とある麗華様ファンの憂鬱   作:panic! core Dump

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刻まれた文字

 九校戦二日目。

仁科麗華は、相変わらず専用医療区画のベッドの上にいた。

もっとも、既に熱は下がっている。体調もかなり回復していた。

それでも氷室が頑なに首を縦に振らないため、今日一日は大事を取ることになっていた。

 

「姫様。本日は安静になさってください」

「もう元気なのですが……」

「却下です」

 

即答だった。

 

麗華は諦めた。

 

氷室がこういう時に絶対譲らない事を知っている。

 

部屋の壁面には無数のモニターが埋め込まれていた。

 

九校戦全競技の映像。

会場内情報。

技術データ。

ありとあらゆる情報が表示されている。

 

麗華がある画面へ視線を向ける。

 

するとAIが反応した。

その画面だけが壁中央へ拡大表示される。

 

(すごい……)

 

さらに別の画面を見る。

今度はそちらが中央へ表示される。

 

(本当に未来だ……)一瞬感動した。

 

そして。

 

(何か本当に悪の組織のボス部屋みたいな設備ですね……)

前世庶民の感想が出てしまった。

 

横にいた氷室は誇らしげだった。

 

「姫様」

「はい」

 

「この部屋だけではございません」

「?」

 

「この建物そのものが姫様専用施設でございます」

 

麗華が固まる。

 

「専用?」

「はい」氷室は当然のように頷く。

 

「研究設備も併設しております」

「研究設備?」

 

「ご実家の研究施設を上回る機材を備えた部屋もございます」

 

(見たい)すごく見たい。

(とても見たい)研究者魂が暴れ始める。

 

しかし。第一高校の皆は戦っている。

 

鈴音も。

あずさも。

真由美も。

摩利も。

十文字も。

全員頑張っている。

 

(私だけ研究室探検は駄目よね……)麗華は必死に我慢した。

 

 

モニターには第一高校の活躍が映っていた。

クラウドボール。

バトルボード。

モノリスコード。

各競技で着実に勝利を積み重ねている。

 

さらに別モニター。

そこでは鈴音とあずさが映っていた。

技術スタッフ室。

二人とも複数のCADを前に忙しく動いている。

 

「摩利先輩用の調整終わりました」

「こっちは真由美先輩用」

「次は新人戦用ですね」

 

 二人とも真剣だった。

 

(頑張ってる……)麗華は少し嬉しくなった。

 

「氷室さん」

「はい」

 

「一つ聞いても良いでしょうか」

「何なりと」

 

麗華は少し考える。ずっと気になっていた。

 

「競技では魔法力を制限して戦った方が良いのかしら?」

 

氷室は一瞬だけ目を瞬く。

 

そして。穏やかに微笑んだ。

 

「姫様がご自身のお力を隠される必要はございません」

「でも」

 

 麗華は首を傾げる。

 

「新エネルギーも」

「はい」

 

「遊星を消した事も秘密なんでしょう?」

 

 氷室の笑みが深くなる。

 

「姫様」

「?」

 

「五歳の折に巨大原子炉を消された件が抜けております」

「ああ」麗華は苦笑した。

「そんな事もありましたね」

 

普通なら一生忘れない類の事件である。

氷室は突っ込まなかった。

慣れている。

 

「以前お父様が仰っていました」麗華が言う。

「これらは門外不出だと」

 

氷室は頷くと「不本意ではありますが」「しばらくは秘匿せねばなりません」

 

そして。真顔になる。

 

「ですが」

「?」

 

「秘密にせねばならない理由は、仁科家にも姫様にもございません」静かな声だった。

「全ては米英日の一部の者達の身勝手な都合によるものです」

 

麗華は黙って聞いていた。

 

「ですので」氷室は真っ直ぐ麗華を見る。

「姫様はこの度の九校戦で一切の手加減なくお力をお使いください」

 

麗華が目を丸くした。「本当に良いの?」

「はい」

 

「後で怒られない?」

「氷室の独断ではございません」微笑む。

「御当主様のお許しも頂いております」

そして。さらに続ける。

 

「念のため申し上げます」

「はい」

 

「これは九校戦に限った話ではございません」氷室は誇らしげだった。

「姫様ご自身が必要と思われたならば、そのお力をご存分にお使いください」

 

しばらく沈黙。

 

そして。麗華は少し嬉しそうに笑った。

 

「それならば」背筋を正す。

「わたくしの全存在」

 

氷室の顔が固まる。

 

「全霊を懸けて」

 

さらに固まる。

 

「文字通りの全力を」

 

氷室は焦った。

「施設ごとの消滅はご容赦ください!」

 

「大丈夫です」麗華は真面目な顔で答えた。

「いくら私でも弁えております」

 

少し考える。「たぶん」

 

「たぶん!?」

 

 

そして。九校戦五日目。

 

新人戦。アイス・ピラーズ・ブレイク。

 

今年最大の注目選手。

 

仁科麗華の初出場日である。

 

選手控室。

 鈴音とあずさは絶句していた。

 

「……」

「……」

 

麗華がいる。だが問題は服装だった。

 

大輪の牡丹。

金駒刺繍。

最高級振袖。

九校戦の衣装ではない。

 

どう見ても国家的な式典である。

 

「似合うわね」鈴音。

「すごく似合います」あずさ。

 

二人とも本音だった。

 

ただし。少し引いている。

 

(派手すぎないかな……)麗華は思う。

 

前世感覚では派手過ぎる。

しかし。氷室が用意してくれた。

 

文句は言えない。

 

なお。その氷室は。振袖姿の麗華を見た瞬間。

感動の余り失神した。現在。控室の奥で部下に回収されている。

 

試合前

 

「作戦はあるの?」鈴音が聞いた。

 

「特にありません」麗華は答える。

「力一杯やるつもりです」

 

あずさが青ざめた。「それ怖い言い方ですよ」

「練習の時みたいに振動系魔法ですか?」

 

「いいえ」首を振る。

「一校ではまだ見せていない魔法です」

 

鈴音は嫌な予感しかしなかった。「施設壊さないでね」

「怪我人も出さないでください」

 

「大丈夫だと思う」

 

 一拍置いて。

 

「たぶん」

 

二人は更に不安になった。

 

一回戦

 櫓がゆっくり上昇する。

 観客席がざわつく。

 相手校選手はCADを構える。

 

 だが。麗華は何も持っていなかった。

 

「CADが無いぞ」

「まさかCAD無し?」

「本気か?」

 

観客席が騒ぐ。

 

麗華はいつもの微笑。

 

内心は。(緊張する……)かなり緊張していた。

 

カウントダウン。

 

 3

 2

 1

 GO

 

相手が魔法を起動する。

 

その瞬間。麗華は右手を軽く掲げた。

 

「光速因果律超越テレポート」

 

次の瞬間。

 

相手の氷柱十二本。全消失。

 

静寂。試合終了ブザー。

 

歴代最短記録。

 

 

二回戦。

 

 相手の氷柱十二本。全消失。

 

三回戦。

 

 相手の氷柱十二本。全消失。

 

準決勝。

 

 相手の氷柱十二本。全消失。

 

決勝。

 

 相手の氷柱十二本。全消失。

 

 誰も理解できない。

 

「どこへ消えた?」

「蒸発?」

「違う」

「分解?」

「違う」

「テレポートか?」

「あり得ない」

 

だが。消えている。それだけは事実だった。

 

優勝

 

 決勝戦終了。

 仁科麗華優勝。

 

 会場が揺れる。

 

 歓声。

 拍手。

 控室。

 

 氷室が満面の笑みだった。

 

「おめでとうございます姫様」

「ありがとうございます」麗華は少し照れた。

 

「存分になされましたね」

「はい」

 

そこへ。鈴音とあずさが駆け込む。

 

「おめでとう!」

「おめでとうございます!」見事にハモった。

 

「どこへ飛ばしたの?」鈴音が聞く。

 

麗華は微笑む。「秘密です」

 

「えぇ……」

 

あずさが言う。「絶対ろくな事してませんよね」

「失礼ですね」

 

 麗華は少し不満そうだった。

 

その夜

 月面観測施設。

 

「主任」

「何だ」

 

「これを見てください」画面が映し出される。

 

静かの海。

 

「……何だこれは」

 

 拡大。

 さらに拡大。

 

 そこには。

 

『一校優勝』

 

 巨大な氷柱文字。

 

 月面に。誰もが固まった。

 

「冗談だろ……」

 

 

 九校戦会場。

 

 鈴音とあずさは言葉を失う。

 

「……」

「……」

 

ゆっくり麗華を見る。

 

「これ」

「もしかして」

 

麗華は穏やかに微笑んだ。

 

「はい」「見つかりましたか」

 

あずさが叫ぶ。「何で月なんですか!?」

 

「地球だと迷惑かなと」正論だった。

 

正論なのだが。月面を使う発想になる人間はいない。

 

鈴音は頭を抱えた。「世界中が大騒ぎしてるわよ」

「そうなんですか?」

 

本気で不思議そうだった。

 

その頃。

 

世界中の軍。

政府。

情報機関。

研究者達が。

 

『一校優勝』

 

の解析を行っていた。

 

もっとも。当の本人だけは。

 

(ミラージ・バットでは何を書こうかな……)

 

などと。次の競技の事しか考えていなかったのである。

 

月に刻まれた文字 終

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