わたしを離して   作:サマセット

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第三話

 月曜日になると、私は毎朝、ブリジェンドの自宅から、ペンコイドにある工場まで車を走らせます。工場の手前にあるインターチェンジ周辺は、出発が少しでも遅れると、通勤の車で混み合います。そのため、朝はいつも少し早めに家を出るようにしていました。

 

 幸い、敷地内の社員食堂は早くから開いていて、始業までの時間を潰すのにちょうどよい場所でした。私はそこでコーヒーを飲んだり、うつらうつらしながら本のページをめくったりして過ごします。同じように早く来て過ごす従業員は、まばらながら何人かいました。雑談をしている人もいれば、一人で過ごす人もいます。早く来るのは、大抵、一人でいることを好む人たちのように思えました。

 

 壁のデジタル時計が午前八時を指すと、私たちは一斉にカップを片付け、静かに立ち上がります。誰からともなく列のようになり、等間隔を保ったまま、生産エリアへと向かいます。この時間になると、さすがに誰も雑談をしません。

 

 生産エリアに足を踏み入れると、蛍光灯の白い光と、フラックスの焦げたような匂いが出迎えます。天井の換気扇は、低く途切れることなく唸っていて、じきに気にならなくなる音でした。各自の作業台には、静電気防止用のリストバンドが備え付けられていて、まず手首にそれを通すところから、一日が始まります。

 

 生産管理のチーフの「グッドモーニング、エブリワン」という明るい声で、朝礼が始まります。そのあとで、その週の生産計画が伝えられます。何を、何台、組み立てなければならないか。途中で変更が入ることも、ないわけではありません。ただ、そういう事態は滅多にありませんでした。変更があるときは、決まって、生産技術の主任か、開発部のエンジニアが、工場の中を走ってやってきます。息を切らしながら、申し訳なさそうに、変更を告げるのです。

 

 基本的に、月曜日に決まったことは、金曜日まで変わりません。間に合わなければ大変なことになる、とはよく言われますが、実際に間に合わなかった人を、私は知りません。チーフは、水曜日と木曜日に、それぞれ一度ずつ作業台を回り、進捗を確認していきます。早く終わった人は、まだ終わっていない人を手伝います。そうでなければ、それぞれが黙々と手を動かし、金曜日の退勤までに終わらせる。それだけのことで、たいていは何も起きませんでした。

 

 仕事に取り掛かるときは、まず基板のシルク印刷を確認します。本来は作業手順書を見ることになっているのですが、シルク印刷を見ながらのほうが、部品の配置は圧倒的に把握しやすいのです。部品の形と、取り付ける向きが、白い線と記号で示されています。コンデンサやダイオードには極性があるものが多く、シルクの帯と部品自体の帯を見比べて、向きを間違えないようにします。ここを間違えると、後になって全部剥がして付け直す羽目になります。

 

 必要な部品は、倉庫から自分で取りに行きます。この作業だけは、慣れるまでにずいぶん時間がかかりました。倉庫は広く、似たような部品が数え切れないほど並んでいて、型番の刻印は小さすぎて、目を凝らしても読み取れないことが多いのです。手順書をめくりながら型番を照合するよりは、実際に基板の穴やパターンに合わせてみたほうが早い、とチーフに教わり、それ以来、私たちはそのやり方に従っています。

 

 リード線のある部品は、基板に開けられた穴に脚を差し込みます。裏側からコテを当て、半田を流し込み、脚を固定します。コテ先が触れるたび、松脂の混じった煙がひとすじ立ちのぼり、すぐに消えていきます。半田が固まったのを見計らって、ニッパーで余分な脚を切り落とします。切り口は、基板の面と揃うくらいに、できるだけ短く揃えるのが望ましいとされていました。

 

 脚のない、表面実装の抵抗を扱う日もありました。指先よりもずっと小さなその部品を、ピンセットでつまみ、パターンとパターンの間に、無理やり押し込むようにして載せます。片側を軽く仮止めしてから、反対側を本付けする。指先が汗ばんでいると、うまくつまめないことがありました。そういうときは、チーフを呼べば、私たちよりもはるかに正確で、丁寧に、素早くやってくれます。けれど、彼に頼るのは最後の手段だという暗黙の了解が、私たちの間にはありました。

 

 基板によっては、パッドとパッドを細いジャンパー線で繋ぐ工程が加わることもありました。生産が始まった後で、設計に修正が入ることがあるのです。基板によって、つける部品の中身はまるで違いました。コンデンサ、リード抵抗、ヒートシンク、ダイオード。呪文のような名前の部品を、手順書通りに次々と取り付けていかなければならない基板もあれば、LEDを二つ載せるだけで終わってしまう基板もありました。

 

 半田付けが終わると、拡大鏡のついた検査用の顕微鏡で、接合部をひとつひとつ確認します。半田の表面に艶があるか、それとも曇っているか。曇っているものは、たいてい熱の入れ方が足りていない証拠で、そういう箇所はコテでもう一度炙り直します。

 

 最後に、検査治具に基板を差し込み、通電させます。ランプがすべて点灯すれば、その基板の仕事は終わりです。それらをパレットの上に重ねておくと、翌日の出勤時にはもうなくなっています。自分が仕上げた基板が、そのあとどこで何になるのか、私は知りません。次の工程に、静かに引き渡されていくだけです。

 

 叔父なら、きっとこう言ったでしょう。誰にでもできる、くだらない仕事だ、と。

 

 私も、そう思わないわけではありません。本当は、こんなことは杖を一振りすれば済むはずのことです。半田も、ニッパーも、拡大鏡も、いちいち手を動かす必要は、どこにもありません。それでも、私はこうして手を動かしています。理由を挙げるとすれば、単純に、性に合っているからだと思います。一枚の基板を仕上げるたびに、ちょっとした達成感がないわけでもありませんでした。今の暮らしを、不幸だとは思っていません。

 

 シフトは日勤だけでした。働き始めて最初の週に、中古車を一台買いました。週末には、気の向くままにドライブに出かけられるくらいの自由が、そこにはありました。以前住んでいたロンドン近郊にはなかった穏やかさと、かつて過ごしたスコットランドにはなかった暖かさが、ここにはありました。

 

 けれど、車を走らせる自由と、仕事そのものへの愛着とは、また別の話です。この仕事を、心から愛しているとまでは、私には言えません。

 

 生産技術の部署にいる男性スタッフや、時々顔を出す開発部の人たちは、何かを尋ねると、決まって嬉しそうに話し始めます。この基板には新型のチップが載っているのだとか、それが前のモデルより、どれだけ処理が速くなっているのだとか。最初の頃は、私も熱心に耳を傾けていました。けれど、やがて聞くのをやめました。彼らの見ている世界を、私は理解できませんし、同じだけの情熱を持てる気もしなかったからです。

 

 似たような感覚を覚えたことが、以前にもありました。学生の頃、クィディッチに夢中になる男子生徒たちを見ていたときです。どこのクラブチームが強いか。どの箒がどんな性能を持っているか。彼らは、そういうことを、嬉しそうに語り合っていました。女子生徒の目には、それは、いくらか滑稽なものに映ることもありましたし、同時に、少しばかり羨ましくも見えました。あれほど単純に、何かに夢中になれるということが。

 

 そんな女子生徒たちの中でも、ラベンダーは少し違っていました。彼女が見ていたのは、クィディッチそのものというより、クィディッチに夢中になっている男子たちの方でした。むしろ、そちらの方に、よほど熱心でした。

 

 ラベンダー・ブラウン。

 

 彼女のことは、いずれ、きちんと話さなければならないと思います。箒の話をしていると、どうしても思い出すのです。今は、私自身が初めて箒に乗った日のことを、先に話しておこうと思います。

 

 あれは、一年生の飛行の授業でのことでした。ちょっとした諍いで、ネビルの思い出し玉が、意地悪な男子生徒によって木の上に置かれてしまいました。今思えば、子供のじゃれあいのような喧嘩でしたが、その時はクラス中の一大事のように思えたのだから不思議です。ネビルはただ、地上から情けない声でそれを見上げているだけでした。

 

 私は箒に乗り、その木の高さまで上がりました。正義感というよりは、口実を設けて箒に乗りたいという気持ちのほうが、大きかったのだと思います。それほどに、箒は私の手になじみ、まるで履き慣れた靴のように、自然と体が動きました。

 

 枝の間から手を伸ばし、思い出し玉を摘み取ったところまではよかったのですが、握り方が甘かったのか、取り落としてしまいました。落ちていく思い出し玉を、私は必死で追いかけました。先ほどまでなら、落ちたところで私のせいではなかったはずです。それが、無駄に出しゃばったせいで、私が壊したということになってしまいます。

 

 地面すれすれのところで、指の先に、ガラス玉の丸い感触が触れました。とっさに柄を引き起こし、箒を地面と水平にして、そのまま滑り込むように着地しました。

 

 空を飛んでいた高揚感と、落下の興奮とが、まだ冷めやらずにいました。ふと顔を上げると、マクゴナガル先生が、真っ赤な顔をして中庭の芝生を突っ切ってくるのが見えました。周りの生徒たちが、さっと道を開けました。

 

 先生は何も言わず、私の腕をつかむと、そのまま人垣の外へ連れ出しました。ひどく叱られるのだろう、と思いました。実際には、そうはなりませんでした。連れて行かれた先で、私はクィディッチチームの練習用の箒を渡されました。この百年で最年少のシーカーだ、と誰かが言うのを、後になって聞きました。

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