サイボーグ全盛世界の、時代遅れのロートルガンマン 作:異星人アリエン
天龍商会というものが、ネオ・アルカディアには存在している。
元は中華系マフィアの系譜を継ぐものであり、実質的に国々が崩壊した《オリジン》による被害から、企業が台頭しネオ・アルカディアが作られるまで、初期の頃から混乱する世情を渡り抜いてきた商会だ。
ネオ・アルカディアを支配するのはメガコーポ企業らだが、天龍商会もまた物流から武器の製造まで、あらゆる流通を支配していた。
そんなやたらと高いビルの立ち並ぶネオ・アルカディア。
コンクリートが主体の建造物に真っ向から対抗するように自然の木材を使われた、やたらと彩り豊かな建造物こそが、天龍商会の居城であった。もっとも、木材は外見だけで内部は機械によって構築されているが。
そんな一室に、俺はいた。
部屋には、何やらやたらめったら細長い蛇に手足の生えたもの。たしか、東洋では龍といったか? その木彫りの人形が飾られていた。正直、金持ちの道楽である以外何者でもないだろう。ヒゲ部分とか、今にも折れそうなくらい繊細さを感じさせる細工だ。
「いやはや、困っていたのですよ。我々の流通の邪魔をする《スクラッパー》が多くてですねぇ。守るのは問題ないのですが、こうも何度も強襲されてはスケジュールにも差し障る。あなたに頼んで正解でしたよぉ」
ニヤついた笑みを隠さずに、語る男。
糸目ないかにも胡散臭いという風貌な若い男。国家が衰退していく中で、巧妙かつ狡猾に渡り歩き、数多のメガコーポ企業が台頭する中で、狡猾に隙間を縫うように勢力を伸ばし、結果、このネオ・アルカディアで最も表と裏に精通する男だ。
本人はグレーだと語っているが、どうだろうな。まぁ、それはこちらも同じだが。
「《スクラッパー》など、正面から倒すのは造作もないですが奴らは生き汚いですからねぇ」
「こちらとて、《スクラッパー》どもがデカい顔をしているのは気に食わんからな」
「えぇ、えぇ、まったく。《スクラッパー》どもは叩いても叩いても沸いてくる。色々と恨みを買っている自負はありますが、こうも続けば辟易するというもの。ですが、今日は枕を高くして眠れそうです。ねぇ、シャオ?」
〈シャアァァ〉
側に侍らせる巨大なアナコンダに向けて声をかける蛟・景雲。奴の愛蛇であるシャオだ。
ご機嫌そうに、シャオの首元を撫でる。
俺と蛟・景雲の関係は、いわゆる依頼主と請負人だ。
蛟・景雲をよく思わない者は多い。
暗殺を目論んだり、
そして蛇の道は蛇という。俺もまた、狙われることが多い人物だ。
俺としても嗜好品のタバコやコーヒーを融通してくれる天龍商会を、贔屓にしている。ギブアンドテイクというわけだな。
「報酬はいつも通り、年代物のタバコとコーヒーでよろしいですかな?」
「あぁ、それで頼──」
『ぐすっ、こんなにおいしいのを食べたの、初めてで……』
しばし、口を閉じる。
その事を疑問に思ったのか、蛟・景雲が伺うようにこちらを見る。
「どうしましたか?」
「……いや、今回タバコとコーヒーは半分で良い。代わりに新鮮な食料を半分頼む。できれば、果実が良い」
俺の言葉に、蛟・景雲はあんぐりと口を開けた。
長い付き合いだが、初めて見た表情だった。
「……料理にでも目覚めましたか? そのようなバカ舌で」
「こめかみに撃たれたいようだな」
「いやいや、コーヒー以外の食のこだわりがない、軍用レーションを齧るだけの男が突然言い出したら、正気を疑うでしょう。どういう心境の変化ですか」
「別に、単なる気まぐれだ」
そう、気まぐれだ。
別に深い意味はない。単に、たまには美味いものを食うのも悪くないと思っただけだ。それだけだ。
蛟・景雲は暫し考え、そして小指を立てた。
「なるほど、これですかな?」
「よし、遺言を考えろ。言葉だけは聞いてやる」
「冗談ですよ、冗談! 守るモノができたのですね。それは良いことです」
「弱みができた、そうは思わないのだな」
「その逆ですよ。守るモノができた人は強いですよ。それは僕が保証します」
蛟・景雲は愛おしそうにシャオを撫でる。
「いえいえ、以前のあなたはまるで飢えた猟犬のようでしたので」
「その猟犬も、この街では見なくなって久しいがな」
「……ですねぇ。昔の世界じゃ、動物が街中に溢れていたようですよ? 今や汚染された自然に棲む動物はそう多くない。それ以上に、人の命すら軽いこのネオ・アルカディアでは、今やペットを飼う者は居なくなって久しいです。私のシャオも、寂しがっている」
側に侍らしているアナコンダの顎を撫でる。シャオはご機嫌そうに、舌を出した。
「そうそう、ダンテ殿。あなたに頼まれていた例の
「ついにか!」
「えぇ。持って来なさい」
蛟・景雲が部下に命じると共に側にいた側近が、近くの金庫から厳重に保管された箱を持ってくる。専用の鍵を取り出して、空気の漏れる音と共に蓋が開いた。
中にあったのは滑らかさを感じる白銀の拳銃と専用のホルスターだった。
拳銃は俺の持つ《ヘスペス》とは違いリボルバーのような回転機構のない、継ぎ目すらなく、無駄な凹凸も一切ない滑らかな外装であった。そしてこの銃には特出すべき特徴があった。拳銃にあるはずの、撃鉄も排莢するための穴すらなかった。
「製品名は〝電磁加速式拳銃フォスフォロス〟。まぁ、銃の皮を被った超小型レールガンですね。ですが、その速度と威力共に従来の拳銃と比較になりません」
「弾頭は?」
「専用弾で、10mm徹甲弾。内部で電磁加速されたその威力は装甲化された車も容易く撃ち抜きます」
「ならばレールガンと言うことは、弾殻はないんだな?」
「ございません。その代わり、加工に加工を重ねた特別仕様なため、弾自体の強度はこれまでと比べ物になりません。撃つ相手によっては弾は全く変形せず、再使用も可能です」
「チャージ時間は?」
「5秒です。5秒に1発は撃つことが可能です。まぁ、弾を入れる時間が必要なので実際はもっと必要ですが」
手に取り、握ってみる。
重さ、問題なし。
握り心地、無論大丈夫。
取り回し、銃身が長いので狭所では難あり。ただし、ヘスペルと使い分けすれば問題なし。
「完璧だ、蛟・景雲」
「恐悦至極に存じます」
俺の言葉に、蛟・景雲は慇懃に礼をした。
満足げに俺は備え付けのホルスターを、《ヘルペス》とは反対方向の腰に装着し、そこに《フォスフォロス》を固定する。
この重み、実に良い。ただ、慣れるまでは回避運動に気をつけなければな。
「しかし、ほんとうによろしいのですか? 正直、結構反動も大きいので性格無比な早撃ち射撃を得意とするあなたとは、相性が良くないと思うのですが」
「以前から、
「素直に
そう語る蛟・景雲の片目は、生物ではあり得ない朱色の瞳をしていた。義眼だ。そして右腕もまた鱗状に積み重なる義手へと変わっていた。何で失ったのかは知らんが、蛟・景雲は
俺は、懐から煙草を出して火をつける。そして、煙草の煙を吐き出した。
「……
「おや? どうしてです? 生身こそが人間だという価値観の宗教の信徒でもありませんのに」
わかりきっているくせに、問うてくるとは良い性格をしている。
「……
元々、拳銃も指先一つで人の命が奪える画期的な兵器であった。
故に人々は誰もが拳銃を持った。相手の命を奪うため、あるいは自分の身を守るため。崩壊前の世界では、それが当たり前だった。
元々人を殺すために生まれた拳銃。
欠損した人の義手義足となるために生まれたはずの
時代のせいもあるが後者の方が人殺しの道具として使われていることに、悲哀を感じる。
「そういうモノですかねぇ? ま、僕はまた片目が見えるようになったので満足していますよ」
「それも良いことだ。耳が聞こえなかった者や、味覚がなかった者も
「えぇ。今後とも、天龍商会を良しなしに」
最後に蛟・景雲が人好きのする笑みをするのを背に、俺はその場から去るのだった。
◇◇◇
「いやはや、嬉しそうでしたねぇ。頑張った甲斐があるというものです」
〈シャアァァ〉
機嫌良くシャオを撫でながら語る蛟・景雲。
その後に、側近の女性が耳打ちしながら疑問を呈した。
「しかしよろしいのですか? あれを作製するのに、かなりの費用を費やしましたでしょう。
彼女は、若い人物であった。
そしてそれが、蛟・景雲の怒りに触れた。
「アナタ今なんと言いましたか?」
「うぐっ!? ボ、ボス……!?」
ジャラララ、と鎖が這いずるような音がなると同時に、蛟・景雲の腕が変化する。彼の
「ロートル、ロートルと言いましたか? えぇ、まぁそうでしょう。今時、
「が、ボ、ボスッ……! い、き……がっ…………!」
「今や世界は変わりました。戦争も、国同士の争いから企業同士の戦いに変わりました。人は、国家への帰属意識ではなく、企業への奉仕義務として、利益をもたらすために争うようになりました。そして勝敗を左右するのは、
「かっ…………ぁ………………!」
「《オリジン》。人智を超えた超能力を操る怪物ども。世間では、幻想だと言う者もいますが、そんなことはない。覚えてますとも、僕の右腕と右目はソイツに奪われたのですから。あんな怪物、倒せるはずがない。何故なら、当時最新鋭の兵器ですら刃が立たなかった。今、
〈シャアァァ〉
「おや?」
愛蛇からの鳴き声に、蛟・景雲は気付く。
締め上げていた側近からの反応がない。彼女の顔は青ざめ、口からは泡を噴き出していた。身体は痙攣し、
蛟・景雲はそのままぶん投げ、解放すると同時に大きな音が鳴った。慌てて外に待機していた部下が入って来る。
「さっさと蘇生措置をしなさい。あと、床の掃除もするように。一滴でも残していたらどうなるか、覚えておきなさい」
「た、ただちに!」
先ほどまでの人間らしさはどこにもなく、天龍商会の
そのまま蛟・景雲は自らの部屋に戻っていく。
厳重にロックがなされ、彼しか入れない部屋。そこの一角、なぜか窓が無いにも関わらずカーテンがつけられていた壁。そのカーテンをあける。
「あぁ、僕
どこまでも恍惚そうに、壁一面に貼り付けたあらゆるダンテの写真に蛟・景雲は頬擦りするのであった。
〈シャア……〉
良い主人なんだけど、これだけはなぁ。
そう思いながら、シャオは鳴いたのであった。