ソードワールドの二次創作。平凡な冒険者の冒険譚 作:シットライヌ
第四十一章:英雄たちの食べ残しと迷宮の隠し金庫
オランの路地裏にある古びた冒険者の宿。その一階の酒場は、今夜ばかりは耳をつんざくような喧騒に包まれていた。
「見ろ! これがゴブリン・ロードの首だ! そしてこの魔法の剣こそ、俺たちが命がけで迷宮の最奥から持ち帰った戦利品というわけさ!」
酒場の中心で、豪奢な金属鎧を着込んだ見上げるほどの大男が、血濡れた袋と輝く長剣を掲げて上機嫌に叫んでいる。彼らはオランでも名の知れた中堅パーティで、つい数日前に郊外の廃鉱山に巣食っていたゴブリンの群れを見事討伐し、意気揚々と凱旋してきたばかりだった。周囲の客たちからは惜しみない賞賛と、次々と奢りのエールが飛んでいる。
しかし、店の片隅の薄暗いテーブル席では、全く異なる熱気が渦巻いていた。
「……馬鹿な連中だ。ボスの首と目立つ魔法の武具だけを回収して、迷宮を『完全攻略した』気になっている。あいつらの頭の中には、損益分岐点という概念が存在しないらしい」
ロロが手元の算盤を凄まじい速度で弾きながら、呆れたように鼻で笑った。テーブルを囲む四人の仲間たちも、騒ぐ英雄たちに冷ややかな視線を送っている。
「マスターから話を聞いてきたよ」
戻ってきたカイルが、自分のリュートを背中に回しながら席についた。
「あの廃鉱山、元々は近くの村の重要な収入源だったらしいんだ。ゴブリンの親玉は退治されたけど、下っ端の生き残りや、奴らが仕掛けた小賢しい罠、掘り出されたままの重い鉱石なんかが放置されているせいで、村人たちはまだ鉱山に入れないってさ」
「で、マスター経由で村から出た依頼が『残敵掃討と残存罠の解除』……という名の、迷宮の清掃作業ね」
メリッサが手元のスクロール(巻き物)を静かに広げ、インク瓶の蓋を開けた。
「危険な主力が壊滅していて、報酬は村のなけなしの銀貨。英雄気取りの冒険者なら絶対に受けない、地味で泥臭い仕事だわ」
「だが、俺たちにとっては極上の稼ぎ場だ」
ライシンが腕を組み、静かに口を開く。
「敵の主力がいないということは、ポーションや矢の消耗、怪我のリスクが極めて低い。それに、英雄たちが捨て置いた『ゴミ』は、俺たちにとっては金脈だ」
「その通り! 奴らが重くて持ち帰るのを嫌がった銅貨の山も、未加工の鉄鉱石も、ちりも積もれば立派な黒字だ。経費ゼロで空き巣稼業とシャレ込もうぜ!」
ロロの号令のもと、擦り減り銀貨隊の五人は、酔いつぶれる英雄たちを背に夜のオランを出発した。
翌朝、彼らは目的の廃鉱山へと足を踏み入れていた。
陣形はいつもの通りだ。先頭のロロが六尺棒で地面を探りながら罠を警戒し、前衛の要であるライシンが続く。中衛にはシリアとメリッサが並び、最後尾をカイルが固める。
「……微かな風の精霊(シルフ)の揺らぎ。前方の通路にゴブリンの生き残りが三匹いるわ。でも、すっかり怯えきっていて戦意はないみたい」
シリアがショートボウを構えることもなく、冷徹に状況を報告する。
「無視だ。逃げるネズミに矢を消費する必要はない。それより……おっ、ここにも落ちてるぜ」
ロロは暗器の仕込まれた靴で器用に床の瓦礫をどかし、英雄たちが打ち倒したゴブリンの死体から、薄汚れた銅貨や銀貨を次々と拾い集めていく。さらに、壁際に放置されていた採掘済みの鉄鉱石を袋に詰め込み、満面の笑みを浮かべた。
「あの馬鹿ども、こんな極上の鉄鉱石を無視して通り過ぎたのか。オランの鍛冶屋に持ち込めば、これだけで依頼の基本報酬を上回るぞ」
一行は戦闘を一切行うことなく、ただひたすらに落ちている金銭と鉱石を回収し、道中に残された単純な落とし穴やワイヤートラップをロロとカイルの手で安全に解体していった。
やがて彼らは、英雄たちが「完全に制圧した」と豪語していた迷宮の最奥、ゴブリン・ロードの玉座があった巨大な広間へと到達した。床には激しい戦闘の痕跡が残っているが、魔物の気配は皆無だ。
「これで仕事は終わりか? 随分とオイシイ清掃作業だったな」
カイルがリュートを軽く鳴らした時、広間の壁をじっと見つめていたメリッサが、手元のスクロールに羽ペンを走らせながら声を上げた。
「待って。知識神ラーダの導きと、この鉱山の地質学的な構造から見て……この部屋の形状は不自然よ」
彼女はスクロールに描かれた迷宮の全体図と、目の前の空間を見比べる。
「広間の東側の壁、反響音と風の通り道から計算して、あの壁の向こうに約十メートル四方の隠された空間が存在するわ。古代カストゥール王国の遺跡に特有の、隠し宝物庫の構造様式と完全に一致する」
「なんだと……? 英雄様たちは、ボスの椅子にふんぞり返って満足し、真の宝の山を見落として帰ったってことか!」
ロロが血走った目で東の壁に取り付く。シーフ技能を駆使して石積みの隙間を探ると、カチリと微かな手応えがあった。精巧にカモフラージュされた隠し扉だ。
「ビンゴだ。だが……嫌な予感がする。扉の隙間から、魔力の匂いがプンプンしやがる」
ロロの言葉に、メリッサが慎重に壁に近づき、魔力を視覚化する古代語魔法を唱えた。
「センス・マジック」(魔力可視)
「強力な魔法の警報装置ね。扉のロックを無理に解除しようとすれば、天井に仕掛けられた崩落の罠が作動して、宝物庫ごと完全に押し潰されるわ。動力源となる魔力の通り道(コンジット)が、壁の内部、表面から数センチの深さを走っている」
「扉を開ける前に、壁の中の魔力の通り道を切断する必要があるってことか。物理的に壁を砕けば罠が作動する……俺の出番だな」
ライシンが静かに壁の前に立ち、マジックブレイドの柄に手を添えた。呼吸を止め、壁の内部を走る見えない魔力の糸の存在を、その研ぎ澄まされた感覚で捉える。
「……我は刃に魔を宿す者。空間を断ち、遠き敵を討て(リープ・スラッシュ)……!」
暗闇の中で、ライシンの抜刀術が虚空を切り裂く。
放たれた真空の刃は、石の壁の表面を一切傷つけることなく、その内部へと透過。メリッサが指定した座標をミリ単位の狂いもなく通り抜け、警報装置の動力線だけをスッパリと切断した。
フッ……と、扉を覆っていた禍々しい魔力の気配が霧散する。
「解除完了だ。ロロ、開けてみろ」
「へへっ、お待ちかねの開封儀式と行こうぜ!」
ロロがコモン・ルーンの指輪をかざし、「アンロック」のコマンド・ワード(合言葉)を唱える。重厚な隠し扉が、重々しい音を立てて開かれた。
その向こう側に広がっていたのは、魔物など一匹もいない、埃を被った静寂の空間。そして、ゴブリンたちが何十年もかけて近隣から略奪し、溜め込んでいた金銀財宝や未鑑定の魔法アイテムが、山のように積まれていた。
「うおおおっ! 英雄様たちの食べ残しどころか、こっちがフルコースのメインディッシュじゃねえか!」
ロロが歓喜の声を上げ、持参したすべての麻袋を広げ始める。
「ポーション消費ゼロ、武器の損耗ゼロ、おまけに迷宮の清掃依頼の報酬まで貰える。完璧な黒字ね」
シリアが呆れたように笑いながら、宝の仕分けを手伝い始める。
その夜、冒険者の宿に帰還した五人は、村から支払われた清掃報酬の銀貨をマスターから受け取っていた。昨日騒いでいた英雄たちは、激戦の疲労と二日酔いで宿の二階で死んだように眠っている。
彼らが命を懸けて持ち帰った宝の何倍もの価値を持つ財宝が、今、擦り減り銀貨隊の足元の袋に無傷で収まっていることなど、知る由もない。
「怪我なく確実な日銭を稼ぐ。それが一番だ」
ライシンが静かにエールの杯を傾ける傍らで、ロロの算盤を弾く軽快な音が、いつまでも夜の酒場に響き渡っていた。
技能レベルアップ
ライシン: ファイター Lv5/ ソーサラー Lv1 / セージLv1
シリア: レンジャー Lv5 / シャーマン Lv3
メリッサ: セージ Lv5/ プリースト(ラーダ) Lv3
カイル: バード Lv5/ シーフ Lv3
ロロ: シーフ Lv5 / セージ Lv2/ レンジャー Lv2