そいつをオフ会に誘ったら金髪酔っ払いねーちゃんが現れた件
1
「私はねえ、推しっていう言葉が大っ嫌いなんだよ!」
空っぽになったグラスをテーブルに叩きつけて、金髪の彼女はそう喚いた。
チェーン店の居酒屋だから喧騒に飲み込まれて、彼女の叫びは俺以外には届いていないようだった。
酔っ払いにとってはこのテーブルで起きた一顛末なんて、きっとどうでもいい事なのだろう。飲み会のよくある風景の一場面。わざわざ視線を寄越す価値もありゃしないし、そもそも周りへの観察力もグダグダに蕩け切っていれば無理もない。
少し周りを見渡せばわかることだった。もうみんなアルコールをたらふく飲んで出来上がっている、その中で一人素面なのは自分だった。
だって、未成年飲酒は法律で禁止されている。今年の春から大学生とはいえ、遵法意識はちゃんと備わっていた。
酔えればきっと楽なのだろう、そうでないのだから仕方がない。諦めてコーラを飲んで酔っ払いの相手を付き合うことしか今の俺にはできない。
「割とありふれた言葉だし、そんなに気に食わないことある? アイドルオタクが嫌いとか?」
「き・ら・い! あんなの好きになるやつがどこにいるってーの。でもね、推しって言葉が嫌いな理由はそうじゃない」
お代わりのコークハイを喉に流し込んだかと思えば端なくゲップをし、それに悪びれる様子もなく彼女は言う。
「推しってのはね、負け犬のセリフなんだよ。結局、その相手に好きって言葉を使えないからこそ、そのセリフを選んでるわけだ。ある程度望みがあるなら好きとか大好きだとか愛してるとか、そういうアプローチをかけるに決まってるんだ。でも使えない、相手に届かないと思ってるから、もう諦め切ってるからそんな勇気も無くなってるんだよ」
「そういうもんかなぁ」
「そういうもんなの! 結局敗北宣言に過ぎないからこそ『◯◯推しです』なんて言葉を言うんだから。自分は諦めたけど、あなたの事を最上級に好きでいますって言いたいが為の台詞を誰が好むかってーの」
お前は推しなんて言葉使わねえよなぁという問いが飛んできて慌てて首を横に振りつつ、コーラで喉を潤す。
どうしてこうなったんだろう。
またグラスを開けておかわりを頼んで、ぐでんと背もたれに力なく寄りかかるのを見ながら、ほんの1時間ほど前を思い返す。
事の発端を見つけるのは簡単だ、一年前に約束を取り付けたから。
その約束に従ってオフ会を計画して、そこの目的地に現れたのが彼女だった。
初対面、外見も知らない、性別も知らない。
知ってることは同じFPSをやってたことだけ。
でも、自分が男だからこそ軽率にご飯を食べるぐらいなら、こんな正体不明の相手でも特に問題はないと思っていた。
待ち合わせ先の改札出口にある時計台。
複数の人がそこで待ち合わせをしているのに、不自然と一箇所だけぽっかりと空間が空いていた。
そこに彼女が立っていた。
髪は金髪に染めて、シャツにダボっとしたスラックスという飾り気のない服装。
唯一問題なのは、片手に缶チューハイを掴んでいたことだろう。
やりとりをしていたdiscordを見返せば『金髪のやつがそう』と書いてある。
何回も見返したところで時計台の周りに、彼女以外の金髪は見えなかった。
それはないだろう。
初対面でご飯を食べに行こうという話をしてるのに、とっくにお酒を飲んで一人出来上がっているとか、まさかそんな非常識な振る舞いをする人間がいるはずがない。
周り右をして真っ先に逃げ帰りたい気持ちだったけれども、これは一年越しの約束だった。
それに、わざわざ一人暮らしを始めた最寄り駅まで出向いてもらってるというのもあった。
彼女との仲が昨日今日ならともかく、それを身勝手に放棄する選択肢は自分にはなかった。
一度深呼吸、頬を軽く叩いて気合いを入れる。
挨拶をする、自己紹介をする、ご飯を食べる。
それで終わりだ、何の心配もない。
「あのぉ」
「……はぁ?」
話しかければ心底不機嫌そうに彼女は眉を顰めて見せた。片手でくしゃっと缶を握りつぶしつつ、彼女は冷ややかな目で俺のことを睨みつけた。
「ナンパ? 無理だよ無理、先約があるからあっち行け、しっしっ」
「いや、その、紫苑さんですよね」
「おー……おー?」
一瞬キョトンとして、けれどもすぐにこちらの体を上から下までジロジロと見回した挙句、彼女はゆっくりと口を開いた。
「お前が……そうなのか?」
俺はその言葉に頷いた。いまだに半信半疑の彼女にスマホのやり取りを突きつければ、パッと顔が明るくなった。
「ってか、なんか色々突っ込みたいところがあるんだけど、どこから突っ込めば良いんだこれ」
「私のセリフなんだけど」
そう言いつつ彼女は俺の顔をじっと覗き込んできた。
軽いアルコールの匂い、すぐに満足したのかふいっと視線を逸らされた。
「なんかさー、思ってよりなんかずっと普通の顔だなーって」
普通の顔、普通の顔。
ほんの少しだけ傷ついたけれども、紫苑は慌てて手を振って訂正した。
「こうもっとさぁ、ガリ勉っぽい奴が来ると思ったんだよな。いかにも勉強命ですみたいな、分厚ーいびん底眼鏡を掛けた古風な男がくるもんだと、少なくとも私は嫌いな顔じゃないってそういうことを言いたくて」
必死に訂正しようとしているけれども、全く撮り直せてなくて思わずふっと笑みを漏らすりそれをみて彼女は咳払いをした。
「げふん、何はともあれ大学合格おめでとう記念だ。今日は好きなだけ食べると良い、私が奢ってあげよう」
まあどこで食べるのかは私が決めるけれど、そういうなり紫苑はスタスタと歩き始めた。
「なんというか足元がふわふわするんだよね。もしかして私、夢みてる?」
「どう考えても先に酒飲んでるのが原因だと思うけど」
2
田舎には娯楽が少ない、特に反論される事のない事実だ。
哀れんだ親は中学生の頃、俺にPCをプレゼントしてくれた。そこから自分がFPSにのめり込んでいくのは必然の流れだった。始めたのはスキル有りの5対5爆破FPSだった。
各キャラには動物の特徴をあしらったスキルが割り振られて、それを活かして相手の陣地に爆弾を設置し、時間まで耐え抜くというシンプルなゲーム。
スキンさえ買わなければキャラの解放も時間さえかければ無料で行えるというのは。金のない学生にとってはとてもありがたかった。
エイム練習をして、基本的には適当に一人でコンペを回す。たまにSNSの募集に乗れど、固定で組むほど仲が深まることもなかった。
その日も俺は、いつものように試合を始めた。
少し様子が変わったのなら3ラウンド目、最後に残った一人の動きがあまりに拙かった為に一人がいちゃもんをつけ始めたのだ。
それに反論するのは第三者。どうやら二人でパーティを組んでいたらしく、当人に代わってそいつが立ち向かうことになったらしい。
多分、良い格好を見せたかったのだろう。
正直、俺としては喧嘩をしないでほしいとしか思わなかったけれども。
結果としていちゃもんをつけた奴は、敵も殲滅し終わって自由に解除できる爆弾を目の前に、解除を放棄してそのままゲームを抜けていった。
残されたのは4人である。
前半を終えてラウンドは3対9。
雰囲気は最悪、形勢は人数不利も相まって圧倒的不利。
それでも、俺はまだ勝ちの目を探っていた。
後半が守りなら無理だろう、でも攻めならワンチャンあるかもしれない。
個別チャットを手繰り、自分と同じく喧嘩を傍観してた紫苑というキャラに話しかける。
「トカゲさん、余ったオーブを全部拾えるか?」
『ok』
vcはないけれども、チャットでは返事が来た。
残りの二人はうんともすんとも言わず自分たちの世界に閉じこもっているけれども、邪魔さえしてくれなければ何でもよかった。
結果だけを先に言うと試合には、勝った。
そのために取った作戦はシンプルだった。
オーブは全部紫苑のキャラに回す。
彼が操作するキャラクターは悪く言えば器用貧乏、よく言えば何でもできるという特徴のほかに、必殺技をハイペースで回せるという特徴があった。
この必殺技をさらに早く回す。
これといった強力なスキルがない代わりに。尻尾切りという必殺技の効果時間中は死んだとしても、一定時間無敵になるという凶悪な効果だった。
その必殺技をひたすら擦る。
そして、人数不利をできるだけ緩和する。
ただ、これだけだ。
当然対策はある。
エリアに突入するより先、特定区間を殺し間としてスキルを合わせることにより安全に潰して仕舞えば良い。
人数はウルトで補えたとしても、瞬間的な射線の量とラウンドごとに使えるスキルの量は相手が間違いなく有利だった。
ならば、俺が体で情報を取れば良い。
スキルを使って索敵したくない危険な領域は自分を使う。
自分が操作してるキャラはアントだった。死んでも代わりがいる、つまりは死んだとしてもエリアに煙幕を焚けるというキャラだった。
死んでも機能する、これはソロにおいては死んでも良い立ち回りができるということで、そう言うメンタル的な効果でアグレッシブな行動を可能にする好きなピックだった。
一度流れを掴んでマネー差を作って仕舞えば。スノーボールゲームの完成だった。
これが守りであったのなら、人数有利を生かして適当にエリアに流れ込まれただけで爆弾を設置されて負けただろうけれども、結果は結果。
ggとチャットに打ち込んで、試合から抜ける。
もう一戦やるか悩んでいると、個別チャットが飛んできた。
『もう一戦、一緒にやろう』
送り主は紫苑、返事の代わりに俺はフレンド申請を送った。
3
俺と紫苑との関係は、あの試合から始まった。
試合に勝たなかったら。
もしフレンド申請を断っていたら。
色々と『もしも』は思いつくけれども、その選択を選び掴んだのは自分だった。
長い事同じFPSで固定パーティーを組んで遊んでいたけれども、だからといって距離感がすぐに近くなるわけでもなく、ずっと一定の距離を保っていた。
紫苑は、絶対にVCを使わない。
野良相手だろうとパーティを組んだ相手だろうと、何かやり取りをしたいことがあれば、チャットを通して行なっていた。
それが原因で、紫苑とパーティを組む際は第三者を挟むことは知り合ってから始めらへんで諦めた。
会話についていけるはずがないのだ、チャットというワンクッションを挟んだコミュニケーションでは、通常の会話に追いつくことはない。
だから必然的に紫苑が置いてけぼりになり、除け者になってしまう。
結局、俺は他の友人と比べて紫苑を取った。
まともに会話も出来ないのに、一人で喋り続けることになっていたもしても。
紫苑と組んだ時の勝率ははっきり言ってしまうと、それほど良いものではなかった。
当然だ。情報量が一つ固定で欠けている状況なのだから、それ以外でアドバンテージを稼がなければいけない。
パーティを組んだら相手にもパーティが来るマッチングの仕様であるのに、実質的に野良みたいなものというの悪かっただろう。
それでも俺は紫苑に誘われれば、承認を断ることはなかった。
ログインすればフレンド欄に紫苑は九分九厘居たし、もしマッチング中だとしてもチャットで試合が終わるまで待っててと予約を入れられる日々。
何で俺はそれを断らなかったのだろうか?
何となく思いつく理由は二つあった。
一つは俺がそもそもこのゲームの中に友人を求めていなかったこと。
誰とゲームしようがどうでも良く、基本的にソロで回していたのと誘われればやるぐらいの受け身の姿勢だったから。
そんな人間に積極的にアプローチをかける人間は紫苑ぐらいしかいなかった、だから俺はその誘いを優先したのだろう。
二つめは紫苑の交友関係が、あまりに終わり散らかしているのが透けて見えていたこと。
俺以外にパーティに誘われることはなく、決まってデュオ。
まあ、そもそもVCがほぼ必須のこのゲームでそんな振る舞いをしていれば交友関係も広がるはずもなく、必然の流れではあっただろうけれども。
自分みたいにソロで回す選択もあっただろう。
けれども、頻繁に自分を誘っているということはやっぱり一緒にゲームをする友達を求めていたのだろう。
それならば、その誘いに乗ることもやぶさかではなかった。
きっと自分でなくて良いのかもしれないけれど、今求められているのは間違いなく俺だったのだから、それなら俺はその手を取るべきだと思ったのだ。
同じチームで何回ゲームをしようとも、紫苑は頑なに話そうとしなかった。結局最初から最後までVCを使うことはなかった。
例えば、こんなエピソードがある。
一緒にゲームをするようになってから一週間ほどして、紫苑がdiscordのアカウントを教えろとチャットで指示してきた。
なるほど、ようやく決心がついたか。
ゲーム内VCでは、俺は他の野良と一生懸命にコミュニケーションを図っていた。
もしかしたら野良と話したくないだけかもしれない、ゲームを一緒にやる固定相手ならばその縛りも緩まるのかもしれないという淡い期待がその頃は確かにあった。
流れるように友達登録を済ませ、招待された鯖に入ってみれば二人っきりの部屋だった。
本当にほかに友達がいないのかと思ったけれども、それを突っ込むのもやぶさかな気がして、黙って紫苑が先に入室していたVCに入る。
いつもと同じくマイクミュート状態、紫苑の第一声を今か今かと待ち構えてほんの少しの沈黙があった。
紫苑『それじゃ今日もやるか』
「いや、喋らねーのかよ!」
ゲーム内チャットに思わずツッコミを入れてしまったけれども、紫苑は全く取り合う気配も見せずにキューを入れた。
めちゃくちゃだった、何のために俺をVCに誘ったのか全く意味がわからない。
もし俺が短気だったら、二度とそのVCに入ることもなかっただろう。誘われた時にパーティに入ることはあったとしても、ゲーム内VCで全部済ませていたに違いない。
それぐらい意味不明だった。
どう体良く理由を考えたところで、そこは俺の独り言を紫苑が聞くための鯖にしかならないのだから。
それでもそのおかしさが、何となくツボにハマって紫苑からゲームに誘われば決まって俺はそのVCに入室したのだ。
ああすればよかった、こうすればよかったという反省や、ここを相手は重点的にエリアを取ろうとしてくるから警戒だとか、そういう俺の呟きを元に紫苑が動きを組み立てていく。
チーム内VCで抜け落ちがちな情報も、紫苑にだけは伝わる。
そんなエピソードからしばらくして、独り言VCもすっかり慣れた頃、今度はSNSも教えろと紫苑からチャットが来た。
拒否することはなかった。
少なくとも情報収集にしか使ってなかったからまともな呟きもなく、個人情報も恥もない、どこに出しても恥ずかしくないアカウントだった。
アカウントのIDをペタッと貼り付ければ、すぐさま通知欄が青く点滅した。
アカウントは卵アイコン、IDは出鱈目な英数字、どう考えても捨て垢に見えるものがフォロワーに出現していた。
「……おお」と思わず呟いて、歪なフォローフォロワー比の中身を覗き込んでみれば、フォローしてるのは動物かわいい動画botとゲームの公式アカウントぐらい、逆にフォロワーは詐欺アカっぽいものしか見えなかった。
ツイートも殆どしていない。真っ先に目につくのは懸賞応募のリツイートばっかりで、まともな呟きを探す気にもなれなかった。
思わず引くつくこめかみを抑えて、紫苑と思わしきその卵に『よろしく』と送る。
帰ってきた返事は『アイコンの犬、かわいいね』だった。
そこなんだ、真っ先に目がつくの。
確かに可愛いけれど、自慢の愛犬だけれども、何もおかしいことはしてないですけどと言わんばかりに紫苑が平然としているのが、どうにも可笑しくて、俺は全部許してしまえたのだ。
4
紫苑と俺のチグハグなやり取りは、一年半以上に渡って続いた。
その間、紫苑が他にゲーム仲間を見つけることもなく、俺もまた紫苑の誘いに断ることはなくて、一生そんなぐだぐだとした仲を続けていた。
でも、それが一生続くことはない。
例えばゲームがサービス終了すれば、必然的に縁も切れるだろう。他のゲームに移行すれば続くのかもしれないけれど、二人とも同じゲームにハマるとは限らないのだから。
少なくとも俺は紫苑に合わせるためだけにゲームをする気はなかったし、紫苑もまた俺に合わせるためにゲームを選ぶことはないだろう。
じゃあ、ゲームがサービス終了しなかったらこの仲は一生続くのか?
そんなことはない、人の人生にゲーム以外にやる事はいくらでもあるのだから。
それより優先しなきゃいけない事はいくらでもあって、ようやく踏ん切りをつけたのが高校2年の12月のことだった。
「俺はさ、このゲームを引退するよ」
いつも通りの日常だった。
今日のラスト一戦、オーバータイムの激戦を切り抜けてもぎ取った勝ちの余韻のうちに、俺はそう言った。
モニターに映し出されているのはdiscordのいつものサーバー、『本気で言ってる?』と返事はすぐに来た。
「本気だよ、流石にそろそろ勉強しないまずいから」
大学受験は来年に迫っていた。
人生を棒に振るほどゲームにのめり込んでるわけでもなく、親に指摘されるより早く自分から一旦のけりをつけたかった。
ゲームと受験勉強を両立できるほど、自分は器用じゃないとわかっていたからこそ。
『わざわざ受験勉強程度でそんなに本気にならなくても良くない?』
適当に勉強して、適当な大学に行けば良いじゃんと紫苑は茶化してくる。
その選択を簡単に選べるのなら良かった、ぬるま湯に使って停滞するの悪くはない。
「俺はね、家から離れたいんだよ」
悪くはないけれど、それを選んだところで俺の目標達成には至らない。
だって、こんな田舎にそんな適当な大学なんてないのだから。
「紫苑には俺がどこに住んでるか話したことなかったよな」
田舎も田舎、田舎自慢は世の中に数あれど、俺が住んでるこの場所も大概の田舎だという自負があった。
四国の僻地、この県の見どころは蜜柑と四国カルストぐらいしかない。
こんな田舎じゃ街灯はまばらにしかないし、おかげでアホみたいに夜空は綺麗だけど、それで得られる精神衛生なんて微々たるものでしかないし、どう考えたって割に合ってない。
コンビニ行くだけで自転車をヒイヒイ漕いで往復30分、まあだからこそパソコンで遊ぶが良いさと親から支給されたのだけれども。
「ここから出るためには勉強をするのが一番手っ取り早いんだ、勉強して一人暮らしを認めてもらえるぐらいの大学に合格することが一番早い」
言うことを言い切ってしばらく待てば、紫苑は『そっか』と書き込んだ。
『でも、引退じゃないよな? また帰ってくるんだよな?』
「多分、めいびー。ちゃんと受かれば戻ってくるよ」
『受からなくても戻ってこい』
状況によっては浪人生になっていると言うのにあまりに強引な要求に思わずニヤッと笑ってしまった。
『あと、選ぶなら東京の大学にしろ』
「何で? ふつーに関西の方が近いんだけど」
『俺が居るから』
理論のへったくれもないあまりに身勝手で我儘なお願いに、今度こそ声をあげて笑ってしまった。
微妙にしみったれた空気を一発で吹き飛ばす、その身勝手さは少なくとも俺は嫌いじゃなかったのだ。
「紫苑にはなんか無いの?」
『なんかって何』
「目標だよ、目標。俺は良い大学に受かって一人暮らしをするっていう夢があるだろ? 俺たちは一年以上やり取りがなくなるわけだ」
『ゲームはやらないけどそれ以外はやり取りできるだろ?』
「それはそうだけど、明日から俺はVCに来ないからな」
SNSでやり取りはできるだろうけれども、俺も紫苑もまともに呟かないし、そもそも互いに何のアクションも掛けない。
それはつまり、一年やり取りが途絶えるってことで。
「その一年の間に、何かを達成するための目標を紫苑も立てろよ。何でも良い、すげー簡単なことでも良いからさ」
返事はなかった。
けれども、何かを考え込んでるのか紫苑が入力中の通知だけはずっと続いていた。
ただじっと待つ、それが目標を出せと言った側の責務であるとわかっていたから。
しばらくして映し出されたそれは、誰にとっても容易く達成できそうな目標だった。
『俺は人と話せるようになりたいよ』
それを見て、俺はドンと不意に胸を突かれたような気がした。
あまりに馬鹿馬鹿しい目標だった。
俺ならば息をする様に簡単に出来てしまう。
けれども、その目標を俺は笑う気にはなれなかった。その低すぎる様に見えるハードルすらクリアすることができなかったことを、ちゃんと知っていたから。
その目標を俺に告げたということ。
つまりは、自分の弱みとなる部分を曝け出した意味を、俺は見なかったことにはできなかった。
『俺は、お前の地元から出てきたいっていう目標を否定するわけじゃ無いけど、こんな街に出てきたって良いことだらけだなんて口が裂けても言えないよ』
『嫌な事はたくさんある、嫌な奴はたくさんいる。人がたくさん居るんだからそれも当たり前だけれど、俺は都会を息苦しい場所だとしか思えないから』
俺には言わない事、言えないことがたくさんあったのだろう。結果として紫苑は人と会話をしなくなって、目標に人と会話をするを選ぶまでになった。
けれども、けれどもなのだ。
紫苑がVC必須だと言われるこのゲームを選んだ理由を、そして一緒に遊べる相手として俺を選んだのも、結局そうなのだ。
どこまで人を嫌いになったとしても、紫苑は誰かを求めている。
重くなった空気を茶化すように、紫苑は新しくコメントを送り出した。
『お前が大学に受かって東京にきたら、とりあえずオフ会でも開くかー』
「オフ会ね……VCすっ飛ばして生身の会話できるようにならなきゃ行けないけど、大丈夫そう?」
とりあえずバイトから始める必要がありそうだな。
そう言うと紫苑は『ハードルがたけーよ笑』と返してきた。
5
二人、帰路を行く。
最寄駅から徒歩10分圏内を選んだ過去の自分にこんなに早く感謝することになるなんて。
足元も覚束無い紫苑の腕を組んで、あっちへふらり、こっちへふらりと倒れ込みそうになるのを必死に支えていた。
こんな状態でほっぽり出して帰れるはずがなかった、まだ終電は遠いとはいえ碌でも無いことになるに違いない。
そもそも本当に帰れるのか、終点まで行き着くんじゃなかろうか。たまに吹きかけられる吐息を嗅いでいるだけで、素面の自分が酔っ払うかもしれないと思うぐらいにはガバガバと酒を飲んでいた。
「いや〜ほんとお前は前からできる奴だと思ってたよ、こんな私によくしてくれるしなぁー?」
「はいはい、そうですねそうですね」
肩に組んだ腕を引き寄せ胸の内にぎゅっと引き摺り込まれて、わしゃわしゃと頭を雑に撫でられる。
されるがままに身を任せて、力が緩んだ隙を見計らって脱出すると何やら怪訝な目で俺のことを見ていた。
「おかしいなぁ、胸に押し付ければイチコロって教わったんだけど」
「……本気で言ってるならネカフェにでも置いてくけど」
「冗談だって冗談! わりーわりー」
本当かよと思ったけれど、もう目的地であるアパートは目の鼻の先だった。
照明をつければ、パッと殺風景な部屋が広がっている。
荷解きの終わってない段ボール数個に布団、それに何はともあれ準備した冷蔵庫ぐらいしか置かれていない。紫苑は靴を脱ぎ散らかしたまま、一直線に布団へ吸い込まれていった。
「あー、地面が揺れてる気がするよ〜?」
これなら寝袋でも実家から持ってくればよかったけれど、無いものは仕方がない。
硬い床で寝るしかないかと諦めつつ、彼女に向けて声を掛けた。
「水でいい?」
「……アクエリアスが飲みたい」
枕にすっぽり顔を埋めて、紫苑はそう言った。
何だこいつ、我儘だな。
そうは思ったけれども、先ほどの居酒屋の会計を全額負担してくれたのだから、たった160円ぐらい微々たるものだろう。
外に出て自動販売機でそれを買ってくる、たいした労力もかからない。帰ってくると壁にもたれかかりつつ体を起こしていた。
「いつもはこんなに酔わないんだけどね、ちょっと調子に乗っちゃったなぁ」
投げて寄越したペットボトルを熱った頬に当てながら紫苑は言う。
「まあでも飲む相手がいないし酒も好きじゃないから、そもそもいつももクソも何もないんだけどね! だははっ」
「その割にはガブガブ平気で飲んでるように見えたけど」
「ほんとだよ、そうでもしないと居ても立っても居られないんだ」
どさっと布団に倒れ込んだかと思えば、またすぐによろよろと起き上がる。
寝て良いよと言えば、ふるふると首を横に振るばかり。代わりにアクエリを一口喉に流し込んで、彼女は口を開いた。
「私はね、お酒にでも頼らなきゃ会う勇気が出なかったんだ。心が弱いから、お酒を飲んでたから下手しても仕方ないっていう予防線がなければきっと逃げちゃってた」
「もしかして全部お酒が悪いで済ませようとしてる?」
「そ、悪い?」
「全然、むしろ手段を尽くして頑張ろうとしたんだろ? 今のところは悪くない、ついでに言えばこの部屋で吐かないでくれれば最高なんだけど」
「……善処します」
いや努力義務を求めてるわけではなく、吐くなと言ってるんだけど。思わず苦笑しつつ、とりあえず酒の匂いで充満しつつある部屋を改善しようと、俺は換気扇を動かし始めた。
「君はうーんと頑張ったよ。みんな知ってるぐらいの大学に行ってね、こうやって一人暮らしも始めて目標も達成できた」
「まあね、でも紫苑も頑張ってたんだろ?」
「頑張った、私も頑張ったよ! 頑張って頑張って……こんなところまで来ちゃった」
そういうなり布団に大の字になって倒れ込んだかと思えば、またすぐに布団の上に正座の構え。
そうしてむふーっと彼女は全部やり切ったかのような満足げな表情で言うのだ。
「ね、頑張ったご褒美を頂戴? 私のことをいっぱい褒めてくれる?」
「……褒めて欲しけりゃ幾らでも」
その言葉を聞くなり、つっと金色に染まった頭を俺の方へと差し出してきた。何だこれ、彼女に何の目的かを聞く必要はなかった。
間違いなくいい子いい子という羞恥プレイを求められているのだ、グッと思わず歯を噛み締める。
男に二言はない、幾らでも誉めると言ったのは間違いなく自分であった。たとえ相手が酒を飲めるぐらい年上だとしても、だ。
煩悶の後、そっと手を伸ばす。
後で手酷いしっぺ返しを喰らわないかとヒヤヒヤしながらゆっくり、そーっと。
けれども、その手が彼女の頭に届くことはなかった。
それより先にガバッと顔を起こし、伸びていた手もバシッとはたき落とされる。
「いや、やっぱりダメ!」
「……はぁ」
「君が頭を撫でるのがダメとかじゃなくて、私が何を頑張ったのか君は知らないでしょ。誰がどう見ても頑張ったと言えることをしたのにさ、その中身を知らないまま。何となーく褒められても喜び半分じゃない?」
「まあ、そうかも知れないけれど」
何か、そんなに凄いことをしたのだろうか?
こちらの疑わしげな目線を一切取り合わずに、紫苑はふふんと自慢げに胸を張った。
「それなら、教えてください姫奈様〜って頼み込んでよ」
「姫奈?」
思わず首を傾げる。
聞き覚えのない、知らない名前。
まさか酒に酔いすぎて本名を口走ったのかと思って疑わしげな目線を向けるも、彼女は何ら変わらない様子だった。
「姫奈って本名?」
「ぶー、残念ながら不正解。まっ、答えなんてわかるはずもないんだけどね」
勢いよく立ち上がるや否やふらっとよろめいて壁に寄りかかりつつ、それでも俺に向かってvマークを向けた。
「私、紫苑はvtuberとしてデビューを果たしたのです!」
「は……え? へ?」
思わず目を白黒としつつも、彼女の言葉に従って東白楽姫奈とスマホで検索をかけてみた。
FPS系vtuberと銘打たれた彼女は個人系というわけでもなく、ちゃんとした事務所を通して最近デビューを果たしたらしい。
「ほら、その一番上にあるSNSを覗いてて」
紫苑の言葉に従って東白楽のツイート一覧を眺めていると、彼女はタプタプとスマホを操作して、これで終わりと言わんばかりに布団に向けてスマホを投げた。
最新ツイートが更新される、そこにはただ『酒』とだけ記されていた。
「これで、信じてくれる?」
「……凄いな、本当に凄いよ紫苑は」
さっきまでは酒に溺れてる馬鹿にしか見えなかったけれども、今となってはそんなことどうでもよかった。
『人と話せるようになりたい』
その目標を立てたのは一年とちょっと前、実際彼女がどういう立場にあったのか聞こうともしなかったし、教えてくれることもなかった。
けれども、紫苑はそういう立場から自分を引き上げる努力をしたのだ。vtuberという一番向いてない場所に立とうと努力をした。
結局のところ、全部運だけなのかも知れない、たまたま応募要項が転がってきて、何となく申し込んで、流れに飲み込まれるまま、ここまでやってきたのかも知れない。
それでもはじめの一歩を踏み出したのは間違いなく紫苑で、だからこそチャンスを掴んだのだろう。
東白楽姫奈のチャンネルには、紫苑が残した足跡がしっかりと刻まれていた。
スマホから顔を上げると、紫苑はんっと両手を広げて待ち構えていた。
心ゆくまで撫でてやろう、それぐらい凄いことを紫苑はやったのだから。
ほんの少し気恥ずかしい気持ちを押し殺して、恐る恐る近づく。
手が頭に届くよりも彼女の方が早かった。
何が? 彼女が俺に抱きついて、そのまま床に押し倒すこと。
強かに背中を床に叩き付けて思わず呻く。紫苑はそれを一切気にも止めず、体を起こしはしたけれども、俺の上に跨って退こうとしなかった。
「……これって俗にいうマウントポジションってやつじゃない、紫苑さん?」
「……」
俺の冗談も一切取り合わず、紫苑はとろんとした目で俺のことを見下ろしていた。
「……ね、居酒屋でさ。推しって言葉が嫌いだって、私は言ったでしょ?」
確かに、そんな言葉を聞いた。
確か負け犬のセリフだとか何とか言っていたような気がする。そう思い返しつつ、何とかこのポジションから逃れようとしていだけれども、紫苑が軽く右腕で左肩を床に押さえつけてきただけで、俺は身動きが取れなくなっていた。
多分、無理やりやれば何とかなる。
けれどもそれは、間違いなくどちらかが怪我をするという犠牲を飲み込まなければいけない。
本当の最終手段、今はまだ選べない。
「あれはちゃーんと本心だけどね、本当は私にも推しは居るんだよ」
「……誰?」
何を分かり切ったことを聞くんだと言わんばかりに紫苑は吹き出した。
代わりに俺の胸に指を当てて、彼女は言った。
「君、君以外に他に誰が居るってーの」
気軽に投げられた言葉がトスッと突き刺さる。
俺、俺が推し?
何だってそうなるのか、わからなかった。
なんてことはないはずだった、俺はただ何となく紫苑と一緒にゲームをしていただけなのに。
「君がいなかったら、私はきっと、ずっとね、何となーくあのゲームで停滞していたと思うんだ。vtuberの候補生を募集の告知を見てもさ、きっと全部どうでもいいと思ってた」
私の背中を教えてくれたのは、君なんだよ。
弾けんばかりの笑顔を浮かべて、紫苑はそう言った。
「でもね、あの日に君と会ったから。会ってしまったから全部変わったんだ」
「……俺は何もしてないよ」
「ううん、そんなことはない。あの最後の日も、君が提案してくれなかったら目標を作ろうなんて思わなかった。いなくなった空白を埋めようと今も代替品を探してたんじゃないかと私は思うんだ」
「でも、紫苑は頑張った。それはお前の功績だよ」
「違う、だから私は頑張れた。君がいてくれたから頑張ろうと思えたんだ。こんな私じゃ何をやってもダメかも知れないけれど、できるだけ、精一杯頑張ってみようと思えたんだよ」
もう振り払う気力も無くなっていた。
彼女が俺の手を頬に当ててうっとりとした表情を浮かべるのも、なすがままにしていた。
「推しって言葉は嫌い、みんな負けると分かってるからその言葉を使ってるんだ。逆に言えばね、みんな負けてもいいと分かってるからその言葉を使ってる、最大限の好意を示そうと必死に白旗を振ってるんだよ」
「なら……何で俺を推しだなんていうんだよ」
「も〜ここまで言ったのに、まだわからないのかな?」
軽く俺の額をデコピンで弾いて、彼女は自身のことを指差した。
「だーかーら、私もそういう奴らの一員なの。結局同族嫌悪なんだろうね、私もそうだから彼らのことがわかっちゃうから嫌いになっちゃうの。でもね、そうわかってたとしても結局さ、私は予防線を張らなきゃ動けなかったんだよ」
「そうですか、とりあえずどいてくれると助かるなぁ」
「どいたら逃げるじゃん! 絶対に逃さないんだから!」
無駄な足掻きとはいえ、紫苑が何をやろうかわかっているからこそ逃げたかったんだけれども、もうどうにも手遅れらしかった。
俺の体に彼女が倒れ込んできて、耳元でそっと囁かれた。
「私は君のことが好き、大好き――愛してる」
ねえ、答えを聞かせてくれる?
躊躇いがちに、俺は口を開いた。
答えは、もうとっくに決まっていた。
6
二日酔いでぐわんぐわん痛む頭を抑え、私はゲーミングチェアに腰掛けていた。
目の前にあるのはデュアルモニター。片方には自チャンネル。配信待機画面と配信持ち望む視聴者のコメントが映し出されていた。
ワンボタン、ショートカットキーを押すだけで待機画面から配信へと切り替えることができる。
デバイスの準備は良好だった。けれどもメンタルがあまりというか、非常に宜しくない。
シンプルに一言で理由を言えば、あいつにあっさりと振られたからである。
酒の勢いに身を任せて、居酒屋で大暴れをかました挙句、彼の一人暮らし先まで入り込んでさらにそこで大暴れをし、挙げ句の果てに玉砕である。
こうもあっさりと振れるもんなんですかね、vtuberである私を。肥大しつつある自意識を罰するために、アクエリアスで頭痛薬を流し込んだ。
彼の断り文句はよくある奴、『とりあえず友達から始めよう』と。
その言葉を聞いて、私はあまりのショックで無性に泣き喚きたい気持ちに駆られたけど、必死に笑顔を繕って、布団まで辿り着きさえすれば泣くより先に一瞬で意識を取り落としたのだから、やっぱりアルコールは最強だった。
まあそんなに泣きたい気持ちに駆られたのもアルコールのせいで情緒不安定になってたからで、自作自演のような気がするけれども、少なくとも失点は最小限に抑えられたであろう。
多分。
次に目が覚めると、まだ朝の5時ぐらいだった。
周りを見渡せば、彼は硬い床で鞄を枕に夢の世界。
情けに自分が使っていた掛け布団を掛ければ身じろぎはしたけれども、起きることはなかった。
そのまま『布団ありがとう』とだけ書き置きを残して、私は始発で朝帰りをした。
見送りはなかったし、そもそもさせる気もなかった。そんなことされたら哀れで惨めできっと死にたくなってしまったに違いない。
だから、結局、何の進展もなし。
始発電車に乗りながら、そもそも彼に手を出したら未成年淫行に引っ掛かかったんじゃないかというぼんやりとした予感は、きっと負け惜しみに過ぎなかった。
でも、でもなのだ。
負けたけど終わったわけじゃないと、私を必死に奮い立たせる。
まだチャンスはあるはずなのだ、ごめん無理とか、そんな風にすげなく振られたわけではないのだから。
『俺はまだ何も紫苑のことを知らない、紫苑も何も俺のことを知らない、本名すら知らないだろ?』
彼の言葉は、確かにそうだった。
私は彼のことを何一つしらなかった。でも、それでもいいと思ったのだ。
相手のことを知りたいと思ったのであれば、きっとそれは恋だと言えるのだから。
でも彼は違った。
据え膳食わぬは男の恥とはいうけれど、ちゃんと我があって、それに従う芯の強さもあった。
それを誠実さの現れだと、私は思った。
そういうのは嫌いじゃない、むしろ私からしてみても結構ポイントは高いし好みだった。
でも、でもなのだ。
できれば逃げられないように関係を結んで、彼を自分に縛り付けたいところではあったけれども、拒否されたからには仕方がない。
うんと伸びをして、一度咳払い。
あーあーと声を出す。酒を飲み過ぎたけれども、喉が枯れなかったのはラッキーだった。
頬を揉んで、ハンドミラーに向けてにっこりと笑顔を浮かべる。
始めよう、配信を。
視線をモニターに戻せば、コメント欄は待ち侘びた視聴者が待っていた。
一度息を吸う。
ボタンを押す直前、この瞬間が一番緊張する。
配信が始まって仕舞えば、あとは流れに乗るだけだ。はじめの一歩さえ乗り越えられればどうにでもなるのだから。
ボタンを押す。
カメラを見据えて私は笑顔で口を開いた。
「こんにゃっちゃーみんなー、お待たせー!」
今日もFPSやっていくよーと言えば。一気に挨拶のコメントが流れていく。
その中に一つ、スパチャが目に止まった
思わず息が止まった。
配信者としては失格の、致命的な間。
でも、その名前を見れば無理もないことだった。ふっと先までの頭痛が和らいで、気分に日が差してきた気分だった。
彼が見てくれている、そう気づいただけでいつもよりも頑張れる気がした。
彼はこれからも頑張るだろう、それなら私も足を止めずに頑張らなきゃいけない。
スパチャに付けられたコメントは「姫奈推し始めても良いですか?」
それに対して「あっ(察し」とか「あーあー」とか視聴者のコメントがついている。
これを見逃さないわけにはいかない。
鉄板ネタとなったそれを、私は切り出すことにした。
「だーかーらっ、俺は推しって言葉が大っ嫌いなの!!」