「私って、変身中はダメージ無効じゃね?」
バンク中に特攻してみると、なんと本当にダメージ無効!やったー!!
魔法少女としての能力は並以下のため、変身中に倒せるかどうかが私の分水嶺。
約三十秒のバンク完了までに勝負を決めろ!!
魔法少女の一発ネタです。
「──ギャハハハッ!!聞け!愚かな人間共よ!!俺は貴様ら人間の悪意が凝縮して生まれた存在だ!!」
悪意に満ちた叫び声を上げながら建物を破壊する二十メートル程の怪物。
「正直、一つ一つの悪意は言語化するのも馬鹿らしいくらいみみっちくてしょうもないことだが、しかし目を背けるな!!これこそが貴様らの業なのだ!!分かるかそこのお前!?」
「し、知らねぇよ!今お前のやってることの方がしょうもないよ!!」
「ハイそれ悪意ッ!!第一被害者決定!!」
「⋯⋯⋯⋯」
──未だ暴れ続ける怪物を見下ろすひとつの影。
纏う涼し気なセーラー服と、周囲に合わせて気持ち折ったようなスカートがビルの屋上でふわりと揺れる。
明らかに学生であるその少女は、手に持ったペンダントをぎゅっと握りしめてから、怪物に向かって声を張り上げた。
「──やめなさい!!」
「⋯⋯あァ?」
緊張で震えてこそいるがよく通る少女の声に、怪物を含めた一帯の注目が注がれる。
「あなたは既に怪物として認定されました!『魔法少女機関』の理念に則り、これより撃滅を開始します!」
「魔法少女だァ⋯⋯?」
「──変身」
少女が告げると同時に、手に持ったペンダントがキラキラと光り出した。
「敵の前で変身だァ!?ハハッ、バカか!?日曜午前八時半からやってるアニメじゃねぇんだぞ!?隙だらけのバンク中に殺し、て⋯⋯は?おい待て、何で変身中に動いて⋯⋯いやなんで向かってきてる!?!?」
少女は光に包まれながらも敵に向かって突進し、怯えた様子で放たれる怪物の攻撃もものともしない。
そして高く跳び、部分的にバンクを終えた右拳を構えた。
「それは私がッ──」
「はやっ──」
「──今『無敵』だからだあぁァッ!!!」
怪物が弾け着地するとほぼ同時、全身のバンクが完了した魔法少女がそこに立っていた。
「ふぅ⋯⋯今月のノルマ、ギリギリ達成っと」
──
──────────────────
「──いやー良かった良かった!月末ギリギリで討伐数一体のノルマ達成!!魅せてくれるねぇ〜ミソギっ!」
「うぅ、笑い事じゃないよぉ⋯⋯」
テーブルに突っ伏しながら、目の前でバカでかいステーキを頬張る友人を睨む。
こっちは心労で何も喉を通らないというのに、ものすごい食べっぷりであるうわすごい笑顔。
「あっはは!でも良かったじゃん?これで六月中、つまりあと一ヶ月は魔法少女だよ!」
「ん?なんかこれ、パスポートの更新みたいじゃね?」とおどけながらも、彼女⋯⋯
⋯⋯彼女なりに励ましてくれているのは分かるのだが、どうしてもそんな楽観的には考えられなかった。
「先月もノルマギリギリだったんだよぉ⋯⋯魔法少女になって二ヶ月、まだ最低限の働きしかできてないんだよぉ⋯⋯」
「あらら、今日はだいぶきてるね」
フォークで突き刺した分厚い肉を差し出されても、弱々しく首を振ることしかできない私を見ると、フタバちゃんは気の毒そうに自分で肉を頬張る。
「ごめんねぇ、あたしがキャリーしてあげられたら良かったんだけど⋯⋯ほら、あたしバッファーだし」
「フタバちゃんのバフは本人のスペックに依っちゃうんだもんね⋯⋯」
「そ。力のコンセプトが固まってる分、融通が利かないんだよねぇ⋯⋯」
まぁ、たとえフタバちゃんが力になってくれたとしても、結局は自分の手で業績を上げなければならないのだ。
そうしなければ、魔法少女ではいられないのだから。
──魔法少女機関。
それこそが今絶賛私の頭を悩ませている原因であり、私達の所属する組織であり、そしてこの食堂を内包する建物の名前だった。
怪物を倒し、国の治安を維持する魔法少女を養成する組織であり、中学生に上がると同時に応募資格が与えられるこの『魔法少女機関』の存在は、既に一般常識になって久しい。
私、
しかし、雇用のノルマである『月に一体以上の討伐成果』に難儀しているというのが現状である。
四月、五月と二ヶ月続けてなんとかギリギリで討伐を果たしており、総討伐数は二⋯⋯明らかに劣等生だった。
「ミソギ⋯⋯?あーその⋯⋯『ランキング』のこと、聞いても大丈夫⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯下から三位」
「おぅ、表彰台入り⋯⋯」
魔法少女機関には所属している魔法少女の成績を示す『魔法少女ランキング』が存在する。
私は384人中、382位。それも昨日倒したヤツが偶然でかかったことで上がった順位。つまり昨日までは最下位だった。
ランキングの仕様上、新人の順位が低いのは仕方ないことだが、しかしそれでも落ち込むなと言うのは酷だろう。
「こんな⋯⋯こんなはずじゃ⋯⋯」
「で、でもすごいよミソギは!変身中無敵なんでしょ?無敵の魔法少女なんてめっちゃかっこいいし!!」
「無敵⋯⋯」
──変身中は無敵。
それこそ私、弱崎禊が持つ魔法少女としての『固有能力』だった。
無敵、というのはたしかに強烈で魅力的な言葉かもしれない。
しかし⋯⋯
「──三十秒だけだよ」
「⋯⋯まぁね」
──正確には二十八秒。
魔法少女としての基礎スペックが低く変身後の力を当てにできない私は、この秒数しかまともに戦えない。
変身した後よりも変身中の方が強いなんて、そもそも魔法少女としてのコンセプトが崩れていると言わざるを得ないだろう。
それ以外にもいくつかのデメリットが存在し、手放しで喜べる能力では無いのだった⋯⋯実際ノルマの達成すらギリギリだし。
「はぁ゙〜⋯⋯」
「魔法少女が出しちゃいけない声が出てるよ」
こんなことでは、何のために魔法少女になったのか──
──警報音。
「──っ、警報!?」
「だね。この警報、もうちょい静かになんないのかな⋯⋯」
突如響いたのは、近辺に怪物が発生したことを知らせる警報だった。
しばらくの警報音の後、機械的な放送が流れ出す。
『近辺にBランクの怪物が出現しました。詳しい位置と敵の情報は既にアップロードされています。魔法少女の皆様におかれましては、自らのコンディションや当該対象との相性を考慮した上で──』
私はスマホで状況を確認するよりも先に立ち上がった。
「うおっ⋯⋯!?え、ミソギ行くの?」
「うん⋯⋯行ってくる」
フタバちゃんは信じられないと言ったように大口を開け、そのまま口にステーキを一切れ放り込む⋯⋯まだ全然食べるつもりっぽいし、フタバちゃんは行かないのだろう。
「やめときなよ。Bランクだって言ってたし、本来チームか、単独だと百位以内くらいじゃないと──」
「──警報が鳴るってことは、既に被害が出てるってこと⋯⋯だよね?」
言いながらも私はスマホで敵の情報を確認する。
「大型⋯⋯」
添付されている写真に映る怪物はかなりの大型だった。先日私が討伐した怪物も二十メートル程の巨体だったが、今回の敵はそのものの大きさと言うよりは攻撃の間合いが広い⋯⋯そんな印象だった。
──被害の出やすいタイプ。
私自身がどれだけ落ちこぼれでも、それでもこの状況を見過ごすことなんてできない。
だって──
「──だって私は、魔法少女だから」
自分自身を鼓舞するようにそう呟いて、私は走り出した。
──────────────────
「──うーん、やっぱミソギって最高だなぁ⋯⋯」
ミソギが見えなくなるまで、ずっと大きく手を振って彼女を見送っていたフタバは、皿に残った最後の一切れを咀嚼し呑み込んでからぼそりと呟いた。
食堂では彼女達以外にも何人かの魔法少女が食事を摂っており、彼女達はつい先程の警報について周囲と話し合っている。
敵の情報と自らのスペックや固有能力を見比べ、場合によっては他者とのチームアップも視野に入れ、出撃するかどうかを判断しているのだ。
「ん〜⋯⋯っ!このお肉、美味しかったぁ⋯⋯!」
そのため、未だ席を立たず優雅に食後の余韻を味わうフタバは、ある意味異質だった。
「⋯⋯おかわり⋯⋯いや、もしここにお姉ちゃんがいたら怒られちゃうよなぁ⋯⋯いやでも⋯⋯」
フタバが「むむむ⋯⋯」と腕を組んで考え込んだその時、再度建物内に放送が響いた。
『先程お伝えした怪物について、
「⋯⋯ありゃ」
放送を聞いたフタバは微妙な表情でスピーカーへと視線を向ける。
彼女だけでなく、それまで出撃するかを話し合っていた食堂内の魔法少女達も、そのほとんどが気落ちしたように席に着きだした。
「⋯⋯」
──施設に放送が流れる程の怪物ならば、討伐した際高く評価される。
それゆえ、実力のある魔法少女にとっては狙い目となるのだ。
恐らくミソギは既にこの建物を後にしている。放送は聞こえていないだろう。可哀想ではあるが、しかしこれも摂理。魔法少女は弱肉強食なのである。
「残念だけど、ミソギの出番は無さそうかなぁ⋯⋯」
結局フタバは怪物にも、周囲の魔法少女にも一切の関心を示さず、数秒悩んでから再び食券機へと歩みを進めるのだった。
──怪物の発生地点──
「──見つけた⋯⋯!」
巨体ゆえ、その怪物を見つけるのは簡単だった。空中に浮かぶそれを、私は地上から見上げる。
「⋯⋯何あれ、物干し竿⋯⋯?」
珍しいことでは無いが、その怪物は特異な姿形をしていた。
空中に浮かぶうずまきのような球体。それから何本もの棒が伸びており、それらにはまるで洗濯物のような服が通されていた。
服は定期的に竿からちぎれ落ち、服を中心とした小型のうずまきを形成して周囲の人間や建物を襲っている。
「まずいな⋯⋯」
──やはり、攻撃範囲が広い。
本体が球体ゆえ物干し竿は全方向へ伸びており、怪物はかなりの範囲を掌握している様子だった。
加えて、伸びている物干し竿自体も伸縮性があるらしく、しなやかに揺れ、鞭のように周囲を破壊している。
「早く撃滅しないと⋯⋯!」
どうにかして空中に浮いている本体へと近づき、拳を叩き込まなければならない⋯⋯二十八秒以内に。
最も現実的なのは近くのビルからヤツへと飛び移る方法だが、物干し竿がどんどんと周囲を破壊していくため猶予はあまりない。
「──ッ!?」
瞬間、怪物がこちらを捉えた⋯⋯ような気がした。
「ッ、来る⋯⋯ッ!」
やはり気のせいではない⋯⋯っ!
怪物は狙いを定めたようにこちらへ物干し竿を構える。
──やるしかない⋯⋯!
私は迫り来る物干し竿⋯⋯ヤツの攻撃を避けようとはせず、ペンダントを握りしめた。
「変し──」
「──そこ邪魔ッ!!」
──衝撃音。
響いたのは私の目の前。迫って来ていた物干し竿をものすごい威力で踏みつけた少女から発されたものだった。
お嬢様学校っぽい上品な制服をはためかせ、下敷きにした物干し竿をもう一度強く踏みつけながら彼女はこちらを振り返る。
ぐしゃり、という嫌な音がどこか他人事のように聞こえた。
「っ⋯⋯!?あ、あの──」
「──アンタふざけてんの!?恐怖で竦んで動けなくなるなんて魔法少女失格!!雑魚なら雑魚らしく隠れてなさいよ!!」
「ぅぐ⋯⋯ッ!」
──速い。
こちらが反応する間もなく、気づけば私は目の前の少女に胸ぐらを掴まれていた。
彼女は軽蔑と敵意を隠さずこちらを睨みつける。
彼女、そう──
「──日比谷、光⋯⋯?」
私は、彼女のことを知っていた。
──
『
「弱い頭でフラフラ敵の前に出て戦意喪失して、弱い身体をあっさり貫かれて死ぬのが本物の魔法少女だとでも思ってんの?マジで最悪ッ⋯⋯アンタみたいな奴が魔法少女の格を下げるのよ⋯⋯ッ!」
⋯⋯有名な『狂犬』でもある。
「消えて、目障り」
「ぐぁッ⋯⋯」
乱雑に放り投げられ、私の身体はアスファルトを跳ねる。
私が体を起こした時には、日比谷ヒカリは既に怪物に向かって跳躍していた。
「速い⋯⋯」
驚きが口から溢れ出る。
彼女の強さは圧倒的だった。空中を跳びまわりながら迫り来る無数の物干し竿を躱し、いなし、時には真正面から叩き潰す。
映像記録では何度か見たことがあるが、実際にそれを見たのは初めてだった。
──彼女の身体能力も、魔法少女としての『特異性』も。
「⋯⋯」
これが、ランキング一桁台──
「──私は
「え?」
日比谷ヒカリに釘付けになっていた私は、背後から響いた愉しげな声に驚き、慌てて振り向いた。
目に入るのは、まるで時代小説から出てきたようなコッテコテの探偵衣装。たぶんあれだ、モデルはシャーロック・ホームズだ。帽子とかモロだし。
彼女は依然愉しげな様子でこちらに一歩距離を詰めてくる。
「君にはあの攻撃を処理する用意があった。そうだろう?ふふ、なぁに初歩的な推理だとも。顔色や呼吸に発汗量、何よりその手に握りこんだペンダントが証拠となる」
「あなた、は⋯⋯」
聞いてもないのに得意げな様子で喋り続ける少女。そんな彼女のことも、日比谷ヒカリと同様に私は知っていた。
「──
「おや、私のことを知っているのかな?というか、そんな他人行儀な呼び方はやめてくれたまえよ。同じ魔法少女じゃあないか」
──
たしか、彼女の二つ名は⋯⋯
「『名探偵』⋯⋯?」
「っ!ふふ、理解っているとも。いつだって人は真実を求めるものだ⋯⋯!即ち私をね!」
「は、はぁ⋯⋯」
二つ名を呼ばれたのがよほど嬉しかったのか、鍵塚さんはえへんと胸を張りうんうんと頷く。
「しかし弱崎君、先程の行為はあまり褒められたものではないな」
「え?」
「ヤツの攻撃に対する対処法があったから君は動かなかった⋯⋯これは合理的だ。しかし傍から見れば、あれは自殺志願にしか見えないよ」
「それは、はい⋯⋯」
「なんて。多種多様な魔法少女がいる現代に、こんなありきたりでつまらない説教をしても仕方がないのだけれどね。しかし、あの子みたいな『完璧主義者』には少々刺激が強いのさ」
鍵塚さんは、未だ空中で戦闘を繰り広げる日比谷さんを見つめそう呟く。
つられて視線を上げれば、無数にすら思えた物干し竿はもうそのほとんどが破壊されるかぐちゃぐちゃに絡まっており、既に残りは指折り数えられる程の数しか残っていない。
加えて、彼女は物干し竿と戦いながらも隙を見て石や破壊されたビルの破片などを投擲し、地上の渦巻きも並行して制圧し出していた。
無傷な日比谷さん自身と、最小限の被害に留められている街とを見ていると、鍵塚さんの言う『完璧主義者』という言葉も重みを増してくる。
──日比谷ヒカリは、この短時間で怪物を圧倒していた。
「──しかし、これでは決め手に欠ける」
「え⋯⋯?」
既に勝ちを確信していた私は、冷徹に告げられた言葉に間抜けな疑問符を上げてしまった。
「勝てないという訳ではないよ。時間さえかければ、彼女はほとんどの怪物を単騎で撃滅できる。そういう子だ。しかし、今回のは本体が微妙な位置に浮いているからね。迂闊に飛び込めず、あの子も攻撃手段の破壊を優先しているのだろう」
「普段なら初手で急所を狙う子だからね」と鍵塚さんは愉しそうに笑う。
「じゃ、じゃあどうすれば⋯⋯」
「ふむ⋯⋯弱崎君」
「⋯⋯?はい?」
「──君がアレを討伐する、というのはどうかな?」
「⋯⋯⋯⋯??はい????」
言葉の意味が理解できず、私は目をまん丸に見開き口をぽかんと開けてしまう。
私が、倒す⋯⋯?あの怪物を⋯⋯?ランキング八位を差し置いて⋯⋯?
未だ状況が整理できない私に対して、しかし鍵塚さんは既に決めたとでも言わんばかりに笑う。
「弱崎君、私の固有能力は知っているかな?」
「は、はい。一応⋯⋯」
「ならば話は早い。私が君に『道』を見せてあげよう」
その言葉とともに、気づく。
──彼女『は』既に変身しているのだ。
「ちょ、ま、待ってくださ──」
「──すまないね。私は別に待ってもいいのだが、真実はそうもいかないのだよ」
意味不明な台詞とともに、鍵塚さんはポケットからこれまたシャーロック・ホームズっぽいパイプを取り出し咥え⋯⋯
「ふ〜っ⋯⋯!!」
⋯⋯思いっきり息を吹き込んだ。
「あれ?出が悪いな⋯⋯しばし待っていてくれたまえよ弱崎君」
「⋯⋯」
「すぅ〜っ⋯⋯⋯⋯ふーっ⋯⋯!!」
「⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯別に、私もタバコに詳しい訳では無いけど、絶対使い方を間違えてると思う。
「お、よしよし!出てきたぞ!!」
何はともあれ、数回の試行を経て無事にパイプからもくもくと煙が吐き出される⋯⋯なんか煙突みたいだな。
彼女はその煙を軽く撫でると、まるで操るように私の目元へ煙を運ぶ。
「わわっ⋯⋯!?」
「ははっ、安心したまえ。別に沁みたりはしないとも。煙の形をしているだけで実際は魔力の塊だからね」
煙に覆われた私の視界は特に曇ったりといったことはなく、その代わりに彼女の『固有能力』が発動する。
「どうかな?『道』は見えるかい?」
──鍵塚解の固有能力『
彼女が定めた『目標』に対しての道筋を示す能力。パイプからの煙を他者の感覚器官に付着させることで道筋の共有も可能(同時に複数人、複数の感覚に共有することは不可能。現在はミソギの視覚と共有している)。
「すごい⋯⋯」
有名な魔法少女である彼女の能力は一応知っていたが、こちらも日比谷さんと同じで、実際目の当たりにすると壮観だった。
彼女の能力を受けた私の視界は、まるでアクションゲームに出てくるガイドのような矢印が至る所に出現し出す。
──そしてそれは、最終的に怪物の本体へと続いていた。
「弱崎君、よく聞いて欲しい。たとえ道が存在したとしても、それを歩みきれるかどうかはまた別の問題だ」
忠告するような言葉と裏腹に、その声色はやはり愉しげだった。
「──やれるかな?」
「⋯⋯」
私は考える。
矢印が示す道と、私のスペックとを頭の中で照らし合わせていく。
「⋯⋯何秒、かかりますか?」
「む?」
──道を歩みきるまでの秒数。
私にとっては最も重要なピースだった。
「ふむ⋯⋯三十秒。君のスペック次第では縮められるだろう」
「三十秒⋯⋯っ」
私の変身時間は二十八秒。
ギリギリ足りない。
「⋯⋯⋯⋯」
しかし。
「やれます⋯⋯」
「ほう?」
私はペンダントを握りしめ、真っ直ぐに道の先を睨みつけた。
「──私が、あの怪物を撃滅します⋯⋯!」
──────────────────
「はぁ、はぁ⋯⋯っ」
確信は無いが自信はそこそこあった。
「次は、こっち⋯⋯!」
まず一つ、現在怪物は日比谷ヒカリとの戦闘に集中しているということ。
「うっ⋯⋯何でこの矢印こんなカラフルなの⋯⋯」
二つ目は、既に怪物から伸びる物干し竿はそのほとんどが日比谷ヒカリによって破壊されているということ。
これら二つの理由から、ヤツに近づくまで私が物干し竿に攻撃される可能性は低く、ギリギリまで変身を温存し距離を詰められる。
「──ッ、気づかれた⋯⋯!」
そして、三つ目。
「──変身」
──変身中の私なら、迷いなく最短距離を走り切れる。
「効か、ない⋯⋯ッ!」
こちらに気づいた怪物から物干し竿が伸びてくるが、私はそれを真正面から受けそのままスピードを緩めず走り続ける。
「ほう、実に不思議な能力だ⋯⋯」
鍵塚さんが示してくれた道を狂いなく辿り、いくつものビルを経由して確実に距離を詰める。
「え⋯⋯?この、道は⋯⋯?」
最後の道を示す矢印はまるで空中を走るような軌道を示していた。
「ッ、いや関係ない⋯⋯ッ!」
一瞬考えるが、しかし直ぐに思考をかなぐり捨てる。
──既に変身完了まで十秒を切っている。
「ッ、クソッ⋯⋯!しつこいのよッ!!」
──衝撃音。
「きゃっ⋯⋯!?」
私がビルの端へ到達しようという瞬間、そこに日比谷さんの蹴り飛ばした物干し竿が突き刺さった。
「──ぁ、道だ⋯⋯」
それは、私と怪物とを一直線に繋ぐ橋を形成する。
私は全速力で物干し竿を伝い、右拳のバンク完了と同時に飛び上がった。
ヤツは最後の力を振り絞るようにしてほぼ全ての物干し竿を私へ差し向けるが、当然それらはひとつとして私を阻めない。
なぜなら──
「私は、今ッ──」
この場の何よりも──
「──無敵、だからだあぁァッ!!!」
──
私の拳は完全にヤツを捉え、本体の真ん中にどデカい風穴が開く。
「ッ⋯⋯!」
やった⋯⋯やった⋯⋯っ!
「ははッ⋯⋯!!」
私がッ、討伐してやった──
「──ぇ?」
──物干し竿がしなる音。
たしかに本体は倒した。手応えはあった。
しかし、周囲の物干し竿は未だ動き私に狙いを定めている。
「どう、して⋯⋯」
⋯⋯⋯⋯あぁ。結局私は、落ちこぼれ──
「──いいや、よくやってくれたとも」
静かながらもよく通る声。
反射的に視線を向けると、地面にいる鍵塚さんが目に入る。
彼女の手には何故か小綺麗な『メイド服』が握られており、そしてもう片方の手にはハサミを構えていた。
「君のおかげで──」
彼女はそのまま、ハサミでメイド服を──
「──謎は、全て解けた」
ズタズタに引き裂いた。
「え⋯⋯?」
瞬間、私に狙いを定めていた物干し竿も、全てがメイド服と同じようにズタズタになってしまう。
「いったい何が⋯⋯ぐぇっ!?!?」
現状を理解する間もなく、空中を自然落下していた私の身体は、強い衝撃によってより早くに地面へと叩きつけられた。
「げほ、げほっ⋯⋯今度は何⋯⋯!?マジで何なの⋯⋯っ!?!?」
激しく咳き込みながらも何とか目を開けると、目の前に日比谷さんの整った顔立ちがあった⋯⋯いやほんとに整ってるな美少女すぎてびっくりしちゃったわ。
どうやら、私は現在日比谷さんに抱き抱えられているらしい。さっきの衝撃は日比谷さんだったのだろう。
「⋯⋯ふん」
日比谷さんは的確に私の呼吸と脈拍を確かめると乱雑に⋯⋯しかし先程投げ飛ばされた時よりは幾分優しく投げ飛ばされた⋯⋯いや結局投げ飛ばすんかい。
「おーい!弱崎く〜ん!」
回転する視界が、こちらに駆け寄って来る鍵塚さんを捉える。
「おーい⋯⋯はぁ、はぁ⋯⋯っ」
「いや体力無いな⋯⋯!?」
大した距離は無かったはずなのだが⋯⋯あの人ほんとに魔法少女なのか⋯⋯?
「はぁ、はぁ⋯⋯いやぁ弱崎君!はっきり言って予想以上だと──」
「──鍵塚ァ!!!」
興奮した様子の鍵塚さんは、しかしこちらに辿り着くより先に日比谷さんに胸ぐらを掴まれ持ち上げられてしまった。
日比谷さんの表情は激怒一色。先程私に向けた軽蔑混じりのものではなく、そこには純粋な憤怒しか含まれていなかった。
「アンタどういうつもり!?何でアタシじゃなくてコイツに『道』を見せたの!?何のためにアンタとチームを組んだと思ってるのよ!!」
「ゔっ⋯⋯は、ははっ⋯⋯落ち着きたまえよ日比谷君」
「⋯⋯ソレ本気で言ってるの?アタシが今説明の機会をあげてるって分からない?」
感情に任せて怒鳴っているようにも聞こえるが、鍵塚さんを睨みつける日比谷さんの瞳は驚く程に冷たかった。
「ぐぁっ⋯⋯説明は、するともっ⋯⋯探偵の花だからね」
「⋯⋯」
日比谷さんは鋭い視線のまま、突き飛ばすように鍵塚さんの胸ぐらを離した⋯⋯日比谷さんは人間を投げ飛ばすのが癖なのかもしれない。柔道家かな?
「こほん⋯⋯では、僭越ながら今回の事件を解説させてもらおう」
「事件⋯⋯?」
「怪物被害を事件と見るか事故と見るかはちょっと面倒な話題だから、あまり迂闊なことを言わない方がいいわよ」
私と日比谷さんは、それぞれ困惑と苛立ちを湛えながら鍵塚さんの言葉を待つ。
「まずはヤツを撃破するに至った道筋を振り返ってみようか」
鍵塚さんは優雅に服装の乱れを直し、たっぷりと間をとってからそう切り出した。
「⋯⋯っ」
──撃破。
恐らく、それは⋯⋯
「⋯⋯私の拳は、届かなかったんですよね」
たしかに一撃を入れた。手応えはあったのだ。
──しかし、決定打にはならなかった。
ぶつけようのない無力感が私を包む。
「──ははっ、何を言うんだい。君の攻撃は、紛れもない決定打だったとも」
「え⋯⋯?」
どんよりと落ち込み出していた私は、鍵塚さんの軽やかな笑い声に引き戻された。
「君の打撃を受けた時点であの怪物は致命傷だった。放っておいても、数秒後には絶命していたさ」
「そう、なんですか⋯⋯?」
「何ちょっと嬉しそうにしてんの?『他者からサポートされてまで相打ち』だなんて、魔法少女として恥ずべき姿だって分かってないワケ?」
「ゔ⋯⋯」
日比谷さんから厳しい言葉が飛んでくる。
「私の推理に誤りはないとも。むしろ私が読み違えていたのは君の実力さ」
「⋯⋯?それはどういう⋯⋯?」
「正直に言うと、私は君の攻撃でヤツを倒せるとは思っていなかったんだ」
「え゙」
「考えても見てくれ。ヤツの本体って明らかに硬そうだったろ?」
「え゙ぇ⋯⋯!?」
「まさか風穴まで開けてしまうとは恐れ入ったよ!」と鍵塚さんは愉しそうに爆笑していた。
あまりにも酷い梯子の外し方である⋯⋯だいぶ無理やり私を送り出したくせに⋯⋯
「私としては、キミが『ヤツの体勢を崩してくれれば』それで充分だったのだよ」
「あ、その服⋯⋯」
爆笑で滲んだ涙を軽やかに拭った鍵塚さんは、先程ハサミでズタズタに引き裂いたメイド服を再度その手に持つ。
「──つまりこれが、ヤツの弱点だったという訳さ」
「⋯⋯」
「弱点⋯⋯?私が殴った球体は違ったんですか?」
「『本体』と『弱点』は別だとも」
「⋯⋯弱点だと分かった理由は?」
日比谷さんが質問する。
「初歩的な推理だよ。この服が通されていた物干し竿だけは、一度も攻撃に使われていなかったんだ。加えて、この服だけ他と比べて明らかに綺麗だったし、日比谷君との戦闘中も器用に死角へと隠されていた」
「ちっ⋯⋯」
日比谷さんが露骨に舌打ちをするが、なんとなくその舌打ちは慣れていない人のそれに感じた。
「本体と同様、これもずっと高い位置にあったからね。弱崎君の攻撃で体勢を崩し、このメイド服を回収することこそ、ボクの計画であり推理だったのさ」
「最初から、その服が狙いだったんですね⋯⋯」
「私の推理では、これこそが最短の道だったというだけだよ」
そこで鍵塚さんは話を区切り、推理の終了を告げるように手をぽんと叩いた。
「⋯⋯すごい」
鍵塚さんは遠くから少しあの怪物を観察しただけで、ヤツの弱点までもを見抜いて見せたのだ。
無意識に喉が震える。
これが、ランキング上位者──
「──それで?」
唐突な声に、私の思考は引き裂かれた。
冷たく、鋭く、苛烈さを纏う声色。
日比谷ヒカリは、なおも鍵塚カイを睨みつける。
「⋯⋯ふむ?それでも何も、これにて事件は一件落着──」
「──まだ私の質問に答えてないでしょ」
彼女の纏う苛烈さはどんどん鋭くなっており、正直もう私はちょっと泣きそうだった。本当に怖い。
「──アンタがアタシじゃなくてこの落ちこぼれに道を見せた理由は?正しさを内包する『動機』があるんでしょうね?」
明らかな皮肉は、しかし日比谷さん自身が未だ纏う苛烈さにより皮肉らしからぬ重さを帯びていた。
「──答えろ。鍵塚カイ」
「⋯⋯っ」
あまりの迫力に生唾を呑み込んだ鍵塚さんは、一度ゆっくり呼吸を整えてから再度話を始める。
「⋯⋯理由は簡単だとも。弱崎ミソギが答えに辿り着ける。私はそう推理したんだ」
「は?それアタシで良かったでしょ?アンタが最初からアタシに道を見せていれば、アタシはコイツよりも完璧に敵を撃滅できた」
「日比谷君──」
「──アタシ、何か間違ったこと言ってる?」
⋯⋯事実だ。
落ちこぼれの私にも、それが『模範解答』だと理解できた。
日比谷ヒカリは間違えず、そして自らの解答を決して疑わない。
「おい、聞いてんの──」
「──『チェーホフの銃』という言葉を知っているかな?」
未だどんどんと機嫌が悪くなっていく日比谷さんに被せるように、鍵塚さんは言い放った。
「⋯⋯はぁ?」
案の定、言葉を遮られた日比谷さんは『もはや殺意すら込められているのでは』なんて思えてしまう程の瞳で鍵塚さんを睨む。
「『チェーホフの銃』というのは、ロシアの劇作家アントン・チェーホフの発言を由来とする創作論の一種で──」
「──『壁に拳銃をかけておくのなら、それは発砲されなければならない』でしょ。それが?」
「な゙ぁっ!?私の、説明機会を⋯⋯っ!?」
得意げに説明を始めた鍵塚さんは、日比谷さんによる簡潔な要約で封殺されてしまった⋯⋯
「⋯⋯むぅ」
「おい黙るな」
拗ねたようにそっぽを向く鍵塚さんの胸倉を再度掴み、ぶんぶんと揺する日比谷さん。
「⋯⋯こほんっ。まぁつまり、そういうことさ」
「はぁ?」
しばらくして復活した鍵塚さんは、軽く咳払いをしてから続きを告げる。
「私はこの考え方を気に入っていてね。『チェーホフの銃』を探偵流に解釈して、実践しているのさ」
「⋯⋯?どういうことですか?」
正直、いまいちピンと来ない。日比谷さんも苛立ちが募っている様子だ⋯⋯いやそれはずっとか。
「つまり、『探偵は、現場で得た手がかりを全て用いて推理を完成させなければならない』⋯⋯これが私の探偵哲学なのさ」
「⋯⋯それは、ちょっと難しいのでは?」
「はは、別に徹底厳守している訳では無いさ。あくまで『できる限り』だよ」
私の微妙な返答に鍵塚さんは笑みを零した。
「今回、この場における手がかり⋯⋯推理のピースは私、日比谷君、そして──」
鍵塚さんの楽しげな瞳が、真っ直ぐに私を捉える。
「──キミだ。弱崎ミソギ君」
「っ⋯⋯!」
「私は、全てのピースを用いて今回の謎を解き明かしたかった⋯⋯だから、そのための『道』を歩んだだけさ。どうだろう日比谷君、理解してくれたかな?」
改めて、手をぽんと叩く鍵塚さん。
「⋯⋯納得できない」
しかし、目の前の苛烈さはそれを許さなかった⋯⋯まぁ、正直今回のは予想できてたけどね⋯⋯
「どんな『名推理』が飛び出すかと思えば、アンタの頭の中にしかない『美学』とやらのため?ふざけてんの?」
鍵塚さんの説明によって、彼女の怒りは収まるどころかその鋭さを増すばかり⋯⋯もう怖すぎるよほんとに私結構ボロボロなんだよもう帰りたいよフタバちゃん助けて。
「それだけのために最適解を捨てるなんて『間違ってる』⋯⋯ッ」
「──」
「ホント最低⋯⋯ッ!アンタみたいなヤツが魔法少女の格を──」
「──『間違ってる』と言ったか?」
──冷徹な声。
凍てつくようなその声は、日比谷さんの纏う苛烈さを呑み込まんばかりに低く響いた。
「ッ⋯⋯」
突然の変化に驚いたのだろう。鍵塚さんの胸倉を掴んでいた日比谷さんの力が緩む。
「アンタ──」
「──言ったな。『間違ってる』と」
「え⋯⋯?」
思わず声が出た。
「鍵塚、さん⋯⋯?」
驚くことに、鍵塚さんは日比谷さんの胸倉を掴み返したのだ。
今までずっと楽しげな笑みを浮かべ、飄々とした態度を崩さなかった鍵塚さんは今、明確な怒りをその瞳に宿していた。
「⋯⋯日比谷君、良い機会だ。チームを組んでから今までタイミングがなかったが、ここで言っておこう」
「⋯⋯」
「君はたしかに素晴らしい魔法少女だ。ランキング一桁台、戦闘能力も頭抜けている。何より順位に胡座をかかないストイックさが良い」
「⋯⋯⋯⋯」
「しかし──」
鍵塚カイはそこで一度言葉を区切り、まるで残酷な真実を告げるかのように、無機質に言い放った。
「──
「⋯⋯」
⋯⋯反論、できない訳ではないだろう。
しかしこの時、日比谷ヒカリは何も言い返さなかった。纏う苛烈さはそのままに、目の前の鍵塚さんを見定めるように睨みつける。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯ふんっ、そもそもキミは気に入らないんだ。この
「は?」
「え」
──沈黙。
「⋯⋯⋯⋯はァ!?!?アンタ今なんつった!?まさかそんなくだらない理由でソイツを忖度した訳じゃないでしょうね!?」
「ふひゅ〜、ひゅひゅひゅ〜っ」
「口笛めっちゃ下手⋯⋯っ!?」
突然の謎カミングアウトに私は大口を開け、日比谷さんはこめかみを揉む。
⋯⋯しばらく、音外しまくりの口笛がBGMとして流れた。
「⋯⋯弱崎ミソギ」
「え?」
突如日比谷さんに名前を呼ばれ、肩と心臓が跳ねる。どうやら、もう鍵塚さんを問い詰めるのは諦めたらしい。
「弱崎ミソギ、魔法少女ランキング382位⋯⋯合ってる?」
「は、はい⋯⋯っ!」
スマホを見ながら私の情報を読み上げる日比谷さんの様子を見るに、恐らく私のデータを調べているのだろう。
魔法少女機関に所属する魔法少女は、名前と順位がデータ上に登録され、それは魔法少女ならば誰でも閲覧が可能である。
名前と順位以外に、任意で自らの固有能力を開示することもでき、これらはチームアップなどにおける判断材料となる(ちなみに私は固有能力を公開していない)。
「うぅ⋯⋯」
一桁台に順位がバレてしまったことに、どうしようもない恥ずかしさを覚えてしまう⋯⋯今絶対顔赤くなってる。
「⋯⋯」
「⋯⋯?あの、日比谷さん⋯⋯?」
「⋯⋯今回、トドメを刺したのは鍵塚カイよ」
「え?」
日比谷さんは意識的な無機質さを纏う声でそう告げた。
「知っての通り、怪物の討伐数は『トドメを刺した魔法少女』に入る。知っているわよね?」
「⋯⋯はい」
「アンタみたいなランキング下位の魔法少女にとって、ノルマの達成が大きな壁だと言うのは私も理解してる⋯⋯けれど、だからといって嘘の報告はしない。報告書には『討伐者、鍵塚カイ』と事実を書かせてもらうわ。異論は無いわね?」
「⋯⋯⋯⋯はい」
当然、異論などない。『譲ってもらえるかも』なんて甘い期待もしていない。
⋯⋯だけど。
「⋯⋯っ」
ただ、悔しかった。
視界が滲み、私は思わず下を向いて目を瞑る。
「⋯⋯これも知っていると思うけど、戦闘後の魔法少女には身体検査が義務付けられている。本部に戻ったら、まずは検査を受けなさい」
「⋯⋯はい」
「⋯⋯⋯⋯お疲れ様」
力無く返事をする私に対して怒るでもなく、淡々と事実だけを告げた日比谷さんは、そのまま圧倒的な身体能力でどこかへ跳んでいってしまった。
「⋯⋯日比谷さん⋯⋯」
「不器用な子なんだよ」
呆然とそれを見つめる私の後ろから、呆れたような声が聞こえてくる。
「討伐数にこそならないが、キミの活躍も彼女は余さず書いてくれるよ。そういう子だ」
「むしろ、最も文字数を取るのは自らの反省についての記述だろうね」と鍵塚さんは笑った。
「他者に厳しく、そして自分には更に厳しい⋯⋯本当に痛々しい子だよ」
「鍵塚さん⋯⋯」
「だからこそ、君にはどうか寛大な心で彼女と向き合ってあげて欲しい⋯⋯ほら、あれでも一応この国の最高峰戦力だからね」
「⋯⋯笑えないですよ」
「ははははっ!!」
⋯⋯鍵塚さんは大爆笑だった。
「さて弱崎君、私の推理では君の身体もそろそろ限界のはずなのだが」
「え?」
その瞬間、まるで狙い済ましたかのように私の身体は地に崩れ落ちた。鍵塚さんは特に支えてくれたりはせず、私の顔面は強く地面と接触する。
「ふふっ、どうだい?」
「⋯⋯名推理ですね」
⋯⋯突っ伏しているから見えないが、明らかにドヤ顔の声だった。
「医療チームに連絡は入れておいたから、もう少しの辛抱だ」
「⋯⋯ありがとう、ございます⋯⋯っ」
「礼には及ばないとも。さて、それでは私もこれで失礼しよう」
「あっ、私この状況で置いてかれるんだ⋯⋯」
私の言葉を無視して鍵塚さんは優雅に歩き出す。しかし、数歩歩いてから再度こちらを振り返った。
「──弱崎ミソギ君、またキミと謎に立ち向かえる日を、楽しみにしているよ」
「っ⋯⋯!」
──期待。
それも、ランキング二十六位の。
「⋯⋯ははっ」
ときめくな、というのは無理な話だろう。
「⋯⋯次は、私が」
私は依然地面に突っ伏したまま、改めて魔法少女としての決意を固めるのだった。
「──次は私が、殺してみせる」
──弱崎禊。六月の怪物討伐数、未だゼロ。