FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
「一つ試してもらおうか」
――そう告げたダイアルに案内されるまま足を踏み入れた館の奥の一室は、外の喧噪から隔てられたように静まり返っていた。
壁際には見覚えのある部品――兵器開発部門の規格に沿った金属片が、無造作に積まれたままになっている。この地が、神羅にとって都合の悪いものを棄てるための場所として使われてきたのだと、あらためて思い知らされる光景だった。
石造りの壁に灯る松明の炎が揺れるたび、男の彫りの深い顔に濃い影が落ちる。
粗末な椅子に腰掛けたその姿には、荒くれ者を束ねる者特有の重さがあった。腕を組んで対面に立ちながら、この男が何を試そうとしているのかを、じっと読み取ろうとする。武力で従わせるだけの支配者なら、ここまでの規模の集落を維持できはしない。試すことで序列を確かめ、従う者だけを内側に置く。統治のやり方としては、むしろ理に適っていた。
「先ほど言った、試しの中身だ。無実の証明と、ここへ落ちてきた分の上納金。両方まとめて片づけたいなら、代表を一人出せ」
ダイアルは低く重い声で告げ、卓上に古びた紙片を放った。裏返った紙には、走り書きの文字でチョコボレースの規約と賞金額が記されている。
「ゴールドソーサーのチョコボレースで優勝しろ。それができりゃ、通行証もエレベーターも、この俺が手配してやる。できなきゃ――お前らの仲間は、しばらくここで俺の客人として過ごしてもらうことになる」
「客人、ね。ご丁寧な言い草だ」
皮肉げに返すと、ダイアルの視線がゆっくりと部屋の中を巡り、やがて一点に留まった。仲間たちの中で最も抵抗する力の弱そうな者――そう値踏みしたのだろう、指先が真っ直ぐにエアリスへと向けられる。
「――そこの娘。お前が一番、聞き分けが良さそうだ。人質はそっちにしてもらう。逃げも隠れもされちゃ、こっちの信用に関わるんでな」
「わたし?」
驚いた声を上げたエアリスに、ダイアルの表情は微塵も動じなかった。反射的に前へ出かけたティファの肩を、視線だけで制する。ここで力ずくの反発を見せれば、交渉そのものが決裂しかねない。
(見た目で選んだつもりだろうが、御しやすい相手ではないぞ。とはいえ、今はそちらの都合に乗ってやる方が早い)
だが、彼女一人だけを敵地同然の場所へ置いていくのは、あまりに分が悪い。何かしらの牽制を残しておく必要があった。
「一人で構わないが、条件がある。そこの獣も一緒に預けよう」
視線をレッドⅩⅢへ向けると、彼は片眉を上げてこちらを見返した。
「私も、か」
「お前がいれば、万一の際にも彼女を守れる。それに――力ずくで事を構える気なら、無傷では済まないと分かるだろう」
ダイアルの目が細められる。無言の値踏みの末、口の端がわずかに持ち上がった。
「……面白い。いいだろう、二人まとめて預かってやる」
「分かった。彼女とレッドⅩⅢを預ける」
「ジュリアス!?」
咎めるようなティファの声を、目配せ一つで抑える。エアリスもまた、意外にも落ち着いた表情でこちらを見返していた。何を考えているかまでは読み切れないが、少なくとも取り乱してはいない。
「わたしなら平気。……クラウド、ちゃんと勝ってきてね」
「案じるだけ無駄というものだ。私がついている」
落ち着いた声でそう言い残すと、レッドⅩⅢはエアリスと共に、ダイアルの部下に案内されるまま館の奥へと足を進めていった。その背中を見送りながら、レースの重みが増したことを嫌でも自覚する。
「おい、本当にいいのかよ! あんな柄の悪いのに任せて――」
食ってかかろうとするバレットの腕を、ティファがそっと引き止めた。
「バレット、落ち着いて。エアリスとレッドⅩⅢなら大丈夫。……多分」
「多分ってなんだよ、多分って!」
その言葉に、いくらか気は静まったものの、バレットの表情には不満がありありと残っていた。無理もない。仲間を敵地に近い場所へ置いていくことに、割り切れない思いを抱くのは当然だろう。だが、ここで感情論に流されれば、交渉の主導権そのものを失う。
女性と獣の二人を人質同然に館へ留め置くという条件は、選択の余地を最初から潰すための言い回しだった。断れば全員が留め置かれ、応じれば代表者一人が矢面に立つ。ダイアルという男の底が知れない分だけ、天秤の傾きに逆らう理由もなかった。
(吊るし上げるための舞台装置としては、悪くない。試すことで従わせる、統治の仕方としては合理的だ)
損得勘定だけで言えば、飲んで然るべき話だった。傍らでバレットが不服そうに眉を寄せているのが目に入る。
「本当にエアリス達を置いていくのかよ」
「文句なら勝ってから言え。今は選べる立場にない」
短く返すと、バレットは苦い顔のまま黙り込んだ。仲間を人質として置いていくことへの苛立ちは分かる。だが、この状況で下手に反発すれば、ダインの手掛かりそのものを失いかねない。頷きかけたところで、扉の陰から場違いに陽気な声が割り込んでくる。
「わては道案内でここまで来たんでっせ。ついでにレースの下馬評も、こっそり教えたるさかい」
案内役として自然に付き従ってきたぬいぐるみ――ケット・シーの丸い目玉が、そろばんでも弾くようにこちらを窺っている。
手際が良すぎる。土地勘があり過ぎる。プリズンの奥深くまで顔が利く占いロボットなど、まともな出自であるはずがない。案内を頼んだ覚えもないのに、気付けば当然のようにこの場に居座っている神経も含めて、値踏みするだけの材料が揃いすぎていた。
(監視の目を、あえて手元に置いておく。切り捨てるより、泳がせて確かめる方が実入りは多い。手札は多いに越したことはない)
「好きにしろ。ただし、妙な動きを見せた瞬間に容赦はしない」
短く釘を刺すと、ケット・シーは「おおこわ」とおどけて肩をすくめた。ダイアルの口の端がわずかに歪む。それで取引は成立した。
ダイアルの紹介で訪れたチョコボファームには、羽根の艶を失った一羽のチョコボが力なく蹲っていた。世話をしていたのは、人懐こい笑みを浮かべた少年――グリングリンだった。
「こいつはピコっつってな。素質はピカイチなんだが、腹を空かせてもうろくに走れねえ。餌になる青物を持ってきてくれりゃ、レースに出せるだけの体には戻してやるよ」
グリングリンの太い指がピコの首筋を撫でる仕草には、飾らない言葉遣いに似合わない愛情が滲んでいた。しゃがみ込んでピコの目を覗き込むと、生気の失せた瞳の奥に、それでも微かな闘志の火が残っているのが見て取れた。
「――走りたい気持ちだけは、まだ死んでいないらしい」
「へえ、分かるのか」
「体の反応と、目の焦点だ。飢えと諦めは違う」
短く応じると、グリングリンは意外そうに眉を上げ、それから初めて笑みらしいものを見せた。
指示された青物を求めて、一行は砂漠の外れを歩き回った。荒野の勝手にすっかり慣れたクラウドが手際よく群生地を見つけ、ユフィがしゃがみ込んでは片っ端から摘み取っていく。途中、毒草を掴みかけたユフィが悲鳴を上げる一幕もありながら、籠は程なく山盛りになった。
道すがら、ユフィがふと真顔になって呟いた。
「……エアリス、平気かな」
「気になるなら、さっさとレースに勝って迎えに行けばいい話だろう」
「分かってるって。分かってるけど、なんか落ち着かないんだもん」
歩調を緩めずに答えると、ユフィは唇を尖らせながらも頷いた。その苛立ちの奥にある焦りは、誰の胸の内にもある種、共通するものだったのだろう。
数刻かけて集めた青物をピコに与えると、萎れていた羽根に見る間に張りが戻る。丸くなった目に生気が戻る様を見て、グリングリンが満足げに頷いた。
「見事に生き返ったな」
「……食い意地の張った鳥だ」
抑えた声でそう返すクラウドの目には、しかし優しさが滲んでいた。手綱を握る手つきに緊張が滲んでいるのは、勝敗の重みを誰よりも理解しているからだろう。仲間の解放――何より、館に留め置かれたエアリスの解放がこの一戦にかかっているのだと、口にせずとも全員が承知していた。
レースの朝、出走の準備をするクラウドの周りに、自然と仲間たちが集まってきた。
「絶対勝ってよね、負けたらタダじゃおかないから」
「脅す気か……」
呆れたように返すクラウドの肩を、ユフィが景気づけのつもりか思いきり叩く。
「エアリスのためにも、ちゃんと結果出してよね。涼しい顔してたけど、絶対心配してたんだから」
ユフィの言葉に、クラウドの表情が一段引き締まった。ティファも黙って頷き、その手に小さな布切れを握らせる。急ごしらえの御守りだと分かる不格好な結び目に、クラウドはふっと表情を緩めた。
翌日のレース会場は、思いのほか活況を呈していた。観客席を埋める野次馬たちの喧噪、太鼓の音、賭け金を叫ぶ胴元の声。祭りのような熱狂の底に、ダイアルの部下らしき影が幾つも紛れ込んでいるのを見逃さなかった。値踏みされているのはピコの脚だけではない。この一戦の行方そのものが、集落における立ち位置を決める品定めになっているのだろう。
スタートの号砲と共に、一斉に砂塵が舞い上がる。先頭集団に食らいつくピコの脚は、昨日までの衰弱ぶりが嘘のように力強い。カーブを曲がるたびに他の騎手との間合いが詰まり、観客席からどよめきが上がった。
「行け、行け!」
バレットの野太い声援が響く。最後の直線で、ランナーとしてピコの手綱を握ったクラウドが、他の騎手を一気に突き放していく。歓声の中を駆け抜けるその姿を見上げながら、ゴールドソーサーという舞台の華やかさと、その裏で人を試し値踏みするダイアルの流儀の落差に、あらためて苦い笑いがこみ上げた。
ゴールを駆け抜けた瞬間、割れんばかりの歓声がクラウドを包んだ。汗まみれの顔に浮かんだ安堵の笑みは、日頃の抑えた表情からは想像もつかないほど、あどけなく見えた。
優勝の栄冠と共に、約束は果たされた。館へ戻ると、開放された扉の向こうからエアリスとレッドⅩⅢが姿を見せる。
「クラウド、優勝おめでとう!」
「……お前は、平気だったのか」
「ダイアルさん、意外と紳士だったよ。お茶まで出してくれたし」
けろりと笑うエアリスの隣で、レッドⅩⅢも小さく頷いてみせる。
「手荒な真似は何もされなかった。むしろ、退屈なくらいにな」
その言葉に、警戒していた自分がいくらか馬鹿らしく思えてくる。それでも彼女の言葉の端々に、館での緊張を押し隠す気配が滲んでいるのを見逃しはしなかった。
人質は解放され、砂漠外縁部への通行権とエレベーターの利用許可が手に入る。ダイアルは寡黙にそれだけを告げると、去り際に一言だけ付け加えた。
「砂漠の奥に、片腕が銃の男がいる。会うつもりなら、止めはしない」
その言葉に、バレットの肩が大きく強張るのがわかった。
「片腕が銃の男、か。……間違いねえ、ダインだ」
拳を握りしめながら呟くバレットの横顔には、怒りとも安堵ともつかない複雑な色が浮かんでいた。エアリスがそっとその背に手を添え、ティファも黙って頷く。誰も無理に言葉をかけようとはしなかった。荷物を確かめ、水と回復薬を分け合うだけの短い準備を終えると、一行は砂漠の奥へと踏み出した。
コレル砂漠の廃棄場は、錆びた機体の残骸と、風に磨かれた白い岩とが折り重なる場所だった。潮の匂いに似た乾いた風が、崩れかけた鉄骨の隙間を吹き抜けていく。バレットの足取りは、集落を出た時から一度も緩まなかった。
「ダイン……!」
バレットの声が、その風に吸い込まれていく。
崩れた資材の陰から現れたのは、左腕に改造銃を仕込んだ男だった。落ち窪んだ目の奥に燃えているのは、旧友への懐かしさなどではない。飢えた獣にも似た、剥き出しの憎悪だけがそこにあった。頬はこけ、着古した外套はいたるところが焼け焦げている。まともに眠っていないと一目で分かる痩身が、それでも銃を構える腕だけは異様な力を保っていた。
「まだ人間やってんのか、バレット。俺はとっくに、そんなもん捨てちまった」
低く掠れた声には、正気の欠片も残っていないように聞こえた。傍らで拳を握りしめるクラウドの緊張が伝わってくる。割って入る間合いを計りながら、バレットの背中を注視した。
「聞いてくれ! マリンは生きてる! お前の娘は、ちゃんと――」
バレットの叫びに、ダインの銃口が答えを返す。放たれた銃弾が地面を穿ち、砂を跳ね上げた。会話も説得も、初めから届く余地はなかったのだと悟る。
「黙れ! 俺の話なんざ聞く耳持たねえのは、お前だろうがバレット人殺しの手で娘に触れられるかよ!」
咆哮じみた叫びと共に、ダインの左腕が唸りを上げる。連射される銃弾を、崩れた瓦礫の陰に身を隠しながら躱していく。バレットの一発がダインの脇腹を掠め、体勢を崩したその隙にクラウドが距離を詰めるが、振り抜かれた銃身の一撃に弾かれ後退を余儀なくされた。
「ダイン、頼む、聞いてくれ!」
「聞きたくねえんだよ!」
至近距離での撃ち合いが続く。バレットの銃腕から放たれる連射が、ダインの周囲の岩を次々と砕いていく。だが、当てるつもりのない一撃だということは、その照準の甘さから明らかだった。
「おいバレット、手加減してんじゃねえぞ!」
見透かされた甘さを罵るように、ダインの銃身がバレットの心臓へ向く。放たれた一撃を紙一重で躱したバレットが、地を蹴って距離を詰める。組み合うように交錯した二人の銃身が、火花を散らしながら鍔迫り合う。
「なんでだよ……!なんで、俺たちだけがこんな目に遭わなきゃならなかった!」
「知るかよ、そんなもん! 恨むなら星でも恨め!」
至近距離での怒声の応酬に、割って入る間合いを見失う。互いの過去を知っているからこそ、この殴り合いには誰も口を挟めない領域があった。振り払われたダインの一撃がバレットの頬を掠め、血の筋が一本流れる。それでもバレットは、反撃の銃口を一度も相手の急所へは向けなかった。
「――撃てよ、バレット!なんで撃たねえ!」
「撃てるわけねえだろうが! お前は――」
言葉を飲み込んだバレットの隙をつき、ダインの体当たりが胸を打つ。吹き飛ばされて瓦礫に叩きつけられたバレットへ、止めを刺すように銃口が向けられる。割って入ろうと踏み出した、その瞬間だった。
「囲まれてる――!」
叫んだ声に、ダインとバレット双方の動きが一瞬止まる。廃棄場を取り囲むように現れたのは、神羅の紋章を掲げた部隊だった。テロリストおよびコレル残党の掃討という大義名分を掲げ、統率の取れた足取りで包囲網を狭めてくる。この場に居合わせたのが偶然でないことは、火を見るより明らかだった。
「数はざっと三十――いや、もっといるな。この場所を最初から見張っていたか」
散開の指示を飛ばしながら、状況を素早く読み替える。狙いはダインとバレットの因縁そのものではなく、コレルプリズン周辺一帯の掃討そのものだったのだろう。二人の一騎打ちは、いつのまにか彼らの標的になっていた。
「馬鹿な連中だ……。俺たちの喧嘩に、口を挟むんじゃねえ!」
吐き捨てるように叫んだダインが、銃口を神羅兵へと向け直す。狂気に囚われた男の中にも、まだ何かが残っている――そう思う間もなく、一斉射撃が始まった。
砂塵と怒号が入り乱れる中、クラウドと共に前衛を固め、魔法の照準を絞って最短距離で敵の勢いを断ち切っていく。だが、数の差は歴然としていた。乱戦の隙を縫って放たれた一発が、体勢を崩したバレットの背中へ向けて真っ直ぐに飛ぶ。
「バレット――!」
叫んだ声が届くより早く、視界の端で影が動いた。ダインだった。
崩れかけた体を無理やり押し出し、バレットを庇うように立ちはだかったその胸に、銃弾が突き刺さる。くぐもった呻き声と共に、痩せた体が崩れ落ちていく。
「――ダイン!?」
信じられないという顔で駆け寄るバレットの腕の中に、力を失った体が沈み込んだ。血に濡れた手で、ダインはバレットの襟元を弱々しく掴む。
「……馬鹿な真似しやがって、お前……!」
「うるせえ……。てめえが、まぬけ面で撃たれるとこなんざ……見たくねえんだよ……」
途切れ途切れの声が、乾いた風に混じって消えていく。周囲を囲んでいた神羅兵は、指揮官らしき声の号令で一斉に後退を始めていた。混乱の中でこれ以上の戦果を望まない、割の合わない撤退の判断だったのだろう。今はその動きを追う余裕もない。
「なんで……なんでだよ……」
声を震わせるバレットに、ダインの目がゆっくりと焦点を合わせる。かつての親友の顔を、最後にもう一度確かめるような眼差しだった。
「……マリン、生きてんだな。……本当に、良かった……」
「ああ……ああ、生きてる。元気に育ってるぞ。だから……だから死ぬんじゃねえ!」
「無茶言うな……。俺はもう、とっくに死んでたようなもんだ……」
弱々しい笑みが、ダインの唇に浮かぶ。血の気の失せた顔に、それでも確かに、かつての穏やかな面影が滲んでいた。
「あいつに……ミーナの分まで、幸せにしてやってくれ……。お前になら……任せられる……」
「ダイン、駄目だ、目を離すな! おい――!」
叫ぶバレットの腕の中で、ダインの体からゆっくりと力が抜けていく。開いたままの瞳が、乾いた空をぼんやりと映していた。動かなくなったその体を、バレットはいつまでも抱きしめたまま動こうとしなかった。
かける言葉など、どこにも見当たらなかった。かつては同じ坑道で汗を流し、同じ酒場で笑い合った仲だったという。北コレルが焼け落ちるあの日まで、二人は互いの背を預け合っていたはずだった。魔晄炉の誘致を巡る対立、そして払われた甚大な代償――バレットの過去を知った今となっては、この腕の中で息絶えた男の慟哭が、他人事とは思えなかった。
「……バレット」
「……分かってんだ。今更、詫びの一つも聞けねえのはよ」
震える声で絞り出されたその一言に、頷き返す以外の言葉が見つからなかった。だが、悲しみに沈む猶予は、砂漠がこれ以上与えてはくれなかった。頭上から、重い羽音が近づいてくる。
「上だ、退避しろ――!」
叫んだ声に、バレットが弾かれたようにダインの体をそっと横たえ、立ち上がる。頭上からヘリの爆音が降ってくる。運搬してきたのは、蛙を模した無骨な巨体――試作新兵器の投下だった。地響きと共に着地したその機体からは、蒸気とも煙ともつかないものが噴き出している。
操縦席から転げ出るように現れた恰幅の良い男が、両手を広げて声を張り上げる。
「うひょーっ! 神羅カンパニー宇宙開発部門統括、パルマー様の華麗なる出陣だぞう!」
「うるせえぞデブ! てめえら、ダインを撃ったのはお前らの差し金かよ!」
怒りに我を忘れたバレットの怒声にも動じず、パルマーは操縦桿に取りついたまま高笑いを続けている。手柄と予算獲得への焦りだけが、その滑稽な仕草の奥に透けて見えた。ヘリの機影の下、遠巻きに戦況を見守るタークスの姿もある。ルードの静かな眼差しと、その隣で気を張り詰めたイリーナの視線に一瞬だけ気づき、しかし今は構っている余裕がない。
「なんだなんだーっ! わしをだれだと思っておるのだ! 神羅カンパニーのパルマー様だぞう!」
喚き散らす声と裏腹に、その動きは滑稽なほど大振りで隙だらけだった。蛙型兵器が吐き出す火炎放水を紙一重で躱しながら、装甲の継ぎ目に走る配線の歪みを見て取る。
過負荷を起こしている駆動系、無理な火力増強のツケが、あの一点に集約されているのが手に取るようにわかった。使い捨ての試作機を、成果欲しさに前線へ投入するという判断そのものが、あの男の底の浅さを物語っている。
「関節の駆動系が過負荷を起こしてる。次の一撃で――止まる」
「うるせえ黙ってろ! こいつはよぉ、俺が始末してえんだよ!」
叫ぶバレットの銃口が、憎悪をぶつけるように蛙型兵器の関節へと集中する。悲しみと怒りが入り混じった一撃が、これまでにない苛烈さで炸裂した。告げると同時に、クラウドが跳躍して装甲の隙間へ刃を叩き込む。二人の連携に付け入る隙もなく、巨体はぐらりと大きく傾いだ。膝から崩れ落ちる巨体の中で、パルマーの悲鳴だけが甲高く響いた。
「うひょーっ! た、助けてくれええぇっ!」
情けない悲鳴と共に、機体は大爆発を起こして砂上に崩れ落ちた。硝煙の向こうで、パルマーは脱出用の小型艇に飛び乗り、みっともなく逃げていく。ルードとイリーナも追撃を諦め、あっさりと踵を返して撤収していった。
去り際、イリーナがこちらへ一瞬だけ視線を寄越した。かつて姉のように慕っていた女の仇と名指しされたあの日から、彼女の中で何かが変わったのか、その目に宿っていたのは敵意だけではなかった気がする。真意を問うている暇はない。ヘリの爆音が遠ざかっていくのを見送り、意識を仲間たちの安否へと切り替えた。
砂煙が収まった戦場に、束の間の静寂が戻ってくる。焼け焦げた鉄屑の匂いの中、エアリスが真っ先に駆け寄って怪我の有無を確かめて回った。
「みんな、平気? ジュリアスも」
「問題ない」
短く答えると、エアリスは安堵の息をつき、それから少し離れた場所で膝をついたままのバレットへと視線を向けた。横たえられたダインの亡骸の傍らで、バレットは俯いたまま動かない。何も言わずに肩を抱くエアリスの仕草に、この一行が積み重ねてきたものの厚みを見た気がした。
砂塵の向こうから、場違いなほど陽気な足音が近づいてきたのは、それから間もなくのことだった。
「いやはや、派手にやってくれたじゃあないか!」
芝居がかった仕草で両手を広げながら現れたのは、ゴールドソーサーのオーナー、ディオだった。付き人らしき数名を引き連れ、爆発の余韻が残る戦場を、まるで舞台の跡地でも眺めるような目つきで見回している。
「レースの優勝に、神羅の新兵器撃破のおまけ付きとはな。おかげでコレル砂漠は、しばらく大騒ぎだよ」
「見世物として楽しんでいる場合か」
低く睨みつけると、ディオは大仰に肩をすくめてみせた。
「おっと、そう睨むな。詫び代わりだ。あの晩、濡れ衣を着せちまったのはこっちの落ち度でもある。何しろ興行主としちゃ、客の安全と評判が全てなんでね」
パチリと指を鳴らすと、控えていた部下が一台の大型車両――荒野走破用の武骨なバギーを運んでくる。
「これを持っていきな。おたくらの噂は、もうプリズンじゅうに広まっちまってる。派手な客には、それ相応の礼をしとかないと、俺の顔が立たない」
差し出された鍵を、しばし黙って見つめる。厚意と呼ぶには打算が透けて見えるが、この状況で拒む理由もなかった。
「……借りておく」
「そりゃどうも。せいぜい、次の見世物も期待してるぜ」
軽薄な笑みを浮かべていたディオの視線が、ふと横たわるダインの亡骸へと流れる。芝居がかった表情から一瞬だけ、興行主らしからぬ静けさが覗いた。
「……こいつは、な。俺のとこの見世物にはならなかった男だが」
言葉を切り、ディオは付き人へ短く手を上げて合図を送る。
「丁重に弔ってやれ。コレルの外れに、まだ墓標を立てられる土地がある」
「……悪いが、こいつはただの死体じゃない。バレットの――」
「分かってるさ。だからこそ、だ」
遮るように言い切ったディオの声には、普段の芝居がかった軽さがなかった。付き人たちが慎重な手つきでダインの体を運び出していくのを、バレットは何も言わずに見送った。悔しさとも安堵ともつかない表情が、その横顔に浮かんでいる。
「ここいらじゃ、ろくな弔いも出せねえまま消えていく奴が多すぎる。せめて名前くらいは、残してやりてえもんだろう」
それだけ告げると、ディオは軽い足取りで踵を返した。芝居がかった仕草の下に潜む、興行主としての一面とはまた違う顔を、束の間だけ見せた気がした。
「……恩に着る」
短く告げたバレットの声に、ディオは振り返らずに片手を上げるだけで応えた。軽い笑みを残し、ディオは付き人たちを連れて踵を返していった。残された一行の前には、砂漠を越えるための確かな足が残されていた。
「これで、砂漠越えの足は確保できたな」
短く呟くと、砂まみれのバレットが黙って頷いた。その目にはまだ、腕の中で息絶えた旧友の重みが焼き付いているのだろう。今は多くを語らせる時ではない。並んで歩きながら、それだけを胸に留めておくことにした。
最寄りの町であるゴンガガへ目的地を定め、ティファの運転でバギーが疾走する。
結局のところ、ケット・シーは別れることなく、成り行きのまま同行することとなった。
砂漠を抜け、ゴンガガへ続く悪路をバギーが跳ねるように進んでいく。振動が増すごとに、後部座席から呻き声が二つ、重なって上がった。
「……もう、無理」
「アタシ……もう、乗り物には二度と乗らないって決めてたのに……」
真っ青な顔で座席にもたれるクラウドと、涙目でぐったりとするユフィ。荒事にはあれほど強いというのに、これほどあっけなく戦線離脱するとは思わなかった。ハンドルを握るティファが心配そうに振り返り、エアリスが堪えきれずに小さく吹き出す。
「あんなに勇ましく戦ってたのに、今のクラウドとユフィ、なんだかそっくりだね」
「言うな、頼むから……」
弱々しく返すクラウドの声に、笑いを堪える気配が滲む。
「情けない顔だな、二人とも」
呆れながらも荷物からツボ押し用の道具を取り出し、手首の内側の一点を的確に押さえてやる。応急の処置に過ぎないが、これで多少は楽になるはずだった。額に浮いた汗を拭ってやると、クラウドがばつが悪そうに目を逸らす。
「……たすかる」
「……あんがと。次に酔ったら、その義手で殴っていいから」
「殴ってどうにかなる問題じゃないだろう」
軽口を返しながらも、内心では砂漠の激戦の疲れが抜けきらない体を気遣ってやる余裕までは持てずにいた。ケット・シーが「わても酔いそうやわ」と大げさに震えてみせ、レッドⅩⅢに「揺れは体質の問題ではないだろう」と冷静に切り返されている。荒野を駆け抜けてきた一日の疲労が、車内の空気を少しずつ弛緩させていた。
ようやくゴンガガの入口が見えてきたところで、車を止める。木陰でユフィとクラウドの回復を待っていると、道の先に見慣れない人影が並んでいるのが目に入った。木の棒や古びた猟銃を手にした村の自警団らしき男たちが、こちらを警戒するように立ち塞がっている。
その先頭に、一人だけ異質な佇まいの女がいた。赤い髪を短く整え、隙のない足取りでこちらへ距離を詰めてくる。ティファたちが警戒するように身構える中、その正体だけはすぐにわかった。かつて幾度となく肩を並べた、同じ組織に属した女――シスネだった。
自警団の男たちを手で制しながら、シスネの視線がまっすぐこちらへ向けられる。感情を押し殺した平坦な声が、静まり返った街道に響いた。
「元タークスの裏切り者が、何のようかしら?」