丁寧に
十一番隊第四席の
「至福だねえ」
口の中が甘いうちに煎茶を啜る。豊かな香りが鼻腔を満たし、得も言われぬ幸福を覚えた。
向かいで同じように茶を喫していた斑目一角も、しみじみと頷く。
「やっぱお前の淹れる茶が一番だぜ、生島」
傍らで給仕していた絵島の腹心・
ここは絵島の私室である。掃除の行き届いた部屋には、あと一人客人が居た。
絵島の瞳がついと滑る。ぶすくれた様子の男に向かってにこやかに微笑んだ。
「美味しいよ弓親。お前さんに買い物を任せてよかった」
「そりゃどうも」
綾瀬川弓親がぴくぴくと頬を引き攣らせた。一角がせせら笑う。
「なんだよ弓親。乱取りでいちばん負けたヤツがパシリになるってのはお互い合意の上だろうが」
「……っ、そうだけどっ」
弓親は己の膝を腹立たしげに叩いた。絵島が
さきほどまで、絵島、一角、弓親の三人は白打の稽古に勤しんでいた。ただ型を練習するだけではつまらない、乱取り稽古で最も負けた者が菓子を買ってくることにしようと言い出したのは、さて誰だったか。
結果、勝ち星を収めたのは一角、ついで絵島であり、弓親が買い物に行かされたという訳である。無論、自腹であった。
「まあまあ。次は鬼道比べにしてあげるから」
絵島の言葉に一角が眉を吊り上げた。
「オイふざけんなよ十兵衛! 俺が鬼道使えねーの知ってて言ってんだろ!」
「あーあー三席ともあろう男が情けない。いい加減破道のひとつやふたつ身につけなさいな。戦いの幅も広がるってのに」
「いいんだよ俺には鬼灯丸があんだからっ! 元鬼道衆のお前と一緒にすんじゃねえっ!」
やいのやいのと喚く坊主頭に、地獄蝶がそっと止まる。おや、と弓親が目を丸くするのと、伝令が流れるのはほぼ同時だった。
『一角さん。阿散井です。空座町に出現した虚について相談があります。いまから伺ってもいいでしょうか』
「あ? 虚だ? ……好きにしろ」
一角の返事を聞いた蝶はひらりと舞い上がり、音もなく部屋を出ていった。
二切れ目の栗羊羹に楊枝を刺しながら、絵島が小首を傾げる。
「六番隊の坊ちゃんが何用だろうねえ」
空座町といえば、たしか十三番隊の管轄だ。六番隊の副隊長である阿散井恋次が報告に来るのも解せないが、一角に相談とは何事だろうか。
「…………」
弓親は細い顎に指を当て、深く考えこんでいた。
〇〇〇
「────破面、か」
絵島は険しい面差しで、紫煙を細く吐き出した。
護廷十三隊を裏切り、何処へかと逃亡した藍染惣右介は、虚に死神の力を注ぎ込む術を開発したらしい。そうして生まれた虚を破面というのだそうだ。
通常の虚よりもずっと人間に似ているうえに、斬魄刀のようなものまで携えているという。そしてなにより────強い。
「接敵した浦原さんによれば、奴らは近いうちにまたやってくる可能性が高いと。山本総隊長からは、現世に被害が及ぶ前に対策を打つべきだということで、先遣隊を組むよう命じられました。いま、面子を集めている最中です」
阿散井は茶に手もつけず、硬い声で報告を終えた。
腕組をして聞いていた一角が顎をしゃくる。
「……で? わざわざ俺のとこに話を持ってきたってことは、だ」
「はい」
恋次は居住まいを正し、頭を垂れた。
「どうか先遣隊に入ってください、一角さん。隊長が三人もいなくなった尸魂界で、頼りにできるのはアンタしか居ないんです」
妥当な人選だ、と絵島は内心頷いた。
今はどの隊も、猫の手を借りたいぐらい忙しい。三、五、九番隊の隊長が離脱した穴を、他の隊長連が埋めている。代理を立てるにしても新たな隊長を任命するにしても、一朝一夕には決まるまい。
そんな状況で恋次が真っ先にここに来たのは、十一番隊が比較的被害の少ない隊であることと、すでに新隊長の打診を一角が断っているからだろう。
腕が立ち、怪我も癒えていて、なおかつ人事発令が出る心配のない相手。一角ほど理想の男はおるまい。
一角は片頬を緩め、胸を叩いた。
「俺を誘ったのはいい判断だ。褒めてやる。受けるぜ、その話」
「一角さん……! ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げる恋次に、弓親がわざとらしい咳を送った。
「それ、僕も行くよ。わかってると思うけど」
「弓親さん。ええ、よろしくお願いします」
弓親と一角は常に行動を共にする。恋次もそれは織り込み済みだったのだろう、苦笑しつつも礼を述べた。
絵島はやれやれと肩を竦めた。こちらはいつもどおり留守番だろう。三と五がいない間、せいぜい隊士達をしごいてやるか。
と、高を括っていたら、廊下側の襖が開き、更木剣八がのっそりと入ってきた。
全員が雷に撃たれたように硬直する。特に剣八と相対する機会の少ない恋次は、哀れなぐらい動揺した。
剣八は男どもには見向きもせず、絵島に指を突きつけると、ただ一言。
「お前も行ってこい」
とだけ命じて、襖を閉めてしまった。
足音が遠ざかっていく。
それが完全に聞こえなくなってから、恋次はおそるおそる頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします、十兵衛さん……」
「…………ああ、よろしく」
絵島も、呆然としながら言葉を返した。
〇〇〇
結局、先遣隊は七人の大所帯になった。
阿散井恋次を筆頭に、朽木ルキア、斑目一角、綾瀬川弓親、絵島十兵衛綱吉。そしてなぜか十番隊の松本乱菊と日番谷冬獅郎も参加している。
義骸の点検をしながら絵島が訊ねた。
「子猫ちゃんはなんで来たんだえ?」
乱菊は片目を瞑り、
「えー? だってこの面子で現世に行くことなんかそうないし、面白そうじゃない!」
と、答えにならない答えを返してきた。隣で聞いていた日番谷が溜息をつく。部下が余計なことをしないためのお目付け役だというが、これではさぞかし先行きが不安だろう。
「物見遊山だねこれじゃ」
「あ、あの、初めまして、絵島四席。朽木ルキアと申します」
「ん……あぁ、白哉の妹君だね? 噂は聞いてるよ。大変な目に遭ったね」
藍染惣右介の陰謀に巻き込まれ、わざわざ双極を用いての死刑に処せられかけていた娘だ。顔を合わせるのはこれが初めてである。血は繋がっていないはずだけれども、朽木白哉によく似ていた。
「そ、その節はお騒がせいたしました」
ルキアの物言いに絵島は思わず噴き出した。
瀞霊廷中を巻き込んだあの騒動は“お騒がせ”どころではなかった気がするが、なんともおかしみのある言葉選びだ。絵島はにわかに好感を覚え、細い背中をぽんと叩いた。
「気にしなさんな。お前さんに非はなかったんだから。それより、これから行く黒崎一護って坊ちゃんについて教えておくれな」
先遣隊はひとまず、死神代行証を与えられた人間・黒崎一護に合流し、対破面の共同戦線を張るよう命じられていた。
この中で最も一護に詳しいのはルキアだという。名前しか知らない絵島にとって、ひとつでも多く情報を得ておきたかった。
「は、はい! お任せ下さい。あやつのことはよく存じております! まず似顔絵をご覧にいれましょう!」
ルキアは矢立と紙を取り出すと、さらさらと書きつけ、得意満面に見せてきた。
絵を見た絵島に衝撃が走る。
そこには、頭にウニの刺さった直立歩行の兎と大きな出刃包丁が描かれていた。
絵を見、ルキアを見、また絵を見た。
「…………ええと?」
「はい! これが黒崎一護です!」
「これが」
「はい!」
ふざけているのかと思いきや、ルキアの瞳はキラキラ輝き、どこまでも真剣だった。いやむしろ、物凄くよく描けているという自負すら窺える。
するとうちの隊長はこれに負けたのか。
頭にウニの刺さった兎に。
出刃包丁で?
「あっ!」
ルキアが声を上げた。なにか描き漏らしがあったらしい。再び筆を走らせて、また見せてくれた。
兎が黒くなっていた。
「死覇装を描き忘れておりました!」
「…………。大事だものね、服は」
よかった。
全裸ウニ頭出刃包丁持ち二足歩行兎は居なかったんだ。
絵島は遠い目をしながら胸を撫で下ろした。
〇〇〇
幸い、黒崎一護は人間だった。
それも結構男前の部類だ。まだまだ年若だし体格も貧弱だけれども、将来が楽しみな容姿をしている。
一方、一護は激しく動揺していた。
無理もない。
尸魂界にいるはずの死神連中が、揃いも揃って自身と同じ制服を着、学校に押しかけてくれば、驚くなと言うほうが無茶であろう。
周囲のざわめきを振り切り、逃げるように帰宅した一護を追いかけた一角たちは、六畳ほどしかない一護の部屋で思い思いの場所に腰を落ち着けた。絵島がきちんと整えられた寝床にあがり、煙管を取り出した途端、一護が声を張り上げた。
「ここは禁煙だ!」
「おや、困ったねえ」
言いつつも絵島の手は止まらない。煙管を取り上げようとする一護の手をするりと逃れ、火をつける。すぐに桜の香りの煙が漂った。
「だあああっ! 吸うなって言ってんだ! 吸うなら外いけよ!」
「殺生な。これぁ薬みたいなもんだよ」
「タバコを薬とか言うなっ!」
「待て、一護」
牙を剥く一護を取りなしたのは一角だった。
「十兵衛さんの話は本当だ。持病の関係で煙管が手放せねえんだよ。こっちの煙草と違って煙を吸っても身体に害はねえから心配すんな」
「そ、そうなのか?」
絵島は微笑を浮かべた。
己の霊圧が特殊なことは、なるべく伏せておきたい。うまく言いくるめてくれた一角に感謝の目を向けた。
「すまないね。勘弁しておくれな、坊や」
「ま、まあ、そういう事情なら」
絵島が小さな手を差し出す。
「十一隊の絵島十兵衛綱吉だ。仲良くしとくれ」
「十一番隊……ってこたぁ、一角とかと一緒か」
「そのとおり」
「……血の気の多い隊って聞いてたけど、あんたみたいな子供も居るんだな」
瞬間。
部屋の温度が三度は下がった。
恋次が慌てて一護の肩を引き寄せる。
「バカヤロウ! 十兵衛さんはああ見えて四百歳をとうに過ぎてんだ! 先遣隊最年長者だぞ!」
「マジかっ!?」
「大マジだ! だから子供扱いされっとめちゃくちゃキレるんだよ! そもそも死神の見た目と年齢が合致しないことくらい、いい加減慣れておけ!」
ぼそぼそ、というにはあまりにも激しいやり取りの後で、一護が気まずそうに片手をあげた。
「ええと……すんません、十兵衛、サン」
「構やしないさ。知らなかったんなら無理もない」
絵島がひょいと肩をすくめる。
安堵しかけた一護に「ただし」と声が飛んだ。
「二度目はないからね」
底冷えのする、まったく笑っていない瞳に射抜かれて、その場のほぼ全員の背筋が伸びた。
妹の遊子が茶菓子を持ってきてくれなければ、気まずい空気が流れっぱなしだっただろう。
ひとしきり、空座町に現れた破面について話を聞けたところで、当面の宿について議論が交わされた。
結果、一角と弓親、乱菊と日番谷は、それぞれ一護の友人宅に身を寄せることが決まった。恋次は当てがあるという。
「絵島四席はどうされるのです?」
ルキアの問いに、絵島は恋次を指さした。
「恋次の坊やと同じところにお邪魔するさ。大体どこに行くかは見当がついてる」
恋次はなにか言いかけたが、絵島の強い眼差しに見つめられ、結局口を噤んだ。
〇〇〇
恋次から三歩離れて歩きつつ、絵島は茜空を眺めた。
せっかちな星が遥か彼方に瞬いている。
恋次が沈黙を破ったのは、目的地まであと二分たらずの路地だった。
「……どうして、俺の行くとこがわかったんです」
「……そりゃあ、ね」
ゆったりと紫煙を吐き出してから、絵島は答えた。
「強くなりたいと願う男が現世で行くところなんて、一つっきゃないだろう?」
視線の先にあるのは照明を落とした一軒の店。
百年前に尸魂界を追われた
店の前に立ち、看板を見上げる。
────浦原商店。
「……懐かしい名だ」
生きて会うことはもうないと諦めていたのだが。
店の奥から出てきた人影に、恋次は頭を下げ、絵島は笑みを投げた。
「お邪魔するよ、喜助」
浦原喜助は、困った顔で目を瞬かせた。
バトルシーン描きたくなったので破面編突入。
手元にコミックス無いのと細かい流れ覚えてないのでダイジェストでお送りします。