平和な尸魂界でオリ主と色んな死神を絡ませていく予定。
絵島十兵衛綱吉。いかにも勇ましい男の名のようだが、十一番隊の貴重な女性隊士の名である。副隊長の草鹿やちるを除けば女性は絵島しかいない。
並外れて白い肌と狐のように涼やかな目元。少女と言って差し支えない風貌だが、齢は四百を軽く超える。艶やかな黒髪を茶筅に結わえ、片時も煙管を手放さない姿は婀娜っぽい色気を醸していた。
席官は四。斑目一角と綾瀬川弓親の間に座する。入隊したばかりの新人が、かような小娘が四席とは武闘派と名高い十一番隊も堕ちたものよと嘲り、その後の組手で腰も立たぬほど叩きのめされるのは毎年の恒例行事であった。
絵島が前線に赴くことは滅多にない。重要な役目を負っているからだ。すなわち書類仕事である。血の気の多い十一番隊はとかく粗暴な連中が集まりがちで、筆を持つのも覚束無い馬鹿が犇めいている。自然、字が上手く事務処理能力も高い絵島に全ての紙が殺到した。
〇〇〇
「うう……」
四番隊第七席・山田花太郎は胃のあたりを摩りながら、十一番隊の隊舎に向かっていた。手には今月分の治療費が書かれた請求書が握られている。護廷十三隊のなかでも、治療班たる四番隊の世話になるのは十一番隊の隊士が圧倒的に多い。大抵はくだらない喧嘩の手当てだが、それも数十人単位になると掛かる費用もばかにならなかった。
料金を貰いにいくのは月末の定例業務、しかし誰も行きたがらない。十一番隊が四番隊を軽侮すること甚だしいためである。
誰が好き好んで罵倒されながら請求書を渡しに行きたいものか。向こうから頭を下げて取りに来、腰を曲げて払うのが礼儀であろう。皆そう憤慨するけれど、まさか直接意見できるはずもない。結果、くじ引きで“当たり”を引いたものが渡しに行く決まりが出来た。
今月の当たりを引いたのが、この細身猫背の山田花太郎というわけである。
「嫌だなぁ……行きたくないなあ……」
とぼとぼと歩を進めていると、不意に鼻先を芳しい香りがくすぐった。白檀のような、甘さと清廉さを兼ねた匂いに、花太郎は束の間酔いしれた。
「いい香り……」
おもわず独りごちる。すると横から合いの手が飛んだ。
「分かるかね。いい鼻をしている」
「うわあっ!? ……あ、絵島四席……」
いつの間に立っていたのか、絵島がニヒルに笑いながら煙管を吹かせていた。
香りが一段と強くなる。近くで嗅げばなおさらに、煙草が苦手な花太郎でもうっとりするような芳香だった。
「実家の新作だ。どうかね」
吸い口を差し出された花太郎は慌てて首を振った。酒も煙草も嗜まない花太郎にはきっと刺激が強すぎる。ただでさえ軟弱と揶揄されがちなのに、喫煙しただけで倒れようものなら、いよいよ四番隊の立場が低くなってしまうだろう。
絵島は気を悪くした風もなく、美味そうに一服した。ちなみに、彼女の実家は煙管と刻みたばこを売る豪商〈絵島屋〉である。
花太郎の持つ請求書を一瞥した絵島が嘆息した。
「やれやれ。今月もうちの馬鹿どもが迷惑をかけたようだ。いつもすまないね。支払いついでに茶でも振る舞わせておくれな」
言って、返事も聞かずさっさと歩いていってしまう。まさか四席が直々に応対してくれるとは思わず、花太郎はおたおたしながら後を追った。
〇〇〇
通されたのは絵島の私室だった。黒檀の文机には文鎮、硯、筆が端座し、持ち主に使われるのを静かに待っている。床の間には水仙が飾られ、清潔な部屋に淡い彩りを添えていた。
花太郎が腰を下ろしていくらも経たないうちに襖の向こうから声がかかる。
「絵島四席。生島です。お茶をお持ちしました」
「ご苦労」
筋骨隆々の大男が盆を片手に入ってきた。がっしりとした四角い顎に、角刈りの頭。糸のように細い目つき。いかにも十一番隊を体現したような喧嘩上等の面構えに、花太郎は内心震え上がった。
絵島の腹心、生島甚五郎である。席官は六だから、第七席の花太郎よりも位が高い。
しかし、他の隊士と違い、生島に花太郎を侮る素振りは微塵もなかった。挙措動作がいちいち丁寧なうえ、用件を聞くや深々と頭を下げてきたのである。
「わざわざのお運び、誠にありがとうございます。常日頃から四番隊の皆様のお手を煩わせていること、かたじけなく存じます」
「いっ、いえいえ、これが仕事ですから!」
花太郎はぺこぺこと叩頭した。十一番隊とは思えぬ態度に困惑しきりである。やりとりを眺めていた絵島が呆れたように紫煙を吐き出した。
「詫びあっていてもきりがない。そこらで終いにして、よもやま話でもしようじゃないか」
絵島はさりげない手つきで代金を花太郎に手渡すと、美味そうに緑茶を啜った。花太郎も恐縮しながら湯呑みを受け取る。完璧な温度で淹れられた玉露は、日々の激務に疲れた身体に染み入った。
どこの菓子が美味いの、近頃の新人は刀の握り方もなっちゃいないのといった益体のない話でひとしきり盛り上がっていると、窓の外から二人の男の喚く声が聞こえてきた。
絵島が眉を顰める。
「……片割れは一角のようだが、もう一人は誰かね?」
部屋の隅に控えていた生島も声の主に心当たりがないようで、黙って首を振る。花太郎がおずおずと手を挙げた。
「お、おそらく黒崎さんかと……」
「クロサキ? というと例の旅禍かえ?」
花太郎は頷いた。
黒崎とは言うまでもなく、囚われの朽木ルキアを取り戻そうと暴れ回った旅禍・黒崎一護を指す。
生きた人間による前代未聞の侵入事件は瀞霊廷中を震撼させたが、絵島は黒崎の顔も形も知らなかった。
なにしろ十一番隊は隊長・副隊長・三席・五席の上位四名がこぞって隊舎を離れていたため、絵島が留守を預からざるを得なかったのだ。おかげで藍染惣右介の謀叛も見逃した。
声は道場の方角から響いてくる。どうやら一角と黒崎とが稽古をしているらしい。
「それぁ面白そうだね。早速見に行こう」
絵島はウキウキした顔で座を立った。すかさず生島が襖を開く。
「あ、そ、それじゃ僕はこの辺で」
帰ろうとした花太郎の首根っこを絵島ががっしり掴んだ。華奢に見えても十一番隊の四席である。万力のような強さだった。
「殺生だねえ。付き合っておくれな」
「えっ、ええっ」
花太郎としては治療費を貰えた時点で目的は達している。むさくるしい道場になど行きたくない。けれども、誘われたら嫌と断れないのが四番隊隊士たる所以だ。
そのまま引き摺られるようにして道場に連れ去られた。
〇〇〇
ところが、絵島はあと少しのところで黒崎に会えなかった。
威勢のいいやりとりは隊首室にまで届いていたようで、闘争心を刺激された更木剣八が躍りこんだ結果、黒崎は脱兎のごとく逃げ出してしまったらしい。賢明である。
「つくづく縁がないねえ」
溜息をつく絵島を、花太郎は汗をかきながら慰めた。
いまは四番隊隊舎までの道を二人で歩いている。花太郎は「わざわざ送って頂かなくとも」と遠慮したのだが、「卯ノ花隊長に話があってね」と言われればそれ以上固辞する理由がなかった。
すれ違う死神みなが見てくる。十一番隊と四番隊の上位席官が連れ立って歩いている姿など、そうそうお目にかかれるものではないからだろうが、絵島はそんな視線など何処吹く風で、旨そうに煙管を吹かしていた。
その振る舞いに、花太郎は心惹かれるのを覚えた。
大抵の死神は四番隊の隊士と歩くのを嫌がる。一緒にいると、自分まで軽んじられると感じるらしい。
けれど絵島の様子に、そうした卑屈な考えは毛ほども見当たらない。それが心地よかった。
〇〇〇
四番隊隊長・卯ノ花烈は救護室で重病人の手当をしているところだった。
いつでも穏やかな佇まいを崩さぬ女傑は、絵島を見るや、ぱっと瞳を輝かせた。
「絵島さん! 先日頂いた特濃抹茶アイスクリン、堪能いたしましたよ。とっても美味しゅうございました」
「それはなによりだ。うちの生島が現世で手に入れたものでねえ、ぜひ卯ノ花さんに食べてもらいたかったんだよ」
「まあ」
少女のように華やいだ声を出す隊長を、花太郎はぽかんと眺めやった。
同じく治療にあたっていた副隊長の虎徹勇音が耳打ちする。
「うちの隊長と絵島さん、“濃い味同盟”組んでるのよ」
「こ、濃い味同盟、ですか?」
「そ。甘いもの苦いものしょっぱいもの辛いもの問わず、とにかく味が濃いものをおすすめしあってるの」
瀞霊廷にも美味いものは数あるが、やはり味が濃いものの質と多さは現世に遠く及ばないという。そこで絵島は定期的に腹心の生島を現世へ派遣し、新商品を買い集めさせているのだそうだ。
「し、知らなかったです……隊長が濃い味好きなんて」
勇音が首肯する。
「食も健康の大事な要素だからね。おいそれと他の人には聞かせられないのよ。だから内緒、ね?」
唇の前に指を立てた勇音に微笑まれ、花太郎は何度も頷いた。
それから勇音の後を引き継ぎ、怪我人たちに回道を施すあいだ、花太郎の目は何度も絵島に注がれた。
今日初めて言葉を交わしたというのに、細い指先で煙管をクルクル回す姿も、雑談に興じる横顔も、すべてにおいて目が離せなかった。
すると、不意に絵島が振り向いた。視線がまともに交錯する。
慌てふためく花太郎に絵島は言った。
「そうそう、今後十一番隊への請求書はこちらが受け取りに伺うよ。本来それが礼儀だものね」
「あっ、か、かしこまりました!」
花太郎が腰を直角に曲げて礼を述べる。
頭の片隅で、絵島さんが取りに来てくれたらいいな、と考えながら。
〇〇〇
──数分後。卯ノ花と絵島は四番隊隊首室に場所を移した。
「また若い人を誘惑しましたね」
椅子に座って早々、開口一番にそう言われ、絵島は噴き出した。
「なんだえ卯ノ花さん。人を悪女みたいに」
「あら、違うんですか?」
卯ノ花がくすくす笑う。絵島はぶすくれた様子で煙管を吹かした。
「うふふ。御免なさいね。貴女ったら会う人会う人みんな魅了するんだもの」
「あっちが勝手に
実際、絵島が誰かを誘惑したことはない。ごく普通に接しているつもりなのだが、気がつくとやけに強い情愛を向けられていることが多く、若い頃は苦労したものだった。
紫煙をくゆらしながら絵島が問う。
「……ところで、例の件は?」
卯ノ花も笑みを引っ込め、真顔に戻った。
「十一番隊が管轄する現世の××市において、三名の隊士が重傷を負い、帰還した件ですね?」
「それよ」
絵島は苦虫を噛み潰した顔で吸い口を齧った。
旅禍騒動のあれやこれやで誰も注目していないが、けしておざなりにできない事案である。この話がしたくてわざわざ四番隊まで足を運んだのだ。
「うち二人は席官を持たない下っ端だからまだしも、最後の一人は第十五席だ。それすら容易く斥けるとなりゃ……」
卯ノ花が眉根を寄せた。
「並の虚ではないかもしれない……」
絵島は
戦闘狂揃いの十一番隊は日々の稽古も苛烈を極める。打撲骨折は日常茶飯事、生きて戻るより死んでも勝つことに意義を見出す集団だ。故にこそ、護廷十三隊において最強の部隊という自負がある。
それが立て続けに敗走した。
卯ノ花は静かに帳面を取り出し、ページを開いて絵島に見せた。件の三名の治療記録である。
「一人は片腕を噛みちぎられ、一人は失明、残る一人は半身不随……か」
「それぞれの血液を検査したところ、強力な麻痺毒が検出されました。涅隊長に分析を依頼してあります」
「あちゃ……あの人に借りが出来ちまったかあ」
絵島は額に拳を当てた。
十二番隊隊長・涅マユリは色々な意味でクセの強い人物だ。一度借りを作ればどれだけ厄介な取り立てがくるか知れたものではない。
が、隊士の安全を思うと背に腹はかえられなかった。
「しゃーない。アタシが行くかね」
「……貴女にこれを言うのは侮辱に聞こえるかもしれませんが、どうか気をつけて」
絵島は片えくぼをつくり、ひょいと肩を竦めた。
「用心しますよ。アタシまでやられっちまわないように」
〇〇〇
地獄蝶が闇夜に舞う。
眼下に広がる住宅街は寝静まり、猫の子一匹見当たらない。
十三階建てマンションの屋上に降り立った絵島は、火皿に新しいたばこを詰めて、指先に火を灯した。
瀞霊廷で吸っていたものとは異なる銘柄である。嗅ぐ者がいれば、
二度、三度、絵島が煙を吐いたときだった。
背後に、禍々しい気配が生まれたのは。
『う、うまそうなヤツ、きた』
絵島は声の主に向かってゆっくり振り向いた。
「──こんばんは、虚の」
給水塔に陣取っていた虚が、触手を蠢かせた。
一見すると、四つん這いになったヒトに見えなくもない。ただし両手足がやけに大きいうえに、背中から短い触手が無数に生えている。まるでイソギンチャクを貼り付けているみたいに。
おそらくはこの触手から、麻痺毒を送りこむのだろう。
絵島は深く煙を吸ってから訊ねた。
「ここ最近、死神がやられててね。お前さんの仕業かえ?」
『し、死神、たおす、倒した』
虚が口の端を吊り上げた。──嗤っている。
『一人目も、ふ、二人目も、三人目も、みんな弱かった。マズそうだったから、く、喰わなかったけど』
「へえ? するとなにかね、今夜みたいに後ろから近づいてど突くだけで満足したと?」
にわかに虚が怒気を発した。
『お、おれ、強い! 強いやつ、不意討ち、いらない! 正面から戦って、倒した!』
「おやま」
絵島は目を丸くした。
てっきり、背後から忍び寄り、毒まみれの触手を突き刺して動けなくなったところを甚振ったのかと思いきや……案外戦士としての気構えを弁えているではないか。
「それぁすまなかったね。うちのが迷惑をかけた」
心得違いを詫びる。正々堂々とした勝負なら負けた方が悪い。
「死神として、お前さんに敬意を表することにしよう」
絵島は煙管を仕舞い、代わりに白鞘の
『なん、なんだ、それ』
「これかい? アタシの斬魄刀さ」
首を傾げる虚に、絵島は笑みを噛み殺した。
これまで戦ってきた死神たちもみな刀を振るっていたが、もっと大きく長かった。こんな、掌に乗るような矮小な代物では決してなかったはずだ。そう考えているのが手に取るように分かる。
「小さいって思うだろう? そのとおり。アタシのはね、
絵島はそのまま、流れるように解号を唱えた。
「──
ゆっくり鞘を払う。しかし、刀身がない。柄と鞘の二つの間は、まったくの無であった。虚が指をさす。
『刃がないぞ、き、斬れない、ぞ』
「いやいや」
ぱちん、と鞘を閉じて、絵島は破顔した。
「そういう斬魄刀なのさ。見えない刃で敵を斬るんだ」
瞬間、虚が身構えた。触手がザワザワと伸びていく。見えない刃ということはつまり、どこから斬られるか分からないということに気づいたらしい。
絵島はくるりと背を向けた。
「案ずるな」
懐から煙管を取り出し、唇に持っていく。
「もう終わっている」
『え』
刹那、虚の視界が
右半分はそのままに、左半分だけがどんどん下がっていく。
顔から尻まで全身を両断されたと気づくより早く、虚の意識は闇に沈んだ。
〇〇〇
地獄蝶を伴って十一番隊隊舎の私室に帰還すると、意外な人物が待ち受けていた。
誰あろう、更木剣八その人である。
すでに湯浴みを終えたようで、濡れ髪を下ろしながら長い脚を投げ出して座っていた。着ているものも死覇装ではなく浴衣である。
さしもの絵島も目を丸くして、唇から煙管を離した。
「なんだってこんなところに」
剣八は無言で片手を差し伸べてきた。こっちに来い、の意である。絵島は苦笑して、大人しく剣八の胸に抱かれた。
剣八の指が髪紐を解く。きっちり結わえていた髪の毛が、ぱさりと肩にかかった。そのまま、冗談のように大きな掌が、絵島の後頭部を撫でていく。心地良さに、絵島の瞼が閉じた。
耳朶に唇を寄せて、剣八が囁く。
絵島以外は誰も聞いたことのない、低さの中に甘さの満ちる声だった。
「……行ったのか」
「行きましたとも」
「殺ったか」
「当然」
隊士三人を傷モノにされた落とし前はちゃぁんとつけてきましたよ。
絵島がそう答えると、剣八は満足そうに頬を緩めた。
「流石は俺の女だ」
剣八の唇が絵島の口を塞ぐ。最早言葉は要らなかった。どちらからともなく舌と舌を絡めあう。
「ふ……っ、ん……は、ぁ……っ」
剣八の舌が首筋をなぞり降りていく。鎖骨の下、乳房のはじまりを吸われて絵島の背が仰け反った。
「あっ」
雪のような肌に赤い花が咲く。
剣八は痕をつけるのが好きだ。見えるところにはつけるなと散々教えこんで、近頃ようやく覚えてくれたらしい。
──と、思ったのも束の間。
「あっ!」
鮮烈な痛みに絵島が悲鳴をあげた。首筋のやわいところに剣八が噛みついたせいだ。死覇装でも隠せない場所である。明日は襟巻きが手放せまい。
「ちょいとお前さん……!」
怒る絵島に、剣八は低く笑った。
「旨そうだったんで、つい、な」
許せよ、言いながら噛み跡を舐められて、絵島は吐息した。
「…………明日も仕事が山積みだ、あんまり無茶はしないでおくれよ」
「休んじまえ」
事も無げに言い捨てられ、畳に押し倒される。
ああ、きっと明日は布団から出られまい。
剣八の逞しい背中に腕を回し、絵島はそっと目を閉じた。
なんとなーく思いついたBLEACH二次創作。
無料開放中に読み直したんですけどやっぱおもろい。
筆が乗れば続きが出るしR18になる……かも。