ロヴァノリヤ禽獣旅紀 —広大なる多民族國家の命運、大衆の暗く斃れる先には、何が在るのか— 作:南部 八十一朗
肉を喰らう。
若々しい様な風味が肉の繊維に絡まって、私の中に入って来る。其れを命を味と表すのかも解らない儘、喉を通って、深部で溶かされる。劇しい程に降る吹雪、其れは自然と言う物を一目から閉じる白銀の帳の様だ。息吹く紫煙、外の事なんか気にもせず、私は、何時もの様に染み付いた煙草の仕草で時間も灰皿も一杯に成る。屋根の下に居る安心感が半端無く、感じて来る。酒飲んで体も暖かく成って来た。之で何日かは凌げるかも知れない。こんな荒れ往く冬夜を突き進む事も悪くない事では在るが、凄く気怠い気分だ。早く何処かの街にでも着かないものかな。溶けた僅かな雪の水面、私の朱い瞳が挨拶でも交わす様に見えて来た。
「何時に成ったら、止むんだろうねぇ...」
止むと言う言葉も忘れた様な豪雨に等しい吹雪が舞いに舞う。烈しい冷気を帯びた寒風が刻々と
夢の世界には何度も足を踏み入れた事が在る。
其処には、自らの理想郷が真偽不明の儘に構築されて居る。其れが天国か地獄かも解らないし、善悪の二元論でも語れない曖昧の極地だ。其れを眠る世界の夢ろでも言おうか、忘れる事も心に刻まれる様な事も在る、然し、其れは予兆で在る可能性も否めない。夢と言えど、不可解な程に将来の出来事が平々凡々と流れて来る事も在る。不幸か歴史の渦に呑み込まれたかは知らないが、夢を見る事は、大して楽しい事では無い。
だって、呪われたかの様に、或る者が出て来る。アレクセイ・イヴァンノヴィチ=ロヴァノ・カルフェトスキー
私を裏方と言う存在とし、瀕死の間際で呪いを完成させ、翻訳家と言う完全的な上位存在を召喚した者。つまり、私を裏方と言う存在に落とし込み、翻訳家と言う存在に仮初のミュハーンを描かせ、贋物が往く物語を描いた。此奴のせいで、此の物語が整合性も全てが粗削りの代物に成って仕舞ったし、こんな事、急に言われてもお前等は混乱するだけだが、もう既に殺したのだから、二度と私の目の前に現れる事は無い。夢と言う儚い虚像の世界以外では。
此奴は狐の獣半人だ。
そうだ、狐だ。私が狐嫌いな理由だ。ロヴァノリヤの童話でも同じ通り、狼と狐は騙され・騙す存在。昔から、双方は仲が悪い事で有名だ。獣人とか獣半人関係無く仲が悪い。其れがロヴァノリヤ以外は仲は如何なのかは知らないが、狐は詐欺をする愚者だ。対して、狼は嘘を司ると言われて居る。そんな事は如何でも良いがな。
「.....はぁ、朝か...」
半円状の入口から、眩い白光が地面に募る白い星の粉と反射して、綺麗な雪の星が煌やいて居る。焚き火も消えて炭だけの残骸だけに成り、
一人孤獨を纏った狼は、出逢いと別れを何度も繰り返して、旅を続ける。然し、其の傍らで、本性的な仕草もして仕舞う。決して、旅人は善と言う存在では無い。勿論、之も又、一つの妄言に過ぎない。
何時かも判ら無い儘、大きな装飾の施された革製のトランク一つ、片手に掛け留めて、雪の積もる鉛色の途を歩いて居る。ザクザクと響く私の脚の音、其れが恍惚的な音の様に感じて仕舞う程、孤獨と言う感覚が酒を飲んだ様に豪々と身体に浸って来る。
「ずっと、此の平らな雪原を渡り歩くのか?」
歩いても歩いても変わらない景色。
白が満遍無く、大地を染め上げた様な風景。
単色的で何も無い。退屈と孤獨の唸り風が其処には根強く吹いて居る。心も身体も其の光景に厭戦気分の様な心内状況に置かれて居た。其時だろうか。周りを見渡し乍ら、此の果てし無い雪原を見て居た最中の事だ。誰が斃れて居たのだ。
少し急ぎ足で、其の現場の方へ近づく。
まるで眠る様に斃れる一人の者、銃を携えた兵の骸だった。其れも、此奴、少年兵じゃ無いか?小柄で緑色の斜め十字を拵えた軍服を纏った青年の馬人の兵の骸が斃れて居た。
逃亡兵かも判ら無い儘、周りを確認する。
胸部を撃たれた少年兵、積もる雪を払って、何か別に誰か斃れて居ないか、確認する。之は、人間の兵の屍、銃や剣も埋まってる。其れも一つ二つとは数え切れない。其時、豪風が吹き荒れ、地面に積もる雪が飛び散る。
荒風が吹き荒れると、本当の景色が其処には現れる。其処には軍服を来た若者の兵達の戦った跡が、一粍も汚れる事も無く、当時の状態で此処に遺って居た。馬人や他の亜人の屍も関係無く、此処に眠る様に斃れて居る。銃や剣が雪に僅かな雪に埋もれ、絶望だけの風が其処には吹かれて居る。
春も迎える事も無く、冷酷な冬の襤褸布に纏った悲哀なる戦場跡だけが此処には存在して居る。撃たれたり、出血多量で死んだ屍を触って確認する。どれも之も死体塗れの跡地。こんなに屍有って良いんですか?残念だな、死んだら、何も遺らないと言うのに、更に私と言う屍回収業者に跡形も無く、脱殻に等しい其の思い出も生の万策尽きた骸貰います。
煙は大いなる布の様に広がり、網の様に屍達の隙間を縫う様に通れば、何もかも、其処には無い。此処等も一つの地平線まで長々と続く果て無き雪原の一部分に成るのだ。
「じゃあ、之で全部だな、名も知らぬ者達よ、私の胃の中か、臓器商の掌で朱いバレヱでも舞い踊る準備でもしておけよ」
而して、雪原は今日も純白にして恍惚とした風景だけが取り柄の様に広がって居る。
野宿を繰り返して、此の白い平地に一つの終止符の旗が掲げられる。
アイラト・ハーン國ウデル
中途半端に近代化の施された平原の都市が此処には山の様に聳えて居る。
翻る長方形とは逸脱した独特な旗が風に煽られ揺れ、僅かにロヴァノ文化が彩られた様な処、看板もロヴァノ語ともう一つの独特な文字が刻まれ、謎に新聞もロヴァノ語版が発行されて居る。そんな異国なのかロヴァノリヤの衛星國なのかも一粍も知らない儘、街中を歩く。馬人もとい亜人が圧倒的に多い。
身長は皆、私よりも低いが、偶に馬鹿
其れにしても、規模は広いが、邸宅一軒一軒の隙間が大きく、白に包まれた街の中。冬と言う事さえ変われば、何処かの國の西部劇の舞台の一つにも成りそうだ。此の國の文化を大いに纏った服を嗜み歩く住民、ウシャンカに似た帽子を被る洒落た見た目の馬人も居る。萎びれた色をした細長い板で住宅を仕切る狭間の土径、木造や少し年季の入って居そうな煉瓦の住宅、だが、茅葺屋根な家も散見される。
発展も少し遅れては居るが、非文明や途上国家では無さそうな國だ。
別に空気も不味く無いし、冬には慣れた身体ならば、十分、満喫は出来るだろうが、安価な布も敷かずに地面で何度も寝たのが相まって、背中や腰が痺れる。何か安くも襤褸くても良い、宿屋でも無いだろうか?
左右に拡がる建物の看板を眺める。
剥がれたり、消えかかった看板の表示を一生懸命に目を細めて確認する。
宿屋?酒屋?駄目だ、霞んだ様に見えて、確信出来ない。襤褸付いた寒風が街中を吹き渡る。覚悟を決めて、店の中へ入る。
……
犇め軋む床と汚れた絨毯。
唸る扉を開けて、宿泊する一つの部屋に入る。
其処には、少し年季と言うか、或る意味、歴史を感じる。絢爛豪華とは言い難いが、其れが良い。此の国の文化色が大いに塗られ彩られた部屋の中、名称も判ら無い品々に満ち溢れた、其の部屋は窓を開ければ、寒く、風情も火も燈す様に燐寸で数本の蠟燭に焔を宿らす。窓を中途半端に開けて、先を見渡す。群青と鉛色に混ざった空模様。地面は白銀鏡で、冬一色に染まり上がって居た。
小刻みた手相が皺る掌、握り拳をして、又、大きく掌を開ければ、何処の銘柄かも判ら無い煙草と
しゃばり付く様に、口先から淡く弱い紫煙が木漏れ日の様に洩れ出して居る。儚い冬の中で、健気に煙草を吸う一匹狼が居る、私の事だ。御伽噺や英雄伝の様な主人公とは一度二度と角度が変わった人物像をして居る、之も私の事。お前等と言う謎の概念と喋る異物、之も私の事だ。洒落た様に煙草吹かす近代染まりの狼も私の事だ。私塗れな描写だな。何も無いのか?
無愛想に吹く冬の変動的な景色の中を駆け巡る私と言う旅人の冒険?譚。淡々と綴られる、其の古文癖の在る文字の連射的連写で、要ら無い処まで其の文字の弾丸貫いて来る。煙草の紫煙さえも粉々にする。
弾丸の様な其の機関銃のベルト給弾器具に巻き付けられた文字列は、お前等に真実の殺弾を撃つのか?其れとも、眼を背けた虚構新聞記事の様な嘘に塗れて真実に成り過ぎた文章を読取るか、何方に傾倒するのだろうか?
決めるのは、お前等の運命。
天壌に煌く星に成る事が出来るかね?
此のロヴァノリヤと言う駄目で腐敗した木屑よりも価値の無い國で。愛國者でも売國奴も野放した、塵な景観な國。何が栄光だ、何が大帝國だ、民の事を知らない横柄な処だ。見る分には良い物だ。悲劇と惨劇の連合的な大歌劇が其処には広大に拡がって居る。
お前等は一人の劇を観に来た、ただの観衆の襷を纏った客人の一人。そして、私は其の襤褸く長々と拡がった古板の劇上と言う名の物語の上でワルツもバレヱも一寸足り共、舞う事も無く、ただ、客衆を装って居る脇役に過ぎ無いのだ。そして、同時に演劇と原本を一つに纏めた写本でも在るのだ。
ガランガシャンと風に煽られ、震える濁り硝子の古窓は、皴の様で白い爪痕の様な傷を飾りの様に枠に嵌まり乍ら、訳の判らぬ儘、老樹的な年輪が波打つ様に拡がって行くのだ。
台詞?
私視点?目線?で書かれて居るんだから、台詞の括弧は他人とか独り言用だろ?なら、私の言葉で尚且つ、括弧の無い台詞は私の一つの心情にして、お前等への言葉遣いだと思え。
こんな感じでな。
アイラト國營新聞なる処の新聞を幽雅に茶でも啜る紳士の如く、椅子に脚組み、茶は植物性の葉だろ?なら、煙草に使用されてるのも葉。実質的に紅茶を吸って居る様な物だ。泰東の極寒の獣の紳士だな。
煙草を手癖みたいに染まった儘に、新聞に記された黒字の羅列、文字が織り成す灰黒の藝術を眺める様に見詰める。
「英雄ロマンは、南進を謀る邪悪的な朱軍の羣を撃退!!...プロパガンダ的な見出しの内容だな、次は...」
アイラト社会党と言う政治政党として承認されて居ない、恐らく朱軍の影響を受けた主義者共の勢力と政府軍で闘争でも続いて居るのだろうな。...もしかして、あの戦場跡、此の二勢力の跡地か?まぁ、別に私には関係無い事だ。アイラト国籍も無ければ、アイラト人でも無い、此処等の人から見れば、単なる異國の旅人。
此処の國の苦労なんざ知らない。
私は旅人、そうだ冷酷で他責思考な旅人、生命と時間が流れたら、何時かは歴史に収束と言う名の平和が訪れる。其れは私は待つだけだ。競争や戦争で蹴り合って、死の淵に叩き落とす事も在る中で、私は其れを傍観するだけだし、自分の身を護る言い分で自己防衛の御旗を掲げて、人を殺す。
民衆、大衆等関係無い。
齢も種族も文化も関係無く、誰かは他責的で自己保身の為に罪を正当化し、他者に在りもしない穢れを着けて、何食わぬ顔で一人の野次馬を演じる不届き共が居る。天罰が下ると言う事も在れば、報われ無い被害者だけが泣き寝入りする事も在る。
私は如何だろう?
英雄や伝説的で神話に出て来る様な神々しく、そして、畏れられる様な存在では無いし、他責で言葉巧みに嘘と言うな真実を満遍無く飾り、お前等に混乱と不満だけを与える様な存在だ。主人公と言う称号を持って居るが、本当は此の世界と言う大きな劇上に佇む一つの手人形で在り、複雑化された文章を纏った答えを失った大衆の一部でも在る。意味も解らない儘、お前等は遠目で物語を読んでは、近視的に置かれた深い意味も解らないのだ。
そして、そんな近視と揶揄られた真相的な意味も、本当の意味なのかも解らない。
一つの存在が放つ言葉一つ一つが辞書に載って居る言葉の使用例の様な正答とは限らない。本質は違う似た様な構成の文字を転用して、本質さえも同じにした言葉も、間違って居るのに、其れを表現と言って、偽物を本物に書き換えたり、駄目だね。
だから、全ては真実では無いんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
続