もし、コンビ解消した真城に相田班長がちょっとだけ早く接触して『原作:蒼樹紅』の作画をすることになったら 作:蒼樹組
11月の頭に発売される見本誌を、高木秋人は集英社で一足先に読んでいた。
理由は明白。
蒼樹紅が原作を書き、亜城夢叶が作画を担当する作品『
――高木くんが競おうとしている相手だ。知っておいた方がいい。
負けん気に火をつける目的で呼び出されたことを理解しながら、高木は服部の思惑に乗った。
眉間にしわを寄せ、食い入るようなまなざしで目を通す。
「すごいですね蒼樹紅。ストキンのネームより数段面白くなってる」
「僕も驚いたよ。てっきり、あのネームにそのまま絵をつけると思っていたんだが、相田班長が上手だった」
「いや、相田さんっていうより、この癖……」
ずっと組んできた高木だからわかった。
持ち込まれる原稿すべてに目を通してきた服部でさえ気づかなかったとしてもだ。
そもそも、持ち込まれる原稿は氷山の一角。
まず、真城に見せるまでもなく没になったアイデアがあり、見せた上で没にしたアイデアがあり、その上澄みに、二人で作り上げた服部の目にする原稿がある。
つまり、真城の発想力については、服部よりも高木に一日の長がある。
「たぶん、サイコーのアイデアを使ってますね」
「え、本当に?」
「ストキン受賞した時より恋愛色が強くなってるからわかりづらいですけど、妖精と対立させて脅威に仕向けるところとか、もろに癖が出てます」
「確かに、そこのエグみは元々のネームには無かった色だが……うぅむ、言われてみると確かに」
指摘されるまで気づけなかったのは、真城が読み味を意識してがらりと絵柄を変えたからだ。
高木と組んでいる時が、あえて臭みを増すものだとすれば、蒼樹と組んでいる時の絵柄は香辛料でとっつきやすくした料理。
その変化のインパクトが、作品に滲む真城らしさを透明な技術に昇華していた。
(サイコー、ますます遠いところに……)
胸中不安がとぐろを巻く。うなじが汗に湿る。
ミステリものに難産して足踏みしている間に、背中がずいぶん遠くに行ってしまった気がした。
「さて、せっかくだからいま思いついてる話を聞かせてくれるかな」
「え、あ、はい。12分間のタイムループに囚われてしまった男の話なんですけど、ある晩、刑事に撲殺された主人公が――」
高木の予想通り、真城と蒼樹の読切『
◇ ◇ ◇
さらにその翌週、福田慎太の『
正史では7位だったのだが、先週掲載された『
「9位!? 真城くんは3位だったっすよね!? つーことはなんすか、俺は真城くん以下ってことっすか!?」
雄二郎が困ったように笑いながら「ランキングで判断するとそうなるかな?」とお茶を濁す。
新妻エイジの仕事場に「だぁーっ!」という鬱憤が響いた。ペンを握る手に力がこもる。同じ夢に向かって奔走する
「何が悪かったんすかね」
「まあほら、向こうは2人組だから」
「じゃあ50人で漫画を作ればジャンプの頂点取れるんすか? 違うっすよね」
「うん? それもそうだな」
すいーっと椅子を動かして、新妻エイジのそばに移動する。福田慎太の中で漫画のことを聞くなら新妻エイジ。雄二郎はセカンドオピニオンなのだ。
「新妻師匠も読んだんすよね」
「イエース!」
「俺と真城くんの決定的な違いってなんだと思う?」
筆を止め、鋭い眼光がねめつける。
「色々ありますケド、一番っていうなら――影響力」
「影響力?」
新妻エイジが首肯して言うには、『
「『シンデレラ』って知ってるです?」
「あれだろ? ガラスの靴のお姫様の話だろ」
「じゃあ、その原作『灰かぶり』は?」
「いや、そこまでは知らねえけどよ」
グリム童話『灰かぶり』には、ガラスの靴に足の入らなかった姉妹が爪先やかかとを切り落としてまで王子の花嫁になろうとするグロさがある。
さて、蒼樹本来の、『男の子が森で妖精に出会い自分も妖精になろうとする話』がシンデレラだとするなら、『森で妖精に出会ってしまった男の子が元の世界に戻るために妖精から逃げようとする話』は灰かぶりに近い。
「『シンデレラ』を書く原作と『灰かぶり』を描く作画。光と闇、王道と邪道、本来ならまじりあわない二つですけど……真城先生も蒼樹先生も器用ですからね」
「互いに影響し合ってコントラストを強調してるってことか。つーかべた褒めじゃね?」
「『ハイドア』が載ったとき『CROW』は4位でした。いいところは素直に認めるべきです。……ケド」
エイジがいつになく真面目な顔をする。
だから福田慎太も緊張に、息を呑んだ。
エイジがその真剣な表情のまま、デスクに向き直る。
前のめりな姿勢で、Gペンにインクを付ける。
「個人的には、亜城木先生と戦いたかったですね」
「どうして」
「『ハイドア』は真城先生じゃなくても描けますから。個人的に読みたかったのは、亜城木先生のエグい話……」
ガリガリと原稿にペンを走らせる背中に、福田慎太は恐ろしい鬼を見た。
その理由に、すぐに気付く。
いつもなら声に出てくる漫画のオノマトペが、彼の口から一切出てこないのだ。
哀しみとも怒りともつかない。
あるいは新妻エイジ本人ですら消化しきれていない感情かもしれない。
その気迫を前に、ぶるり、総身が怖気だつ心地だった。
◇ ◇ ◇
一方、そのころWJ(ウィークリージャンプ)編集部。
頭を抱える相田の空気に、編集のキムが困惑している。
「服部先輩、相田班長どうしたんです? 先週からずっとあの調子ですよ」
「ん? ああ、『ハイドア』の結果がよかったからな」
「逆じゃないですか? 悪かったならともかく、よかったのに思い悩む理由無いですよね」
「真城くんはまだ高校生だからな」
そう。高校生なのだ。
「漫画、特に長期間連載したわけじゃない作品は水物商売だ。人気が出たなら、早いうちに連載へ持っていくのが定石。だが、真城くんは未成年だし、親への責任もある」
「高校に通いながら無茶をさせていいものか、そういうことですか」
「そうだ」
速報で『ハイドア』がいい結果を出してすぐ、佐々木編集長が相田を呼び出していた。実質担当のように接してきた服部には、話の内容がわかっていた。
漫画家、川口たろうの死についてだ。
真城最高は川口たろうの甥にあたる。
もし、学業と二足の草鞋を履かせて体を壊しでもすれば、ジャンプ編集部は、同じ轍を踏むことになる。
(もし俺が真城くんたちの編集を続けられていたら――)
そのプランはある。だが、口を挟んでいいものだろうか。
いや、ダメだろう。
(しかし、高木くんと組ませることを考えると、相田班長が少しでも長く悩んでいてくれた方が好都合なのも事実)
いやいや、と頭を振る。
(いかんな、また大人の曲がった考えをしている。真城くんは連載を勝ち取るために選択をしたんだ。俺が余計な口をはさむべき問題じゃない)
しかし、本音を言うなら。
――俺が担当したかった。
◇ ◇ ◇
真城は、ずっと、もやもやしていた。
(遅い。『ハイドア』の本ちゃんが出たのはもう1週間も前)
それなのに、連絡が一切来ない。
いや、蒼樹から連絡は来た。なんなら毎晩のように。年頃の男女がする甘酸っぱいやり取りではなく、連載用のネームの相談がメインだが。
脳裏をよぎるのは、叔父から聞いたダメ編集の話。
昼間連絡を取ろうとしてもほとんど取れず、夜つながったかと思えば必ずキャバクラで遊んでいる編集――、
(相田さん、ひょっとして外れか?)
などと失礼なことを考えていた折。
携帯が着信メロディを鳴らした。
『こんばんは、真城さん。蒼樹です』
「ど、どうも。どうしましたか?」
いまだに少しドキドキしてしまう。
たぶん、学校サボってまで読切原稿を仕上げた時に叱られたのが堪えているのだと思う。
『相田さんから次の打ち合わせをしたいから都合のいい時間帯を教えてくれと言われて、それで、その……』
蒼樹が電話の向こうで口ごもっている。珍しい。
『もし、お時間が合えば、一緒にいきませんか?』
「え、はい。ぜひ。作画担当として又聞きじゃなく、きちんと打ち合わせ内容を聞いておきたいので」
電話口からぼそぼそと声がする。「作画担当としてですか……」と残念そうな口ぶりをしていたが、文脈がよくわからない。小さな声だったし、聞き間違えたのかもしれない。
「――はい、はい。じゃあ明日18時に神保町で」
相田と約束を取り付けたのは19時から。それまでの1時間をカフェでアイデア交換という名の歓談タイムに費やし、そのままの足で集英社に向かう。
受付を済ませ、いつものブースで待機。
「お待たせ……あ、真城くんもいるのか……」
ほどなく、相田が上から降りてきた。
相田が気まずそうにした理由が、真城にはわからなかった。作画と言う形で作品に携わっているのだから、打ち合わせに参加する権利があると思っている。
そしてその認識は相田も共有しているので、無理に退席させようとはしない。苦虫をかみつぶしたような顔のまま、本題に入る。一週間も悩んだ後なのだ。決断に揺るぎはない。
「それで、『ハイドア』についてなんだが」
「はい! 連載用のネームも作ってきたんです!」
「えっ、もう……? いや、そうじゃなくてだな」
がしがしと頭を掻いて、言いづらそうに、重い口を割る。
「一度、別の作品を描いてみる気はないか?」
「――ぇ?」
真城の目の前が、真っ暗になった。
◇ ◇ ◇
「ど、どういうことですか!? 読切で3位、十分な結果ですよね!?」
「それは、そうなんだが……」
「なら連載に踏み切るべきです!」
「川口たろう」
「……っ」
声が、出てこなかった。唇を噛んでいるのだから当たり前だ。
「連載するかしないかは、編集長の一存で決まる。そして編集長はおそらく、高校に行きながら連載できるかに猜疑的だ」
「僕が、川口たろうの甥だから、ですか?」
「……そうだ」
蒼樹が事情を呑み込めない、と言った様子で困惑している。
真城は遅まきながら理解した。相田は、蒼樹だけを呼んで、漫画家川口たろうの過労死について話すつもりだったのだ。
だが、他人の言葉に叔父の死を託すのはなんとなく胸がざわついて、真城は自分の口から真相を打ち明けた。
この間、蒼樹の顔色はどんどん青ざめていったのだが、うつむきがちに話していた真城はいっさい気づいていない。
(相田さんも、高校卒業まで僕に連載させないつもりか!)
新妻エイジは高校生ながら漫画家デビューが許された。
真城最高には許されない。彼が漫画家川口たろうの甥だから。
ふざけている。
唇から血が出るくらい、悔しさに、噛みしめて――、
「だから、戦略を練ろうと思う」
「……え?」
「要は、高校に通いながら連載が不可能じゃない。それを裏付ける根拠が連載獲得の切り札になる。新妻エイジも例外じゃない」
異例のデビューを決めた新妻エイジだが、佐々木編集長が連載に踏み切った根拠には「毎月1作以上投稿し、しかもそのすべてが入選や準入選」という根拠がある。
「僕は君たちにも、新妻エイジと同じことができると信じることにした」
相田は続ける。しかしそれを周りの人間に説得するためには相応の実績が必要なのだ、と。
「蒼樹くんはマーガレットに短期間で読切を3本掲載している。ネーム形式の原稿なら余裕をもってこなせるだろう?」
「……当然です」
蒼樹は思った。毎月新作を考えるのは人間業ではないのでは、と。特に彼女のように、雀の1羽でさえ原作者の赦し無しに地に落ちられない強度で世界観を作り込むタイプの原作者ならなおさらだ。
しかし、連載を勝ち取るために命を燃やすような真城の前で弱気な態度を見せるわけにはいかなかった。
「真城くんが毎月、アシスタント無しで原稿を仕上げる根気と実力があれば編集長にだって否とは言わせない。幸い、僕は班長で連載会議に参加できるし、その点は服部より強く働きかけられる」
耳当たりのいいことは言ったが、新妻エイジにはプラスして、高校生で漫画家デビューというセールスポイントがあった。真城たちがいまからそれをやっても二番煎じ。同じ成果を得られるとは限らない。
だが、それでも――、
「安心しました。高校卒業までデビューさせないって言われるのかと思ったので」
十分だ。
一番苦しいのは、勝負の舞台にも上がれないこと。
男は、戦わなければ負け犬にすらなれない。
「それで構いません! いえ、それに賭けさせてください! 新妻エイジと競える作品を毎月仕上げてみせます!」
「――よ、よし! そのいきだ! じゃあ早速だが」
蒼樹は思った。
(これ……私の負担大きくないですか……?)
それでも、夢に向かって全力な真城のためにも、力になってあげたい、と強く思うのだった。
エイジ「『ハイドア』は真城先生じゃなくても描けますから」
蒼樹「真城さんの魅力を最大限引き出す原作……描けらぁ!!」
エイジ「!?」
高木が考えてる話は『Twelve Minutes』を参考にしてます。(作中時間は2009年で発売10年以上前の時空。パクリではなくオリジナルで似たような話を考えたという体)
なお、連載向きじゃないという理由でボツになる模様。