この世には、悪事を働く悪人や怪人がいる。
そんな連中から市民を守るのがヒーロー協会に属するヒーローたち。
訓練を積んだり、生まれ持ち特別な力を持っていたり、市民にはない力を持つ彼らは日夜正義のために戦っているのである。
A級ヒーロー“ヘッドマン”。
彼は不死身の肉体を持っていた。
現在、彼は頭部がぐちゃぐちゃになっており、肉体だけが地面に横たわっていた。
到着したばかりのC級ヒーロー“無免ライダー”は驚愕する。
辺りにヘッドマンのものだろう血が広がっていて、体はぴくりとも動かない。
「あぁっ⁉ そんな……もっと早く着いていれば……!」
「なに? あなたが間に合っていればどうにかなったとでも?」
見上げるほどの巨体を持つ怪人、“深海王”は無免ライダーを見るだけで嘲笑う。
筋肉隆々で人間の頭を握り潰すほどの怪力。
すでに何人ものヒーローが破れていた。
そこへ弱そうな男が自転車に乗ってやってきたというのだから、深海王は警戒さえしない。
「それで、次はあなたが相手になるって? 別に構わないわよ。すぐ捻り潰してあげる」
「おのれ……! 正義の自転車乗り無免ライダー! 参る!」
「ヘイお待ち~!」
今まさに無免ライダーと深海王が戦わんと対峙したその時、若い女性が現れた。
スクーターに乗ってブーンと駆け付け、ヘッドマンの傍で止まる。
無免ライダーと深海王が不思議そうに見つめる中、彼女は大きな鞄の中から荷物を出した。
「今日は特別性! ヘッドマン、新しい顔よ!」
そう言って運び屋の女性、リッキーがヘッドマンの体に持ってきた頭を取り付ける。
頭部を失っていた肉体にぐちゃっと押し付けると、まるで魔法のように頭と体がくっつく。
途端に体がびくっと反応してから動き出して、ヘッドマンは目覚めた。
「うおおおっ……! すげぇ力が漲ってくるぞォ!」
「まいどあり~」
「だがちょっと待てぇ⁉ なんじゃあこの頭はァ‼」
「阿修羅カブトって言うんだって」
ヘッドマンの新しい頭は、カブトムシのような立派な角が生えており、顔立ちが濃かった。
慣れた様子で水溜まりに顔を映し、確認したヘッドマンは途端に吠え始める。
「これじゃ怪人じゃないか! いや、怪人みたいな頭はいっそのこといい……! しかしこの頭はあまりにもブッ、個性的過ぎるだろう!」
「そんなこと私に言われても。いいのが手に入ったって言ってたんだよ」
「確かにすごい力が漲ってくる……戦闘力は高いのかもしれない。だが却下だ! 俺だって念願のヒーローになったばっかりなんだぞ! イメージは大事にしたいだろ!」
「わがままだな~。ま、私は運ぶだけだからなんでもいいけど」
「他の頭にしたい! 何がある?」
「えーっと、人型のはないよ? ゴミ箱のトラッシュヘッドに、バケツヘッド、ドリルヘッドっていうのもある」
リッキーは荷物を広げて、頭と同じサイズの物を地面に広げ始めた。
何をしているのかはわからず、きょとんとしてしまうが無免ライダーと深海王は黙って眺める。
確認したのち、ヘッドマンは両手で自分の頭を掴んだ。
「ならドリルでいい。戦闘力ならそれで十分だ」
「は~い」
ヘッドマンは自らの頭を引っ張り上げ、ぶちぶちと肉を引きちぎり、自ら頭部を切断した。すぐに腕から力が抜けてちぎった頭が地面に落ちる。
自ら望んでやったにしてもあまりに狂気的な光景。無免ライダーは震えてしまった。
「き、君たち⁉ 何をやっているんだ!」
「あー大丈夫ですよ~。この人頭くっつけたら蘇るんで」
「おかしな人間もいたものねぇ。面白そうだからもうちょっと見ててあげる」
ふらつきもせず立ったままのヘッドマンの首へ、リッキーがドリルをあてがった。
またしてもドリルが体にくっつき、ドリルが頭になってしまう。
目も鼻も口もない頭部だが、ヘッドマンは再び自我を持って喋り出す。
「戦うだけならこれでいい。ドリルは男のロマンとも言うしな」
「へ~。私はあんまわかんない。人気になりたいなら犬とか猫の方が可愛くていいんじゃない?」
「バカ! 犬猫の頭を利用するなんてかわいそうだろ! 死体を切り刻む気か!」
「怪人は許してるのに……あ、可愛い怪人だったらいいんだ」
異様なヘッドマンの姿を見て、深海王が拍手をした。
緊張感もなく会話をしていたヘッドマンは改めてその異形に対峙する。
「面白いじゃない。つまりそれがあんたの能力ってわけ? 頭を潰されても死ななくて、頭を変えると生き返ることができる」
「ああ。どうしてこうなったのかは……まあ、興味はないか」
ヘッドマンは不死である。だが頭を潰されると体を動かせなくなる。
彼の能力は頭を挿げ替えると復活し、その頭の能力を使えるようになるというもの。
ドリルを頭として取り付ければドリルの力を使えるのだ。
「興味はあるわ。だけどそうね……今はそんな話を長々とするつもりはない」
「俺も同じ気持ちだ」
「自分で頭を潰した時はどうしたものかと思ったけれど、そういうことなら認めましょう。そしてそんなに面白いんだから少しは楽しませてちょうだい」
「お前が楽しむかどうかはお前の勝手。俺は俺のやるべきことをやるだけ」
「お前を殺すぞ」
「ウフフ、ありきたりで退屈でつまらないセリフだけど、どうやって喋ってるのかわからないってだけで許せてしまうわ。いいわよ、来なさい」
無免ライダーが協力を願い出ようと息を吸ったその瞬間、ヘッドマンは駆け出した。
正面から深海王へ接近する。
「何も知らないおバカさん♡ 潰れろ‼」
「危ないっ⁉」
深海王が猛烈な勢いでパンチを打ち出した。
ヘッドマンは逃げる素振りも見せずに拳を突き出して応じようとする。
瞬間、突き出した右腕がぐちゃぐちゃ、ガチャガチャと血をまき散らしながら変化し、ドリルになって回転し始めた。
両者の攻撃が激突する。
深海王の拳は鉄に勝るほど頑丈であるが、ヘッドマンの高速回転するドリルを受け止めると少しずつだが着実に削られ、辺りに血と肉片を飛散させた。
「きゃああああっ⁉ 私の手がこんなっ……クソガキがァ‼」
「嬉しいもんだ。俺はもう三十半ばだぞ!」
堪らず手を引っ込めた深海王へすかさずヘッドマンが飛び掛かる。
右腕だけでなく左腕もドリルになり、隙だらけの胴体へ飛び込むと同時に突き刺した。高速回転して血と肉をまき散らす。
「ぎゃああああああああっ⁉ やめなさいよォ!」
両腕のドリルを引き抜くと、頭のドリルを回転させてジャンプした。
深海王の喉元を突き刺し、深々と抉る。
「ごおおっ⁉ ぐげっ…えぼぉおおっ⁉」
「さすがに頑丈か! しかも雨を浴びて回復しやがる!」
深海王は多大なダメージを受け、喉から大量の血をまき散らしてヘッドマンを真っ赤にするが、降り続けている雨を浴びるだけで少しずつ肉を復元させようとしていた。
深海王とは海の支配者。水を味方につけて大きな力を得る。
たとえ海水ではなく少量の水であっても、彼自身を大幅に強化させていた。
それからも何度かドリルで体を削っても深海王は倒れない。
ならばとヘッドマンは深海王の体を蹴って離れた。
リッキーに声をかけながら、自ら強引に頭を引っこ抜こうとする。
「交換だ! キモイのをくれ!」
「ほ~い」
ぶちんっ、と頭部を引きちぎって、脱力する体が落下していく。
リッキーは阿修羅カブトの頭部を蹴って寄越した。
狙い違わずヘッドマンの首に直撃し、再び阿修羅カブトの頭部がくっつく。
「気に入りはしないがすごいパワーだ! これで行く!」
「ごのぉぉ……! よぐも……クソ人間……!」
背中にカブトムシの羽が生え、ヘッドマンは空を飛んだ。
ヘッドマンは装着した頭部が持つ能力を使用することができる。
ドリルヘッドを外した今、肉体の一部をドリルに変えて戦うことはできないが、阿修羅ヘッドを着けた今は阿修羅カブトの能力を使うことができるのだ。
湧き上がってくるパワーと衝動に従い、ヘッドマンは両手で深海王の傷口を掴み、単純な腕力を用いて肉体を引き裂こうとした。
肉が裂け、筋肉がぶちぶちと引き裂かれていき、左肩から腹辺りまで真っ二つになる。
「がっ……⁉ かかっ……! おわっ……⁉」
「うおおおおおっ‼」
間髪入れずにヘッドマンが連続して深海王にパンチを連続して叩き込む。
胴体に数発、顔面に執拗なまでに拳をぶち当てて、深海王の体がついに倒れた。
その途端、ヘッドマンは背後を振り返って再び高く跳ぶ。
「とどめだ! トラッシュヘッドをくれ!」
「一・球・入・魂‼」
リッキーがマサカリ投法でゴミ箱を改造して作った頭、トラッシュヘッドを投げる。
自ら阿修羅ヘッドをちぎり取ったヘッドマンに新たに装着された。
見事に着地し、即座に振り返って倒れた深海王の体へ飛び乗る。
「いらないものはきちんと片す。ゴミは焼却だ!」
「おおおおおっ⁉ 何をするのっ⁉ や、やめっ――!」
頭部の蓋がパカッと開いて、深海王の体を吸収するように収納してしまう。彼の体長の数倍はあるだろう巨体が一切引っかかることなく呑み込まれてしまった。
そして側面についているボタンを押して、頭部の中でドゴンッ‼ と爆発が起きる。
彼自身は体が大きく震えただけだった。蓋を開けて頭から黒炎を吐きつつ平然としている。
「ふぅ……処分完了。なんとかなったな」
「すごいね~阿修羅カブト。これもっと使ったらいいよ。確かにブスだけど」
無免ライダーは呆然としていた。
どうやら怪人を倒したようなのだがあまりにも一瞬の出来事で呑み込めていない。
何より驚いているのはヘッドマンについて。不死のヒーローならば“ゾンビマン”を知っているが頭を取り換えて戦うなどという人間を見たのは初めてだ。
強い弱いの問題ではない。
とても人間とは思えない異常な戦い方。まるで怪人のような。
そこまで考えたところで無免ライダーは頭を振ってその考えを取っ払った。
彼がなんであっても行いは間違いなくヒーローである。
助かったのは市民だけでなく無免ライダーもだ。余計なことは考えずシンプルに感謝する。
「ありがとう。君のおかげで助かったよ」
「いや、ヒーローとして当然のことをしたまでだ。それよりあんた無免ライダーだろう」
ああ、と頷いて返事をするとヘッドマンは市民が避難しているドームを手で示した。
「行ってあげてくれ。みんな安心するはずだ」
「あ、ああ……君は行かないのかい?」
「オモシロ頭が欲しいなら行くが、あんたが行った方が安心感が違う。あんたは誰からも尊敬される素晴らしいヒーローだ」
そう言われて無免ライダーはハッとし、考えもせずに言った。
「……いや、一緒に行こう。恥ずかしい話だが、俺ではあの怪人を倒すことはできなかった。俺から言わせてもらえれば君こそ素晴らしいヒーローだ」
「別にそこまでのもんじゃ……俺は戦い方も汚ねぇし、ヒーローにはなれたが、基本的に人目についちゃいけねぇタイプの人間で」
「君が一緒に来てくれたら俺が安心する。それに避難者の中には子供たちも多い。オモシロ頭の出番はきっと今なんだ」
「ま、まあ、そう言われりゃそうだな」
「あれ? もう終わってんのか?」
ヘッドマンと無免ライダーが話していると新たにヒーローが駆け付けた。
スキンヘッドで気の抜けた顔をしている青年だ。
すでに戦いが終わっていたことで拍子抜けしてしまったようだ。
「なあ、さっきめちゃくちゃ辛そうな声が聞こえてたんだけど大丈夫か?」
「それは怪人のものだね。大丈夫。ここにいる彼が倒してくれたから」
無免ライダーに指し示されてスキンヘッドの男がヘッドマンを見る。
「それって被り物なのか?」
「いや、俺の頭」
「ふーん。変な頭だな」
「付け替えることができるんだ。こいつは知人が作った“改造ヘッド”でな。頭として気に入ってはいないんだが戦いには使えるからたまにつけてる」
「頭変えられんの? へぇ~……あ、じゃあイケメンにもなれる?」
「イケメンの頭があればな。それどころか女にも怪人にもなれる」
「すげぇ! おもちゃみてぇだな」
「バケモノとかならともかく、そう言われるのは初めてだな……」
平然と話す二人を見て無免ライダーは笑みを浮かべた。
どんな事情や外見や内情があれ、自分たちはヒーロー協会に認められたヒーローだ。志を同じくする仲間であることは間違いない。
スキンヘッドの男がヘッドマンを怖がらなかったことでその考えが確かなものとなった。
「俺は無免ライダー。君たちは?」
「ヘッドマン」
「ハ……サイタマ」
三人のヒーローが出会った。
のちに無免ライダーの誘いでチームを組むことになる面々である。
「さあ、避難しているみんなのところに行こう。いい報告ができるぞ」
「そうだな。これもヒーローの役目」
「あ、ジェノス。壊れてら」
のちにサイタマの弟子が全力で阻止しようとすることを、彼らはまだ知らない。