我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
四番隊隊長。砕蜂の検死を担当している、古男とは千年以上の付き合いを持つ女性。
戸川古男
八番隊五席。妻・砕蜂を失って以降、自宅へ籠もっている。
日番谷冬獅郎
砕蜂暗殺事件の捜査に参加中。古男へ対する自分の態度を悔やんでいる。
藍染惣右介
日番谷らとともに事件を追う五番隊隊長。複数の可能性を排除せず調査を続ける。
涅マユリ
十二番隊隊長。砕蜂が残した調査データの解析を担当する。
更木剣八
捜査班の一員。複雑な推理よりも、現場で起きた事実を重視する。
黒崎一護
懺罪宮に囚われている死刑囚。現在は東仙要と奇妙な交流を続けている。
東仙要
九番隊隊長。古男の教えを強く敬愛し、九番隊の新聞編集にもその情熱を注いでいる。
「…………あの人の心を奪った、泥棒猫め…………。どれほど……妬ましかったことか……」
検死台に横たわる砕蜂を前に、今さら言っても仕方のない恨みが口をつく。
いつも古男の隣にいた、この女。夫婦だからと遠慮するたびに、次はいつ会えるのかと待つのは卯ノ花の方だった。
あの人とは千年も前からの付き合いだ。砕蜂が知らない頃のあの人も知っている。
それなのに、妻と名乗れるのはこの女なのだ。会いたければ会いに行ける。
帰ってこなければ、帰ってきてほしいと言える。卯ノ花には羨ましくてならなかった。
白衣の袖に残る血は、もう乾いている。落としてから行かなければ。あの人に会うのだから。
「…………貴方のために。……私は、何でもいたしましょう」
検死室を出る時にも、砕蜂への別れの言葉はない。会いたい相手は、ここにはいないのだから。
◇◇
「どうだい? 涅隊長」
「ダメだね! 砕蜂がここ数日間で閲覧・入力した調査データは……綺麗さっぱり、全て消去されているヨ!!」
遺体も見られず、記録も読めない。日番谷としては、もう空振りは御免だ。今度こそ手掛かりがあると思って来たのに、またマユリの悪態を聞いて帰るのか。
「消した分を戻せねえのか?」
「戻せるなら、とっくにやっているヨ。横から急かせばデータが生えてくると思っているのかネ?」
「分かったから端末に当たるな。壊すなよ」
復元できるか尋ねたくらいで、なぜ怒られなければならない。捜査には忍耐が必要だというが、日番谷の場合は犯人より味方に我慢する場面が多い。この四人をまとめる手当があってもよいのではないか。
「そうか……。彼女が四十六室の裏を探る中で、『何者かの知ってはならない秘密』に触れてしまった……という線も濃厚になってきたね」
「へッ、データが消されてるってこと自体が、何よりの証拠だろうよ」
「ああ……その通りだ。少なくとも、下手人には『消す理由』があったってことだ。もし砕蜂本人が単独で調べていたなら、こんな雑な消し方はしねえ。最初から端末に何も入力しなきゃいい話だからな」
剣八とまともに意見が合う。今日は妙な日だ。できれば、その調子で残りの捜査も付き合ってほしい。壁を斬って試す前に一言相談してくれれば、なおよい。
「……やはり、戸川君のところへも直接話を聞きに行ってみようか」
古男に会うなら、朝のことを謝らなければ。妻を失った男へ怒鳴りつけておいて、今度は捜査に協力しろとは、日番谷にも言いにくい。あの時、なぜ黙っていられなかったのか。
「家にいるんだな?」
「京楽隊長の話ではね」
「……なら、行こうぜ」
◇◇
屋敷で、ようやく触れられる男の胸が温かい。卯ノ花にとって、今はそれが嬉しい。
ここまで来て、砕蜂への恨み言など聞かせたくなかった。
「……はぁ……、はぁ…………ずっと、こうしたかったです……。■■■さん……。最近、ちっとも私のところへ来てくださらなかったから……」
「……その名で呼ぶな」
叱られても、離れたくはない。呼び慣れた名がいけないのなら、もう呼ばない。ここへ来るまで、追い返されることばかり考えていた。今、抱きつくことを許されているのが嬉しい。
「私…………今、とても幸せです……。もっと……もっと私を……」
「…………そうか」
もう少し嬉しそうにしてくれてもいいのに。そう思っても、今は不満を言う気になれない。甘い言葉がなくても、抱きついていられればいい。また会えない日が続くのだろうかと考えると、離れるのが惜しくなる。
◇◇
「あいつ……こんな辺鄙なところに住んでいたのかよ」
普段は頼まなくても現れるくせに、こちらから訪ねるとなると遠い。今日くらい、いつもの調子で向こうから来てくれればよかったのに。
「立派……とはお世辞にも言えねえが、まあ……趣があるってやつか?」
「ケッ、ただ古すぎるんだヨ! 隙間風で研究資料が湿気りそうなボロ屋敷だネ!」
「いや、以前訪れた時は中はとても綺麗に手入れされていたよ? ……む?」
玄関から出てきたのは、古男ではなく卯ノ花だった。なぜここにいる。つい先ほど救護所で会ったばかりではないか。日番谷も挨拶どころではなくなる。
「……卯ノ花隊長??」
襟元が乱れ、頬も赤い。しかも、こちらに気づいてから慌てて着物を直している。日番谷には声をかけることもためらわれた。何か見てはいけないものを見てしまったのではないか。
「……!! あ、藍染隊長……。ど、どうしてこんなところに……?」
「いや……戸川君にも、砕蜂隊長の件で少し話を聞こうと思いましてね」
「わ、私は……ただ、検死結果を直接お伝えしに立ち寄っただけです!! では、私はこれで失礼いたしますッッ!!」
まだ誰も、何をしに来たのか聞いていない。呼び止める間もなく瞬歩で去られては、疑うなという方が無理である。検死結果の報告なら、もう少し落ち着いていてほしかった。
追いかけてまで着物の乱れを問いただす勇気は、日番谷にはない。
「…………こいつは…………。お、おい……マジかよ……?」
古男は妻を亡くして塞ぎ込んでいるはずだ。今朝は、砕蜂の死すら受け入れられずにいたではないか。いや、まだ何も分からない。卯ノ花の着物が乱れていたからといって、あの男まで疑っていいのか。
「くくく……。痴情のもつれ……というよりは、事態はもっと遥かに直接的で下世話な領域に入っているようだネ……」
マユリの上機嫌が腹立たしい。今にも、自分の推理が正しかったと言い出しそうだ。
そんなに嬉しそうな顔をするな。事件の解決を喜ぶ顔ならともかく、他人の浮気を見つけて喜ぶ顔など、朝から見たくもない。
「……まだ決まったわけじゃねえだろ」
「何がかネ? 私はまだ何とも言っていないヨ」
「お前の顔に言ってんだよ」
泣き崩れた古男を支えていたのかもしれない。慰めているうちに、抱きつかれたのかもしれない。日番谷にも、そのくらいは考えつく。だが、マユリにそんな話をしても鼻で笑われそうだ。卯ノ花がもう少し長くここにいてくれれば、本人に確かめられたのに。
捜査班を作る時には、尋ねにくい質問を担当する者も決めておくべきだろう。諸君なら誰に任せるだろうか。マユリへ任せれば話がこじれ、剣八へ任せれば遠慮がない。残る藍染の返事を、日番谷は待つほかない。
「…………これは……さっきの冗談が、冗談ではなくなってきたかな……?」
その藍染まで、こんなことを言い出す始末である。
古男を呼ぼうにも、最初の一言に困る。卯ノ花とは何をしていた、と単刀直入に聞けるほど日番谷も図太くない。かといって、お悔やみを述べて上がるのもおかしい。門まで来て、こんな理由で立ち往生する予定ではなかった。
◇◇
「…………なあ。東仙さん」
「なんだ、黒崎一護。処刑期日のことについてなら心配するな。まだ執行まで丸二週間はある。……最悪の場合、私が貴様をここから逃がしてやる手筈も整えている」
牢番から脱獄の案内である。ありがたいが、そんな大事な話をこの声量でしていいのか。誰かに聞かれたらどうする。一護としては、逃がしてもらう前に隣の牢へ入ってこられると困るのだが。
「いや、そっちじゃなくてさ。この『瀞霊廷通信』って新聞……東仙さんが作ってるんだろ?」
「ああ。全てではないが、私が九番隊隊長として編集長を務めている。隊士たちの教養と情操教育のために情熱を注いでいるのだ」
新聞なら、途中で読むのをやめても怒られない。酔っ払いの親戚二人を相手にするより、よほど気楽だ。そう思って読み始めたのに、見覚えのある授業の内容が載っている。知っているどころか、小テストまで受けた覚えがあった。
「退屈だったから差し入れてくれたのはすげえありがたいんだけどよ……。この最近連載されてる『戸川古男の暗黒英語』って記事さ。……これ、俺たちの通ってる空座高校で、戸川先生が夏休み前にもう普通にやってた授業内容そのまんまなんだけど……」
学校からこれほど離れて、また英語か。別に授業を逃げ出して来たわけではないが、先生にも少しは遠慮してほしい。
「――なんとッッ!!!!?? 貴様ら現世の高校生は……我々瀞霊廷の読者よりも、さらに先の高度な教えを受けているというのかッッ!?」
格子を掴んで詰め寄る東仙に、一護も腰が引ける。何か怒らせたのか。教わった内容が同じだと言ったにすぎないのに、なぜこんな剣幕で迫られなければならない。
「う、うおっ……!? あ、ああ……まあ、そうなるな……」
「ぜひッッ!! ぜひ聞かせていただきたいッッ!! 彼の深淵なる叡智と……まだ見ぬ大いなる教えの続きをォォッッ!!!!」
連載の続きを先に知っている相手へ、続きをせがむ。愛読者としては分かるが、相手は囚人である。一護には、用事があるからと席を外すこともできない。親切に脱獄を申し出てくれた相手に、帰ってくれとも言いにくい。授業を頼むには、あまりに有利な立場ではなかろうか。
「お、おう……。わかった、思い出しながら話すから……落ち着けよ……」
授業中、もっと真面目に聞いておけばよかった。こんな後悔をする日が来るとは。試験なら分からない欄を空けて出せば済むが、目の前で続きを待たれてはそうもいかない。
確か、あの次の授業では――。いや、それは別の日だったか。できれば石田を呼んでほしい。あいつならノートも取っていただろう。ここへ助けに来てくれるなら、ついでに持ってきてもらいたい。まさか尸魂界で、友人のノートを借りる算段まですることになるとは。
「あのさ。先生と同じようには話せねえぞ」
「構わん。覚えていることから頼む」
「途中で分かんなくなっても怒んなよ?」
「無論だ。教えを請うのはこちらなのだからな」
東仙の熱心さに、間違えたらどうしようという不安が募る。うろ覚えのまま話して、次の新聞に載せられでもしたらどうする。あの先生なら、自分の授業を間違えて広めた生徒のところへ、わざわざ文句を言いに来るだろう。牢へ面会に来た先生から、英語の間違いを叱られる。それを隊士たちに聞かれるのは、あまりにも情けない。
まずは覚えている例文から。そう決めても、一護には最初の英文がなかなか出てこない。今からでも新聞を広げ直して、読んでいる途中だからと断りたい。
■ 砕蜂の調査記録
隠密機動総司令として使用していた調査端末には、対象・日時・照会記録などが保存される。
今回消失しているのは端末そのものではなく、砕蜂が直近で閲覧・入力した調査関係の記録。
通常の業務記録まで全て失われたわけではない。
■ ■■■という呼称
卯ノ花が古男に対して使用した、現在の「戸川古男」とは異なる呼び名。
二人が現在の護廷十三隊成立以前から面識を持つことと関係している。
現時点では詳細非公開。
■ 瀞霊廷通信
九番隊が発行する瀞霊廷内の新聞。
隊務上の情報だけでなく、教養・文化・読み物なども掲載され、東仙要は九番隊隊長として編集に関与している。
■ 戸川古男の暗黒英語
瀞霊廷通信に掲載されている古男の英語講座。
古男が現世の空座高校で行っている授業と内容が連動しているため、一護たち現世の生徒は瀞霊廷の読者より先に授業を受けている場合がある。