ローリーが貴賓席に戻ると、最初にそれに気が付いた十六夜が声を掛ける。
「遅かったな。もう春日部のゲームは始まってるぜ」
十六夜に顎で案内された舞台の方を見ると、そこには黒ウサギだけが立っている。空中にいくつも映し出された映像が見えた。
ゲームは白夜叉が用意した舞台で行われている。以前ローリーが破壊した白夜の湖畔とは違い、今回は樹木の根が生い茂る場所だ。
通常であればゲームを観覧することはできないが、ローリーの遠視の魔術と同様の効果を持つ“恩恵”は箱庭にも存在する。それを利用し、こうやって「見世物」としてのゲームを成立させていた。
映像には、耀とレティシア、そして《ウィル・オ・ウィスプ》のメンバーと思われる少女に、長身のカボチャ頭が映し出されている。
「まァたおもしれぇモンが出てきやがったな。なんだ、あのカボチャは?」
「素敵よね! ジャック・オー・ランタンなんですって!」
カボチャ頭を見て僅かに目を光らせたローリーに、飛鳥がそれ以上に輝いた目と少し興奮し跳ねた口調で返す。
「ジャック? ...あぁ、いや、そうだな。《ウィル・オ・ウィスプ》だ。そりゃジャックもいるんだろうが...ありゃただの彷徨い霊ってレベルじゃあねぇだろ」
ジンの隣に腰を降ろし、画面の向こうでヤホホと笑うジャックを眺める。道化のように振る舞うソレは、ローリーの識っている亡霊としてのジャック・オー・ランタンとあまりにも乖離した存在に見えた。
「それよりレティシアのあの姿はなんだ。ロリが大人になってんぞ」
十六夜がゲームを見ながら言う。
飛鳥もそれは気になっていたようで、ローリーの返事を待った。
「封印を解いた姿らしいぞ」
「らしい? お前にしては歯切れの悪い回答だな」
ローリーの珍しい回答の仕方に、十六夜はそう返す。
ローリーは不満げに鼻を鳴らした。
「俺もさっきまで知らなかったんだよ。封印自体は知ってたが、解いたらデカくなるなんて聞いてねぇ」
「そもそも、なんで封印なんてしていたのかしら」
飛鳥の疑問に、ジンが横から答える。
「レティシアさんは元魔王です。それを隠すためですね。我々《ノーネーム》にそんな強大な存在が所属していると知られれば、周囲のコミュニティは警戒を強めますから」
「そうなの。でも、そんなのローリーくんがいる時点であまり意味は無いんじゃない? 彼、神殺しの魔王様よ?」
「あはは...まぁそうですね」
「お前らそんな人を腫れ物みたいに」
「実際に腫れ物ではあるでしょう」
まぁいい、と未だに不満げではあるものの流すことにしたローリーは、困ったように苦笑しているジンに目を向ける。
「ところでジン、お前はこのゲームをどう見る?」
「え、僕ですか?」
話しかけられるとは思っていなかったジンは、焦ったように聞き返した。
ジンはローリーとあまり話したことがない。最近は書庫に籠っていたこともあり、ローリーと顔を合わせるのは飯時か、こうしたゲームの時だけ。ローリーも他のことに着手していたため、自分からジンに会いには行っていなかった。
「どう、と言いますと?」
「そうだなァ。春日部とレティシアが勝てると思うか、から聞かせてくれよ」
ジンの成長は急務ではないが、必要なことだとローリーは考えている。直接戦闘することは少ないかもしれないが、コミュニティの長としてゲームでは中心となり、ゲーム攻略の指揮を執る役割を求めていた。
ジンは暫し考え、そして自分の考えを口にする。
「...そうですね。正直、耀さんだけでは勝率はかなり低かったと思います。相手は六桁に拠点を構える格上ですから」
「そォだな。低いどころか、アレが相手だと勝率なんてほぼゼロだったろ」
アレ、とローリーが呼ぶのはジャックだ。感じ取れる霊格はかなり高い。
「はい。彼は《ウィル・オ・ウィスプ》のリーダーが製作した幽鬼。僕も聞いた話でしかありませんが、地獄の業火を召喚する大悪魔だと聞いています。今の耀さんでは、その...」
「相手にならない」
自分なりの答えは出ているが、同志を下げる発言はあまりしたくない。そう思いジンが言い淀んだが、ローリーは眉の一つも動かさずに言う。
「ですが、レティシアさんがいるとなれば話は変わります。彼女は神格も失ってしまいましたが、それでも十分に強い。加えて、今回のゲーム内容は耀さんに有利なものになりました」
今回のギフトゲーム《アンダーウッドの迷路》で設定された勝利条件は、迷路の攻略、相手ギフトの破壊、相手の降参の三つ。
ただの戦闘ではなく、迷路の攻略という勝利条件が用意されたことが大きい。
「耀さんは優れた五感を持っています。風の流れや匂いなどから出口を見つけ出すことができる。そして相手からの妨害はレティシアさんが対処可能。勝機は十分にあると考えます」
「上出来だ」
ジンの回答に満足したローリーは笑っている。
それに安心したジンが胸を撫で下ろした。
「ただゲームを見て終わるなよ。勝っても負けても、何が原因で勝敗が分かれたのかを考えろ。《ノーネーム》のゲームだけじゃない、全部のゲームでだ」
「全部、ですか?」
「自分のコミュニティには関係ない、なんて思うな。いつかそいつらと戦うかもしれないし、似たような能力のやつらと対峙するかもしれない。書庫でのお勉強だけじゃない。どんな場面でも情報を仕入れられるよう、アンテナは常に張っとけ」
「は、はい!」
緊張しながらも大きく返事をし、そしてすぐにゲームへと意識を移したジンにローリーは微笑む。
しかしその笑顔はすぐに無くなり、真剣な面持ちで白夜叉と十六夜の方を睨んだ。
「おい、白夜叉に十六夜」
「なんだよ」
怒気にも似た声音を向けられ、十六夜もローリーを睨む。白夜叉は扇子を口元にやり、何事かと十六夜と共にローリーを見た。
二人をじっくり睨んだローリーが、腹立たしげに口を開く。
「見えなければ芸術だ? ふざけんな。お前らは何も分かっちゃいねぇ。見られるかもしれねぇっつー恥じらいを孕んだ赤面にこそ真の芸術が────」
「黙りなさい!!!」
飛鳥の拳が、ローリーの後頭部に突き刺さる。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
ローリーの芸術論に十六夜と白夜叉も悪ノリしたところでリリが「うぅ...」と小さくなり、飛鳥の拳骨が三発落ちた後。
ゲームは佳境に入り、地獄の業火に一切怯むことなく、肌を焼かれながらもジャックを近接戦で抑えるレティシアの姿が映し出されていた。
「レティシアって、あんなに凄かったのね」
ゲームを観覧していた飛鳥が、ほぅと呟く。
レティシアを甘く見ていたわけではない。ただ、飛鳥の予想よりも数段上のステージにレティシアはいる。
《ノーネーム》の思わぬ健闘、目玉に相応しい熱量に、先程まで嘲笑していた観客達までもが大きな歓声を上げていた。
「春日部も順調にゴールに向かってるな。こりゃ勝負あったか?」
別画面に映っている耀を見て、十六夜が勝敗を予想する。アーシャもゴールへ向かってはいるが、純粋な走力の差もある。ジャックはレティシアが抑えており、ここからアーシャが一人で勝負をひっくり返すことは不可能だろう。
「まだ分からねェが、まァ十中八九春日部の勝ちだな。レティシアありきだが及第点だ」
椅子の肘掛けに肘をつきながらローリーが薄く笑う。
「決勝の相手は《サラマンドラ》か《ラッテンフェンガー》だっけ?」
ジャックがレティシアを躱して耀の足止めをしないとも限らないが、今のレティシアの戦いぶりを見ているとその可能性も低い。ローリーの意識は次の対戦相手へと移っていった。
「《ウィル・オ・ウィスプ》からジャック・オー・ランタンが出てきたんだ。つーことは、《ラッテンフェンガー》からは笛吹き男でも出てくんのか?」
「やっぱりお前もそう思うか?」
ローリーの推察に、十六夜が賛同する。十六夜もその可能性を考えていた。
「...《ラッテンフェンガー》はまだ会場に現れていない。正体は不明なままだ」
近くで二人の会話を聞いていた《サラマンドラ》のリーダー、サンドラ=ドルトレイクが口を挟む。
そういえば挨拶もしてなかったな、とここでローリーは思い出した。
「お前が北の新しい階層守護者か?」
「気安く話しかけるな名無し!!」
「マンドラ兄様!」
マンドラが叫び、それをサンドラが諌める。しかし、マンドラは止まらない。
「こんな奴と話しても得など無い! 何がチラリズムだ、芸術だ! ただの変態だぞ! サンドラに悪影響が出たらどうする!」
「そ、それは...」
「ぐぅの音も出ないわね」
言い淀むサンドラと、呆れたように賛同する飛鳥。ジンとリリは顔を赤く染め、恥ずかしそうに俯いていた。
ハハハと笑った白夜叉は、すぐにその表情に真剣味を帯びさせる。
「しかしローリー、貴様も《笛吹き男》だと予想するか」
「あ? そりゃあお前、こんだけあからさまに正体名乗ってんだぞ。実際にゲームに出る奴がどんな奴かまでは分からねぇが、ハーメルンの笛吹き男が無関係だとは思えねぇな」
白夜叉らの様子がどこかおかしいことを察したローリーは、スっと目を細める。
自分の知らない何かが起きている。そういう予感がしていた。
「なんだ。相手が笛吹き男だと何か問題でもあるのか? あのジャックみてぇに、箱庭じゃ伝承よりも遥かに強力な存在だ、とか」
「いや、何。おんしには言っておらなんだな。《ハーメルンの笛吹き》とは、とある魔王の傘下コミュニティだったものの名で────」
「───...おい」
不意に、十六夜が話を遮るように呟いた。
「なんだよ」
ローリーが白夜叉から十六夜に視線を移す。
しかし、十六夜は答えない。
その視線は、ローリーにも、白夜叉にも、耀のゲームにも向いていなかった。
ゆっくりと。
まるで得体の知れないものを見つけたかのように、十六夜は空を見上げている。
「なんだ、アレは?」
疑問と、若干の興奮。
そんなものを含んだ十六夜の声に釣られて、周囲が十六夜の視線を追った。
「...黒い...紙?」
飛鳥の目には、何やらゴマのようなものが見えている。目を凝らしてもよく分からないような、黒いもの。
しかし、飛鳥以外の反応は違った。
「御チビとリリを、」
「分かってんだよ」
十六夜の命令じみたセリフを察知したローリーは最後まで言わせず、隣にいたジンと、少し後ろに座っていたリリを小脇に抱える。
その瞬間、貴賓席に黒い突風が吹き荒れた。
黒い風は白夜叉を囲い、球体に包み込む。
「何!?」
「白夜叉様!!」
白夜叉のすぐ隣に座っていたサンドラが手を伸ばすが、その手は風に拒まれた。
十六夜も立ち上がり、そしてローリーはジン達を抱えたまま闘技場の屋根まで跳ぶ。
黒い風は勢いを増し、白夜叉を除く、貴賓席に残っていた全員を押し出した。
「きゃあっ!」
空中に投げ出された飛鳥を、十六夜が捕まえて舞台の上に着地する。
「十六夜さん!? 何が起きたのですか!?」
舞台上で審判をしていた黒ウサギが、十六夜の突然の乱入に声を上げた。
それを一旦無視して、十六夜は貴賓席を一度見上げ、次に周囲を確認する。
見れば、同じく押し出された《サラマンドラ》の面々は観客席の方に着地していた。
ローリーが屋根の上から会場を見下ろしているのも確認できる。
全員の無事、および位置関係を確かめた十六夜は、手に届くところにまで降りてきた黒い羊皮紙───笛を吹く道化師の刻印がされた“契約書類”を手に取る。
内容を一瞥して、ここでようやく黒ウサギを見た。
「黒い“契約書類”!?」
黒ウサギの手にも黒い“契約書類”が届き、内容ではなくその色に驚愕する。
「普通の“契約書類”じゃない。昨日白夜叉が言ってやがった『魔王襲来の予言』...つまりこれは、魔王が現れたってことでいいんだな?」
「......YES」
十六夜の問いに、真剣に、そして重々しく返す黒ウサギ。それとほぼ同時に、観客達もこの異常に気が付き始めた。
「ま、魔王が、魔王が来たぞォ!」
観客の誰かが叫ぶ。その混乱は一瞬で伝播した。
皆が我先にと逃げ出し、そこに統率などはなく、阿鼻叫喚に会場が包まれる。
舞台の上では空間に亀裂が入る。
そこから投げ出されるように、《アンダーウッドの迷路》に参加していた面々が出てきた。
「え?」
耀の小さな困惑の声が漏れる。
彼女はもう少しでゴールできるというところで、突然に、何の予告も無しに喚び戻された。
それは他の
レティシアは一瞬困惑を見せたが、降り注ぐ黒い“契約書類”を見てすぐに状況を理解する。
「黒ウサギ」
「はい。魔王襲来のため、ギフトゲーム《アンダーウッドの迷路》、および《造物主たちの決闘》は中断しました」
「相手とゲームの内容は?」
「こちらを」
黒ウサギが差し出した“契約書類”にレティシアが目を通す。
『ギフトゲーム名《The PIED PIPER of HAMELIN》
・プレイヤー一覧
現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者、および主催者の全コミュニティ
・プレイヤー側、ホスト指定ゲームマスター
太陽の運行者・星霊 白夜叉
・ホストマスター側勝利条件
全プレイヤーの屈服、および殺害
・プレイヤー側勝利条件
一、ゲームマスターの打倒
二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。
宣誓。上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。
《グリムグリモワール・ハーメルン》 印 』
「......まだ生き残りがいたのか」
“契約書類”を一読したレティシアが呟く。
その発言にひっかかりを覚えた十六夜が口を開きかけるが、それはアーシャの叫びによって遮られる。
「おい、おいおいおい“月の兎”! ジャックさんはどこ行ったんだよッ!!」
黒ウサギに詰め寄り、この場にいないもう一人の《アンダーウッドの迷路》の参加者、ジャックの不在を問い詰める。
言われて黒ウサギが周りを確認すると、確かにあの陽気なカボチャ頭が見当たらない。すぐに箱庭中枢へと確認を取る。
「......ジャック・オー・ランタンは《The PIED PIPER of HAMELIN》への参加資格を満たしていません。今は先程の迷路に一人、取り残されているそうです」
「はぁ!? ンだよそれ!!」
参加資格がない者もいる。その情報を頭の片隅に入れながら、十六夜はいつになく真剣で、それでいて軽薄に口元を緩ませながら黒ウサギに視線を向ける。
「白夜叉の《主催者権限》が破られた形跡はないんだな?」
「はい」
黒ウサギは《審判権限》を持っている。彼女の目、もとい耳を欺いて不正をすることは不可能に近い。
ならば何か裏技があるのか。そこまで考えた十六夜は、ふと境界門から落下してくる物に気付く。
「あいつらが魔王か」
黒ウサギ達も十六夜の視線を追い、今まさに落下している人影を視認する。
「黒ウサギ、お前は《サラマンドラ》の連中を探せ。観客席に落ちたみてぇだが、この騒ぎだ。人混みに呑まれてる可能性がある」
軽く屈伸をしながら、続いて飛鳥を見る。
「お嬢様と春日部は白夜叉のとこに向かってくれ」
「また面白いところから外されるの?」
「そうむくれるなよお嬢様。白夜叉はゲームマスターに指定されてるが、それがどんな影響を出すのか確かめなくちゃならねぇ」
不満を隠さなかった飛鳥だが、まぁ仕方がないとすぐに切り替える。
十六夜は両の拳を強く叩き、次はレティシアを見た。
「レティシア、やれるな」
「ああ」
短く、一見すれば何のことかも分からない問答。それでもレティシアは十六夜の意図を汲み取る。即ち、敵の相手をする役目が与えられたのだと。
分担は終わった。であれば、後は各々が役割を果たすために動くのみ。
「ハッ! 外の魔王はとんだ化け物だが、箱庭の魔王はどんなもんなのか、確かめてやるぜ!」
そう言い、嬉々として身体を伏せ、舞台を砕く勢いで境界門に向かって跳躍した。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
「チッ、魔王が来たってだけでバカみてぇに焦り散らしやがって」
闘技場の屋根の上から会場を俯瞰していたローリーが吐き捨てる。
眼下では、観客達が蜘蛛の子を散らしたような大騒ぎを起こしていた。観客席に落ちた《サラマンドラ》がなんとか統制を取ろうとしているが、あまり効果はないように見える。
「ローリーさん! すぐに下に降りてください!」
小脇に抱えられたまま、ジンが叫んだ。
しかし、ローリーは動こうとしない。
「あっちは十六夜に任せとけ。レティシアと黒ウサギもいる、頭脳は足りてんだ」
もう一度、ゆっくりと会場全体を見渡し、手に取った“契約書類”の内容も読む。その間に、舞台上にいた十六夜が跳び出し、レティシアがそれに続いているのを見た。観客席側では、サンドラも飛び立っている。
数秒ほど考える仕草を見せた後、「よし」とだけ呟き、黒い風が幾分か収まった貴賓席へと飛び降りる。
貴賓席では黒い風の威力は収まっていたものの、未だ白夜叉を覆う球体の風壁は健在だった。風の密度は先程よりも濃く、風壁の中にいるであろう白夜叉を視認することすらできない。
ジンとリリを一度下ろし、ローリーはその風壁の前に立つ。
「二人とも離れてろ」
ジンとリリが距離を取ったところで、風壁の左右に石柱が一つずつ現れ、風壁を押し潰すように迫る。
しかし石柱は風壁に触れて破壊された。
次に、室内だというのにどこからか現れた暗雲から雷が風壁に落ちるが、これでも風壁はビクともしない。
「チッ」
「そこにおるのはローリーか!」
風壁の中から白夜叉の声が響く。姿は白夜叉側からも見えていないようだ。
「よォ、こりゃ封印か? 強度の問題じゃあねェな。何かしらの概念で守られてる感じだ」
「分からんが、行動を制限されておるのは確かだ! “契約書類”に何か書かれておらんか!?」
「お前を封印するような文言は無かったな」
「ま、待ってください!」
ローリーと白夜叉のやり取りに、ジンが割って入った。
ジンが手に持つ“契約書類”を、ローリーの前に突き出す。すると、記載されていた文字が紙の中で曲線と直線に分解され、新たな文面を紡ぎだす。
『※ゲーム参戦諸事項※
・現在、プレイヤー側ゲームマスターの参戦条件がクリアされていません。ゲームマスターの参戦を望む場合、参戦条件をクリアしてください。』
読み終えたローリーが「ふぅむ」と唸る。
「白夜叉、お前、参戦条件を満たしてねェってよ」
「何!? 参戦条件は! 他には何が記述されておる!?」
「他には何も記載されていません!」
白夜叉が大きく舌打ちをする。
ローリーも改めて“契約書類”を確認するが、やはり白夜叉を封印するという旨の内容はどこにも見当たらない。
「チッ、期待したってのによォ。ゲームマスターを倒せつってんのにそのゲームマスターが参戦できねェだ? なんなんだこのゲーム。不正じゃねェのか」
「その可能性は大いにある! 良いか、今から私が言うことを一字一句違わず黒ウサギに伝えろ!」
普段からは考えられない、白夜叉の緊迫した声。
それだけ異常事態なのだとジンは身構える。それに反して、ローリーは興味を失ったのか観客席を見下ろしていた。
「第一に、このゲームは故意に説明不備を行っている可能性がある! これは一部の魔王がよく使う手だ! 最悪の場合、このゲームにはクリア方法が存在しない!」
「なっ...!」
「第二に、この魔王は新興コミュニティである可能性が高い!」
新興か否かがどう関係するのかはジンにはよく分からなかったが、今は詳しく説明を聞いている時間はない、と判断し言葉だけを記憶する。
「第三に、私を封印した方法はおそらく─────」
「はぁい、そこまでよ♪」
白夜叉の言葉を遮り、一人の女が貴賓席に舞い降りた。
やけに肌面積の少ない白装束に身を包み、銀の縦笛を持った、この場の誰も知らない顔。そして、そんなことよりもジンの警戒を高めたのは、女が抱えている一人の少女だった。
「あ、飛鳥さん!?」
ぐったりと力無く担がれている飛鳥。その状況だけで、白装束の女を敵だと認識するには十分だった。
そして、白装束の女は三体の火蜥蜴も連れている。彼らが《サラマンドラ》の同志であることは、ジンから見れば一目瞭然だった。
「(《サラマンドラ》の裏切り!? ...いや、違う!)」
三体の火蜥蜴は、よく見ると吐息が荒く、目も血走っている。明らかに正気ではない。
女はジンには目もくれず、風壁───白夜叉だけを見ている。
「あら、本当に封印されてるじゃない! ふふ、最強の階層支配者もそうなっちゃ形無しねぇ」
「おのれ...! そやつらに何をした!」
「そんなの秘密に決まってるでしょ? いくら封印されてるからって、貴女に情報を渡すほど驕っちゃいないわ。...ところで、可愛い子がここにもいるじゃない」
「ひっ...」
白装束の女が、睨み付けているジンでも、ただ立っているだけのローリーでもなく、部屋の隅で震えていたリリに目を向けた。
「グリフィンの力を使う子には逃げられちゃったし、あまり戦力になるとも思えないけれど...うん、せっかくだから連れて行きましょう♪」
愉しげに、女が一歩リリに近付く。
リリに戦う力はない。自分が何とかしなければ、とジンは思うが、火蜥蜴達がジンを取り囲む。包囲を抜けることは、今のジンには不可能だ。
「そんなに怖がらなくて大丈夫よ〜、別に痛いことしようってわけじゃないの。ただちょっと誘拐? させて貰うだけだから♪」
貴賓席は広く作られているとは言っても、他者から走って逃げられるほどの広さではない。リリが一人で逃げることも不可能だ。
十六夜はいない。レティシアとともに別の場所へ向かった。
黒ウサギはいない。《サラマンドラ》と合流するために観客席を跳び回っている。
耀はいない。女は逃げられたというが、安否すら不明だ。
─────だからこそ、ローリーは嗤う。
瞬間、女の視界がブレた。
「────は、」
少し遅れて右下腹に鈍い痛みが伝わり、気付けば舞台の中央に叩き付けられていた。額が切れ、滴った血が瞳を覆い、世界を紅く染め上げる。
そのすぐ後に、三体の火蜥蜴が女の傍にドサリと落ちてきた。白目を剥き、気を失っている。
何が起きたのか、女は即座に理解できない。
「お前が悪ィんだぜ、露出狂」
声がする。どこか楽しげで、ひどく底冷えのする、男の声。
反射的に、女は貴賓席を見上げた。紅い視界の中、そこには一人の男が映る。
口角を上げ、紫電を散らし、白夜叉封印とはまた違った禍々しい風を纏い、こちらを見下ろす男。
「...ッ! 何、あなた...!」
痛みを堪え、女が言う。
男────ローリーは、ふわりと宙に浮いた。
「俺が出なくちゃならねェ場を整えやがって。まァいいさ、俺も箱庭の魔王がどんなモンか気になってたんだ」
暗雲が立ち込める。ローリーから漏れ出る紫電が勢いを増し、風も徐々に力を持ち始めた。
叫んで逃げることしかしていなかった観客達も、その異様さに一瞬足を止める。
ローリーはそちらには一瞥もしない。ただ、女だけをその視界に収めていた。
「魔王を名乗るんならそれなりの覚悟はできてンだよなァ、道化師」
ローリーが右手を掲げる。
それに呼応するように、数十の魔法陣が空に展開された。
女は縦笛を吹く。観客席にいた《サラマンドラ》の同志が十数名、突然我を失ったかのように観客達を押し退けて舞台上に来た。
「おいおい、あんまりガッカリさせてくれるなよ。ンな蜥蜴をどれだけ集めたって、魔王の前にゃ無意味だろ?」
魔法陣が淡く光り、舞台上に向けて光弾が放たれた。
それだけで、集まった火蜥蜴達は沈黙する。死んではいないが、火傷に凍傷、様々な傷を負って倒れ伏した。
「なんなの、ほんと、貴方誰よッ...!」
女は目を擦り、入った血を拭う。
事前に特記戦力としてカウントしていた誰とも異なる、全く未知の存在を睨み上げ、唇を噛んだ。
「魔王殺しの魔王、そんな呼ばれ方もしたもんだ」
「魔王? 貴方が...?」
答えになっていない答えに、女が困惑する。
ローリーは軽薄で獰猛な笑みを絶やさない。
再度、魔法陣が淡い光を帯びた。また先程の攻撃が来ると、女が一時退散を考えたその時。
『そこまでです!』
激しい雷鳴とともに、一帯に響く声。
女と、ローリーもそちらに目を向ける。
幾度も轟く雷鳴を発していたのは黒ウサギだった。輝く三又の金剛杵を掲げ、黒ウサギは高らかに宣言する。
『《審判権限》の発動が受理されました! これより、ギフトゲーム《The PIED PIPER of HAMELIN》は一時中断し、審議決議を執り行います! プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください! 繰り返します────』
宣言を聞いたローリーは静かに息を吐き、魔法陣を霧散させる。
そして無言のまま、貴賓席へと降り立った。