FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
出港して間もない甲板は拍子抜けするほど穏やかだった。
紺碧の海と抜けるような青空。昨夜、埠頭で目にした黒マントの一団の異様さが嘘のように、潮風だけがのんびりと頬を撫でていく。
デッキチェアに寝転がるバレット、手すりから海を覗き込むエアリス、それぞれが思い思いに、久方ぶりの休息を味わっているようだった。ミッドガルを離れてから、幾度となく死線を潜り抜けてきた面々にとって、こうして何もせず海を眺める時間は、貴重な息継ぎなのだろう。
離れた場所では、ティファとクラウドが並んで、遠くの水平線を眺めている。二人の間に流れる空気は、以前よりも、幾分か柔らかくなったように見えた。カームでの夜以来、確かに何かが変わったのだろう。
もっとも、自分にとっては、休息もまた情報収集の延長でしかなかった。乗客の中に紛れた不審者はいないか。船員の動きに不自然な点はないか。無意識のうちに、そうした観察を続けている自分がいた。復讐者としての癖は、こんな穏やかな時間の中でも、簡単には抜けてくれないらしい。
手すりに寄りかかり、遠ざかるジュノンの支柱を眺める。頭の中では昨日得た情報を静かに整理していた。ツォンの言葉。ルーファウスの取引。そして――エアリスを頼む、という意味深な一言。どれも今すぐ答えの出るものではない。今は情報の断片を並べ、優先順位をつけることしかできなかった。
「あ! ゼロじゃん!」
不意に響いた能天気な声に、思わず舌打ちしそうになる。
振り返れば、ユフィが人懐こい笑みを浮かべながら駆け寄ってくるところだった。
(――馬鹿が)
感情を排した眼光で、まっすぐにユフィを射抜く。
「その名で呼ぶな。俺の名前は『ジュリアス』だ」
冷ややかな声で、静かにしかしはっきりと告げる。義手にそっと手をやりながら続けた。
「余計な喋りは口を縫い付けるぞ」
「ひえっ……! 冗談通じないヤツ!」
ユフィが飛び上がるようにして両手で口を塞ぐ。
「ジュ、ジュリアス……で、良い?」
「それでいい」
短く応じれば、ユフィは決まり悪そうに頬を掻いた。乗船中には、堅気でない者も紛れている可能性がある。裏の名前を軽々しく呼ばれるのは、こちらとしても看過できなかった。
「――お前、まだこの辺をうろついてやがったのか」
呆れたように、そう零したのはバレットだった。アンダージュノンのユフィとは既に顔見知りになっているため、バレットの態度は比較的穏やかだった。
「し、しつこいって言うな! あたしにも都合があるの!」
ユフィが、ムキになったように言い返す。
「同じ船に乗ってたとはな。世間は狭い」
クラウドが苦笑気味に零す言葉に、ユフィがバツの悪そうな顔をした。
「――なんで、ジュリアスのこと、ゼロなんて呼んでたの?」
不思議そうに問いかけてきたのはティファだった。ジュノンでの一件の詳細は、まだ、この場の全員には共有されていない。
「ウータイはアバランチ本流と繋がりがあるからな。俺がゼロだと明かすほうが、話が早かっただけだ」
はぐらかすように答えれば、ティファはそれ以上追及せず、小さく頷いた。
甲板の手すりに背を預け、遠ざかる海岸線を眺める。ツォンの言葉を思い返す。エアリスを頼む、という一言の真意は、まだ見えてこない。彼女自身にそれとなく探りを入れるべきか、それとも今は静観すべきか。頭の片隅で、答えの出ない問いを転がしながら、視線をユフィへと戻す。少なくとも、この小娘の口の軽さだけは、早々に矯正しておく必要があった。
「ユフィ。先の名の重みは知っているはずだ。軽々しく口に出すな」
「へーい。気をつけまーす」
彼女の態度は、まるで喉元過ぎればなんとやら……と言わんばかりであった。
内心でため息をつきつつ、理屈抜きで動くタイプはやはり苦手だと再認識した。
航海は思いのほか順調に進んだ。
穏やかな昼下がり、甲板の隅で手すりにしがみつき、顔面蒼白で座り込んでいるクラウドの姿を見つける。
「――情けない姿だな」
「うるさい…… 揺れが駄目なんだ」
絞り出すような声でクラウドが呻く。
訓練生時代も、訓練場へ向かうトラックの中で、クラウドは車酔いに悩まされていた。いまだに乗り物酔いは克服できていないらしい。懐かしい姿に、思わず失笑する。
すぐ傍らでは、ユフィもまた「世界が、回るぅ……」と床にへたり込んでいた。
懐から用意しておいた酔い止めを取り出し、二人へと差し出す。
「魔晄と細胞の適応でソルジャーと同じような身体になっても、波には勝てないか」
冷静かつ皮肉交じりにそう零せば、クラウドが恨めしそうにこちらを睨みつけてくる。だが言い返す余裕すら残っていないらしい。震える手で薬を受け取り、無言のまま口に含んだ。
「あんた、少しは労わる気無いの……」
ユフィが涙目でそう零しながら薬を飲み下す。
「気が向いたらな」
素っ気なく返せば、傍で見ていたティファが小さく吹き出した。
「相変わらず優しくないね」
「事実を言っているだけだ」
しばらくすると二人とも幾分か顔色を取り戻していく。薬が効いてきたのだろう。エアリスがすかさず水を運んできて、二人の背中を交互にさすっていた。バレットは呆れたように腕を組み、その様子を眺めている。
「まったく、世話の焼ける奴らだぜ」
呆れ混じりにそう零しながらも、バレットは水の入ったコップを、もう一つ取りに行ってやっていた。口では文句を言いながらも、面倒見の良さが滲み出ている辺り、実に彼らしい。
「情けねぇなお前ら。俺は乗り物なんぞに負けたことねぇぜ」
「羨ましい限りだ」
クラウドが力なくそう零す声に、周囲から小さな笑いが漏れた。
「ジュリアスは平気なの?」
エアリスが興味深げに問いかけてくる。
「昔から、乗り物には強い体質でな。理由は俺にも分からん」
「便利な体質だね」
「便利かどうかは知らんが、酔って動けなくなるよりはましだ」
そう返せば、エアリスは楽しげに笑い、二人の看病へと戻っていった。
「おい、こいつらにも、その体質とやら、分けてくれよ」
バレットが冗談めかして、そう申し出てくる。
「生まれつきのものだ。分けられるなら、こっちが欲しいくらいだ」
「バッサリ言うじゃねぇか」
「事実を言っているだけだ、と何度も言わせるな」
ニヤニヤと揶揄う姿を隠さないバレットに、思わず口の端が緩む。こういった軽口の応酬にも、少しずつ慣れてきた自分に、内心で小さく苦笑する。以前の自分なら、こんな無駄なやり取りに付き合う余裕すら無かっただろう。
その頃、船内のサロンでは、暇を持て余した乗客達の間でカードゲームの大会が開かれていた。クイーンズ・ブラッドと呼ばれる、盤面に駒を並べて陣地を競う遊戯だった。船員が説明する簡単なルールを聞き流しながら、内心では既に幾つかの必勝筋を組み立て始めていた。
「――暇潰しには丁度良いか」
軽い気持ちで参加を決める。回復したユフィも、興味津々といった様子で卓の隅に陣取った。
対戦相手の盤面の癖、手札の配分、次の一手の傾向。工作員としての観察眼を、こんな場でも使うことになるとは思わなかった。だが悪くない頭の体操だった。
「みんなも混ざる?」
エアリスが、隣の卓で見物していたティファへと声をかける。
「私、こういうの得意じゃないから……応援に回るよ」
苦笑しながら答えるティファの視線が、こちらの盤面へと向く。相手の駒を次々と切り崩していく様子に、感心とも呆れともつかない表情を浮かべていた。
「な、なんだよそれ反則だろ!」
三戦目の相手が盤面を見て叫ぶ。
「反則ではない。ただの計算だ」
淡々と応じながら、次々と相手の陣地を崩していく。相手の駒の配置と、これまでの手筋の統計から、最も脅威度の低いルートを逆算する。単純な作業だった。戦場での判断に比べれば、遥かに気楽なものだ。
「――ジュリアス、つえー!」
すっかり回復したユフィが目を丸くしながら盤面を覗き込んでいた。
「うわ、これ完全に詰んでるじゃん! なんでそんな読めるの!?」
「読んでいるわけじゃない。可能性を絞り込んでいるだけだ」
そう答えれば、周囲の観客からも小さなどよめきが上がる。
「次、あたしと勝負しろ!」
すっかり調子を取り戻したユフィが、意気揚々と卓の対面に座る。だが結果は同じだった。三手も進まないうちに、盤面の主導権を完全に握られたユフィが、うーうーと唸り声を上げる。
「なんで、こんな、あっさり……!」
「お前の手癖は、先程から観察していた。同じ轍を踏むほどこちらも間抜けじゃない」
淡々と告げれば、ユフィは完全に脱力し、卓に突っ伏した。
「くっそー……! 次こそ、絶対に勝つんだから!」
負けん気だけは人一倍のようだった。それだけ言い残して席を立つと、今度は別の乗客を捕まえて、懲りずに勝負を挑みに行く。数分後、また同じ調子で唸り声を上げているのが遠目に見えた。あの単純さだけは、ある意味で羨ましいのかもしれない。
結局その日のうちに、卓を囲んだ相手を残らず打ち破ることになった。景品として受け取った安物のマテリアを、興味なさそうに懐へしまい込む。
「なぁ、賞金稼ぎでもやったらどうだ。これだけ稼ぎが良けりゃ、旅費にも困らねぇだろ」
見物していたバレットが、半ば本気でそう提案してくる。
「発想は悪くないが、目立ちすぎる。今は静かに動く方が得策だ」
淡々と答えれば、バレットは「まぁ、そうだよな」と、あっさり引き下がった。
……タークス時代、プレート上で賭けチェスやポーカー等で闇資金を作っていたことは、話さないほうがいいだろう。
「――策士はこんなところでも策士なんだな」
呆れたようにクラウドが零す言葉に、肩をすくめて応じる。
「頭の使い道は選ばない主義でな」
穏やかな時間がそう長くは続かないことを、この時はまだ誰も知らなかった。
夕刻。食堂で夕食を摂り終えた頃、けたたましいアラート音が船内に鳴り響いた。
『――繰り返します。乗客の皆様は客室から出ないでください。下層区画にて異常事態が発生しています』
船長自らの、緊張の滲む声だった。
「――ッ、下層区画か」
「あの黒マントの人達じゃ……」
ティファが硬い声でそう零す。
(――やはり無関係じゃないか)
内心で舌打ちを堪えながら義手にグリモアを繋ぐ。
「行くぞ。自分たちが乗っている船が沈むのを黙って見ているわけにはいかない」
短く告げれば誰も反論しなかった。
薄暗い階段を下り、下層の貨物室へと近づくにつれ、獣じみた呻き声が幾重にも重なって響いてくる。
視線の先、黒いマントの群れが通路の壁に寄りかかるようにして蠢いていた。虚ろな目つきのまま意味を成さない言葉を呟き続けている。異様な光景に、誰もが息を呑んだ。
「――ジュリアス、あんた、こいつらのこと知ってるの……?」
背後から怯えたようにユフィが問いかけてくる。
「詳しくは知らん。だが、無関係とは思えない」
短く答えながら、頭の中でこれまでの目撃情報を並べる。壱番街。カーム。そして、これほどの大人数での確認は、今回が初めてだった。何かの引き金が、この船の中で引かれたのだろう。
「――何事だ、貴様ら」
船長が拳銃を構えたまま震える声で誰何する。
制止も虚しく、一人の男がうわ言のような声を漏らしながら船長へとふらふら歩み寄っていく。
「――近づくな!」
叫びと同時に船長の拳銃が火を噴いた。
「――ッ!」
至近距離からの銃弾を受けて男の身体が大きく仰け反る。だが血は流れなかった。
傷口から溢れ出したのは粘つく黒い液体と不気味な緑の光だった。
「な…… なんだ、これは……!」
船長の声が恐怖に上擦る。
周囲の黒マント達も次々と同じ光を放ちながら、その輪郭を歪めていく。粘液が絡み合うように一つの塊へと融合していった。
「――全員、下がれ!」
叫びながら船長を引き寄せ後方へと突き飛ばす。
(――生半可な相手じゃない)
内心で素早く警戒を強める。目の前で起きているのは人間の常識で対処できる現象ではなかった。
融合した肉塊が耳障りな音とともに膨張していく。長く伸びた腕。幾つもの目。痙攣するように蠢く触手。やがて人の形とはかけ離れた巨大な異形が、そこに立ち上がった。
貨物室の天井近くまで達するその巨躯が、船の外殻を軋ませる。積み荷の木箱が次々と押し潰され、耳障りな音を立てて崩れていった。このまま放置すれば、船体そのものに致命的な損傷が及びかねない。
「――ッ、まさか」
以前、神羅ビルの一室で見た、あの銘板の記憶が過ぎる。
「ジェノバ、か……!」
低く、そう呟く。
「クラウド、正面は任せた! バレット、頭を狙え!」
叫びながらみやぶるマテリアへと魔力を通す。仮想モニターに次々と数値が浮かび上がった。
(――核は胸部。弱点らしいものはないが、耐性もない……ゴリ押すしかないか)
「弱点はないが、耐性もない! エアリス、ティファ、援護に回れ!」
「了解!」
バスターソードを構えたクラウドが伸びてくる触手を斬り払いながら間合いを詰める。
「言われなくてもな!」
バレットの銃撃が異形の頭部へと次々と撃ち込まれる。だが分厚い皮膚に阻まれ、大した傷にはならない。
「演算開始――擬似ファイア、連続展開!」
グリモアへ魔力を注ぎ込み炎の弾丸を幾つも撃ち出す。着弾のたびに異形の肉が焼け爛れ、苦悶に似た咆哮が船底に反響した。
狭い船底では思うように動けない。それでも船が沈めば全てが終わる。慎重さと速度、両方を天秤にかけながら演算を組み上げていく。
異形の触手が、天井の配管を薙ぎ払う。破裂した蒸気管から、白煙が勢いよく吹き出した。視界が一瞬で覆われる。
「――視界が悪い、位置を声で伝え合え!」
叫びながら、義手の熱源感知に意識を集中させる。仮想モニターに映し出される反応を頼りに、周囲の状況を素早く把握していく。
「あ、あたしも、やる……!」
船酔いか、得体の知れないものへの恐怖か……震えながらも手裏剣を構えるユフィに、短く指示を飛ばす。
「お前は船長を連れて、上の甲板へ避難させろ。ここは、俺達で足りる」
「わ、分かった……!」
戦力にならない者を無理に戦わせる意味はない。何より、船長という証人を守っておくことは、後々の説明を円滑にする上でも都合が良かった。ユフィは頷くと、腰を抜かした船長の腕を掴み、階段の方へと引きずっていった。
「レッドⅩⅢ、右!」
「承知した!」
跳躍したレッドⅩⅢの牙が伸びてきた触手の一本を深く食い千切る。
「ティファ、左だ!」
「うん!」
ティファの拳が露出した肉塊の中心を叩き込む。骨の軋むような音とともに異形の巨躯が大きくよろめいた。
「船体に直撃させるな!」
叫びながら周囲へ障壁の魔法を展開する。振り回された触手が蒼い光に阻まれ、鈍い音を立てて弾かれた。
「演算開始――擬似バリア!」
これ以上船を傷つけさせるわけにはいかない。狭い戦場での立ち回りは、まさに自分の専門分野だった。
「エアリス、回復を頼む!」
「うん、任せて!」
エアリスの淡い光が、傷を負ったティファとバレットを包み込む。援護の要として、彼女の存在は、この乱戦の中でも心強い支えになっていた。
「クラウド、今だ!」
叫んだ声にクラウドが頷く。
跳躍した身体が露わになった核へとまっすぐに迫っていく。
「――終わりだ!」
バスターソードの一閃が異形の胸部を深々と貫いた。
断末魔とも取れる咆哮を最後に、肉塊は黒い靄となって崩れ落ちていく。
静寂が船底に戻る。
「――片付いたか」
肩で息をしながら周囲を確認する。誰もが立っている。それだけで十分だった。
「なんつー化け物だよ、船の中まで湧いてきやがって」
バレットが吐き捨てるように零す。
「私も正直肝を冷やした……」
ティファが胸を撫で下ろしながら、そう続けた。
崩れ落ちた黒い靄の奥、揺らめく幻影のように銀髪の男の姿が一瞬だけ浮かび上がる。
冷たい気配が、船底全体を満たしていく。誰もが、無意識のうちに、武器を握る手に力を込めていた。
「――クラウド」
その声にクラウドの肩が強張った。
「その手で、また何かを守ったつもりか。哀れなものだ」
「――黙れ」
クラウドが低く唸る。バスターソードを握る手に、力が籠るのが分かった。
「守れなかった、と言いたいのか」
「守った、守れなかった。そんな尺度に、意味は無い。お前は、いずれ全てを思い出す。それだけだ」
抑揚のない声で、そう続ける。
「まだ、始まってすらいない」
低く、そう囁くと、セフィロスの幻影は靄と共に消え失せた。
「――ッ、待て!」
追おうとするクラウドを腕で制する。
「もういない。今は船の無事を優先しろ」
短く告げればクラウドは悔しそうに大剣を下ろした。その拳が、なおも小さく震えていた。
崩れた木箱の隙間から、船員達が恐る恐る顔を覗かせる。事態が収まったことを察してか、安堵の息を漏らす者もいれば、腰を抜かしたまま動けずにいる者もいた。誰もが一様に、今しがた目にした光景を、まだ信じきれていない様子だった。
「――大丈夫か」
「……ああ。ただ、あいつの声を聞くたび、頭の芯が冷たくなる気がする」
小さく零すクラウドの肩に、それ以上何も言わず軽く触れる。今は、それだけで十分だろう。
戦闘の後、船内は騒然としたものの、大きな被害は最小限に食い止められた。船長からは感謝とともに深々と頭を下げられる。
「――一体、あんたら、何者なんだ」
問いかけてくる船長に、短く答える。
「旅の一行だ。それ以上でも、それ以下でもない」
はぐらかすように告げれば、船長はそれ以上、深く追及してこなかった。命を救われた恩義もあってか、乗客名簿の詳細な確認は、なあなあで済まされることになった。乗客達の間では、正体不明の一団による事故として、曖昧に処理されることになった。
もっとも、これで完全に安全というわけではない。あれだけの規模の異変だ。噂として広まれば、いずれ神羅の耳にも入るだろう。今後の足取りには、これまで以上に注意を払う必要がありそうだった。
朝焼けが海面を橙色に染める頃、疲労の色を隠せない一同は甲板で静かに港の明かりを待っていた。
「――クラウド、大丈夫か」
壁に手をつき真っ青な顔でうずくまるクラウドに声をかける。
「……戦闘の揺れと船の揺れが両方来て…… もう、駄目だ……」
情けない声でそう零す。
「戦えるくせに船には勝てないとはな」
「ジュリアス…… 今だけは黙っててくれ……」
弱々しい抗議に思わず口の端が緩む。
すぐ隣ではレッドⅩⅢが南国の陽射しにぐったりと舌を出していた。
「――この暑さは少々堪えるな」
「お前もか」
呆れ混じりにそう零せば、レッドⅩⅢは無言のまま金色の瞳を細めた。
「――お二人さん、次の街じゃ、もう少し休ませてやった方が良さそうっすね」
すぐ近くで様子を見ていたユフィが、珍しく神妙な顔でそう零す。連日の連戦に、彼女なりに思うところがあったのだろう。
「言われなくても、そのつもりだ」
短く答えれば、ユフィは「素直じゃないなー」と、いつもの調子に戻って笑った。
汽笛が低く長く響き渡る。
『まもなく、コスタ・デル・ソルへ入港します』
アナウンスとともに、視界の先に白い砂浜と青く輝く海が広がっていく。南国特有の乾いた陽射しが、疲れた身体を容赦なく照りつけていた。
「ひとまず、足を止める口実としては十分だな」
冷静にそう判断しながら、うずくまるクラウドと暑さに参るレッドⅩⅢを横目に見やる。
(――少しは休ませてやるべきか)
内心でそう思いながら、近づいてくる港の景色を静かに見つめた。
まだザックスの手掛かりも、セフィロスの真意も掴めていない。黒マントの一団の正体も、依然として謎のままだ。エアリスを頼む、というツォンの言葉の意味も、いまだ分からずじまいだった。
それでも、この賑やかな一行と共に歩む時間が、僅かながら悪くないと思えている自分がいた。
隣を見れば、バレットが大きく伸びをしながら、これからの予定について、ティファと言葉を交わしていた。エアリスは、船内で買い求めたらしい貝殻のアクセサリーを、楽しげに手のひらで転がしている。誰もが、それぞれの形で、この短い休息を噛み締めているようだった。
「――ジュリアス、そろそろ荷物、まとめておいた方が良いんじゃない?」
エアリスが、こちらへとそう声をかけてくる。
「分かっている。もう少し、この景色を見ていたいだけだ」
素直にそう答えれば、エアリスは意外そうに、しかし嬉しそうに、小さく微笑んだ。
「珍しいね、そういうこと言うの」
「気が向いただけだ」
そっけなく返しながらも、視線は、近づいてくる港の輪郭から離さなかった。
十年以上、独りで抱え続けてきた復讐の道だ。仲間という言葉に、いまだにどこか馴染めない自分がいる。それでも、うずくまるクラウドの背を撫でるティファの姿や、暑さにへばるレッドⅩⅢを笑うエアリスの声を眺めていると、ほんの少しだけ、肩の力が抜けていくのを感じた。
(――ザックス、お前は今頃、どこで、どうしている)
エアリスにさえ、もはや感じ取れなくなったという、あの気配。無事を信じるしかない現状に、内心で小さく歯噛みする。
(必ず、見つける。約束は違えない)
胸の内で、そう改めて誓い直す。ザックスの気配も、セフィロスの真意も、黒マントの正体も、いずれ、この手で全て解き明かしてみせる。そのための一歩が、今まさに、この港で始まろうとしていた。
甲板の手すりに、そっと手を添える。差し込んでくる朝日の眩しさに、思わず目を細めた。船内で得られた情報は多くない。だが、ジェノバの断片が、こうも各地で人を触媒に暴走を始めているという事実は、看過できるものではなかった。ニブルヘイムへ向かう道のりの先に、どれだけの真実が待っているのか。今はまだ、その全容を推し量ることすらできなかった。
(――全部、繋がっているのかもしれないな)
黒マントの一団も、宝条の実験も、セフィロスの言う運命というものも。断片的な情報の一つ一つは、まだ形を成さない。それでも、この先を歩き続ければ、いずれ一つの絵図として見えてくるはずだ。そのために、今は一歩ずつ、着実に進むしかなかった。
コスタ・デル・ソルの港が、朝日を浴びて静かに近づいてきていた。