刀とは、人を傷つけるためだけのものではない。 厄を斬り、人の祈りを守り、誰かの想いを未来へ繋ぐもの。
そう教えられた士郎の、本来の歴史とは少し違う生き様をここに。
俺の名前は士郎、苗字は一応伏せておく。
十年ほど前冬木の大災害で両親を亡くし、その日偶然町の外に出ていて一人助かった子どもだ。
そうして孤児になった俺は、当時から玩具の刀をくれたりと良くして貰っていた刀鍛冶の爺さんに引き取られる事になった。
爺さんは厳しくも優しい人で、刀に惹かれた俺に刀鍛冶の心得や技術を教えてくれた。
爺さんの打つ刀は美しく、俺も爺さんのような刀を打つのが夢。
古来より、刀とは祈りだ。
その美しさで人を魅せ、神の依代となるべく鍛え上げられた、武具の中でも特別な物。
その実、戦で用いられた例は歴史上あまりなく、儀式や祈願のために用いられた。
何故なら、然程実戦的な武器ではないからだ。
数合打ち合えば刃はこぼれ、数人斬れば血油で使い物にならなくなる。
刀剣類の中でも特に効率的に劣るものだ。
だが、だからこそ美しい。
人ではなく厄災を払い福を招く、願いを託すに相応しい一品となるのだ。
そんな刀を、俺もいつかは打ってみたい。
そう願い、日々刀鍛冶としての修行に勤しんでいた。
そんなある日、爺さんは俺を呼び出し、ある刀を見せてきた。
その刀は、爺さんが最後に打ち上げた物。
そして、俺の人生を変えた刀だった。
銘はない、ただ一振りの無骨な刀。
だが、その存在感は圧倒的だった。
その刀は、その刀身に全てを込められていた。
感謝を、祈りを、願いを。
爺さんの人生の全てを賭して、俺の健やかな未来を祈られていた。
一目でそれが解る程、俺の心はその刀に囚われた。
──士郎、儂の全てをお前に伝える。お前も、誰かに伝えていけ。
何でも良い。お前にとって大切だと思う事柄を、願いを、お前の人生を掛けて形にしていけ。
それは別段刀鍛冶でなくとも構わん。
得意な料理でも良い、生き様そのものでも良い。
繋ぐという事を、決して忘れるな──
そうして爺さんは息を引き取った。
俺はその日から、爺さんの打ち立ててくれた刀を胸に据えて、刀鍛冶としての人生を歩み始めた。
その刀は、爺さんの全てだ。
だから、俺はその刀を誰にも渡したくなかった。
俺の行く末を願われた以上、俺はその刀に込められた全てをまた誰かに伝えなければならない。
だから、俺は刀鍛冶として生きて行こうと決めた。
爺さんは刀鍛冶でなくとも構わないと言ってくれたが、俺にとって大切なのは爺さんとの思い出だ。
行くあてもない俺を引き取り、道まで示してくれた爺さんのような人間になりたい。
だから俺は刀鍛冶であり続ける。
それが俺の夢、俺の道だ。
…………まっ、そうは言ってもまだまだ資格を得たばかりの未熟者だ。
刀だけで食い扶持を賄う事は難しく、実際のところ他にも色々やっている。
骨董品の鑑定、修理、販売。
幸い俺はそういう目利きの適性があったらしく、爺さんの伝手でそれなりに良い収入を得られていた。
お陰で学業との両立も何とかなっている。
俺をそこまで育ててくれた爺さんには、感謝してもしたりないくらいだ。
爺さんだけじゃない、今俺が持つ技術は多くの人に支えられて培われたものだ。
だから俺は、人の為になる事をしたい。
爺さんの真似事じゃないが、町や児童養護施設の子どもたちに刀の玩具を配ったり、定期的に子ども食堂開いたり。
そうして子ども達の笑顔を見られた時、俺は爺さんが残した意思の一端を担えた気がする。
まだまだ半人前ながら、俺は俺の人生を生きている。
そうして月日は流れ、俺は高校生になった。
今日も今日とて、俺は学校から帰った後2時間程仕事をして、その後に子ども食堂を開いた。
「士郎くん、ありがとー」
「ごちそうさま。お兄ちゃん!」
「おう、今日も良い食いっぷりだったな」
笑顔で食器を返す子ども達に、俺も笑顔で返す。食事は人の心を和ませる。
幾ら良い刀を打っても、それだけでは
人の心を救えない。
だから子ども達への支援を怠らない。それが爺さんへの恩返しにもなると思っているから。
「それじゃ、もう遅いから親御さんの迎えを待って気を付けて帰るんだぞ。最近は正体不明の人攫……!?」
その時だった。突然、背筋に氷柱でも突っ込まれたような悪寒が走った。
「士郎兄ちゃん、どうしたの?」
「あ、ああ。少し嫌な感じがしてな。……ちょっと見てくる。危険かもしれないから、みんなは待機しててくれ」
なるべく子ども達に心配を掛けないよう、俺は平静を装いながら庭に出る。
そして、俺は見た。
……夜の闇より黒い影の姿を。
それは人の悪意が具現したかのような存在だった。
ただそこに在るだけで害意をばらまく悪性の塊。
刀鍛冶としての勘が告げていた。
アレは、この世にあってはならないものだと。
「ッ──」
だから俺は、それを見た瞬間刀に手が伸びた。
アレは俺が斬らなければいけない存在だと、そう確信したからだ。
洗練された刀は厄災を斬り祓い、祈りを守護する。
生憎まだ未熟者故その境地には達していないが、あの程度ならば俺の刀でも充分に斬り伏せられる。
俺は迷わず鯉口を切り、鞘から刀身を抜き放った。
「────!?」
刹那、真っ二つとなった影は音も発さぬまま消滅した。
その手応えから、俺は確信する。
アレは小物、謂わば雑兵にも等しい存在だと。
何処かに大将がいる筈だ。
根拠はないが、これも鍛冶師としての勘だった。
最近ニュースで騒がれている連続失踪事件、それと無関係とは考えにくい。
そう思いながら刀を鞘に収めていると、後ろから声が聞こえてくる。
「士郎兄ちゃんすげー!」
「士郎くん、今の何だったの!?」
「ああ、いや……俺も何が何だか。
っていうか待機してろって言ったのに、みんな外に出てきちゃったのか」
「え? あ、ごっめーん! だって、ホラー映画とかだとあのままやられちゃうじゃん!」
「そうそう、だから心配になっちゃって」
気付けば、子ども達はみんな外に出てきていたようだ。
……まったく、何かあったら俺の責任じゃないか。
俺は子ども達に軽くお説教をし、もう保護者が来るまで絶対に外を出歩かないよう約束させる。
子ども達もそれを了承し、俺はほっと胸を撫で下ろした。
───
暫くすると、子ども達を迎えに来た保護者達がやってきて、子ども達は去っていった。
俺はそれを見届け、そのまま家に入ろうとした時。
後ろから声を掛けられた。
「**君、ちょっと良いかしら?」
苗字を呼ばれ、俺は思わず振り向く。
そこにいたのは、同じ高校で同級生の遠坂凛だった。
遠坂は容姿端麗、成績優秀、品行方正と非の打ち所のない優等生だ。
そんな優等生がこんな日も沈んだ夜更けに何の用だろうか。
「こんばんは、遠坂。こんな時間に何の用だ? 人攫いも出るし、危ないぞ」
「その人攫いについてよ。貴方、さっきアレを斬ってたわよね?」
遠坂は目を鋭く細め、そう俺に告げる。
……どうやら見られていたらしい。
その上でこの言い様。只者ではないというか、何か知っている様子だ。
「……ああ、あんな厄災が具現化したようなのは初めて見たけど、そういうのを斬り祓うのが刀ってもんだからな。
……それより遠坂、アレが何なのか知ってるのか?」
「それよりって……まあ良いわ、情報交換といきましょう。私もアレには手を焼いてるの。
解決に協力してくれるなら、アレについて教えてあげられるわ」
「それは……願ってもない申し出だ。是非頼む」
俺は遠坂の提案を快諾する。
子ども達を守る為にも、アレは野放しにしておけない。
少しでも情報が手に入るのならありがたい。
そうして俺は遠坂を家の中に招き、居間で情報交換を始めた。
───
「本当に魔術の存在を知らないのね。あれだけの事を、人の身で魔術の補助もなく成してしまうなんて……」
「ああ、俺はその魔術ってのが何なのかすら知らない。できることと言ったら、刀を打つことと物の値打ちを見極めることくらいさ」
遠坂は俺の話を聞きながら、信じられないといった顔をする。
俺としては魔術師だと名乗った遠坂の方が驚嘆に値するのだが、まああんな怪奇現象と鉢合わせたばかりだ。
そういう事もあるのだろうと、俺は深く考えない事にした。
「まあ良いわ。それじゃあ、今町で何が起こっているか、私が知っていることを教えるわね」
そうして遠坂は語り始める。
曰く、今は聖杯戦争という魔術師達の儀式が行われているらしい。
何でも七人のマスターと呼ばれる魔術師達が、七人の使い魔であるサーヴァントを用いて聖杯……願望器を奪い合う殺し合いだとか。
なんとも物騒極まりない話だ。
だが、話の肝はまだこれからだった。
──その聖杯は、汚染されている。
遠坂曰く、聖杯は願望を叶える万能の釜などではなかったらしい。
正確に言えば、願望を叶える力は持っている。
だが、その願望は全て破滅的な願いに変換される。
例えば最強になりたいと願った者がいた場合、当人より強い存在全てを滅ぼすように願望が捻じ曲げられる。
何故ならば、今の聖杯はかつての聖杯戦争で召喚されたアンリ・マユを取り込んだ事で、この世全ての悪と呼ばれる呪いそのものに成り果てたから。
「アンリマユ……って、アレか。拝火教における最大の悪魔」
「そう。尤も、召喚されたのはその悪魔本体って訳じゃなくて、とある村でこの世全ての悪を押し付けて生贄にされた村人の魂って話だけど。
神霊の召喚なんて、聖杯の魔力を以てしても不可能だから」
遠坂はそう説明する。
俺もその話には納得できた。
鍛冶師として呪いに関わる逸話は宗派に関わらず知識として身に付けているが、それが本物のアンリ・マユだとしたらとても人の身で御せる存在じゃない。
とっくの昔に世界全土へと呪いを振りまいていてもおかしくないだろう。
「つまり、あの黒い影もこの世全ての悪に染まった聖杯の中身って事か? 斬った感触からして、何かに操られてるみたいだったが」
「そうね、本来ならあれは最後まで外部に出るような存在じゃない。
でも……聖杯の器としての機能を持つ子が、魔術を暴走させた。
その結果、時々聖杯の中身が外に出ては、人やサーヴァントを自発的に取り込んじゃうの。
それがあの影ね」
聖杯の器、つまり依代か。
その依代の子が魔術を暴走させた結果、あの黒い影が町に出没するようになった。
そして取り込まれた人間は……恐らく、二度と戻っては来られないのだろう。
「じゃあ、俺はその子に宿る聖杯を斬れば良いのか?」
「いえ、一般人……と言えるかはかなり怪しいけど、堅気の貴方に殺生をさせるつもりはないわ。
貴方に斬って欲しいのは、あの子の元へ辿り着くまでに嫌って程出てくるであろうあの影、聖杯の泥よ」
つまりは露払いか。
聖杯の泥に対して、サーヴァントは強く出られないらしい。
大抵の場合触れれば取り込まれるし、そうでなくてもあの泥はサーヴァントにとって毒になる。
遠坂のサーヴァントも、それは例外ではないようだ。
だから、泥を振り払える手段があるなら、喉から手が出る程欲しい。
そういう事だろう。
「解った、それは俺がやる。
……でも、別に殺生するつもりで言った訳じゃないぞ。
その子に宿る聖杯としての機能だけを斬る。そう言ったんだ」
「はあ!? ちょっと貴方正気!? 肉体を斬らずに、機能だけを斬る!? そんな都合の良い事できる訳ないでしょう! 」
俺の答えに、遠坂は目を見開かせながら激昂する。
確かに、普通に考えれば不可能な芸当だろう。
だが、俺はその不可能を可能に出来る刀を知っている。
「できるさ。俺の刀じゃまだ無理だけど、うってつけの物がある」
俺はそう言って、自室から一本の刀を持ち出した。
遠坂は俺の取り出した刀を見て驚愕する。
「何これ……現代じゃ有り得ない程神秘が濃い……!? ちょっとした宝具じゃない!」
遠坂の言う宝具とは何の事か解らないが、この刀に神秘が宿っている事は確かだろう。
何せ爺さんが最後に遺した刀だ。
これ程の刀、そうあるものではない。
「名刀ってのは、人を斬らず厄災だけ斬り祓えるもんだ。
俺の爺さんが最後に打った、この世に二本とない無銘の刀。こいつなら、きっとその子を苦しめる呪いの全てを斬れる」
そう断言する。
この刀なら、どんなお守りや神具よりも確実にその少女の助けになれる筈だと、そう信じて。
遠坂は頭に手をやり、深く溜息を吐く。
そして、俺に向き直った。
「はあ……色々言いたい事はあるけど、今はいいわ。
あの子を助けられるなら、私にとっても吉報だし。
……でも、良いの? 聖杯の呪いを斬ってその刀が無事で済む保証はないわ。
お爺さんの大切な形見なんでしょう?」
そこを気遣ってくれる辺り、遠坂はやはり良い奴だ。
説明中、魔術師はろくでなしばかりだと言っていたが、遠坂は魔術師以前に善良な人間なのだろう。
「ああ、それなら大丈夫だ。刀より人の命の方が重い、爺さんもそういうさ。それも町を守る為なら尚更な。
最後に遺した刀が人を救う為に役立つなら、爺さんも本望だろうよ」
そう告げると、遠坂は納得してくれた。
それから、遠坂は俺に聖杯の核がある場所と、その子のいるであろう場所を教えてくれた。
そして、その子の名前も。
「───えっ?」
だが、俺はその名を聞いた時。思わず固まってしまった。
だって、その名前は俺がよく知る後輩の名前と一緒だったのだから。
***
「───先輩……? どうして先輩が、ここに……?」
とある洞窟の奥、一人の少女が佇んでいた。
間桐桜。間桐臓硯により、聖杯を埋め込まれた少女だ。
彼女は虚ろな目で虚空を見つめている。
その身は既に何度も臓硯によって汚され、聖杯として完成しかけていた。
だが、そんな桜の前には、最もここにいてはならない人物が向かってきていた。
──士郎。学校にて、桜が何度も世話になってきている男子生徒だ。
「───」
何故、ここに? 桜は声にならない声で呟く。彼の家は鍛冶師の家系だ。
魔術師の世界とは欠片も関わりのない家系の筈だ。
それが、何故ここに。
というか、何だあの刀は?
「何で先輩が……泥を斬ってるんですか……?」
そう、彼の持つ刀は泥を祓っている。
いや、それどころかまるで”あの影そのものを斬っているようだ”。
有り得ない。
あれはこの世の呪い、聖杯がある限り決して消えぬ力だ。
そんな物を斬るなんて……そんな事が、人間にできる筈がない。
それも、魔術師ですらないただのただの一般人の先輩に、どうして。
呆然とする桜に、士郎は刀を構えながら口を開いた。
「桜、もう良いんだ。お前がこんな目に遭ってる理由なんて、本当はなかったんだろ?」
その言葉に、桜は目を見開く。
何故? どうして? そんな疑問が頭を駆け巡る中、士郎は刀を構えたまま更に続けた。
「俺は魔術師じゃないし、聖杯戦争も良く解らないから、お前の苦しみを全部理解してやる事はできない。でもな」
そこで一度言葉を区切り、士郎は桜の目を真っ直ぐ見据えた。
そして、その刀を握る手に力を込めて、力強く断言する。
「お前にこびりつくその呪いを、断ち斬ってやることはできる。一人の鍛冶師としてな」
「…………」
意味がわからない。鍛冶師としてってなんだ。
疑っているわけではない、既に何度も見せつけられているから。
だが、それでも意味の分からない事だ。
呪いを斬る? 鍛冶師として? 鍛冶師とは刀を作る者ではないのか? 何故、ただのただ普通の人にしか過ぎない先輩に、そんな事ができるというのか? 桜は困惑の表情を浮かべ、士郎を見つめる。
だが、そんな桜に構わず士郎は続けた。
「だから……こんな所にいちゃいけない。早く家に帰ろう」
そんな優しい言葉と共に差し出された手を、桜はじっと見つめる。
「……ダメです、先輩。私に優しく
しないでください。私はもう、とっくに穢れているんです。
何人も、何十人も殺しました。兄さんやお爺様すら手にかけました。そんな穢れた私には……もう─」
桜は顔を伏せ、哀願するように言う。
助けられる資格なんてない。
そんな段階は、とっくに過ぎ去ってしまったのだと。
身を穢され、手を汚し、それでも尚生きながらえてしまった自分は。
もう、人ではなくなったのだから。
だが。士郎はそんな桜の言葉を、真っ向から否定した。
「バカ言うな。幾ら穢れていようと、お前はお前だろ」
「……え?」
思わず顔を上げる。そこには、変わらぬ意思を秘めた力強い瞳があった。
その輝きに一瞬見惚れていると、士郎は更に言葉を重ねる。
「お前に巣食う呪いが何人を殺そうが、それはお前だけのせいじゃない。
お前一人が背負うべき責任じゃない」
「でも……私は……自分の意思でも暴れました。
兄さんを殺すとき、お爺様を殺すとき、私は笑っていたんです。
楽しくて、愉しくて……─」
そう、自分は楽しんでいた。
あの時の桜は間違いなく愉悦を手にしていた。
少なくとも、桜はそう思い込んでいた。そうでなければ、自分がしてしまったことを説明できなかったから。
だが、士郎は目を逸らさず、桜の目を見据える。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「本当にそうか?」
「え……?」
予想外の答えに、桜は呆然とする。
だが、士郎はそのまま続けた。
「─桜。お前は本当に心の底から全部愉しんでたって、そう言い切れるのか?」
本当にそう言い切れるのか……?
言い切れるはずだった。間違いなく愉しんでいた。兄や、あの老人を憎んでもいた。それは確かに、あの時の自分の感情だった。
それでも、それが全てだったのかと言われれば。
「…………」
桜は、何も言えなかった。
確かに、愉しんでいた。あの瞬間だけは、憎しみも苦しみも忘れていられた。
けれど、それ以上に長く、自分は苦しみ続けていた。
ならば、あの愉悦だけを取り出して、それが自分の本心だったと断じてしまって、本当に良いのだろうか。
だが、そんな桜に構わず士郎は続けた。
「良いか、桜。確かに罪は罪だ。
その後悔も苦悩もお前だけの物だ。誰にも肩代わりは出来ないし、させるべきでもない」
でもな、と士郎は一度言葉を区切り、桜を真っ直ぐ見据えて断言する。
「それでも。助けられる資格が無いって程の落ち度が、お前にあるのか?」
その言葉に。
桜の目から涙が溢れた。それは後悔か、歓喜か。
わからない。もう何も、考えられない。
ただ一つだけ解るのは、士郎の言葉が胸に響いたという事だけだ。
罪と落ち度は違う。
それは、確かにそうだ。
でも、それを言うなら……私は──
桜は士郎に歩み寄り、その胸に縋り付く。
そして、堰を切ったように泣きじゃくった。
「う……ああぁ……! 先輩……先輩……!」
士郎はそんな桜の背中を優しく撫でる。
もう大丈夫。そう告げるかのように。
そんな士郎を抱き締めながら、桜はただ泣き続けた。
───
「───さて、後はこのでっかい聖杯を斬るだけか」
洞窟の奥。
そこに佇む、巨大な呪いの塊を見据えながら俺は呟く。
桜との繋がりはもう斬った。
あとは、行き場を無くして今にも暴れだしそうなこいつを斬るだけだ。
「本当に桜からアレを断ち斬るなんてね……
鍛冶師ってなんなのよ。ま、おかげで助かったけど」
遠坂は呆れながら俺を見る。
まあ、鍛冶師の考え方は魔術師には理解し難いんだろう。
俺も魔術師の思考回路は良く解らないし。
まあ、それはともかく。
「───爺さん、今繋げるよ。あんたが遺してくれた
爺さんの形見、無銘の刀を握りしめ、俺は歩み出す。
───繋ぐという事を、決して忘れるな
あの言葉を、ずっと胸に刻んできた。
爺さんの願いを受け取って、俺の願いをみんなに伝えてきた。
そして今、その願いが桜を、町の人々を助けるという ただその為だけに。
俺は刀を振りかぶって──
───ただの一閃を、この呪いの塊に叩き込んだ。
───
「士郎兄ちゃん、今日なんだか嬉しそうじゃない?」
俺の家で開く、いつもの子ども食堂。
そこで子ども達の相手をしていた俺に、一人の少女が話しかけてきた。
「そうか? ……そうかもな。
みんなが俺の飯や玩具で笑ってくれるのが、嬉しくて仕方ないんだ」
そう答えると、少女は嬉しそうに笑った。
「そっか! じゃあ、士郎兄ちゃんはみんなのお爺ちゃんだね!」
その言葉に思わず苦笑してしまう。
でも、悪い気はしなかった。
少しだけ、爺さんに近付けた気がしたから。
ふと、台所に目を移す。
そこには、桜が食器を洗っている姿があった。
そうだ。爺さんの遺した願い、俺の繋いだ願い。
その形が、新たな芽吹きを迎えていた。
だから、きっと。
これからも、俺はこの日常を守っていくのだろう。
それが爺さんの願いで、俺の願いでもあるのだから。