ハリー・ポッターと東洋の魔剣士   作:キャン

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第17話 日本からのクリスマス

十二月二十三日、月曜日。

 

 日本から届いた木箱は、悠太が想像したより大きかった。

 

 変身術の教室の前方を、机二つ分も占領している。

 

 周囲には、英国魔法省の検査済みを示す紫色の封印と、日本魔法省の赤い印が並んでいた。

 

 箱の側面には、墨で宛名が書かれている。

 

『英国ホグワーツ魔法魔術学校

 

 グリフィンドール寮

 

 渡辺悠太殿』

 

 自分の名なのに、城の中で漢字を見ると、誰か別の生徒へ届いた荷物のように見えた。

 

「ずいぶん大きいね」

 

 ハリーが言った。

 

「君も中に入れそうだ」

 

「僕を送り返す為の箱じゃない」

 

「まだ開けてないから分からないぞ」

 

 ロンは箱の裏側を覗き込んだ。

 

「日本魔法省が、休暇中に問題を起こしそうな留学生を回収するのかもしれない」

 

「それなら、君も一緒に入って」

 

「僕は英国の問題だから管轄外だ」

 

「二人とも、箱から離れなさい」

 

 マクゴナガル先生の声で、ハリーとロンが同時に一歩下がった。

 

 教卓の上には検査記録が三枚置かれている。

 

「国際魔法協力局と本校による確認は終了しました。危険な呪物、違法な生物、未申告の魔法薬は入っていません」

 

「生物も送れるんですか?」

 

 ロンが尋ねた。

 

「申告しても、学生宛てには認めません」

 

「残念だな」

 

「何を期待したの?」

 

「日本の魔法生物には八つの頭を持つ蛇とかいるんだろ?」

 

「飼育できると思う?」

 

「思わないから面白いんだろ」

 

 マクゴナガル先生が眼鏡の上から見た。

 

 ロンは口を閉じた。

 

「ワタナベ。開封しなさい」

 

「はい、先生」

 

 悠太は赤い封印へ手を伸ばした。

 

 紙は魔法で箱に貼りつき、端を引いても動かない。

 

「杖で印の中央に触れてください」

 

「はい」

 

 縄文杉の杖先が赤い印へ触れる。

 

 封印の文字が一度だけ金色に光った。

 

 硬かった紙が乾いた葉のように剥がれる。

 

 箱の蓋が、少し持ち上がった。

 

 最初に流れ出したのは、木と茶の匂いだった。

 

 ホグワーツの石壁にも、暖炉の煙にも似ていない。

 

 けれど悠太の身体は、頭で考えるより先に息を吸った。

 

「故郷の匂い?」

 

 ハリーが尋ねた。

 

「たぶん」

 

「たぶん?」

 

「木箱の匂いかもしれない」

 

 ロンが蓋の隙間へ鼻を近づけた。

 

「僕には菓子の匂いがする」

 

「君は何でもそこへ結びつけるね」

 

「当たっていれば才能だ」

 

 蓋を開けると、一番上に白い封筒があった。

 

 個人の名はない。

 

 左下に『日本魔法省教育局』とだけ印刷されている。

 

 悠太は中の便箋を開いた。

 

「何て書いてある?」

 

 ハリーが隣から覗く。

 

「交換留学生、渡辺悠太殿。冬季休暇中の生活と訓練に必要な物品を送付する。食品は同級生および教職員と分けても差し支えない。訓練具の使用は在籍校の規則に従うこと」

 

「それだけ?」

 

「うん」

 

「よいクリスマスを、とかは?」

 

 ロンが尋ねる。

 

 悠太は便箋の裏も見た。

 

「ない」

 

「役所から来た手紙だな」

 

「英国の役所も同じなの?」

 

「父さんの話を聞く限り、もっと長く書いて、言ってることは同じくらい少ない」

 

 マクゴナガル先生の口元が、ほんの少し動いた。

 

 悠太は便箋を封筒へ戻した。

 

 手紙は短い。

 

 それでも、宛名は間違っていなかった。

 

 箱の中には、薄い木箱がいくつも重ねられていた。

 

 煎茶。

 

 玄米茶。

 

 羊羹。

 

 饅頭。

 

 金平糖。

 

 ハリーとロンには読めない文字を、悠太が一つずつ声に出す。

 

「最後のは何?」

 

「砂糖菓子。星みたいな形をしてる」

 

「それは僕が英国を代表して確認しないと」

 

 ロンが小箱へ手を伸ばす。

 

 悠太は箱を持ち上げた。

 

「クリスマスまで待って」

 

「検査は終わったって先生が言った」

 

「君の我慢の検査が残ってる」

 

「そんなの不合格でいい」

 

「では、没収します」

 

 マクゴナガル先生が言った。

 

 ロンの手が止まった。

 

「待てます」

 

「よろしい」

 

 食品の下には、紺色の布包みが入っていた。

 

 広げると、綿の入った羽織が現れた。

 

 光の当たり方で、濃紺の表地に細い波模様が浮かぶ。

 

 家紋も、華美な刺繍もない。

 

 袖を通してみる。

 

 肩の位置も、袖の長さも合っていた。

 

「似合う」

 

 ハリーがすぐに言った。

 

「ローブより軽そうだな」

 

 ロンは袖を触った。

 

「でも温かい」

 

「寸法を知らせたのですか?」

 

 マクゴナガル先生が尋ねる。

 

「いいえ。留学の書類には身長を書きましたけど、肩幅や袖の長さまでは」

 

「教育局が制服の記録を持っているのでしょう」

 

「そうかもしれません」

 

 悠太は袖口を見た。

 

 少しも余らない。

 

 成長する十一歳へ送る服なら、普通はもう少し大きく作るはずだった。

 

 けれど、今の自分には正確に合っている。

 

 箱の底に、最後の布包みがあった。

 

 細長い。

 

 悠太が持ち上げると、腕の中へ馴染む重さが返ってきた。

 

 結び目を解く。

 

 白樫の木刀だった。

 

「それが訓練具?」

 

 ハリーが尋ねる。

 

「うん」

 

「杖じゃないのか?」

 

 ロンは不思議そうに見た。

 

「魔法を使わない剣術の稽古に使う」

 

「魔法使いが、魔法を使わずに?」

 

「箒の練習だって、ずっと呪文を唱えてはいないだろ」

 

「落ちる時には唱えたいけどな」

 

 悠太は柄を握った。

 

 指を置く場所を、確かめる必要がなかった。

 

 右手。

 

 左手。

 

 二つの拳の間を少し空ける。

 

 切っ先を下げない。

 

 肩の力だけを抜く。

 

 誰にも教えられていないのに、身体が順番を知っていた。

 

 木刀を箱と平行に寝かせる。

 

 動かしたのは、それだけだった。

 

 それでも教室の空気が一瞬だけ静かになった。

 

「今、何かした?」

 

 ハリーが尋ねる。

 

「持った」

 

「持っただけには見えなかったぞ」

 

 ロンが言う。

 

「日本では、どう持つかも稽古のうちなんだ」

 

 悠太はそう答えた。

 

 自分がいつ、誰から、それほど繰り返し教わったのかは考えなかった。

 

 考えると、鏡の中の顔のない人々まで近づいてくる気がした。

 

「その木剣には、魔法的な危険はありません」

 

 マクゴナガル先生が言った。

 

「しかし、木であっても人を傷つけます。寮の寝室や廊下で振ることは禁止します」

 

「はい、先生」

 

「稽古をする場合は、私かフリットウィック先生へ事前に申し出なさい。場所と時間を指定します」

 

「分かりました」

 

「ウィーズリー相手に試さないこと」

 

「僕は何も言ってません」

 

 ロンが抗議した。

 

「言う前に禁止しました」

 

「先生は未来が見えるんですか?」

 

「あなたの考えることは、未来を見るほど難しくありません」

 

 ハリーが笑いを堪える。

 

 悠太は木刀を布へ戻した。

 

 紐を結び直す手も、最初から結び方を知っていた。

 

 教育局の手紙には、送った者の名がない。

 

 誰が茶を選んだのか。

 

 誰が甘い物を入れたのか。

 

 誰が自分の腕に合う木刀を知っていたのか。

 

 答えは、どこにも書かれていなかった。

 

     *

 

 木箱を談話室まで運んだのは、パーシーだった。

 

 正確には、パーシーが杖で浮かせ、三人が周囲の生徒へ道を空けるよう頼んだ。

 

「階段の途中で蓋を開けないこと」

 

「開けません」

 

 悠太が答える。

 

「中身を廊下へ落とさないこと」

 

「落としません」

 

「双子に見せないこと」

 

「それは難しいと思います」

 

 曲がり角の向こうから、二つの赤い頭が同時に現れた。

 

「何を見せないんだ?」

 

「僕らへ何を隠している?」

 

「教育局から届いた荷物です」

 

 悠太が答えた。

 

「危険物はありません」

 

「君がそう言うと、かえって期待できる」

 

「箱がこの大きさなら、ブラッジャーを十二個は隠せるな」

 

「隠しません」

 

「十個?」

 

「零個です」

 

 パーシーが箱を双子の頭上まで浮かせた。

 

「道を空けろ」

 

「監督生が後輩の贈り物を独占しているぞ」

 

「権力の濫用だ」

 

「談話室で見せますから、先に行ってください」

 

 悠太が言うと、二人は素直に道を空けた。

 

「日本の後輩は交渉が分かる」

 

「弟とは違う」

 

「僕もここにいるぞ」

 

 ロンが言った。

 

「知ってる」

 

 双子は同時に答えた。

 

 箱が談話室へ着く頃には、残っていた生徒のほとんどが集まっていた。

 

 悠太は日本茶と和菓子をクリスマスに分けると約束した。

 

 それから、木刀を寝室の自分のトランクへしまった。

 

 羽織は寝台の柱へ掛ける。

 

 濃紺の布が、赤い天蓋の横で静かに揺れた。

 

 日本の物なのに、そこへあることを拒んでいるようには見えなかった。

 

「それで、これは何?」

 

 ハリーが尋ねた。

 

 悠太の寝台の上には、別の小包が四つ並んでいた。

 

「贈り物」

 

「僕らに?」

 

「二つはね」

 

 ロンが一番大きな包みへ手を伸ばす。

 

 悠太はその手を払った。

 

「クリスマスまで」

 

「またそれか」

 

「あと二日だよ」

 

「菓子を前にした二日は、普通の二日とは違う」

 

「誰が菓子だと言った?」

 

「違うのか?」

 

「言わない」

 

「じゃあ菓子だ」

 

 ロンは満足そうに結論づけた。

 

 細長い二つの包みには、すでに宛名があった。

 

 ハーマイオニー・グレンジャー。

 

 パーバティ・パチル。

 

「どうやって送る?」

 

 ハリーが尋ねた。

 

 悠太は答えなかった。

 

 ハリーが窓の外を見た。

 

 雪の上を、一羽の梟が低く飛んでいる。

 

「梟便だね」

 

「他の方法は?」

 

「梟便」

 

 ロンも言った。

 

「二回言っても、別の方法にはならないよ」

 

「先生に頼む?」

 

 ハリーが尋ねる。

 

 悠太は二つの包みを見た。

 

 渡したいのは自分だった。

 

 鳥が怖いからと、贈るところまで誰かへ任せたくはない。

 

 けれど、一人で梟小屋の中へ入れるとも思えなかった。

 

「明日、二人とも一緒に来てくれる?」

 

「もちろん」

 

 ハリーが答えた。

 

「菓子なら、運び賃を一つもらう」

 

 ロンが言う。

 

「違ったら?」

 

「確認してから決める」

 

「君には見せない」

 

「それは不公平だ」

 

 悠太は細長い包みを持ち上げた。

 

 ハーマイオニーへ送るのは、日本魔法の入門書だった。

 

 マホウトコロの初学者向けに作られた、英訳つきの薄い本。

 

 留学の荷物へ入れてきた一冊で、端には悠太自身の書き込みが少しある。

 

『いつも英国の魔法と英語を教えてくれてありがとう。

 

 今度は、僕が少し知っている方です。

 

 質問は新学期に。よいクリスマスを。

 

 悠太』

 

 英語で書いた文章を、ハリーが一度読み、ロンが一か所だけ直そうとした。

 

 ハリーと悠太は、その修正を採用しなかった。

 

 パーバティへ送る包みは、もっと細い。

 

 中には竹で作られた小さな栞が入っている。

 

 青い紐と、波を重ねた模様。

 

 悠太が日本から持ってきた教科書に挟まれていた物だった。

 

『最初の日に地図を作ってくれたこと。

 

 課題の表と、試合の幸運の糸もありがとう。

 

 そのお礼です。よいクリスマスを。

 

 悠太』

 

 恋愛の言葉は一つもない。

 

 悠太の中にも、そのつもりはなかった。

 

 もらった親切の数を覚えていたから、同じ数だけ礼を書いただけだった。

 

 それでも、受け取る者にとっては、数えられていたこと自体が贈り物になる場合がある。

 

 悠太は、まだそれを知らなかった。

 

     *

 

 十二月二十四日の朝、梟小屋には五十羽以上の梟がいた。

 

 悠太には百羽ほどに見えた。

 

 石の塔の内側を、羽音が何度も往復する。

 

 止まり木の上。

 

 梁の陰。

 

 開いた窓の縁。

 

 どこを見ても丸い目がある。

 

「入口で待ってもいいよ」

 

 ハリーが言った。

 

「ここまで来たから」

 

 悠太は答えた。

 

 足は入口の石を越えていなかった。

 

「ここも梟小屋の一部だよ」

 

「そういうことにする?」

 

「うん」

 

 ロンは笑わなかった。

 

 大きな灰色の梟が頭上を横切る。

 

 悠太の身体が壁へ寄った。

 

 木刀を握った時には迷わなかった指が、小包の紐を強く掴んでいる。

 

「小さいのを選ぼう」

 

 ロンが小屋の中を見回した。

 

「二つだから、二羽いる」

 

「一羽に二つは?」

 

「宛先が違う。途中で本人が混乱する」

 

「梟が?」

 

「僕が」

 

 赤褐色の小さな梟が、低い止まり木で片足を上げた。

 

 隣には、白と茶の斑になった梟がいる。

 

 二羽とも、大型の鷲梟よりはずっと小さい。

 

「あの二羽は?」

 

 悠太が尋ねた。

 

「よさそうだ」

 

 ハリーが近づく。

 

 赤褐色の梟は腕を差し出されると、ためらわず移った。

 

 ハリーの肩ほどの高さに上がっただけで、悠太の呼吸が浅くなる。

 

「これ以上は近づけなくていい」

 

「でも、僕の荷物だ」

 

「だから、紐を渡して」

 

 ハリーが手を伸ばした。

 

 悠太は包みを渡す。

 

 逃げたわけではない。

 

 怖くないふりをして、落としたり梟を驚かせたりするより安全な方法を選んだ。

 

 マダム・フーチの再試験で覚えたのと同じだった。

 

「これはハーマイオニーへ」

 

「分かった」

 

 ハリーが包みを脚へ結ぶ。

 

 ロンはもう一羽を止まり木のまま扱い、パーバティの包みを結んだ。

 

「住所は?」

 

「マクゴナガル先生に確認してもらった。封筒の内側にある」

 

「準備がいいな」

 

「ハーマイオニーに教わった」

 

「本人がいなくても働いてる」

 

 二羽の梟が羽を広げた。

 

 悠太は身を固くしたが、目を閉じなかった。

 

「お願いします」

 

 日本語で言う。

 

 赤褐色の梟が一度だけ首を傾けた。

 

「通じたと思う?」

 

 ロンが尋ねる。

 

「君よりは理解してる顔だった」

 

「それは基準が低いぞ」

 

 二羽が窓から飛び出した。

 

 雪の空へ、小さな影が二つ遠ざかる。

 

 悠太は、見えなくなるまで立っていた。

 

 怖さは消えなかった。

 

 次に大きな梟が羽ばたけば、やはり肩が動くと思う。

 

 それでも、贈り物は飛んでいった。

 

「戻ろう」

 

 ハリーが言った。

 

「うん」

 

「運び賃は?」

 

 ロンが尋ねる。

 

「君は何も運んでないだろ」

 

「梟を選んだ」

 

「あとで金平糖を一つ」

 

「一箱」

 

「一粒」

 

「間を取って半箱」

 

「間が広すぎるよ」

 

 三人の声が螺旋階段を下りていった。

 

 小屋に残った梟たちが、誰も追いかけてこないことを確かめるまで、悠太は一度だけ振り返った。

 

     *

 

 同じ日の午後、グレンジャー家の台所の窓を、赤褐色の梟が叩いた。

 

 ハーマイオニーの母親は、手にしていた布巾を落としかけた。

 

 ハーマイオニーは椅子から飛び下りた。

 

「学校の梟よ。大丈夫」

 

「あなたたちの学校では、それで十分な説明なの?」

 

「たいていは」

 

 窓を開けると、冷たい風と一緒に梟が入ってきた。

 

 脚から包みを外し、用意していた梟用の餌を渡す。

 

 日本語の文字が見えた時点で、送り主は分かった。

 

 包みの中から、英語と日本語が並んだ魔法入門書が現れる。

 

 ハーマイオニーは最初の頁を開いた。

 

 欄外に、悠太の文字がある。

 

『この術は英国の浮遊呪文と似ているが、紙か布にしか使わない』

 

 次の頁には、別の書き込み。

 

『先生は簡単だと言った。簡単ではなかった』

 

 ハーマイオニーの口元が緩んだ。

 

「お友達から?」

 

 父親が尋ねた。

 

「ええ。日本から来た同級生」

 

「クリスマス休暇にも勉強の本を贈るの?」

 

「これは勉強だけじゃないわ」

 

 答えてから、もう一度表紙を見た。

 

 たしかに本だった。

 

 しかも、質問したい箇所は目次だけで七つある。

 

 ハーマイオニーは便箋を出した。

 

『受け取りました。ありがとう。

 

 まだ第一章だけだけれど、質問が十二個あります。

 

 新学期までには増えると思います。

 

 それから、三人だけで立入禁止の棚へ行っていないでしょうね。

 

 よいクリスマスを。

 

 ハーマイオニー』

 

 最後の一文を書いたあと、少し考える。

 

『本当にありがとう』

 

 その一行を加えた。

 

     *

 

 パチル家へ着いた斑の梟は、屋根の上で雪を落としてから窓辺へ降りた。

 

 包みを開けたパーバティは、竹の栞を両手で持った。

 

 青い紐。

 

 細い波模様。

 

 紙に挟めば隠れてしまうほど小さい。

 

「誰から?」

 

 向かいにいたパドマが尋ねた。

 

「同じ寮の友達」

 

「名前が書いてあるわ」

 

「見れば分かるでしょう」

 

「悠太」

 

 パドマが読んだ。

 

 パーバティは手紙を裏返した。

 

「勝手に読まないで」

 

「名前しか読んでない」

 

「それで十分よ」

 

「地図と、課題表と、幸運の糸のお礼」

 

「読んでるじゃない」

 

「表から透けて見えたの」

 

「嘘」

 

 パーバティは手紙を包み紙の中へ戻した。

 

 栞は、持ってきた教科書ではなく、寝台の脇に置いていた物語の本へ挟む。

 

 一度閉じた。

 

 すぐに開き直し、栞が折れていないことを確かめた。

 

 恋人からの贈り物ではない。

 

 悠太は、そんな意味で送っていない。

 

 それでもパーバティは、青い紐が頁の外に見える場所を選んだ。

 

     *

 

 十二月二十五日、水曜日。

 

「起きろ。クリスマスだ!」

 

 ロンの声で、悠太は目を開けた。

 

 天蓋の外はまだ薄暗い。

 

 窓には雪が張りつき、硝子越しの空が青白く光っている。

 

 寝台の足元には、昨夜までなかった包みが積まれていた。

 

「本当に寝てる間に増えるんだ」

 

 悠太が起き上がる。

 

「クリスマスだからな」

 

 ロンはもう自分の包みを一つ破いていた。

 

「普段だったら盗難だよ」

 

「贈り物に最初から名前が書いてあるだろ」

 

 ハリーも眼鏡を探しながら身体を起こした。

 

 手が枕元を二度さまよう。

 

 悠太は何も言わず見ていた。

 

 それから、自分の足元へ目を戻す。

 

 三つの包みがある。

 

 一つにはハリーの文字。

 

 一つにはロンの文字。

 

 一つには、きちんと揃ったハーマイオニーの文字。

 

 日本魔法省の印はない。

 

 役所の定型文もない。

 

 誰が選んだのか、尋ねる必要がなかった。

 

「先に開けていい?」

 

「そのための朝だろ」

 

 ロンが言った。

 

 ハリーからの包みには、黒い毛糸の手袋が入っていた。

 

 掌と指の内側だけ、箒の柄を握っても滑りにくい革で補強されている。

 

「練習の時、いつも指が動かなくなってただろ」

 

 ハリーが言った。

 

「見てたの?」

 

「同じ練習にいるからね」

 

 悠太は手袋をはめた。

 

 少しだけ指先が余る。

 

 来年にも使える大きさだった。

 

「ありがとう。次の練習で使う」

 

「雪が下から降らなければ」

 

「その条件、まだ残ってたんだ」

 

 ロンの包みからは、橙色の小さな徽章が出てきた。

 

 大砲の絵と、チャドリー・キャノンズの頭文字がついている。

 

 縁には少し傷があった。

 

「同じのを二つ持ってたんだ」

 

 ロンが言った。

 

「本当に?」

 

「昔は」

 

「今は一つしかないね」

 

「細かいことを気にするなよ」

 

 悠太は徽章を羽織の胸元へ留めた。

 

 濃紺の布に、橙色の大砲はよく目立つ。

 

「そこにつけるのか?」

 

「嫌?」

 

「全然」

 

 ロンはすぐに答えた。

 

 ハーマイオニーの包みには、小さな英語辞典が入っていた。

 

 普通の単語だけでなく、英国魔法界で使われる言い回しが載っている。

 

 最初の頁に手紙が挟まれていた。

 

『ロンから新しい表現を教わった時は、使う前に確認すること。

 

 でも、全部を本で覚えようとしないこと。

 

 会話は間違えても続けた方が上達します。

 

 ハーマイオニー』

 

「どういう意味だ?」

 

 ロンが尋ねる。

 

「君の英語は信用できないって」

 

「そんなことは書いてないだろ」

 

「最初の一行に書いてある」

 

「僕にも見せろ」

 

 悠太は辞典を閉じた。

 

「贈り物だから、貸さない」

 

「ハーマイオニーみたいなことを言うなよ」

 

「本をもらったから、少し移ったのかも」

 

 ハリーが笑った。

 

「今度は僕らの番だ」

 

 悠太は寝台の下から、前日に隠した二つの包みを出した。

 

 ロンへ渡した箱には、金平糖が入っている。

 

 蓋を開けると、白、桃色、黄色、薄緑の小さな粒が並んでいた。

 

「本当に星みたいだ」

 

 ハリーが一つ覗く。

 

 ロンは三つまとめて口へ入れた。

 

「甘い」

 

「砂糖菓子だからね」

 

「色で味が違う?」

 

「少し」

 

 ロンは黄色と緑を続けて食べた。

 

「同じくらい甘い」

 

「違いを調べる前に数がなくなるよ」

 

「研究には標本が必要だ」

 

「食べたら標本じゃない」

 

 ハリーへの包みは、薄くて硬かった。

 

 中から出てきたのは、濃い緑色の眼鏡入れと、柔らかい布だった。

 

「眼鏡?」

 

「入れ物。いつも枕元へそのまま置いてるから」

 

「君、それで見てたのか」

 

 ロンが言った。

 

「見ないと気づかないだろ」

 

 悠太が答える。

 

 ハリーは眼鏡を外し、新しい布で拭いた。

 

 何度も洗われて細くなったテープ。

 

 少し曲がった蔓。

 

 特別な魔法は何もない入れ物へ、眼鏡を一度収める。

 

 蓋が小さく鳴って閉じた。

 

「ぴったりだ」

 

「眼鏡用だからね」

 

「ありがとう」

 

 ハリーは、もう一度眼鏡をかけた。

 

 高価な物ではない。

 

 両親のことも、傷痕のことも、生き残った男の子であることも書かれていない。

 

 毎日使う物を、同級生が気づいて選んだだけだった。

 

 ハリーには、それが嬉しかった。

 

「これ、母さんからだ」

 

 ロンが別の包みを開けた。

 

 暗い赤色の手編みのセーターを持ち上げる。

 

「またこの色だ」

 

「嫌なの?」

 

 悠太が尋ねる。

 

「毎年同じなんだ。母さんは僕が暗い赤を好きだと思ってる」

 

「違うの?」

 

「嫌いじゃない。でも、毎年だぞ」

 

 ハリーの包みからは、鮮やかな緑色のセーターと、手作りのファッジが出てきた。

 

 添えられた短い手紙を読んで、ハリーの表情が変わる。

 

「君の分もあるのか?」

 

「うん」

 

「母さんに、君が休暇中も学校に残るって書いたんだ」

 

 ロンは、自分のセーターを頭からかぶった。

 

「よかったな。これで君も、毎年同じ色を送られる入口に立った」

 

「僕はこの色が好きだよ」

 

「最初の年だからだ」

 

 ハリーは笑いながら緑のセーターを着た。

 

 ほかにも贈り物があった。

 

 ハグリッドからは、粗く削られた木の笛。

 

 ハーマイオニーからは、蛙チョコレートの箱。

 

 ダーズリー家からは、短い紙片と五十ペンス硬貨が一枚。

 

「これだけ?」

 

 ロンが硬貨をつまんだ。

 

「うん」

 

「マグルのお金だろ。変わった形だ」

 

「日本の硬貨とは違うね」

 

 悠太が見た。

 

「使えるの?」

 

「学校では使えない」

 

「じゃあ、どうして送ったんだ?」

 

 ハリーは肩をすくめた。

 

「送らなかったとは言われたくなかったんじゃないかな」

 

 ロンは硬貨を返した。

 

「僕なら、金平糖の方を選ぶ」

 

「比較する相手が違うよ」

 

 贈り物の山の下に、もう一つ包みが残っていた。

 

 差出人の名がない。

 

 薄い茶色の紙に、ハリーの名だけが書かれている。

 

「誰から?」

 

 悠太が尋ねた。

 

「分からない」

 

 ハリーは紙を開いた。

 

 中から、銀色がかった布が滑り落ちた。

 

 水をそのまま布にしたように、床の上で光が流れる。

 

「まさか」

 

 ロンが息を呑んだ。

 

「何?」

 

「着てみろ」

 

 ハリーが布を肩へ掛けた。

 

 次の瞬間、首から下が消えた。

 

 眼鏡をかけた頭だけが、寝台の前に浮かんでいる。

 

「身体がない」

 

 悠太が言った。

 

「あるよ」

 

 見えない手が、悠太の肩を軽く押した。

 

「透明マントだ」

 

 ロンは寝台から飛び下りた。

 

「本物の。こんなの、ものすごく珍しいぞ」

 

 ハリーはマントを外した。

 

 身体が銀色の布の下から戻ってくる。

 

 包みの中には、もう一枚、小さな紙があった。

 

「君のお父さんが、昔これを預けた。返す時が来たので、君へ返す。大切に使うように。よいクリスマスを」

 

 ハリーが読み上げた。

 

「名前は?」

 

 ロンが尋ねる。

 

「ない」

 

「父さんの物だった」

 

 ハリーはもう一度マントを広げた。

 

 鏡の中で笑っていた、眼鏡をかけた黒髪の男性。

 

 自分と同じように、後ろの髪が立っていた。

 

 その人が、この布を肩へ掛けていた。

 

 ハリーには、まだ見たことのない姿まで想像できた。

 

「触ってもいい?」

 

 悠太が尋ねた。

 

「もちろん」

 

 布の端を受け取る。

 

 冷たくない。

 

 温かくもない。

 

 重さも、ほとんど感じない。

 

 それなのに、指先から胸の奥へ、理由のない懐かしさが走った。

 

 初めて城を見た時とは少し違う。

 

 城は、大きな場所そのものが自分を覚えているように感じた。

 

 この布には、誰かが笑ったあとの温度だけが残っている気がした。

 

 顔は浮かばない。

 

 声も聞こえない。

 

 何をしていたのかも分からない。

 

 ただ、知らない物へ触れたのではなく、長く返ってこなかった物を見つけたようだった。

 

「悠太?」

 

 ハリーが呼んだ。

 

 悠太は手を離した。

 

「ごめん」

 

「どうした?」

 

「懐かしい気がした」

 

「日本にもあるのか?」

 

 ロンが尋ねる。

 

「隠れ蓑の昔話はある。でも、本物は見たことがない」

 

「なら、どうして懐かしいんだ?」

 

「分からない」

 

 その答えを言う回数が、ホグワーツへ来てから増えていた。

 

 鏡の中の人々。

 

 木刀を握る手。

 

 今度は、ハリーの父が残した透明マント。

 

 どれも、知っている感じだけが先に来る。

 

 名前と出来事は、あとから来なかった。

 

「これがあれば、誰にも見つからずにどこへでも行ける」

 

 ロンが言った。

 

 ハリーはマントを見つめた。

 

「鏡の部屋にも」

 

 声が少しだけ低くなる。

 

 悠太は何も言わなかった。

 

 ダンブルドア先生は、鏡を移すと言った。

 

 探さないようにも。

 

 止めるための言葉を選ぶより先に、ハリーが自分でマントを畳み始めた。

 

「行かない」

 

「いいのか?」

 

 ロンが尋ねる。

 

「父さんの物で、父さんを探しに行くのは変な気がする」

 

 銀色の布を、慎重に包み紙へ戻す。

 

「それに、ダンブルドア先生が移したって言ってた」

 

「探せば見つかるかもしれない」

 

「探さない」

 

 ハリーはもう一度言った。

 

 鏡を忘れたわけではない。

 

 両親を見たくなくなったわけでもない。

 

 それでも、自分で畳んだ。

 

 悠太は、何も褒めなかった。

 

 褒めれば、我慢していることまで終わったように聞こえる気がした。

 

「じゃあ、立入禁止の棚は?」

 

 ロンが言った。

 

 ハリーと悠太が同時に彼を見る。

 

「ニコラス・フラメルだよ。このマントがあれば、マダム・ピンスにも見つからない」

 

「ハーマイオニーと約束した」

 

 悠太が言った。

 

「休暇中に行かないって」

 

「あれはマントが来る前の約束だ」

 

「道具が増えたら約束が消えるの?」

 

「消えないけど、少し薄くなる」

 

「ならないよ」

 

 ハリーが言った。

 

 ロンが振り向く。

 

「君まで?」

 

「ハーマイオニーが戻ってから、四人で決めよう」

 

「立入禁止の棚へ行くかどうかを、ハーマイオニーと決めるのか?」

 

「たぶん、行かないことに決まるね」

 

 悠太が答えた。

 

「会議の結果がもう分かってる」

 

「それでも待つ」

 

 ハリーはマントを自分のトランクへしまった。

 

 鍵を掛ける。

 

 父から届いた道具を、父を追うためではなく、今いる友人との約束を守るために閉じた。

 

 少なくとも、その朝は。

 

「朝食へ行こう」

 

 ハリーが言った。

 

「その前に、金平糖をもう一つ」

 

 ロンが箱へ手を伸ばす。

 

「朝食前だから一つだけ」

 

「さっき三つ食べた」

 

「だから、もう終わり」

 

「計算が厳しい」

 

「ハーマイオニーの辞典で、我慢を調べようか?」

 

「載ってないことにしてくれ」

 

     *

 

 大広間には、十二本の樅の木が立っていた。

 

 枝には金色の灯りが浮かび、細い氷柱が音もなく伸び縮みしている。

 

 天井から降る雪は、長卓へ届く前に消えた。

 

 残っている生徒は少ない。

 

 四つの寮の長卓は壁際へ寄せられ、中央に一つの大きな食卓が置かれていた。

 

 ハリーは緑のセーター。

 

 ロンは暗い赤のセーター。

 

 悠太は濃紺の羽織。

 

 胸には橙色の大砲がついている。

 

「その組み合わせは、日本で正しいのか?」

 

 パーシーが徽章を見た。

 

「たぶん、英国でも正しくありません」

 

 悠太が答える。

 

「贈り物だから正しいんです」

 

 ロンが隣で胸を張った。

 

「君が言うと、規則違反の説明に聞こえる」

 

「今日はクリスマスだぞ、パーシー」

 

 フレッドが肩へ腕を回した。

 

「監督生の徽章にも休暇を与えろ」

 

 ジョージが徽章を外そうとする。

 

「触るな」

 

 パーシーは二人の手を払った。

 

 朝食のあと、外では雪合戦が始まった。

 

 双子は最初から二人で一人を狙うという、平等から最も遠い作戦を採用した。

 

 ハリーは雪の壁を作った。

 

 ロンは壁の後ろから投げた。

 

 悠太は新しい手袋で雪を固め、二人の間へ正確に返した。

 

「小さな将軍が防衛線を作ったぞ」

 

 フレッドが叫ぶ。

 

「では、補給を絶つ」

 

 ジョージが、ハリーの壁の後ろへ雪玉を投げ込んだ。

 

 最初の一つがロンの頭へ当たる。

 

 二つ目は悠太の羽織の袖へ入った。

 

 冷たい雪が肘まで落ちてくる。

 

「降参」

 

 悠太はすぐに言った。

 

「早いな」

 

「服の中へ入れるのは戦争じゃない」

 

「クィディッチなら?」

 

「審判が見ていなければクィディッチだ」

 

 双子が同時に笑った。

 

「教えた甲斐があった」

 

 城へ戻る頃には、全員の髪と靴が濡れていた。

 

 悠太の手だけは、新しい手袋の中で温かかった。

 

     *

 

 クリスマスの昼食は、悠太がそれまでに見たどの食事より多かった。

 

 大皿の鳥料理。

 

 山のようなじゃがいも。

 

 何種類ものソース。

 

 炎を上げるプディング。

 

 紙の包みを引くと、中から帽子や玩具や白い煙が飛び出した。

 

 ハグリッドは花柄の帽子をかぶり、似合うかと三回尋ねた。

 

 ダンブルドア先生は、青い紙帽子のまま真面目に食事をしている。

 

 マクゴナガル先生だけは、銀色の猫耳がついた帽子を机の横へ置いていた。

 

「先生、かぶらないんですか?」

 

 悠太が尋ねた。

 

「かぶりません」

 

「似合うと思います」

 

「減点されたいのですか?」

 

「今日は寮別の席ではありません」

 

 マクゴナガル先生の目が細くなる。

 

「規則の隙間を探すのが上達しましたね」

 

「友人に教わりました」

 

 悠太が左右を見る。

 

 ハリーとロンは同時に料理へ視線を落とした。

 

「僕らじゃないぞ」

 

「まだ何も言ってない」

 

 食事のあと、悠太は日本から届いた茶と菓子を出した。

 

 厨房から運ばれた湯を、一度別の器へ移して冷ます。

 

「どうしてすぐ入れないんだ?」

 

 ロンが尋ねる。

 

「熱すぎると苦くなるから」

 

「紅茶は熱い方がいい」

 

「これは煎茶」

 

「茶にも規則があるのか」

 

「パーシー先輩より少ないよ」

 

「聞こえているぞ」

 

 離れた席からパーシーが言った。

 

 湯を注ぐと、細い葉が器の中でゆっくり開いた。

 

 香りは、木箱を開けた時より柔らかい。

 

 悠太は最初の杯をマクゴナガル先生へ渡した。

 

「荷物を確認していただいたので」

 

「ありがとうございます」

 

 先生は一口飲んだ。

 

「よい香りです」

 

「苦くありませんか?」

 

「ウィーズリーの淹れる紅茶よりは」

 

「僕は淹れてません」

 

 ロンが言った。

 

「だからでしょう」

 

 ハリーは饅頭を半分に割った。

 

 中の黒い餡を見て、少しだけ迷う。

 

「甘いよ」

 

 悠太が言った。

 

「君が甘いと言うなら、かなり甘いな」

 

 一口食べる。

 

 ハリーの目が少し大きくなった。

 

「本当に甘い」

 

「だから言った」

 

 ロンは羊羹を指で持ち上げた。

 

「これは、固めたジャム?」

 

「小豆と砂糖」

 

「豆?」

 

「うん」

 

 ロンの手が止まる。

 

「甘い?」

 

「うん」

 

「なら食べる」

 

 判断は早かった。

 

 フレッドとジョージは、玄米茶の香りを嗅ぎ、茶の中へ金平糖を入れようとした。

 

「それは別々に食べてください」

 

 悠太が敬語で言った。

 

「先輩への敬意が、内容にない」

 

「日本の茶道では禁止されているのか?」

 

「僕の前で禁止します」

 

「新しい流派だ」

 

「渡辺流」

 

「今日できたばかりです」

 

 ハグリッドは饅頭を二つまとめて食べた。

 

「こりゃ、うまいな」

 

「ありがとうございます、ハグリッド」

 

「日本じゃ、クリスマスにこれを食うのか?」

 

「いいえ。僕も、日本でどう過ごしていたかはあまり覚えていません」

 

 答えたあと、偽りではないのに、言葉の奥へ小さな空洞ができた。

 

 布団店。

 

 閉じた戸。

 

 もういない両親。

 

 思い出そうとすれば景色はある。

 

 そこに、誰と茶を飲んだのかだけが見えなかった。

 

「なら、今年のを覚えとけばいい」

 

 ハグリッドが言った。

 

「最初の英国式だ」

 

「日本の菓子ですけど」

 

「細けえことはいい」

 

 ハグリッドの大きな手が、悠太の肩を軽く叩いた。

 

「はい」

 

 悠太は答えた。

 

 ダンブルドア先生は、向かい側で静かに煎茶を飲んでいた。

 

 一瞬だけ、濃紺の羽織へ目を留める。

 

 何も尋ねなかった。

 

 悠太も、誰が寸法を知っていたのかを尋ねなかった。

 

 今日は、答えのない問いより、目の前で空になっていく菓子箱の方が大切だった。

 

     *

 

 夕方、グリフィンドールの談話室へ小さな梟が飛び込んできた。

 

 悠太は羽音で肩を強張らせた。

 

 ハリーがすぐに立ち、梟を卓上へ誘導する。

 

「君宛てだ」

 

 脚から手紙を外し、悠太へ渡した。

 

「ありがとう」

 

 梟が飛び去るまで、悠太は少し離れて待った。

 

 封筒にはハーマイオニーの文字がある。

 

「もう返事?」

 

 ロンが覗き込む。

 

「第一章だけで質問が十二個あるって」

 

「休暇中だぞ」

 

「まだ増えるらしい」

 

「恐ろしい本を送ったな」

 

「それから、立入禁止の棚へ行っていないでしょうね、だって」

 

 ロンは暖炉を見た。

 

「本人がいないのに見られてる気がする」

 

「鏡より効くね」

 

 ハリーが言った。

 

「最後に、本当にありがとうって」

 

 悠太はその一行をもう一度読んだ。

 

 字はほかの行と同じように整っている。

 

 けれど、最初から書くと決めていた文ではないことが、少しだけ狭い行間で分かった。

 

「返事を書く?」

 

 ハリーが尋ねる。

 

「明日」

 

「質問に答えるの?」

 

「まず、休暇中だから十二個までにしてって書く」

 

「もう十二個あるぞ」

 

「だから、増やさないでって」

 

「無理だな」

 

 ロンが断言した。

 

 暖炉の前には、昼に残った金平糖と蛙チョコレートの箱が置かれている。

 

 ハリーは蛙を一つ開けた。

 

 茶色い蛙が箱から跳び、ロンの暗い赤のセーターへ貼りつく。

 

「僕のだ」

 

「僕が開けた」

 

「僕の上にいる」

 

「居場所で持ち主は決まらないよ」

 

 悠太が言った。

 

「その理屈なら、僕のセーターも君の物になるぞ」

 

「いらない」

 

「色を馬鹿にしたな」

 

「君が朝からしてた」

 

 蛙はロンが捕まえる前に、もう一度跳んだ。

 

 ハリーとロンが同時に追う。

 

 悠太は笑いながら、散らばった包み紙を拾った。

 

 日本魔法省からの便箋。

 

 ハリーが書いた小さな札。

 

 ロンの曲がった文字。

 

 ハーマイオニーの手紙。

 

 鏡の中の人々には、まだ名前がない。

 

 透明マントに残る懐かしさにも、持ち主だったハリーの父以外、何の記憶もつながらない。

 

 それでも、今ここにある物には、誰が選んだのか分かるものが増えていた。

 

 温かい手袋。

 

 橙色の徽章。

 

 英語辞典。

 

 緑の眼鏡入れ。

 

 空になりかけた金平糖の箱。

 

 クリスマスは、知らない誰かが過去を返す日だけではなかった。

 

 今そばにいる者が、自分を見ていたと分かる日でもあった。

 

「悠太、蛙がそっちへ行った!」

 

 ハリーが叫ぶ。

 

 悠太は包み紙を置き、卓の下へ逃げた蛙を追った。

 

 誰かが自分の名を呼ぶ方へ、今度は迷わず身体を向けた。

 

 その夜、三人は透明マントを使わなかった。

 

 立入禁止の棚へも行かなかった。

 

 探していたニコラス・フラメルの名は、遠い棚の奥ではなく、クリスマスにもらった蛙チョコレートの箱の中で待っていた。

 

 けれど三人は、最後の一つを翌日に残した。

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