FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
下船を終えた甲板の先、コスタ・デル・ソルの朝日が眩しく降り注いでいた。
白い砂浜と青い海。昨夜の激戦が嘘のように、穏やかな潮騒だけが辺りを満たしている。行き交う観光客の笑い声に紛れながら、一行は港の桟橋を渡っていく。
デッキを降りるなり、南国特有の湿り気を帯びた熱気が、全身にまとわりついてきた。ジュノンの乾いた空気とも、ミッドガルの排煙混じりの空気とも、まるで違う土地の匂いだった。
「わー、海だ!」
真っ先に声を弾ませたのはエアリスだった。
「ねえ、着いたばかりだけど、少し遊びたいな。ビーチ、行こうよ!」
両手を広げて、そう主張してくる。
「――おいおい、観光じゃねぇんだぞ」
バレットが、呆れたように水を差す。
「セフィロスのことも、まだ何一つ掴めてねぇ。遊んでる場合か」
至極まっとうな正論だった。だが、内心で小さく息を吐きながら、あえて口を挟む。
「――いや、悪くない案だ。リフレッシュする時間をとってもいいだろう」
「――は?」
バレットが、素っ頓狂な声を上げる。
「あんたがそういうこと言うとはな。心変わりでもしたか?」
「心変わりというほどのものでもない。ただ――」
指先で、少し離れた場所を示す。
そこには、真っ青な顔で桟橋の柱にもたれかかるクラウドと、南国の陽射しにぐったりと舌を垂らすレッドⅩⅢの姿があった。
「万全でない身体で、この先の道のりに立ち向うのは得策じゃない。休める時に休んでおくのは戦略の一環だ」
「……まぁ、休憩は必要そうだな」
半ば呆れながらも、バレットは渋々そう頷いた。
「ジュリアスが、そこまで気を回してくれるとは思わなかった」
弱々しい声でそう零したのはクラウドだった。
「勘違いするな。お前が使い物にならなくなる方が、俺にとっては困る。それだけだ」
素っ気なく返しながらも、内心では少しだけ肩の力が抜けている自分に気づいていた。
宿を探して海沿いの通りを歩けば、けたたましい声が飛んできた。
「――え、まさかお前ら!?」
素っ頓狂な声を上げながら駆け寄ってきたのは、日焼けした青年だった。人懐こい笑みを浮かべ、こちらの一団を覗き込んでくる。
「ジョニーじゃない!」
真っ先に声を上げたのはティファだった。
「久しぶりだなティファ! それに兄貴も、お久しぶりです!」
嬉々とした様子で、クラウドとバレットへと視線を移す。
「兄貴?」
聞き慣れない呼び方に、思わず片眉を上げる。
「ミッドガルで何度か会ったことがあってな……。兄貴はやめてくれ」
決まり悪そうに頭を掻きながら、クラウドが説明する。
「ウォールマーケットにも来てたもんねー。ティファを助けるんだーって空回りして」
エアリスがくすくすと笑いながら口を挟む。
「――こいつ、意外と顔が広いんだな」
呆れたようにそう零せば、バレットも「ミッドガルのどこにでも湧いて出てきやがったよな、この野郎」と、苦笑気味に付け加えた。
「あんたは、初めて見る顔だな。それに、そっちの……でかい猫?」
ジョニーの視線が、こちらとレッドⅩⅢへと向く。
「猫ではない」
低くそう訂正すれば、ジョニーは「お、おう、失礼……」と、決まり悪そうに頭を下げた。
「俺はジュリアスだ。連れの奇異な呼び名は聞かなくて結構」
素っ気なく名乗れば、レッドⅩⅢが「ずいぶんな紹介の仕方だな」と、静かにそう零した。
「実は、ここで宿屋をやっててさ! ティファと兄貴には恩があるし、是非泊まってってくれよ!」
満面の笑みで、そう申し出てくる。渡りに船だった。宿探しの手間が省ける。
「――お願いしようかな。ジョニーの顔も見られたし」
ティファが、柔らかく微笑みながらそう応じる。
「決まりだ! こっちだ、こっちこっち!」
意気揚々と案内するジョニーの背を追い、こぢんまりとした宿へと足を運ぶ。
「見ての通り、まだ発展途上の宿だけどよ……いつか、絶対でかくしてやるんだ。この俺の手でな!」
胸を張るジョニーの瞳には、根拠のない自信が漲っていた。
「シーサイド、ジョニー……」
「海の見える立地じゃないな……」
ティファとクラウドが呆れるように、路地裏の中にポツンとある宿は、明らかに売れない立地を押し付けられた様相となっていた。
ジョニーはそのことを気にしていたのか、諸々と事情と言い訳を話しだす。
ジョニーという男、間違いなく阿呆の類いである。だが、危なっかしい面はあるものの、嫌いにはなれない類の逞しさを感じられた。荷物を部屋に置き、それぞれが思い思いの服装でビーチへと繰り出す。
澄み渡る青空と、エメラルドグリーンの海。水着姿の一行が、砂浜へと足を踏み入れる。
波打ち際で興奮気味に声を上げるユフィと、日陰を探すレッドⅩⅢを横目に、クラウドが不意に歩みを止めた。
「あーもう、暑いのは苦手だと言っただろうに」
木陰へと避難したレッドⅩⅢが、ぐったりと舌を垂らしながらそう零す。
「毛皮の生き物には、南国は堪えるだろうな」
「他人事のように言うな」
「俺には毛皮も無ければ、体温調節の苦労もない。文句を言うだけ無駄だ」
淡々と返せば、レッドⅩⅢは僅かに目を細め、それ以上何も言わなかった。負け惜しみを飲み込んだような、その様子に、内心で小さく笑う。
視線の先には、普段の凛とした佇まいとは異なる水着姿のティファがいた。濡れた黒髪と健康的な肌に、クラウドは言葉を失ったまま棒立ちになっている。
「――クラウド? どこに目を奪われてるのかな?」
エアリスがニヤニヤと笑いながら、クラウドの肩を突いた。
「あ、いや、別に……」
動転した声が裏返る。その様子に思わず口の端が緩んだ。訓練兵時代から、こういう不器用さだけは変わらないらしい。
「隠すなら、もう少し上手くやったらどうだ」
「ジュリアス……お前まで」
「分かりやすすぎるぞ。視線がまっすぐ過ぎて、遠くからでも何に見惚れているか、一目瞭然だ」
「――ッ!」
耳まで赤くしたクラウドが、そっぽを向く。エアリスが楽しそうに笑い声を上げた。どこか微笑ましい時間が流れる。
「きゃっほー!!」
視界の端では、ユフィが勢いよく海へと飛び込んでいく。ざぶんという水音とともに、盛大な水しぶきが上がった。
「あー、冷たい! 気持ちいい! あんたも来なよ、ジュリアス!」
波間から顔を出したユフィが、こちらへと手を振ってくる。
「遠慮しておく。見ているだけで十分だ」
「相変わらずつまんないの」
不満げに口を尖らせつつも、ユフィはすぐにティファとの水掛け合いへと戻っていった。
「おい、こっちにまで飛んでくるだろうが!」
砂浜で寝そべっていたバレットが、抗議の声を上げる。だが、その口元は僅かに緩んでいた。
「バレットも、少しは楽しんだらどうだ」
「あんたが言うと、なんか調子狂うな」
ぼやきながらも、バレットは腰を上げ、渋々といった様子で波打ち際へと歩いていく。エアリスに手招きされ、砂の城作りに付き合わされているのが遠目にも見えた。崩れる度に子供のように悔しがる姿に、思わず口元が緩む。
「ジュリアスも水着なんだ。でもラッシュガードも着てるんだね。似合ってるよ」
戻ってきたエアリスが、そう茶化してくる。
「義手はどうしても目立つからな。隠すにはちょうどいい」
「そういうところ、相変わらずだね」
くすくすと笑うエアリスを横目に、遠くの波間で水を掛け合うユフィとティファの声に耳を傾ける。束の間の平穏を噛み締めるように。
だが、その空気は、ビーチの一角に佇む異物によって一変した。
パラソルの下で、周囲を囲んでいる女性達から優雅に日焼けオイルを塗られている男。神羅カンパニー科学部門統括、宝条だった。
「宝条……!」
クラウドの瞳に激しい怒りが宿る。バレットも拳を固めた。
「あの野郎、こんなところにまで湧いて出やがったのか」
吐き捨てるようなバレットの声に、内心で同意しつつも、あえて口には出さなかった。今は、感情に任せている場合ではない。
「随分と、余裕そうじゃないか」
低くそう吐き捨てる。この男が無防備に姿を晒すはずがない。何らかの計算があるはずだった。
「クックック……せっかくの休暇だ。少し賑やかにしてやろう」
宝条の視線が一瞬、エアリスの方へと流れる。値踏みするような、あの実験体を見る目つきだった。以前の一件を思い返す。あの男の執着は決して大げさなものではなかったらしい。反射的にクラウドが、エアリスとの間へ身を割り込ませる。
「――彼女に用があるなら、俺を通せ」
「ほう、随分と過保護なことだ」
宝条の視線が、次にクラウドへと移る。
「クラウド君も、随分と丈夫になったようだね。あの細胞、順調に馴染んでいるようで何よりだ」
「――黙れ」
低く唸るクラウドに、宝条は愉悦を隠そうともしなかった。
(――やはり、この男はクラウドの身体について知っている。下手すれば、直接手を下しているか?)
内心で素早く記憶を辿る。あの日エアリスへ向けた視線と、今の言葉。二つが僅かにだが繋がりを見せ始めている気がした。だが、今はまだ確証と呼べるものは無い。
くつくつと笑いながら、宝条は何やら端末を操作する。上空から、どこに控えていたのだろう、兵器と実験体の群れを解き放つ。
砂浜の陰に隠されていた巨大な担架じみた装置が、耳障りな駆動音とともに展開していく。折り畳まれていた鋼鉄の脚が、地面を踏みしめるようにして広がり、丸みを帯びた装甲の下から、幾つもの銃口とレンズが覗いた。全高は、優に人の背丈の三倍はあるだろう。
「――試作機、起動」
宝条が、端末を操作しながら、抑揚のない声でそう告げる。無機質な起動音とともに、兵器の関節部から蒸気じみた排気が噴き出した。周囲の実験体達が、その足元に集うように群がっていく。
南国のビーチは瞬く間に悲鳴とパニックに包まれた。
「くっ、バリアが固い……! 毒ガスも厄介だ!」
投げ捨てられたパラソルの傍、展開された兵器――強力な電磁バリアと、広範囲に散布される毒々しい気体、無数のミサイルが、次々と一行へと襲いかかる。
「観光客の避難を優先しろ! バレット、道を作れ!」
叫びながら、みやぶるマテリアへ魔力を通す。仮想モニターに、装甲の厚さと、脆弱な接続部の座標が浮かび上がった。
「――厄介な防御性能だ」
演算を組み上げながら、頭の中で幾つかの突破口を検討する。正攻法で装甲を削るには時間がかかりすぎる。何か決定打が要る。
四方に散らばった実験体が、悲鳴を上げて逃げ惑う観光客の間を、縫うように追い立てていく。数の多さと地形の悪さが重なり、思うように押し返せない。ビーチチェアが薙ぎ倒され、パラソルが吹き飛ぶたび、逃げ惑う人々の悲鳴が一段と大きくなった。
「クラウド、正面を頼む! 俺は装甲の解析を続ける!」
「了解!」
バスターソードを構えたクラウドが、迫る実験体を次々と斬り伏せていく。バレットの銃撃も、遅れて援護に加わった。
「ティファ、エアリス! 逃げ遅れた客を頼む!」
「分かった!」
二人が悲鳴を上げる観光客の元へと駆け出していく。レッドⅩⅢも暑さなど忘れたように素早く駆け回り、逃げ道を確保していた。
「ちょっと、下がってて! あたしの忍術で足止めしてやる!」
叫んだユフィの手から、分身の術式が展開される。辺り一帯に淡い光が広がった。
「――ッ、なんだこりゃあ!?」
すぐ傍で逃げ惑っていたはずのジョニーが、瞬く間に、三人、四人と、次々に増えていく。
「よーし、そのまま攪拌だー! ついでに避難誘導してー!」
ユフィの声に、増殖したジョニー達が、口々に同じ悲鳴を上げながら、砂浜を右往左往する。何がどうなってこの光景に至ったのか、詳しい経緯を確認している暇はなかった。だが、結果として、この混乱が敵の目を引き付ける恰好の目眩ましとなっていた。
「――くだらん。だが、目眩ましにはなるか」
呆れながらも、その混乱を逆手に取る。実験体の群れが、増えたジョニー達の方へと気を取られ始めていた。
やがて、その内の一体が、放置されていた電動二輪へと飛び乗る。
分析結果を頭の中で組み立てていると、遠くから間の抜けた悲鳴が聞こえてくる。
「ぎゃああああ! 助けてくれー!」
視線を向ければ、本物か分身かも定かでないジョニーが、操縦不能に陥った電動二輪に乗って、こちらへと突っ込んでくるところだった。
「あいつ、なんでこんな場所を走り回ってるんだ!」
バレットが、呆れ半分、驚き半分の声を上げる。
「知らん。だが、巻き込まれるぞ!」
「止まらねぇぇぇ!!」
パニックのまま暴走するウィリーが、ちょうど攻撃のために開いていた兵器の吸気口へと、まっすぐに突っ込んでいく。
「――ッ、避けろ!」
叫んだ声も、間に合わなかった。
車体とバッテリーが吸気口へと勢いよく挟まり、激しい火花とともに内部でショートが発生する。
「グ、ゴォォォ……!」
過負荷を起こしたのか、兵器の電磁バリアが、けたたましい火花を散らしながら強制的に解除された。
「――ッ、あのバカの暴走が効いたか!」
思わずそう零す。予期せぬ僥倖だった。狙って作れる隙ではない。それでも拾えるものは拾う。それが、こちらの流儀だった。
「ナイス突撃、赤髪男!」
物陰から様子を窺っていたユフィが、すかさず声を上げる。転がっていた観光用カートや資材を次々と敵の足元へ投げつけ、動きを封じにかかった。機転の利いた立ち回りに、内心で小さく感心する。
「バリアが切れた! 全員で、中央のコアを叩け!」
叫びながら、雷撃の演算式を組み上げる。
「おおおっ!」
クラウドの連撃が罅割れた装甲へと次々と打ち込まれる。
「――ッ、これで終わりだ!」
バスターソードの一閃が露わになった核へと深々と突き刺さる。
耳障りな駆動音を残し、兵器は大きく仰け反り、そのまま爆散した。
飛び散った火花が夕暮れの砂浜を一瞬だけ赤く照らす。
夕空に飛来したヘリが静かに、この場へと降り立つ。
「ほう、実に興味深いサンプルデータが取れた」
いつのまにか乗り込んだのか、タラップの上で宝条がこちらへと薄笑いを向けてくる。
「リユニオンの先で待っているぞ」
捨て台詞と共に、ヘリは雲の彼方へと去っていった。
「――待て、宝条ォ!」
追おうとするバレットの拳が、虚しく宙を切る。
「追っても無駄だ。今は、被害の確認が先だろう」
短く制すれば、バレットは悔しそうに舌打ちしながらも、拳を下ろした。
「あの野郎、リユニオンとか言ってたな。なんのことだ」
「――分からん。だが、良い話ではなさそうだ」
内心で素早く思考を巡らせる。リユニオン。再会、あるいは合流。ジェノバの断片が示していた、あの言葉とどこかで繋がっているのかもしれない。今はまだ確証と呼べるものは無かった。
砂浜には、まだ煙が薄く立ち上っていた。避難していた観光客達が、恐る恐る顔を覗かせている。幸い大きな怪我人は出ていないようだった。
「――終わったんすか、旦那」
震え声で、宿の従業員らしき初老の男が、こちらへと歩み寄ってくる。
「ああ。もう安全だ」
短く答えれば、男は安堵の息を吐き、他の避難者達へと声をかけに戻っていった。パラソルや遊具の残骸を、ボランティアめいて片付ける観光客の姿もちらほら見える。この街の人々の逞しさに、内心で小さく感心する。
宿へと戻れば、辺りに人だかりができていた。近隣の店主や、避難していた観光客達が、何やら口々に話している。
「見たか、あの兄ちゃん! 自分を何人にも分身させて、客をあちこちに誘導してたぞ!」
「たいした度胸だ。コスタの英雄だな、ありゃ」
「宿屋のジョニーだろ、ありゃ。今度、飯でも奢ってやらねぇとな」
口々にそう褒め称える声に、思わず片眉を上げる。何のことかと視線を巡らせれば、人だかりの中心で、擦り傷だらけの顔を赤くしながら、それでも満更でもなさそうに頭を掻いているジョニーの姿があった。
「あ、みんな……! 無事だったか!」
こちらに気づいたジョニーが、人混みをかき分けて駆け寄ってくる。手足のあちこちに擦り傷はあるものの、大きな怪我はないようだった。
「お前、ビーチでは大立ち回りだったようだな」
「え、あ…… いや、正直、自分でも何がなんだか」
決まり悪そうに頭を掻きながら、ジョニーが説明を始める。
「あの試作機を運んできた連中に、なんか都合よく利用されそうになっててさ……危うく俺は都合のいいピエロにされるところだったんだ。そしたら、あのユフィって子が颯爽と助けに来てくれてよ! あんな術があるなんて、思いもしなかったぜ」
興奮気味にまくし立てるジョニーの話に、内心で素早く状況を整理する。あの分身の裏には、そういう経緯があったらしい。詳しい成り行きまでは分からずとも、結果として上手く運んだのなら、文句を言う筋合いはなかった。
「それと、聞いてくれよ! なんか、あの騒ぎのおかげで、俺、コスタの英雄って呼ばれるようになっちまってさ! おかげで借金はチャラ! 兄貴たち様々だぁ!」
満面の笑みで、ジョニーがそう報告してくる。何がどう転んでそんな結果に至ったのか、詳しい経緯まではやはり分からない。だが、あの厄介事から解放されたのなら、悪い話ではないだろう。
「そういうわけで…… 今夜の宿代は、全部タダにするから! いや、それじゃ足りねぇくらいだ、本当に助かったよ、兄貴!」
「――それは助かる」
短く応じれば、ジョニーは満足そうに、何度も頷いた。
夕暮れの橙色が海を染める頃。
一行は、騒動の礼を兼ねてジョニーの営む宿の食堂に集まっていた。
テーブルには南国らしい料理が並ぶ。
「はー、宝条の奴が出てきた時はどうなるかと思ったが……」
バレットが豪快に肉を頬張りながら、そう零す。
「でも、海にも入れたし、思った以上にリフレッシュできたよ」
ティファが柔らかく微笑めば、エアリスも「うん、楽しかった!」と頷いた。
「暑さには参ったが、悪くない一日だった」
レッドⅩⅢが静かにそう続ける。傍らでは、クラウドが黙々と料理を口に運びながら、時折ティファへと視線を向けていた。今朝のやり取りを思い出しているのだろう。指摘するのも野暮だと、あえて口には出さなかった。
温かい茶を口に含みながら、小さく息を吐く。
「災難ではあったが……たまには、こういう休息も悪くはない」
端の席では、ユフィが「この肉ウマッ!」と断りもなく料理へ手を伸ばしていた。誰もそれを咎めず、いつも通りの賑やかな時間が流れていく。
「――なぁ、あんたら、あたしのこと、いつまで放置する気?」
不意に、ユフィがそう零す。
「放置とは、人聞きの悪い」
「だって、なんとなく一緒に行動してるだけじゃん。仲間ってわけでもないし」
拗ねたような口調に、内心で小さく苦笑する。
「今はそれでいい。お前の目的とこちらの目的が、常に一致するとは限らない」
「――ふーん、まぁいいけどさ」
あっさりと引き下がったユフィは、それ以上追及せず、再び肉に食らいついていった。切り替えの早さだけは、相変わらずだった。
食後、宿に置かれた広域地図と街で集めた情報をテーブルに広げる。
「さて、本題だ。宝条が去った方向と黒マントの目撃情報。それらが集中しているエリアがある」
「――コレル山か?」
クラウドの問いに、静かに頷く。
「ああ。コレル山を越え、北コレル方面へと向かっているようだ。過酷な山越えになるだろう」
その地名を聞いた瞬間、バレットの表情が、一瞬だけ複雑に歪んだのが分かった。何かを堪えるような、それでいて、どこか遠くを見るような目だった。
「――バレット?」
怪訝に思い、そう声をかける。
「……いや、何でもねぇ。行けばいいんだろ、コレルによ」
素っ気なく答えたバレットの声には、普段とは違う硬さが滲んでいた。
かつて自分とクラウドがカームで過去を話した際、バレットもまたコレルでの過去があると話していたのを思い出す。このタイミングで詮索するべきかどうか、内心で一瞬迷う。だが、今はまだ踏み込むべき時ではないだろう。
「なんだよ、休みが終わったと思ったら、次は山かよ」
はぐらかすように、バレットがそう零す。
「文句なら、コレル山に言え。俺の裁量ではどうにもならん」
「分かってるよ、分かってるけどよ」
肩を落としながらも、バレットの目には、既に次の戦いへの覚悟が滲んでいた。だが、その奥に、まだ何かを押し殺したような影が残っているのを、見逃さなかった。
「――行くぞ。セフィロスの足跡を追う」
クラウドが決意を口にする。バレット達も力強く頷いた。
夕暮れから夜へと移り変わる波音を聞きながら、静かに立ち上がる。
「出発は明朝。英気は、十分養えたはずだ。行くぞ、次の地へ」
南国の夜風を背に腰を上げる。
これから向かうコレル山は、地図で見る限り、決して穏やかな道のりではなさそうだった。それでも、足を止めるという選択肢は、既に無かった。
まだセフィロスの真意も掴めていない。宝条が口にした「リユニオン」という言葉の意味も、依然として謎のままだ。それでも、こうして一つずつ断片を拾い集めていくしかない。
エアリスへ向けられた、あの値踏みするような視線。クラウドの身体について漏らした一言。二つの意味を、まだ、正確には掴めていない。だが、この先の旅路で、いずれ答えに辿り着くはずだった。
それに――先程見せた、バレットのあの表情。踏み込むべきではないと判断したものの、コレルという土地に、何かがあることだけは確かだった。
夜空に、いくつもの星が瞬いている。ミッドガルでは、決して見られなかった光景だった。