FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
アンダージュノンの空気は、地上のそれよりも幾分か重く沈んでいた。
この街で出会った少女――プリシラの手引きで、既に上層への昇降路を抜けていた。彼女と仲のいいイルカに助走をつけて跳ね上げてもらったクラウドが、崖の中腹のクレーンを操作し、残りの面々を小舟ごと吊り上げる。そんな荒業のおかげで、正規のゲートを固める警備の目をまともに掻い潜ることなく、上層へたどり着けた。
「――正面から堂々と歩けるのは、ここまでだな」
物陰から表通りの様子を窺っていたバレットが、低くそう零す。
「式典の準備で、人の出入りは激しくなっている。搬入業者、点検要員、清掃班――正規の身分証を持たない人間でも、紛れ込める隙間は意外なほど残っている」
短くそう告げる。頭の中では、既に幾つかの経路を組み立て始めていた。式典のような大きな催しほど末端の管理は雑になるものだ。
「確認するぞ。新社長就任の式典なんてものが行われている以上、ここでの情報収集は中止だ。リスクしかない。
よって俺たちは、式典に紛れてジュノンを通過し、コスタ行きの運搬船に乗り込む。コスタまで行けば、ニブルヘイムへも近付くことになるからな」
昨晩、宿で決めていた方針を再度確認すれば、全員が納得したように頷く。
「俺は物資の搬入路から入って、神羅兵の兵舎に潜り込む。元警備兵だし、所作でバレるリスクは低いはずだ」
クラウドが静かに、そう申し出る。
「はいはーい、私も行く!」
「私も」
一人で背負い込もうとするクラウドを遮るように、エアリスとティファがほぼ同時に前へと出た。
「見つかれば、囲まれて終わりだぞ」
「だからこそ、一人にはさせられないの」
「それに――ちょっと楽しそうだしね」
エアリスがいたずらっぽく笑う横で、ティファも小さく頷いていた。理屈は通っているが、本音がどこにあるかは明白だった。
思わず苦笑が漏れる。だが、単独で動くよりも部隊としてまとまっていた方が、むしろ目立たない場面もあるだろう。神羅という組織は、統率の取れた集団に対しては案外、疑いの目を向けない。
「――分かった。無理はするなよ」
押し切られる形で、クラウドが頷く。
「俺は、どう見繕っても神羅兵には見えねぇからな。水夫にでも化けて、裏から回るぜ」
腕を組んだバレットが、自らの巨躯を見下ろしながら、そう告げた。
「私にも考えがある」
レッドⅩⅢが、静かに、しかし妙に自信ありげにそう言う。だが、傍らに用意された変装用の衣装を目にした瞬間、誰もが言葉を失った。二足歩行の着ぐるみめいた、実に珍妙な代物だった。
「……本気か」
「この姿ならば、誰も、聖なる獣とは思うまい」
胸を張るレッドⅩⅢに、クラウドが乾いた笑いを漏らす。
「不格好だが、それだけに疑われはしないだろうな」
「そう言ってもらえると、幾分か救われる」
そんなやり取りを横目に、俺は義手に接続したグリモアへと視線を落とす。淡い光点が、じりじりと上層側へ移動を続けていた。
「俺は単独で動く。最低限の情報だけとれるか確認したいからな」
「制服は、着ないのか」
クラウドの問いに、口の端だけで応じる。
「元タークスが神羅の制服でうろつけば、一発で警備網に引っかかる。俺には俺の経路がある。……式典が終わる頃、コスタ行きの船着き場で落ち合おう」
それだけ告げ、小屋の裏口から通りの奥へと足を向けた。合流地点と時間だけは、簡潔に伝えてある。あとは、それぞれの判断に任せるしかない。
(……仲間への嘘も慣れたものだが、後の信頼関係に響かないようにしなければな)
内心で独りごちる。
これから自分が行うのは、ジュノンに潜伏している反神羅勢力への接触ではなく、ユフィとの接触・監視である。彼女が何をしでかすつもりかを確認するとともに、ウータイの現状について情報を得るためだ。
昨日、ユフィの上着に忍ばせておいた発信機の反応は、既に上層へと繋がる隘路の内側にある。あの跳ねっ返りは、律儀にも一人で強行突破を試みているらしい。この短気さでは、遠からず、正面から警備に飛び込みかねない。
道中、何度か巡回とかち合いかけた。その都度、義手で施錠を解いた保守区画に身を潜めてやり過ごす。タークス時代に幾度となく使った手筋だ。この街の警備の癖は、身体に染みついたまま抜けていなかった。
排気坑を思わせる薄暗い通路を抜けた先の格子戸の前に、見覚えのある小柄な影があった。背負った大きな手裏剣を鳴らしながら、鍵の閉じた戸を蹴りつけている。
「なんなのよこれ! 鍵がかかって進めないじゃない! あの偉ぶった新社長に一発かます予定が狂うじゃないの!」
「声が大きい」
「ひゃっ!?」
暗がりから声をかければ、ユフィが飛び上がるようにして振り返り、即座に手裏剣を構えた。
「な、誰よあんた! 盗み聞きなんて汚いぞ!」
「静かにしろ。警備を呼びたいのか」
姿を現した俺を見て、ユフィの目が丸くなる。ボトムスウェルの一件で世話になった、あの嫌味な男だと、思い出したのだろう。
「あんた……あの時の! なんでここに……まさか尾行!? 変態!」
「人聞きの悪いことを言うな。お前の上着に、発信機を仕込んでいただけだ」
「もっと悪いじゃないのよ!!」
キーキーと騒ぐユフィを冷めた視線であしらいながら、胸元から古びた通信端末を取り出し、見せつける。
「静かにしろ。……俺は、アバランチ本流に情報を流していた協力者だ。名は、ゼロ」
その一言に、ユフィの動きが、ぴたりと止まった。
「……ゼロ? まさか、あの……」
声が、僅かに掠れる。それまでの威勢が、嘘のように鳴りを潜めた。
「本流の連中から聞いたことがある。神羅の奥まで潜り込んで、確度の高い情報を流すスパイの一人。ただ、考えている先が読めない男……本当にいたんだ」
「――評判は悪くないようで何よりだ」
肩をすくめながら応じる。噂ばかりが独り歩きしているのは、都合が良い。実像が知られていない方が、動きやすい。
「お前達が神羅ビルの地下で、本流と手を組んでいたことも、既に把握している」
淡々とそう告げれば、ユフィの顔からみるみる血の気が引いていく。取り繕う余地すら与えるつもりはなかった。
「一つ聞こう。お前の国のトップは息災か。子供一人を単身ミッドガルまで寄越すほど、ウータイ暫定政府は人材に困っているのか」
「なっ……! あたしは子供じゃない! ウータイ一番のマテリアハンター、ユフィ・キサラギ様だ! それに、これは正式な極秘任務なんだからね! 新社長の首を獲って、ウータイの威信を示すの!」
「正式な任務、というのが本当だとすれば――お前の父親は、随分と、娘の命を軽く見ているようだな」
「父親……!? なんで、それを……」
動揺したユフィの反応に、内心で得心する。
(――図星か。ゴドー国家主席の娘が、単身、この火中に飛び込んできたということか)
これで、ユフィの身元ははっきりした。
ウータイという国名に、ふと遠い記憶が疼く。かつて自分が幼少期を過ごした集落も、あの国の外れにあった。もっとも、そこで得たものは絶望だけだ。今、目の前にいる小娘の故郷への感傷とは、比べるべくもない。それでも、僅かに複雑な感情が胸を掠めた。
「究極マテリアの一件、詳しく聞かせろ。お前が単独で本流と手を組んで、神羅ビルの機密に触れたことは分かっている。だが、その先に何を掴んだ」
「べ、別に、大したことじゃ……。ただ、神羅がとんでもない代物を隠してるってことだけは、分かった。名前も、正体も、まだ掴めてないけど」
「その代物を持ち帰れば、お前の手柄になる、というわけか」
「そ、そうだよ! 悪い? あたしだって、国のために結果を出さなきゃいけないの!じゃないと……」
声を荒らげるユフィに、内心で小さく息を吐く。功を焦る若さと、後先を考えない行動力。危うい組み合わせだ。だが、その危うさゆえに、今この場で御しやすい相手でもある。
それに、彼女が最後に言い淀んだのは、恐らく暫定政権によってゴドー国家主席が拘束されていることに起因するのだろう。
つまり、いまだにウータイは、戦後の暫定政権から抜け出す気配は低いということだ。反神羅の火は未だ消えていないことに、内心ほくそ笑む。
「一つ聞く。何故、単独で乗り込んできた。お前のような小娘一人を寄越すほど、ウータイの上層部は迂闊なのか」
「……別に、単独じゃない。最初は、二人だったから」
一瞬、ユフィの声のトーンが落ちた。虚勢の色が消え、代わりに滲んだのは、隠しきれない翳りだった。
「――二人?」
「な、なんでもない! ミッドガルで、あたしは……ううん、なんでもないってば! 今は、あたし一人でやり遂げなきゃいけないの! それだけ!」
慌てたように、ユフィが話を打ち切る。何かを、思い出したくないとでもいうように。
(――何か、あるな)
事情までは分からない。だが、あの反応は、単なる強がりだけではない。何かを失った人間特有の、危うい必死さが滲んでいた。
誰かを喪った人間の目を、これまで嫌というほど見てきた。ザックスも、クラウドも、そしてこの自分自身も。その色を纏った人間が、無茶な単独行動に走る理由も、経験として理解できる。
だからこそ、余計な言葉はかけない。同情も詮索も、今この場では何の役にも立たないと分かっていた。
「答えなくていい。顔を見れば分かる」
「うぐ…… 性格悪いって言われない?」
「よく言われる」
悪びれもせずそう返せば、ユフィは毒気を抜かれたように肩を落とした。
呆れを表には出さず、グリモアを格子の制御装置へと接続する。電子音が短く鳴り、鉄扉が音もなく開いた。
「な……開いた?」
「……いいだろう。協力してやる」
「は? あんたが、あたしに?」
怪訝そうなユフィに、口の端を上げてみせる。
「ウータイの元首の娘に、貸しを作っておくのは、俺の計算にも合う。ルーファウス暗殺の後押しをしてやろう。狙撃地点まで、案内してやる」
「ほんとに!? やるじゃんゼロ、見直したぞ!」
輝くように表情を変えるユフィの背後で、俺は静かに別の算段を組み立てていた。
(ここでルーファウスが死ねば、神羅の強硬派が暴走し、即座に戦争が再燃する。それは、俺の計画にとっても、この星の均衡にとっても、都合が悪すぎる)
協力を装いながら、土壇場で暗殺そのものを失敗させ、この小娘だけを無傷で逃がす。それが、今この場で組み上げた、最も無難な筋書きだった。
(甘いと言われれば、それまでだがな)
自嘲気味にそう思いながら、狙撃に適した経路を、ユフィに向けて説明していく。案内する側にとっても、地の利は多いに越したことはなかった。
「式典の最中は警備の意識が中央のステージへ集中する。式典会場を見下ろせる高所の通路がある。そこからなら、狙いも定めやすいはずだ」
「へぇ……あんた、意外と役に立つじゃん」
「意外は余計だ」
軽口を叩きながらも、頭の中では、その経路の隅々まで既に描き終えていた。
上層ジュノンは、既に大歓声に包まれていた。
紙吹雪が舞う中を整然と行進する神羅兵の列。高所の通路から見下ろせば、明らかに他の隊列とは違う切れの良い一団があった。
(――クラウドか)
遠目にも分かる。バイザー越しでも隠しきれない、あの独特の身のこなし。両脇には、同じく制服姿の二人がいる。ティファと、エアリスだろう。
(――なぜ、あいつが指揮を執っている)
内心で、僅かに眉を寄せる。小隊の先頭に立ち、号令をかけているのは、間違いなくクラウドだった。搬入路で運悪く第七歩兵連隊に紛れ込み、そのまま巻き込まれたのだろう。だが、本来ならば、指揮権を持つ立場ではないはずだ。にもかかわらず、周囲の兵は、疑いもなく彼の号令に従っている。
(――大した胆力だな)
呆れ半分、感心半分でそう思う。元警備兵としての基礎教育が、この土壇場で活きているのだろう。付け焼き刃にしては、あまりにも堂に入った指揮ぶりだった。
……いや、訓練兵時代に、交代で小部隊の部隊長役をやった際も、クラウドは腹を決めれば堂々とした指揮をとっていた。リーダーとしての素質があるのだろう。
隊列の合わせ方、号令のタイミング、視線の配り方。どれをとっても生半可な模倣ではない。あの男が、訓練兵時代、どれだけ座学と観察に時間を費やしていたかを、今更ながらに思い知らされる。
視線を巡らせる。会場の反対側の荷揚げ用クレーンの陰に、水夫姿のバレットの姿があった。周囲の作業員に紛れ、さりげなく警備の配置を確認している。的確な判断だ。教えずとも、それくらいの動きはできるらしい。
着ぐるみのレッドⅩⅢの姿は見当たらない。おそらく、あの珍妙な格好のまま、どこかの茂みにでも潜んでいるのだろう。無事であることを祈るしかない。
「――第七歩兵連隊、見事な行進である! 最優秀小隊として、これを表彰する!」
アナウンスが響き渡る。壇上へと呼び出されていく三人の背中を、高所から見下ろしながら、思わず、口の端が緩んだ。
(――やるじゃないか)
潜入のはずが、まさか表彰されるとはな、と、内心で苦笑する。だが、これで、警備の意識は完全に中央のステージへと集中した。皮肉にも、好都合な状況が生まれている。
視線を、少し離れた物陰へと移す。ユフィが、背負った巨大な手裏剣に手をかけ、壇上のルーファウスへと狙いを定めていた。呼吸を殺し、全身の神経を一点に集中させるその姿には、確かなものがある。
(動きと精度自体は悪くない。刺客として選ばれるだけの腕はあるようだ)
だが、それも一瞬だった。すぐに、評価は冷めていく。
(脱出経路の一つも用意せず、ただ命じられるまま引き金を引こうとしている。国の思惑に踊らされているだけの、幼い駒だ。仲間として引き入れるには、リスクが高すぎる)
その考えに自分でも小さく苦笑する。今はまだそう判じておくだけで十分だろう。
壇上では、ルーファウスがマイクの前に立ち、居並ぶ兵達へと言葉を放っていた。
「――我々神羅は、新たな時代を迎える」
(――今だ)
ユフィの瞳に、鋭い光が宿るのが分かった。手裏剣を握る指に力が籠る。
放たれる寸前、足元に小さな石を転がした。
軸足が僅かにずれ、放たれた刃の軌道が、狂う。
「な――」
「社長、危ない!」
異音を察した治安維持統括のハイデッカーが、巨体を投げ出すようにしてルーファウスの前に割り込む。
飛来した手裏剣は、分厚い肩当てを弾き飛ばし、金属音を立てて床へと転がった。
「刺客だ! 周囲を捜索せよ!」
その号令とともに、静まり返っていた会場が一気に騒然となる。警備兵が一斉に、狙撃地点へと視線を向けた。
「嘘……! あのデブに防がれた!?」
顔を蒼白にするユフィの耳元、装着させておいた通信機から、静かに声をかける。
「しくじったな。警備が来る、走れ」
「ゼ、ゼロ!? なんで外れたのよ……!」
「理由を考える暇があるなら足を動かせ。左のダクトから出ろ、三つ目の角を右だ」
「ひぇぇっ……! 覚えてなさい――!」
半泣きの声を残し、ユフィがダクトへと飛び込んでいく。
物陰でグリモアを静かに収めながら、足元に転がしたはずの小石の感触を思い出す。
(――上出来だ)
狙撃の失敗。警備の混乱。あらかじめ調べておいた最短の脱出経路。パニックに陥ったユフィを正確に誘導していく。
「次の角を左だ。巡回とかち合う前に抜けろ」
『わ、分かった……!』
「そこを直進すれば、点検用の垂直坑がある。降りた先が港湾区画だ」
『は、速いってば……!』
やがて、彼女は警備網の隙間を縫うようにして、港に停泊するコスタ・デル・ソル行きの輸送船、その貨物室へと滑り込んでいった。
『……はぁ、はぁ……なんとか、逃げ込めた……船……?』
「コスタ行きの輸送船だ。潜んでおけ。命拾いしたな」
『あんたのナビは助かったけど、なんか納得いかないー! 絶対リベンジしてやるんだから!』
「気が向いたらな」
素っ気なく返せば、電波の向こうで、ユフィが何かを喚いているのが聞こえた。それを最後に、通信を切る。
(これで、この娘の安全は確保できた。……さて)
高所を降り、混乱の続く会場を離れ、指定していた埠頭へと足を向ける。
裏路地を幾つか折れた、人気の少ない路地の途中で、ふと背後に人の気配を感じた。
「――随分と、余裕のある動きだな」
聞き覚えのある、抑揚のない声だった。
振り返れば、そこに立っていたのは、ツォンだった。
「……ツォン」
思わず、義手に魔力を込めかける。だが、その手を止めた。殺気はない。ただ、静かに、こちらを見据える視線があるだけだった。
「警戒するな。今日は、話をしに来ただけだ」
「随分と、律儀なことだな。指名手配中のスパイに、直接会いに来るとは」
皮肉げにそう返せば、ツォンは、僅かに口の端を上げた。
「単刀直入に言おう。神羅にとっても、セフィロスは邪魔な存在だ」
その一言に、思わず目を細める。
「――どういうことだ」
「奴が何を企んでいるにせよ、我々の管理下にない脅威であることに変わりはない。プレジデントが死んで以降、上層部の一部は奴を追う間、お前達の動きを一時的に見逃す方針で動いている」
淡々と告げられた内容に内心で素早く思考を巡らせる。
(――泳がされていた、ということか)
「加えて、先の暗殺未遂の一件だ。あれのせいで、ルーファウス社長とクラウドの間で進んでいた話がこじれた」
「――話、というと」
「詳細は、本人から聞け。俺の口から話すことではない」
はぐらかすように、ツォンがそう告げる。だが、おおよその見当はついた。
「――俺がクラウド達を、うまく誘導しろと?」
「そういうことだ」
まるでこちらの内心を見透かしたかのように、ツォンが頷いた。
「社長は、お前達を高く買っていた。神羅としても、タークスとしても、セフィロスを直接相手にするのは荷が重い。ならば、お前達を泳がせて代わりに戦わせる方が、遥かに合理的だ」
その言葉に思わず自嘲めいた笑みが漏れる。相変わらず、この男の合理性には容赦がない。
懐からツォンが一枚のチケットを取り出し、こちらへと差し出した。
「コスタ・デル・ソル行きの、正規の乗船券だ。使うなり、捨てるなり、好きにしろ」
「――随分と、親切だな」
「社長はこちらで説得しておく。お前は、そちら側への説明と……エアリスを頼む」
短くそう告げられた一言に、思わず視線を鋭くする。
「エアリス、だと?」
「それ以上は、聞くな。今は、まだ」
にべもなく、そう返される。踏み込んだところで、答えが返ってくるとは思えなかった。
「それと」
背を向けかけたツォンが、思い出したように、付け加える。
「レノや、イリーナもそうだが……スカーレットが、お前に激怒しているのは、俺にも止められないぞ」
「――結構だ。今更、恐れるものでもない」
素っ気なく返せば、ツォンは、僅かに口の端を上げた。
「達者でな」
それだけ言い残し、路地の闇へと、静かに姿を消していく。
受け取ったチケットを見下ろしながら、しばしその場に立ち尽くす。
(――泳がされ、駒として使われ、それでも、利用価値がある間は生かされる、か)
自嘲気味に、そう独りごちる。だが、悪い話ではない。むしろ、今この状況では、渡りに船だった。
チケットを懐へと収め、再び、埠頭へと足を向けた。
埠頭に着けば、既に、水夫姿のバレットと、着ぐるみのままのレッドⅩⅢが到着していた。少し遅れて、制服姿のクラウド達も、雑踏に紛れながら姿を見せる。
「――ジュリアス! どこにいたんだ!」
クラウドが、こちらに気づいて駆け寄ってくる。
「見物していた。お前達の、見事な行進をな」
「……見てたのかよ」
苦い顔をするクラウドに、思わず口の端が緩む。
「表彰式まで受けるとは思わなかったがな。それに――随分と、堂に入った指揮ぶりだった」
「柄にもなく、身体が勝手に動いた」
決まり悪そうに頭を掻くクラウドに、隣でティファが小さく吹き出す。
「あー、疲れた。二度とごめんだぜ、こんな格好」
バレットが自分の水夫姿を見下ろしながら、ぼやくように零す。
「私も、同意見だ。だが、役には立ったようだな」
一同の顔を見渡す。誰も欠けていない。ひとまずは、上出来と言っていいだろう。
「――ジュリアス、聞いてほしいことがある」
クラウドが、声のトーンを落として、そう切り出す。
「なんだ」
「さっき……表彰式でルーファウスの前に呼び出された時、取引を持ちかけられた」
「取引?」
「セフィロスについてだ。奴を追って、セフィロスを倒せば、悪いようにはしない、と。……暗殺騒ぎでこっちを疑っていたし、正直信用しきれないが」
クラウドの言葉に、内心で小さく頷く。
「――大体の経緯は、聞いている」
「え?」
驚くクラウドに、懐から取り出したチケットを見せる。
「ツォンから、直接な。神羅にとっても、セフィロスは制御できない脅威らしい。だから、俺達を泳がせて、代わりに戦わせるつもりだ」
「……随分と、都合のいい話だな」
苦い顔をするクラウドに、小さく肩をすくめる。
「利用されているのは承知の上だ。だが、この状況で渡りに船なのも事実だ。ユフィの一件で、どこまで追跡が緩むかは分からんが……しばらくは時間を稼げるだろう」
短くそう判断を告げれば、クラウドはしばし黙り込んだ後、小さく頷いた。
「――分かった。今は、それに乗るしかなさそうだな」
クラウドの言葉に頷きを返した、その時だった。
埠頭の奥、船の乗降口に、異様な一団が現れる。
黒いマントを纏った人影が、一人、また一人と列を成して輸送船へと乗り込んでいく。誰も言葉を発さず俯いたまま、機械的な足取りで甲板へと吸い込まれていった。
「……なんだ、ありゃ」
バレットが、警戒するように、そう零す。
「――あの、マントの男」
クラウドの声が、僅かに強張った。壱番街で、そしてカームの町でも見たという、あの黒いマントの男。今、目の前にいるのは、その一人だけではない。数えるだけでも、十人はくだらなかった。
(――同じ格好の人間が、これほど大勢……)
内心で、素早く思考を巡らせる。偶然とは、到底思えない数だった。
だが、驚いている場合ではなかった。あの一団の存在は、こちらにとって都合の良い目眩ましにもなり得る。
「――好都合だ。あれに紛れる」
短くそう告げれば、一同が怪訝そうな顔を向けてくる。
「紛れるって……あの不気味な連中の後ろに、ついていくのか?」
「他に、これほど自然に警備の目を逸らせる手はない。連中が乗り込んでいる間は、乗降口の検問も疎かになるはずだ」
淡々とそう告げれば、誰も、それ以上は反論しなかった。
黒いマントの列の最後尾に、さりげなく紛れ込む。異様な沈黙の中、誰一人こちらを振り返る者はいなかった。ただ俯いたまま、機械的な足取りで甲板へと吸い込まれていくだけだ。
(――何かに操られているような動きだな)
内心で、僅かに眉を寄せる。人間らしい反応が、一切、感じられない。だが、今はそれを詮索している暇は無かった。
タラップの先、船長らしき初老の男が乗船者を確認している。
懐から、ツォンに渡された乗船許可証を取り出し、差し出す。
「――五人と一体、乗せてもらう」
「……ん? あぁ、聞いてるよ。話は通ってる」
男は、書類にざっと目を通すと、それ以上何も問わずに頷いた。黒いマントの一団にすっかり気を取られているのか、あるいはツォンの手配が行き届いているのか。理由はどちらでもいい。
一同を促し、タラップを渡る。
甲板に立てば、既に、先程の黒いマントの一団は船内へと姿を消していた。どこへ消えたのかは分からない。ただ、その気配だけが船のどこかに、まだ澱のように残っている気がした。
「――気味の悪い連中と、同じ船か」
バレットが、低く、そう呟く。
「油断はするな。あれが何であれ、まともな相手ではなさそうだ」
短くそう釘を刺す。
多少なりとも空気を和らげようと、口を開いた。
「乗り物酔いには気をつけろよ」
誰へともなく、そう告げる。
「……俺を見て言うな」
クラウドは、うんざりしたような顔で視線を逸らす。
「――それより、さっきの人たちの方が気になる」
ティファが、硬い声でそう零す。
「同感だ。だが、確かめる術は、今の所ない」
短く応じる。今夜のうちに、できる限りの情報を集めておくべきだろう。
一同の視線が、自然と、遠ざかっていく波止場の明かりへと向く。誰の表情にも、隠しきれない緊張が滲んでいた。
(ザックスの手掛かりも、セフィロスの動きも、この街ではまだ掴めていない)
それでも、駒は一つ増えた。ユフィという小娘の抱える事情までは、まだ見えない。あの黒いマントの一団の正体も、今は分からない。
それに――ツォンの言葉も、ルーファウスの取引も、まだ腹の底までは読めていない。
それでも、進むしかなかった。
出港を告げる汽笛が、低く、港に響き渡る。
――この船旅には、思っていた以上の厄介事が待ち受けているのかもしれない。
夕日に染まるジュノンの港が、少しずつ遠ざかっていくのを、静かに見つめた。