アーク製薬会社   作:ai試し2

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幕間 それぞれのその後

 アメリカへ戻ったレオンは、その日のうちに上司であるアダム・ベンフォードのもとを訪れていた。

 

 部屋には、スペインでの作戦に関する資料が並べられている。

 

 レオンは椅子に座ったまま、今回の一件を順に報告していった。

 

 教団の実態。

 

 プラーガによる感染。

 

 アシュリーの救出。

 

 レオンは、現地で確認した事実を一つずつ説明していく。

 

 アダムも口を挟まず、資料へ目を通しながら話を聞いていた。

 

 報告そのものは順調だった。

 

 だが、レオンの頭には別のことが引っかかっていた。

 

 アメリカへ戻ってきたアシュリーのことだ。

 

 何かとレオンを意識しているように見える。

 

 あの別れ際の態度を思い出す。

 

 考えれば考えるほど、余計なことまで気になってくる。

 

 だが――今は仕事だ。

 

 レオンは気持ちを切り替えようとした。

 

 そのとき、不意に別の言葉が脳裏をよぎる。

 

 エイダから聞かされた警告。

 

 ――シモンズには気をつけて。

 

 その名前を聞いたときから、レオンの中には何とも言えない引っかかりが残っていた。

 

 シモンズに気をつけてということはレオンにとって身近な存在なのだろう。

 

 ディレック・C・シモンズ、レオンと同じアダムの部下だ。

 

 しかも、アダムはシモンズと親しい。

 

 だからこそ、エイダの警告をどう受け止めるべきなのか、簡単には判断できなかった。

 

「レオン?」

 

 アダムの声で、レオンは我に返った。

 

「……はい?」

 

「どうした? さっきからずいぶん考え込んでいるようだが」

 

 レオンは一瞬だけ迷った。

 

 エイダのことを話すわけにはいかない。

 

 少し間を置いてから、当たり障りのない答えを返した。

 

「……いえ、シェリーに久しぶりに会えたので、そのことを考えていました」

 

 アダムの表情がわずかに和らぐ。

 

「そうか。シェリー嬢は元気そうだったか?」

 

「ええ。元気でした」

 

 その言葉を聞いて、レオンはふと思い出した。

 

 そういえば、アダムは昔からシェリーのことを気にかけていた。

 

「……相変わらずですね」

 

「何がだ?」

 

「いえ」

 

 レオンは小さく笑った。

 

 アダムは怪訝そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。

 

「シェリー嬢も、あのような形ではなく、普通の合衆国市民として保護されるべき人物だったからな」

 

「……そうですね」

 

 レオンは短く答えた。

 

 シェリーのことを思えば、政府の立場も理解できる。

 

 それでも、今の彼女がどこにいるのかを考えると、単純な話ではないことも分かる。

 

 アダムは手元の資料へ視線を落とした。

 

「ところで、今回現地で協力したアークについてだが……どうだった?」

 

「正直、詳しいことまでは分かりません」

 

 レオンは素直に答える。

 

「ただ、隊員たちの練度はかなり高かったです。装備も充実していました」

 

「ほう」

 

「それに……イギリスとは、かなり縁が深そうでした」

 

 アダムは黙ったまま、レオンの言葉を聞いている。

 

「アレクシア・アシュフォードとも接触したのだったな?」

 

「はい」

 

 レオンは少し考えてから答えた。

 

「見た目は……ただの少女でした」

 

 それ以上は口にしなかった。

 

「そうか」

 

 アダムは短く頷いた。

 

 そして、少し考えるようにしてから口を開いた。

 

「シモンズが、あの人物を目の敵にしていてな」

 

「シモンズが?」

 

「ああ」

 

 アダムは小さく息を吐いた。

 

「アレクシア・アシュフォードの告発以来、アメリカの権威がどうの、政府の面目がどうのと、何かとうるさい」

 

 レオンは黙って聞いていた。

 

「だがな……」

 

 アダムが一度言葉を切る。

 

「政府とアンブレラの犯罪を明らかにするのは、本来なら私たちがやらなければならなかったことだ」

 

 レオンはアダムの顔を見た。

 

 その声には、静かな悔しさが滲んでいた。

 

「それを、アレクシア・アシュフォードに先にやられた。それだけの話だ」

 

「……」

 

 レオンは何も言わなかった。

 

 その言葉を聞いても、胸の中にあった引っかかりは消えない。

 

 シモンズ。

 

 アレクシア。

 

 そして、エイダから聞かされた警告。

 

 それぞれが別々の話に見えて、どこかで繋がっているような気がしてならなかった。

 

 だが、今のレオンには、それを確かめる材料がない。

 

 アダムは資料を閉じた。

 

「今日はもういい。ゆっくり休め」

 

「分かりました」

 

 レオンは立ち上がり、敬礼する。

 

「失礼します」

 

 部屋を出る。

 

 レオンの頭からシモンズという名前が離れることはなかった。

 

    ◆

 

 一方――。

 

 アメリカへ戻ったアシュリーは、久しぶりに父親と顔を合わせていた。

 

 大統領執務室。

 

 親子で向かい合うには、あまりにも堅苦しい部屋だった。

 

 それでも、アシュリーはそこに座ったまま、どこか落ち着かない様子で周囲を見回していた。

 

「パパ」

 

「どうした?」

 

 大統領が顔を上げる。

 

 アシュリーは部屋の隅や机の周囲へ視線を走らせた。

 

「この部屋……盗聴器とか、ないよね?」

 

「盗聴器?」

 

 大統領が少し意外そうな顔をする。

 

「うん」

 

「ない。ここは安全だ」

 

 そう答えたものの、大統領は娘の様子が気になったらしい。

 

「……もしかして、ママに代わろうか?」

 

「違うよ!」

 

 アシュリーは慌てて首を振った。

 

「そういう話じゃないから」

 

「そうか」

 

 大統領は少し不思議そうにしながらも、それ以上は追及しなかった。

 

 アシュリーは椅子から立ち上がる。

 

 そして父親のそばまで歩いていくと、もう一度だけ部屋の中を見回した。

 

 何もない。

 

 少なくとも、自分の知る限りでは。

 

 アシュリーは小さく息を吸った。

 

「……パパ」

 

「ん?」

 

「コネクションって、知ってる?」

 

 その瞬間だった。

 

 大統領の表情が変わった。

 

 先ほどまでの穏やかな雰囲気が消える。

 

「……なぜ、その名前を知っている?」

 

 声も低かった。

 

 アシュリーが息を呑む。

 

「どこで聞いた?」

 

 その目には、明らかな警戒が浮かんでいた。

 

 アシュリーは一瞬、言葉に詰まった。

 

 シェリーから聞いたことを、そのまま話すわけにはいかない。

 

「……誘拐されたとき」

 

 アシュリーはとっさに嘘をついた。

 

「誘拐犯たちが、話してたの」

 

 大統領は何も言わなかった。

 

 ただ、アシュリーをじっと見つめている。

 

 その目に浮かぶ真剣さは、これまでアシュリーが見たことのないものだった。

 

「そうか……」

 

 やがて、大統領が静かに口を開いた。

 

「アシュリー。その話は聞かなかったことにしなさい」

 

「え?」

 

「私も何も聞かなかった。お前も忘れなさい」

 

 アシュリーは目を見開く。

 

「でも……」

 

「いいか、アシュリー」

 

 大統領が言葉を遮った。

 

「あれには関わるな」

 

 普段とは明らかに違う声音だった。

 

「コネクションは、我々が関わるようなものではない」

 

「パパ……」

 

「それ以上、知ろうとするな」

 

 それだけだった。

 

 説明もない。

 

 理由も話さない。

 

 ただ、関わるなと告げるだけ。

 

 アシュリーは何も答えられなかった。

 

 それでも一つだけ、はっきりと分かった。

 

 父親はコネクションという名前を知っている。

 

 そして、その話を自分から遠ざけようとしている。

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

 やがてアシュリーは気持ちを切り替えるように顔を上げた。

 

「それで、パパ」

 

「……まだ何かあるのか?」

 

「うん」

 

 アシュリーは父親をまっすぐ見つめた。

 

「私、エージェントになる」

 

「……は?」

 

 大統領の表情が固まった。

 

「エージェント……?」

 

「政府のエージェント」

 

「駄目だ」

 

 返事は即答だった。

 

「え?」

 

「絶対に駄目だ」

 

「どうして?」

 

「どうしても何もない!」

 

 大統領の声が大きくなる。

 

「今回、自分がどんな目に遭ったのか分かっているのか?」

 

「分かってるよ!」

 

「なら、なおさらだ!」

 

 アシュリーも負けずに言い返した。

 

「だからこそ、エージェントになるの!」

 

「だからこそ、そんな危険な仕事をさせられるわけがない!」

 

「私はもう子供じゃない!」

 

「私にとっては、いつまでも娘だ!」

 

「でも私は、もう守られてるだけじゃ嫌なの!」

 

 部屋に二人の声が響く。

 

「今回だって、レオンに助けてもらった!」

 

「だからといって、お前まで戦場へ行く必要はない!」

 

「必要があるかどうかを決めるのは私!」

 

「お前の父親として、そんなことを認められるわけがない!」

 

「パパ!」

 

「駄目なものは駄目だ!」

 

 声は次第に大きくなり、ついには廊下にまで響いた。

 

 部屋の外にいた護衛たちが顔を見合わせる。

 

「大統領、大丈夫でしょうか?」

 

「……中で何かあったのか?」

 

 二人はしばらく様子を窺っていたが、ただならぬ気配に、ついに扉の前まで近づいた。

 

「失礼します」

 

 扉が開く。

 

「大統領、何か――」

 

「何でもない!」

 

 大統領が即座に答えた。

 

 だが、その直後だった。

 

「もう知らない!」

 

 アシュリーが声を上げる。

 

 そのまま扉へ向かって歩き出した。

 

「アシュリー!」

 

「絶対、エージェントになるから!」

 

 そう言い残すと、アシュリーは部屋を飛び出していった。

 

「お、お嬢様!」

 

 護衛が慌てて後を追う。

 

 大統領は何も言わず、その背中を見送った。

 

 やがて扉の向こうへ消えたことを確認すると、静かに護衛へ目を向ける。

 

「……警護を頼む」

 

「はっ」

 

 護衛が頷き、アシュリーの後を追っていく。

 

 扉が閉まった。

 

 部屋に静けさが戻る。

 

 大統領は椅子へ深く腰を下ろした。

 

「……頭が痛い」

 

 額を押さえる。

 

 ついさっきまで、コネクションの話をしていた。

 

 その直後には、娘がエージェントになると言い出した。

 

 あまりにも一度に問題が重なりすぎている。

 

 大統領はしばらく額を押さえたまま、深いため息をついた。

 

    ◆

 

 アークの一室。

 

 静かな室内で、ルイスはクレアと向かい合っていた。

 

 机の上には、何枚もの書類が並べられている。

 

 その中でも、二人の目の前に置かれているのは司法取引に関する書類だった。

 

 クレアが一枚を指差す。

 

「ここにサインを」

 

「ああ」

 

 ルイスは書類を手に取り、内容へ目を通していく。

 

 これまで自分が関わってきたこと。

 

 今回の事件で提供した情報。

 

 そして、その見返りとして認められる今後の処遇。

 

 一つずつ確認すると、最後にペンを走らせた。

 

 署名を終え、ルイスがペンを置く。

 

 クレアは書類を受け取った。

 

「これで、あとは提出するだけね」

 

「ようやくか」

 

 ルイスは椅子へ深く背を預けた。

 

 これまで抱えていたものが、少しだけ軽くなったような気がする。

 

「それで、俺はこれからどうなる?」

 

「これから発足するEUの対バイオテロ部隊で、プラーガの研究をしてもらうことになるわ」

 

「対プラーガか」

 

「ええ」

 

 クレアが頷く。

 

「本部はベルギーになるけど、あなたの勤務場所はスペインになりそうね」

 

「スペイン?」

 

 ルイスが聞き返す。

 

「今回の事件があった場所よ」

 

 その言葉に、ルイスは少し驚いたような顔をした。

 

「……あそこは、これからどうなるんだ?」

 

「アークが買収したわ」

 

「アークが?」

 

「ええ。ただ、こちらから積極的に買ったというより、押し付けられたようなものだけど」

 

「大変だな」

 

 ルイスが苦笑する。

 

 あの事件を経験した直後だけに、スペインという名前にはどうしても複雑な感情がつきまとう。

 

「それで、俺が取引した組織のほうは?」

 

 ルイスが尋ねる。

 

 クレアは少し表情を引き締めた。

 

「ウェスカーが絡んでいる時点で、大問題よ」

 

「それに、あそこには優秀な研究者も揃っているはず」

 

 クレアは机の上の資料へ視線を落とす。

 

「だから、プラーガがこれから世界に普及する可能性も、現実的に考えなければならない」

 

 ルイスは黙って聞いていた。

 

 テラグリジア以降、生物兵器が一度世に流れれば、どれほど大きな被害を生むのかを世界は知っている。

 

 そして今回、プラーガという新たな脅威が確認された。

 

 クラウザーの死体は、見つかっていない。

 

 支配種が相手側の組織へ渡っていないとしても、上位種と普通種については、すでにどこかへ渡っている可能性が高い。

 

 ルイスは、もう一度机の上の書類へ目を落とした。

 

 司法取引は、これで終わる。

 

 これからはEUの対バイオテロ部隊の一員として、プラーガの研究に携わることになる。

 

 自分が知っているものを、今度は人を守るために使う。

 

 それが、これからのルイスに与えられた仕事だった。

 

    ◆

 

 フランスの空港。

 

 到着ロビーの出口付近で、シェリーとレディハンクは並んで立っていた。

 

 二人がここまで来た理由は、アシュリーを迎えるためだった。

 

 アメリカから入った連絡によれば、アシュリーは父親である大統領と大喧嘩をした末、自宅を飛び出したらしい。

 

 そして、そのまま頼ってきた先がアークだった。

 

「……本当に来るんだね」

 

 シェリーが呟く。

 

「うん」

 

 隣のレディハンクも頷いた。

 

「まあ、他に頼れるところがなかったんじゃない?」

 

「それは分かるけど……」

 

 シェリーは少し考え込む。

 

 今回の事件で知り合ったばかり。

 

 それなのに、アシュリーは自分たちを頼ってフランスまで来た。

 

 よほど切羽詰まっていたのだろう。

 

 そう考えれば納得できる。

 

 それでも――。

 

「ちょっと信用しすぎじゃないかな」

 

 シェリーが苦笑する。

 

 二人が話していると、空港の出口から見覚えのある姿が現れた。

 

「あっ」

 

 シェリーが顔を上げる。

 

「アシュリー!」

 

 呼びかけると、相手もすぐにこちらへ気づいた。

 

「シェリー!」

 

 アシュリーが駆け寄ってくる。

 

 シェリーはその姿を確認すると、ほっとしたように微笑んだ。

 

「元気そうでよかった」

 

「うん。ちょっと大変だったけど……」

 

 アシュリーは苦笑する。

 

「でも、もう大丈夫」

 

「そっか」

 

 シェリーが頷く。

 

 レディハンクもアシュリーの姿を見ながら、少し安心したように笑った。

 

「とりあえず、無事ならよかったよ」

 

「ありがとう」

 

「じゃあ、行こうか」

 

 レディハンクが促す。

 

 三人はそのまま空港を後にした。

 

     ◆

 

 少し離れた駐車場。

 

 そこには、アシュリーの姿を見守る男がいた。

 

 パパ・グラハムから密かに派遣された護衛だった。

 

 アシュリーがフランスへ向かったことを確認し、ここまで人知れず同行してきたのだ。

 

 護衛は、三人がヘリへ向かう姿を目で追う。

 

「……本当に、そっちへ行くのか」

 

 やがてアシュリーが機内へ乗り込む。

 

 レディハンクが操縦席へ入り、シェリーも続いた。

 

 ヘリのローターが回転を始める。

 

 護衛は無言で機体を見上げた。

 

「……さすがに、これを気づかれずに追うのは無理か」

 

 ヘリが地面を離れる。

 

 機体はゆっくりと高度を上げ、そのまま空港を離れていった。

 

 護衛は遠ざかる機体を見つめながら、どう報告するべきか考えていた。

 

     ◆

 

 ヘリが高度を上げ、フランスの街並みが眼下へ広がっていく。

 

 操縦席ではレディハンクが機体を操っていた。

 

 その後ろでは、シェリーとアシュリーが並んで座っている。

 

 しばらく飛んだところで、シェリーがアシュリーへ顔を向けた。

 

「……アシュリー」

 

「なに?」

 

「一応、言っておくけど」

 

 シェリーは少し困ったような顔をする。

 

「私たちのこと、ちょっと信用しすぎじゃない?」

 

 アシュリーはあまり気にした様子もなく首を傾げた。

 

「そうかな?」

 

「そうだよ」

 

 シェリーは即答した。

 

「会ってから、まだそんなに時間も経ってないのに。フランスまで来て、私たちを頼るんだから」

 

「だって、シェリーたちなら大丈夫だと思ったから」

 

「……まあ、それは嬉しいけど」

 

 シェリーは少し苦笑する。

 

 すると、アシュリーは何でもないことのように言った。

 

「信用できない人のことを、信用しすぎなんて言わないでしょ?」

 

「それは……そうだけど」

 

 シェリーは言葉に詰まった。

 

 アシュリーは窓の外へ視線を向ける。

 

「でもね」

 

 シェリーの声が少し真剣になる。

 

「個人を信用できても、その人が所属している組織まで信用できるとは限らないよ」

 

「組織……?」

 

「うん」

 

 シェリーはアシュリーを見る。

 

「人はいい人でも、組織には別の考え方があるかもしれない。だから、そこはちゃんと分けて考えたほうがいいと思う」

 

「分かった」

 

 アシュリーは素直に頷いた。

 

 シェリーは少し安心したように息を吐く。

 

「まあ……それでも」

 

 そして、柔らかく笑った。

 

「頼ってくれたことは、嬉しいよ」

 

「本当?」

 

「うん」

 

 シェリーが頷く。

 

「困ったときに私たちを頼ってくれたんだから」

 

「ありがとう、シェリー」

 

「うん」

 

 二人はしばらく顔を見合わせ、それから揃って窓の外へ視線を向けた。

 

 その時だった。

 

「そういえば、シェリー」

 

「ん?」

 

「私、パパにコネクションのことを聞いてみたの」

 

「えっ?」

 

 シェリーが思わず声を上げる。

 

 その瞬間、ヘリがわずかに揺れた。

 

「わっ!」

 

 シェリーが慌てて座席を掴む。

 

「ご、ごめん!」

 

 操縦席のレディハンクも驚いたように振り返った。

 

 シェリーは体勢を戻す。

 

 それから、改めてアシュリーへ向き直った。

 

「それで、大統領はなんて?」

 

「関わるなって。忘れろって言われた」

 

「……大統領本人に聞いたの?」

 

「うん」

 

 シェリーは呆れたように息を吐いた。

 

 まさか、大統領本人に直接コネクションについて尋ねるとは思わなかった。

 

 しかも、その反応を聞く限り、父親自身がコネクションというわけではなさそうだった。

 

 それどころか、何かを知っているからこそ、アシュリーを遠ざけようとしているようにも思える。

 

 シェリーは目の前のアシュリーを見る。

 

 ひょっとすると、この子は自分が思っている以上に大物かもしれない。

 

「それで、アークに来て何をしたいの?」

 

 シェリーが尋ねる。

 

 アシュリーは迷いなく答えた。

 

「私、エージェントになる」

 

「……なるほど」

 

 シェリーは少し考えた。

 

 父親が大反対した理由は、よく分かる。

 

 誘拐され、命を狙われたばかりなのだ。

 

 そんな娘に、さらに危険な仕事を選ばせたい親がいるはずもない。

 

 けれど――。

 

 シェリーには、アシュリーの気持ちも分かった。

 

 自分だって、かつては守られていることしかできず、それが悔しかった。

 

 だから、ここで反対するつもりはなかった。

 

「じゃあ、頑張らないとね」

 

「うん!」

 

「ただ、訓練は厳しいよ」

 

 アシュリーは、にっこりと笑った。

 

「望むところよ!」

 

 その答えに、シェリーは思わず笑った。

 

 操縦席のレディハンクも、前を向いたまま小さく笑っている。

 

 ヘリは三人を乗せたまま、フランスの空を進んでいった。

 

 こうして――アシュリーの新しい生活が始まろうとしていた。

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