我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
ルキアとの死闘で瀕死となった一番隊四席。戦いは終わったものの、今度は生き残るための戦いが始まる。
緋山雷太
五番隊三席。薫子とは幼い頃からの付き合いであり、彼女の危機には普段以上に行動が早い。
雛森桃
五番隊副隊長。雷太とともに薫子の救護へ立ち会う。
朽木ルキア
薫子との相討ちで瀕死となった旅禍側の死神。
井上織姫
仲間の治療を担う現世組の要。一護救出ともう一つの目標は、今なお両立している。
石田雨竜
瀕死のルキアと薫子を発見し、敵味方より救命を優先した滅却師。
旅禍の侵入以来、山本の机へ届くのは悪報ばかりだ。今度は、扉の向こうから荒い呼吸が近づいてくる。
「総隊長ッッ!!!!」
声量まで報告書へ記せとは言っていない。必要なのは中身だ。
「何事じゃ。落ち着いて申せ」
懺罪宮の方角でぶつかった二つの霊圧は、ここまで届いている。
そのうち一つは、山本にも覚えのない冷気を帯びていた。
「懺罪宮入口の大階段にて、一番隊所属・狭山薫子四席が旅禍と交戦し、瀕死の重傷を負って倒れているところを発見されましたッッ!!」
瀕死の二字で、交戦の経緯も発見時刻も後回しになる。
「狭山が……。容体はどうなっておる!?」
伝令の手にある書状には、四番隊から届いた診立てが殴り書きで加えられている。
「相手の霊圧によって骨の髄まで凍りつき、体温が上がりません! このままでは凍死するとのことです!!」
先ほどの冷気が何者のものか、これで答えが出る。旅禍に対する見積もりを改めねばならない。
「直ちに救命を優先せよ。旅禍が懺罪宮へ向かっておることも、全隊へ改めて通達するのじゃ」
◇◇
寝台の薫子は、雷太の知る薫子ではない。
唇は青く、包帯の隙間から覗く肌にも血の気がない。
藍染から受けた任務も、旅禍への警戒も、その姿を前にすると頭から消える。
「薫子!! おい、しっかりしろッッ!! 誰にここまでやられやがった!!」
揺すってでも目を開けさせたい衝動を、四番隊員に手首ごと止められる。
「動かさないでください! 裂けた血管は縫合しましたが、今また開けば手の施しようがありません!」
「雷太くん、待って。薫子ちゃんを私たちに託していったのも、侵入してきた人たちなの」
旅禍が傷つけ、同じ旅禍が助けたことになる。雷太には筋が通らない。
「そいつが薫子をやったんじゃねえのか?」
雛森は大階段で二人の傷を見ている。推測で答える必要はない。
「違うよ。薫子ちゃんに矢傷は一つもない。戦った相手は、先に運ばれていったもう一人みたい」
答え合わせを続ける余裕はない。寝台脇の霊圧計は、二人が話す間にも下がり続けている。
「外傷は処置できました。しかし冷気が全身へ入り込み、内側から霊力を凍らせています。このまま体温が下がれば、半刻も持ちません」
半刻という猶予は、雷太には薫子の死を待つ時間と同じに聞こえる。
「方法があるなら、さっさとやってくれ! 俺にできることなら何でもやる!!」
何でもすると言い切った覚悟は頼もしいが、救命法が求めるのは男の覚悟ではなく、同性の副隊長だ。
「方法はあります。雛森副隊長、お願いできますか?」
回道なら専門外だと断りかけた雛森の耳へ、処置の内容が小声で伝えられる。
説明は雷太まで届かないが、返事は廊下まで届く。
「えーーーーーッッ!!!!?? そ、そんな古典的な方法をォォッッ!!??」
恥ずかしがっている間にも、薫子の唇から色が失われていく。
羞恥を優先できる余裕は、もうない。
「その……お互いに裸になって、人肌で温めながら、触れたところから霊力を流し込むの。冷気を外へ追い出すには、それしかないって……」
雛森には禁句の連続でも、雷太には遭難者の救命法でしかない。
「なるほどな。だったら頼んだぞ、雛森。こいつ、陽キャに触られると溶けるとか言うが、凍死するよりはいいだろ」
死にかけた薫子は、自分の余命より陽キャに触られるという一節を聞き逃さない。
「………………陽キャ…………よ…………る…………な……。光で…………死ぬ……」
雛森を拒む声はかすれているのに、雷太を求める時には裾をつかむ力まで戻ってくる。
「雷……………太…、く………ん………ほし…………い……」
帯の解ける音で雛森が振り向く。
床には死覇装、寝台の脇には一糸まとわぬ雷太。
救命に関する決断の早さは、五番隊三席にふさわしい。
「きゃああああっ!? なんで雷太くんが何の迷いもなく全部脱いでるのよォォッッ!!??」
抱き起こした薫子の冷気が、触れた胸から雷太の背中まで突き抜ける。意識を保っていることの方がおかしいほど、身体の芯まで冷えきっている。
「人肌が必要なんだろ? 背に腹は変えられねえ。それより薫子、傷が痛んだらすぐ言えよ」
雷太に他意がないからこそ、雛森は焦る。このままでは薫子にとって、命を救われた記憶より裸で抱かれた記憶の方が重大になりかねない。
「で、でも……薫子ちゃんの気持ちも考えてあげて! この子はずっと雷太くんのことを……」
雷太の注意は傷の具合へ向いたままだ。
遠回しに言われると、雛森が何を心配しているのか分からない。はずなのだが。
「薫子が昔から俺にベタ惚れなことくらい、とっくに分かってるぞ。俺の好みが年上の巨乳美女なのと、こいつの命を助けることは別だろ」
知られていないと思っていたのは、薫子本人くらいのものだ。
真相を聞かされた当人は、驚くより雷太から離れないことを選ぶ。
「……………うにゃあ〜〜〜………温かい……。もうこのまま死んでもいい…………」
助ける側としては全く良くない。だが死んでもいいと言える程度には、口が回り始めている。
「ホントお前はぺったんこだよな。全く揉みがいがねえ」
雛森は耳まで塞ぎたくなり、四番隊員は治療記録へ何を書けばよいのか分からなくなっている。
「…………雷太くんのソレ………結構立派なものをお持ちで………。……このまま入れてもいい……?」
薫子の額で、ぺちんと軽い音が鳴る。救命中の患者へ向ける返事としては雑だが、力加減は弱い。
「バカ言え。傷が治ってからにしろ。俺と本気で結婚したかったら、女としての努力をしろって言っただろ」
薫子は拒絶ではなく、傷が治った後の許可として受け取る。
死にかけている間にも婚活は前へ進んでいる。
「うん………。明日から毎日牛乳をガブ飲みして、雷太くんに毎晩揉んでもらう……」
「揉むほど中身ができてから言えっての」
豊胸計画が始まると、雛森にとって部屋の出口が急に魅力的に見えてくる。
「じゃ、じゃあ……お邪魔みたいだし、私はこれで失礼し――」
扉まであと三歩というところで、袖に重みがかかる。
「待て、雛森。ここにいろ。部屋から出るな」
残れと言われ、雛森の想像は破廉恥な方向へ走る。
自分も混ざれという意味なのか。三人で何をするのか。
知識が追いつかない部分を妄想が勝手に補い、顔ばかり熱くなっていく。
「で、でも……こんなところにいたら、私の方がいたたまれないよ! どうして私まで残らなきゃいけないの!?」
「藍染隊長からの直々の命令だからだ。お前を一人でうろつかせるなと厳命されてるんだよ」
藍染の名を聞いた途端、雛森の妄想は別方向へ走り出す。
薫子へ熱を渡し続ければ、雷太まで冷えきるかもしれない。
その時に備え、自分を交代要員として残したのだ。
隊長はそこまで見越していたのかと感動し、羞恥より使命感が勝つ。
数分後、誰にも命じられていない裸が救護処置室に一人増える。
藍染は雛森を護衛しろと命じたのであって、裸で寝台へ入れとは言っていない。
しかし本人の中では、これも隊長の深慮を理解した忠実な任務遂行になっている。
雷太は交代要員が来たと受け入れ、四番隊員も治療にはなるので止めない。
三人は交代で霊力を流しながら薫子を温め続ける。夜明け前には体温も脈も安定し、緊張の切れた全員が同じ寝台で眠り込む。
翌朝、扉を開けた隊士の目に入るのは、全裸の男女三人が折り重なって眠る姿だ。
凍死を防ぐ緊急処置だが、説明より写真の方が速く広まり、瀞霊廷通信の編集部には朝餉より早く届く。
薫子は患者であり、周囲から雷太の婚約者扱いもされている。
問題は、治療に無関係と思われた雛森まで裸だったことだ。
「雛森もぺったんこだったから、揉みがいはなかったぞ」
冷やかされても雷太は悪びれず、最も否定すべき部分を肯定する。
雛森も藍染の命令を果たした達成感から、揉まれたという話にも、夜に何をしたのかという問いにも、はっきり否定しない。
昼までに雷太は、二人の女死神を一晩で喰らった極悪ハーレム男となる。
さらに夜の技は副隊長すら骨抜きにするという伝説まで生まれるのは別の話である。
◇◇
冷たい石床と湿った水の臭いが、ルキアの意識へ先に戻ってくる。
誰かが何度も自分を呼んでいる。重い瞼の向こうにいるのは、織姫だ。
「あ! 気がついた! 良かったぁ、朽木さん!」
その肩越しには、血に染まった布を握る石田がいる。布へ吸われた血の量で、自分がどこまで死に近づいていたのか察してしまう。
「本当に良かった……。もう目を覚まさないかと思ったよ」
右胸にも左肩にも痛みはなく、捻じ切られた手足も元へ戻っている。
「………ここはどこだ? 私は確かに狭山と相討ちになり、手足も内臓も破壊されたはずだが……あやつはどうなった?」
地下水道の湿気より、目覚めたルキアが起き上がろうとする方を織姫は気にしているらしい。
「瀞霊廷の地下水道だよ! 石田くんたちが見つけた朽木さんを、私がここまで運んできたの! その女の子は死神の人たちが連れていったよ。生きてたから安心してね!」
石田の白いマントは裾が半分消え、残りも血に染まっている。あの場で止血に使える布を、片端から切り取ったらしい。
「井上さんが来るのが遅れていたら助からなかったよ。君の身体を元へ戻せるのは、井上さんの力しかなかった」
脈も呼吸も乱れていない。安堵しかけたところで、右尻にも痛みがないと気づく。あそこには瓦礫が刺さっていた。
「井上……まさか、私の尻まで見たのか?」
織姫は質問の意図を理解していない。治療した部位を報告するのは当然だと思っている。
「うん! お尻に刺さってた石も取って、皮膚から作り直したよ! すべすべに治ってるから安心して!」
何を安心すればよいのかは分からないが、今は懺罪宮が先であり、相討ちになった薫子も生きている以上、あれほど憎まれ口を叩き合った勝負の決着は後回しにできる。
「そうか……。すまぬ、井上、石田。かたじけない」
身体は治っていても、使い果たした霊圧まで元へ戻ったわけではない。
腰へ力を入れた途端に視界が揺れ、織姫の腕へ身体を預けることになる。
「もう動ける。懺罪宮へ急がねば、一護が――」
制止している腕が離れない。見上げた織姫は、目覚めを喜んでいた時と同じ顔のまま黙り込んでいるが、その沈黙はルキアの体調を案じている長さではない。
「うーん……でも、ちょっと惜しいことをしちゃったかな〜?」
命を救った本人から出る言葉としては、嫌な予感しかしない。
「惜しいとは、何がだ?」
嫌な予感は、たいてい当たる。
「あと五分、私が現場へ行くのが遅れていれば、朽木さんがそのまま綺麗にお亡くなりになって……黒崎くんの正妻の座が私のものになってたのになぁ〜、って♪」
地下水道に、チッ、と乾いた舌打ちが響く。
ルキアは礼を撤回すべきか真剣に迷った。
冗談なら目まで笑うはずだが、本気で五分を惜しんでいる。
一護を助ける前に、まず織姫の隣で生き残らねばならない。
命の恩人が、新たな敵となる日は近い。
■ 薫子に残った冷気
白霞罰による損傷は、単純な低体温症だけではない。
薫子の体内へ入り込んだルキアの霊圧由来の冷気が、本人の霊力活動そのものを阻害している状態。
外傷を治療しても体温が戻らなかったのはこのためで、外から熱を与えるだけでなく、接触した状態で別人の霊力を流し込み、内部の冷気を押し出す処置が必要になった。
■ 人肌による霊力伝達
霊力は接触面が広いほど直接流し込みやすい。
今回は薫子自身の霊力循環が冷気によって低下していたため、衣服越しではなく直接肌を密着させる古典的な処置が選択された。
通常の四番隊治療で頻繁に用いる方法ではなく、極端な低体温と霊力凍結が重なった特殊事例への緊急措置。
■ 双天帰盾と霊圧
双天帰盾は負傷や欠損といった「起きた事象」を拒絶できるが、消耗した霊力まで無条件に満タンへ戻すわけではない。
そのためルキアは肉体的には回復していても、白霞罰まで使用して使い果たした霊圧については別途休息が必要となる。