ヒナちゃんが失恋するところから始まるお話。

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ちょっと知り合いとお話しているうちに書いちゃったやつ。


空崎ヒナは髪を切る

 

 

 

「─────ばかみたい」

 

夜のゲヘナ学園。今夜は、いつにも増して静かだった。

 

闇夜を照らす閃光弾や轟々と続く爆発音、それどころか銃声のひとつさえ聞こえない夜は、一体いつぶりだろうか。

 

ひとり机に向かう私。風紀委員会の執務室には、当然ながら誰も残っていない。私の場所だけを照らすデスクライト。1日休むだけでも机の上に高く積み上げられる書類。 きっと誰かの消し忘れていった遠くの照明。 そして普段なら気にもとめない窓を叩く風の音。

 

空崎ヒナは、一人で椅子に座ったまま、手元の端末を眺めていた。

 

画面に表示されているのは、シャーレから任されていた今日の任務報告。内容そのものはどうということもない不良集団の捕縛 。

 

不良グループに“厄災の獣”を名乗る人物がいたがために、先生から万全を期したいと招集されただけ。実際はそんなものはいなかったし、ヴァルキューレの戦力だけでも簡単に片付けられるような烏合の衆。

 

そんなことよりも、私はその報告書の返信に添えられた先生からの1文だけをみつめていた。

 

『今日は助かったよ。ありがとう、ヒナ』

 

業務的な文章の後に添えられた、たったそれだけの短い文章。

 

普段なら何度も見返すようなものではない。読んだその瞬間、先生のやさしさや気遣いを感じて少し嬉しくなる程度。

 

─────だというのに。

 

私はその一文から、目を離すことができないでいた。

 

「……ほんと、ばかみたい」

 

ようやく遠くで聞こえたひとつの銃声。その音にはっとして、そして端末を机に伏せる。

 

続く銃声がないことを確認した私は、ふぅとため息を着いて椅子の背もたれに身体を預けた。

 

薄暗い天井を仰ぎ、そっと目を閉じる。それだけで、今日の出来事が鮮明に蘇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

任務後、捕縛をヴァルキューレに任せて先生と合流した時のこと。

確か時刻はちょうど3時半。ヴァルキューレの子のひとりが食べていたドーナツを見て、昼食を抜いていた私は先生の前で情けのないお腹の音を鳴らしてしまった。

 

思わず赤面する私に、しかしいつものように微笑む先生は、なんてことのないように歩き出す。カフェに寄ろうか、気になるお店があるんだ。そう言って、私の手を引いてくれた。

 

先生と歩くD.U.の街中。まるでデートみたいだなんて浮かれる気持ちを落ち着けて、私は必死に平静を装う。だが、先生は大人だ。そんな私の内情は筒抜けで、優しく笑うとそっと私の肩に手を乗せ。

 

「楽しみだよね。実は私もお昼を抜いてて、もうお腹ぺこぺこなんだ。何食べようかなぁ」

 

ぽんと弾んだ先生の声。大好きなアニメやゲーム、おもちゃの話をするときと同じトーン。少しうわずるところがあって、鼻息も荒くなって、話のテンポが早くなる。なんだか子供っぽくて、普段の大人っぽさとのギャップにキュンとしてしまう。

 

タブレットにメニューを表示して、先生はそれを差し出してくる。着く前に何があるのか決めるのは、効率的な行動を好む先生らしかった。

 

─────いや、もしくは待ちきれなかっただけなのかな。

 

そんなことを考えて、しかしそっと首を振る。そんなことはもう、考えたって無駄だから。

 

だって、私は見てしまったのだ。タブレットを差し出す先生の左手、その薬指。長くて細くて硬い、キーボードのエンターを子気味よく押している指。

 

その指に、キラリとシルバーのリングが光っていた。

 

「せんせ、それ」

「ん?あぁ、これに関しては気にしないで!なんでもないからさ』

「─────うん」

 

先生らしからぬ雑なごまかし。しかし、そのリングが何を意味するのかなんて、わからないわけがない。

 

そして素っ気なくポケットへ差し込んだ右手。私の手を引いてくれて、私の肩を叩いてくれて。私の頭をやさしく撫でてくれたあの左手。

 

浮き足立っていたものが、凄まじい勢いで地に堕ちてゆく。心臓の鼓動は早く軽快なものから、強く耳に残るものに。普段の疲れを忘れた身体は、これまでのどんな時よりもずっと重たく感じる。

 

「あっ」

 

その時、スマホが鳴り始めた。何かと確認すれば、それはアコからの着信。

 

普段ならめんどくさくて、先生との時間を邪魔されたくなくて取る気にもならない着信だ。しかしそれが、なんだか救いのようにも思えた。

 

「ヒナ?」

「─────もしもし、アコ。どうしたの」

 

出なくていいの。いつもなら流れる着信を背景に先生とやり取りをする。出なくていいの、出たくない、がんばって、がんばる。そんな、なんてことのないやり取り。

 

今だけは、迷うことなくスマホを耳へと運んだ。

 

『委員長』

「要件はなに。すぐに、動けるわよ」

『……先生と、一緒では?』

「そうだけど、とにかく、いいの」

『……そうですか。何があったのかは、聞きません』

 

自分が思っていたよりも低い声に、スマホ越しに真剣になるアコの声。

 

『校庭を出発したいくつかの不審車両がトリニティ方面に向けて走行中です。これから私とイオリ、チナツで対処に当たります。委員長は─────』

「行くわ」

『……わかりました。では、詳細を添付します』

 

失礼します。そう締めくくったアコとの通話が切れる。続いて通知音、きっとアコからの詳細情報だろう。

 

「ヒナ、もしかしておしご─────」

「行くわね」

 

意図せず遮ってしまった先生の声。しまった。そう思った時には遅く。横を見上げれば、少し驚いた先生の顔。そして、さりげなくポケットから出た先生の左手。

 

思わず私は、顔を背けた。

 

「─────うん。行ってらっしゃい、ヒナ」

「えぇ」

「……がんばってね」

 

打って変わって静かで穏やかな先生の声。そしてこれまでに聞いた事のない悲しそうな声。

 

その声に私は振り返ることなく、ズキズキと痛み主張する胸を無視して、私は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だめね、私」

 

誰に伝えるものでもなく、ただひとりもう一度呟く。立ち上がり、風に音を鳴らす窓を開けようと近づく。いい加減うっとおしくなってきた窓を開けてしまおうと手をかけて、ふとガラスに映る自分の姿を見た。

 

いつもと変わらない制服。いつもと変わらない疲れた顔。そして、長く伸びた白い髪。

 

「─────」

 

右肩にかかる髪を一房、指先でつまむ。

 

長い髪は手入れが大変だ。ただでさえ時間が無いのに手入れに手間はかかるし、戦闘の邪魔になることだってある。暑いし蒸れるし、うっとおしい。それでも切らなかった理由がある。

 

それも結局、理由なんてたいしたものではない。ただ、先生がなんてことなしにこぼした一言だった。

 

『ヒナの長い髪、綺麗だね』

 

そう言ってくれたことがあったから。たった一度、きっと先生からすれば何気ない会話の中で、何気なく発したのであろうその一言。

 

先生は覚えていないかもしれない。そういうことを平然と言う、少し困った人だから。

 

でも、私はその一言が忘れられない。だからずっと、伸ばしてきた。もし少しでも先生に振り向いてもらえるのなら、もしかしたら。ずっとそう思ってきた。

 

……そう思っていた。

 

「……やめよう」

 

髪から手を離す。鏡に映る私の顔は、見たことの無いくらい感情のない顔をしていて。

 

「こんなの……私らしくない」

 

先生に褒められたから。先生が好きだと言ったから。でも、もうそんなものは関係ない。もう先生は、きっと私の知らない誰かのものになったのだから。

 

─────いっそのこと。

 

「切っちゃおうかな」

 

自分でも驚くほど、簡単に言葉が出た。

わかっている。髪を切ったところで、何かが変わるわけではない。先生を好きだという気持ちも、今日まで抱えてきたこの想いも、きっと消えないし忘れられないと思う。

 

それでも今は、少しだけ前に進める気がした。

 

風音から雨音に変わったのを聞き届け、机に戻った私はハサミを手に取った。

 

内心で先生からのモモトークを待ちわびながらも、それを無視して、そして─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────おはようございます」

 

風紀委員会の執務室。アコはいつも通りに扉を開けて入室する。

 

今日も激動の1日が始まるのか。憂鬱な気持ちは決して表に出さず、できるだけ笑顔を心がけての挨拶。それに答えたのは、執務室にいたヒナであり。

 

「─────なぁ!?」

「…………」

 

アコはその姿を視界に収め、そして驚愕した。トレードマークでもある長く綺麗な彼女の白髪は、肩口の辺りでバッサリ切り落とされているのだ。

 

「な、んで。髪が」

「切ったわ」

「え、ええっ!? なんで!?」

「なんとなくよ」

「なんとなくで、そうなりますか!?」

「なってるじゃない、実際に」

 

騒がしいアコの姿に、ヒナは少しだけ笑った。

 

「似合ってる?」

「もちろんです、すごく似合ってます!」

「……そっか」

 

ヒナは自分の髪に触れた。

 

「なら、よかった」

「はい……」

 

ヒナは気がついていた。アコの表情が硬いことに。きっと、私と先生との間に何かがあったことを察しているのだ。

 

思い出すのは昨日のこと。先生から逃げ出したあの時だって、アコは気を使って詳細情報ではなく、手薄になる学園での待機をお願い(・・・)してくれていたのだから。

 

「……少し、外の様子を見てきます」

「アコ」

「昨日の後始末がまだですから。委員長はまだ、ゆっくりしていてください」

 

アコは分かっていた。きっと、ヒナと先生の間に何かがあったなんてことは。だが、その何かがわからない以上、アコにできることは何もないのだ。

 

できることはただ1つ、あえて何も聞かず、強ばった顔をしたヒナが落ち着くまで時間を置くことだけだと。

 

「それでは、失礼します」

 

そう言い残し、アコは執務室を後にする。ヒナはまた、ひとりになった執務室で息をつく。

 

換気のために開け放たれた窓から風が吹き込む。その度に、すっかり短くなった髪が揺れて首筋をくすぐった。

 

「……」

 

昨日までなら、この瞬間にでも先生のことを考えていた。

 

先生と一緒に見た景色のこと。先生と話したたわいもないこと。そして想像する、卒業したあとの先生との将来。

 

でも、そんな未来にはもう。

 

「……さようなら」

 

誰に言ったわけでもないその5文字。それは、決して日の出を見ることもなく散っていった、胸に秘めてきた想いへ送る言葉。

 

それでも不思議と、少しだけ楽になった。

 

「よしっ」

 

恋が終わったからといって、今の自分まで終わるわけじゃない。今日も明日も明後日も、嫌という程に仕事は降ってわいてくる。

 

だから、いつも通りでいい。

 

ただ一つだけ、今日からはさっぱり短くなった髪と一緒に、ほんの少しだけ軽くなった気持ちで、前を向いて歩けばいい。

 

「……行こう」

 

校庭から爆発音が聞こえた。続いて、何かが崩れる音。きっと、先日マコトの設置した新しい像だろうと当たりをつける。

 

ヒャッハーという叫び声と、イオリの声、そして銃声。コートを羽織ったヒナは銃を手に、開け放たれた窓に足をかけて腰の羽を羽ばたかせる。

 

先生への思いと、長かった髪はもうない。

 

それでも、空崎ヒナという少女は、間違いなくここにいる。

 

恋をした。そして、恋を諦めた。1年にも満たない、淡い青春の一幕。

 

それでも明日へ歩いていく。砂埃を上げて着地したその姿は、昨日よりほんの少しだけ大人びていた。

 

 

 

 

 

 





こういう真面目なの大変だけど頑張りたいです。

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