一時は、本部からの緊急連絡で引き返してきた山狗たちが診療所を包囲しかけたが、無事に園崎組に辿り着いた富竹さんと鷹野さんが呼んだ番犬部隊が間に合ってたちまち制圧。作戦の全容を知る鷹野さんなら、上層部を動かすだけの証拠を提出するのはわけもなかった。
「これはいったい……い、いえ、私はまったく。昨日は祭の会場でさんざんに飲まされて、お恥ずかしながら園崎さんのお宅の車で送っていただいた始末で……」
今回の一件は山狗部隊による反乱劇と言う形で幕を引くことになり、出勤してきた監督がなにがなにやらわからず唖然とする中で事後処理が淡々と進められていった。
「チッ……あぁ、そうですそうです。今回の件は入江所長や鷹野三佐には関係ない。俺が独断で起こしたことです。そこの坊主に、お膳立てを全部ひっくり返されて……まったく大したガキです。スカウトでもしてやってください」
小此木も……いや、小此木さんも、どこかすっきりした顔で証言して、おとなしく拘束されていく。鷹野さんについては、名前だけ使ってあとで責任をとらせるつもりだったと証言しているらしい。……そんなことをしてくれる理由にはなんとなく見当がついた。敗者として、あの人なりにけじめをつけたってことだろう。
「皆さん、ご無事でなによりです。駆けつけるのが遅れて申し訳ありませんでした」
葛西さんも無事で戻り、それどころか山狗の何人かに二度と現場に出られないほどのトラウマを植え付けたらしい。……本人曰く、今回の件は中の上くらいのヌルい修羅場だとか。
「くすくす、ジロウさんの活躍も見せたかったわよ!」
「は、はは……参ったなぁ……」
興宮で園崎組に辿り着く直前、造園会社の事務所で待機組だった数人の山狗たちに囲まれた富竹さんは、機関車の如き猛突進を見せたが多勢に無勢、あえなく捕まりそうになった。が、山狗の銃を奪った鷹野さんの精密すぎる威嚇射撃で山狗たちがひるみ、詩音の連絡を受けて周囲を警戒していた園崎組の精鋭たちが銃声でその場に駆けつけたのだそうだ。
……これで富竹さんも、しばらくは頭が上がらないな、かわいそうに。
「どうにもならないと思ってたのに、最後まで諦めない圭一くんや梨花ちゃんを見て思ったの……私たちは最善を尽くしたつもりでも結局、楽なほうへ流れてたんだなって……」
「圭ちゃんたちが、私たちの目を醒まさせてくれたよ。……詩音がね、すっごく綺麗な顔して笑うんだ。私も、悟史の前であんなふうに笑えるようになりたいよ」
「……僕は、沙都子のためだと思ってあんなことを起こしたけど、本当は……自分のためだったのかもしれないって、いまなら思うよ。なのに圭一は、胸を張ってみんなのために戦っていた。たぶん、僕も、……圭一に負けたんだ」
三人はそう言って、俺たちに詫びた。幸い診療所の戦いでの怪我も軽くてすんだので、そのまま3人で大石さんのもとへ出頭し、過去の殺人を自供したという。
間宮リナや北条鉄平の死体は井戸の底から引き上げられたが、いくつかの点で情状酌量の余地もある。3人揃って未成年なことも手伝って、そう重い罪にはならないだろうと園崎家の弁護士さんは言ってくれた。
「正直、いまでも信じられませんけど……でも、私がにーにーたちに甘えていたことが発端なんですから、私ももっとしっかりしないといけませんわね!」
沙都子は兄たちが自分のために叔父夫妻を手に掛けたことを知って一時は消沈していたが、帰ってきたら3人を叱りつけてやるんだといって決意を固め、梨花ちゃんと一緒にあの防災倉庫で暮らしながら悟史たちの帰りを待っている。
ちなみに魅音の婆さんは、魅音が北条家絡みで罪に問われたことを最初は激怒していたようだが、死体を隠すことを思いついて第2の事件以降を主導したのが魅音であることを知ると沙都子を不憫に思ったのか園崎の名で二人を後見することを決め、北条家への確執は村から消え去った。
「みぃ、昨日は沙都子と一緒にお魎にご飯を作りにいったのです。お魎はなんだかんだと文句を言いながら沙都子の作ったご飯を残さず食べるのですよ。とんだツンデレ婆ぁがいたもんなのです♪」
梨花ちゃんはといえば、3人の不在に寂しそうな顔を見せることはあるものの、沙都子がほかの世界の沙都子のように頑張っていることが嬉しいのか、なにもかも吹っ切ったような笑みを見せてくれることが多くなった。
「……今となっては、この世界を見捨てようとしていた自分が恥ずかしいわ。圭一は諦めずに、最後まで悪夢のような運命に抗い続け、とうとう私をあの昭和58年6月という名の迷宮から救い出してくれた。本当に、……ありがとう」
病室でふたりきりになったとき、そう告げてくれた梨花ちゃんの涙は印象深いものだった。たぶんその横では、羽入もあぅあぅ言いながら泣きじゃくっていたんだろう。
「よせよ、梨花ちゃん。俺は、この世界を悲劇なんかで終わらせたくなかっただけだ。……それにこいつは、小さな悲劇役者に笑ってほしくて三流の喜劇役者が演じて見せた一世一代の喜劇なんだぜ?……だから、梨花ちゃんは笑っていてくれよ、な?」
と言って頭を撫でたらなぜか余計に泣き出したので、途中で入ってきた詩音に妙な勘違いをされてさんざんにとっちめられた。
……いや、俺は何もしてないぞっ!?
「はぁ……自覚のない人は、これだから困るっていうんです。……まったく、我ながらどうしてこんな厄介な人を好きになった上、とんでもないことに巻き込まれるたびに前よりもっと好きになっちゃうのか、わけがわかりませんよ」
そんなことを俺に言われても困る。
入院した俺を毎日見舞いにくる詩音は、梨花ちゃんや沙都子の面倒をみることを条件に婆さんの許しを得て本家で暮らし始めたそうで、学校も興宮から雛見沢分校に転校してきたらしい。退院したら学校でもべったりになりそうで、なにやら下級生たちの教育に悪そうだなぁ……!
「全部が全部、綺麗に解決ってわけにはいきませんでしたけど……それでも、私たちは最善を尽くして、出来る限りのことをしたんだって胸を張って言えます。圭ちゃんが目指してたのって、きっとこういう未来なんですよね?」
詩音は俺の手を両手で包み込み、柔らかく笑ってくれたから、俺の気持ちもすこし軽くなった。
……きっと、そうなんだ。
なにもかもが予定調和の大団円じゃなくていい。
理想を捨てて、妥協の果てに作り上げた世界などいらない。
幸せな夢を見るのは、もうおしまい。
現実は厳しくて、道は険しくて、理想郷はあまりに遠い。
けれど歩みを止めたなら、決してその場所には至れない。
だから俺たちは、歩き続ける。
本当に美しいのは、迷いながらも理想に向かって一歩一歩進み続けるその姿なんだってことを、ちゃんと知っているから。
このカーテンコールは、ひとつの舞台の終わりに過ぎない。
物語の登場人物たちが生きている限り、日常はその先にもずっと続いていくのだから……!
俺は病室の窓から月を見上げて、こんな顛末を予想していなかっただろう、地獄の観劇者たちに言ってやる。
それは、いまひとたびの勝利宣言。
「俺たちは悪夢に打ち勝った。どれほど世界が俺たちの結束を乱そうとも、俺たちは決して屈しない。俺たちが諦めない限り、どんな悲劇だって覆せる!」
詩音、梨花ちゃん、レナ、魅音、沙都子、富竹さん、鷹野さん、葛西さん、そして悟史。皆の力が重なったとき、この袋小路のような世界でさえ確かに奇跡は起こったのだ。
悪夢の世界も神の意志も、敵に回るなら全て打ち破る。
その気高い決意こそが、望む未来へと至るための最後の武器。
「前に進み続ける俺たちの意志は鋼よりも固い! この先お前らがどんな残酷な運命を用意しようとも、二度と俺たちの歩みを止められると思うんじゃねぇえっ!!」
虚空へと伸ばした手の中に、その小さな決意を握りしめて……、
俺たちは、どこまでも歩き続ける……!!
ひぐらしのなく頃に~奉納乱舞 夢閉し編 終
<雑談>
予定のおよそ倍の長さに及んでしまった夢閉し編、これにて閉幕です。
最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます。詩音パートや梨花パートがないので終盤が唐突な展開でしたが、未熟な作者の書く駄文ですのでなにとぞご容赦ください。(※当時は)
感想などいただけると、非常に、非常に助かります!