我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
懺罪宮を目指す途中、かつて一度も勝てなかった同期・薫子と交戦中。
狭山薫子
護廷十三隊四席。陰気で人付き合いを嫌う一方、斬術・鬼道ともに高い実力を持つ。
戸川古男
薫子が死神を志すことになった原因の一人。本人は良いことをしたと思っている。
緋山染華
薫子の実家の隣人。幼少期から薫子を知る古い付き合い。
今なら勝てそうだ――そう啖呵を切ってはみたが、左肩の傷は洒落にならん。
左腕はピクリとも上がらず、右手一本では袖白雪を構えるのもきつい。
おまけに階段を転がった時、砕けた瓦礫がよりにもよって右の尻へ深々と刺さった。
踏ん張っても腰を落としても痛み、瞬歩を使おうとすれば尻から腰へ激痛が突き抜ける。全く、なぜ尻なのだ!! 正妻の座を懸けた戦いで、これほど締まらぬ負傷があるか!!
とはいえ、ここで尻を気遣って一護の救出に遅れたら、それこそ織姫に何を言われるか分からん。
「行くぞ………次の舞――『白蓮(はくれん)』ッッ!!!!」
左腕が使えないぶんまで霊圧を注ぎ、薫子ごと階段を凍らせるつもりで白蓮を放つ。
あの螺旋剣でも、これほどの冷気は防げまい。
「それは………私の前には通らない……! ――『巻取(まきとり)』ッッ!!」
だが、白蓮は薫子へ届く前に彎曲丸へ巻き取られ、左右へ逸れてしまった。
なんだこれは!? 私の技が通らぬ!!
しかも巻取は、放った冷気も袖白雪の切っ先も削り取った。
「ぐううううっ……!!」
白蓮を破られたうえ、右の尻が痛んで踏ん張れない。そこへ彎曲丸が胸を狙ってくる。
「フラフラじゃないの……!! ――心臓、もらったァッッ!!!!」
避けるには遅い。ならば、この折れた切っ先で先に喉を突く!!
「まだだ………! ――三の舞、『白刀(しらふね)』ッッ!!」
伸ばした氷刀は喉を外したが、左腕を捉えた。追撃こそできなかったものの、肩から指先まで凍りついておる。
仕留め損ねたが、これであの腕は動かせまい。
「………………あ…………あつ………く………なっ……ちゃ………ったね…………。しっ……ぱい……」
何が熱くなったのか、何を失敗したのか、相変わらず言っていることが分からん。
だが、腕が一本動かなければ、あの螺旋の剣技も満足には使えぬはずだ。
「……それはどうかな。腕が一本凍りついては、その螺旋の剣技も使えまい」
ところが、右手で凍った腕を掴み、治療ではなく破道を唱え始めた。
「…………う………で………凍る…………邪魔。――『破道の三十一・赤火砲(しゃっかほう)』ッッ!!」
赤火砲を自分の腕へ直接叩き込み、氷ごと皮膚を焼き始めた。
元から正気ではなかったかもしれんが、自分の腕を焼く奴があるか!!
「…………お前…………正気か……!?」
「……………な………んで? ルキア……アンタがそこまでしてあんな男を助けるのって…………志波家への…………玉の輿……………二回目だから??」
痛みに耐えて戦っている相手へ、よりにもよって金目当て扱いである。
昔から性格の悪い女だったが、数十年を経て順調に悪化しておる。
「違うッッ!!!! 私が命を賭して一護を助けるのは!! そんな地位や金のためなどでは断じてないッッ!!!!」
「…………じゃ……あ。あれ………?? もう…………抱いても………ら…………ったから……??」
意味を理解した途端、顔へ血が集まった。胸と肩の痛みが吹き飛ぶほどの暴言である。
「なっ……貴様、何を――」
違うと言い切る前に、人差し指がこちらへ向いた。
恋愛の話で動揺させてから鬼道を撃つつもりか!? こやつ、本当に最悪だ!!
「――『破道の四・白雷(びゃくらい)』ッッ!!」
白雷が次から次へと飛んでくる。尻を庇いながら必死に避ける姿は不格好だろうが、今は知ったことか!!
こんな攻撃で黙らされてたまるか。
「違うッッ!! あいつは………私に色んなことを教えてくれた……! 私にも…………どこまでも真っ直ぐに優しかった……! 朽木家の養女としてではなく、私を一人の『人間』として見てくれたのだ……!!」
一護の前では、朽木家も死神も関係なかった。
喧嘩をして、怒鳴り合って、それでも最後には手を伸ばしてくれた。あやつの前でなら、私は朽木家の養女ではなく、ルキアでいられる。
言い終えたところで白雷が止まったので、ようやく分かったかと顔を上げる。
「………だからお前………そんな、気持ちの悪い『人間みたいな顔』をしてるのか…………」
人間という言葉を侮辱に使われ、腹が立った。
死神が人間のような顔をして、何が悪いというのだ。
「大貴族の養女になったくせに……死神のくせに……そんな生ぬるい顔してんじゃないよ。反吐が出るほど、気持ち悪い」
一護への思いまで踏みにじられ、頭に血が上る。
「くっ……!!」
頭に血が上ったせいで、懐へ入られるまで反応できなかった。
「――………アン…………タ…………キモ………、い」
袖白雪を返すより早く、彎曲丸が右胸を貫いた。螺旋の刃に肉を抉られ、喉から血が溢れる。
「ぐあああああああっっッッ!!!!」
左肩を抉られ、右胸まで貫かれ、右の尻には依然として瓦礫が刺さっておる。
正妻候補としての見栄えはもう壊滅的だが、私はまだ死ぬ気などない。
◇◇
私が死神になったのは、朽木ルキアと同じ年である。
同じ組には阿散井恋次、雛森桃、吉良イヅルもいた。暑苦しく騒ぐ男、誰にでも親切な優等生、話しかける前から謝りそうな男。
入学初日から妙な一体感を作っていたが、あの連中とつるんだ覚えはない。
私は代々続く名門死神の家系じゃないし、あいつのような流魂街出身でもない。
瀞霊廷の端にある区画で生まれ、商売を営む両親に育てられた。
家はそれなりに広く、食事に困った経験もなく、隣には当時から十一番隊に所属していた染華さんが住んでいた。
染華さんには、幼い頃からよく面倒を見てもらっていた。外へ遊びに行こうと誘われても、菓子を受け取って布団へ潜った。
実家は、現世の駐在任務から帰った死神が持ち込む料理を参考にした店だった。
新しい献立が出るたび料理通を自称する隊士が集まり、昼も夜も客席は埋まる。
両親にとって繁盛は喜ばしいことでも、私にとっては知らない陽キャが毎日押し寄せる災害でしかない。
その日も母の声が厨房から飛んできた。
「薫子〜! お客さん来たから、店番お願いねーー!」
断れば厨房から引きずり出されるので、暖簾の外へ出る。
客席には黒いマントの死神が座っていた。
「……ひひ………いらっしゃいませ…………」
注文を聞いて逃げるつもりだったのに、男は献立ではなく私を見ている。
「クックック………。小娘、貴様……内に秘めたる霊力に極めて優れているようだな」
霊力を褒められても嬉しくはない。
選ばれし者の物語が始まりそうだったので、厨房へ逃げる準備をした。
「あ………う…………し……、に………死神様…………」
途切れた返事を肯定と受け取ったらしく、男は勝手に話を進める。
「そうだな。貴様なら死神になれよう。類稀なる才能がありそうだ。鍛え上げれば、いずれ護廷十三隊の隊長にすら登り詰めるかもしれんぞ」
隊長になれば大勢の部下から毎日挨拶され、会議で発言し、隊を代表して演説まで求められる。想像した時点でもう無理だった。
「………い………いや………です……。そういうキラキラした陽キャの集まり……ムリ………で……、す……」
嫌だと伝えたはずなのに、なぜかますます嬉しそうになり、店中へ聞こえる声で別の進路を勧めてきた。
「クックック…………ならば、すべてを闇に葬る『暗黒の死神』を目指せッッ!!!!」
……とかなんとか、胡散臭い男に熱弁されているうちに、両親は隊長候補という言葉に喜び、常連の死神たちは才能を埋もれさせるなと盛り上がり、隣家の染華さんまで霊術院なら食堂もあると背中を押した。誰一人として私の意思を聞いていない。
翌朝には真央霊術院の入学願書と推薦手続きが完璧に整っていた。
当然、私は自分で名前を書いた覚えすらない。
なお、読者諸君に誤解のないよう言っておくが、私は昔は明るい陽キャで、何かの悲劇を境に今の陰湿な性格へ変わった――などという泣ける過去は一切ない。生まれついての純度百パーセントの陰キャである。
ちなみに、この途切れ途切れの喋り方にも深い理由はない。
生きているギラギラした陽キャと喋る時は、こうやって霊圧の波長をずらさないと精神が光属性で焼かれ、溶けてしまうからである。
少なくとも私はそう確信しているし、医者へ相談する予定もない。
そして――真央霊術院の入学初日、最初に話しかけてきた相手がルキアだった。
流魂街出身の女は、入学初日から向こうから近づいて手を差し出してきた。
初対面の人間へ平気で話しかけられる時点で、私とは絶対に合わない。
「よろしく頼む。今日から同期となるルキアだ。姓はない、ただのルキアと呼んでくれ」
入学させられた初日に、友達になる気満々の陽キャまで現れた。私の機嫌は最悪だった。
だから、差し出された手を見たまま答えた。
「…………流魂街の…………ク…………ズ…………。気…………安く………は……な……し……かけるな……」
クズと言われれば、普通は泣くか怒鳴るかする。
ところが、手を引っ込めてこちらを睨み返してきたので、私も二度と話しかけるなと睨み返した。
見ての通り、私たちの第一印象は、出会った時から最悪だった。
■ 巻取(まきとり)
彎曲丸の能力運用の一つ。
刀身の螺旋へ接触した霊子・物質を巻き込み、攻撃そのものの進行方向を崩す。
単純な「吸収」ではなく、螺旋へ引き込むことで力の流れを逸らすため、白蓮のような広範囲の放出系にも対応できる。
■ 狭山家
瀞霊廷内で商売を営む一般家庭。
薫子は比較的恵まれた生活環境で育っており、現在の性格にも特別な悲劇や没落は関係していない。
■ 薫子の実家の料理店
現世駐在から戻った死神が持ち込む料理文化を参考にした店。
現世由来の新しい料理を比較的早く尸魂界へ取り入れることで繁盛していた。
そのため客層には死神も多く、幼い薫子にとっては「知らない陽キャが大量に押し寄せる場所」でもあった。
■ 薫子と古男
薫子が幼い頃、古男が彼女の高い霊力を見抜いたことが、真央霊術院へ進む直接的なきっかけ。
本人は死神になることを望んでいなかったが、周囲が盛り上がった結果、本人の意思確認より先に入学手続きが進んだ。
■ 薫子の話し方
途切れがちな喋り方は身体的障害や過去の事件によるものではない。
本人曰く、
「陽キャと会話する際、霊圧の波長をずらさないと光属性で焼かれる」
ため。
医学的根拠はない。
本人に受診の意思もない。