我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
真央霊術院時代から学年首席だった優等生。ただし、人付き合いに関しては入学前から現在まで一貫して壊滅的。
朽木ルキア
薫子と同期の死神。座学・実技・鬼道ともに高い成績を収め、常に薫子を追いかけていた。
阿散井恋次
ルキアと同じく流魂街から真央霊術院へ入った同期。後にルキアの人生を大きく変える選択へ関わる。
真央霊術院へ入ってからも、私の性格は何ひとつ改善しなかった。
むしろ悪化したと思う。毎日決まった時刻に大勢の同期と顔を合わせ、隣り合って座り、教官から名指しで答えを求められる。
陽キャ養成施設として、これほど完成された環境もない。
その日も講義室の一番後ろで机に突っ伏し、前髪と両腕で存在感を消している。
頼むから今日は見つけないでくれ。私は欠席ではない。講義は聞いている。
だから、こちらを見るな。
しかし教官は、黒板を叩いて私の名を呼ぶ。
「狭山!! この鬼道の術式構成の問題に答えてみろ!!」
顔を上げると、教室中の目までついてくる。やはり上げるのではなかった。
堂々と発言できるなら、私は最初からこんな髪型をしていない。
「……………………。た………………と…………え……ば……」
一応は答え始めたのに、教官の耳へ届く前に声が死ぬ。前列の連中が振り返る。
やめろ。聞き取ろうと努力するな。その善意が眩しい。
「おい!! 聞こえんぞ!! はっきりと大きな声で答えなさい!!」
無茶を言う。そんなことをすれば目立ってしまう。目立てば光属性に焼かれる。
焼かれれば死ぬ。これは好き嫌いではなく、生存に関わる問題である。
そこでノートの切れ端へ解答を書き、手早く折った。声が届かないなら、物理的に届ければいい。
放った紙飛行機は、教官の眉間へ突き刺さる。
狙いどおりだ。紙飛行機を外さないことは、私の数少ない特技の一つである。
なお、答案なら机へ着陸させればいいという意見は受け付けない。眉間の方が分かりやすい。
教官は黙って紙を開き、数式と術式を目で追う。
怒鳴られるかと思ったが、採点は公平な男だ。
「……む、正解だ。だが次は声を出せ」
机へ伏せ直す。次も紙で答えるつもりなので、返事はしない。
斜め前から視線を感じた。ルキアだ。周囲が私を不気味がる中、あの女は感心したように何度もうなずいている。何を納得している。絶対に真似するな。
その願いも虚しく、次に名を呼ばれたのはあの女だ。答えを書いた紙を雑に丸め、教官へ投げつける。当然、頭へ当たり、二人まとめて廊下へ立たされる。
「狭山のやり方なら、口で答えずともよいと思ったのだが」
悪びれもせず隣へ立つ顔を見ると、腹の底から苛立ってくる。
私の紙飛行機は正確に解答を届ける知的な通信手段だ。
こいつの紙玉は、単なる授業妨害である。一緒にするな。
もっとも、実技でも座学でも私の成績は学年一位だった。二位はルキア。
鬼道の術式、斬術、白打、歩法、何を競っても私が勝つ。
入学前から霊力の扱いを教わってきた私と、流魂街から来たばかりの女では基礎が違う。
試験結果が張り出されるたび、二位のくせに悔しがるより先にこちらへ寄ってきた。
「また狭山が一位か。見事だ。だが次は負けぬぞ!」
人の成績を素直に褒め、その場で次の勝負を申し込める精神構造が理解できない。
返事の代わりに、無理、と書いた紙飛行機を額へ刺しておいた。
なぜ、そこまでルキアを嫌っていたのか。
決まっている。流魂街の最底辺から這い上がったくせに、貴族の生徒へも教官へも媚びず、誰とでも同じ調子で話す。負ければ悔しがり、勝てば笑い、困っている相手を見つければ勝手に首を突っ込む。根っこから明るい陽キャなのだ。
同じ講義室の空気を吸っていると、私の陰気な精神が光でジュウジュウ溶ける。嫌うには十分すぎる理由だ。異論は認めない。
◇◇
放課後、私は人気のない校舎裏を選んで帰ろうとする。正門は眩しい連中で混み合う。
遠回りでも、誰とも目を合わせずに帰れる方がいい。
ところが、普段は誰も来ない場所に貴族の男子生徒がたむろしている。進路を変える前に見つかり、数人で道を塞がれる。
「おい!! 狭山! お前、いっつも前髪で目を隠しやがって不気味なんだよ……ちょっと顔を上げて見せてみろや!!」
相手は実家の店にも顔を出す家の息子だった。連中は大した客ではないが、その親族には常連も多い。ここで叩きのめせば、私の気分は晴れても両親の商売へ面倒が及ぶ。
だから頭を下げ、さっさと飽きてもらうことにした。
「貴族様…………そんな、人様にお見せするような立派な顔じゃないですぜ……。私なんて、見ての通りの貧相な幼児体型ですし……」
へつらう私を見て、男たちは気をよくしている。実力で勝てない相手を囲んで威張るより、相手が逆らえない事情を見つけて威張る方が、彼らには向いている。
「えへ……へへへへ………」
前髪へ指が伸び、そのまま乱暴にかき上げられた。視界が急に明るくなる。最悪だ。
「……なんだよ、よく見りゃ結構可愛い顔してるじゃねえか。……おい、なんかそそるぜ……」
好きに言わせておけばいい。胸が平らだ、尻が薄いと笑って、適当に触って満足したら消えるだろう。こちらから騒いで話を大きくする方が面倒くさい。
「えへ……へへへれへへへ……」
だが、男たちは加減を知らなかった。襟へ指をかけられ、さすがに長引きそうだと考え直す。
「おい………いっそのこと、ここで脱がせちまおうぜ。お前みたいな平民にとっても、上流貴族の俺たちに抱かれるなら光栄で嬉しいよなァ?」
嬉しいわけがない。ただ、ここで腕を折るのと、我慢して早く帰るのと、どちらが実家にとって安上がりかは明らかだった。
「…………貴族様、ご寵愛いただき……嬉しく……思いま……」
言い終わる前に、横から鞘が飛んでくる。
「――何を汚らわしい事をしておるか貴様らァァッッ!!!!」
拳の一振りで、男たちはまとめて壁際へ吹き飛ぶ。相手の家名など確かめもせず、起き上がろうとした一人へもう一発叩き込んでいる。
あまりにも少女漫画のベタな救出展開である。
困った。ここで素直に礼を言えば友情フラグが立つ。憎まれ口を叩けば、それはそれでツンデレのフラグになる。何も言わずに去れば、後日また気にかけられるに決まっている。
ちなみにフラグとは、現世の最新流行を仕入れた言葉だ。意味も使い方も完璧であろう。
散々迷った末、最も広がりようのない一言を選ぶ。
「……………ありがと」
ところが、礼を受け取って去るどころか、こちらへ詰め寄ってきた。
「貴様ほどの力があれば、こんな下劣な輩など簡単に素手で折りたためるだろう!! なぜ無抵抗で言われるがままになっておるのだ!!」
貴族のドラ息子を折りたためば、実家の料理店まで物理的かつ社会的に折りたたまれる可能性が高い。そんなことも分からず、正義感のまま暴れられるところが陽キャなのだ。
事情を説明すれば、今度は実家まで守ると言い出しかねない。
それでは友情フラグが太くなる。私は目を逸らし、適当な嘘で追い払うことにした。
「…………………これだから、男女の機微が一切わからない小娘は……」
案の定、意味を取り違えたらしい。怪訝そうに眉を寄せている。
「は?? なに!? 貴様……あんな奴らと実は恋仲だったとでもいうのか!?」
説明する義理はない。舌を出して答えた。
「………………べー」
これで嫌われたはずだと思う。ところが翌日から、廊下ですれ違うたびにこちらの顔を確認し、貴族の連中に何かされていないかと聞いてきた。
友情フラグは折れていなかった。むしろ補強されていた。
◇◇
それでも、私がルキアを最も気に入らなくなるのは、その後である。
中庭の隅で、木の根元に膝を抱えた小さな塊を見つける。いつもなら遠くからでもうるさい女なのに、今日は地面を見たまま動かない。周囲には誰もおらず、陽の光まで届いていない。
その陰気さが、妙に話しかけやすい。
陽キャを前にすると波長をずらさなければ喋れない私も、同じようにジメジメした陰キャとは普通に話せる。相手がルキアでも例外ではない。闇は目に優しい。
「………………どうしたの。ずいぶんと暗い顔をして」
自分でも驚くほど滑らかに声が出る。向こうもそこには触れず、顔を伏せたまま答える。
「…………朽木家に、養子にならないかと言われたのだ…………。阿散井にも……………良かったじゃねえかと笑顔で喜ばれてしまった。……私は、断ろうと思っていたのに……」
五大貴族筆頭の朽木家から養子の話を持ちかけられた。普通なら喜ぶ。
断りたければ断る。迷っているなら怒鳴る。いつものルキアなら、少なくとも地面へ向かって消えそうな声を出し続けたりはしない。
それが何だ、この湿り方は。
陽キャが、大貴族へ成り上がる話になった途端、見事な陰キャへ変貌している。違うだろ。逆だろそこは!!
しかも恋次に背中を押されて落ち込んだという、面倒くさい片思いまで持ち込んできた。急に属性を盛るな。陰気、無言、察してほしい恋愛感情。その辺りは私の担当だ。
何より腹立たしいのは、陰気になったこいつとは波長がぴったり合い、こちらが全くつかえずに喋れてしまうことだった。
入学した日から、成績も性格も何もかも私と逆だった女が、勝手にこちら側へ座り込んでいる。
キャラ被りをしようとしてやがる。
ふざけるな。こっちは生まれついての純度百パーセントだぞ。
昨日今日ウジウジし始めた俄かに、私の居場所を奪われてたまるかァァッッ!!!!
あまりの腹立たしさに、考えるより先に言葉が飛び出す。
「…………嫌なら、断ればいいじゃん。阿散井が喜んだからって、アンタまで喜ぶ必要はないでしょ」
今までの途切れ方が嘘のように喋ってしまう。しまった。これでは親身になって相談へ乗る友人である。
伏せていた顔が上がる。さっきまで陰気に沈んでいたくせに、頬がわずかに緩んだ。やめろ。明るさを取り戻すな。急に眩しくなるとこちらの防御が間に合わない。
「狭山……お前、今日は随分と話しやすいな」
その笑顔を浴びた途端、舌がいつもの調子へ戻る。
「ひ…………ひひ……。か……勘違い…………しな……いで。アンタが……陰気だと…………キャラが……被って……邪魔な…………だけ」
最後の一語を口にしてから、これもまた典型的なツンデレの台詞ではないかと気づく。
友情フラグを折るつもりが、また補強してしまった。
■ 薫子とルキアの成績
真央霊術院時代、
薫子:学年一位
ルキア:学年二位
という関係。
この作品のルキアは優秀であり、斬術・白打・歩法・鬼道のいずれも高水準。
正確には薫子を追いかけて努力しており特進クラスへ編入している。
薫子はそのルキアをさらに上回っていたため、二人の差は「得意分野の有無」より、総合力と当時の基礎経験の差に近い。
■ 薫子の紙飛行機
声を出して回答することを避けるために薫子が考案した独自の回答方法。
紙飛行機を正確に飛ばす技術自体は妙に高く、教官の眉間へ答案を届けることができる。
鬼道や斬術とは一切関係ない特技。
■ 薫子と貴族
薫子自身は貴族ではないが、実家の商売上、貴族や死神の家系とも一定の付き合いがある。
そのため相手を実力で叩きのめせても、家同士の関係や店への影響を考えて我慢する場合がある。
戦えないのではなく、面倒を避けるために戦わないという判断。
■ 朽木家への養子縁組
ルキアにとって、社会的には大きな栄達。
しかし本人にとっては、恋次たちとの関係や自分の居場所が変わる重大な選択でもあった。
この作品では、その迷いを薫子が偶然聞くことで、二人の関係が少し変化している。