青空を貫くように、赤黒い炎と黒煙が立ち上っていた。
そこは街外れの高台にひっそりと佇む、白亜のチャペル。本来であれば、これから新しい人生を踏み出す新郎新婦が愛を誓い、人々の祝福と笑顔に包まれるはずの神聖な場所である。
だが今、その場所は地獄の如き灼熱の渦と化していた。
「ハーッハッハッハ! 見ろよ、この素晴らしい光景を! 人生で最高の瞬間を迎えるはずだった場所が、俺の炎で一瞬にして黒焦げの灰になる! 幸せが不幸へと叩き落とされる瞬間の絶望の顔……たまんねぇなぁ! たまんねぇよ!!」
狂気を含んだ高笑いを上げる男の名は、バーニンガー。
己の体から発する高温の炎を操るヴィランであり、何よりタチの悪いことに、明確な政治的思想も野心もない純粋な「愉快犯」だった。結婚式場や記念公園、誕生会が催されるレストランばかりを狙い、人々の「人生最高の幸せ」を焼き尽くすことに異常な快楽を覚える狂人。
「ちっ……! 相変わらず胸糞悪い思想してやがるぜ、あの野郎……!」
チャペルの敷地外で、翼を広げた男が空中で舌打ちを漏らした。元・No.2プロヒーロー、ホークスである。
彼の周囲には、舞い散る羽が何本も滞空し、逃げ遅れた一般人の救助と、燃え盛る炎の抑え込みに奔走していた。
「おいおい、人の大切な思い出の場所を荒らすんじゃないよ! ガキの理屈で暴れてんじゃないよこのスカポンタン!」
爆風と共に突っ込んだのは、ラビットヒーロー・ミルコだ。
卓越した脚力から繰り出される強烈な蹴り――『蹴り月(ルナ・リング)』がバーニンガーの顔面を捉えようと迫る。しかし、バーニンガーの全身から爆発的に噴き出した高熱の炎の壁が、ミルコの接近を阻む。
「ぐっ……熱気だけで皮膚が焼け焦げそうだね……!」
「ミルコ、下がりなさい! 私がまとめて踏み潰してあげるから!」
巨大化したマウントレディが、その巨体を生かして上空から拳を振り下ろす。だが、バーニンガーは地面を焼き払いながら滑るように回避し、さらに炎の勢いを増させてチャペル全体を包み込んでいく。
「無駄だ無駄だ! 俺の『個性の炎』はただ熱いだけじゃない! 最高の瞬間を消し炭にするための熱量なんだよ! お前たちが俺を捕まえようと必死になればなるほど、このチャペルはどんどん灰になっていく! ヒーロー様たちが到着した頃には、新郎新婦の思い出もろとも完全な消し炭だ! ギャハハハハ!」
炎の障壁に守られながら高笑いを続けるバーニンガー。
ホークスは眉をひそめ、翼の羽を鋭い刃のように構えながら焦りを募らせていた。
(クソッ、炎の勢いが強すぎて踏み込めねぇ……! 建物の中には誰もいないのが救いだが、このままだと本当に式場全体が骨組みだけに……)
ミルコも着地し、爪を噛むように歯噛みする。
「チッ、あいつ完全に味をしめてやがる……! 最高の瞬間が消し炭になるのがたまらないだあ? くだらねぇ真似してんじゃねぇぞ……!」
バーニンガーは自らの勝利を確信したように両手を広げ、炎の渦をさらに大きく巻き上げようとした。
「さあ! 最高の絶望を味わえヒーロー共! 俺の炎で、すべてを――」
――その時だった。
空間を切り裂くような、聞いたこともない暴風の音。
そして、地の底から響くような地鳴り。
「――うるさいぞ、羽虫め」
「え?」
バーニンガーが間抜けな声を漏らした瞬間、彼の視界から世界の上下が消失した。
**「ガハッ……!?」**
何が起きたのか、誰にも理解できなかった。
空から降り立ったのは、圧倒的な神威を纏った巨大な銀色の獣――伝説の魔獣、フェンリルのフェルだった。
フェルはただ、鬱陶しそうに巨大な前脚を振り下ろし、バーニンガーの足元を「ひと噛み」するように空間ごと踏みちぎったのだ。
ズシンッ、という衝撃音と共に、地面に巨大なクレーターが穿たれる。
次の瞬間、バーニンガーの口から血と叫びが噴き出した。
「アッ、ガアアアアアアアアアアアッ!? 俺の……俺の下半身が……動かない……っ!? 感覚が……ねぇえええええ!?」
フェルの容赦ない一撃――衝撃波と圧倒的な質量攻撃により、バーニンガーの腰から下の骨格と神経は木っ端微塵に粉砕されていた。下半身不随。一瞬にして戦頭不能に追い込まれた男は、激痛と恐怖で血の泡を吹きながら地面に転がった。
「な……なんだあの巨大な狼は……!? 個性か……!? いや、命気(オーラ)が桁違いすぎるでしょ……!?」
マウントレディが絶句し、巨大化した姿のままフリーズする。
ホークスも翼を凍りつかせ、言葉を失っていた。
しかし、驚きはそれだけでは終わらなかった。
「うわあああっ! フェル、急に跳び出さないでよ! って、うわっ、すごい火事じゃん! スイ、お願い、火を消して!」
情けない悲鳴を上げながら、狼の背中から転がり落ちるように降りてきたのは、どこにでもいそうなフツーの服を着た青年――ムコーダだった。
「わーい! おみずいっぱい出すのー!」
ムコーダの鞄から飛び出したのは、ぷにぷにした青いプルプルした物体――スライムのスイ。
スイが「ぷにー!」と可愛らしい声を上げた瞬間、その体内から大量の透明な水が、まるで巨大な消防車の放水どころではない規模の大濁流となって噴き出した。
**ザッパーーーーーーーンッ!!!!**
「ぶはっ!? 水……っ!? どこからこんな大量の水が!?」
ミルコが思わず頭を抱えて避難するほどの水量が、チャペルを包んでいた灼熱の炎を一瞬で鎮火していく。単なる水ではない。魔法によって生成された聖なる水は、バーニンガーの特殊な炎すら一瞬で消し去り、ジュウジュウと大量の白い蒸気を上げるだけに変えてしまった。
「よーし、オレも暴れ足りないからあいつにおしおきだー!」
さらに空を切り裂いて現れたのは、掌サイズの小さなドラゴン――ピクシードラゴンのドラちゃんだった。
ドラちゃんは小さく身を翻すと、下半身を潰されて這い回るバーニンガーに向かって前足を掲げた。
「喰らいな、雷撃魔法(サンダーボルト)!」
**バリバリバリバリバキィィィィィンッ!!!!**
「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!!????」
空から一直線に落とされた漆黒の雷撃が、バーニンガーの全身を貫いた。
ただでさえ下半身を破壊されて動けない男は、全身の筋肉を激しく痙攣させ、目と鼻から煙を吹きながら絶叫する。
「お、覚えてろ……俺の絶望は……こんなところじゃ……っ!」
「ヒィィィッ! ドラちゃん、もうやめてあげて! 死んじゃうから! 本当に死んじゃうから!!」
ムコーダが頭を抱えて叫ぶ中、バーニンガーは激痛と屈辱、そして己のプライドを完璧に打ち砕かれた絶望で慟哭していた。人生最高の瞬間を消し炭にするはずだった男が、自らの人生を完全に消し炭にされた瞬間だった。
「あ、あの……大丈夫ですか……?」
ムコーダは恐る恐る、唖然と立ち尽くすホークスやミルコ、マウントレディに向かって声をかけた。
「君……君たちは一体……? ヴィンテージの個性を持ち合わせたヒーロー……にしては、名簿にないな……」
ホークスが警戒と困惑の混ざった視線でムコーダを見つめる。
無理もない。突如現れた巨大な狼、喋るスライム、手のひらサイズのドラゴン、そしてその主人らしき情けない青年。どう見ても日本のプロヒーローの枠組みからはみ出しすぎている。
「えーっと、俺はムコーダと言いまして……その、ちょっと旅行中というか、迷い込んだというか……あはは……」
ムコーダが汗をかきながら苦笑いしていると、地べたに伏していたバーニンガーが、血走った目でムコーダたちを睨みつけた。
「許さねぇ……許さねぇぞ……! 俺の……俺の快楽を邪魔しやがって……! 最高の瞬間を焦がすはずだった俺が……こんな奴らに……!」
バーニンガーの体に、再び不吉な赤黒い光が宿り始めた。全身の血管が浮き上がり、体温が急激に上昇していく。
「おい、あいつ……自爆する気か!?」
ミルコが叫び、身構える。
「ハハハハハ! 巻き添えだ! お前らも、このチャペルも、全部俺の命と一緒に吹き飛べぇぇぇぇ!!」
バーニンガーの狂気が頂点に達し、その体が爆発的な熱量を放とうとした――まさにその時。
世界の時間が止まったかのような、絶対的な圧力が空間を支配した。
『――ふむ、実に鬱陶しい羽虫じゃな』
頭上から、いや、頭の中に直接響くような、朗々とした美しい、しかしどこか威厳に満ちた女性の声。
続いて、いくつもの声が重なり合って空から降り注ぐ。
『せっかくの美味しいものの匂いが、この焦げ臭いゴミのせいで台無しじゃないの!』
『まったくですわ! ムコーダさんのお菓子をいただく前の大事な時間ですのに!』
『おいおい、酒の肴が台無しになったらどうしてくれるんだ! ぶち殺すぞ!』
『あーあ、可哀想に。神罰を下しちゃってもいいんじゃないかしら~?』
ニンリル、キシャール、アグニ、ルカ、そしてヘパイトスやヴァハグンといった、異世界の神々の声――『神々の声(天啓)』が、この場にいる全員の脳内に直接響き渡ったのだ。
「な、なんだこの声……!? 頭の中に直接……!?」
ホークスが頭を押さえ、ミルコも眉をひそめる。
そして、神々の怒りの視線が集まったのは、自爆しようとしていたバーニンガーだった。
『不快なる者よ。我が愛しき信徒(および供物調達者)の邪魔をするな。――消えよ』
ヴァハグンとアグニの威圧が直接バーニンガーの精神を打ちのめした瞬間、彼の体を取り巻いていた炎が、まるで冷や水を浴びせられた火消しのように綺麗さっぱり鎮火した。
それどころか、バーニンガーの足元に黒い泥のような亀裂が走り、禍々しい紫の光が彼を包み込む。
「な……なに……!? 体が……吸い込まれる……!? 嘘だ……俺は……俺はただ……絶望を……ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
断末魔の捨て台詞を残し、バーニンガーの体は地面に開いた「冥界の穴」へと引きずり込まれ、二度と戻ってこない闇の底へと消え去った。
あとには、ぽっかりと空いた小さなクレーターと、静寂だけが残された。
「……消えた……?」
マウントレディが元の大きさに戻りながら、ぽかんと口を開ける。
「た、助かった……の……?」
「ふぅ……あいつら、相変わらず容赦ないなぁ……」
ムコーダは胸を撫でおろし、安堵の息をついた。
フェルは「ふん、雑魚が」と鼻を鳴らし、スイは「消えたのー! すごいのー!」とポンポン跳ねている。
幸いにして、迅速な鎮火と神々の介入により、怪我人などの**人的被害は一切出なかった**。
だが――残されたヒーローたちの顔色は、決して明るくはなかった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
ミルコの事務所。
日当たりの良い応接室で、ミルコはソファに深く腰掛け、天井を見上げながら文字通り「頭を抱えて」いた。
「どうすんだよこれ……マジでどうすんだよ……」
対面のソファには、ムコーダがちょこんと座り、フェルとスイ、ドラちゃんがその足元や肩でリラックスしている。お茶を出されたムコーダは、居心地悪そうに縮こまっていた。
「あの……すみません。うちの従魔たちが勝手に暴れちゃって……」
「あ? いや、お前らのせいじゃねぇよ」
ミルコがガシガシと頭を掻きながら言った。
「むしろ助かったんだよ。あいつの自爆食らってたら、あたしたちも無事じゃ済まなかったし、あの付近一帯が吹き飛んでた。感謝してる。……問題は、そこじゃねぇんだ……」
そう言って、ミルコはテーブルの上に置いてあるカレンダーを指差した。そこには、赤ペンで大きな花丸が描かれている。
「あと『3日後』なんだよ……」
「3日後……? 何がですか?」
ムコーダが尋ねると、ホークスが腕を組みながら静かに口を開いた。
「結婚式ですよ」
「結婚式……ああ、さっきのチャペルの?」
「ええ。実はね……あのチャペルで式を挙げる予定だったのは、特別な二人なんです」
ホークスは少し遠い目をして、話を続けた。
「2週間前に、この国……いや、世界中の誰もが知る偉大なヒーロー『オールマイト』が亡くなりました。老衰による、静かな最後でした」
「オールマイト……」
異世界から来たムコーダには馴染みのない名前だったが、その言葉に含まれる重みだけは十分に伝わってきた。
「オールマイトには、彼の意志と力を受け継いだ『継承者』がいたんです。名前は緑谷出久。かつて『デク』と呼ばれ、世界を救った最高のヒーローのひとりです。そして、その彼をずっと支え続け、今は個性カウンセラーとして多くの人々を救っている麗日お茶子さん。……この二人の結婚式が、3日後に控えられていたんです」
「えっ……! じゃあ、さっきの場所って……!」
「そう。まさにあの二人の挙式会場だったんだよ」
ミルコが吐き捨てるように言った。
「オールマイトが息を引き取って、悲しみに暮れていたみんなのために、そしてこれから新しい時代を作っていく二人のために、ヒーローの世代交代を象徴するおめでたいイベントにしようってさ……雄英高校のA組、B組の同期、プロヒーロー、当時の教師陣まで総出で準備を進めてたんだ。なのに……」
ミルコはテーブルを拳で叩いた。
「あのクソヴィランのせいで、式場は黒焦げ! 挙句に、式のために全国から集めて保管してあった最高級の食材や料理の仕込みまで、全部消し炭になっちまった!!」
「えぇぇぇぇっ!? 食材まで!?」
食にうるさいムコーダにとって、それはヴィランの悪行の中でも最高クラスに許しがたいことだった。
「どうすんだよ……3日後だぞ!? 今から新しい会場を手配して、数百人規模の披露宴の料理を準備するなんて、物理的に不可能なんだよ! 絶望させたがってたあいつの思い通りになっちまってるじゃねぇか……!」
ミルコが悔しそうに歯を噛みしめる。
その時、ホークスのスマートフォンが震えた。画面を見たホークスが耳に当てる。
「はい、ホークスです。……ああ、轟くん」
『ホークスさん、ミルコさんたちの状況は聞きました』
電話口から聞こえてきたのは、落ち着いた、しかし芯のある青年の声だった。轟焦凍である。
『会場と食材がダメになった件ですが、俺から提案があります。……雄英高校の敷地内を使えませんか? 校舎の講堂やグラウンドを使えば、広さは十分です。同窓会も兼ねて、俺たちA組・B組のみんなで会場の設営をやり直します。先生方にも許可は取りました』
「雄英の校舎か……! なるほど、あそこならセキュリティも完璧だし、あいつらの思い出の場所でもある!」
ミルコの目がパッと輝いた。
「それ採用だ! 轟、ナイス提案! ……でも待てよ、会場はどうにかなるとして、一番の問題は『料理』だぞ。数百人分の祝いの席の料理、どうするんだ?」
電話の向こうで轟が少し言葉に詰まる。
『……最悪、俺たちの氷と炎で冷やすか炙るかした簡易的な料理に……』
「それ結婚式のお祝い膳じゃなくてサバイバル飯だろ!!」
ミルコがツッコミを入れたその時――
ムコーダの脳内で、ピコンと小さな電子音が鳴った。
(……あ、そういえば……)
ムコーダは自分のスキル『ネットスーパー』の画面を、そっと脳内に呼び出した。
普段は日本の一般的なスーパーマーケットの品揃えを利用しているムコーダだが、実は前回のレベルアップの際、特別なアンケートキャンペーンと引き換えに、ある追加機能(テナント)を解放していたのだ。
それは――**『ネットスーパー・コストココーナー(大容量会員制倉庫型店)』**。
しかも、異世界での金策(魔物の素材販売)で金が唸るほどあったムコーダは、ノリと勢いで**「会費10年分」**を前払いして更新しまくっていたのである。
(コストココーナー……超大容量のお肉、ド迫力のサーモン、巨大なクラムチャウダー、大量のディナーロール、特大のケーキ……! あそこなら、数百人分のパーティ料理の材料が、一瞬で揃うんじゃ……?)
ムコーダはチラッと、頭を抱えるミルコとホークスを見た。
彼らは世界を守るために戦ってきたヒーローであり、今は大切な仲間の結婚式を成功させようと必死になっている。
そして何より、自分たちの旅を助けてくれた(?)この世界の住人たちだ。
「あの……」
ムコーダがおずおずと手を挙げた。
「あのさ、ミルコさん、ホークスさん」
「ん? なんだいムコーダ?」
「料理の件なんですけど……もしよかったら、俺に手伝わせてもらえませんか?」
「「え?」」
ミルコとホークスが同時にムコーダを見た。
「いや、お前……手伝うって言っても、数百人分だぞ? 街のレストランだって一撃でキャパオーバーする量だ。素人にどうこうできる量じゃ――」
「まあまあ、見てもらった方が早いかもしれません」
ムコーダは立ち上がると、空間に向かって手を差し伸ばした。
スキル『ネットスーパー』を起動し、コストココーナーの画面を開く。そして、アイテムボックスからあらかじめ買っておいた(あるいはその場で注文した)あるものを取り出した。
**ドスンッ!**
応接室のテーブルの上に、巨大な肉の塊――「プライムビーフ・肩ロース塊(約4キロ)」と、巨大な「プルコギビーフ(2キロ)」、さらに顔の大きさほどもある「ハイローラー(タコスロール)の超大容量パック」が突如として出現した。
「「「は!?」」」
ミルコ、ホークス、そしていつの間にか巨大化を解いて部屋に入ってきていたマウントレディの3人が、目玉を飛び出させんばかりに驚愕した。
「な、なんだそれ!? どこから出した!?」
「これが俺の……まあ、『個性』みたいなものです。『ネットスーパー』っていうんですけど、離れた場所から大量の食材をいくらでも取り寄せられるんです」
ムコーダは照れくさそうに頭を掻いた。
「実は俺、この『コストコ』っていう大容量スーパーの会員権を10年分払ってありまして……。肉でも、魚でも、パンでも、大皿料理の材料でも、数百人分くらいなら一瞬で揃えられます。料理だって、このフェルやスイ、ドラちゃんに毎日作ってますから、大分量を作るのには慣れてますし」
「ぬ? ムコーダ、宴か? 宴なのか!?」
フェルが耳をぴんと立てて身を起こした。
「わーい! ムコーダのごはん、いっぱい食べられるのー!?」
スイがテンション高くぽんぽん跳ね、ドラちゃんも「おっ、肉か!? 肉食えるのか!?」と空を飛び回る。
その光景を見つめていたミルコたちの顔色が変わった。
驚きから、困惑へ。そして――絶大なる**「希望」**へ。
「おいおいおい……マジかよ……」
ホークスが呆れたように、しかし口元を大きく緩ませて笑った。
「空間系倉庫個性+大量物資召喚……? そんな都合のいい個性がこの世にあってたまるかよ……」
「ムコーダ……お前……っ!」
ミルコがガタッと立ち上がり、ムコーダの両肩をがっしりと掴んだ。その力強さにムコーダは「ヒィッ」と悲鳴を上げる。
「お前、神様か!? いや、ヒーローか!? 助かった……助かったよおぉぉぉぉ!!」
「ミ、ミルコさん、痛い痛い! 肩が砕ける!」
「決まりだ!」
ミルコは電話に向かって叫んだ。
「おい轟! 料理の件は解決した! めちゃくちゃ凄腕で、無限に美味ぇ食材を出せる『凄腕の料理人』をスカウトしたぞ! 会場設営に集中しろ!!」
『……本当ですか!? わかりました、助かります!』
電話の向こうで轟の嬉しそうな声が聞こえる。
こうして、崩壊しかけた最高の結婚式は、異世界から来た一人の料理人と、その大食い従魔たちの手によって、劇的な挽回劇へと動き出したのだった。
「よーし! そうと決まれば時間がねぇ!」
ミルコが腕まくりをして叫んだ。
「ムコーダ! お前のその『コストコ』ってやつで、とにかく美味くて豪華で、みんなが腹いっぱい食えるメニューを考えろ! 費用はプロヒーロー協会と、あたしたちのポケットマネーから全額出す!」
「あ、費用は異世界の金で余ってるので大丈夫です……(むしろ金貨なら山ほどあるし)」
ムコーダは苦笑しつつも、自分の心の中に小さな火が点灯するのを感じていた。
最初は巻き込まれただけの異世界(この場合は元いた世界に似たヒーローの世界だが)のトラブル。
だが、誰かの幸せを壊そうとしたヴィランに立ち向かい、大切な仲間のために必死になるヒーローたちの姿を見て、自分の料理で彼らを笑顔にできるなら――それは決して悪い気分ではなかった。
「よし……! 3日後の挙式兼同窓会……頑張って最高の料理を作りますよ!」
「おう! 期待してるぜ、シェフ!」
ホークスが親指を立てて爽やかに笑う。
「ムコーダ! 肉だぞ! 牛肉と豚肉と鶏肉を、山のように焼くのだ!」
「スイも手伝うのー! あまいパン食べたいのー!」
「オレはあの大きなえびのやつがいいな!」
従魔たちも大張り切りで、すでに宴会モードに突入している。
こうして、緑谷出久と麗日お茶子の門出を祝うため。
消し炭にされた思い出を、最高の笑顔と満腹の幸福で塗り替えるため。
とんでもスキルを持つ男ムコーダと、最強の従魔たち、そして雄英高校のヒーローたちが織りなす、前代未聞のウエディング・クッキング・コメディが、今まさに始まろうとしていた――!
ミルコ事務所からの移動は、圧巻の一言だった。
ホークスが先導し、巨大化したマウントレディの肩にムコーダとスイ、ドラちゃんが乗り、そして地上を疾風の如く駆け抜けるフェル。周囲の市民からは「ヒーローと巨大獣のコラボか!?」と歓声とどよめきが上がっていたが、当のムコーダはフェルの毛並みにしがみつきながら「目が回るー!」と悲鳴を上げていた。
到着したのは、緑豊かな森と巨大な建造物が立ち並ぶ、ヒーロー界の最高峰――**雄英高校**の敷地内であった。
「うわぁ……ここがヒーローの学校……めちゃくちゃ広いな……」
ムコーダが息をのんで見上げていると、敷地の広場から数人の若者たちが駆け寄ってきた。
「ホークスさん! ミルコさん! それに……そちらが例の『凄腕の料理人』さんですか!?」
真っ先に声をかけてきたのは、赤と白の髪が特徴的な、凛々しくも落ち着いた雰囲気の青年――轟焦凍だった。その隣には、大きな瞳が可愛らしい蛙吹梅雨(梅雨ちゃん)、上品な雰囲気を纏った八百万百、そしてピンク色の肌とツノが特徴的な芦戸三奈が続いている。
「ええ、こちらがムコーダさん! 頼りになる助っ人よ!」
ミルコが胸を張って紹介すると、八百万が深々と頭を下げた。
「初めまして、ムコーダ様。話は伺っておりますわ。緑谷さんと麗日さんのために、急なお願いを引き受けてくださり、本当にありがとうございます」
「あ、いえいえ! 俺にできることなら……あ、こちらが従魔のフェルとスイとドラちゃんです」
「ケロ。大きな狼さんに、可愛いスライムちゃん……ドラゴンの赤ちゃんまで。不思議な組み合わせね」
梅雨ちゃんが指をアゴに当てながら微笑む。スイは「おねえちゃん、だれー? ぷにー!」と嬉しそうに梅雨ちゃんの足元にすり寄っていった。
「わあぁっ! なになにこの子! めっちゃフニフニしてて可愛い~っ!」
芦戸が目を輝かせてスイを抱きかかえようとすると、フェルが「む……調子に乗るなよ小娘」と小さく鼻を鳴らした。その圧倒的な神威に、轟の瞳が一瞬鋭く光る。
(この巨大な狼……ただ者じゃない。個性の領域を超えている……)
「さて、挨拶もそこそこに、現在の現場の状況を説明するわね!」
芦戸が腕を叩きながら、広場の中央を指差した。
広場では、雄英高校A組のメンバーたちが、まるで大規模な災害復旧作業かプロのイベント設営チームのような凄まじい手際で動き回っていた。
「砂藤くんは、メインのウェディングケーキと会場全体のデザートを担当してくれているの!」
芦戸が指差した先では、大柄で力持ちの砂藤力道が、特大のボウルと大量の生クリームを前に汗を流していた。
「おう! ケーキは俺の担当だ! 個性『シュガーラッシュ』で砂糖を補給しつつ、過去最高に巨大で美味ぇ三段仕込みのウェディングケーキを作ってやるぜ! ムコーダさん、料理のメインは任せたからな!」
「頼もしいなぁ……! デザートのプロがいるのは助かるよ!」
ムコーダが感心していると、今度は広場の外縁部で怪しい(?)動きをしている二人組が目に入った。
「会場のセキュリティと、念のための対ヴィラン用トラップは峯田くんと飯田くんに任せてありますわ」
八百万が説明する。
飯田天哉が「挙式進行の安全確保は委員長たる私の義務! 一歩たりとも不審者の侵入は許さん!」とロボットのような動きで周到な警備ルートを指示し、その足元で峯田実が「へへへ……もぎもぎのボールを外周に敷き詰めて、忍び込もうとするヴィランの足足を全部くっつけて固定してやるぜ! ついでに式に来る女子たちの脚を……ぶふっ!?」と悪だくみをしていたが、すぐさま飯田のチョップを喰らっていた。
さらに、ステージ予定地の方からは賑やかな音が響いてくる。
「演出と余興チームは、葉隠さん、口田くん、耳郎さん、常闇くんだよ!」
耳郎響香が音響機材の調整をし、常闇踏陰が「暗黒の宴(披露宴)に相応しい光と影の演出を……『黒陰(ダークシャドウ)』!」と影を舞わせ、葉隠透が自身の光の屈折個性で華やかなスポットライトを作り出し、口田甲司が小鳥たちを集めて祝福のファンファーレを練習していた。
「そして会場の全体的な飾り付けやアーチの設営は、尾白くん、障子くん、瀬呂くんです!」
瀬呂範太が腕から吐き出すテープで高所の装飾を固定し、障子目蔵の複製腕が何人分もの作業を同時にこなし、尾白猿夫がバランスを取りながら美しい花のアーチを組み上げていく。
「みんな……すごい手際だ……! 本当に全員で力を合わせているんだな……」
ムコーダが感動していると――
**「おい、何ボサッと突っ立ってんだテメェらはぁぁぁぁッ!!!!」**
爆音のような怒声が広場に響きわたった。
首をすくめるムコーダの視線の先にいたのは、両手からバチバチと火花を散らし、鋭い目つきで現場全体を睨みつける男――爆豪勝己だった。
「爆豪くん……! 現場指揮かい?」
「あぁ!? 当たり前だろ! デクと丸顔の面当てのクソ式が台無しになるところだったんだぞ! 現場警戒と指揮は俺が仕切る! 一秒でも遅れた奴は爆破すっぞ!! おいそこの手芸担当! アーチの角度が1度ズレてんだよやり直せぇ!!」
「ひぃぃっ! 相変わらず厳しい……!」
しかし、その口調とは裏腹に、爆豪の指示は極めて正確かつ迅速で、全員が全幅の信頼を寄せて動いているのが分かった。彼もまた、口には出さないが「親友(幼馴染)」の門出を何としても完璧に祝いたいのだ。
まさに、**雄英A組が誇る「最強の布陣」**がそこにあった。
「よし……! 俺たちも負けていられないな!」
ムコーダは腕をまくると、アイテムボックスからあらかじめ準備しておいた「とっておき」を取り出した。
「みなさん! 準備作業、本当にお疲れ様です! お腹が空いたでしょう、これ、よかったら食べてください!」
ドサッとテーブルの上に並べられたのは、ネットスーパーのコストココーナーで購入した、**「ハイローラー(B.L.T.タコスロール)」の特大パック**数箱と、**「プルコギベア」の焼きたて特大パン**、そしてキンキンに冷えた**「大容量カークランド・オレンジジュース」**である。
トルティーヤにたっぷりのベーコン、レタス、トマト、チーズがぎっしりと巻かれたハイローラーは、一口サイズでありながら圧倒的なボリュームと旨味を誇る。
「わあぁぁぁっ!? 何これ凄く美味しそう!」
芦戸が一番に飛びつき、ハイローラーを一口で頬張った。
「んんんんんん~~~っっっ!!?? なにこれぇぇぇ!? ベーコンの塩気とトマトのジューシーさが最高! チーズも濃くてめちゃくちゃ美味しいっ!!」
「ケロ! 本当に美味しいわ……! 手軽に食べられるから作業の合間にぴったりね」
梅雨ちゃんも目を輝かせて二個目に手を伸ばす。
「うむ! この『プルコギパン』とやらも絶品だ! 甘辛い牛肉とモチモチの生地が体にエネルギーを充填してくれる!」
飯田が眼鏡を光らせながら豪快にかぶりつき、作業の手を止めたA組のメンバーたちが一斉にテーブルに群がった。
「うおーっ! 美味ぇ! なんだこの肉の量は!?」
「ハイローラー、エンドレスで食べられるんだけど!?」
「ムコーダさん、マジで神シェフじゃん!!」
「ふははは! 美味い料理は暗黒の心をも癒やす……!」と常闇も満足そうに頷き、爆豪すらもハイローラーを口に放り込むと、「チッ……悪くねぇじゃねぇか……」と短く呟いて作業に戻っていった。
「わーい! みんな喜んでるのー!」
スイが嬉しそうにクルクルと回り、ドラちゃんも「だろ? ムコーダのごはんは世界一なんだぜ!」と誇らしげだ。
フェルは「む、私にも肉を出せ、ムコーダ」と催促し、巨大なステーキ肉を豪快に平らげていた。
ハイローラーの差し入れによって、連日の作業とヴィラン襲撃の不安で疲れていた現場の空気は一変し、熱気と活気は**「最高潮」**に達したのである!
### 第9章:迫る挙式と、忍び寄る影への予感(クライマックスへの引き)
差し入れで一息ついた後、ムコーダは八百万や轟とともに、仮設の調理スペースへと向かった。
そこには、ネットスーパーで買いそろえた数百人分の最高級食材――「プライムビーフ塊肉」、「特大サーモン半身」、「巨大エビ」、「大容量クラムチャウダー」などがズラリと並んでいる。
「これだけの食材を……本当に一瞬で手配されるなんて、八百万家の物流すら凌駕していますわ……」
八百万が感嘆の声を漏らす。
「よし……それじゃあ八百万さん、轟さん。披露宴のメインディッシュは、この巨大な牛肉を使った『特製ローストビーフの山』と、サーモンとエビの『豪華海鮮グリル』、そして全員で温まれる『具だくさんクラムチャウダー』で行きましょう!」
「応! 俺の炎で一気に焼き目をつけて、氷で絶妙な温度管理をすれば、ローストビーフの仕上がりも完璧になるはずだ!」
轟がやる気満々で右手に炎、左手に氷を揺らめかせる。
「私も、最高の調理器具と大皿をいくらでも生成いたしますわ!」
最高の食材、最高の調理人(ムコーダ)、そして最高のサポート(轟&八百万)。
3日後の挙式に向け、すべての準備が寸分の狂いもなく噛み合おうとしていた。
緑谷出久と麗日お茶子という、世界を救った二人のヒーローの新たな旅立ち。
オールマイトの遺志を受け継ぐ者たちの、希望に満ちた祝宴。
誰もが、成功を確信していた。
――しかし。
雄英高校を遥か見下ろす、暗雲立ち込める上空。
風を切り、不吉な黒い影が静かに蠢いていた。
『……バーニンガーの奴、呆気なく消えたと思えば……異世界の珍客どもか……』
冷酷な声が、風の音に混ざって低く響く。
『人生最高の幸福をぶち壊す……それこそが我ら「残党」の真の悲願。緑谷出久……オールマイトを失ったお前たちに、本当の絶望を教えてやる……。あの異世界の料理人どもろとも、祝宴を血の海に変えてやるわ……!』
迫りくる挙式当日まで、あと3日。
希望に満ちた雄英高校のグラウンドと、そこに忍び寄る「最大の危機」。
ムコーダのネットスーパーの力と、フェルたちの圧倒的な強さ、そして雄英ヒーローたちの絆は、この暗雲を吹き飛ばすことができるのか――!?
事態は、怒涛のクライマックスへと突き進む!
挙式を翌日に控えた夜。
月明かりすら届かない雄英高校の外郭森林地帯において、不穏な影が蠢いていた。
「ヒヒッ……バーニンガーのバカがしくじったおかげで、警備は手薄になっているはずだ……。緑谷出久と麗日お茶子の人生最高の瞬間……オールマイトを失ったあのガキどもに、どん底の絶望を叩き落としてやる……!」
姿を現したのは、かつて世界を震撼させた超常解放戦線の残党たちであった。彼らは全身に爆弾と特殊なヴィラン兵器を括り付け、結婚式の前夜祭とも言える準備の真っ最中に雄英校舎へ突入し、会場ごと爆破しようと企んでいたのだ。
「行くぞ……! オールマイトの遺志も、ヒーローの未来も、ここで全部——」
残党のリーダーが手に握った起爆スイッチに力を込めようとした、まさにその瞬間。
**『——鬱陶しいぞ、愚か者共』**
漆黒の夜空から、絶対的な神威を纏った「声」が降り注いだ。
それは地鳴りのようでもあり、鈴の音のようでもある、この世の者ならざる超常の響き。
『せっかくの美味しい宴の前夜だというのに……このようなハエどもが湧いては、ムコーダの作る最高のご馳走に不快な風が混ざるではないか』
『本当にお行儀の悪い子たちねぇ。せっかくのおめでたいお祝いの席を邪魔しようなんて、神様が許しませんわよ?』
『おい、さっさと片付けろ! 明日の鯛茶漬けと肉料理が待ちきれないんだ!』
異世界の神々——ニンリル、キシャール、アグニ、ルカたちの怒りの天啓が、残党たちの脳内をダイレクトに粉砕する。
「な、なんだ……!? 頭の中に……声が……神……だぁぁぁぁっ!?」
残党たちが恐怖に目を見開き、武器を落とした瞬間、彼らの足元に深い紫色の亀裂が走った。冥界の扉が開き、圧倒的な引力が残党たちを包み込む。
「う、嘘だ……俺たちの計画が……こんな……こんな誰も見ていない場所でぇぇぇぇぇっ!?」
断末魔の捨て台詞を残し、残党たちは誰にも気づかれることなく、一人残らず冥界の底へと引きずり込まれ、静寂が戻った。
——ただ、完全に「誰にも気づかれなかった」わけではなかった。
たまたま会場外周の対ヴィラン用もぎもぎトラップの最終チェックに訪れていた峯田実と飯田天哉が、木陰からその光景をバッチリ目撃していたのだ。
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!!?? な、なんだ今の……!? 空から神様の声が聞こえて、ヴィランが一瞬で地獄に落とされたぞ……!?」
峯田がガタガタと膝を震わせ、泡を吹きそうになる。
飯田もまた、整えた眼鏡をずり落ちさせながら、滝のような冷や汗を流していた。
「ム、ムコーダさん……あの人は一体何者なんだ……!? 高級食材を無制限に取り出すだけでなく、異世界の神々にまで愛され、護られているとでもいうのか……!? 恐ろしい……いや、凄まじすぎるお方だ……!!」
二人は恐怖と敬意で震え上がりながら、「ムコーダ様には一生頭が上がらない」と心に誓うのであった。
そして——ついに迎えた、挙式当日。
澄み渡る快晴のもと、雄英高校の大グラウンドに建設された特設会場は、万全のセキュリティと絢爛豪華な装飾に包まれていた。
会場の外には、全国から集まったテレビ局の中継車とマスコミ陣が押し寄せていた。
「はい! こちら現場の雄英高校前です! 2週間前のオールマイトの悲しい報せから一転、本日は平和の象徴を受け継いだ緑谷出久さんと、個性カウンセラーとして活躍する麗日お茶子さんの結婚式が行われます!」
「先日のヴィラン襲撃により会場崩壊が懸念されましたが、雄英高校A組・B組、そして謎の『凄腕特別シェフ』の協力により、奇跡的な復活を遂げました!」
カメラの向こうで日本中が注目する中、式場内にはプロヒーロー、教師陣、そしてA組・B組の面々が礼服に身を包んで勢揃いしていた。
主役である緑谷出久(デク)はタキシード姿で緊張に顔をこわばらせ、隣に立つ麗日お茶子は純白のウェディングドレスを纏い、花のように美しい笑顔を咲かせている。
「デクくん……なんだか夢みたいだね」
「うん……! オールマイトが亡くなって、みんな辛かったはずなのに……こうやってみんなが僕たちのために集まってくれて……本当に、感謝しかないよ」
二人が感涙を浮かべる中、壇上に登った相澤消太先生が静かにマイクを握った。
「……長々と堅苦しい挨拶は抜きだ。お前たちが乗り越えてきた苦難の数々を、俺は一番近くで見てきた。……おめでとう、緑谷、麗日。これからは二人で、新しい時代を支えていけ」
「「相澤先生……! ありがとうございます!!」」
温かい拍手が会場を包み込む中、ミルコが豪快に叫んだ。
「さあさあ! 涙のお祝いはここまでだ! ここからは腹いっぱい食って祝う時間だぞ! ムコーダ! 最高のご馳走をドカンと持ってきておくれ!!」
「はいはい! お待たせしました!」
コックコートに身を包んだムコーダが、八百万、轟、そしてエプロン姿のスイやドラちゃんを引き連れて登場すると、会場の熱気は一気に爆発した!
「本日のフルコースは、俺のスキル『ネットスーパー』のコストココーナーの食材をフルに活用し、この世界の皆さんの門出を祝うために作らせていただきました!」
ムコーダの宣言と共に、八百万が生成した煌びやかな銀の大皿に乗せられ、最初の一皿が運ばれてきた。
【前菜】
**ドラちゃんが燻したチリ産サーモンのスモークサーモンとブラータチーズのスモーク盛り合わせ〜シンプルに塩だけで〜**
コストコ名物の極上チリ産サーモンの丸々とした半身を、ドラちゃんがその微細な炎魔法とサクラのチップを使って絶妙な火加減で燻製にした一品。中心には、切ると中からとろりと濃厚なクリームが溢れ出すブラータチーズが鎮座している。
「ドラゴン特製のスモークだって!? いただきまーす!」
芦戸がサーモンとチーズを一緒に口へ放り込む。
「んんんんんん〜〜〜〜っっっ!!?? なにこれぇぇぇ!? サーモンの甘い脂と燻製の芳醇な香りが口いっぱいに広がって……チーズがとろけてコクが凄すぎる!!」
「ケロ! シンプルなお塩だけで、素材のウマ味が引き立っているわ!」
ドラちゃんが「へへん! オレの火加減は完璧だからな!」と胸を張る。
#### 【スープ】
**ニューヨーク風焼き鯖と夏野菜の冷や汁・八丁味噌仕立て**
続いて運ばれてきたのは、コストコで調達した脂の乗り切った大ぶりのノルウェー産(ニューヨーク流通)の塩鯖を香ばしく焼き上げ、八丁味噌と出汁、たっぷりの夏野菜(きゅうり、ミョウガ、大葉)で仕上げた冷や汁である。
「冷たいスープ……!? 焼き鯖が入っているのか!」
飯田がレンゲですくい、一口啜る。
「うおおおっ!! 八丁味噌の深いコクと香ばしい鯖の旨味が、冷たい出汁と共に喉を駆け抜ける! 夏野菜のシャキシャキ感が絶妙なアクセントになっていて、暑さを一瞬で吹き飛ばす一杯だ!」
「これ、いくらでも飲めちゃうやつだね……!」とお茶子も目を輝かせる。
#### 【魚料理】
**ノルウェー産アトランティックサーモンの海賊アクアパッツァ〜ナンプラーの異国情緒〜**
お次は、分厚くカットされたアトランティックサーモンと、大量のアサリ、トマト、オリーブを豪快に煮込んだアクアパッツァ。隠し味にナンプラー(魚醬)を効かせることで、エスニックで深みのあるアロマを演出している。
「アサリの出汁とサーモンの旨味がスープに溶け出してて美味ぇえええ!」
「ナンプラーの異国っぽい香りが癖になるわね!」
B組の鉄哲や拳藤たちも、バゲットをスープに浸しながら豪快に平らげていく。
#### 【サラダ】
**世代交代を祝うシーザーサラダ〜カリカリ鮭皮載せ〜**
新旧のヒーローのバトンタッチをイメージし、新鮮なロメインレタスに濃厚なシーザードレッシング、そしてアクアパッツァで余ったサーモンの皮を香ばしくカリカリに揚げたトッピングがどっさりと載せられた一品。
「皮がカリカリで香ばしい! ドレッシングの酸味と相性抜群だぞ!」
「野菜が無限に食べられる……!」
#### 【メインディッシュ】
**ブラックアンガスビーフハラミのテキサス風ドラゴンステーキ・八丁味噌仕立ての特製ソースを彩り夏野菜のグリルと**
そして、会場全体の空気が揺れるほどの芳醇な肉の香香と共に、メインディッシュが登場した。
コストコが誇る最高峰の「ブラックアンガスビーフ」の特大ハラミ肉塊を、轟の微細な炎で表面をパリッと焼き上げ、フェルが「ふむ、肉の焼き加減はこうだ」と圧力をかけて極上のレアに仕上げた、まさにドラゴン級のステーキ!
ソースは八丁味噌をベースに赤ワインとニンニクを効かせた特製ソースである。
「肉だぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
切島と爆豪が同時に肉を口に叩き込む。
「んがっ……!!?? か、柔らかぇええええええッ!! 噛んだ瞬間に肉汁がジュワッと溢れて、味噌ソースの濃厚な旨味が肉の味を極限まで引き立ててやがる!!」
「クソが……美味すぎて腹が立つレベルだぜ……!」と爆豪すらも目を血走らせて肉を貪る。
フェルも「ぬははは! やはりムコーダの肉料理は最高だな! おかわりだ!」と巨大な皿のステーキを瞬く間に平らげていた。
#### 【締めの一皿】
**去りゆく象徴に捧ぐあご出汁香る鯛茶漬け**
豪華な肉料理の興奮が冷めやらぬ中、運ばれてきたのは静かな気品を纏った一皿。
コストコの新鮮な真鯛の刺身に、香ばしく煎ったあご(トビウオ)出汁を注ぎ、三つ葉とワサビを添えたお茶漬けである。
デクはその温かいお茶漬けを一口、噛みしめるように味わった。
「あ……すごく、優しい味だ……」
口の中に広がる上品な真鯛の甘みと、あご出汁の深み。
それは、偉大な師であるオールマイトとの思い出、そしてこれから歩んでいく未来への温かい祝福のように、デクの心に染み渡っていった。
「オールマイト……僕、頑張るよ。みんなと一緒に、この平和を守っていくからね……」
デクの目からポロポロとこぼれ落ちる涙。お茶子が優しくその手を握りしめた。
料理がすべて振る舞われ、感動の余韻が漂う中、会場の中央に巨大なスポットライトが当たった。
「さあ! お待ちかねのデザートタイムだぜぇッ!」
砂藤力道が誇らしげに押し出してきたのは、全高2メートルを超える、圧巻の**「特製三段ウェディングケーキ」**!
そして、その横にはムコーダ監修のもと、砂藤が腕によりをかけて作った特別メニューが並べられた。
#### 【デザート兼ドリンク】
**砂藤特製ウェディングケーキとムコーダ監修・砂藤特製ハーフカットメロンクリームソーダ〜器のメロンも頂きます・プルスウルトラバージョン〜**
コストコの大ぶりな高級メロンを豪快に真っ二つにカットし、種をくりぬいた「メロンの器」に、緑色のシュワシュワなメロンソーダを注ぎ、上に巨大なバニラアイスとチェリーをトッピングした夢のような逸品!
「うわあぁぁぁぁっ! メロンが丸ごと器になってる!?」
「器のメロン果肉もスプーンですくって食べられるんだよ! まさに『プルスウルトラ(更に向こうへ)』なクリームソーダだ!」
子供のように目を輝かせるA組の面々。
デクとお茶子も一つのメロンクリームソーダに仲良くストローを差し、顔を見合わせて笑顔を弾けさせた。
「美味しいね、デクくん!」
「うん! 最高だよ、お茶子さん!」
その幸せ溢れる光景に、会場全体から割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。
——すると、その時。
式場の空中に、黄金色の眩い光の輪が出現した。
「な、なんだ!? またヴィランか!?」と爆豪が身構えるが、ムコーダが「あ、違います! 神様たちだ!」と制する。
光の中から、美しく神聖な二つのアミュレット(宝飾ペンダント)が滑り落ち、デクとお茶子の手に優しく収まった。
脳内に、ニンリルとキシャールの温かな声が響く。
『偉大な英雄の意志を継ぐ者よ、そしてその傍らを支えし者よ。汝らの絆に、我ら神々の祝福を授けよう』
『この「番(つがい)のアミュレット」は、二人の絆を絶対に引き裂かせず、どのような困難からも二人を守る聖なる守護石ですわ。……末永く、お幸せにね!』
「神様からの……祝福……!?」
デクとお茶子は手に握られた温かいアミュレットを見つめ、空に向かって深く深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……! 僕たち、絶対に幸せになります!!」
「「「うおおおおおおおっ!! デク! お茶子ちゃん! おめでとうーーーっっっ!!!」」」
プロヒーローも、教師陣も、A組・B組の仲間たちも、全員が弾けたような笑顔で二人を祝福する。
ミルコがムコーダの背中をバシバシと叩いた。
「ハッハッハ! おいムコーダ! お前のおかげで最高の式になったぜ! 感謝してもしきれねぇや!」
「痛たた……! いやあ、喜んでもらえて本当に良かったです!」
フェルは「む、肉も美味かったし、あのメロンという果実も悪くないな。満足だ」と機嫌よく鼻を鳴らし、スイは「楽しかったのー! お祝い楽しかったのー!」とデクたちの周りをポンポン跳ねていた。
消し炭にされかけた「最高の一日」は、異世界から来た一人の料理人とその従魔たち、そして最高のヒーローたちの絆によって、誰の記憶にも永遠に刻まれる「世界一幸せな祝宴」へと生まれ変わったのだった。
青空高く舞い上がる祝福の花吹雪の中、物語は最高にハッピーなフィナーレを迎える——!
熱気と幸福感に包まれた披露宴は、日が傾き始め、雄英高校のグラウンドが美しい茜色に染まる頃、大盛況のうちに幕を閉じた。
ゲストたちが名残惜しそうに談笑し、片付けを始める中、ムコーダはフェル、スイ、ドラちゃんとともに、グラウンドの端にあるベンチでホッと一息ついていた。
「ふぅ……なんとか無事に終わって良かったよ……」
ムコーダは汗を拭いながら、自分の手に残る調理の温もりを確かめるように息を吐いた。
最初はただヴィランの襲撃に巻き込まれただけだった。だが、気づけば数百人分のフルコースを仕込み、異世界の神々まで巻き込んでの大宴会となってしまった。しかし、デクやお茶子、そして雄英の生徒たちが魅せたあの弾けるような笑顔を見れば、苦労など一瞬で吹き飛んでしまう。
「む、ムコーダよ。宴はこれで終わりか? 我はまだあのハラミという肉を食い足りんぞ」
「フェル、あんなに食べたでしょ! もうお肉の在庫がスカスカだよ……また後でネットスーパーで買っておくからさ」
「えー! ボク、あのシュワシュワのメロンのやつ、もっと食べたかったなー!」
「ドラちゃん、あれ砂糖もすごいんだから食べ過ぎはダメ! スイはどうだった?」
「スイねー、おねえちゃんたちがいっぱいナデナデしてくれて、すっごく楽しかったのー! お肉もあまーいパンもおいしかったのー!」
スイがムコーダの足元でご機嫌にポンポンと跳ねる。
そんな微笑ましい一行のもとへ、ズシッ、ズシッ、と力強い足音が近づいてきた。
振り返ると、少し泥や炭の汚れたエプロンを外し、いつものワイルドなヒーロースーツ姿に戻ったラビットヒーロー・ミルコが立っていた。
「おい、ムコーダ」
ミルコは腕を組み、仁王立ちのままムコーダを見下ろす。その表情はいつになく真剣で、どこか照れくさそうでもあった。
「ミルコさん。片付け、手伝いましょうか?」
「バカ言え、料理人に片付けまでさせるわけねぇだろ。……それよりよ」
ミルコはフッと息を漏らすと、豪快な彼女にしては珍しく、静かにムコーダの前で深々と頭を下げた。
「……本当に、ありがとうな」
「えっ……!? ミ、ミルコさん!?」
頭を下げられたムコーダは慌てて手を振った。
「感謝してもしきれねぇのは、あたしたちの方だ。あのクソヴィランに会場も食材も焼き払われて、正直あたしも打つ手がなかった。緑谷と麗日の最高の瞬間が、あいつの望み通り絶望に変わっちまうところだったんだ」
ミルコは顔を上げ、茜色の空を見上げた。その瞳には、かつて幾多の修羅場を潜り抜けてきたヒーローの強い光が宿っていた。
「あいつらはさ……特に緑谷は、自分の体をボロボロにしてまでこの世界を守ってきたガキだ。あいつが命がけで繋いでくれた平和だからこそ、あたしたちは今こうして立っていられる。そんなあいつの人生で最高の晴れ舞台を、みすみす台無しになんてさせたくなかった。……お前が来てくれなきゃ、こんな素晴らしい式には絶対にならなかったよ」
ミルコはニッと八重歯を覗かせ、ムコーダの肩をパシッと力強く叩いた。
「お前はヒーローじゃないかもしれねぇが……今日のところは、文句なしにあの二人を救った『最高のヒーロー』だ! このミルコ様が保証してやるよ!」
「はは……ヒーローだなんて、そんな大層な人間じゃないですよ。俺はただ、美味しいものを食べてもらって、みんなに笑顔になってほしかっただけですから」
ムコーダは恥ずかしそうに苦笑いしたが、その心の中は温かい達成感で満たされていた。
「ふん、当然だ。ムコーダの作る料理が世界一なのは当たり前だからな」
フェルが誇らしげに胸を張り、ドラちゃんも「そうだぞ! 感謝するならもっとお肉をくれ!」と調子に乗る。
「おいおい、そっちの巨大なモフモフたちにも感謝してるぜ。おかげでヴィランの残党も一瞬で片付いたみたいだしな……まぁ、何が起きたのかはよく分からんが!」
ミルコはガハハと豪快に笑うと、ポケットから小さなメモ帳を取り出し、何かをササッと書き走らせてムコーダに押し付けた。
「これ、あたしの直筆サインと連絡先だ! もしまたこの世界に迷い込むようなことがあったら、真っ先にあたしを頼れ! 美味い肉の店でも何でも案内してやるからよ!」
「あ、ありがとうございます!」
「さぁて! それじゃあみんなのところに戻りな! 主役の二人もお前に直接お礼が言いたいって探してたぞ!」
ミルコとともにグラウンドの中央へ戻ると、そこにはすでに大勢のヒーローたちが集まっていた。
「あ! ムコーダさん!」
タキシード姿のデクと、ウェディングドレス姿のお茶子が、弾むような足取りで駆け寄ってきた。
「ムコーダさん、本当に……本当にありがとうございました!」
デクは溢れ出る涙を拭おうともせず、ムコーダの手を両手で強く握りしめた。
「あの『鯛茶漬け』を食べた時、胸がいっぱいになりました……。オールマイトが僕に繋いでくれた温かさや、みんなが僕を支えてくれた思いが、全部手料理を通して伝わってくるようでした。僕、一生今日の味を忘れません!」
「うちも……! あのメロンのクリームソーダも、お肉も、全部すごーく美味しくて幸せでした! 神様からのアミュレットも、二人で大切にします!」
お茶子も胸元に輝くペンダントを愛おしそうに触りながら、最高の笑顔を向けてくれた。
「よかった……喜んでもらえて、頑張って作った甲斐がありました」
ムコーダが胸を撫で下ろしたその時。
カサッ……と、ムコーダの周囲の空間が、水面に波紋が広がるように歪み始めた。
「ぬ……?」
フェルが鋭い視線を空に向ける。
『ムコーダよ、次元の歪みが閉じかけておるぞ。そろそろ元の世界へ戻らねば、二度と帰れなくなるかもしれん』
脳内に、ヘパイトスとヴァハグンの声が響く。
『おいおい、名残惜しいが潮時だ! 帰ったら約束の酒と酒の肴を用意しろよ!』
『私のお菓子も忘れないでちょうだいね~!』
「ええっ!? もうそんな時間!?」
ムコーダは慌てて周囲を見回した。空間の歪みは次第に大きくなり、ムコーダたちの身体が薄っすらと光を帯び始めている。
「ムコーダさん……! もう行っちゃうんですか……!?」
轟や八百万、相澤先生たちも驚いて駆け寄ってくる。
「すみません、俺たち……元々別の世界から迷い込んできたみたいで……! もう行かないとダメみたいなんです!」
「そんな……連絡先も交換できていないのに……!」
爆豪が苦々しい顔でチッっと舌打ちをしつつも、そっぽを向きながら叫んだ。
「おいテメェ! 名も知らん異世界のシェフ! ……今日の肉は、まあまあ食えたぞ! さっさと自分の世界に帰りやがれ!」
「爆豪くん、相変わらず素直じゃないなぁ……あはは、ありがとね!」
スイが「みんなー! ばいばいなのー! またあそぼうねー!」と元気に触手を振り、ドラちゃんも「あばよ! ヒーローども、街を守れよな!」と上空で旋回する。
「みなさん! お元気で! デクさん、お茶子さん、末永くお幸せにーーー!!」
ムコーダが大きく手を振ると、眩い光が一行を包み込み、視界全体が純白の光で満たされていった。
意識が光の渦の中に溶け込んでいくような、不思議な浮遊感。
雄英高校のグラウンドの風景が、遠ざかる幻燈のように薄れていく。
(あぁ……終わっちゃったな。すごい体験だった……)
ムコーダが心の中で呟き、静かに目を閉じようとした――まさにその瞬間。
まばゆい光の精神世界の中で、時間の流れがピタリと止まった。
『――少年』
温かく、重厚で、聞き覚えのない――しかし、なぜか心の奥底に強く響く声が聞こえた。
ムコーダが目を開けると、そこには光の粒子で形作られた、一人の男の「思念体」が立っていた。
鋭いオールバックの金髪、逆三角形の圧倒的な体躯、そして何よりも、周囲を明るく照らすような、太陽のごとき前向きな笑顔。
かつて世界をその背中で支え続け、2週間前にこの世を去った「平和の象徴」――**オールマイト**の姿であった。
「え……? あなたは……?」
異世界から来たムコーダは、彼の名前を知らない。しかし、その圧倒的な存在感と優しさを孕んだ眼差しを見ただけで、彼こそがデクたちの語っていた「去りゆく象徴」なのだと直感した。
思念体のオールマイトは、腕を組み、ムコーダに向かって力強く頷いた。
『異世界より来たりし心優しき料理人よ。……感謝する』
「僕に……ですか?」
『そうだ。私はいなくなった。あの子たちに多くの苦難と重責を遺したまま、先に旅立ってしまった。……だがね、あの子たちが歩む未来は、決して戦いと苦しみだけであってはならないのだよ』
オールマイトの思念体は、愛おしそうに、遥か下界にいるデクとお茶子、そしてA組の教え子たちを見つめた。
『ヒーローが守るべきもの……それは人々の命だけではない。大切な人と囲む食卓の温もり、美味しいものを食べてこぼれる笑顔、そして「生きていることの歓び」そのものだ。君は今日、私の遺した子供たちに、それを思い出させてくれた』
オールマイトは、ムコーダに向かって一歩踏み出し、大きな大きな手をムコーダの肩にそっと置いた。その手は思念体でありながら、確かな温もりに満ちていた。
『君の手料理は、あの子たちの傷ついた心を癒やし、未来へ歩むための糧となった。……君こそが、今日という日における最高のヒーローだ。心からお礼を言わせておくれ』
「オールマイトさん……」
ムコーダの胸の奥から、じんわりと熱いものが込み上げてきた。
自分はただ、ネットスーパーで買った材料で料理を作っただけだ。だが、この偉大なヒーローは、自分の為した小さな行為を、これ以上ないほど尊いものとして受け止めてくれたのだ。
『さあ、行きなさい! 君を待つ、君の日常へ!』
オールマイトは、かつて世界を勇気づけたあの伝説のポーズ――右拳を空高く突き上げるポーズをとった。
『私が来た(I am here)……そして、君が来てくれた! ありがとう、ムコーダ少年!!』
**「もう大丈夫! なぜって――君たちが、未来を紡いでくれるのだから!!」**
まばゆい黄金の光が爆発的に弾け、オールマイトの思念体は万華鏡のような光の粒子となって世界を満たした。
「……はい! ありがとうございましたーーーっ!!」
ムコーダの叫び声とともに、光の濁流が思考を塗りつぶしていった。
「……ん……う……」
目が覚めると、そこは見慣れた深い森の中だった。
木漏れ日が柔らかく差し込み、鳥のさえずりが静かに響いている。異世界の、いつもの野営地だった。
「む、ムコーダよ、起きたか」
傍らには、いつものように優雅に寝そべるフェル。
「ぷにー! ムコーダ、おはよー!」
「ふぁあ……よく寝たなー!」
スイとドラちゃんも、何事もなかったかのように元気いっぱいに動き回っている。
「俺たち……戻ってきたんだな……」
ムコーダは体を起こし、自分の掌を見つめた。
夢だったのだろうか。あの燃えるチャペルも、熱狂的な結婚式も、そして最後に会ったあの大きなヒーローの姿も。
そう思いかけたムコーダのポケットから、ハラリと一枚の紙が落ちた。
拾い上げてみると、そこには力強い筆跡で書かれた『ミルコ』の直筆サインと連絡先。そして、もう一つ――
コックコートのポケットの中に、小さな真珠のように柔らかく光る「緑色とピンク色の光の粒」が、名残のように残されていた。
(夢じゃ……なかったんだ)
ムコーダの口元に、自然と優しい笑みがこぼれた。
『おいムコーダ! ぼんやりしている暇があるなら朝飯だ! 我は腹が減ったぞ!』
『ボクもー! 今日はあのみそ味のお肉がいいなー!』
『スイもー! あまいおパンたべたいのー!』
「はいはい、分かったよ! 今準備するから待っててくれ」
ムコーダは立ち上がり、スキル『ネットスーパー』を起動した。
画面に並ぶ、いつもの日本の食材たち。そして、追加されたコストココーナーの大容量品。
あの世界で出会ったヒーローたちも、今頃は新しい日常に向かって元気に歩み出しているはずだ。
彼らが守り抜いた平和な世界で、デクとお茶子は、きっと温かい家庭を築いていくだろう。
「よし……それじゃあ今日も、気合いを入れて美味しいものを作りますか!」
青空の下、鍋から立ち上る芳醇な香りと、従魔たちの賑やかな歓声が森の中に響き渡る。
とんでもスキルで異世界を旅する男と、その仲間たちの美食の旅は、これからもずっと続いていく――。
**(完)**