死んでもいいデスゲーム   作:夜深夜

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18. 男女男男女

 

◇

 

 風のような。

 あるいは、稲妻のような。

 閃光......は既にそう呼ばれる者がいる。

 速度を喩えるのにその表現は様々あるが、この男に相応しいのは果たしてどれだろう。

 

 迫り来る穂先、ぶれず曲がらず真っ直ぐに突き出される正しく点(・)での攻撃を紙一重でかわしつつ、キリトは思った。

 

 彼我の距離、およそ15mを瞬く間に詰めて繰り出されたそれは、この仮想空間という特殊な環境下でなければ人の目で捉えられるようなものではないだろう。

 そしてまた、そんな人間離れした速度での攻撃を彼が繰り出すことができるのも、仮初の肉体を持つが故のことだ。

 

 バックステップ。

 反撃を嫌ったのだろう。彼のスタイルは徹底したヒットアンドアウェイ。

 距離が再び離れた。

 こちらは攻め難いが、向こうにとっては容易い。そんな心算が見え隠れする距離が二人の間を隔てる。

 

 不利な仕切り直しに内心舌打ちものだった。

 

「今のを避けるとか。ヒくわ。

 どんな反射神経してんだ」

 

 必殺の一撃だったと確信していたらしいアヤのぼやきに、キリトは反応を示さない。

 

 ヒいてんのはこっちだ。

 冷や汗かいたわ。

 心の中だけで返事をする。

 

 デュエルの開幕早々から奇襲を仕掛けてくるような相手だ。

 次に何をしてくるかわからない。

 話に付き合ったりなんかしたら隙が生まれそうだと思った。

 

 キリトは油断なく剣を構え、しかとアヤを見る。

 視線のやり場から手脚の置き場、呼吸すらも全て見逃すまいと。

 

「あれ。結構マジになってる?

 練習なんだからリラックスしようぜ」

 

 アヤはへらへらしている。

 

 そう、確かに練習である。

 対人戦の訓練がしたいから、との申し出をしてきたのは彼であるし、それに応じたのはキリトだ。

 

 キリトとて別に暇では......ない、と思う、というのに彼からの提案を受けたのは、純粋に興味があったからだ。

 これまで肩を並べて戦うことはあっても向かい合ったことはないこのアヤという攻略組きっての槍使い。その実力を確かめてみたいと、キリトの中の男の子な部分が叫んでいたのだった。

 

 アヤといるとどうも調子が狂う。

 この世界は確かにゲームの中であるが、しかし今の自分たちにとってはここは現実でもあるのだ。

 茅場の言を借りるのは癪だが、今はゲ(・)ー(・)ム(・)で(・)あ(・)っ(・)て(・)も(・)遊(・)び(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)。頭ではそうわかっていても、純粋に「楽しく遊べるゲーム」のように振る舞う彼の姿に感化される者はいる。

 キリトとてその一人だ。シンプルな、己の力量のみを競う対人戦。それも巧手との、ヒリつくような。

 

 そんなの楽しいに決まっている。

 だからこそ負けたくない。

 だって勝てば気持ち良いから。

 今は一人の剣士にして、遊戯者であってもいい。

 贅沢なシチュエーションだ。

 

「......ガチじゃん。

 お前が攻めてこないって、完全にガチじゃん」

 

 ひたすら注視し続け身構えるキリトを見て、アヤは苦笑と共に槍を構え直した。

 

 そしてそれからは、笑みを消した。

 その鋭い眼をスッと獰猛にすぼめる。

 

「勝ちにいくわ」

 

 わざわざ言わなくていい。

 本気ガチの本気マジで来い。

 キリトは既に自らのゲーマーとしての経験や知識、あるいは直感までもを総動員して戦術を練っている。

 

 典型的な敏捷型ビルドかつ回避タンクというロールからカウンターを得意としているアヤを相手に無策で仕掛けるなど愚の骨頂。

 本来キリトが得意としているのは片手剣という軽快で取り回しの良い武器の特性を十全に活かした近距離でのラッシュであるが、今はそれをする気はない。

 普段のキリトを支えているのは筋力も敏捷もどちらも高水準な脳筋そのものなステータスと、何よりも他の追随を許さない神懸かり的なまでの反応速度だ。

 

 この反応速度を戦術の要に据えると決めた。

 攻め手の選択肢を増やすばかりではなく、むしろ守りにおいてこそ唯一性を発揮する特性なのだ、これは。

 開幕早々に繰り出されたアヤの踏み込み突きをかわすことが出来たのもこれのおかげ。何なら、もし来ることを予見していたのならば、避(・)け(・)な(・)が(・)ら(・)斬(・)る(・)という神業さえも可能としていたはずだ。

 

 守りながらにして攻める。俺にはそれが出来る。

 

 故に待つ。

 勝つために。

 

 何度でも来い。

 必ず捉える。

 

◇

 

 一方その頃。

 

「えー! 意外!

 子供の頃のアヤさんってそんな感じだったんだ」

 

「あれ、そういえば。

 これ言っても大丈夫なやつなのかな。

 いっか。ダメって言われてないもんね」

 

「アーちゃんは結構天然ボケ入ってるからナー。

 うっかり訊いちゃうんだよナ、そういうの」

 

「ああっそうだった⁉︎

 ごめんねサチ。

 別に詮索とかじゃなくて」

 

「サッちゃんもめっちゃ普通に答えたしナ。

 天然が二体......来るゾあーや!」

 

 来ねぇよアルゴラル。

 と答えるべき人物はここにはいない。

 

 こちらは第20層の辺境地《レオーネ開拓村》はアヤ邸にて。

 サチ、アスナ、アルゴの3人はかねてより計画していた女子会と洒落込んでいた。

 

 暑苦しい向こうの男子会とは違ってこちらはなんとも華々しい。

 

 白いクロスがかけられたテーブルの上には3段型のティースタンド。

 一口サイズの可愛らしいサンドウィッチからサクッと焼けたスコーンから色とりどりのミニケーキまで、ここがゲームの中であることを疑いそうになるお手本みたいなアフタヌーンティーの用意がなされている。

 

 そしてそんな小洒落た雰囲気を少しばかり壊しにかかっているのが、ティースタンドの横に堂々と鎮座している物体だ。

 

「ところでサッちゃん。

 ずっと気になってたんだケド。

 それ、なんダ」

 

 その透き通った球体の内では白く美しい光の粒子が舞い踊っている。

 なるほど綺麗だ。ここまでは。

 しかし、ちょっとド真ん中でバンザイポーズをしている謎の老人がノイズかもしれない。誰だよそいつ。目イッちゃってるけど。

 

 アルゴの問いに対し、サチは小首を傾げた。

 

「えと。

 アヤがくれたの。去年のクリスマスに。

 このティースタンドと一緒に、クリスマスプレゼントだって。セットで使うものなのかなって。

 ちょっと可愛くない?」

 

「キモカワ......かも?」

 

 やはり天然カ......

 スラングとかミームに反応してくれる人がいないので、アルゴはその一言を心の中に留めた。

 

 そういえばあの男、クリスマスボスから変なオブジェしかドロップしなかったとか言ってたな、と。

 当日になって大慌てで別のプレゼントを買いに行ってたな、とふと思った。

 

「なんか、いいなぁ。

 別に何か物が欲しいとかじゃなくって、イベントとかでプレゼントを用意したりしてくれる人がいるのって。

 あ、家族とはまた別にってことね」

 

 アスナが言った。

 確かにまあ、女子としては男子にそういった理想を抱きがちであろう。

 どこか高嶺の花といった雰囲気の彼女には特にそういった相手がいるという話は......まあないわけでもないのだが、たぶん今のところそんな感じではないのでいないのだろう。

 

 一方でサチはというとまたも小首を傾げていた。

 そして、さも不思議そうに言う。

 

「?

 アヤは家族だよ?」

 

「うっホ」

 

 大惚気であった。ド天然で。いや天然かこれ?

 アルゴは思わず変な声を出してしまった。

 

 いや、これどっちの意味だ。

 幼少期に兄妹のように育ったと聞いているからそういう意味なのか、はたまたもう入籍してるから家族でしょという意味なのか。

 サチの左手では飾り気のないリングが光を放っている。

 

「あー!

 今、すっごい惚気た!」

 

「えへ」

 

 なんだこいつあざといな。

 かつてどこかの誰かが心中にて呟いたのと同じ感想を、そうとは知らぬうちにアルゴも抱いた。

 

「それをもらったのは結婚する前だったロ」

 

 ちょっぴり。ほんの少しばかりイラッときたのでアルゴは理路整然とツッコんだ。

 天然ばかりのこの場で理屈屋なのは自分だけだ、と。

 

「じ、事実上もうしてたもん......

 アヤがそう認めてくれてなかっただけだもん......」

 

 サチがぷくっと頬を膨らませた。

 

 なんだこいつあざといな。

 やはりかつてのどこかの誰かのように、アルゴは再びその言葉を飲み込んだ。

 天丼は基本だ。何のとは言わないが。

 

「アヤさんってその辺すっごく奥手なのかな。

 誰がどう見ても絶対サチのこと好きだし大事にしてるのに、なんであんなに意固地になってたのかなってずっと不思議なのよね」

 

 アスナがその形の良い眉を八の字にしている。

 それについては誰もが疑問に思っていることだ。

 おそらくはサチでさえも。

 

 サチはうーん、とその白く細い指を桃色の唇に当てて何事か考えている。そして。

 

「はじめはほんとに妹みたいに思われてたの。

 これアヤには内緒にしててね。

 その度に実はすっっっごく傷ついてた」

 

 とりあえずご不満の表明から入った。

 

「でしょうね」「でしょーネ」

 

 アスナとハモった。

 

 アイツ勘は良くないからナ、頭でっかちだかラ。

 アルゴは呆れた。呆れたが、予想通りだった。

 そういうとこある。

 

「たぶんだけどね。

 25層だったかな。すごく難関だったっていう。

 ボス戦の前夜、あの時からだと思う。

 アヤがしっかりわたしの気持ちに向き合ってくれたのって」

 

「何かあったの?」

 

「うん。手を繋いでもらった。

 こう......」

 

 サチはそう言って、自らの指と指を絡ませる。

 俗に言う恋人繋ぎの形だ。

 

「アイツが自分からそうするとは思えなイ」

 

「そうだね。

 頭を撫でてくれたりはしたんだけど、絶対にそういうのはしてくれなかった。今はしてくれるんだけどね」

 

 いちいち惚気ないと話せないのかこの子。

 アスナがキャーとか言っている。めっちゃ女子だった。

 

「わたしから繋いだの。

 アヤがどこかに行っちゃいそうだったから。

 絶対帰ってきてね、って」

 

「おお、がんばったナ。サッちゃんにしては」

 

「む。言い返せない。

 ほんとにすっごい勇気出したよ。

 拒絶されたら立ち直れないもん。

 でもさ......それよりも、怖かったの。

 帰(・)っ(・)て(・)こ(・)れ(・)な(・)い(・)ことも視野に入れてそうに見えたから。そうなったらそうなった時、なんて考えてそうだったから。

 そんなのイヤって思ったら手を繋げてた」

 

 微笑む。

 思い出すように。

 

「帰ってきてからも態度はあまり変わってないの。

 全然、直接的なことは言ってくれないしさ。相変わらず頭を撫でくり回してくるしさ。嬉しいけど。

 でもいいの。わたしがひっついても離れなくなったから。逃げないだけでも大きな進歩だよ」

 

 この紅茶、ちょっと砂糖を入れすぎたかもしれない。

 アルゴは思った。

 そっちはどうだとアスナを見やれば、美味しそうに同じ紅茶を飲んでいる。糖分耐性が高いようだ。

 

「大切に想ってくれてるのは伝わってくるのに、その、わがままだけど......どうして形にしてくれないのかなって思ってた。両想いなのになって。

 アヤが何か隠してるのはわたしもわかってるの。

 ひょっとしたら現実世界に彼女、何なら奥さんいるんじゃ......とか考えちゃってめっちゃ病んだ。ていうか我慢できなくて訊いた。すごく焦って否定して抱き締めてくれた。えへへ」

 

「サッちゃんもサッちゃんだなオイ」

 

 なんちゅーこと訊いてんだ。

 そんでもって味占めてそうだなこれ。

 焦ったらとりあえずなんかゴリ押そうとするアヤの哀しい習性に気づいちゃってるなこれ。

 

 いかにも幸福そうな笑みを浮かべていた。

 しかし。

 ふとそれに儚さが混じり、そして、こぼす。

 

「あんまりこんなこと言いたくないけどさ。

 アヤはこのゲームをクリアしてみんなをこの世界から解放するために戦ってるから。そのために危ないこともいっぱいするから。

 だから、自分に何かあったときのことも考えてるんじゃないかな」

 

 情が移りすぎないように。

 口にはしなかったが聞こえた気がした。

 それだけは思っても言うまい、と薄々はアルゴも、おそらくはアスナも察していたことだ。

 

 この世界は今この時においては現実そのものだ。

 アヤはあまりそれを感じさせる態度ではないが、しかし、命を賭けた戦いに身を投じているのは紛れもない事実。

 そのように考えるのが自然ではある。

 

 だが、それにしても無茶をし過ぎている。

 その最たるものがラフコフを、殺人も厭わないような相手を単身で追撃するという大立ち回りを強行し始めたことだ。

 それについては今でもアルゴは納得していないし、結果的に上手くいっているだけであって今後ともそうとは限らないと思っている。

 こちらがどれだけ不安に思ってる、と何度も言ってやったが、彼は決して自分を曲げなかった。

 

 当人であるサチはそこまで思い至っていないかもしれないが、アヤの思考を多少なりとも読めるアルゴには彼の原動力が何なのかに察しがついている。

 

 ゲームクリア。現実世界への帰還。

 彼は己が目的はそれだと常々宣言し憚らないが。

 それは彼自身のためではなく、何ならもはやみ(・)ん(・)な(・)のためなどというのもおそらくは建前。

 一人のためだ。た(・)だ(・)一(・)人(・)をこの檻から解放するために、彼は攻略を急いでいる。それを妨げる者への容赦を一切合切捨てている。自らの身の安全さえも考慮せずに。

 そんな気がしてならない振る舞いをいつしかするようになっている。

 

 アルゴの見立てではサチはアヤに依存している。

 繋ぎ止めたい、などとおそらく無意識で言っちゃうしやっちゃう程度には情が深く重い。

 彼女がそういった感情を抱くようになった経緯が経緯なだけに、そうもなるだろう。

 

 その一方で、ほぼ確信を持って言えるが。

 アヤのほうが想いが重い。

 

 サチは態度に出してくれないなどと言っていたが、まったくもってそんなことはない。

 スケールがあまりにもでかすぎて近くにいてはわからないくらいに出しているのだ。

 目的のためなら何でもする男である。そしてその目的こそがこの少女。彼女のためなら文字通り何でも出来てしまう。これはもう重さの桁が違う。

 

 アルゴはこの推測の確度の高さには自信があったが、誰にも告げようとは思わない。言葉にしないほうが良いことも世の中にはある。

 情報屋としてのポリシーであり、彼の相棒としての信条でもあった。

 

「アヤさんてそういうとこ悪いのよね。

 あ、ごめんねサチ。でも言わせて!

 私ちょっと怒ってるんだから。

 こんなに可愛い奥さんがいるのに、必要以上に危ないことしすぎなのよあの人ったら! 心配して待つほうの身にもなったほうがいいと思うの!」

 

 アスナがぷりぷりしている。

 それについてはまったくその通りである。

 アルゴもここぞとばかりにウンウン頷いた。

 

 サチは苦笑いしている。

 

「ありがとアスナ。

 わたしの代わりに怒ってくれて。

 大丈夫だよ。

 わたしはアヤのこと信じてるから。

 心配はいっぱいしてるし、ときどき泣くけど。

 帰ってきてくれるもん。絶対に」

 

 気丈であった。

 アヤがサチのためにどんな役割でも果たすというのなら、サチもアヤにとっての帰る場所でい続けるという役割を全うする気でいる。

 そのような覚悟が窺えた。

 

 ある種、奇跡的な噛み合いを果たしている。

 どっちもどっちだなコイツラ。

 

◇

 

 じりじりと立ち位置を変える。

 穂先を揺らす。探りを入れる。

 

 キリトを相手に読み合いで勝つのは難しい。

 ここまでの攻防でアヤはそのように認識した。

 

 なにせアホらしくなるくらいに読み合いが通じないのだ。

 こちらが機先を制したと思っても後から動き出した向こうのほうが反応が早いとかなにそれふざけてんの、となるのだ。

 

 キリトが強いことはわかっていたがこれほどとは、と歯噛みする。

 それと同時にどうやって攻め崩してやろうかと考えるのが楽しくもなってきている。

 

 このデュエルのルールは「初撃決着モード」「時間無制限」「アイテム使用不可」に設定している。

 現在、二人の攻防はすでに20分以上にも渡っている。

 

 尋常ならざる試合だ。

 初撃決着......つまりは互いに有効打を一発でも当てればそれで勝負は終わりなのにも関わらず、この試合時間である。

 睨み合いが多い。二人ともなかなか自分から攻めようとしない。

 そして、動いたとしてもキリトはその超反応にてアヤの攻撃をいなすし、アヤはアヤで徹底的にキリトの間合いに入らない。

 もしこれが興行的な試合で観戦者がいようものなら、客が帰るような試合運びである。マージで見ててつまらん、と。もっとバチバチやれよ、と。

 

 見栄えなんて知らん。

 勝つための手を誤る気はない。

 二人して今同じことを考えているしやっている。

 

 こっちもこっちでどっちもどっちだなこいつら。

 

 よく達人同士の戦いは動ではなく静だと云われるが、奇しくもそのような構図となっている。

 なるほど確かに、仮想世界とはいえど1年以上も命懸けで棒切れを振り回してきた二人だ。ましてや片方はセンス、そしてもう片方は頭脳、各々に尖った長所がある。戦闘IQとでも言うべきものが研ぎ澄まされた二人は一種の達人と称して良いかもしれない。

 

 ゆらり、と。

 アヤが持つ槍がしなる。

 それはここ最近の彼のメインウェポンである《パニッシュメント・ソーン》ではない。

 無骨ながら鋭利な骨製の穂先と硬くありつつもしなやかな木製の柄を持つ《ハイコボルド・ロングパイク》である。

 第一層の頃によく見られた犬顔の獣人コボルド、その上位種であるハイコボルドの中でも精鋭部隊が持つパイクという種別の長槍、その中でも更に柄の造りが通常よりも長いものがこれだ。まんまなネーミングであるが、現状このゲームに存在するあらゆる武器種の中でおそらく最長のリーチを誇る逸品である。

 

 キリトを反撃に転じさせていないのはこの槍の圧倒的なまでのリーチに依るところが大きい。

 戦いとは結局、より遠間から一方的に攻撃できるほうが強い、というのがアヤの持論だ。

 アヤがこのゲームを始めるにあたり使用できる武器種の確認をしていた時にまず思ったのが「遠距離武器ねぇのかよ」である。

 たぶん結構な数のプレイヤーがアヤと同じ気持ちを抱いたことであろうが、そういうものなので仕方がない。

 だったら一番リーチが長いのは槍だよな、と握り始めてかれこれ1年以上。素人が長物なんて振り回せるものなのかと初めは思っていたが、そこはやはり仮想世界。生真面目に反復練習を繰り返すうちに身体が......正確には頭のどこかが馴染んでしまった。

 

 神経が繋がる感覚。

 なんて、わかりようもないが。

 

 戦う力が要るのなら、そのように発達もするだろう。

 脳はその辺をよくわかっている。

 

「ッ‼︎」

 

 揺らす穂先、伸びる突き。

 キリトが反応を示す。

 木製の柄を斬り払うつもりか、剣を振り下ろしている。軌道としては左袈裟斬り。穂先の点から逃れるよう身を翻しつつのそれは芸術的なまでに流麗だ。

 相変わらずの超反応。しかし。

 

 声もなく、息を呑むような。

 音ともつかぬ呻きをしかと聴き取り、ほくそ笑む。

 

 彼の剣はアヤの槍を捉えてなどいない。

 空(・)振(・)ら(・)せ(・)た(・)。

 

 絡繰は単純だ。

 アヤはこれまで極(・)め(・)て(・)綺(・)麗(・)に(・)突きを放ち続けた。

 真っ直ぐに、最もリーチを活かせるように、キリトからは点(・)にしか見えないように。

 

 だが今は違う。突く寸前にごくわずか、槍を持つ前の手を緩め、後ろの手を引いた。

 揺らして突く、から、揺らして揺らす、へ。

 文字通りの揺さぶりだ。リーチを誤認させ、迎撃させる。当てる気のない幻の一撃。

 

 読み合いに負(・)け(・)る(・)と(・)読(・)ん(・)だ(・)、故のこれ。

 反応が速いなら結構。慣れたのなら尚よろしい。

 脳は優秀だが、騙せる。

 

 見事釣られてくれたキリトは右手を振り切り半身になっている。

 体勢を整えるまで何秒かかるか。

 

 槍とは何も突くばかりの武器ではない。

 長柄武器の利点は薙ぐ・払うもできることだ。

 

 持ち手はもう変えている。

 リーチを誤認させるよう握り変えたのは、払いに繋げるためでもある。

 

 現実世界の肉体ならばこのような無茶な重心移動は難しいだろう。

 しかし、ここは仮想世界。ステータスがものを言う。

 前方への踏み込みの後も、正真正銘のトップスピードでさえないなら制動可能だ。

 

 長大な柄の半ば過ぎを持ちて、廻すよう払う。

 反時計回りに、引き斬るよう穂先がキリトの腹部を捉えるように。

 

 確信する。もらった。

 

「ッ」

 

「......あ?」

 

 確かに捉えた。手応え。

 キリトの腹部から赤いライトエフェクトが散った。

 

 有効打。すなわち。

 

 《WINNER!! aaaaaaaa》

 

 決着の表示が眼前に躍り出る。

 それは勝者の名を、しかと告げていた。

 

 静かな試合であったが、その終わりもまた静かだ。

 

 キリトは半身のまま固まっている。

 所在なさげに左手を揺らして。

 

「......キリト」

 

 呆然とする彼に声をかけた。

 振り返る。

 

「いや、負けた。

 やっぱ対人慣れしてるな。

 完全に、してやられた。

 けど。次は通じると思うなよ」

 

 めちゃくちゃ睨まれた。

 潔く負けを認めたような台詞からの、歯軋りさえも聞こえてきそうなガン睨みであった。

 負けず嫌いすぎだろ。

 

「勝ち逃げ、有り?」

 

「無しだ馬鹿野郎」

 

 すごく悔しかったらしい。

 

 アヤとしては、むしろ自分が勝つのは当たり前、くらいの心持ちでいただけに少々意外だった。

 なにせルール設定からしてアヤに有利なのだ。

 ダメージレースを考慮する必要のない「初撃決着」は、有効打を当てさえすればよく、かつリーチが長く脚も速いアヤに断然有利なルールであることは言うまでもない。

 

 キリトからこのルールを提案された時には正直なところ舐められているのかと思ったくらいだ。

 デュエルのルールとしては「完全決着」は論外としても「半減決着」はあるのだからそっちのほうがフェアだろ、と思っていたし実際に提案もしたが、まずは「初撃」でと譲らなかった。

 

 もっとも、結果としてはすさまじい苦戦の末、おそらく一回きりしか通用しない小細工を弄しての辛勝である。

 おそらくキリトの見立てが正しかったのだろう。このルールでなければ勝負にならないと。

 そしてアヤの認識もまたそうなった。何なら同じルールでも次は負けるという予感さえもある。

 

 なにせ。

 

「ところでさ。お前実は左利き?」

 

「え。右だけど」

 

「あ、そう」

 

 今の試合すらも勝ったのに勝った気がしないのだ。

 最後の最後、有効打を当てた際。

 キリトには明らかにまだ手があるような素振りが見えた。

 そしてその正体が掴めない。

 

「それよりだ。

 次も同じルールでやるぞ。

 今度は負けない。

 もう小細工は通じないからな」

 

 苦笑した。

 こいつ意外とバトルジャンキーだったんだな、と。

 

 だがしかし。

 アヤもそういうのは嫌いじゃないタチだ。

 モンスターのように決まった攻撃パターンでもない相手と、命のやりとりもなく。

 こんな時にゲームの対人戦を楽しめる機会など貴重じゃないか、と笑う。

 

「俺の小細工があれだけだとでも?

 何度でも嵌めてやる」

 

 獰猛に笑った。

 

 なら早くやろうと言わんばかりにデュエルの申請が送られてくる。

 

 さて、次はどうやって勝ちにいこうか。

 頭の中で策を巡らせ、申請を受けた。

 

◇

 

「よしよし」

 

「で。結局フルボッコにされタ、と」

 

 落ち込み膝を抱え始めたアヤの頭をサチが遠慮がちに撫でていた。

 いつもと立場が逆転している。

 隠そうとしているようだが、サチは大層嬉しそうだ。

 

 バトルジャンキーの二人が帰ってきた。

 片方はご覧の有り様であり、もう片方はドヤ顔である。

 

「キリトくん、やりすぎ......」

 

 アスナがジト目でキリトを見ているが、当の本人はどこ吹く風だ。

 勝利の美酒はまだかと言いたげにドヤりにドヤっている。

 

「これでも攻略組最強なんて言われてたりするんだ。自称検証勢のアヤに負けるわけにはいかない。

 そもそも俺は全勝するつもりだった」

 

「いや、アヤさんのそれ自称じゃない本当に。

 かなり上手いのよアヤさん。

 同じ敏捷型ビルドの私も参考にしてるし」

 

「いいんだアスナ。

 今はその慰めも痛い。

 俺は所詮アイテム頼りさ。

 ガチンコ勝負じゃ勝てないのさ。

 あんだけ俺に有利なルールで、あんなに完膚なきまでに......」

 

 その声は震えていた。

 五戦四敗らしい。

 こうなるのも致し方ない大惨敗であった。

 

「よしよし」

 

 こっちの慰めは受け入れるらしい。

 アヤは黙ってサチに撫でられている。

 

 キリトはイラッとした。

 こいつ負けても得すんのかよ無敵かよ。

 

「ほら、ご飯の用意はもう始めてるから。

 アヤもずっとしょげてないで、ね?

 今日はアスナも手伝ってくれたの。

 いっぱい食べて元気出して」

 

 嫁超えて母だろこれ。

 キリトは思った。口には出さなかった。

 

 ちらりとアスナに目をやる。

 意外と《料理》とかフレーバースキル取ってたんだな、と。

 戦闘系スキルしか取ってないバーサーカーじゃなかったんだ。

 大変失礼なことを思った。

 

「キリトくん。何?」

 

 見ているのがバレた。

 内心はバレてないはずなのに、何故か心胆寒からしめる声音。

 これは攻略の鬼の時の声だ。

 

 キリトは努めて冷静に答える。

 

「なんでもないです」

 

 サチとの温度差ひどいな、とか思ってないです。

 

 顔を背けた。

 

◇

 

「ねぇ、モルテ」

 

「なんすか」

 

 《はじまりの街》は牢獄エリアにて。

 このアインクラッドで最も互いに想い合っていない夫婦が会話を交わしていた。

 

「あの人、来ないんだけど。あれ以来。

 どうなってんの?」

 

 ロザリアが不貞腐れた顔で言った。

 彼女が収監されている、アヤ謹製のスイート牢獄。そちらの本棚に入っていたプレイヤーメイドの小説に目を落としている。

 表紙に書かれたタイトルは往年の名作恋愛小説のものだ。内容を丸暗記していたアヤが著作権などこの世界には無いと完全コピーしたものである。

 よりにもよってなんちゅーもんこの女の牢屋の本棚に入れてんだ。そういうとこだぞ。

 

「忙しいっすからねー」

 

 モルテはひとまず流した。

 いつも通りめっちゃテキトーな対応である。

 

 オレンジギルドの長として多少なりとも《ラフィン・コフィン》との関わりを持っていたというこちらのロザリア。

 その口の軽さも相まって情報源として使えなくもないが、わざわざアヤ当人が出向くほどではない。

 聴き取りならモルテでもいいだろ、と委託されているのであった。

 

 そういうわけで、モルテは暇を見ては一切興味関心のない嫁のところにこうしてやってきて話をしている。

 一応、犬を自認しているからして。度々噛むけど。互いに扱いが雑だからこれでいいのだろう。

 

 ロザリアは意外にも役には立っている。

 彼女の証言により、連中のアジトのいくつかは割れていた。

 実際に足を運んでみればどうやら放棄された後であったようだが、放棄済みというのも立派な情報だ。

 

 メンバー構成についても少しばかり確度の高い情報を得られている。

 その主要構成員のほとんどがほぼ捕縛済みであるということも、照らし合わせて見れば知れた。

 

 曲がりなりにも大規模なオレンジギルドの長だったのだ、この悪女。

 配下を欲していた様子の《ラフィン・コフィン》側からの接触の機会もそれなりにあったのだろう。

 それゆえのこの情報量だった。

 

 アヤがある程度は肩の力を抜くことが出来るようになったのも彼女がもたらした情報の恩恵を少なからず受けてのこと。

 依然として圏外へ繰り出し連中の足取りを追い続けてはいるものの、その顔つきは以前ほどは張り詰めていない。

 

 このように裏社会の情報に思いの外精通しており、アヤの負担軽減にそこそこ貢献しているこちらのロザリアなのだが。

 どうやらアヤはそんな彼女に恐れをなしているらしい。

 明確に「会うのはちょっと怖い」と言っていた。あのアヤがである。

 

「......ひょっとして放置プレイかしら」

 

 だってこれだし。

 

 ロザリアの呟きを耳にし、モルテは思う。

 

 うわぁ会わせてぇ〜アヤさんとこの女。

 

 誰かさんのせいでちょっと良い感じの歪み方をしてしまったこちらの妙齢の美女と、その誰かさんには是非とも顔を突き合わせて欲しい。

 絶対二人ともいい顔する。

 

 モルテは完全無欠の愉快犯であった。

 こいつは元から歪み切っている。

 

「首輪でも買ってくるよう言っときましょーか?」

 

「ちょっとやめて。

 そういうのはね、ある時ふと黙って差し出されるからイ(・)イ(・)のよ」

 

 このアインクラッドはほんの少し平和だ。

 





※作者からのお知らせ※

 いつの間にか拙作のUAが10万越えに。
 誠にありがとうございます。

 せっかくなので未公開情報をひとつ明かします。

 作中で1ミリも描写し切れていないので裏設定の域を出ないのですが、実は拙作におけるヒロインキャラはサチです。

 以上、お知らせでした。
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