――Meta-Gamer's Singularity(メタゲーマーズ・シンギュラリティ)   作:りー037

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【第1話:特異点F 炎上汚染都市――ガチャのすり抜けは命に関わる重大なバグである】

 

 ――熱い。

 

 全身の皮膚がジリジリと炙られるような、逃げ場のない不快な熱気。

 肺に吸い込む空気は、ひどく乾燥していて、焦げた木材と鉄錆……いや、もっと生々しい『タンパク質が焼ける匂い』が混ざり合っていた。

 

「……っ、ゲホッ! ゴホッ! ……うぁっ、なんだこれ。火事……!?」

 

 瓦礫の山に埋もれかけていた体を起こし、俺は、目に染みる黒煙を払いのけながら周囲を見渡した。

 

 さっきまで、俺は極寒の雪山にある超未来的な施設にいたはずだ。けたたましい警報、火の海、瓦礫の下のマシュ。そして、謎のシステム音声と共に光に包まれて……。

 

「(……俺はしがない一般人、無月洞夜! チュートリアル妖精の後輩と雪山のカルデアに出かけたら、謎の爆発事故に巻き込まれ、目が覚めたら冬木市という名の初期村が燃えていた! 体は大人、頭脳はオタク! その名は、村人A・無月洞夜!)」

 

 身を隠すように巨大なコンクリートの瓦礫の陰に縮こまり、俺はそっと視線だけを前方の通りへと向けた。

 

 炎の向こう側を、何かが歩いている。

 

「……おいおい嘘だろ。解像度高すぎだろこれ……」

 

 カチャリ、カチャリと、乾いた骨の擦れる音が響く。

 そこを徘徊していたのは、人間の皮も肉も削ぎ落とされた完全な『骸骨』たちだった。その手には、血糊と脂がこびりついた赤黒い錆びた剣や弓が握られている。

 

「スケルトン!? ドラクエなら初期村の周辺をうろついてる雑魚モブだけど、3DCGで見ると怖すぎ! 完全に『ベルセルク』とか『ダークソウル』の亡者モブじゃん! レーティングZ指定入ってるって!」

 

 俺は魔術師でもなければ、格闘技の経験もない。ただのネットサーフィンとゲームが趣味のパンピーだ。あんな錆びた剣で一発でも斬られれば、確実に破傷風からの出血多量で『YOU DIED』の真っ赤な文字が視界に浮かぶだろう。

 

「マシュちゃんは……くそっ、はぐれたのか? パーティー分断とか初見殺しにも程があるぞ運営……!」

 

 俺は息を殺し、這いつくばるようにして瓦礫の陰から後退しようとした。

 

 

 その時だ。

 

 ――パリンッ。

 

 スニーカーの踵が、焦げたアスファルトの上に落ちていた空き瓶の欠片を見事に踏み抜いた。

 その、ひどくちっぽけで、しかし静寂の冬木においては致命的なガラスの破砕音が、周囲に響き渡った。

 

「…………あっ、やっべ」

 

 

 ピタリ、と。

 

 前方およそ20メートル先をうろついていた三体のスケルトンが、同時にこちらを振り向いた。

 

「(完全に頭上に『!』マーク出たSE鳴った……! ヘイト管理ミスったァァァ!!)」

 

「ギィィィヤァァァァァァッ!!」

 

 耳をつんざくような怨嗟の叫びを上げ、スケルトンたちが一斉にこちらへ向かって猛ダッシュを開始した。骨だけのくせに、陸上選手顔負けのストライドじゃないか。

 

「逃げるんだよォォォォォォォッ!!!」

 

 炎上する路地裏を、肺が破けそうなほど酸素を吸い込みながら無様に逃げ惑う。背後からは、ガチャガチャと骨を鳴らす足音と、空気を切り裂く刃の風切り音が迫ってくる。

 

「ひぃぃぃぃっ! 無理無理無理! 速度バフかかりすぎだろあいつら! 立体機動装置もないのにこんな炎の街中逃げ切れるか! 駆逐してやる……いや嘘ですごめんなさい駆逐しないでください!!」

 

 モブの逃走劇は長くは続かない。

 

 角を曲がった先は、崩落したビルで完全に塞がれた『行き止まり』。

 

「あ、詰んだ。これセーブポイントから死に戻りできないやつだ……!」

 

 振り返ると、三体のスケルトンが跳躍していた。

 

 高く振り上げられた錆びた刃が、容赦なく脳天に向かって振り下ろされる。

 

「――そこまでですッ!!」

 

 凛とした、ガラスを叩き割るような鋭い声が響く。

 

 

 直後。

 

 ゴオォォォォンッッ!!! という、まるで巨大な梵鐘を間近で打ち鳴らしたかのような、凄まじい金属の衝突音が爆発した。

 

「え……?」

 

 恐る恐る目を開けた俺の視界を覆っていたのは、重厚な金属の壁。

 

 いや、壁ではない。それは、巨大な『盾』だ。

 その巨大な盾を、華奢な体一つで支え、スケルトンたちの刃を完璧に防ぎ切っている少女の背中。

 

「――装着(セット)。……遅れてすみません、大丈夫ですか、マスター」

 

 舞い散る火の粉を浴びながら振り返ったその顔は、雪山のカルデアで出会った、あのピンク色の髪の少女――マシュ・キリエライトだった。

 

 だが、その装いはさっきまでの制服とは全く違う。

 黒を基調とした、露出度の高い、しかし急所をしっかりと覆う鎧(アーマー)。眼鏡は外され、その紫色の瞳には、戦士としての静かな闘志が燃えていた。

 

「うおおおおおっ!? マシュちゃん!? え、盾!? デカすぎ!! クラスチェンジ早すぎだろ!! しかも絶対防御系のメイン盾キャラとか俺の性癖(パーティー編成的な意味で)どストライクなんだけど!!」

「性癖……? よくわかりませんが、下がっていてください、先輩! すぐに片付けます!」

 

 それは、もはや人間離れした、規格外のアクションだった。

 

 

 ドゴォォォォンッ!!

 

 盾の平打ちがスケルトンの胸ぐらにクリーンヒットし、肋骨が爆竹のように粉砕される。そのまま回転するような足捌きで二体目の刃を盾の傾斜で受け流し、火花を散らしながら、強烈な回し蹴りを叩き込む。

 

「すっげえええ……! アニメーターが過労死するレベルの作画枚数! フレームレートぬるぬるじゃん! 完全にヒロインが無双するターンの挿入歌流れてるぞこれ!」

 

 わずか十数秒。マシュが巨大な盾を地面にドンッ! と突き立てた時、周囲にはただのカルシウムの残骸だけが散らばっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……周辺の敵性反応、消失しました。怪我はありませんか、先輩」

「俺はノーダメージだけど、マシュちゃんこそその格好どうしたの!? カルデアで瓦礫の下敷きになって瀕死だったのに、魔法少女にでも転職した!?」

 

 俺が食い気味に突っ込むと、マシュは少し困ったように視線を伏せ、それから真剣な眼差しでこちらを見た。

 

「……カルデアが崩壊する直前、私の中にいた『英霊』が目覚めたんです。彼は私にその力を譲り渡し、消滅しました。今の私は、英霊と融合した人間……デミ・サーヴァントです」

「デミ・サーヴァント……! なるほど、憑依合体系の能力者バトル展開! つまり今のマシュちゃんは、物理攻撃も魔法防御もカンストしてる最強のヒロインってことかぁぁぁぁ!」

「……最強かどうかはわかりませんが、マスターを守るための『盾』にはなれます」

 

 彼女が力強く頷いたその時。

 

 俺の手首に装着されていたカルデア支給の通信端末から、ザザッ……というノイズと共に、焦ったような男の声が響いた。

 

『――繋がった! ああ、よかった、応答してくれ!! 無事かい!?』

「おっ! ドクター・ロマン! オペレーターからの通信開通! 生きてたんスね先生!」

『君のその謎のテンションを聞いて、心の底から安心したよ! こっちはなんとか別ブロックに避難して、システムの復旧にあたってるんだ。……それで、そっちの状況はどうなってる!?』

 

 ホログラムで投影されたロマンの顔は、いつものダメ大人っぷりが嘘のように引き締まっていた。

 

「状況も何も、めっちゃ燃えてるッスよ。こちら初期村、敵のレベル設定おかしいッス! さっきもベルセルクみたいな骸骨に追い回されたし。どうなってんのこれ、完全に『領域展開』された結界内じゃん!」

『領域……? いや、ある意味間違ってないかもしれない。そこは2004年の日本の地方都市……冬木市だ。本来なら、人知れず魔術師たちが七騎の英霊を召喚して殺し合う『聖杯戦争』という儀式が行われていた場所なんだけど……』

「聖杯戦争。なるほど、選ばれし7人のプレイヤーによるバトルロイヤル!ドン勝ゲームですね」

『ええと……うん、まあ大体合ってる。でも、観測結果がおかしいんだ。街全体が炎に包まれ、本来いるはずの人間が一人もいない。聖杯戦争のシステムが暴走して、特異点として歴史から孤立してしまっているんだ』

 

 ロマンの深刻な解説を聞きながら、俺はアゴに手を当てて深く頷いた。

 

「つまり、聖杯戦争っていうバトルロイヤルゲームのサーバーが致命的なバグを起こして、全NPCが消滅した上で『炎上マップ』で固定されちゃってるってわけだ。で、そのバグをデバッグしないと、俺たち元の世界にログアウトできないってことね?」

『……君のその例え話、なんだかすごく状況を的確に言語化してくれてる気がするよ。……その通りだ。この特異点Fの原因を探り、破壊してくれ。君たち二人だけが頼りなんだ』

「任せてくださいよ! こっちには最強の盾がいるんだからな!」

 

 

 俺が親指を立てて笑いかけた時。

 

「――きゃあああああああっ!!」

 

 遠く、炎上する交差点の方角から、夜空を切り裂くような甲高い女性の悲鳴が聞こえた。

 

 俺とマシュは同時にハッと顔を上げる。

 

「(このヒステリックな高音……! 間違いない、さっき俺のフラグをへし折った、あのツンデレお嬢様の声だ!)」

「先輩、今の声は……!」

「マシュちゃん、行くぞ! ツンデレヒロインがテンプレ通りにピンチになってる! ここで助ければ好感度爆上がり!チョロイン化間違いなしのビッグチャンスだ!!」

「チ、チョロ……? 先輩、待ってください、危険です!」

 

 俺はロマンとの通信を開いたまま、悲鳴の上がった方向へと弾かれたように駆け出した。

 

 恐怖? もちろんある。脚はまだ震えている。だが、俺の脳が「ここで助けに行かない主人公(モブ)は一生後悔するぞ」と激しくアラートを鳴らしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあああああっ!! 誰か、誰か来なさい!! 私はオルガマリー・アニムスフィアよ!! こんなところで、こんな骸骨なんかに……ッ!」

 

 炎と黒煙が渦巻く交差点の中心で、銀髪の少女――オルガマリー所長が、腰を抜かした状態で地面にへたり込んでいた。

 

 彼女をぐるりと半円状に包囲しているのは、錆びた剣を掲げた五体の骸骨剣士。

 完全に『RPGの中盤で調子に乗って単独行動したお嬢様キャラが、雑魚に囲まれて絶体絶命になるイベント』の構図である。

 

「(うおっ! マジでテンプレ通りのピンチじゃん! ここで助ければツンデレヒロインの好感度メーターがカンストする確定演出!!)」

 

 俺は、足の震えを無理やり気合いでねじ伏せながら、瓦礫の陰から交差点へと飛び出した。

 

「待たせたな所長!! 村人A、只今駆けつけましたァ!! マシュちゃん、メイン盾の出番だ!! あのカルシウム野郎どもを粉砕(ブレイク)してやってくれ!!」

「はい、マスター!!」

 

 

 ドガァァァンッ!! という重低音。

 

 まるでボウリングのピンのように、スケルトンたちがシールドバッシュを食らって宙を舞い、空中でガラガラと骨の破片へと還元されていく。

 

「なっ……マ、マシュ!? あなた、その姿……それにその信じられない身体能力は一体……!?」

「ギリギリでの救出劇! これでルート分岐のフラグ回収は完璧ッスね、所長! いやー、ヒロインのピンチに駆けつけるモブとか、我ながら熱い展開すぎて胸のエンジンが火を吹きそうッスわ!」

 

 俺がヘラヘラと、しかし心底ホッとした笑顔で手を差し伸べると、オルガマリーは目を丸くした後、顔を真っ赤にして俺の手をパーン! と払いのけた。

 

「だ、誰がヒロインよ!! アンタみたいな一般人に助けられるなんて、アニムスフィア家の恥だわ!! 第一、なんでアンタが生き残ってるのよ!!」

「いやー、俺も『ここで死んだらセーブデータ飛ぶな』って必死に逃げ回ってたら、マシュちゃんがクラスチェンジして助けてくれたんスよ。まさに事実はラノベより奇なり、ですね!」

「会話が! 1ミリも! 噛み合わない!! ロマニ!! ロマニ・アーキマン!! 通信繋がってるんでしょ!? 今すぐこのふざけた男をどうにかしなさい!!」

 

 オルガマリーが虚空に向かってヒステリックに怒鳴り散らすと、俺の腕の通信端末から、Dr.ロマンのすこし疲れたような声が響いた。

 

『や、やあ所長。無事で何よりだよ。でも今は洞夜くんの言う通り、彼らしか動ける人間がいないんだ。Aチームのマスターたちは全員、コフィンの中で凍結保存(コールドスリープ)するしかなかったからね』

「……なっ。じゃあ、今この特異点Fで動けるマスターは……本当にこの、能天気な素人だけだって言うの!?」

『そういうことになる。……洞夜くん。マシュのその盾は、カルデアの召喚システムとリンクしているんだ。今からそっちに、サーヴァントを召喚するための触媒……『聖晶石』のデータを転送する。君の魔力パスを繋いで、英霊を召喚して戦力を増強するんだ』

 

 ロマンの言葉を聞いた瞬間。

 

 俺の脳内で、とてつもないドーパミンが爆発した。

 

「(召喚……石を消費して……新たなキャラクターを呼ぶ……!?)」

 

 俺は、通信端末に向かって、ギリッと音が鳴るほど顔を近づけた。

 

「……ロマン先生。それってつまり、この命がけのデスゲームの最中に、『ガチャ』が引けるってことッスか……?」

『ガッ、ガチャ!? い、いや、英霊召喚という神聖な魔術儀式であって、決してそういう俗物的なシステムじゃ……』

「ガチャだああああああ!! うおおおおお!! テンション上がってきたああああ!! 無料配布石での単発ガチャ!! 運営からの詫び石配布キタコレェェェェェ!!」

「なんなのコイツ!? 狂ってるの!? ねえ、恐怖で脳の処理が焼き切れたの!?」

 

 ドン引きして後ずさるオルガマリーをよそに、俺の手元でキラキラと輝く虹色の石――『聖晶石』が3つ、ホログラムのように実体化した。

 

 

 おお……美しい……! これが……!

 

 俺は神を崇めるように石を天に掲げ、炎上する交差点のど真ん中で、謎のステップ(ネットで噂される『ガチャ運が上がる深夜の舞』)を踏み始めた。

 

「マスター、落ち着いてください。敵の増援が来る前に、召喚陣の展開を――」

「マシュちゃん、盾置いて! すぐに置くんだ! ガチャは乱数調整(タイミング)が全てなんだよ! ここで引かなきゃ俺のオタクとしての魂が腐る!!」

『いいかい洞夜くん、石を盾の前に置いて、僕が今から送る詠唱の呪文を――』

「チュートリアル長い!! スキップボタン連打だァァァァッ!!」

 

 俺はロマンの説明をガン無視し、気合いの咆哮と共に、虹色の聖晶石をマシュの盾に向かって野球のピッチャーばりの全力投球でぶん投げた。

 

 

 キンッ!!

 

 石が盾にぶつかり、砕け散る。

 

 その瞬間、盾を中心に眩いばかりの魔法陣が展開し、冬木の赤黒い空を突き抜けるような、圧倒的な閃光が吹き上がった。

 

「うおおおお!! 確定演出こい!! 黄金回転こい!! 最強の剣士でも、ロリっ娘魔術師でもいいぞ!! さあ来い、俺のSSRァァァァ!!」

 

 俺は両手を広げ、光の中から現れる『伝説の英霊』の姿を今か今かと待ちわびた。

 

 マシュも盾を構え直し、オルガマリーも息を呑んで光の収束を見つめる。

 

 やがて、光が晴れ――召喚陣のど真ん中に、ソレは鎮座していた。

 

 

 …………。

 

 …………。

 

 白い、陶器のお皿。

 

 その上に盛られた、真っ赤な豆腐と挽肉。

 

 湯気と共に、山椒と唐辛子の暴力的な匂いが周囲に漂う。

 

「……えっ?」

 

「…………は?」

 

「……麻婆豆腐、ですね。しかも激辛の」

 

 

 沈黙。

 

 燃え盛る冬木市に、ただ麻婆豆腐の熱々の湯気だけがシュウシュウと立ち上っている。

 

「ちょっとおおおおお!? なんで英霊じゃなくて中華料理が召喚されてるのよォォォォ!!」

 

 オルガマリーの鼓膜を破るようなツッコミが炸裂した。

 

『ああっ、ごめん! サーヴァントじゃなくて、概念礼装の方が排出されちゃったみたいだ! 運が悪かったね!』

「バグだろ!! こんなシリアスな命のやり取りしてる最中に、ガチャのすり抜けで麻婆豆腐が出るクソゲーがあるかァァァァッ!! ふざけんなァァァァ!!」

 

 俺は頭を抱え、アスファルトに膝から崩れ落ちた。

 

 だが、待てよ。ここは現実(リアル)だ。俺のサイドエフェクトが、恐ろしい推論を導き出した。

 

「(……いや、これはただの麻婆豆腐じゃない。こんな特異点のど真ん中で呼び出されたんだ……間違いない。これは『呪物』だ!)」

 

 俺はスッ、と立ち上がり、危険な香りを放つ真紅の麻婆豆腐に歩み寄った。

 

「先輩!? ダメです、得体の知れない物質に触れては!」

「俺にはわかるんだマシュちゃん……こいつから、とんでもない『呪力』の気配を感じる……。これは特級呪物だ! 誰かがこいつを喰らって、力を取り込まなくちゃいけないんだ!!」

「意味がわからないわよ! 早く捨てなさいそんなモノ!!」

 

 所長の制止も聞かず、俺は備え付けられていたレンゲを手に取り、麻婆豆腐を山盛りにすくって、一気に口の中に放り込んだ。

 

 

 ――瞬間。

 

「…………ッッッッッ!!?!?!?!」

 

 全身の毛穴が爆発した。

 

 辛い、とかそういう次元ではない。舌の上で小型爆弾が起爆し、食道にマグマを流し込まれたような、圧倒的な【痛覚】。

 

「が、はっ……!? れ、霊圧が……消え……た……」

 

 俺は白目を剥き、首をガクンと折って、そのままアスファルトの上に大の字になってぶっ倒れた。

 

「せ、先輩ェェェェェェェェェェェェェッ!?」

「バカなの!? この男、本物のバカなの!? なんで食べたのよォォォォッ!!」

 

 薄れゆく意識の中、マシュの悲痛な叫びと、オルガマリーのキレ散らかす声が遠ざかっていく。

 

 ああ……走馬灯が見える。三途の川の向こうで、ガチャで爆死した歴代の英霊たちが俺に手を振っている……。さらば、俺の異世界生活……。

 

 

 ――こうして。

 

 カルデアに選ばれた最後のマスター・無月洞夜の旅は、冬木の炎に包まれることも、強大な敵の刃に倒れることもなく、一口の『激辛麻婆豆腐』によって、あっけなく終わりを告げたのである。

 

 (終)

 

 

 

 

              

 

 

 

 

 

「――っはァァァァァァ!!? 辛ッ!? 痛ッ!! 水! 水くれ!!」

 

 ガバァッ! と、俺は上半身を跳ね起こした。

 

 口の周りを血のように赤く染め(ラー油である)、ゼェゼェと肩で息をする。

 

「先輩! よかったです、心停止から見事に蘇生しました!」

「よかったじゃないわよ! 数分間とはいえ、人類最後のマスターが麻婆豆腐で死にかけてたのよ!? 私、本気で人類の未来に絶望しかけたわ!!」

 

 マシュが安堵の息を吐き、オルガマリーが頭を抱えてしゃがみ込んでいる。

 

 俺は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭いながら、空に向かって中指を立てた。

 

「ふざけんな運営! クソガチャにも程があるだろ!! ロマン先生! 残りの石! 俺のインベントリにまだ石の残骸、端数残ってるだろ! リベンジだ! もう単発一回いけるはずだ!!」

『ええっ!? ま、まだ引くの!? 君、死にかけたばかりなのに……オタクの執念って怖い……わかった、もう一回だけ魔力パスを繋ぐよ!』

 

 俺の異常な執念(ガチャ欲)に押され、ロマンが再びシステムのロックを解除する。

 

 俺の手元に、再び三つの聖晶石が輝いた。

 

「(今度こそ……! 確定演出、虹回転、神引き……! 頼む、俺の右手に宿る全ての乱数をここに収束させる!!)」

 

 俺は麻婆豆腐の辛さでバグったテンションのまま、石をマシュの盾に叩きつけた。

 

「来いィィィィィィ!! 俺の嫁ェェェェェェェ!!」

 

 再び、圧倒的な光が吹き上がる。

 

 今度は違う。光の中に、輝く粒子が混じっている。

 

 虹色だ。虹色の回転演出が入っている!!

 

 光が収束し、召喚陣の中から、フワリと軽い足音と共に『一人の少女』が舞い降りた。

 

 フリルをふんだんに使ったゴシック調のドレス。日傘。そして、見る者を幻惑させるような、狂気を孕んだ万華鏡のような瞳。

 

「ハァーーイ! 呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! 華麗に顕現したよぉ☆」

 

 きゃははっ! と、周囲の炎上する特異点の空気など完全に無視した、あまりにも無邪気で、狂気的な笑い声。

 

「……うおおおおおっ!! 来たァァァァァァ!! 星5確定演出からの、ヤバい系のロリっ娘キャスター!! 最高かよ!!」

 

 ガチャで爆死からの奇跡の生還、そして引き当てた最凶のトリックスター。

 

 俺――無月洞夜の特異点F攻略は、もはや誰も予測不可能な混沌(カオス)の領域へと突入しようとしていた。

 

 

 

 

 

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