前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
本星港緊急入港許可。
その文字が、ガレスの前に浮かんでいた。
共同治安艦隊の中型艦。
会議室の端末には、生体認証済みを示す表示が灯っている。
残っているのは本人による最終意思確認と、正式な電子署名。
「領主閣下。生体認証は完了しております」
向かいに座る男の声は、まだ穏やかだった。
「残るのは最終承認のみです」
「待て」
「何をお待ちになるのでしょう」
「この承認で認めるのは、共同治安艦隊の本星港への入港だけだな?」
「まずは、本星港の安全確保です」
ガレスの指が止まった。
「まず?」
「その後、第一艦隊および第二艦隊の武装停止、ステーション17の共同安全管理、《アーク・ロズベル》の安全検査について協議を進めます」
「やはり全部ではないか!」
ガレスが端末から手を離した。
「港を開けたあと、私の艦隊まで取り上げるつもりだろう!」
「治安正常化に必要な措置です」
「断る!」
男の眉が、ほんの少しだけ動いた。
港も艦隊も、領主である自分の命令が届かなければならない。
その時、床が揺れた。
「何だ!」
「問題ありません」
警報音が会議室にも流れ込んでくる。
ガレスが立ち上がった。
「問題がない船は、こんな警報を鳴らさん!」
**
グレッグのヘルメット映像が揺れた。
〈第二分隊、右通路。第一分隊は俺と来い〉
強化揚陸装甲が、裂けた隔壁の向こうへ進む。
敵艦内は非常灯だけになっていた。
こちらが開けた穴から近い区画は減圧している。
空気の残っている区画との境目には、緊急隔壁が何枚も下りていた。
『前方隔壁裏、熱源四』
「聞こえたな。対装甲兵器に気をつけろ」
〈了解!〉
隔壁脇から小型カメラが伸びる。
すぐに撃ち落とされた。
「ちゃんと抵抗してくるな」
〈治安部隊ですからな。海賊より装備はまともです〉
「褒めている場合か」
〈敵を馬鹿にすると死人が出ますので〉
もっともだ。
グレッグが手で合図する。
強化揚陸装甲の一機が前へ。
隔壁がわずかに開いた瞬間、その隙間から対装甲弾が飛んできた。
盾へ直撃。
装甲が大きく揺れる。
〈右!〉
別班が側路から射撃。
敵の銃口がそちらへ向く。
その間に前衛が隔壁へ取りついた。
〈開けろ!〉
切断工具が走る。
金属が赤く焼ける。
敵側も待ってはいなかった。
隔壁の向こうで足音が動く。
『武装要員、後退』
〈追うな!〉
グレッグが止めた。
〈入口を取ればいい! 横道へ釣られるな!〉
隔壁が崩れる。
揚陸隊が一気に入った。
床へ伏せた敵兵が武器を放した。
「抵抗をやめた者は撃つな」
〈了解しました、司令〉
武器を置いた人間まで殺す理由はない。
グレッグ隊が先へ進む。
『ガレス・ロズベル領主認証プロトコル、継続中』
「どこまでだ?」
『最終意思確認待機』
「グレッグ」
〈聞こえてます〉
「急げ」
〈急いでおりますよ、司令〉
映像の中で、次の隔壁が近づいた。
**
また振動が来た。
今度は先ほどより近い。
会議室の壁に、艦内警報が表示される。
「侵入部隊、第二保安区画を突破!」
通信音声が響いた。
ガレスの顔が上がる。
「……レオンか?」
向かいの男は答えない。
その沈黙だけで十分だった。
ガレスが笑った。
「なら、この書類に署名する必要はない!」
「領主閣下」
「レオンが来ているのだろう! なら私を本星へ戻せ。話はそれからだ!」
先ほどまでの青ざめた顔は消えていた。
自分で状況を変えたわけでもないのに、もう勝ったつもりらしい。
男の視線が卓上端末へ落ちる。
「時間がありません。承認してください」
「断る!」
「このままでは、本星の安全を保証できません」
「レオンが何とかする!」
ガレスが胸を張った。
「そもそも《アーク》も第二艦隊もロズベル領軍だ。領主である私を守るのは当然だろう!」
男の表情から、初めて穏やかさが消えた。
**
『警告』
ノアの声。
『領主認証端末からデータ消去処理を検出』
「何を消している」
『協議記録、提示文書、認証履歴を含む複数領域』
諦め始めたか。
「グレッグ。端末を壊させるな」
〈了解!〉
ヘルメット映像が走る。
最後の保安区画。
そこだけ敵の人数が増えていた。
『隔壁前方、武装要員九。対装甲兵器二』
「多いな」
〈目的地がばれておりますな〉
グレッグが盾役を前へ出す。
〈第一分隊、正面を押さえろ。第二分隊、左の保守通路へ。端末班は俺の後ろだ〉
〈了解!〉
敵側から射撃。
強化揚陸装甲の盾が火花を散らす。
〈撃ち合うな! 前へ詰めろ!〉
グレッグ隊が壁際を進む。
一人が対装甲兵器を構えた。
その前に、側路へ回った隊員が銃口を向ける。
〈武器を捨てろ!〉
敵兵が振り向く。
一瞬迷った。
兵器を床へ落とす。
〈そのまま伏せろ!〉
もう一人は撃った。
強化揚陸装甲が正面から受け、別の隊員が射線をずらす。
敵が後退。
〈追うな!〉
グレッグが怒鳴った。
〈扉だけ取れ!〉
切断工具が隔壁へ食い込んだ。
『ガレス・ロズベル領主認証、最終意思確認画面を継続表示』
「まだ通ってないな」
『肯定』
隔壁が内側へ倒れた。
〈行け!〉
**
「領主閣下。これが最後です」
男が端末をガレス側へ向けた。
本星港緊急入港許可。
最終承認。
「承認してください」
「断る!」
ガレスは椅子を蹴って後ろへ下がった。
「レオンが来ているのだろう!」
「領主閣下」
「私に触るな!」
男が立ち上がる。
その瞬間。
外側の隔壁が吹き飛んだ。
「動くな!」
強化揚陸装甲が会議室へ踏み込んできた。
続けて数人の兵士が雪崩れ込む。
「二人、端末! 一人、領主閣下! 残りは入口を押さえろ!」
先頭の男――グレッグは、ガレスには駆け寄らなかった。
真っ先に向かったのは、卓上の認証端末だった。
「外部線を切れ!」
「了解!」
兵士が端末脇の接続部を開く。
男が声を荒らげた。
「やめろ!」
だが遅い。
通信ケーブルが物理的に引き抜かれ、端末の表示が次々と切り替わった。
本星港緊急入港許可。
最終承認――未成立。
ガレスは大きく息を吐いた。
助かった。
やはりレオンは来たのだ。
「遅いぞ!」
グレッグが振り返る。
「申し訳ありません」
「こいつらを全員拘束しろ!」
「そのつもりです」
当然だ。
ガレスは乱れた服を直した。
「すぐ《アーク》へ戻るぞ!」
「はい。本星へお戻りいただきます」
「当然だ!」
ようやく話の分かる者が来た。
本星へ戻ればいい。
あとは領主府へ戻り、何が起きたのか調べればよい。
共同治安艦隊についても、レオンから事情を聞けばいい。
何より、自分はまだ領主なのだ。
ガレスは胸を張った。
ところが、グレッグは端末の確保を確認すると、ガレスへ近づいてきた。
「司令から、生きたまま連れ戻せと言われていますので」
ガレスは眉をひそめた。
「……何だ、その言い方は」
「俺は命令どおり運ぶだけです」
「私は領主だぞ!」
「存じております」
返事は丁寧だった。
グレッグはそのまま命じる。
「領主閣下を確保。撤収準備」
「了解!」
兵士たちが動き出す。
ガレスは口を開きかけた。
自分は領主だ。
ここで命令するのは、自分のはずだった。
だが誰一人として、ガレスの次の言葉を待ってはいなかった。
**
『領主認証端末、外部接続消失』
一拍置いて、ノアが続ける。
『本星港緊急入港許可――最終承認未成立』
間に合った。
俺は椅子へ背を預けた。
少しだけ力が抜ける。
映像の中では、グレッグ隊が会議室を完全に制圧していた。
ガレス兄上が何か言っている。
グレッグは政治の話をする気がないらしい。
それでいい。
『認証端末確保を確認』
「中身は」
『取得を開始』
表示が増える。
ガレス兄上の生体認証履歴。
本星港緊急入港許可。
第一艦隊と第二艦隊への武装停止案。
ステーション17の共同管理。
Fランク結晶の採掘・保管管理。
《アーク》の一時管理と技術監査。
協議記録。
そして、その消去処理。
全部残っていた。
『取得データを複製。《アーク》内記録領域へ保存』
「第一艦隊にも」
『照合用複製を送信します』
これで、あとから「兄上が自分から協力しただけ」と言われても困らない。
**
共同治安艦隊所属中型艦の艦長は、損傷表示を見ていた。
後部側面に大穴。
ロズベルの旧式戦艦が食い込んでいる。
揚陸部隊は艦内へ侵入。
保安区画は二つ突破された。
ガレス・ロズベルの所在区画も失った。
「領主は」
「ロズベル側に確保されました」
「認証端末は」
「外部接続を遮断されました」
副官の返答が短い。
艦長は目を閉じた。
こんな任務ではなかった。
辺境の弱小自治領。
古い艦隊。
領主本人を押さえ、惑星へ脅しさえかければ終わる。
そのはずだった。
実際には、戦略投射艦を撃ち抜かれた。
旗艦を失った第一艦隊は崩れない。
第二艦隊の《アーク》は単艦で迎撃線を抜けてきた。
最後には戦艦そのものを横腹へ叩き込まれた。
「保安部隊を再編しますか」
副官が尋ねる。
艦長は答えなかった。
艦内図を見る。
赤い区画。
失った認証端末。
確保された領主。
「何を取り返す?」
副官が黙る。
「領主も、認証も失った。戦いを続けて何が戻る?」
「……降伏しますか」
「そんな命令は受けていない」
艦長は損傷表示を閉じた。
共同治安艦隊に加わったからといって、艦籍まで消えたわけではない。
この艦にも、乗員にも、帰るべき自治領がある。
「だが、ここで死ねとも言われていない」
副官を見る。
「艦内保安部隊へ。抵抗を停止しろ」
**
〈司令〉
グレッグから通信が入る。
「どうした?」
〈向こうが撃つのをやめました〉
グレッグの映像の先で、敵兵が武器を床へ置いている。
『対象艦内武装反応、急速に低下』
外部通信が入った。
〈《アーク・ロズベル》へ。当艦は作戦継続能力を喪失した。艦内抵抗を停止する。乗員への攻撃停止を要求する〉
「武器を置いているなら撃たない」
〈了解した〉
それだけで通信は終わった。
外を見る。
共同治安艦隊本隊でも動きが出ていた。
こちらへ向いていた艦が、少しずつ距離を取っている。
第一艦隊はまだ本星側の防衛線を維持している。
ハイゼンたちも港側に残っている。
戦略投射艦は前半部を大破したまま、支援艦の補助を受けて後退を始めていた。
まだ戦える艦は多い。
だが、領主も認証端末も失っている。
向こうが戦闘を続ける理由は薄い。
少しして、共同治安艦隊から全体通信が入る。
〈ロズベル領軍へ通達する。現在の状況下では、共同治安活動の継続は困難と判断した。本件については星系連合関係機関へ裁定を求める。共同治安警戒線を解除する〉
最後まで敗北とは言わないらしい。
「了解した」
クレインからすぐ通信。
〈追撃しますか〉
「しない」
〈よろしいので?〉
「退く相手に兵を使う理由はない。それに、もともとは同じ星系連合の味方だ」
本星も艦隊も残り、兄上も取り返した。
追撃して損害を増やす必要はない。
「各艦、追撃禁止。救難と損傷確認を優先」
〈了解!〉
共同治安艦隊が離れていく。
俺たちは追わなかった。
**
グレッグ隊の撤収を確認してから、《アーク》の作業固定具を外した。
『作業用クランプ、解放』
白い外骨格のクランプが敵艦から離れ、二隻の間に隙間ができた。
相手の中型艦は、姿勢を保つだけで精一杯らしい。
証拠保全と乗員安全確認が終わるまで、港湾警備側で監視することになった。
あの船は港湾警備側に任せ、こちらは中に残った記録の保全を優先する。
『《アーク》損傷再確認。艦首盾頭局所変形。外骨格固定部三か所損傷。艦首姿勢制御スラスター一基停止。防御術式節点複数に過負荷履歴』
「増えてはいないな」
『衝突後からの重大損傷増加なし』
「ならいい」
通信が入った。
〈司令〉
セラだった。
「起きていていいのか?」
〈聞きました〉
嫌な予感がした。
「何を?」
〈艦首。壊したそうですね〉
「少しだ」
〈始末書、書いてくれますよね?〉
なんだかその声が恐ろしく聞こえる。
「百ページのやつか? 多くないか?」
〈艦首の部品はいくつあると思っているのですか?〉
「資材発注書は?」
〈別です〉
「増えたな」
〈最初から別です〉
通信が切れた。
セラがあれだけ喋れるなら、始末書くらいは書こう。
百ページは多い気がするが。
**
グレッグがガレス兄上を艦橋へ連れてきた。
両脇には揚陸隊員。
拘束具までは付けていない。
領主認証端末は、もう兄上の手元にはなかった。
「レオン!」
「無事でよかった」
心にもないことを言ってしまう。
まあ、無事でよかったのは領主認証の方だが。
「よくやった!」
兄上が大きく頷く。そして得意げにこう指示する。
「すぐ本星へ戻るぞ。第一艦隊にも追撃を命じろ!」
「追撃はしない」
「何?」
「もう退いている」
兄上の眉が上がった。
「領主である私の命令だ!」
「兄上」
「何だ!」
「本星へ帰ろう」
「当然だ」
「逃げた理由を説明してもらう」
兄上の顔が止まった。
「……何?」
「帰ってからでいい」
「逃げてなどいない!」
思ったより早かった。
「領主の安全確保のための一時退避だ! 私が死ねばロズベル領全体が混乱する。安全な場所から指揮を継続するために移動しただけだ!」
「共同治安艦隊の船の中から?」
「奴らが私を騙したのだ!」
そこは事実かもしれない。
少なくとも、兄上が喜んであの会議室へ入ったわけではない。
「なら――兄上が本星を離れたことも調べるまでだ」
ここだけは、うやむやにするつもりはなかった。
「私は領主だぞ!」
「だからだ」