FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
自警団の男たちを手で制しながら、シスネの視線がまっすぐこちらへ向けられる。感情を押し殺した平坦な声が、静まり返った街道に響いた。
「元タークスの裏切り者が、何のようかしら?」
(反応を試すような間だ。敵意はあるが、殺気ではない。値踏みされている……か)
視線を逸らさず、値踏みに応える。
「殉職したはずの者に、裏切り者呼ばわりされる筋合いはないな」
淡々と返すと、シスネの目がわずかに細くなった。
「殉職、ね。よく言うわ。都合の悪いことは全部、綺麗な言葉に包んで報告書に埋めるのがタークスのやり方でしょう」
「そのやり方を教えたのは、他ならぬお前たちの世代だと思ったが」
「あら。減らず口だけは相変わらずね」
皮肉げに返すシスネの声には、笑いの気配はない。それでも刺々しさの奥に、どこか懐かしむような響きが滲んでいる。乾いた風が、二つの視線の間を通り抜けていった。
そのとき、隣で息を呑む音がした。
「えっ、元タークス!? ジュリアスって神羅のあのタークスだったの!?」
素っ頓狂な声を上げたのはユフィだった。目を丸くして、こちらとシスネを何度も見比べている。
「今更それ聞いて驚くのかよ」
呆れたようにつぶやいたのはバレットだ。ティファもエアリスも、驚いた様子はない。カームの宿で語られた話を、この場にいる誰もが知っている。ただ一人、ユフィだけが聞いていなかった。
「な、なんでアタシだけ知らなかったのよ! しかも神羅のタークスって、あんたそれ絶対言うべき情報でしょ!? ウータイがどんな目に遭ったか知ってて、よくのうのうと……」
詰め寄るユフィの声には、怒りだけでなく戸惑いも滲んでいた。故郷を焼かれた過去を持つ彼女にとって、タークスという肩書きが軽いはずもない。それを承知の上で、静かに向き直る。
「そういえば、お前には話していなかったな……あとで話す。今は、彼女との話が先だ」
あえて軽く流すように言うと、ユフィは不満げに口をつぐんだ。だが完全には納得していない顔だ。視線に鋭さを残したまま、それでもこちらの言葉に従う。
シスネの視線が、再びこちらへと戻ってくる。
「随分と大所帯を連れ歩いているのね」
「旅は道連れ、と言うだろう。殉職したはずの人間に、そこまで詮索される筋合いもないんだがな」
「あら、しつこいわね」
「事実は変わらないからな」
「相変わらず減らず口ね、後輩くん」
小さく息を吐いてから、シスネの視線がふいに横へと逸れた。その先には、クラウドが立っている。表情がわずかに強張るのが分かった。
視線の動きを追う。シスネの目は、クラウドの顔と、その背に括られた大剣を、交互に捉えていた。
「……あなたは……それに、その剣は……」
呟くように漏れた声には、これまでの皮肉げな響きとは違う、確かな緊張があった。クラウドの顔を見た瞬間から、既に何かを思い出している目だった。
「これは……預かっているもの、としか言えない」
歯切れの悪いクラウドの返答に、シスネの瞳が揺れた。何かを堪えるように、唇を固く結んでいる。
「……ザックスを知っているのか?」
戸惑いながら問い返したクラウドが、続けて眉根を寄せる。
「……いや。俺のことも知っているみたいな言い方だったが、あんた何者だ?」
その問いに、シスネは一瞬、傷ついたような表情を浮かべた。だがすぐに、それを自嘲めいた笑みで覆い隠す。
「……覚えていないのね」
短く零れたその言葉には、失望よりも、諦めに近い響きがあった。
(この反応は、演技には見えない。彼女は間違いなく、以前のクラウドを知っている。それも、剣を見て動揺するほどには、深く)
内心でそう分析しながら、記憶の欠落について思い当たる節を辿る。答えは、さほど遠くない場所にあった。
「おそらく、ザックスとお前が逃走していた時だろう。当時のお前は、意識がほぼない状態だったはずだ。覚えていないのは無理もない」
静かに割って入ると、シスネの視線がこちらへと移った。しばらく黙って見つめたあと、小さく息を吐いて苦笑する。
「……相変わらずね。人の事情を、勝手に言い当てるところ」
その物言いには、責める色よりも、懐かしむような柔らかさが滲んでいた。クラウドはまだ状況が呑み込めない様子で、シスネとこちらを交互に見比べている。
シスネは軽く首を振ると、表情を切り替えるように、自警団の男たちへと向き直った。武器を下げるよう手で合図すると、強張っていた男たちの肩から、わずかに力が抜ける。
「後で事情は聞かせてもらうけど……困ってるんでしょ? 私の家で休んでいいわ」
これまでの皮肉げな態度が嘘のように、その声には確かな気遣いが滲んでいた。予想外の申し出に、思わず一瞬だけ言葉に詰まる。
「……お人よしは相変わらずだな。助かる」
礼を返すと、シスネはふいと視線を逸らし、村の方へと歩き出した。その背中を追いながら、隣を歩くクラウドの横顔を一瞥する。まだ釈然としない様子で、眉間には皺が寄ったままだった。
隣を歩くティファも、同じ疑問を抱えているのだろう。クラウドの様子をちらちらと窺いながら、それでも何も言わずに歩を進めている。
前を歩くユフィが、まだ納得のいかない顔でこちらを振り返る。
「後で絶対、洗いざらい聞くからね」
「気が向いたらな」
素っ気なく返すと、ユフィは大きく鼻を鳴らして前を向いた。追及の矛先は収まっていないが、今この場で追い詰める気もないらしい。その判断力は、以前より確かに育っている。
かつて魔晄炉の爆発事故に見舞われたというゴンガガの村は、深い緑に呑み込まれながらも、人々の営みの気配を確かに残していた。焼け跡だった場所には新しい家屋が建ち、割れたままの道には草花が茂っている。傷跡を隠すのではなく、その上にゆっくりと生活を積み重ねてきたのだと分かる光景だった。
軒先で洗濯物を干す女、子供を追いかける犬、木材を運ぶ男たち。穏やかな日常の音が、旅の埃を纏った一行の耳に、どこか場違いなほど優しく響く。
先を歩くシスネの足取りは迷いがなかった。村の隅々まで知り尽くしているのだろう。青年団のリーダーとして、この村に根を張ってきた歳月の長さが、その歩き方一つにも表れていた。
村の外れ、一際質素な家の前でシスネが足を止めた。
「ここよ。ザックスの実家」
その声にわずかな硬さが混じるのを、見逃さなかった。
木製の扉をノックすると、しばらくして初老の男女が姿を現した。日に焼けた肌と、深く刻まれた皺。息子を待ち続けた歳月の重みが、その顔に滲んでいる。
「シスネちゃんかい。今日はまた大勢で……」
母親らしき女性が、こちらを見て目を丸くした。シスネが手短に事情を説明すると、二人は警戒よりも先に、どこか縋るような表情を浮かべた。
「あんたたち、うちの息子を知らないかい。ザックス・フェアっていうんだ。ソルジャーになって、ミッドガルに行ったきり、もう何年も便りがなくてね……」
震える声で問いかけられ、クラウドの肩がわずかに強張るのが分かった。ティファも同じだ。ユフィを除き、自分たちは皆ザックスが生きていることを知っている。だが、今どこで何をしているのか、正確な行方までは分からない。知っていることと、伝えられることの間には、埋めがたい隔たりがあった。
そして、その傍らでシスネが息を詰めているのが分かった。表情こそ変えていないが、視線だけが、クラウドの口元に釘付けになっている。
「……元気です。ザックスには、とても助けられました」
長い沈黙の末、クラウドが絞り出すように答えた。嘘ではない。だが、それ以上を語ることは、今の状況ではできない。母親の顔が、ぱっと明るくなる。
「そう……そうかい! 元気でやってるんだね、あの子は! お父さん、聞いた!?」
涙ぐみながら、隣に立つ父親の腕を掴む母親の姿に、ティファが唇を噛んでいた。喜ばせている自分たちが、同時に何も本当のことを伝えられていないという事実に、胸が痛む。
「あの子は昔から、危なっかしいところがあってねえ。夢を追いかけるのはいいけど、便り一つ寄越さないなんて……。あんたたち、もし会うことがあったら、ちゃんと顔を見せに帰ってこいって、伝えてくれるかい」
父親が不器用な仕草で目元を拭いながら、静かにそう言った。
「……必ず」
クラウドが短く答える声には、確かな重みがあった。
視線を横に流すと、シスネが微かに唇を噛んでいるのが目に入った。表情を殺すことに慣れているはずの彼女が、今だけは感情の揺れを隠しきれていない。両親の言葉を、信じていいのか計りかねているような、そんな顔だった。
(生きている。それは確かだ。だが、今どこにいるのかも、いつ再会できるのかも、俺たちには分からない。)
かつて彼の逃走を手引きした身として、その先の行方を見届けられていないことに、静かな苛立ちを覚える。手を尽くしたつもりでも、結局は途中までしか導けなかった。それでも両親の喜ぶ顔を見れば、伝えて良かったのだと思わざるを得ない。
家を辞して歩き出したところで、隣を歩くエアリスがそっと囁いた。
「……ザックス、ちゃんと帰ってこられるといいね」
「必ずだ」
短く返すと、エアリスは少し驚いたような顔をしたあと、柔らかく微笑んだ。
「うん。ジュリアスがそう言うなら、信じる」
その信頼が、思いのほか重く肩にのしかかる。約束できる保証など何もないというのに、口をついて出た言葉を撤回する気にはなれなかった。
少し先を歩いていたシスネが、不意に足を止めた。振り返らないまま、独り言のように呟く。
「……本当に、生きてるの」
問いというより、確認するような声だった。誰に向けられたものかは、はっきりしない。それでも、その背中に答えを求める切実さが滲んでいるのが分かった。
すぐには答えず、村の広場までの道のりを、しばらく無言のまま歩いた。
村の外れ、魔晄炉爆発事故の犠牲者を弔う慰霊碑のそばに、シスネが誘うように立っていた。他の仲間たちが束の間の休息を取っている間に、少し話がしたいという。
「情報交換といきましょうか、後輩くん」
皮肉げな響きを含んだ声に、小さく息を吐く。
「その呼び方はまだ続けるつもりか」
「当然でしょう。あんたがタークスに入った日、右も左も分からず先輩たちに怒鳴られてたの、忘れてないから」
「随分と古い記憶を持ち出すな」
「口の減らない後輩ね、そういうところも変わらない」
先ほどの言葉をそのまま切り返され、思わず息を吐く。減らず口の応酬は、かつての任務の空気をどこか思い出させた。
軽口の応酬の後、話題は本題へと移った。黒マントの男たちの目撃情報。神羅の内部で進む不穏な動き。互いが掴んでいる断片を、慎重に擦り合わせていく。組織を離れた身でありながら、シスネの情報網は決して衰えていなかった。
「北の方でも目撃されてるみたい。統率された動きだって。この街でも見かけたけど、ただの被験者の暴走にしては、規律がありすぎる」
「同意見だ。あれは誰かの指示で動いているように見える。行き先に心当たりは?」
「ニブルヘイム周辺と、あとは大空洞の方角。定期的に同じルートを北上しているみたい。まるで巡礼だわ」
「巡礼、か」
その表現に、思わず眉根を寄せる。意志を持たない被験者たちが、決まった目的地へ向かって歩き続けている。誰かが用意した筋書きの上を、なぞるように。
「あんたたちが追ってる本命は、多分その先にいる。気をつけなさい」
短い忠告に、小さく頷きを返す。かつての同僚が寄越す言葉には、余計な装飾がない分だけ、重みがあった。
一通りの情報交換を終えると、シスネはしばらく黙り込んだ。慰霊碑に刻まれた名前へ視線を落とし、遠くを見るような目をしている。やがて、意を決したように口を開いた。
「……さっきの、クラウドの言葉」
「ああ」
「あの子、噓をついているようには見えなかった。演技だとしたら、大した役者だわ」
淡々とした口調の奥に、隠しきれない緊張が滲んでいる。視線が真っ直ぐこちらへ向けられた。
「教えて。あの人は――ザックスは、本当に生きているの?」
これまでの皮肉げな態度を脱ぎ捨てたような、剥き出しの問いだった。しばらく沈黙してから、静かに口を開く。
「生きている。今どこにいるかまでは分からないが、それは確かだ」
短く、しかし確信を持って告げると、シスネの肩から、目に見えて力が抜けていくのが分かった。
「……そう」
それだけ呟いて、シスネは慰霊碑にそっと手を添えた。俯いた横顔から、感情を読み取ることはできない。それでも、長く止めていた息をようやく吐き出したような、そんな気配があった。
「あんたたちの立場からすると、ここで簡単に教えていい話じゃないでしょうに」
「お前が知る権利のない相手だとは思わない」
素っ気なく返すと、シスネは小さく息を漏らした。笑ったような、泣いたような、判別のつかない音だった。
「……ずっと、忘れられなかったわ。捜索命令が回ってきたの。逃走した元ソルジャーと、意識も朦朧とした連れが一人、って。見つけた時、ザックスはクラウドを背負って、ふらふらになりながらこの道を歩いてた」
「それで、見逃したのか」
「頼まれたのよ、あの人に。“連れの具合が良くない、頼むから見逃してくれ”って。タークスとしての務めを、初めて自分から放棄した」
自嘲するように言って、シスネは小さく息を吐いた。
「その判断を悔いているのか」
「まさか。唯一、胸を張れる決断だったわ。ただ……」
言葉を濁すシスネに、続きを促すように視線を送る。
「見逃した後、どうなったのか、ずっと分からずじまいだった。無事に逃げおおせたのか、その後に何かあったのか。何も知らないまま、今日まで来た」
淡々とした声の中に、長年抱え続けてきた重さが滲んでいた。しばしの沈黙の後、シスネは小さく肩をすくめる。
「なぜここに残った」
問いかけると、シスネはしばらく黙り込んだ。
「復興支援、というのは建前よ」
静かにそう切り出す。
「本当のところは……あの人の両親の話し相手になって、この村を守ることが、あたしにできる精一杯の弔いだと思ってた。生きてるなんて、思ってもみなかったから」
「弔いのつもりが、無駄になったな」
「無駄じゃないわ。弔いが、待ちぼうけに変わっただけ」
そう言って、シスネは初めて、はっきりとそれと分かる笑みを浮かべた。皮肉でも作り笑いでもない、乾いた土に水が染みるような、柔らかい表情だった。
「…….確かに、いい顔をするようになったな」
「あんたはどうなの。タークスを裏切って、何を守るために戦ってる」
逆に問われ、答えに詰まる。すぐには言葉が出てこなかった。
(何を、と聞かれれば、まず浮かぶのは復讐だ。だが、それだけではなくなってきている。)
「……償えなかったものの、代わりを探している」
短く答えると、シスネの目がわずかに揺れた。
「リーシャのこと?」
名前を出されて、思わず息を詰める。
「知っていたのか」
「まあね。タークスの中でも、あんたの周りは色々と囁かれてたから。優秀すぎる分析官が、ある任務のあと急に人が変わったって」
淡々とした口調の裏に、責める色はなかった。それでも、胸の奥にある古い傷が疼く。目の前で守れなかった同僚。血の匂いと、間に合わなかった悔恨。あの日の光景は、今も鮮明に焼き付いている。
「……彼女の死は、俺の責任だ。それだけの話だ」
多くを語らずにそう告げると、シスネはそれ以上追及しなかった。ただ静かに、遠くを見るような目をしていた。
「誰かを守れなかった、巻き込んだ過去は消えない。でも、それを言い訳にして立ち止まるだけなら、あんたはとっくにここにいないでしょう」
淡々とした言葉が、思いのほか深く胸に刺さる。何も答えられず、ただ小さく頷くことしかできなかった。
「ふふふ……存外、いい面構えになったじゃない、後輩くん」
からかうような響きに、思わず眉をひそめる。
「その呼び方はやめろと言っただろう」
「あら、そう。なら何て呼べばいいの」
「……好きにしろ」
投げやりに返すと、シスネはくすりと小さく笑った。かつての任務中には見せなかった表情だった。荒野を渡る風のように乾いていた彼女の声に、わずかな湿り気が戻っている。それが、この村で過ごした歳月のもたらした変化なのかもしれなかった。
そこへ、軽い足音とともにエアリスが姿を見せた。
「二人とも、こんなところで何話してるの?」
明るい声に、緊張していた空気がわずかに緩む。シスネの視線が、彼女を上から下まで確かめるように動いた。
「……あなたが、ザックスの言っていた花売りの子ね」
思いがけない言葉に、エアリスが目を瞬かせる。
「え……ザックスを知ってるんですか?」
「昔、少しだけね。ミッドガルに、大事な人がいるって、彼から聞いたことがあるだけ」
多くは語らず、シスネはただ小さく微笑んだ。
「あの人は、あなたのことをよく話してた。だから、きっと大丈夫。生きてる。信じてあげて」
その言葉に、エアリスの表情がふっと和らぐ。
「……うん。わたし、ちゃんと信じてる。ずっと待ってるから」
静かに頷くエアリスの姿を見つめながら、シスネは何かを思い出すように目を細めていた。誰かの幸福を願うような、その横顔には、任務に生きていた頃には見せなかったであろう柔らかさがあった。
一頻り話し終えると、シスネは立ち上がって伸びをした。ふと思いついたように、こちらを振り返る。
「せっかくだから、何か作ってあげる。まともな食事なんて、しばらく摂ってないんでしょう」
「手伝おう」
即座に申し出ると、シスネが片眉を上げた。
「あんたが?」
「シスネが料理できるとは記憶していないんでな。これでも、料理の腕は自信がある」
平然と返すと、シスネの目が一瞬すっと細くなった。
「……随分な減らず口ね。昔よりひどくなってない?」
「そっちが変わっていないだけだろう」
「あら、言うようになったじゃない、後輩くん」
くすりと笑いながらも、シスネは拒む素振りを見せなかった。並んで台所へ向かうその後ろ姿には、先ほどまでの張り詰めた気配は、もうどこにも残っていなかった。
結果として、シスネの料理の腕は、どうすれば自信満々に料理を振る舞おうとできるのか疑わしいものであった。自らの店を経営していたティファと、料理が密かな特技である自分のおかげで、真っ当な食事をすることができた。
悔しそうに、かつ楽しそうにするシスネの顔は、やはりタークスにいた時よりも、生き生きとしていた。
夜明け前、遠く魔晄炉の方角から、地の底を這うような低い唸り声が響いた。
まどろみの中でその音を捉え、真っ先に身を起こしたのはクラウドだった。
窓の外を窺っていると、程なくして戸口が慌ただしく叩かれた。
「大変! 魔晄炉から変な音がするって、見回りの人が言ってた!」
血相を変えて飛び込んできたのはユフィだった。寝ぼけていた面々も、その声で一斉に目を覚ます。
身支度を整えながら外へ出ると、険しい顔をしたシスネが家の前に立っていた。獣の唸り声とも、金属の軋む音ともつかない響きが、山の方から間欠的に届いてくる。
「また、か……」
低く漏れた呟きに、聞き逃さず反応する。
「また、というと」
「ここ最近、何度かあったのよ。似たような唸り声。それに、夜中の見回りで、時々影を見ることがある。人の形をしているような、そうでもないような……はっきりしないけど」
歯切れの悪い説明に、レッドⅩⅢが低く唸った。
「おそらく、フィーラーだろう。魔晄炉の異常な活性化に引き寄せられているとすれば、辻褄が合う」
「同意見だ」
短く頷き、思考を巡らせる。相手の正体がある程度予測できる以上、無策で全員を突入させる理由はない。フィーラーが魔晄炉に留まらず、こちらに向けて飛来する可能性は捨てきれない。
「念のため、戦力を分けよう。まずはクラウドたちに先行してもらう」
(万が一の事態に備えて、後方に戦力を残しておく方が理に適っている。)
内心での判断を口にすると、クラウドが小さく頷いた。
「クラウド、バレット、レッドⅩⅢ、ケット・シー。悪いが、様子を見てきてくれるか」
「分かった。手早く片付けて戻る」
「おう、任せとけ」
バレットが拳を鳴らしながら応じる。ケット・シーも軽く尻尾を振った。
「わてはこう見えて、探索は得意な方でおますよ」
四人が身支度を終えるのを見送りながら、村に残る面々へ視線を移す。
「俺たちは村で待機だ、最悪を想定しつつ、いつでも援護できるよう待機だ」
「任せて」
ティファが頷き返すのに続いて、エアリスも軽く手を挙げた。
「わたしたちも、暇じゃないもんね」
言葉少なに送り出すと、四人は朝靄の残る坂道を、魔晄炉の方角へと歩き去っていった。その背中が見えなくなるまで、しばらく無言で見送る。
シスネもまた、自警団を率いて村の見回りへと向かっていった。
村の広場に据えられた木製の長椅子に腰を下ろし、残った面々はしばしの待機に入った。
所在なげに石を蹴っていたユフィが、不意に隣へ腰を下ろしてきた。
「ねえ。そろそろ聞かせてよ」
「何のことだ」
「とぼけないでよ。タークスにいたってこと」
前置きなしに切り込まれ、小さく息を吐く。誤魔化しても、この様子では引き下がらないだろう。
「そうだな……順を追って話そう。俺は子供の頃、ウータイの一件のあと、アバランチ本流に育てられた。その後、スパイとして訓練兵になった。ここまでは、コレルで話したな?」
「うん」
「そこから、戦闘の才より分析の才を買われて、タークスにスカウトされた。以来、二重スパイとして情報を流し続けていた。
タークスに入ってからは、最初は戦闘要員じゃなかった。分析官だ。集めた情報を整理して、盤面を読む。それが仕事だった」
「盤面って……戦争のってこと?」
「作戦の、と言った方が正確だな。誰をどう動かせば、被害を最小限に抑えて目的を達成できるか。あとは作戦の成果とその影響の分析。そういう仕事をしていた。気がついたら、鉄火場にも引っ張られたがな」
淡々と説明すると、ユフィは腕を組んで考え込むような顔をした。
「じゃあ、なんで今、あたしたちと一緒に旅してるの」
核心を突く問いに、一瞬だけ言葉を探す。
「単純な話だ。スパイ活動が神羅に露呈した。追われる身になった以上、行き場は限られる」
「それだけ?」
「それだけじゃない、と言えば聞こえはいいが……皆の目的と、俺の目的が、大筋で一致している。それだけの話だ」
「目的が一致してるって、具体的に何よ」
「セフィロスを追い、神羅を追い詰めること。俺の場合は、コレルで話した通り、支配構造の破壊だな」
短く言い切ると、ユフィはしばらく黙り込んだ。
「……ねぇ、本当にジュリアスの目的は、そこなの?」
不意打ちのような指摘に、一瞬だけ言葉に詰まる。まるで、自分の中にある復讐の破壊衝動を見透かすかのように。
「……ああ」
短く認めると、ユフィは小さく息を吐き、視線を地面へ落とした。
「ふうん。まあ、いいけど。タークスだったからって、今のあんたを嫌いになるつもりはないから」
ぶっきらぼうな言い方だったが、そこには確かな信頼の色があった。何と返すべきか迷っているうちに、ユフィは立ち上がり、伸びをする。
「その代わり、今度もっと詳しく聞くから。覚悟しときなさいよね」
そう言って笑うユフィの表情には、もう先ほどまでの刺々しさはなかった。
日が高くなり始めた頃、見張りに立っていた村の少年が、血相を変えて駆けてきた。
「た、大変だ! 空に、神羅の船が!」
その声に、全員が一斉に空を見上げる。魔晄炉の上空、灰色の雲を割るようにして、見覚えのある輪郭の飛空艇が旋回していた。塗装に刻まれた神羅のマークが、遠目にも鮮明に見て取れる。
(あの規模の飛空艇を動かしてまで、何を運んできた。ただの偵察にしては、大掛かりすぎる。)
内心での分析が、焦燥へと変わっていく。クラウドたちが向かった先に、何が待ち受けているのか。想像するだけで、悪寒が走った。
「まずい……よね」
ティファの声も、緊張に強張っている。
「行くぞ」
短く言うと、誰も異論を挟まなかった。エアリス、ティファ、ユフィと共に、朝方クラウドたちが歩いていった坂道を、今度は駆け足で辿っていく。魔晄炉から立ち上る禍々しい気配が、近づくにつれて肌を刺すように強くなっていった。
シスネがこれじゃない!って人、ごめんなさい…….