記憶喪失だけど元気いっぱいな母性あるTS娘が、記憶を取り戻してめちゃくちゃ挫折して心が折れた状態に戻る話 作:ももはね
夢を見ていた。
私の、幼い頃の夢。
+ + +
『いいか、ヒソラ。お前は強い。私の子の中で最も強い。だから、強く、賢く、美しく、そして──私の言うことをよく聞く良い子に育つのだ』
私の生家、風枝家。
魔法少女の名家として最古の歴史を持ち、今なお各方面に絶大な影響力を持つ名家。
だが、近年……いいや。もっと前から落ち目であった。祇園精舎の鐘の声とでも言おうか。やはり、どれだけ栄えようと永遠の絶頂はありえないのだ。
そうして、武力で、権力で、財力で、抜かれていくことが増えていった。総合力で言えば頂点かもしれないが、後数年でそれもどうなるか……。
そんな時代に生まれたのが私だった。
控えめに言っても、私は優秀であった。
魔法少女としての戦闘能力で同年代の中では負けたことがなかったし、年上で熟練の魔法少女でも相性が良ければ勝てた。相性が悪くとも善戦か、あるいは勝つこともあった。座学でも一度教えられたことはすぐ覚えたし、芸術でも型に嵌めるだけで熟る物なら瞬く間に習得できた。
だから、私は当時の代行当主からは期待されていたのだ。
落ち目の風枝家を、再び最強の名家へと押し上げる希望として。あるいは、自身の操り人形として。
親がそんなものだから、私は人形のように育てられた。
勉強や戦闘訓練は専門家が。食事や服装は決められた物を。一日の予定も全てが決められていて、私が自分で何かを決めたことはなかった。それを辛いとも、楽しいとも、苦しいとも、嬉しいとも、何も思ったことはなかった。
今考えると流石におかしいことくらいはわかる。
おそらく、封印指定されているはずの精神干渉の魔法でも使われていたのだろう。心身共に幼い
とにかく。
そんな生活の中で、ある日唐突に初めて私は自分で何かを決めるという機会を得られた。
『ヒソラ、いつかお前は私の手足となってもらわねばならん。だから、これは最初の試験だ。お前の側仕えを、あれの中から一人決めろ。誰でもいい。そして、それはこれからお前の自由に使え。遊ぶも捨てるも、有効活用するもお前の自由だ』
指された先にいたのは年齢がバラバラな三十人ほどの女性の集団。
全員が魔法少女だとはわかったが、それぞれがどんな家の格か、風枝とどんな関係か、何が好きで嫌いか、何が得意で不得手か。私には何もわからなかった。いや、おそらくそれを聞き取ることも試験の一つだったのだ。
だが、初めて経験する『選択すると言う行為』に戸惑った私は、とりあえず目に付いた童女を指定した。
『……お父様、あれを』
『ふむ、末津のか……まあ、最低限だが、いいだろう。捨てる時は言うといい。代わりを遣る』
他の女性たちが帰っていく中で私は童女に近づいた。
赤い髪、赤い瞳、緊張か興奮か頬も赤い。
とても小さな体躯で、当時まだ八歳ほどだった私よりも遥かに小さかった。
『ひ、ヒソラ様! これからよろしくおねがいします!』
『……はい。よろしくお願いします』
『はい!』
『……お名前を、聞いてもいいでしょうか?』
『あっ、そ、そうだった……私は、み、ミアカです!
それから、私の生活はミアカによって一変した。
『……じゅるっ』
『……食べますか?』
『っひぅ……じゅる……い、いいんですか?』
『……どうぞ』
『やったー! ヒソラ様も一緒に食べましょう?』
何処ぞやの名家との交流会で頂いた茶菓子の余りを食べた。
私の記憶の限り、あれが初めて食べたお菓子だった。
『……それは?』
『ゲームですよ。ヒゲのおじさんを操作して、砦を目指すんです』
『………………死んだ?』
『敵にあたっちゃダメなんです。いいですか、ここはですね──』
ミアカが持っていたゲームをきっかけに、私は『楽しい』を知った。
『ひぃ、ひそ、ヒソラ様ぁ、休みませんかぁ……?』
『……まだ目的地まで距離があります。歩かないと駄目ですよ』
『足痛くないんですかぁ!?』
『……少し動かし辛いですが、問題はありません』
『ちょ、それ駄目なやつじゃないですか!?』
『……いえ、駄目というのは、足裏が裂けてからです。そう教わりましたから』
『私がもう無理です! ごめんなさいぃ!』
ミアカから、痛いことや辛いと言う感覚を教わった。
他にも、可愛い物、辛い食べ物、甘い飲み物。感動するアニメ、楽しいのに辛いゲームなど。多くを私はミアカからもらった。
ミアカは私にとって姉のような物だったのだ。
それと同時に、初めての友人でもあった。
私が真の意味で生まれたのは、きっとミアカと出会ってからなのだ。
それから時間は流れ、私はお嬢様と出会った。
お嬢様は何もかもが特別な存在だった。
風枝の分家の一つが暴走し魔人計画に協力したことで生まれた『魔人』であり、風枝の血筋に百年以上の間隔でしか生まれない最強の『風枝大和因子』を持っていた。
それは、人の生き血を啜らねば生きられず、それでいて人並み外れた能力を有していることを意味する。
端的に言えば、怪物の中の怪物だ。
だが、私は彼女の境遇に共感してしまったからだろう。気づけば、愛情を抱いていた。
私は親の愛を知らず、才能だけを求められて育てられた。
お嬢様は親の欲望によって生み出された人工の生物であり、将来は様々な陰謀に巻き込まれることは必至の才能と出生。
お互いに、親から愛されなかった存在でありながら類稀な才能を有した存在。
ミアカが、酷く無愛想で可愛げのない童であった昔の私に親切してくれたように、私もお嬢様を慈しみたいとしている内に、気づけば強い情を抱いてしまっていたのだ。
だから、頑張った。
毎日、活動できる限界まで血を抜いて捧げた。
情報が殆どない『魔人』であるお嬢様を生かす為に、研究施設を捜索し発見し次第に襲撃し、情報を強奪した。
お嬢様の素質と将来を利用する為に、週刊誌みたいに悪意を差し向ける風枝本家とは政治での駆け引きで引き下がらせた。
他にも、私が次期代行当主候補としての資格を失わない為にも様々な仕事を遂行した。
我ながら、私は優秀な魔法少女だ。大抵のことは人並み以上にできる。
だが、私は一人しかいないのと、信用のおける部下の数が少なかった。親とは何年も前に対立し、現在の風枝家の主な派閥とは相容れない状況になっていたことが影響していた。
それ故に、自然と私は限界を超える勢いで働かねばならなかったのだ。
あの日々も、ミアカの支えがなければ途中で折れていたことは想像に易い。
そんな時、とある研究施設を壊滅させ誘拐被害者が居ないかと探していた時のことだ。
あの光景を、私は忘れることはないだろう。
運命を変えた邂逅。ミアカの次に……いや、それと並ぶほどの奇跡の出会い。
割れた水槽、硝子片と金属片の散らばる床。
溶液に全身を濡らし、ぼやけた瞳で私を見上げた一人の少女。
白い髪、白い肌、糸一つ纏わぬその裸体は陶器のように白く綺麗で。
後に、シロと名付けられる少女を私は見つけたのだ。
それから、私の生活はシロによって一変した。
それもそうだろう。私の悩みの大部分を占めていたお嬢様に関することの殆どが、シロに預ければどうにかなったのだから。
それに加え、暗い顔ばかり浮かべていたミアカが再び笑うようになって、昔の私みたいに虚無ばかり顔に張り付けていたお嬢様が笑うようになって、まるで過去の私が救われた心地になった。
『よしよし、今日は優しく噛めたね。良い子、良い子……良い子だから、血もゆっくり吸えるよね?』
『……うん、ちゅぅ』
『……ひ、ヒソラ様……なんか吸血中のシロさんって、ちょ……ちょちょっとえっちじゃないですか?』
『………………はい? 申し訳ありません。もう一度言ってもらってもいいですか?』
『ェ、ちょ……何でもありません!』
『ミアカ、何話してるのか知らないけど、夜なんだし静かにね?』
『ヒャイ!』
シロは、お嬢様に血を上げる時に雰囲気が変わる。特に夜はそれが顕著だった。
『んー、そろそろかな……お嬢様、もうお腹いっぱいになったかな?』
『……うん。かぷっ』
『食べたんだからおしまいだよ。歯磨きして、もう寝ようね。明日も早いんだから。今日も抱っこして寝たい?』
『……ん。いっしょ、ねる』
夜だから眠くて、疲れていて。そんな状態に、吸血による貧血。
シロは普段の明るい太陽のような様相から一転、静かに照らし落ち着かせる月のような性質に変わるのだ。
貧血で、ただでさえ白い顔が青白くなり、動作もまた鈍くなるのが、内面だけでなく外見の変化として拍車を掛けていた。
『ヒソラさん、傷口治してもらっていい?』
『はい。こちらに』
『ん、お願いします』
ミアカに回復魔法の適正はなく、お嬢様は適正はあるが他者には使えない。だから、それが終わった後に私が吸血痕を治すのは自然な成り行きだった。
お嬢様が吸血する時はいつだってシロの首筋から。だから、私は毎晩のように、弱ったシロの背後から無防備な首に手を当てて、魔法を施していた。
『…………』
その瞬間、私が何をしようとシロに抵抗する術はない。
その事実に、仄かな興奮を覚えていたことは否定できない。
首を締め殺すのも、首へしゃぶりつくのも。背後から抱きついたり、胸を揉みしだいたり。顎を掴んで接吻したり、押し倒したり。
何だってできる。
昼間は太陽のように照らす癖に、夜になれば淑女のように……いや、慈母の如き瞳で私の心すら貫く彼女を好きにしてしまえる。
『……終わりました』
やれる──だけで、一度としてやらなかったが。
『いつもありがとね。やっぱり血が出ると汚しちゃうから助かるよー』
『いえ。お嬢様を満たせるのはシロさんだけですから』
『あはは、そのお嬢様を守れるのもヒソラさんだけでしょ? 役割分担だよ』
だが、何度寸での所まで行ってしまっただろうか。
『ん、あれ、汚れてるとこあった?』
『……どうかしましたか?』
『手、光ってるから。何か魔法使おうとしてるのかなって』
『──少し、血がついておりましたので。濡らした布で吹こうかと』
どうしてこうも、私がシロのことでおかしくなってしまうのか。
その理由はわかっていた。
──嫉妬であり、欲望だ。
私は親というモノがよくわからない。
父と母からは厳しく、そして魔法すら使われ操られて育った。
私はきょうだいというモノがよくわからない。
同世代は皆、敵であり、踏み潰せる有象無象でしかなかったし、まともに話したこともない。
私の情緒や感情は全てミアカのお陰で生まれ、一緒に育んだもの。
そんな彼女ですら、年下で、部下で、頼られることはあって全てを頼っていい相手ではない。
だから、初めてだったのだ。
『ヒソラさんも、撫で撫でされてみる?』
それはとある宿屋での出来事。
お嬢様とミアカがお風呂に行っていて、シロはその間の待機、私は少しばかり仕事で部屋に残っていた時のこと。
『……撫で撫で?』
『さっきお嬢様を撫でてる時、僕のこと見てたでしょ? ヒソラさんはいつも頑張ってるし、褒められたり、甘えたりしたいのかなーって』
『……不要です。第一、私はもう二十歳近くですから。そう言うのはミアカさんにして上げてください』
『僕からすれば年下だよ。それに、化粧でも隈が隠せてない。仮眠した方が効率もよくなるんじゃないの? 膝枕もオマケでしたげる』
『ですが……』
『もう、お嬢様は大丈夫だよ』
『……』
『僕がいる。ミアカがいる。今はもう、お嬢様だってヒソラさんを守れるくらいになった。少しくらいヒソラさんも、脱力していい時期じゃないかな?』
『……わかり、ました。仮眠はとります』
『膝枕もね!』
あの時の私は、繁忙期に重なって本家からのお嬢様引き渡しの干渉のやり取りなどで疲弊していた。だから、正気ではなかった。正気だったら断固拒否していたはずだ。
でも、そうじゃなかった。そうでなかったから、気づけば柔らかな腿を枕に目を閉じていた。
膝枕されて、頭を撫でられて、薄目を開けると優しく穏やかな瞳と目が合って。微笑んでくれて。
私はこの人の子供なのかもしれないと思った。
初めてだった。あんな無防備な姿を自ら他者に晒すのは。
初めてだった。頭を撫でられるのも、膝枕されるのも、こんな慈愛の瞳で見られるのも。
他の誰でもいい訳じゃなかった。
シロは私たちの他頼る者がなく、力がなくて小柄で、頭だってよくなくて。そんな弱者だったからこそ、私は無警戒に身を許せた。
しかし、一度開いてしまった門を閉じる術を知らなかったというだけの話。
──嫉妬であり、欲望だ。
気づけば、私はお嬢様に嫉妬していた。
私には立場がある。外聞がある。そして何より、もう私は子供じゃない。だから、お嬢様みたいにシロへ抱きついたり甘やかされたりなんて、できるはずがない。
でも、甘えたかった。
甘い香りと温もりに身を委ね、ただ微睡に沈みゆくあの感覚を、もう一度味わいたい。シロを私の母にしたい。
そうはできないことくらいわかっている。
わかっているのだ。
だから、自分のモノにできないのなら、いっそ……なんて。
狂った考えなことも、わかっている。
だが、どうすればいいのだ。
どうやって母に甘えればいいのか。おねがりすればいいのか。可愛がってもらえるのか。抱きしめてもらえるのか。
私は、どうすれば
そんな欲望を抑え込み、隠し、時と共にそれは風化した。
今だってお母さんになって欲しい気持ちがないこともないが、前ほどじゃない。お嬢様が娘のようにシロへ甘えている姿を見ることで己を慰め、それで十分に欲求を満たせるようになったのだ。
雛が巣立つように。子は親離れするもの。
私の子供心だって、そう遠くない内に巣立つはずで。
『ヒソラさんも疲れちゃったなら、一緒に寝よっか? また……撫で撫で、されてみる?』
ある日を堺に、私の空で真昼の太陽は沈み、常に月を浮かべるように変わってしまった。
それは忘れるよう心掛けたあの日の欲望を刹那にして呼び覚ました。
昼間の明るい姿を見て、シロはただの少女だと。シロだってまだ子供っぽいところはあるのだと。自分に言い聞かせ続けていた。
なのに。
妙に達観した瞳。落ち着き払った雰囲気。流し目からは穏やかな空気が溢れていて。そんな、ずっと夜の姿でいられてしまったら、私はどうやって私を誤魔化せばいいのだ。
でも、頑張った。
だって、今が幸せだから。
お嬢様は無表情だけど楽しそうにシロに甘え、ミアカは嬉しそうに仕事をして、シロは穏やかな顔でそれらを眺める。そして、私がそれを守る。
昔はそこに小さな不安もあった。
いつかシロは飛びたってしまうのではないか。この全てが崩壊するのではないか、と。
でも、それは杞憂になった。だってシロはもう自ら檻に入ってくれるのだから。
それが幸せで、幸せで、本当に幸せで。
だから、シロに甘えるのは我慢します。
だって、一度でも欲望を曝け出してしまえば、この幸せを壊してしまいかねないから。
でも、その代わりに、この幸せを続かせる為なら、酷いこともきっとするかもしれません。
ごめんなさい、ミアカ。
私は、シロに可能性も自由も与えたくないの。
+ + +
目が覚めた。
熱を覚ます為に寝たはずなのに、むしろ体が火照っているような気がした。息を吐きながら体を起こし、服の乱れを直していく。忙しかった頃、眠るのは仮眠しかできなかった時期の名残で、この動作も手慣れたものだ。
時計を見ると、まだ一時間も経っていない。お嬢様が買い物から帰ってくるまでには多少の余裕がありそうだった。だけど、シロを独占できる時間と考えると短く感じた。
部屋を出て、廊下を歩き、シロのいる部屋へと足早に向かう。
夢を見た。不思議な夢だった。まるでこれまでの人生を振り返るような夢であった。
きっかけは、シロが結婚の話、子作りの話なんてするせいで、欲望が刺激されてしまったからに違いない。
でも、そのお陰で改めて再認識できた。
私は、前のシロを愛している。
でも、それと同じくらいに今のシロも愛しているし、今の方が私にとって都合が良いと思っている。
だから、シロ。
あなたはずっと、
。 以下作者の独り言 。
以上、ヒソラにとってシロはママだったということでした。
キャラ固まっていなさ過ぎて何回書き直したかわからない。
シロの出番少な過ぎて書き直そうか迷ってる。けど、書き直せばより良い物ができるかと言われると、多分無理。ヒソラのキャラ像が我ながらむず過ぎる。
ぶっちゃけヒソラ編は前半だけで十分で『こっち蛇足じゃね?』と思いながらやってた。でも、あっちを投稿した時はもっとたくさん描きたいこと浮かんでたんだよ。吹っ飛んだり噛み合わせが悪かったりでうまくいかなかったけど。
次、お嬢様編に入ります。
最初はシロの日記・ミアカ編・ヒソラ編・お嬢様編。全4話完結!
のつもりだったのが無駄に伸びちゃってるので、簡潔にテンポよくできるよう頑張りたい。
ということで、多分きっと次が最終話。堂々の完結と行きます(願望)。
どちらにせよ最終編に変わりはないんだけど
小ネタとして、ミアカは過去を、ヒソラは現在を語る……という感じでやっているつもりです。
ので、次は……