされた。
私の周りを取り囲むように張り付いていた猫達が、一斉に背中へと隠れる。リリーと世界を繋ぐエネルギーの通り道は、爪楊枝を押し込めば入ってしまうのではないかという程に押し広げられている。彼女の全身から立ち昇るエネルギーの奔流は、鬼神の如き様であった。
「帰る」
「あっ、リリー……」
エネルギーをその身に押し込め、リリーは背を向ける。彼女が苛立ちを隠せぬ様子で店のドアを閉めた時、ようやく猫達は私の背中から現れ再び甘え出した。
ねこかわいい。
◇
《さぁさぁさぁ、本日一番の大目玉! 天空闘技場全体が注目する期待の一戦が始まろうとしています! 両ゲートから選手が入場……いたしません! あぁっと、どういう訳か現れたのはリリー選手ただ一人! アレクサンドル選手は棄権でしょうか!?》
白々しい実況だ。だが、悪くない。スウィングジャズが流れると同時に会場の照明は弱まり、スポットライトが縦横無尽に動き回る。曲がサビに入ると同時に、スポットライトは天井の無骨で大掛かりなメイン照明へと集まる。
「ふふ、これで観客が冷めていたら恥ずかしいな」
メイン照明の上に隠れていた私は、勢い良くフィールドへ駆け出し観客に姿を晒す。ハンググライダーを触手だけで制御し、三指の敬礼をしながら観客席全体をぐるっと一周。地上まで後5m程の所でグライダーを捨て、体操選手のようなスマートな着地。
会場は無事に盛り上がり、実況にも熱が入っている。闘技場運営が柔軟な体質で助かった。
「悪いな、相談もせずにこんな演出をしてしまって」
「……本当、ムカつく」
「こんな派手な登場から、簡単に負ける訳にはいかない。だが、呆気なく勝つのも違う。さぁ、私達の手で最高のショーを完成させよう!」
リリーは服の下からピンマイクを取り出し、会場全体に聞こえるよう言い放った。
「アレクサンドル・ミハイロヴィチ・ジュガシヴィリなんて名前は今日で最後。私が勝ったら、名前はタマ。一生ウチの飼い猫として過ごすのよ!」
……え?
なにそれ、聞いてないんだけど。
「両者構え……始め!」
突然の要求に一瞬呆気に取られるも、それが最大の悪手である事は論ずるまでもない。人権も平和も尊重する気の無い野蛮人なファンが大勢見ている以上、無視はできない。負けたら、本当に終わりだ。少なくとも、武力を資本として富・権力・名声を手に入れる道は全て閉ざされる。
リリーは試合開始と同時にエネルギーのロケットパンチを繰り出す。流星群の如きラッシュが私を襲い、その一発一発が白金のように重い。間違いない、彼女のエネルギー出力と操作技術は以前より格段に向上している。
「だが……向上した幅で言えば、私の方が上回っているんだ」
地面から太い触手を2本生やし、正面からの攻撃をガード。腕を曲げて放たれれば触手の盾は無意味となるが、その分威力は減り素のガードで十分になる。
「攻勢に出ようか」
新たに触手を1本生やし、刺し殺さんばかりの勢いで放つ。リリーはそれを避け切れずボディで受けるが、被弾部位にエネルギーを集めて防御を固めた。パワーと軌道の操作は両立できない、それはお互い理解している。だがね、これは殺し合いではなく試合なんだ。
《力強い触手がリリー選手を襲う! 審判の判定はクリーンヒット!》
「チッ……」
「いやはや、分かりやすい能力ですまない。巨大な触手が高速で振るわれ、確かに衝突した。どう見たってクリーンヒットだ」
私達は、共に華奢で麗しく若々しい。自らをパドキア共和国籍12歳児の中で一番美しいと断言する私に、露出の多い20代前半の美女。審判の心情としても、判定を厳しくして完全に壊される様は見たくない。高校野球の審判が外角低めの綺麗なストレートに対しては異様にストライクゾーンが広いように、審判もまた自己の感情や趣向によって揺れ動く一人の人間なのだ。審判に合わせて戦法を調整する、第三者の判断が介入する競技の常識だ。
「ドンドン行くぞ」
私は更に触手を増やし、リリーの拘束を狙う。彼女は華麗なフットワークと素の拳で触手を避け続けるが、まるで攻勢に転じられる気配は無い。操作にもエネルギーは使うが、私の消耗よりも彼女の体力が消える方が早い。
「ただ……一方的ながらも膠着した絵面が続くのは、面白くない」
私は一気にリリーへ接近。触手の精密な操作は捨て、乱雑に振り回す。能力的には距離を保ちたい筈。しかし、それが悪手となることは彼女も分かっているだろう。
次の演目は、闘技場の華──インファイト。パワーやスピードは私が勝る。だが、能力的にも体格的にもリーチはリリーの方が上だ。触手を生やし、操作する。パンチの動作と同時にエネルギーを放つ。どちらが実行への意識のリソースが少なく、緊迫した肉弾戦で織り交ぜやすいかは論ずるまでもない。
格闘技において、リーチで劣る者の定石と言えば何か。そう、組み付きである。リリーも勿論そんな事は分かっているだろうし、警戒している筈だ。しかし……
「そもそも、私の方がずっと強い。所詮、奇策を弄すは弱者の足掻き」
リリーのパンチを真正面から受け切り、悪質なタックルをぶちかます。体勢を崩した所で触手を放ち、拘束。敢えて大量の粘液を分泌させ、更には開脚。テレビ用のメインカメラの位置を気にしながら、観客達へ披露する。本質的な部位は一切見えないようにしてはいるが、スタンドからは声援が沸き上がる。
「悪いな、恥ずかし固めなんかして」
「っ……こ、の」
目指す位置は、スペシウム光線、かめはめ波、ムーンサルト。多くの者が知る、絶対的なフィニッシャー。観客達はその予備動作だけで勝利を確信し、盛り上がりは絶頂に達する。試合を締め括る、お決まりの大技。
私は触手のパワーでリリーを天高く放り投げる。私も触手を使いながら上空へ大ジャンプ。
「下腹部を叩く。防御を固め、受け身も怠るな」
「ぁ、待っ……」
《決まったァーッ! アレクサンドル選手の十八番ーッ! 得意の空中戦へ持ち込み、痛恨の一打ッ! アレクサンドル選手、見事にリベンジマッチを果たしました!》