死んでもいいデスゲーム   作:夜深夜

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15. プレイヤー

 

 

 俺はいつもこのゲームのジャンルを間違えているんじゃないだろうか。

 

 アヤはふと、そんなことを思った。

 アルゴあたりに訊けば「間違えまくってるヨ」とでも返ってくるだろうか、などとガラにもなく感傷に浸りながら。

 

 第35層《誘いの獣道》

 今から3ヶ月ほど前、クリスマスイベントで訪れた《迷いの森》とは異なるフィールドダンジョンのひとつである。

 より厳密には《迷いの森》とは地続きとなっており、差し詰め森への入り口といったところだろうか。ここを抜けると、あの悪名高い森へと通じているというわけだ。

 

 薄暗い林道であり、見た目には不気味だ。

 しかし、魔境とも言える森の中とは違ってこちらはフィールドダンジョンとしては温い難易度をしている。

 出現するモンスターは弱く少ない。どちらかというとモンスターよりも野生動物のほうが多いほどであり、その名の通り獣道じみたルートを探し出して奥へと進んでいくタイプのダンジョンである。

 

 要は身を潜めるのにうってつけであり、今のアヤにとっては都合の良い場所なのであった。

 

 草が揺れる。

 身を休めていた木陰のすぐ側でだ。

 

 《索敵》は反応を示さない。

 敵性の存在ではないのだろう。

 

 果たしてそれは正しかったようで、草木をかき分けながら現れたのはでっぷりと太った栗鼠のような生き物であった。

 人の頭ほどもありそうな巨大なドングリを小脇に抱えている。

 

 《フォレスト・トレーダー》だ。

 そのでっぷりとした体格に反して身のこなしは軽く、木々の間をぴょんぴょんとアクロバティックに跳ねつつ外敵から逃げる姿が各地の森林フィールドで見られる。

 ギョロリとした目つきと出っ歯が特徴的な非好戦的なモンスターの一種である。そんなに可愛くはない。

 

 その巨大栗鼠はこちらを見るなりギョッとした。

 どうやら先客の存在に気づいていなかったようだ。

 じりじりと、やけに人間臭い動作で後退りをしている。

 

 このモンスター、小脇に抱えているドングリは実は食料ではない。

 あれの中身は空洞となっており、収納ケースとしての役割を持っているのだ。

 彼らは身に危険が迫るとケースの中から何らかのアイテム......ガラクタから珍品までランダムに敵の気を引く物を落として、その隙に逃げようとする習性がある。

 これをやるから見逃してくれ、というつもりなのだろうか。

 

 お前もひとりか?

 だなんて感傷的な言葉を投げかけるにはいささか不細工な相手であるし、そんな場合でもないのでやめた。

 

 別に獲って食ったりはしねぇよ、と思いつつシッシッと手で追い払ってやると、身代わりとなるアイテムを落とすことすらなく逃げていった。

 栗鼠なのに脱兎の如く潔い逃げっぷりであった。

 

 特に何か欲しかったわけじゃねぇけど。

 なんだかもったいないことをした気になった。

 

 人間とは、欲深い生き物であると思う。

 

 野生動物は概ね皆、種の繁栄こそを至上命題とし、各々の個体は日々を生き抜くことに心血を注いでいる。造られた生態を持つ造られた生命でもそれは同じこと。

 本能がそう叫んでいるのだろう。ただ生きよ、と。

 

 一方で人間というやつはどうも賢しい。

 生きていると良いこともあれば悪いこともあるが、それをいちいち覚え込んではふとした時に振り返ってしまう頭の構造をしているようなのだ。

 ときに知性とも呼ばれるそれはただ生きられるという喜びを享受できないように出来ている。

 考えずにいられたら楽な場面でも休むということを知らないのだ。愚かなことに。

 

「人恋しいなんて思う日が来るとはな」

 

 口をついて出た言葉は誰に聞かせるためのものでもない。

 ただ自分の中で整理をつけたかっただけである。

 

 これは欲だ。

 手に入れたものが側に無い。

 元々は無かったはずのそれに思いを馳せただけで得も言われぬ喪失感に襲われる。

 

 贅沢だ。

 足るを知らない恥知らずめ。

 

 アヤは自らを罵倒した。

 

 こうして独り木々の中で息を潜めているのには相応の理由がある。

 そうすることを選んだのは他ならぬ彼自身であり、そういう自分を演ずると決めたのもまた同じ。

 

 持つ者としての役割ロールを果たせ。

 そのように自らを叱咤した。

 

 頭上に浮かんでいるであろう忌々しい橙色をこの目で睨みつけてやれないことを歯痒く思いつつ。

 こうなってしまった原因を改めて思い起こしながら。

 

 

 ゲームの遊び方は人それぞれだ。

 特にこういったゲームならロールプレイなんてのはお約束中のお約束ってもんだろう。

 

 戦士気取りで怪物退治に勤しむも良し。

 商人気取りで経済を牛耳った気になるも良し。

 英雄面して世界の解放者を気取るのもまた良し、だ。

 

 楽しけりゃいい。

 それが何より肝要なのさ。

 

 だから俺たちも楽しむことにした。

 お前らと何も変わらない。

 単なる遊びの一環に過ぎない。

 

 PvPはオンラインゲームの華じゃねぇか、なぁ。

 

 ここで他者から何かを奪ったとして、咎める法などどこにある?

 罰せられるべきは誰だ?

 決まってる、この世界を創ったクソッタレ以外にそんなやつはいないだろう。

 

 笑え。

 憚るなかれ。

 幕はもう上げた。

 

 我らは《ラフィン・コフィン》

 このゲームを今最も楽しんでるホットな集団だ。

 せいぜい愉快に踊ろうぜ。

 

 イッツ・ショウ・タイム

 

 

 2024年1月1日。

 プレイヤーたちの間に年末年始の浮かれたムードが多少は見られたこの頃、それを吹き飛ばすかのような事態が密かに、されど大っぴらに起きていた。

 

 発端となったのはとある《録音結晶》だった。

 

 その音声メッセージは悲鳴から始まる。

 やめてくれ、殺さないでくれ。

 命乞いから始まる。

 

 ほんの十数秒のこと。

 それが止んだのち、何でもないことのように、やけに心地良く響く声音で、何者かが言うのだ。

 

 今のが最後の一人だった。

 せっかくだから特別ゲストとして出演してもらった、と。

 

 何が起きたのかは語らない。

 語る必要もないと思ったからだろう。

 

 そこから先は打って変わって雄弁であった。

 しかと聞かせるように、胸の内に滑り込むように。怖気が走るほど軽やかな調子で。

 

 ラフィン・コフィン......そう名乗る集団からの鮮烈なメッセージを初めて受け取ったのは、よりにもよって戦う術など持ち得ないただの新聞屋気取りたちであった。

 

 彼らはクラフト職の一種とでも言おうか、情報屋とはまた違った見方でこの世界に新鮮な情報を届けようというプレイヤー集団である。

 そんな彼らのもとに年明け早々匿名で届けられたのが件の《録音結晶》と、()()()()()()()プレイヤー名とおぼしき物の羅列が載せられたメモ用紙、その二つだったのである。

 

 恐慌する胸中より込み上げるナニカに突き動かされるかのように彼らは走る。

 タチの悪いイタズラであることを信じるに足る根拠が欲しいとの一心で走る。

 あの真に迫った役者の台詞をどこか遠くにやってしまいたかったのだ。

 

 ところが、耳に残るそれを振り払うことは叶わない。

 調べれば調べるほどに証明されていくばかりであった。

 

 12月31日、圏外で忘年会を楽しんでいたプレイヤーの一団。

 丁度、()()()()()()()()()()()()()()()()()彼らがもうこの世界におらず、それを引き起こしたのが何者であるのかが、只々真実として精度を増していく一方だったのだ。

 

 あれよあれよと、まるで「そう書け」と誰かに命じられたかのように書き上げられた新聞に整然と並ぶ文字データからは寒気さえ感じられる。

 もし手書きするような時代であったなら震えて読めもしない文字が書かれていたであろうそれはしかし、冷たい。冷たく、平たい。

 

 全てを読み終え、添付された音声も聴き終えたその時。

 

「いきなりばら撒かず、まず俺らのところに持ってきた英断を褒めるべきところだろうな、ここは」

 

 その冷気さえも霞むようにアヤは呟いた。

 求められた意見に対する答えであった。

 

「......どう思う、と訊いたが。

 そうか。お前らしい答えではあるか、それが」

 

 ディアベルが頭痛をこらえるような仕草で言った。

 冷静なやつがいるのは喜ばしいことだと自らに言い聞かせるかのように。

 

「的を射ている。

 恐慌のままに触れ回るには、些かセンセーショナルな記事と言えるだろう、これは」

 

 この場にいる最後の一人......ヒースクリフもまた、アヤに負けずとも劣らぬ冷静さで頷いた。

 

 ここには普通の人は俺しかいないのか。

 ディアベルは天を仰ぎたい気持ちをぐっと堪え二人を見た。

 

 アヤもヒースクリフも、よく似通った仕草で腕を組み黙している。

 どういった感情でいるのか皆目見当もつかなかった。

 

 新聞屋からもたらされた記事という名の報告書。

 それにより急遽開催されることとなった此度の緊急会議は、《聖剣騎士団》《血盟騎士団》という攻略組二大ギルドそれぞれの長と、下層に根差す一般プレイヤーたちの長たる《ALA》会頭の3名のみで密やかに行われる運びとなった。

 

 この事件......

 そう。事件と呼んで差し支えないだろう。

 これをどう取り扱うかは攻略組のみならず全プレイヤーにとって慎重にならざるを得ない問題だということに間違いはないであろうから。

 

 この犯行声明とも取れる《録音結晶》が物語っているのは只々凄惨で残酷な記録である。

 それがただのふかしであるならどれほどよかったことか。しかし。事実として多数のプレイヤーが一夜にしてこの世界から、否、この世から永久退場している。

 

 これまでにも......それこそ「25層の悪夢」が境だろうか、兆候は見られた。

 攻略組が傷付きながらも歩みを止めず階層を解放していく中で、下層においては一部のプレイヤーたちによる窃盗や恐喝といった犯罪行為が散見されるようになったのだ。

 

 なまじ快進撃を続けていた攻略組に揺らぎが生じたその当時。

 不安や焦燥も相まってか、溜まり込んだフラストレーションを抑え切れなくなった者たちが現れてしまったことはある種自然の成り行きであったのかもしれない。

 

 それでも、最後の一線を越える者が現れることはなかった。

 この世界で他者の命を奪うということが、単なるゲーム上でのプレイヤーキル、PKに留まらない真なる殺人に等しいことだと多くの者が捉えていたはずだからだ。

 

「この音声、あの裏切り者のクソ野郎のものとは違う。あいつの声はもっと甲高い。だが、無関係とも思えねぇな。

 こいつらの規模がどんなもんかは推測できんが、そこら中でばらばらになっていたクソ野郎共をまとめ上げたスーパークソ野郎がいやがる。

 それがこの声の主なのかまではわからねぇが、な」

 

 厳密には自らの手を汚すことなく殺人を実行した者はいた。

 25層において当時の攻略組を裏切ったジョニー・ブラックというプレイヤーは、偽報により多数の人間を罠にかけることで間接的にその命を奪い嘲笑った。

 今回のPK集団と関係性がない、とは言い切れまい。

 彼もまた「楽しんでいる」側の人間に違いないであろうから。

 

 兎にも角にも、表立ってこのような行為を働いたうえで喧伝までするような連中はまともではない。

 

 何者かによる悪意。その伝播。

 それを感じざるを得ない状況だ。

 

 さらに悪いことに。

 

「誤解を恐れず言わせてもらうなら、PKに遭ったのがそこらへんの弱小プレイヤーじゃねぇってのが一層深刻だ。

 被害者たちのことは俺も知ってる。中層でもほぼ攻略組に近い実力のあった《塔の猟団》だ。バランスの取れた6人組で、狩場さえ選べば最前線でも十分に通用したほどの手練だよ。

 そんなあいつらを一人残らず......殺すってのは、尋常のことじゃねぇ」

 

 アヤが言及したように、被害者は無力な下層プレイヤーではない。

 ただ弱者が強者に痛ぶられた、という単純な構図ではないということである。

 

「ステータスの差は絶対的な壁だ。

 攻略組に近いレベル・装備のプレイヤーを殺すのなら、相手もまたそれ相応のものでなければお話にならねぇ。

 頭数だけ揃えてもそれが全員雑魚じゃ何時間もかけなきゃ一人も殺せねぇだろうよ。

 つまりは、下手人の中にそれなりのやつが紛れ込んでるのはほぼ間違いねぇってことになる」

 

「それは早計ではないかね。

 このゲームにおいては、毒薬等プレイヤーにも状態異常の類を駆使する術は用意されている。

 高品質のアイテムを用いれば弱者でも強者を害することは出来ると考えられるが」

 

「ドロ率絞られまくってんだろうがそんなもん。手軽に揃えられるもんじゃねぇ。

 耐性装備を揃えてる6人だぞ。そいつら全員を無抵抗にするための麻痺薬なんかを仮に用意できたとして、その効果時間中に継続ダメージでHPを削り切るためには1人あたり1個や2個の毒薬じゃ到底足りねぇよ。

 モンスターは凶悪な状態異常をばら撒いてきやがるくせに、こっちが使えるもんについてはしょっぺぇからなこのゲームは」

 

「プレイヤーメイド品なら」

 

「尚更だ。

 そんな高性能なアイテムがぽんぽん生産できるようにデザインされちゃいねぇ。ゲームバランスが崩れちまうからだ。

 茅場のアンポンタンが直接運営してるゲームならまだしも、そういった規制には厳しいカーディナルがお目溢しするものかよ」

 

「あ、あんぽんたん......」

 

 アヤとヒースクリフによる議論が続く。

 このゲームの仕様上、プレイヤー間における下剋上のためには相応の準備が必要であるということと、それがあまり現実的な手段ではないということが浮き彫りとなっていく。

 

「アヤの推測を補強する材料に心当たりがある。

 できればオフレコで頼みたいが」

 

 幾分冷静さを取り戻したディアベルが言った。

 アヤが視線で続きを促す。

 

「25層以降、攻略組から離脱したプレイヤーが少なからずいるのは知っての通りだ。

 俺はリーダーとしてそいつらのアフターケアにも手を回していた。前線への復帰を願って物資や狩場の融通をしたりな。

 だがまあ、上手くはいかなかった。戦う気力そのものを失ってしまっていたようだったからな、ほとんどのやつは」

 

 ディアベルは自嘲気味に苦笑した。

 力不足だった、と。

 

 アヤとヒースクリフは口を挟まずに聞いている。

 まだ続きがあるのだろう、と。

 

「攻略が当時よりも進んで現在は48層。あの時ドロップアウトしたやつらはとっくに取り残されてるはずの時期だ。

 だというのに、前線近くのフィールドでそんな元攻略組の姿を目にしたという話をたまに耳にすることがある。ポジティブに考えるなら復帰のための自己研鑽と捉えられる。

 だがそれにしては妙なこともある。彼らはこちらとのコンタクトを徹底的に避けている素振りがある、とも聞いているんだよ。

 うちの団員と狩場で出会したら、彼らは無言でその場を譲りそそくさと去っていく、と」

 

 ディアベルの表情に陰が落ちた。

 

「あまり考えたいことではない。

 だがこうも考えられないか。

 レベリングの目的が()()()()()()()()()のではないか、と」

 

 どう見る?

 そう視線で二人に語りかけるディアベルに対し、ヒースクリフは沈黙を選ぶ。

 

 その一方でアヤは。

 

「最悪を想定するならば。

 P()v()P()()()()()()()()()()()の確保のためかもしれねぇな」

 

 文字通り最悪な言葉を口走った。

 その表情はいつもと変わりなく。

 

「もちろんそれは最悪中の最悪のケースだ。

 そもそも邪推に過ぎねぇ。

 だが、もしそんなやつが実在するのだとしたら、そうだな......」

 

 軽く首を傾げながら、他人の思考をなぞるかのような素振りを見せる。

 

「攻略組からは転落したが弱者にまで成り下がるのは我慢ならない。

 あくまで自分は強者でいたい。だからレベリングは続ける。

 強者であることを実感するための方法は。自己顕示欲を満たすための手段は。

 安全かつ確実だと思えてしまうのは、弱者から奪うこと。嬲ること。

 大丈夫、近頃はちょっとした犯罪に手を染めるやつだっている。自分も少しばかりそうしてみるだけ。咎める法などどこにもない。悪いのはこんな世界を創った狂人だ。

 そんな思考の動線を辿る可能性も無きにしもあらずってところか」

 

 要は下層で軽犯罪に手を染めてはしゃいでる連中のグレードアップ版だな、と軽い調子で締め括った。

 

 ありえない話でもない。

 レベルが高かろうが低かろうがいずれも同じ人間なのだ。思考から根本的に異なっているわけではない。

 

 悪事に手を染められる環境にいる。法的権力に咎められずに。

 それどころか、悪しきことの責任をすべてなすりつけてやれる都合の良い諸悪の根源かみさままでいる。

 人道にもとる暗い誘惑に抗えずにいる者の中に、()()()()()()()()()()()()()()()()が混ざっていたとしても何の不思議もないではないか。

 

 人間、一度弾みがつけば案外何でもやれてしまうものだ。

 仮に何者かによる教唆があったとして、エスカレートする行為に歯止めが効かず遂には......といったことも一つの可能性として考えられることである。

 

「君たちの推測が飛躍していると捨て置くのは危険だな。

 もしそれが真実であった場合に攻略へと与える影響は計り知れない。

 可能性として考えられる以上は調査が必要となるだろう」

 

 ただ黙して聞いていたヒースクリフが取りまとめた。一線を越えた以上もはや野放しにはしておけない、と。

 

 アヤとディアベルもまた頷いた。

 何らかのアクションが必要なのは確かだと。

 

「どうする。

 各ギルドから人員を出し合って山狩でもするか」

 

 あまり気が進まない、という面持ちでディアベルは提案した。

 実際、全くもって積極的になれる事柄ではない。

 そもそも相手の規模もわからないうえに、殺人すらも厭わない相手を調査するというのだ。いくら数を揃えようとも危険なことには変わりない。

 

 それを聞いたアヤは憮然とした面持ちでいる。

 

「人海戦術は確かに基本だと思うけどよ。

 やっぱり攻略の手が止まるのはいただけねぇな」

 

 そして、そのままの態度で言い放った。

 アヤの事情を知るディアベルとしては予想できていた内容である。故に反論の余地あり。

 

「しかし、この期に及んで後手に回り続けるわけにもいかないだろう。

 この集団に呼応する者が現れないとも限らない。

 今のうちに叩いておく必要があると思うが」

 

「それだよ。問題は、それ」

 

 ディアベルの反論に対し、アヤが突き放すような態度で肩をすくめた。

 

 ディアベルは思う。

 ああ、こいつまたろくでもないこと考えてそうだ、と。

 

 その中身まではわからないものの、アヤが露悪的な態度を取り始めたときには大抵彼のペースに巻き込まれるはめになる。

 これまでの経験上、それだけは間違いない。

 

「今のうちに叩くっつってもよ。

 果たして叩けるのか?

 文字通り武器を突きつけられるのかよ、人間相手に」

 

 ほらきた。

 ディアベルは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 アヤの言わんとすることがわかったからだ。

 

「フィクションとかでよくあるだろ。

 兵隊でも騎士でも侍でも何でもいいんだが、敵を殺めた経験そのものが戦士としての通過儀礼みたいになってるやつ。一皮剥けるってやつ。

 連中は曲がりなりにもそれを終えている。

 要するに躊躇わないやつは怖いってことだ。たとえ強くはなかったとしても、怖いんだよ。

 向こうがそういう気構えな一方でこちらはそうじゃない、となると......後は言わんでもわかるだろ」

 

「......ならばどうする。

 お前のことだ。何か案があるんだろ」

 

 おおよそ彼の提案してくる内容を予想しつつも、ディアベルはそう尋ねざるを得なかった。

 出来ることならして欲しくない提案ではあるのだが。

 

「身軽で、捕縛向きのユニークアイテムを保有していて、レベルも高い。

 そしてなにより。人に刃を向けるくらいじゃ動じねぇような精神構造をしてる。

 そんな都合の良いやつに丁度心当たりがあるんだよ。そいつにやらせるのがいいんじゃないか?」

 

「却下だ。そもそもお前ひとりに出来ることなんてたかが知れてるだろうが」

 

 怒りを滲ませた声で、ディアベルは強く却下を叩きつける。

 アヤが飄々とした態度を崩さず、あまりにも無茶な提案をしてきたことに腹立たしさすらも覚える。

 

「何から何まで一人でやるつもりはねぇよ。

 人海戦術に頼るべきなのは俺もわかってる。

 だからこその、俺だろ。頭数だけならどこよりも多いんだぜ我らが《ALA》は」

 

 アヤは余裕を崩さない。

 いくらでも言いくるめてやる、そんな態度であった。

 

「この《ラフィン・コフィン》とかいう連中......なげぇな、ラフコフって呼ぶか。ラフコフを含む犯罪者の集団は、()()()()()()()()()()()()()プレイヤーの協力がなければ成り立たないってことはわかるよな?」

 

 二人が頷く。

 というのも、このゲームは犯罪者に非常に厳しいスタンスを取っているからである。

 

 まず、システム上で犯罪者と見做されたプレイヤーは街に入れなくなる。一歩でも踏み入れた瞬間、どこからか現れる激ツヨ衛兵NPCに追われるはめになるからだ。

 犯した罪の大小によりマスクデータとして指名手配度のようなものが設定されているらしく、それを元に衛兵NPCの応対も変わる。

 PKのような重犯罪者に対しては一切の容赦がなくなり、犯罪者に人権など無いとばかりに殺しにかかってくる。

 

 犯罪者判定......よりわかりやすく言えばプレイヤーカーソルがオレンジ色の状態は、時間経過では解消されない。

 街の外のいくつかの箇所で受注することのできる「贖罪クエスト」をクリアし、これまた罪の大小に応じた時間経過を終えない限りカーソルが通常のグリーンに戻ることはない。

 

 これらはベータ時代にアヤも含む複数名のプレイヤーで検証した内容であり、正式版でも変わってはいないはずである。

 

 人類史上でも類を見ないレベルの犯罪者が開発したゲームなのに、犯罪者に対してこのような手厳しい対応がとられるとは皮肉なものだがそれはともかく。

 

 要はオレンジカーソルだと街の施設の利用に大幅に制限がかかる。それすなわち戦力の著しい低下に繋がり、その状況を緩和するためには犯罪者に物資を流す者の存在が必要不可欠であるということを意味する。

 いくらレベルが高かろうが戦うためには物資が必要であり、その物資の入手を現地調達のみで賄うのは到底現実的とは言えないからだ。

 

 つらつらと改めてこのようなことを説明してのけた後、アヤは言う。

 

「わざわざ大人数で圏外に繰り出す必要は無い。物の流れで目星をつける。

 ひとまずは毒薬等......まあ普通のプレイヤーは買わねぇだろってもんを買ったやつらをマークして、芋蔓式に連中の足取りを追う。

 クラフト職はもとよりNPCの商会にだって顔がきくぞ、俺は」

 

 それはなかなかの悪人ヅラであった。

 頼りにはなる物言いなのだが......しかし。

 ディアベルは肝心なことを見逃してはいない。

 

「追跡方法はわかった。合理的だ。

 それで。実際に対処するのは誰だ?

 捕縛するからには相対する必要がある。

 それは誰がやる?」

 

 アヤの説明にはまだ欠けているところがある。

 見つけた後、誰がどのように対処するか、である。

 

 煙に巻くつもりが多少なりともあったのか、その指摘に対しアヤはバツの悪そうな顔をした。

 

「それは俺しかいねぇだろ。

 言っとくがこれを譲る気は無い。

 何してくるかわかんねぇ人間を相手に、その......

 覚悟なしに戦えるわけじゃねぇだろ、みんながみんな」

 

 彼なりに精一杯に言葉を選んだのだろう。

 歯に衣着せぬ言動の多い彼にしては大変珍しいことだが、それだけにその気遣いが痛い。

 

 お前らに任せると余計な犠牲が出るかもしれない。

 

 アヤの懸念がそうであることを察することが出来てしまうからであり、そうならないという確信など持てないからであった。

 

 ディアベルは深く溜息を吐き出した。

 思い上がりも甚だしい、と切って捨てるには、彼はアヤという人間を知りすぎている。

 こいつはやる。やると言えば本当にやる。必要だと考えたならば躊躇わずやる。

 そんな確信が持ててしまう。友人だから。

 

「疑問に思うのだが。

 アヤくん。君とあまり深い仲ではない私にご教授願えないかね。

 君は本心から恐怖していないのか?

 殺人者と相対することを。あるいは、事の次第によっては自らもまた相手を弑する可能性も存在するということを」

 

 ヒースクリフが核心をついた問いを投げかけた。

 ディアベルが躊躇した問いだった。

 お前は平気なのか?

 もしそうなのだとしたらそれは......と恐怖をおぼえかねないような質問を、平易な有り様で。

 

 アヤは答えが決まっていたような顔をしていて。

 

「他の誰かに()()させるよりは、傷つくやつは少ないだろうとだけ言っておくよ。俺自身も含めてな」

 

 平易な問いに平易な答え。

 

「成程。

 君の思想は科学者に近いか。予測されうる不都合な結果を除くために必要なものを求めたに過ぎないのだな。

 勇気ある行動、あるいは自己犠牲の精神ではないわけだ」

 

「一側面だけ見ればそうかもしれん。

 ビミョーな例えだな。

 科学者なら不都合な結果も歓迎するもんだろ。

 俺は失敗は嫌いだ。臆病だからな」

 

 どこか通じ合った様子で小気味良く会話を交わす二人は不気味であった。

 

 ヒースクリフに至っては何がそんなに嬉しいのか、うっすらと笑みをこぼしている。

 

「ふふ、そうだな。

 やはり君は勇気ある者ではない」

 

 

 勇気とは克服すべき恐怖があってこそ勇気と称される。

 だとしたら、乗り越えられぬ恐怖に縛り付けられる自身はやはり勇気など持ち合わせていないのだろう。

 

 いやに印象深い笑みを思い返しつつ、アヤは耳をそばだてた。

 

 3人分の足音が近付いてくる。

 スキルによる判別ではなく単なる聴力による判断である。

 ただ、事前の情報からそれらが何者によるものなのかは半ば確信を持っている。

 

 35層主街区《ミーシェ》近郊にてオレンジとグリーンのカーソルのプレイヤーらによる取引あり。

 総勢4名。うち3名はフィールドダンジョン方面へと移動を開始。

 連絡がつく中層パーティには可能な限りダンジョン周辺から移動するよう通達。

 

 そのような連絡を受けたのが30分ほど前のこと。

 街からここまでの距離を鑑みても接近してきているのは十中八九標的と考えて良い。

 

 アヤは《隠密》スキルを取得していない。

 そのため、敵手の視覚や聴覚をシステム的に欺く術を持たない。

 ここが視界の悪い森の中でなければ、この待ち伏せは困難なものとなっていたことだろう。

 

 身を潜めつつ《妖精の遠眼鏡》という双眼鏡のようなアイテムで目視での確認を行う。

 

 盾持ちの重装の男。

 革鎧の短剣持ちの男。

 着流しのカタナ持ちの男。

 カーソルはいずれもオレンジ。

 

 そしてまた、いずれも顔見知りだった。

 元攻略組のオレンジプレイヤーたちであることをしかと認める。

 

 彼らは一応は警戒を見せつつ歩みを進めているが、その意識は主に背後に向いている。

 追跡者の存在を気にかけているのだろう。後ろめたい心理が働いているのだろうか。

 

 あの中で、少なくとも短剣の男は《索敵》スキルの保有者であったと記憶している。

 パーティに一人はいて欲しい半ば必須級のスキルである。

 この3人組における主な斥候担当は彼なのだろう、他2人より少しだけ前を歩いている。手慣れた様子であった。

 

 《索敵》スキルは万能ではない。むしろこういう場合には仇ともなり得る。このスキルの対象となるのはあくまで敵性NPCとモンスターだからだ。

 周囲の警戒をこれに任せすぎると思いもよらぬ敵に足を掬われかねない。

 

 もっとも。

 

「ん? 今、なにか......」

 

「ッ上だ‼︎」

 

 足元ではなく頭上に何かが潜んでいることもあるのだが。

 

「なぁッ⁉︎」

 

 背の高い木より音もなく飛び降りたアヤは、仲間が気づいて声を上げるより先に短剣持ちに躍り掛かった。

 肩口を落下突きで抉って間髪入れず、彼がよろめいたところに素早く足払いをかける。

 彼は呆気なく転倒した。激しく動揺している。

 

 さすがは元攻略組というべきか、残り二人の反応は早い。

 重装プレイヤーは鈍足ながらも盾を構えつつアヤとの距離を詰め圧力をかけんとし、カタナ持ちは背後を取ろうと回り込む動きを見せる。

 

 このレベルの相手に連携を取られるのはキツイか。

 

「これで死んだらすまん」

 

 本心からそう言い放ちつつ、足元でもがく短剣持ちの膝関節に深く槍を突き立てそのまま抉り払った。

 悲鳴が上がる。関節部位は防具による保護が薄く、ダメージによる欠損状態を引き起こしやすい。

 狙い通り、片脚を欠損させることに成功した。

 

 《パニッシュメント・ソーン》

 アヤが携えている長槍カテゴリの武器である。

 どこぞのプレイヤー鍛治師が造り上げたこの槍は攻撃力こそ低いが部位耐久値へのダメージボーナスを有する。

 見た目には()()となる逆棘が無数についた長い穂先を持つ、槍というより剣槍のような形状の禍々しい武器であった。

 完全に悪役が持つような代物である。

 

 ともあれこれで足手纏いが一人。

 彼は恐れ慄きつつ慌ててポーションを実体化している。

 

 盾持ちがシールドバッシュを仕掛けてくる。

 攻防一体の厄介な攻撃手段であり、アヤのような軽装プレイヤーであれば喰らえば確実に強い衝撃と共に吹き飛ばされるだろう。

 もっとも、高めに高めた敏捷値からなる霞のようなサイドステップを捉えられるならの話だが。

 

 容易く回避したアヤはカタナ持ちのほうには一瞥もくれず近場の木へと跳躍する。そして幹を強く蹴り付けると盾持ちの後背へと着地。曲芸じみた動きであった。

 

 反応する暇も与えず背から腹を貫く。バックスタブ成立。

 槍を引き抜きがてら背中を強く蹴飛ばしてやる。刃の返しが引っかかる感触に顔を顰めそうになる。

 ゲームならではの表現というべきか、現実ならこんなもん刺さらないし抜けないだろ、という代物を用いていてもこういった攻撃方法は成立する。

 

 盾持ちが凄惨な悲鳴を上げるが、HPはそれほど減っていないし転倒もせずによろめくだけで済んでいる。

 見た目通り硬いらしい。

 

 アヤの背後から側面へとさらに立ち位置を変え、攻撃の機会を窺っていたカタナ持ちが仰天の面持ちを見せている。

 この3人組で最大火力とおぼしき彼は攻め気に欠けている。おそらく火力の代償として守りが薄いタイプなのだろう。アタッカーは脆い。機を誤れば呆気なく死ぬ。

 奇襲を受け、あまつさえその敵手が思いもよらぬ巧者であったために及び腰になっているようだ。好都合である。

 

「な、なんなんだよお前はッ⁉︎」

 

 そんな心境が口をついて出たか、カタナ持ちが金切り声を上げた。

 答えてやる義理もないので彼を無視し、自身の硬さを信じてガン盾でこちらを窺う重装、そんな彼に向けて左手を振るう。

 

 投擲物であることはわかったのだろう。

 しかと盾を構えた彼はそれを正面から受けた。

 このゲームに強力な遠距離攻撃など存在しないのだからその判断は間違ってはいない。盾の前では石ころもダガーも等しく無力だ。

 

 ただ。

 

 バリンともガシャンともつかぬ音を立てて砕けたそれは《破裂結晶》である。大きな音を鳴らすだけのハズレアイテムだ。

 だが、まさかそんなものを投げてきたなどとは思いもよらなかった彼らは一様に身を強張らせることとなる。

 

 一回限りの一発芸と言えど隙は隙。

 ただの一足で側面へと周り込み、横合いから首へと向けて槍を一突き。

 

 ネックガードもついてる兜だし、これくらいでは死なないだろう、と思って。

 

 致命部位へのクリティカルダメージにより盾持ちのHPが大きく減少。死んではいないが瀕死である。良かった死ななくて。

 

「あ、ああ!

 うわああぁあぁ‼︎」

 

 情け容赦なく首を狙ってきたことそのものへの恐怖も相まってのことだろう。

 盾持ちが恐慌状態に陥った。

 

 目論見通り、これで足手纏いが二人。

 タイマンよりもよほど悪い状況となったことに果たしてカタナ持ちは気づいているだろうか。あるいはそれどころでもないか。

 

 全員が全員、怖気付いている。

 もちろんこれは初めから狙ってのことである。

 

 アヤはあの時の緊急会議で言った。

 躊躇わないやつは怖い、と。

 だから、結果的に穏便に済ませるためにはこの場では躊躇ってはならない。

 怖いやつだと、戦ってはならない相手だと認識させねばならない。

 

 殺し合いをしにきたわけではないのだ。

 ただ恐怖を煽り、彼らの心を()()()()へし折りにきただけなのだから。

 

「RockMAX、Momo、Tsuna」

 

 名を呼んだ。

 各々が身を竦ませる。

 

「杞憂であって欲しかったんだけどな。

 残念ながらネタは上がってる。

 何についてかは言わせるな。

 逃げるな。抵抗もするな。牢に入れ。

 情報を吐くなら差し入れくらいはしてやる。

 一応、顔見知りだからな」

 

「ア、アヤか。テメェ」

 

 カタナ持ち......モモが一歩後ずさる。

 

 ここに至りようやく襲撃者の正体がわかったのだろう。

 誰何する暇もなく次々と無力化されていったのだ、気づくのが遅くとも無理はない。

 

 相も変わらず化け物でも見るような目を向けられている。

 かつても向けられたことのある視線だ。

 そういえばこいつらもあのボス戦に居たんだったな、と思った。

 

「俺のキャラを忘れたわけはねぇよな。

 必要と感じたならやりたくないことでもやるぜ。

 やっちゃダメなことであろうとだ。

 何を、とは言わない。

 察してくれたなら、もうやめにしよう」

 

 全員が顔を青ざめさせた。

 説得力がありすぎた。もう離れて久しいとはいえ、かつては間近でアヤの行動を見てきた面々である。

 

 武力による抵抗も、弁舌による説得も意味をなさない。そうなるよう入念に潰された後がまさに今なのだ。

 こいつはそういうやつだ。そういう化け物だ。

 

 そう思ってしまったならもう、アヤの術中であった。

 

 淡々と起動された《回廊結晶》は牢獄へと直通している。

 これまた平坦な声音でアヤがそう告げた。

 

 背を押されるでも尻を蹴られるでもなく粛々と。

 彼らは場違いに煌めく光のゲートへと這い入った。

 その先が暗がりであることはわかっていたが、ここよりはマシだと思ってしまったからだろう。

 

 

 手にしたリストにチェックをつけていく。

 今し方捉えた3人の名の横にしっかりとペンを走らせる。

 筆圧をほんの少し誤ったか、インクが滲んだ。

 

「オツカレ」

 

 短く、声をかけられた。

 メモ帳を取り落としそうになる。

 

「どんな《隠密》してんだ。

 俺が気取れねぇって相当だぞ」

 

熟練度MAXマスタリー

 

「マジかおめでとう」

 

「アリガト。結構前だけどナ」

 

 アヤが腰掛けていた倒木の隣。

 そこにアルゴはすとんと腰を下ろした。

 

 特に今日会う約束などはしていない。

 相変わらずの神出鬼没ぶりである。

 

 いつから見ていたのか。どこまで見られているのか。

 考えても詮無きことだ。

 

「無事カ?」

 

「見ての通り完勝だよ。

 お前があいつらの装備を目視してたのがデカい。

 情報提供助かった」

 

「ホントは所持品まで全部調べ上げたかったヨ」

 

「深追い厳禁。約束したろ」

 

「守ってル。あーやんの負担になりたくなイ」

 

 彼女が深く被ったフードの中からはくぐもった声がする。

 常に比べ口数も少ないのはきっと気のせいではない。

 

 負担をかけているのはむしろ俺のほうだ。

 そんな言葉を飲み込んだ。

 

「元攻略組で犯罪者落ちしたやつは今時点でそうだと断定できるのは7人。うち5人を捕えた。

 あいつらはローテーションを組んでオレンジとグリーンを切り替えているようだ。

 さっき捕えた3人は、この林道で受けられる贖罪クエが目当てだったと推測できる。おかげで待ち伏せが楽だった。進行ルートがわかりやすくてな」

 

 淡々とした業務連絡を告げる。

 

「あーやんはこのままそこで贖罪クエを受けてくるんだよナ......?」

 

 アヤの頭上に浮かぶオレンジ色のカーソルを見やり、アルゴが尋ねた。

 あまり見られたいものではないが、見えてしまっているものは仕方がないし隠す術もない。

 

 そう。アヤもまた犯罪者なのだ。今は。

 

 このゲームにおける犯罪行為のひとつとして、グリーンカーソルのプレイヤーへの攻撃行動がある。

 何も悪いことをしていない無辜の人間を襲うなど確かに極悪人の所業であるが、見かけ上グリーンだからといって実際に悪人ではないかと言えばそれは否である。

 何せ犯罪判定がガバガバなものであるうえ、贖罪クエストをキチンと済ませさえすればオレンジからグリーンに戻るのも時間はかかるが難しくはないのだ。

 

 アヤのカーソルが現在オレンジに変じているのは、取り締まりの過程でグリーン諸共に制圧した結果である。

 先程アルゴに説明したように、ローテーションを組んで街の中と外とを行き来し活動する犯罪者たちを捕らえるうえではこうならざるを得なかったのだ。

 

 贖罪クエストをクリアすればアヤもこの状態からは解放される。

 ここしばらく圏外暮らしであったため街の明かりが大変魅力的に映るが、しかし。

 

「どの道またグリーンもしばくはめになる。

 贖罪クエストは受注にクールタイムがあるからな。一度クリアするとしばらく受けられないし、再受注ごとに期間も延びていく。

 ここぞって時までは温存しておくよ」

 

 抗争が続いている現状においては贖罪など空虚であろう。

 罪を贖ったその日のうちに再び罪を犯す可能性もありうるのだから。

 流石に「先週贖いましたけど今日からも贖わせてください。たぶんこれから定期的に贖いに来ます」が通じるほどにガバガバなシステムではないようである種安心できる仕様である。

 

「......いつまで?」

 

 そう問うてくるアルゴの声は不安とほんの少しの怒りがい混ぜになったようなものであった。

 心配と、いつまでダークヒーロー気取りでいるつもりだとの批難を兼ねてのものだろうか。

 

 それをありがたく思いつつ、アヤは肩をすくめた。

 

「ひとまずはマークしてる7人のうち残りの2人を捕らえるまで。こいつらはほぼ攻略組水準の実力者だ。

 弱い犯罪者なら放っておいていいってわけじゃあ断じてないが、優先的に対処しなきゃいけないのは強いやつだろ。

 その過程で首魁のクソ野郎も見つけられたらいいんだが......まったく足取りが掴めねぇ。俺が嗅ぎ回ってることに早々に気づいて雲隠れしてんのかもしれねぇな」

 

「実際に犯罪の報告件数は減ってル。

 連中はあんまり派手に動いてなイ」

 

「多少は抑止力になってるようで何よりだ。

 敵の主力を狩った甲斐がある」

 

「オマエが独りでここまでしなきゃいけないのかは疑問ダ。

 確かにオマエの言い分は分かル。オマエ以外にこんな立ち回りはきっと出来なイ。

 でも......あーやんだって傷ついてないわけじゃないでしょ?」

 

 フードの下から覗くその瞳が揺れている。

 

 こういう時のお決まりの展開といったら、そう。

 傷ついてないよ、と強がりを見せつつも本当は心が傷ついていることをひた隠しにして独り戦いを続ける......といったものだろうか。

 

 三文芝居もいいところなのでやらないが。

 

「胸糞悪いのは否定しないけど。

 意外とモチベは高いんだぞこれでも。

 俺が連中と追いかけっこしてる間に着々と攻略が進んでるようだからな。役割分担だ。お邪魔キャラの相手は俺、本筋の攻略は他のみんな。

 マクロで見れば、いつもとやってること変わんねぇよ。このアインクラッド全体でヘイトタンクしてる状態だな、今の俺は」

 

「遂にワールド相手にタンクし始めたのかオマエ......」

 

「そゆこと。

 向こうがゲーム気分なら、こっちだってそうだ。

 ジャンル違いのイカれ野郎同士でよろしくやっとくから、正道は他のみんなに任せるよ」

 

 立ち上がり、伸びをした。

 気分的な問題なのだろうが、近頃はふかふかのベッドで休んでいないので背筋がこわばっている気がしているのだった。

 

「あ。待テ待テ」

 

 呼び止められた。

 こちらに手を伸ばすアルゴに目を向ける。

 

「何のために会いに来たと思ってル。

 物資渡しにきたんだよオイラ」

 

「ああ、それでか。悪いなわざわざ」

 

 取引メニューを操作する。

 そうしたら、これでもかという程にトレード画面にありとあらゆる物資が載せられていく。

 

「いやこんなに持てねぇって。

 結構パンパンなんだよインベントリ」

 

「なんデ?

 オマエの容量ならこれくらい入るだロ。

 ここしばらく圏外暮らしなんだから補充できてないはずダ」

 

「あー......それは」

 

「ン。んん?」

 

 アルゴの目がメニューを操作するアヤの手に留まった。

 

 至極どうでもいい話であるが、このゲームのメニュー画面の開閉等の操作はデフォルトでは右手に設定されている。

 が、いつぞやのアップデートでユーザビリティの向上が図られ、左利き用と称してメニュー画面の操作等を左手に割り当てることが出来るようになったのだ。

 左利きであるアヤにとっては喜ばしいアップデートなのであった。

 

 要するにアルゴの視線はアヤの左手に釘付けになっている。

 厳密には、指に。

 

 彼の左手、その薬指には見慣れぬ指輪が嵌っている。

 隣の中指に嵌められた《二輪の指輪》とは随分対照的なデザインの飾り気のない指輪だ。

 

「......オマエ。

 それはいくらなんでもサッちゃんが可哀想だロ。

 正直ドン引き。女の敵メ。

 不純、不潔、不義理の誹りは免れないゾ」

 

「ちょ、違う!

 お前は絶対に良からぬ勘違いをしてる!」

 

 アヤが慌てて弁明に入った。

 アルゴの考えていることが手に取るようにわかったのだ。

 

 彼女の瞳は絶対零度だ。

 心底から軽蔑していることをありありと物語っている。

 

「何が違ウ。

 ()()()()()()()()()()が目当てだナ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだナ。

 オマエの物資が不足していない理由はそれだロ」

 

 事実である。

 紛れもなくそれは真実である。

 実際、アヤの手元には共有ストレージを介して不足なく物資が送られてくるし、装備のメンテナンスもこれを介せば容易いことだ。

 はっきり言ってチートじみたシステムである。これ考えたのどこのどいつだありがとう、と言いたくなるくらい最大限に活用している。

 

 そう、確かにアヤは結婚した。

 誰とってそんなの一人しかいない。

 システムの恩恵はもとより人との繋がりという面での精神的安寧をこれでもかというくらいに享受している。

 

 だが、違うのだ。

 結果はこうだが過程が違うのである。

 

「俺が好意につけ込んでサチを利用するために結婚したと思ってるんだろうが、そうじゃない。

 俺はそんなつもりは毛頭なかった。初めから考慮の外だった。このシステムを活用するなんて思い付きもしていなかったんだよ」

 

「......ほーん」

 

 こいつ信じてねぇ。

 アヤは心外さのあまり哀しくなった。

 

「言い出したのはサチだ。

 事情を説明して、しばらく家に帰れなくなると告げた時、あの子は随分心配したが結局は俺の意思を尊重してくれた。信じてくれた。

 だが、その一方で思いも寄らない話を持ちかけてきた。

 わたし知ってるよ、と。

 結婚したら共有ストレージが使えるようになるんだよね、と。

 圏外で動くなら使わない手はないよね、と。

 俺の懸念であり盲点であったところを的確に突いてきた。兵站の確保という問題に対する答えをだ。

 前代未聞の提案proposeだ。

 普段から合理性を標榜してる俺にそれを断る理由なんて寸毫も用意されていなかった」

 

 アヤの手が震えている。

 生唾をゴクリと飲み込んだ。

 

「気がついた時には教会で式を挙げていた」

 

 その声は震えていた。

 何をされたのかはわかっているしチャチな話ではあるが恐ろしいものの片鱗は味わったようだ。

 

「......オメデトサン」

 

 アルゴがようやく振り絞って出した一言がそれであった。

 

 アヤの煩悶も葛藤も知らないが、システム上とはいえ結婚という証を立てたがらなかったのには何らかの理由があったことは推測できる。

 だが、しない理由があるのならする理由だって当然ある。

 いつもうだうだと理由を並び立ててばかりのこの男に隙を与えることなく望む結果を導くにあたり絶好の機会であったことは疑いようもないだろう。

 そしてそれがおそらく計算ずくではなく混じり気ない好意と思いやりから来たものであろうことが殊更に恐ろしい。

 

「おう、ありがとよ......」

 

 頭上にオレンジ色のカーソル。

 犯罪者の証であるそれを浮かべている眼前の男は、凶悪さからは程遠い面持ちで呆けている。自らの左手に目を落としながら。

 

 心配事が尽きたわけではないが、この上ない後方支援があるというのなら懸念はひとつ解消されたと言えよう。

 彼自身も、彼を支える彼女も、どちらもしたたかであるからして。

 

 アルゴはマントを翻した。

 ひとまずここでの用事は済んだ、と。

 

「健闘を祈ル」

 

 言い残したその言葉は、風のように去る彼女の身と共に過ぎた。

 

 ふたたび静寂が訪れる。

 

 アヤは想う。

 過ぎた悩みだった。

 こんなにも恵まれている。環境に。縁に。

 

 槍を片手に足を踏み出す。

 林道を歩み始めたその姿は、ひとりにしてひとりのそれを感じさせない。

 

 草葉の陰から、不細工な栗鼠がギョロリとした目でそんな彼を見送っていた。

 







「月が綺麗ですね」

「え。新月だけど今日」

「月が綺麗ですね!」

「あー現代文で習ったのか? 夏目漱石ね」

「返事は?」

「もしかして"死んでもいいわ"を求めてる?
 ありがちな誤用だし真偽も定かじゃない。
 そもそもそっちは漱石ではなく二葉亭四迷の逸話であって」

「......」

「いやわかった。わかったから。
 誤魔化そうとして悪かった」

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