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【コラム欄】
ドランク・エイプでもわかる!
〜 やさしいPK対策講座 〜
第七回「睡眠PK編」
筆者が今のような活動を始めてはや半年ほど。
こちらのコラムも今やプレイヤーの皆様方にとっては馴染みのものとなっていることと思う。
前回の「異物混入PK編」に引き続き、今回も圏内でも起こりうる危険かつ悪質なPK手法についての解説とその対策について話していきたい。
初めましての読者もいると思うので今回も念のため断っておくが、当コラムにおいて筆者が投稿している内容はあくまでも「こういうことも起こりうる」という推測の域を出ていないものであって、実際に起きたことではない。
なので過剰に不安を煽るつもりはなく、あくまで読者の皆様方への注意喚起に過ぎないことを頭の片隅に置いていて欲しい。
ではここから「睡眠PK」とはどういうものなのか。どうすればそれを防ぐことができるのか。
そういったことをなるべく噛み砕いて説明していく。
〜(中略)〜
ざっくり言うとこのような感じで、まあ普通の防犯対策にゲームならではの方法もつけ加えて身を守りましょうね、という話だ。
今挙げた中でも、入眠時にはシステムメニュー操作時の音量をボリューム最大に設定しておくのが手軽なのでオススメできる。
特に抵抗がないなら仲間と相部屋にして互いに異常に気付きやすくするという対策も併用できればなお良いだろう。
今回は以上となるが、過去の記事にも是非目を通して欲しい。
そこそこの文量になってきたためか、近々、当コラムのみをまとめた冊子が配布される予定となっている。それもうコラムじゃなくね?
ここから先は余談なので別に読んでも読まなくても構わない。
よほど暇なら読んでもらえると冥利には尽きる。
さて、次から次へとまだ起きてもいないPK手法について考察し投稿しているものだから筆者の思考こそが殺人鬼のそれなのではないかと疑われている今日この頃である。
特に第一回などは初回ということもあってその時に思いつく限りの手法とその対策を一挙に羅列したものを草稿として提出したものだから、編集者からは明らかにヒかれていたようにも思う。なんなら読者からもヒかれていたのではなかろうか。
一応申し訳程度に筆者の印象が悪くなりすぎないよう言い訳をしておくが、筆者ひとりで全部の手法を思いついたわけではない。筆者の知人にかつて別のオンラインゲームでPKerとして活動していた者がおり、その知人の協力もあってのことだ。筆者だけがヤベェヤツなわけじゃないのだ信じてくれ。
と、まあ悪印象にもめげずにこのようなものを投稿しているのは無論のこと安全管理上の必要性を感じてのことであり、さらに言えばPK集団への牽制の目的もある。
極一部の読者のみに向けて次の言葉を送る。
お前らが思いつくことは俺にも思いつく。
何故かわかるか。思考が近いからだ。
俺は思いついてもやらないだけ。
圏外は暇だろう。
新聞も数少ない娯楽なんじゃないか。
だから読んでるだろこれも。
近頃は大人しいな。良いことだ。
そのまま大人しくしておいてくれ。
ではまた次回。
投稿者名: aaaaaaaa
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男はたった今読み終えたばかりの新聞紙を握り潰した。
くしゃりと歪んでしまうが、所詮はデータで造られたものであるためか、アイテムとして使用すればテキスト欄が表示されるためこんな有り様になっていてもまだ読める。
腹立たしいので読み返す気は起きないが。
「ヘッドぉー......これ身内に裏切り者いませんか?
絶対おかしいですって。
なんで俺たちが一生懸命考えたPK方法が実行前から知れ渡っちゃってんすか。誰かがリークしてるんですって絶対」
ずた袋を被った異様な風貌のプレイヤー......ジョニー・ブラックが情けない声を上げた。
頭の悪い見た目の通りにあまり知恵の回るやつではないが、少なくとも男よりはゲームというものに詳しいため色々と意見を出させていた人材のうちの一人だ。
男はゲームというもの自体に触れるのがこのSAOが生まれて始めてのことであった。
詳しい事情はさておき仕事上で必要なことだったので仕方がなくこのバカみてぇなデスゲームに参加している。
本当にバカみてぇだと心から思っているからしてモチベーションが高いわけでは断じてなかったのだが、自らが心底から憎み嫌う極東のサル共をデスゲームにかこつけてぶっ殺してやれることだけは楽しみを見出せるポイントだった。
知恵は回ると自負しているがゲームに詳しいわけではないので、初めの頃はそれなりに試行錯誤したものだ。
知識を仕入れ研磨していくのは中々に骨が折れたものの、その辺のサルからいくらでも情報を仕入れることはできる。
都合の良いことにこの手のゲームは本来なら人対人、いわゆる対人戦も盛んなものであるそうだ。特殊な環境下といえどゲームの体裁を保っている以上は、ゲーマー心理とやらを煽り立ててやれば阿呆を生み出すのもさほど難しい話ではない。
そのうち自らの手でぶっ殺すのもいいがサル同士で殺し合わせることについても考えるようになり、手頃なサルを見繕って配下に加えていった。
眼前のずた袋サルもそのうちの一匹である。
前述のようにゲーム知識を持ち合わせておりかつ実行力も高い。倫理観が欠如しているのも扱いやすいポイントだ。
こいつの言うことには一理ある。あった。
確かに初めは男も身内の裏切り者の存在を疑った。
いっそ不自然なまでに先手を取られる場面が多かったからだ。
だが。
「状況見てモノ言え。
もう俺とお前とザザしかいねぇだろうが」
今に至ってはそれは間違いだったと考えざるを得ない。
じゃあもう裏切り者って誰だよ消去法でザザになるだろ。
そこで気まずそうに黙りこくってんだろうがよおい。
「......俺じゃ......ない」
気まずさに耐えかねて珍しく自己主張してんじゃねぇかよ。
「じゃあ誰なんだよぉ⁉︎」
「......ヘッドか? 消去法で」
俺なワケねぇだろ。
いや、こいつらを仲間として見てはいないしいつでも切り捨てる気ではいるので裏切り者と言えばそうなのかもしれないが。
比較的まともなザザまでもがおかしくなっている。
そう、おかしい。
こんなはずではなかった。
今にして思えば始まりからすべての歯車が狂っているように感じられる。
まずこのゲームはプレイヤー間の対立を生みやすい構造となっているはずだった。
正式サービスの前にベータテストというものが行われていたため、デスゲーム開始当初には明確にプレイヤー間で情報や経験に格差があったのだ。
格差を理由に対立を煽るなど基本中の基本。そこを突いてやれば低脳なサルなど容易く踊らせられる。
そう考えていたのだが......第一層の時点でどういうわけか早々にプレイヤー同士の結束を固められてしまっていた。
諸事情により男は初めからこのゲームにログインしていたわけではない。彼がデスゲームに参加した頃にはすでに攻略組などと呼ばれる英雄気取りたちが人々の希望の象徴となっていた。
中でもあのディアベルとかいう騎士気取りのサルが大層目障りだった。モチベーターとしての手腕にやたらと優れていたのだ。
モチベーション......士気と言い換えてもいいかもしれないが、それは非常に重要なものだ。ましてや命を賭すような状況においてそれは何にも勝る原動力となる。
やる気を出させるな。その気にさせるな。団結するな。悲観的なままにさせておけ。そうでないと煽りづらいだろうがこっちとしても。
扇動とは単に弁が立てば上手くいくというものではない。
火を起こすには火種がいる。それは焔となりて燃え広がり、やがてはどこからそれが始まったのかもわからぬほどに何もかもを焼き溶かして燎原の火と成りゆく。そういうものだ。
男にはどんなに小さな火種からでも大火を生めるだけの能力があった。しかし、その火種を探すところがまず難題であった。
当時の状況において最も手軽に燃やしやすいはずの格差という火種が早々に尽きていた以上、次のそれは何か。
不安や恐怖などといった負の感情がそれに当たるだろう。
これについては一部は上手くいった。
多少強引な手法ではあったが、当時攻略組に潜り込んでいたジョニー・ブラックに盛大に火をつけさせた。
都合良くも連中が足踏みしていた25層において、攻略組の中でも主力級のサル共を大量に亡き者としつつ疑心暗鬼に陥れ、更なる停滞を生んでやろうと画策した。
誤算だったのは戦力を大量に失いかつ身内に裏切り者が出たというのに、次の日にはあの難関とされた25層が突破されてしまったことだ。
どうなってんだ人の心とかないのか。身内の裏切りで人が死んでんだぞ。一旦立ち止まれよそこで。悩み苦しめよ。
攻略組は折れなかった。忌々しい。
だがさすがに無傷とはいかなかったようで、離脱者が出た。
ボス攻略戦において死者が出たために実感が湧いたのだろう。自分たちが何と戦っているのか。
ようやくになって気づいたのだろう。死が思いの外身近にあるのだということに。
火種があちこちに転がり始めた。
不安、恐怖、焦燥、あるいは嫉妬や羨望。よりどりみどりだ。
これだけあればいきなり派手に動く必要はない。まずは収拾がつかなくなるほどに混沌を生み出してから、本命となる殺し合いの絵図を描き上げる。
下層で燻っているサル共に働きかけてやれば、自らの境遇への不満から倫理に背くやつも山ほど......山ほどは生まれなかったんだよなぁこれが。
なんだあの《ALA》とかいう急に湧いて出てきた組織は。せっかく燻ってた連中に仕事の斡旋とかするんじゃない。いい顔で働き始めてしまったではないか。
小銭拾いとか惨めな思いさせとけって。頼むから惨めなやつを減らさないでくれ、煽る理由がなくなるだろ。
社会的な弱者ほど非行に走りやすいというのは考えるまでもなくわかることだ。
社会から爪弾きにされた者には必ず鬱憤が溜まる。どこにも所属できていない、何にも貢献できていない、必要とされていないといった状況を社会的動物であるホモ・サピエンスは本能的に忌避するのだ。
人は元来他人に優しくなど出来ない。自らが満たされていて初めて他者に気を配る余裕が生まれる。
裏を返せばそれは、利己的な人間は孤独より生まれ出でるということだ。
満たすな。拠り所を与えるな。社会のあぶれ者を減らすんじゃない。こちら側に流れてくるロクデナシがほとんど居なくなってしまっただろうが。
さらに悪いことに攻略組にも追い風があった。
崩れかけていた《聖剣騎士団》に対抗する形であったとはいえ《血盟騎士団》が台頭してきたのだ。
F⚪︎CK!! せっかく減らした戦力を補充するな。攻略速度が元に戻ってしまうだろ。希望が蘇ってしまうだろ。
なんだあのヒースクリフとかいうやつは。何ならあいつが一番意味がわからない。
お前今までどこで何してたやつなんだ。経歴不詳すぎるのになんでそんなに訳知り顔でしれっと攻略組に合流して中心人物にまで成り上がってるんだ。そもそもタンクが25層くんだりまでずっとフリーでやっていけてたわけないだろうが。レベリングとかどうしてたんだよ一体。
最近では《神聖剣》などというユニークスキルまで取得したというではないか。なんだユニークスキルって。この国のスラングで言うところの「ぼくがかんがえたさいきょうのスキル」か。チーターか?
それでいて組織運営の面でアスナとかいうこれまた飛び切りのモチベーターを引き込むなどという鬼札を切られたのはもう嫌がらせに近い。わけわからんおっさんだけならまだ良かったのに、象徴性のある女を偶像に仕立て上げてサル共にやる気を出させるな。
このような様々な妨害が男を悩ませた。
ちょっと思っていたのと違いすぎる。
当初男が思い描いていた絵図はこうだ。
徐々にプレイヤーたちの倫理観を歪めていく。ほんの軽い悪事からことを始める。この日本という国は治安が良い。教育が行き届いている。生まれながらに恵まれた連中だ。そんなやつらにいきなり大きなことをやれと言ったって出来やしない。
だから少しずつブレーキを壊していってやる。国民性もそれに合っている。どいつもこいつも右に倣えの能無し共だ。皆がやっているなら自分も、みたいなやつが多い。都合の良いことに。
そうしてタガが外れていったところに、元から
攻略組対PK集団という理想的な構図を生み出すことができる。
ところが困ったことに、前述のようなとてもデスゲームという極限状況にあるとは思えない治安の良さのせいで想定よりも悪事を働くものが少ない。
仕方がないのでせめてと攻略組からドロップアウトした連中を煽りに煽り散らかしてどうにか兵隊に仕立て上げることには成功したものの、肝心要の数が揃わない。
男は別に少数精鋭でも悪の道を往くなどといった自分に酔ったバカみてぇな真似がしたいわけではないのだ。
仕事は仕事で仕方がないのでやるからそれは置いといて、その過程での楽しみの一環としてサル共に殺し合いをさせたかっただけなのだ。
いけるか? この人数で。
いや、所詮は平和な島国のサル共だ。
動き始めたら止められる者などいない。弱腰で引け腰のままこちらに手出しすることなど出来まい。止まらなければ呼応する者も増やしていける。
そのような心持ちで派手に動き始めてからしばし。
ここに来て最大級の向かい風がやってきた。
いやそんな生優しいものではない。嵐だ。ハリケーンだ、あれは。
もう全然弱腰じゃない。
ばんばん狩られる。こちらの兵が。
なんだあのaaaaaaaaとかいうふざけ切った名前のやつは。
名前だけじゃなく行動力から思考回路まで何もかもがふざけている。
特殊部隊出身か? 同業者か?
あまりにも異様なので経歴を調べた。
頭の痛いことに異様さが増すばかりだった。
通称アヤ。元ベータテスター。当時の呼び名は《歩く攻略本》。検証プレイヤーだったらしく情報通な面が多々見られる。
正式サービス後は攻略組の一員となり常に一定の貢献は見せるものの、時折ふらりと攻略そっちのけで奇行に走る面もあったという。
調査の過程で様々な奇行エピソードを耳にしたがそれはまあどうでもいいだろう。何ならこれらの情報が一番多かった。ノイズが過ぎる。
敏捷型ビルドの両手槍使いであり、リーチの長さと脚の速さを活かした高速戦闘を得意とする。
特筆すべきは記憶力であり、敵の挙動への理解が深い。推測の域を出ないがギフテッドの一種か。
しかしながら、プレイスタイルが回避タンクということもあってか25層ボス戦での狂気的なまでの大立ち回り以外に伝え聞く限りで目立った戦果は無し。
一時期攻略組から離脱していたことがあり、その間の動向はあまりよくわかっていない。断片的に得られた情報によればこの時期からクラフト系プレイヤーへの支援のため動いていたということが推測される。
プレイヤーへの影響力という面では特筆に値するものがある。現在では《ALA》の長という立場であり、言うまでもなく下層プレイヤーの支援を手厚く行う象徴的なプレイヤーだ。
なるほど。この経歴を見る限りではどちらかというとハートフル寄りなやつだ。自分より他人を慮るような、いかにもな甘ちゃんである。
それがどうして急にバイオレンス極振りの暴力装置と化してこちらを狩り始めたのか。
これがわからない。本当にわからない。
下層最大勢力による人海戦術でこちらの行動を監視して、当の本人が早駆け野伏りサーチアンドデストロイしてくるとか徹底的に意味がわからない。
それでせっかくこちら側に引き込んだ元攻略組のドロップアウト共を早々に始末された時には唖然とするはめになった。容赦がなさすぎる。
絶対に素人じゃない。やはり特殊部隊出身か。
ただの暴力装置ならまだやりようもあった。
だがこいつが真価を発揮するのはむしろ情報分野でのことだ。
こちらが初めて派手に動いた時のように、新聞屋といったマスコミュニティに働きかけるのは印象操作の基本だ。
それと同じことをあちらもやってきた。度々、冒頭のようなコラム記事をばら撒いてはこちらの動きを牽制してきたのだ。
今回の記事にも書かれていたがどうやら向こうには悪知恵が働くやつがついているらしい。
そいつこそうちに欲しかったというのに何でよりにもよってそっちについてやがる。ふざけるのも大概にしておけ。
男は。PKギルド《ラフィン・コフィン》首魁は。
プレイヤーネーム: PoHは。
自らが真に警戒すべき相手を見逃していたことを認めざるを得なかった。
象徴性の高いディアベルやヒースクリフといったプレイヤーは確かに脅威だ。
しかしながら、彼らと彼らが率いる者たちは所詮は一般人に過ぎず、犯罪の手管に長けたこちらの思考を読めるはずもない。
仮に読めたとして、暴力でもって威圧するこちら側に対して同じように武力で対抗できるほどそれに慣れてなどいない。
真に恐ろしい者。それは
この国には蛇の道は蛇という言葉があるという。
こちらが倫理をかなぐり捨てているからこそ有していたはずのアドバンテージを、同じく道徳も躊躇も知らぬとばかりにあらゆる手段を講じて潰してくる怪物が相手にもいた。それを想像できなかった結果が今なのだ。
想像できるかそんなもの。
PoHは心中にて吐き捨てた。
とにかく状況は極めて悪い。
初めからずっと悪かった。それに輪をかけて今は最悪だ。
やりたいこと、やろうとしていたことが悉く出来ていない。何もかもが噛み合わない。どういう運命の悪戯だこれは。やはりこの世に神などいない。
詰んでいる。
そんな思考がPoHの脳裏をよぎった。
怒りも憎しみも腹の底からいくらでも湧いてくるが、頭ばかりはどこまでも冷え込んでいる。
ここに残っているサル二匹。こいつらから足がつく前に処分しておいたほうがいいかもしれない。
PoHは腰に吊るされた自らの得物《友切包丁》を意識した。
すでに捕えられた連中からある程度足はついているであろうが、幹部格である彼らは最もPoHに近かった。彼らが情報を吐かされた際のリスクは高い、と。
とはいえ彼らとて完全に無能というわけでもないし、信頼関係があるわけでもない。
今この場でどちらかに斬りかかれば、瞬時にPoHの意図を理解するだろう。トカゲの尻尾切りだと。
もしも一撃でキル出来なければ結託される恐れがあり、そうなると数的不利を被ることとなる。
PoHの得物、ユニーク武器らしく《プレイヤーをキルすれば能力値が上がりモンスターをキルすれば能力値が下がる》というピーキーな性能をしているが、非常に強力な武器である。如何にもPKに向いているため彼自身これをいたく気に入っているのだが......
残念なことにほとんどプレイヤーをキルする機会に恵まれなかったためにぶっちゃけその辺の短剣とそんなに性能が変わらないのである現状では。
これではたぶんどちらも一撃では殺れない。実にF⚪︎CKである。
こんなところでも噛み合っていない。PoHにとって何もかも都合が悪いように世界が回ってしまっている。喜劇的なまでに悲劇的に。
諸々を冷静に勘案した結果、今の所は地道に細々とやっていくしかないという結論に至る。
近いうちにこいつらを個別に呼び出して個別に斬ってその後は本格的に雲隠れするか......とひどくみみっちいことを考えている。
何も知らない攻略組がこんなPoHの正体をもし知ったならば大層驚くだろう。こんな小物だったのかよ、と。
確かに精神性こそ小物のそれであるのだが、能力を遺憾なく発揮できさえすれば世紀の大犯罪者になり得たはずなのだ彼は。
ただ環境があまりにも悪すぎた。整えられすぎていた。荒らすにも荒らしようがなかったのだ、この天賦の才を持つ扇動家をもってしてさえも。
「......お前ら。
このアジトもそろそろ暴かれてるかもしれねぇ。
既存の場所も全部捨てる。
新しいとこ、探すぞ」
PoHは逃げ回ることにした。
こうなったらもうゲリラ戦だ。
何ならそれが一番、憎きイカレ野郎と攻略組を自分に釘付けにして時間を無駄に使わせる唯一無二の方法かもしれないと考えたのだ。
それはもはや嫌がらせの範疇に収まってしまっている。
今もどこかで虎視眈々と
まさかあんなに大々的に攻略組に宣戦布告した大物と目される人物がもはや空想上の強敵と化してしまっているなどと。
◇
「いらっしゃ......うわ。君か。
今日は何の用だい?」
来店するなりすごい顔をされた。
アヤとしては非常に遺憾であった。
鍛冶屋にやってきたのだから用事など決まってるだろうと思った。
「指示された強化素材採ってきたぜ。
こいつを鍛えてくれ。もちろん《付与効果》の強化に極振りでよろしく。なるべく攻撃力は上げずに」
そう言って、近頃の彼にとって半ばメインウェポンと化している《パニッシュメント・ソーン》をカウンターに置いた。
トゲトゲで禍々しい、どう見ても悪役が持つ武器であった。
部位耐久値へのダメージボーナスという、かなりニッチな付与効果を有している。
「......確かに強化素材は教えたけども。
私が作ったものなのだから私に依頼するのも理解できるのだけども。
それでプレイヤーを攻撃するのだとわかっていて鍛えるというのはひどく複雑な気持ちになるな」
「そこを何とか頼むよ
心情を察せないわけじゃねぇけど打てる手は全部打っときてぇ。
何せラフコフの長がどんなやつかも未だ掴めてねぇんだ。
こっちとしても強化が中途半端な武器でやり合うのは不安が残る」
第19層主街区《ラーベルグ》
閑静、というよりは寂れて暗く陰気な街である。
そちらに店舗兼ホームを構えるギルド《黄金林檎》の工房は、本日もひっそりと営業していた。
ちょっとさすがに店としては立地に難があるのではないかと思わないでもないが、その辺は個人の自由だとも思うのでツッコむべきではないだろう。
この武器の制作者であるプレイヤー鍛治師にして店主のグリムロックは渋面を浮かべていた。
彼もアヤの言い分がわからないわけではない。
ただ、まさか偶然出来上がったはいいものの性能的に需要もないと判断して安値で市場に流して以来記憶の彼方へと消えていたこの悪役武器が何の因果か再び自らの前に現れ、さらにはその用途が人を傷つけるためなどと言われてしまっては及び腰になるのも無理からぬことであろう。
「ほらこれお土産。
有名店のとかじゃねんだけど、プレイヤーメイドのホールケーキ。
野郎メンバー向けに《キングクラーケンスルメ》も買ってきたから、ほらほら」
気遣いもできて悪い子じゃなさそうなんだけどなぁ。
グリムロックは苦笑した。
この愛想の良い笑みの裏に苛烈な一面も秘めているというのだから世の中わからないものだ、と。
グリムロックとアヤの関係はほぼ初対面と言ってよい。
面と向かって会話したのは、先日彼がここを訪ねてきた際が初めてだった。
近頃愛用している武器の作成者がグリムロックだとわかったので、作成者本人にその強化について相談がしたいと。
個人としては別に、ギルド《黄金林檎》としては彼とはそれなりに古い付き合いではある。ギルドマスターであるグリセルダは彼と幾度か情報のやりとりをしていた間柄のはずだ。
とは言っても今とは違ってかつては手広く活動していたアヤにとってみれば数ある中層ギルドのうちの一つに過ぎないはずで、むしろよくメンバーの構成や名前まで覚えていられるな、と感心するところだが。
グリムロック個人として親交を持ってはいなかったものの、その為人に興味を抱いてはいた。
かつてアヤが個人で中層のクラフト職の支援を行っていた頃、当時は駆け出し鍛治師であったグリムロックを含むクラフト職のプレイヤーたちに対してかけられた言葉にいたく感銘を受けたことがあるのだ。
『戦いから逃げたと自分を卑下する必要はないよ。あんたらクラフト職はもうとっくに
素材は流すからひたすら物を作ってくれ。それは確実にこのゲームの攻略に寄与する。あんたらも既にこのゲームと戦ってる』
随分と優しい声音であったことを今でも思い出せる。まるで慈しむような。
その当時、このゲームに囚われ変化してゆく自身の周り......その中でも特に妻であるグリセルダに対し澱んだ感情を抱きつつあったグリムロックにとっては、アヤの言葉はその苦悩に一石を投じるものであった。
なんだ、変わったのは私もなのか、と。
妻と同じく、私もいつの間にかこのゲームと向き合うようになっていたのか、と。
ほんの些細な心境の変化だったが、それだけでも十分に気が楽になった。元来物事を重苦しく考えがちな性格だと自覚するグリムロックにとっては。
「君にとっては、今はそれが戦いなのかね」
尋ねた。
言葉足らずだったか、と思ったが。
「ああ、何かと思えば。
あんた覚えてたんだねあの時のこと。
そだね。それも一部だよ」
「一部?」
「強いて言うなら四六時中何かと戦ってる。
それこそプレイヤーキラーと戦ったり、モンスターと戦ったり、何ならこのゲームの仕様そのものとも戦ったりする。
節操なしなんだよ。やりたいようにやってる」
「それはまた......」
「回遊魚みてぇなもんだ。止まれねぇの、俺」
冗談なのか何なのか、アヤはそう言ってへらりと笑った。
止まったら死ぬのかね、などと思う。
なんだか毒気が抜かれた。
もとよりグリムロック自身もとうにこのゲームに適応してしまった身。頭が鍛治師のそれに切り替わってしまっている。
彼が殺害を目的とせず、戦意を削ぐために尖った性能を持つ自身の作品を扱ってくれていることに理解を示すことも出来る。
適した装備をそれを求むプレイヤーへと提供するのがこのゲームにおける鍛治師としての仕事だ。
「わかった。
どの道、私が断れば他の鍛治師のところへ持って行くつもりだろう。
見栄えの良くない作品だからそのようなことはあまり推奨は出来ないし、システム面でもそれの強化には作成者である私が最も長じているのは確かだ。
その仕事、引き受けよう」
かつてグリムロックに戦いを教えてくれたアヤの戦いに協力するのもやぶさかではないと思った。
現実にいた頃にはきっと思いもしなかったことだろう。
グリムロックはアヤを見ているとこう思う。
我々は今、ここで生きている。
やりたいことをやると彼は言ったが、いい大人である自分はやれることをやるべきだ。
日々目まぐるしく変わるこの世界の環境に順応できねば、後悔する道を知らぬ間に歩んでしまっているかもしれない、と。
眼前にて、交渉成立だなと不敵な笑みを浮かべる青年を見やる。
果たして君は
あまり若者がするような顔ではないぞ。
そのように思った。