光が強くなれば、陰の実力者はより際立つ。ので、僕が天に立つ 作:あばなたらたやた
翌朝。
治安維持組織の執務室には、柔らかな朝日が差し込んでいた。静かな室内で、シドはデスクに積まれた書類へ目を通していた。
コン、コン。
ノックの音が響く。
「失礼します」
入ってきたのはアルファだった。
いつもの完璧な敬礼。ただし、その表情には僅かな緊張が浮かんでいる。手には今朝発行された新聞と、いくつかの公的文書が握られていた。
「シド、おはよう。早速だけど、昨日のあなたの『偉業』が、もう上層部や一部のメディアで大きな波紋を呼んでいるわ」
アルファは新聞をデスクへ広げた。
そこには大きな見出しが躍っている。
『悪魔憑きに有効な新技術、国内の合法研究所にて確立か!?』
「さすが国営の研究所。耳が早いねぇ」
シドは新聞を眺めながら、どこか楽しそうに笑った。
「あれだけ主任たちが驚いていれば、誰かが速報で上に報告するのも無理はないか」
まるで芸能ニュースでも眺めているような気軽さだった。しかし、アルファへ向ける表情は違う。
シドは静かに新聞を閉じた。
「……やはり、隠し通せるものではなかったか。アルファはどう見る?」
「公的機関が、この技術を基に本格的な『悪魔憑きへの大規模支援』へ乗り出すかどうかは……微妙なところね。表向きは人道支援を掲げるでしょう。でも、上層部の本音は別にある」
「共通の敵、か」
「ええ」
アルファは頷いた。
「この国だけじゃない。聖教も含めた既存の権力構造は、ディアボロス教団や知性魔物という『共通の恐怖』によって、内側の結束を保っている部分がある」
「なるほど」
「もし悪魔憑きが、簡単に治療できる病気だと証明されたら?」
アルファは新聞を指先で叩いた。
「民衆の危機感が薄れる。そうなれば、国をまとめる求心力にも影響が出るわ」
「確かに。それに――」
シドは椅子の背へ身体を預けた。
「この新技術そのものが、危険だ」
「魔力暴走を逆算して制御する技術……ね」
「そう。ディアボロス教団や知性魔物、あるいは国内の反政府勢力が手に入れたらどうなる?」
シドは淡々と続ける。
「人命救助には使わないだろう。人体の魔力限界を強制的に引き上げる、兵器用のブースターとして利用するはずだ」
「……その通りね」
アルファの表情が険しくなる。
「教団の技術を解析して得た知見だからこそ、逆に奪われる危険もある。だから国の上層部も、手放しでは喜べない。秘匿するべきか、公表して国威発揚に利用するべきか……頭を抱えているでしょうね」
「政治の世界って、本当に面倒だな」
シドは苦笑した。
「もっと単純な世の中ならいいのに。でも、国家の首脳陣がどう悩もうと、僕たちのやるべきことは変わらないよ」
アルファを見る。
「彼らが足踏みしながら、ゆっくり答えを探している間に、僕たちは僕たちのやり方で、あの少女たちを護り、導いていこう」
「シド……」
「それが、僕たちの理念の骨子だろう?」
「ええ」
アルファは力強く頷いた。
「あなたがそう言うと思って、すでに受け入れ態勢は整えているわ。国の正式な方針が決まる前に、彼女たちの身柄は私たちが確保する」
「その後は?」
「教団の技術解析部門へ」
アルファの瞳には、強い決意が宿っていた。
「彼女たちの力を、正しい方向へ使えるようにするわ」
「なるほど。この素早い手続きには、そういう背景があったわけか」
アルファが提出した資料へ目を落とす。
そこには、ミドガル王国における軍事装備と魔力運用の歴史がまとめられていた。
シドはページをめくる。そして、ひとつの事実に気づいた。
「……なるほどね」
これまでの軍事技術。
アーティファクト。
魔力兵器。そして、それらを扱う兵士たち。歴史を辿れば、ひとつの傾向が浮かび上がってくる。
――ミドガル王国は、アーティファクトに恵まれすぎていた。
強力な攻撃を発動するために、複雑な術式を研究する必要がない。魔力を流し込めば、属性攻撃から大規模な破壊まで、様々な現象を引き起こせる。ならば、使用者に求められるものは単純だ。
どれだけ身体を鍛えられるか。
どれだけ多くの魔力を持っているか。
どれだけ強力なアーティファクトへ魔力を注ぎ込めるか。
「要するに――」
シドは心の中で納得した。
筋肉を鍛えて、大味な火力を撃つ。
それで十分だったのだ。
わざわざ面倒な魔法理論を学ぶ必要がない。最初から強力な道具が存在するのなら、自分で一から術式を構築する理由などない。
ゲームを始めた瞬間に最強武器を渡されたようなものだ。
誰が地道にレベル上げをするというのか。
対して、アーティファクトの恩恵を受けられなかった国々は、生き残るために自ら術式を発展させる必要があった。
結果として、彼らは高度な魔法文化を築き上げた。そして、その差が最悪の形で突きつけられた。
――ディアボロス教団がアーティファクトとして開発していたゾルトラークという攻撃方法。いわば、既存魔法技術をさらに洗練させた『デチューン版ゾルトラーク』。
シドは資料を閉じた。
「現在、我が国でもアーティファクト技術を利用した銃器が制式採用されているけど――量産兵器として規格化されている以上、一発あたりの威力はどうしても使用者の火力上限に引っ張られるわ」
「あくまで補助兵器、か」
シドは頷いた。
「数を揃えて戦列を組み、主兵装であるアーティファクトを補強する。正面からぶつかる戦争なら、我が国は強いだろうね」
「でも?」
「ゲリラ戦、市街地での局地戦。それに、教団のような暗殺特化の魔法を相手にした場合は別だ」
シドの目が細くなる。
「規格化された大味な兵器では、対応が難しい」
「ええ、その通りよ」
アーティファクトに依存してきたミドガル王国。そこへ今、異なる魔法文化が押し寄せている。しかも、それは単なる文化交流ではない。
圧倒的な暴力を伴った波だった。
「実は私たちシャドウガーデンでも、基礎的な魔法術式の研究と開発は進めているの」
アルファは少し悔しそうに言った。
「でも、高度な領域への発展が難航している」
「理由は?」
「術式を覚える手間に対して、得られるものが少ないのよ」
アルファは肩をすくめた。
「結局、魔力量という資質がなければ威力は上がらない。研究員からも、『それなら既存のアーティファクトや銃に魔力を込めて撃ったほうが早くて強いのでは?』という意見が出ているわ」
「うん」
シドは即答した。
「まあ、そうなるよね」
ゼロから技術を学び、自分で術式を構築する。
それより既製品を使ったほうが早い。
組織運営として考えれば、極めて合理的な判断だった。
――アーティファクトでよくない?
研究員たちの言いたいことは、シドにもよく分かる。
コストパフォーマンスの悪い研究ほど、現場から嫌われる。
しかし。
シドはふっと表情を変えた。
「『アーティファクトや銃でいい』か」
「……ええ」
「それは、強者の論理だよ。アルファ」
「え?」
シドは立ち上がった。
窓の外には、朝の街並みが広がっている。
「既存の兵器は、最初から多くの魔力を持つ『強者』のために最適化されている」
穏やかな声だった。
「では、魔力の少ない『弱者』は?」
アルファは黙ってシドを見る。
「規格化された武器の性能に届かず、その底辺で使い潰されるだけだ」
シドは窓の外へ視線を向けた。
「僕たちが目指すのは、強者と弱者が共に歩める世界だ」
そして、静かに続ける。
「苦しみだけに頼らない世界をね」
「……シド」
「誰もが『見返りがない』『リソースの無駄だ』と諦める。だからこそ、僕たちがやる意味がある」
シドはデスクへ戻り、一枚の資料を手に取った。
「魔力量という資質に依存しない、術式の効率化と構造改革」
それは、先日の教団技術解析から得た知見だった。
「僕たちならできる。効率的な魔力制御回路を構築できれば、魔力が少なくても、教団の貫通魔法を凌駕する一撃を放てるようになるはずだ」
シドは微笑む。
「だから、諦めずに前へ進もう」
「シド……!」
アルファの瞳が揺れた。
自分たちがコストの悪さを理由に切り捨てようとしていた研究。
その先に、シドは弱者のための技術という意味を見出していた。
アルファの胸に、強い衝撃が走る。
「制式銃を構えるより、指先から極細の魔力レーザーを撃てるほうが、格好いいし便利だろうしね」
「……」
感動しかけていたアルファの表情が、一瞬だけ固まった。
シドは何事もなかったように書類へサインする。
「魔法術式の研究予算、倍にしておいて」
「倍……?」
「うん。彼女たちの未来への投資だ」
「ええ!」
アルファの瞳が輝いた。
「すぐに手配するわ!」
彼女は力強く頷くと、書類を抱えて執務室を飛び出していった。
その背中を見送りながら、シドは小さく笑った。
予算が倍になった。
これで、部下たちにどんな格好いいオリジナル魔法を仕込もうか。
そんなことを考えていると――
「アルファ」
シドは呼び止めた。
「僕たちが魔法に求めるべきなのは、山を吹き飛ばすような大規模な破壊じゃないんだ」
デスクに広げられていた、大量の魔力を消費する大魔術の理論書を閉じる。
「派手な爆発なら、アーティファクトのミサイルや大砲に任せればいい」
「では、何を?」
「もっと小さくていい」
シドは指を一本立てた。
「指先から鍵を開ける魔力を出す」
もう一本。
「気配を消して壁を走る」
さらに一本。
「コーヒーを、ちょうどいい温度に温める」
「……最後のは必要なの?」
「重要だよ」
シドは真顔だった。
「日常生活の快適さは、とても大事だからね」
アルファは困惑した表情を浮かべた。
「でも、教団や知性魔物の物量に対抗するなら、一撃で戦況を変える広域殲滅魔法のほうが――」
「それは、既存の『強者の戦い方』に囚われている証拠だよ」
シドは首を横に振る。
「僕たちが構築すべきなのは、魔力効率と汎用性に優れた、拡張性の高い術式だ」
ホワイトボードへ向かう。
「強い人には、その強さをさらに引き出す魔法がある」
ペンが走る。
「魔力の少ない人には、その少なさを技術と効率で補う魔法がある」
さらに式を書き加える。
「組織として戦うための戦術魔法もある。個人が日常やゲリラ戦で生き抜くための隠密魔法もある」
そして、教団の貫通魔法を基礎に、余分な構造を削ぎ落としていく。
「大切なのは、画一的な強さを押し付けることじゃない」
最後の線を引く。
「一人ひとりの『選択肢』を増やすことなんだよ」
アルファの目が見開かれた。
シドは振り返る。
「人間を術式に合わせるんじゃない。術式を人間に合わせる」
それこそが、シドの求める魔法だった。
アーティファクトに人間を合わせ、魔力量によって人間の価値を決める。
そんな従来の構造を、逆転させる。
個人の資質。
身体能力。
魔力量。
環境。
目的。
それぞれに合わせて術式を選び、必要なら自分自身で改良していく。
アルファの青い瞳が輝いた。
「個人の資質や環境に合わせて、最適な術式を選択し、カスタマイズする……」
その言葉を確かめるように、彼女は呟いた。
「強者も弱者も、それぞれが自分の身の丈に合った最適な『輝き』を放てる世界……それが、あなたの目指す『強者と弱者が共に歩める世界』の具体的な形なのね」
「そういうこと」
シドは頷いた。
アルファは胸の前で両手を握り締めた。
世界を否定するのではない。
既存の技術を捨てるのでもない。敵の技術すら分析し、利用し、その先に新しい選択肢を作る。
すべての人間が、それぞれの速度で成長できるようにする。
その思想が、アルファの胸を強く打った。
「僕の考えた最強の汎用魔術基本パッケージ理論。うん。かなり綺麗にまとまったね」
「基本パッケージ……?」
「これを配っておけば、あとはみんなが好きなように改良すればいい」
シドの頭の中には、無数の魔法が派生していく未来が浮かんでいた。
ひとつの基本術式から、枝分かれしていく無数の技術。
戦闘。隠密。移動。探索。生活。
それぞれの人間が、それぞれの魔法を生み出していく。
統一された強さではない。
多様な強さ。
そこから生まれるのは、きっと予測不能な混沌だ。だが――その混沌こそが、人間一人ひとりの可能性なのだ。
「ああ、その通りだよ、アルファ。僕たちの技術は、人を縛るための兵器じゃない。人が、自分の未来を選ぶための自由だ」
アルファは静かに頷いた。そしてシドは、完璧な笑顔を浮かべる。
――さて。予算も増えたことだし。
今度は、どんな格好いい魔法を作ろうか。人を救うついでに趣味も準備も進めよう。
そんな密かな期待を胸に、シドは再び研究資料へ視線を落とした。