ボクは下水道のボスに手渡された大きなレインコートを羽織って、地下道の中を彼の後ろをついていった。
これはこれで目立つのでは……とも思ったが、ボス曰く、他人に認識ざれずらい魔術的な効果があるとのこと。すごい
「いやぁ、オメェも散々だなぁ。上から降ってくる巨大ポップコーン機とか、平然と人を凍らせてくる
「まあ、でも、皆さんに会えただけでボクは幸運だと思いますよ」
「ハハっ!嬉しいこと言うなぁ!このこのぉ!」
首に腕を回され頭をぐりぐりと殴られる。
お互いの話——ボクはこちらの世界のことばかりだが——をしながら何とか地上へと繋がる道へと行った。
外はもうすでに日が昇っていて、朝日が顔を出し始めている。
人々はそんな早くでも忙しなく街を歩き続け……あ、あっちで爆発が起きた。
「『呪い』とか言ってたけどよ、結局、オメェの運が悪いだけじゃねぇのか?」
「まあ、確かに基本的に被害に遭ってるのはボクだけなんですけどねぇ…………そのぉ、専門家の方が言ってたので」
「何の専門家だよ」
吸血鬼退治です、なんて口が裂けても言えない。
スティーブンのことだから情報の信頼性はそれほど低いわけではないんだけど。
「わざわざ外まで案内してもらってすいません」
「気にすんな。やりたくってやってるんだ。つーか、橋まで案内しなかったら絶対オメェ迷うだろ」
「おっしゃる通りです……なはは」
地の利なんてあったもんじゃないからね。
今まで次々に襲ってきたはずの不運が突然鳴りを潜めて不安になってきた?
何か条件があるのか、それともとんでもない厄災を引き起こすために溜め込んでいるのだろうか。
収集っていうことは周りから集めるってことだから、ストック式だったりして。
「というかボスはなんでわざわざボクを拾ってくれたんでしょう?」
「まあ、ボスは化け物だが、意外と優しいんだぜ?タダ飯食ってるだけ、とか言ってるが、あの人がいなきゃHLはすぐに死体とゴミの都市になってたぐらいだからな」
「確かに……あんなに瓦礫の山が飛び散りまくってて誰が片付けてるんだろうとは思ってましたけど」
「HLPDも黙認させてるっつー話だし、まじで何者なんだろうなぁ」
そんな他愛のない話をしていたその時……
ボクたちのすぐ真横にあったスポーツジムが爆発した。
前を歩いていた彼は爆風によって大きく吹き飛ばされ道路に飛んで行き、ボクは体の半分が焼け落ちる。
火花が散り、中から数人の男たちが銃火器を持ってゾロゾロと出てきた。
なぜかそいつらは随分と厚着を着込んでいる。代表らしき男が出てきてメガホンを取り出し、広場に拡声器を鳴らす。
「あーあー、テステス。我らぁ!『体育の授業撲滅委員会』はぁ!肉体運動による筋肉の増長とコミュニケーションの上達を決して許すことはない!何がプロテインだ!あの違法薬物め!我々はイケアの椅子と机の上で余生を過ごせばいいのだ!ゆえに!これは学校で体育の授業で笑われてきた我々からの宣戦布告である!50m走20秒台の気持ちを味わうがいい!!」
言ってることが支離滅裂すぎる。IKEAを何だと思ってるんだ。
いやそんなことより!
「大丈夫ですか!」
ボクは慌てて彼に駆け寄り様子を見る。
仰向けで倒れているところを抱えてみれば足から血を流していた。
先ほどの爆発によって吹き飛んだ破片が当たってしまったらしい。
「くそぉ、いてぇ。そこそこいてぇ、ってうわあ!?オメェの方が重症じゃねぇか!?」
「あっ、いやこれはすぐ治るんで。ほら」
「あっ、ほんとだ。すげ」
結構余裕あるな、この人。まあ、異界人は
「歩けますか?」
「いや、ダメだな。骨ごと貫通してやがる。おい、坊主!俺のことはとっと置いて行け!」
「え!?いやいやそんなことできるわけないじゃないですか!」
そんなことできない。後ろの連中はおそらく見境なく人を襲っている。
ボクが彼を置いていけば間違いなく彼は死んでしまうだろう。そんなことは、絶対にできない!
「はあ!?生きて逃げるんだろ!?だったらこんなところにずっといたら追っ手が来るかもしれねぇぞ!」
「逃げたら貴方が死ぬじゃないですか!」
「おい!!そこ!何を騒いでいる!!さては貴様ら、体育の授業でペアを作れたタイプだな!そうだ、そうに違いない!余りものグループの無念を思いしれ!!」
頭のおかしい連中の一人に見つかってしまった。
ライフルをこちらに向け、今か今かと引き金を引こうとしている。
くそっ、やっぱりこうなるのか。
逃げるなんて選択肢はない。なら、一体どうする。どうすれば守れる。
「死ねぇ!!」
気づいたら体が動いていた。
射出された弾が、ボクの懐に入り込み当たる。
痛い。回復するのは知っているが、痛覚はそのままだ。鉛玉が腹が焼かれるように痛い。
だが、運が悪いことに、放たれた銃弾は全部ボクの方へ集めってくる。
十発、百発、千発。次々と他の連中もボクにめがけて撃ち始めてきた。
銃弾が後ろに貫通しないよう、撃ち抜かれたところから再生させる。鉄と血の焼ける音が聞こえて、刺しこむ痛みを無理やり意識で押さえつけた。
「坊主!」
ボクは彼の心配を無視して、歩き始める。
ああ、ごめんなさい。本当だったら、ボクはこんなところにいないでさっさと逃げなきゃ行けないんだろう。
「でも、それはボクのしたいことじゃないんだ」
いよいよ弾がなくなったか、ボクの目の前で必死に引き金を引き続ける男の姿が目に映る。カチカチと音を鳴らして、それでも銃弾は発射されない。
その目にボクはどう映っているのだろうか。やっぱりこんな速度で肉体が再生するのだから化け物とでも言うのだろうか。
まあ、それはボクにとってはどうでもいいんだ
「な、なんだ貴様は!?ただの
「失礼だな。どっからどう見ても人間だ。悪い吸血鬼でもないよ」
ボクは、人間が出しては行けない速度で彼の頭を掴んだ。
柔らかい。少しでも力を入れたらもぎたてのパイナップルみたいに弾けてしまいそうだ。
『呪い』の制御法はわからないし、知らない。けれど、ボクは何となくそれが来る予感がして、それは多分的中する。
何かが飛来してくる。それは熱を持ち、目にも止まらないような速さで、空から何個も。
「なっ、なっ、なぁ!?」
「隕石か。まだマシかな」
ボクの頭蓋を潰しながら複数の隕石が地面に降り注ぐ。
なぜ降ってきたのかはわからない。理由はここはHLだからで片付くのが恐ろしい。
アスファルトにはいくつものクレーターが出来上がり、その衝撃波で吹き飛んだ連中が気を失っているようだ。
ボクが掴んでいた男も、運よく衝突は避けれたらしい。
まあ、衝突する直前に放り投げたから当然っちゃ当然だ。
初めて、ボクの不運が人を助けることに使えた。
その満足感があったからだろうか、ボクはそれだけで不運が終わったと勘違いをしてしまったらしい。
すぐ真上にあるビルに、いくつもの隕石が降り注ぐ。
そして、隕石が当たったビルが崩れるのは当たり前で。
「ホーリーシット」
大きな、大きなビルの残骸がボクに目掛けて降り落ちてくる。
あれは、無理だ。銃弾を受けながら再生するのとはわけがちがう。
勢いよく丸ごと一緒にぺちゃんこにされるだけだ。
でも逃げようにも逃げられないだろう。急いで走れば間に合うかもしれないが、それは彼を見捨てるという選択になる。
「くそっ!!」
急いで戻ったボクは倒れ伏す彼に覆い被さる。
耐えれるか。いや、耐えるしかない。
頼む。どうか、どうか、どうか!!
ボクにこれ以上奪わせないでくれ……
「ブレングリード流血闘術117式———————
大きな血の盾がボク達を落ちてくるビルの瓦礫から守る。
吸血鬼の弱点たる十字架がボクたちを守るために聳え立つ。
そこにあったのは…………とても、とても大きな背中だった。
「怪我はないかね、少年」
立っていたのはやけにトレンチコートの崩れたクラウス・V・ラインヘルツの姿だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「どうやら、あの青年は命に別状はないらしい。1日もあれば完治するそうだ」
「その、ありがとう…………ございます」
ビル群の瓦礫からボク達を助けてくれたあと、クラウスは急いで救急車を手配してくれた。
中央病院行きの救急車が複数集まり、多くの人を担架に乗せていく。
その中の彼もまた、要救護者の一人としてすぐに運ばれてしまった。
本当ならついていくべきなのだろうけど、クラウスが個人間で話がしたいということでボクはその場にとどまることとなった。
気まずい!すごく!気まずい!!!!
クラウスは元々それほど喋る人間ではない。決して無愛想というわけではないが、その強面から優しい人間だとは想像しにくいだろう。
圧が!圧がすごいぃぃぃい!!
「改めて、クラウス・V・ラインヘルツ。世界の均衡を守る結社ライブラの統括責任者だ」
「あっ、これはどうも。ボクの名前は———っ!!」
自己紹介されたら返す、という当然の流れを受けて思わず自身の前を口に出しかける。そして慌てて口を閉じて、ボクは舌を噛んだ。いひゃい。
なんで名前を知ったら呪われるのかはわからないけれど、それでも教えてしまうのはまずい。
いやまあ、呪い程度でクラウスを殺せるかって言われると微妙ではあるんだけど。
というか今平然とライブラの名前言ったな……機密情報だった気がするけど、いいのかな。
「君の名を知ってはいけないという呪いの話はすでに把握している。君に世界を滅ぼす意思もなく、ただ巻き込まれただけであることも」
「そうですか。……そうだ!彼、あの糸目の彼はどうなりました!?」
「レオナルド君のことか。どうか安心して欲しい。彼は無事だ。2、3日程度、休めば完治するとのことだ」
「良かったぁ」
ボクは安堵で腰が抜けその場にへたり込んだ。本当に良かった。あのまま義眼が見えなくなりました、とかだったら申し訳ないなんてレベルじゃ済まなかった。
でも名前を知っただけで2,3日寝込むって相当やばい呪いなのだ、と改めて再認識させられる。
「その……ボクと会った時はそんなに服ボロボロじゃなかったですよね」
彼の着ているトレンチコートはどこもかしこもが破けかけていて、明らかに何あらかの戦闘があったに違いないと素人目から見てもわかるレベルで、だ。
そしてところどころ湿っている。わずかに彼の衣服から下水と同じ匂いがした。今のボクはとても鼻がいいんだ。
「下水道で戦いました?あの人たちと」
少し、拳に力がこもる。
「落ち着いてほしい、少年。怪我が全くない、というわけではないが、あのご老体方は全員ご無事だ。命に別状はないと保証しよう」
「いえ……すいません。少し頭に血が登っていたようで」
「いや謝罪するのは我々の方だ。君に対しての対応をこちらは完全に誤った。改めて、深くお詫び申し上げよう」
そう言って、彼は深々と頭を下げる。
律儀な人だ。わざわざ自身の天敵である吸血鬼に対して頭を下げるなんて。
いや、吸血鬼かどうかは彼にとっては関係のないことなのかも。
「気にしないでください。運が悪かっただけです」
「そうか…………君は、これからどうするつもりだね」
「この街を出てどこか遠く離れたところへ——って思ってたんですけど、やっぱり無理ですかね」
「…………すまないが、それは承伏しかねる」
ああ、すっごい心の底から申し訳なさそうな顔してる。
まあ、わかっていた話ではある。
『呪い』云々を置いておいても、ボクの存在はこの世界においてもイレギュラーだ。仮にこの街を出たとして、ライブラよりもっと危険な思想を持った奴らに追われるかも知れない。それこそ
こんな貴重なサンプルをみすみすと逃がすような性格の奴らじゃないでしょ、あいつら。
そしてクラウスは提案してきたのは、ボクがライブラに保護されることだ。
「でもどうするんですか。ボクみたいな災害を引き連れてくるような人殺しの吸血鬼をそんな簡単に保護してもらうわけにもいかないでしょ?死人が出るかも知れませんよ」
「それは違う。君は断じて人を殺めていない」
「直接手を出していないからですか?そういう話じゃないんで——「違うのだ」はいぃ……」
こえぇ、超こえぇよ……震えるなこの脚め!!
路地裏で目が合った時のトラウマが蘇りかけた。やっぱ怖いよこのひと!!
いやスティーブンほどじゃあないんだけどさ!
彼はポケットからスマホを出して、ボクに見せてきた。
「これは、昨日君が関わったと見られる事案だ」
「はあ……」
「奇跡的なことにこれらの件に関しての死者は0名。これは、この街HLが生まれて以来、初の快挙とも言える」
「はぁ…………死者0名?は?……はぁ!?」
思わず携帯とクラウスの顔を交互に3度見してしまった。
いやいやいやいやいやいやいやいやそんなわけないだろ!どう見たって体が裂けてた人とかいたよ!?頭爆ぜてるやつとか普通にいたし……え?嘘だよね?
いや、でも、クラウスだしなぁ……こういうところで変な誤魔化しとか嘘とかするわけないもんなぁ。
「君の呪いをストックする力はどうやら、他者に伝播しているモノも自動的に吸収する仕組みのようだ。それが本来ならより強力な呪いとなって使われるはずが、異界との接触をしたことによって呪いを向けられる対象が自身へと変化したらしい」
なるほど、わからん!
彼の話によると、ボクは元々ただの人工
しかし、その実験が行われていた別の階で異なる組織による違う実験が偶発的に行われ事故った結果、その際に、空っぽの人間の肉体、呪体、異界の魂が混ざり合って生まれたのがボクらしい。
いや、そんなヤバそうな実験、アパートでやるな!?というかどんな確率だよ!悪運にも程があるでしょ。
ボクの身体と融合した蒐集呪体は本来、近くに人間に対してのみ呪いをかける性能をしているらしいのだが、その呪いを向ける対象となるもっとも近くにいる人間がボク自身になってしまったとのこと。
きっとこことは異なる世界から来た影響なんだと思う。詳しいことは専門家じゃないからわかんないけど。
「えーっと……つまり……他人の不運とか不幸を集めて、自分にヘイトを向けるってことです?」
「うむ」
「で、みんなが死ぬ代わりにボクが死んじゃう、と」
「うむ」
つ、使えねーー!!再生能力ありの
いや、でも、死人が出たわけじゃない。のか…………
じゃあむしろ有用性のある代物って言える、のか?
まさに不幸中の幸いなのか。いや、ボクにとってはただの不幸でしかないのだけど!
「なるほど、つまり弾除け要員になれってことで「断じて違う」——違いますね、はい」
怖い!だからそれ怖い!!
すごい圧力で否定してくるクラウスは、ボクと目線を合わせるようにしゃがみながら語りかける。
「世人の平穏のために、たった一人の若人を犠牲にするなどあってはならない。それはもっとも忌むべき、そして恥ずべき行為の一つだと私は考えている。当然、私が君に何かを命令する権利などは持ち合わせていない。そんなものはあってはならないのだ」
「じゃあ…………ボクは何をすればいいんです?」
「君の生きたいという願いを叶えたまえ」
まっすぐな言葉だった。
ああ、わかっていた。この男はそういう人だ。
獣の生命力と鋼の精神力で武装した人界の守護者。世界一の頑固者。揺るぎない強固な意志を持つ、ライブラのリーダーだ。
投げかけられる言葉はわかっていたはずなのに、その言葉が嬉しくて、ボクは大きく頬を緩ませた。
「じゃあ、ボクが誰にも縛られずに生きたいって言ったらどうします?」
「うっ。そっ、れは…………」
あ、すごい悩んでる。胃からキュリキュリって音が聞こえてきた。
ふふっ、相変わらず抜け目だらけで融通の効かない人間だ。
だからこそ、彼は今もこの世界の瀬戸際で戦い続けてこれたのだろう。
だから、彼はクラウス・V・ラインヘルツで、この世界の主人公なんだ。
ボクは、蹲って悩み続ける彼に手を差し出した。
「では、これからお世話になります。リーダー」
「……ああ、協力感謝する。少年」
天国の父さん、母さん、じいちゃん、ばあちゃん、見てますか。
ボクは、これからこの街で自分のやりたいように世界を救っていきます。
だから、どうか————
「ぐぇっ」
「少年ーーーー!!」
ボクの身体が突如右からやってきたF1カーで大きく吹っ飛ばされる。
「ホーリーシット」
どうか、どうか、ボクのこの忙しない日々を見守っていてください。
気が向いたら続きます〜