フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
四か月前。クウラの宇宙船が第七宇宙支部の空から消えていくのを見送りながら、フリーザは一つだけ確信していた。兄は戻ってくる。それも、以前とは比較にならないほど強くなって。
クウラという男を、フリーザはよく知っている。兄という立場に強烈な自負を持ち、弟へ劣ることを何より嫌う男だ。四か月前、最終形態で放った拳を通常形態のフリーザに人差し指一本で止められ、挙げ句には軽く押し返されただけで何枚もの防壁を貫通し、地面へ叩きつけられた。
あの屈辱を、クウラが黙って飲み込めるはずがない。むしろ、あれほど露骨に力の差を見せつけられたからこそ、兄は次に会う時まで死に物狂いで自分を鍛え上げてくるだろう。
「おそらく、ゴールデンには届くでしょうね」
あの日、誰もいなくなった訓練場でフリーザはそう呟いていた。もちろん、ブラックフリーザを見せても構わない。ヒットを圧倒した現在のブラック形態は、まだ持続時間という課題こそ残っているものの、ゴールデンとは明確に次元が違う。
クウラが四か月でゴールデン相当へ到達したとしても、こちらがブラックになれば勝負そのものは終わる可能性が高かった。だが、それでは意味がない。
「これはプライドを摘む戦いです」
これは単なる殺し合いではない。兄と弟、一族の誇り、どちらが上かという、他人から見ればくだらない話だからこそ、当人たちにとっては何より重要だった。
クウラを倒すだけでは足りない。四か月間、地獄と呼ぶことさえ生ぬるい修行を積み重ね、ようやく弟へ追いついたと確信した、その瞬間に自信ごと叩き折る。それでこそ、この兄弟喧嘩には意味がある。
フリーザは兄の性格を知り尽くしていた。クウラも自分をよく知っているだろうが、その条件ならフリーザにも負ける理由はなかった。
では、何を見せれば最も効果的か。少し考えたところで、フリーザの口元がゆっくりと吊り上がった。
「そういえば、詳しい方がいましたね」
兄が以前、一度目の死を迎えた時、その戦いを知っている者が地球にはいる。しかも現在なら、本人から直接話を聞くことも難しくなかった。
◇
その数時間後。ピッコロは腕を組み、露骨に嫌そうな顔でフリーザを見ていた。
「兄さんは、以前どうやって負けたのです?」
「……何で今さらそんなことを聞くんだ?」
「参考資料です」
「何の参考だ」
「トップシークレットです」
「答える気なくすぞ」
フリーザは肩をすくめ、少しだけ笑みを深くした。ピッコロの機嫌を損ねても困るので、最低限だけ目的を明かすことにする。
「では、兄弟喧嘩の参考と言っておきましょう」
「宇宙規模の兄弟喧嘩をするな」
「善処します」
「その返事が一番信用できん」
ピッコロは溜め息をついたものの、しばらくして遠い記憶を辿るように目を細めた。別にクウラを懐かしむ理由などないが、あの戦いが強烈だったことだけは間違いない。
「最後にクウラを倒したのは悟空だ」
「でしょうね」
「クウラは最終形態まで変身した。あの時点じゃ、素の悟空をかなり上回っていたはずだ」
「それで?」
「悟空が超サイヤ人になった」
その瞬間、フリーザの笑みが僅かに深くなった。超サイヤ人という言葉は、かつての自分にとっても十分すぎるほど忌々しい響きを持っている。
「なるほど」
「最後はクウラが巨大なエネルギー弾を撃った。悟空がかめはめ波で押し返して、そのまま太陽まで吹き飛ばした」
「兄さんらしいですね」
「何がだ」
「追い詰められると、大きなものを投げたがるところが」
ピッコロは半眼になった。そんなことを言っている本人にも、巨大なエネルギー弾で惑星ごと相手を消そうとした前科がいくつあるか分からない。
「お前もだろ」
「何か?」
「何でもない」
フリーザは聞こえなかったことにした。しかし、その時点で考えはほぼ固まっている。
孫悟空。超サイヤ人。そして、兄が一度、その絶対的な自信を砕かれた相手。
その男が再び目の前にいる状態で、自分が兄を倒す。しかもブラックという新たな切り札には頼らず、兄が四か月かけて届いた場所と同じ土俵で打ち砕く。
「それは、なかなか面白そうですね」
フリーザは楽しそうに笑った。だから四か月後、孫悟空を呼んだ。本人には、その本当の理由など一言も教えずに。
◇
そして現在。フリーザ・コーポレーションが所有する広大な荒野では、複数の戦いが同時に始まろうとしていた。
中央では、ゴールデンクウラとフリーザが向かい合っている。その周囲では、クウラ機甲戦隊の三人――サウザー、ドーレ、ネイズと、四か月間ピッコロの指導を受け続けた三人のヒーローが、それぞれ互いの相手を定めていた。
閃光のフラッシュ。金属バット。アトミック侍。
ピッコロ自身は少し離れた岩の上へ立ち、腕を組んで三人を見下ろしていた。自分が前へ出るつもりは最初からないらしい。
「オレと戦いたいなら、まず弟子を倒せ」
「弟子だと?」
サウザーの眉が吊り上がった。目の前に並ぶ地球人たちを値踏みするように眺め、露骨な侮蔑を浮かべる。
「この下等生物どもがか?」
「不満か?」
「当然だ!」
ピッコロは鼻で笑った。挑発する必要すらないという顔で、三人へ顎を向ける。
「なら、さっさと倒して来い」
金属バットがバットを肩へ乗せ、口元を歪めた。相手からここまで露骨に見下されれば、むしろやる気が出る。
「ずいぶんナメられてんな」
「都合がいい」
フラッシュが淡々と答えた。その視線はすでに、自分と同じく速度へ自信を持っているらしいネイズへ向いている。
「すぐに後悔させられる」
アトミック侍は刀の柄へ手を置き、サウザーの右腕から伸びる気の刃を見た。相手の力量よりも、まず武器の性質そのものへ興味を惹かれたらしい。
「俺はあの剣使う奴でいい」
「誰が剣使いだ」
サウザーが苛立たしげに顔を向け、右腕から青白いエネルギーの刃を大きく伸ばした。熱も金属もない、純粋な気で形作られた光の刃である。
「これを見ても同じことが言えるか?」
「面白え」
アトミック侍はむしろ楽しそうに笑った。それを合図にしたように、三組がそれぞれ別方向へ散っていく。
◇
最初に視界から消えたのは、フラッシュとネイズだった。二人とも自らの速度に絶対的な自信を持っており、初手から探り合うつもりなどない。
地面を蹴った瞬間、二つの影が中間地点で激突した。拳が交差するがどちらも当たらず、フラッシュが首を僅かに傾けてネイズの一撃をかわすと、同時に放った蹴りを今度はネイズが身体を捻って避けた。
互いの死角へ入ろうとすれば、その死角にはすでに相手がいる。一度距離が開いたかと思えば、次の瞬間には数百メートル離れた場所で再び衝突していた。
地上に残されるのは、二人が通過してから遅れて弾ける砂煙と衝撃音だけだった。見ている者には、戦っているというより荒野の各所で突然爆発が起こっているようにしか見えない。
「ほう。地球人にしては速いじゃないか」
ネイズが楽しそうに笑った。
「お前もな」
フラッシュは表情を変えない。しかし内心では、相手への評価を少しだけ改めていた。
速い。それは間違いない。純粋な直線速度だけなら、現状ではほぼ互角と言っていい。
四か月前の自分であれば、初見で一瞬判断を誤ったかもしれない。しかし今のフラッシュは、自分より速い存在を知っている。
ピッコロ。孫悟空。そして何より、フリーザ。
自ら速度を誇って挑みながら、刀へ手を伸ばす暇すら与えられず武器を奪われた。その後、本気に近い動きを見せられた時には、いつ背後へ回られたのかすら分からなかった。
あれを経験した後なら、目の前の速度は脅威ではあっても絶望ではない。少なくとも、見えないから何もできないという領域ではなかった。
一方のネイズにも余裕があった。速度がほぼ互角であることは認めても、自分にはフラッシュにはない飛行能力と気弾がある。
空中で自由に角度を変え、上下左右どこからでも攻撃できる。地面を走ることが基本のフラッシュと比べれば、総合的な機動力では明らかに自分が上だと判断していた。
「悪いが、勝つのはオレだ」
ネイズが一気に上空へ跳ね上がり、そのまま空中で静止した。両手へ光を集め、地上のフラッシュを見下ろす。
「空を飛べない奴が、オレをどう捕まえる!」
無数の気弾が雨のように降り注いだ。フラッシュは一発目を避け、二発目の着弾点から外れ、三発目が地面へ届くより早く軌道を変えて爆炎の間をすり抜ける。
荒野に爆発が連なり、地面が穴だらけになっていく。上空から見れば、フラッシュが逃げ回っているようにしか見えなかった。
「どうした! 逃げるだけか!」
ネイズの声が上空から響いたが、フラッシュは答えなかった。逃げているのではない。
見ている。
高度と射角。照準の取り方。撃つ瞬間の肩の動き。そして次の攻撃へ移るまでに必要な時間。
ピッコロから何度も叩き込まれた言葉が頭へ浮かんだ。
『自分の速さを誇るな。相手から何を奪えば勝てるかを考えろ』
相手がスピードを自慢するなら、スピードを生かせる場所を奪えばいい。機動力が自慢なら、その機動力を使えない状況へ追い込めばいい。
ネイズが次の気弾を構えた瞬間、フラッシュが足を止めた。
「諦めたか?」
「いや」
刀が抜かれる。刃を低く構えながら、フラッシュはネイズが浮いている位置を見上げた。
「場所が決まった」
「何?」
次の瞬間、フラッシュが猛烈な勢いで回転した。
「波濤風刃脚!」
脚から放たれた無数の真空刃が、ネイズの身体ではなく周囲の大地を削った。同時に刀が走り、荒野へ何本もの斬撃が叩き込まれる。
「裂空散閃斬!」
攻撃は一つもネイズへ届いていない。だからこそ、ネイズは一瞬、その意図を理解できなかった。
直後、削られた大量の砂と岩片が一気に上空へ巻き上がった。地面から立ち昇った巨大な竜巻が土砂と岩と粉塵を巻き込み、ネイズを中心として視界を完全に覆う茶色い柱へ変わる。
「何だと!? こんなもの!」
ネイズが腕を振り上げた。気を解放すれば、竜巻ごとまとめて吹き飛ばせると判断したのである。
その瞬間、首元へ冷たい感触が走った。
「っ!」
ネイズは反射的に首を身体の中へ亀のように引っ込めた。刀の切っ先が皮膚の表面だけを浅く斬り、血が細く飛ぶ。
「貴様!」
「亀か貴様は」
ネイズが拳を返した時には、すでにフラッシュの姿はなかった。粉塵の中に気配は感じるものの、細かな位置までは分からない。
「小癪な!」
ネイズは上空へ抜けようとした。しかし出口へ到達する直前、その進行方向へフラッシュが現れる。
「閃光脚!」
高速の蹴りが連続で叩き込まれ、ネイズは両腕を交差させて防御した。一発一発の威力は致命的ではないが、上へ抜けるための軌道だけを正確に潰されていく。
「ちっ!」
横へ動けば斬撃が来る。下へ逃げようとすれば真空刃が待ち、反対側へ向かえばそこにもフラッシュが現れる。
飛べるはずなのに、飛ばせてもらえない。遠距離攻撃を持っているはずなのに、狙いを定める時間を与えてもらえない。
「しゃらくさい!」
ついにネイズの気が爆発的に膨れ上がった。小細工ごと全てを吹き飛ばすつもりで、両腕を大きく広げる。
竜巻も砂も岩も、そしてフラッシュも。全方向へ最大出力を解放すれば、それで終わる。
フラッシュは、その瞬間だけを待っていた。どれほど速い者でも、大きな力を放とうとする瞬間には、ほんの僅かだけ身体の動きが決まる。
『最大の攻撃は、最大の隙にもなる。速い相手ほど、その一瞬だけを狙え』
ピッコロの声が蘇る。次の瞬間、フラッシュの姿が粉塵の中から消えた。
「な――」
ネイズが異変に気づいた時には、すでに遅かった。振り返るより早く、刀が背中から胸へ深く突き抜けている。
「ぐ……っ」
心臓を貫かれた瞬間、膨れ上がっていた気が一気に霧散した。周囲を覆っていた竜巻も力を失い、巻き上げられていた砂と岩が地上へ落ちていく。
ネイズは、自分の胸から突き出した刃を呆然と見下ろした。
「いつ……」
「最大の力を出す瞬間だ。そこだけ待っていた」
フラッシュが静かに答え、刀を引き抜いた。支えを失ったネイズの身体から力が抜け、そのまま地上へ落下していく。
フラッシュは墜落する相手を見下ろし、僅かに目を細めた。
「さすがに心臓までは引っ込められなかったようだな」
ネイズは荒野へ叩きつけられ、そのまま動かなくなった。フラッシュは地上へ降りると刀についた血を振り払い、何事もなかったように鞘へ戻した。
◇
別の場所では、技だの読み合いだのとは無縁に思えるほど荒々しい音が響いていた。ドーレの拳と金属バットのバットが至近距離で何度も交差し、衝突するたびに重い音が荒野へ轟く。
「オラァ!」
ドーレの拳が振り下ろされた。金属バットは半歩だけ身体をずらして肩で受け、完全には避けずに衝撃だけを外へ逃がす。
その瞬間、受けた勢いをそのまま利用してバットを振り抜いた。金属製の打撃武器がドーレの脇腹へ深く食い込む。
「ぐっ!」
ドーレが数歩下がる。しかしすぐに踏み直し、今度は蹴りを放った。
「この程度!」
金属バットはバットを盾にして受け止める。金属が大きく歪むほどの衝撃だったが、それでも後退せず、そのまま押し返して先端をドーレの額へ叩き込んだ。
「がっ!」
ドーレがよろめいた。そこで初めて、本人の中に小さな違和感が生まれる。
おかしい。
パワーでは自分の方が上のはずだった。少なくとも戦い始めた時点では間違いなくそうであり、速度でもこちらが勝っている。
ならば、そのまま押し切れるはずだった。ところが、この男は見た目に反して攻撃をまともに受けない。
腕や肩、そしてバット。身体を捻り、重心を落とし、受けるにしても最も壊れにくい場所を選んでいる。
そして、完全には避けられないと判断した時だけ、行動が変わる。
「ぐっ!」
ドーレの拳が金属バットの腹へ深く入った。その瞬間、ほぼ同時に金属バットのバットがドーレの顎を下から打ち抜く。
「があっ!」
相打ちだった。次も、その次も、攻撃すれば確かに当たるのに、必ずこちらにも一発返ってくる。
「何だ……?」
ドーレの呼吸が乱れ始めた。金属バットは血を流し、腕も腫れ、肋骨も何本か怪しい。
それなのに、さっきより明らかに一撃が重くなっている。
「何で……パワーが上がってやがる!」
「気合いだ」
「意味が分からん!」
「分かんなくていいんだよ!」
バットが唸りを上げた。ドーレは直撃こそかわしたものの、振り抜かれた衝撃だけで足元の地面へ亀裂が走る。
金属バットは笑っていた。身体は間違いなく痛い。それでも殴られるほど、追い詰められるほど、身体の奥から熱が湧き上がってくる。
昔からそうだった。問題は、以前の自分はそれだけだったということだ。
◇
四か月前。ピッコロは腕を組みながら、目の前で息を荒くしている金属バットを見ていた。
「お前の気合いとタフネスは大したものだ」
「分かってんじゃねえか」
「だが、それだけだ」
金属バットの眉が吊り上がった。
「あ?」
「タフネスを生かすなら、防御と戦術がいる。いくら頑丈でも、いつまでも相手の攻撃を受け続けられるわけじゃない」
「んなもん気合いで何とかなる」
「なら聞く」
ピッコロが一歩前へ出た。
「なぜ、さっきから一度もオレに触れられない?」
「……」
「気合いで何とかなるんじゃなかったのか」
少し離れた岩の上から、フラッシュの声が飛んできた。
「ピッコロの言う通りだ。こんな単純な奴に負ける気がしない」
金属バットが即座に振り返った。
「てめえ、偉そうにすんな!」
「事実だ」
「降りてこい!」
「おい」
ピッコロの声で二人が止まった。放っておけば訓練相手を差し置いて殴り合いを始めかねない。
「簡単な方法がある」
「何だ?」
金属バットが顔を戻す。
「避けられる攻撃は避けろ。受けるなら、できるだけ壊れにくい場所で受ける」
「普通じゃねえか」
「最後まで聞け」
ピッコロが僅かに笑った。
「それでも避けられないと判断した時だけ、相打ちを狙え」
「相打ち?」
「相手も攻撃している最中だ。普通に殴るより、遥かに避けにくい」
金属バットの顔つきが変わった。単純ではあるが、自分の特性には噛み合っている。
「……なるほど」
「お前は殴られた後ほど強くなる。だったら、被弾そのものを無駄にするな」
「最初からそれ言えよ」
「最初に防御を覚えろと言った」
「細けえな」
「お前には必要だ」
◇
現在。ドーレの右拳が正面から飛んでくるのを見て、金属バットは一瞬で完全回避が不可能だと判断した。
左腕を上げて攻撃を受ける。骨が軋むほどの衝撃が走ったが、それと同時に右手のバットを振り抜き、ドーレの脇腹へ深くめり込ませる。
「ごっ!」
ドーレの口から唾液が飛んだ。
「また……!」
「やっと分かってきたか!」
金属バットの一撃は、さらに重くなっていた。ドーレの余裕は完全に消え、最初はこちらが勝っていたパワーの差も、すでにほとんど感じられない。
いや、それどころではない。目の前の男は、まだ強くなっている。
「こいつ……不死身か?」
背中へ冷たいものが走った。
「誰がだ!」
バットが唸る。ドーレは後方へ跳び、この戦いで初めて自分から距離を取った。
金属バットの口元が吊り上がる。
「逃げんのか?」
「違う!」
ドーレはそのまま上空へ飛び上がった。地上で殴り合う必要などなく、自分には飛行能力があるのだから、距離を取って気弾を撃ち込めばいい。
「読んでんだよ!」
「何!?」
金属バットが地面を蹴った。飛行ではなく単純な跳躍だが、異常な脚力によってドーレとの距離が一気に縮まり、相手が気弾を作るより早く懐へ入る。
空中で金属バットが全身を回転させた。
「野蛮トルネード!」
回転の勢いを余すところなく乗せたバットが、ドーレの側頭部へ直撃した。頭部が不自然な方向へ捻れ、そのまま身体が地上へ向かって落下する。
轟音と共に巨大なクレーターが大地へ生まれた。中心でドーレは完全に動かなくなり、少し離れた場所へ着地した金属バットも、衝撃と蓄積した傷のせいで膝を僅かに揺らす。
「……痛ぇ」
腹を押さえながら、金属バットは顔をしかめた。だが次の瞬間には笑い、倒れた相手へバットを向ける。
「でも勝った」
◇
三つ目の戦場だけは、奇妙なほど静かだった。響くのは、サウザーの気の刃とアトミック侍の日本刀がぶつかる金属音に似た音だけである。
サウザーの右腕には、気で形成された青白い刃が伸びている。それに対するアトミック侍が持っているのは、少なくとも見た目だけなら普通の日本刀だった。
「どうした」
サウザーが斬り込み、アトミック侍が受け流す。火花のような気が弾けると同時に斜め下から刃を返し、今度はサウザーが気の刃で防いだ。
「下等生物にしては、やるじゃないか」
「そりゃどうも」
アトミック侍は笑っていた。それが、サウザーには何より気に入らない。
「何がおかしい」
「いや、大したことねえなと思ってよ」
アトミック侍は刀を肩へ乗せた。
サウザーの額へ青筋が浮かぶ。
「余裕のつもりか?」
「おう」
「大した自信だ。まさか、私に勝つつもりじゃないだろうな?」
「おう」
アトミック侍は迷うことなく答えた。
「ハッキリ言って楽勝だと思ってる」
「貴様ァ!」
サウザーが踏み込む。怒りに任せた一閃、二閃、三閃が連続で走るが、その全てをアトミック侍の刀が僅かな角度だけを変えて流していく。
攻めあぐねたサウザーが距離を取ろうとすると、即座に間合いを詰められた。右手を引いて気弾を作ろうとすれば、その前に刀の切っ先が喉元へ迫る。
「ちっ!」
サウザーは気弾を捨て、気の刃へ戻して斬り合う。もう一度距離を取ろうとしても、また詰められる。
そこで、サウザーは少しずつ理解し始めた。
自分の方が強い。自分の方が速い。気弾も撃てるし、飛行もできる。
それなのに、戦わされている。
アトミック侍の得意な距離で。アトミック侍の得意なテンポで。そして、アトミック侍の得意な剣術で。
自分で選んでいるつもりだった戦いの形を、最初から相手に決められていた。
◇
四か月前。ピッコロは、アトミック侍の斬撃を二本の指だけで止めていた。
「何度やっても同じだ」
「チッ」
ピッコロが刀を指で弾くと、アトミック侍は数メートル後方へ滑った。力も速さも、単純な剣術では埋められない差がある。
「単純な剣術が通用しない相手。それに加えて、パワーもスピードも自分より上。そういう相手には、今のお前じゃ勝てん」
「言ってくれるじゃねえか」
「だが、お前は剣術そのものなら相当なものだ」
「当たり前だ」
「なら、相手にも剣術をさせろ」
アトミック侍が眉を動かした。
「何?」
ピッコロは足元へ一本の線を引き、その内側を指差した。
「相手が自分より強いなら、その強さを全部使わせるな。距離を取らせない。飛ばせない。大技を使う時間を与えない」
アトミック侍の目が細くなる。
「剣で応じなきゃ斬られる距離を維持しろ、ってことか」
「そうだ」
「相手に俺の土俵で戦わせろ、と」
「分かったじゃないか」
アトミック侍が笑った。
「簡単に言いやがる」
「できないのか?」
「誰に言ってんだ」
さらにアトミック侍は、ピッコロから「気」の基礎も学んだ。最初は興味などなかった。剣士は剣で斬る、それでいいと考えていたからだ。
だが、サウザーのように気そのものを刃へする相手を想定すれば話は変わる。気は単なる衝撃ではなく、極めれば物質そのものを消し飛ばすほどの力を持っている。
なら、その力を刀へ纏わせたらどうなるのか。完璧には扱えず、悟空やピッコロのように自在に放出できるわけでもない。
それでも、刀身の表面だけへ薄く流し込む程度なら可能かもしれない。そう考えた瞬間、アトミック侍の口元へ笑みが浮かんだ。
「面白えじゃねえか」
何度も失敗した。練習では刀を何本も折り、気の制御を誤って自分の手まで傷つけそうになったこともある。
それでも四か月。ようやく、一つの形になった。
◇
現在、サウザーの気の刃がアトミック侍の日本刀へ激突していた。以前なら刀そのものを切断されていた可能性もあるが、今は違う。
刀身へ、薄く気が纏われている。肉眼ではほとんど見えないほどの量だが、それでも青白いエネルギーブレードを正面から受け止めるには十分だった。
「なぜだ……」
サウザーの顔が歪む。
「なぜ、その鉄の棒で私のブレードを受けられる!」
「盗んだ」
「何?」
「お前からな」
アトミック侍が笑った。
「気ってのは便利だな」
「貴様……!」
「ただし、剣の腕は俺の方が上だ」
刀を押し返しながら言い切る。その一言で、サウザーの理性が完全に切れた。
「下等生物がァァァ!」
サウザーは大きく振りかぶり、これまでで最大の一撃を放とうとした。気の刃がさらに膨張し、威力だけなら先ほどまでとは比較にならない。
確かに強い。速度も十分にある。
しかし、怒りによって動きが大きくなった。
「やっとだな」
アトミック侍の目が変わる。刀身へ流している気を、一瞬だけ増大させた。
常に最大出力を維持すれば消耗する。必要な瞬間だけ、必要な場所へ力を集める。
フリーザが見せてきた制御。ピッコロから学んだ気。そして、自分が生涯磨いてきた剣。
三つを重ねる。
「アトミック――」
アトミック侍が踏み込んだ。
「斬!」
無数の斬撃が一瞬で走った。従来の剣速へ気そのものの切断力が重なり、サウザーの大振りが完成するより早く、腕、胸、腹、脚へ刃が走り抜ける。
サウザーの身体が一瞬だけ静止した。
「な……」
直後、全身の傷口から青白い光が漏れ出した。斬撃と一緒に送り込まれた気が内部で弾け、次の瞬間には身体全体から白い光が溢れ出す。
大爆発が巻き起こった。
アトミック侍の羽織が爆風で激しくはためく。煙が晴れた後、そこにはサウザーの姿も残骸も残っていなかった。
アトミック侍は手元の刀をしばらく眺めた。刃先からは僅かに煙が上がり、まだ完全には気の扱いに刀そのものが耐えきれていないことが分かる。
「さすがに、やりすぎたか」
そう言いながら刀を鞘へ戻した。口元には、満足そうな笑みが浮かんでいる。
◇
少し離れた岩場で、ピッコロは三つの戦場を順番に見渡していた。ネイズは死亡し、ドーレも死亡、サウザーも跡形すら残っていない。
四か月前の三人も、それぞれ十分に強かった。だが、今ほどではない。
フラッシュは速度そのものへ頼りすぎていた。金属バットは気合いと耐久力に頼りすぎ、アトミック侍は自分の剣術の外側へ出ようとしなかった。
それぞれの長所は変えていない。むしろ長所をそのまま残した上で、弱点だけを削った。
その結果、ピッコロが自分で戦う必要はなくなった。四か月間の成果としては、十分すぎる。
「悪くない」
ピッコロが小さく呟くと、隣で悟空が楽しそうに笑った。三人の成長を見ることそのものが嬉しいらしい。
「すげえな。みんな前よりずっと強くなってんな」
「お前は余計なことするなよ」
「してねえぞ」
「顔が戦いたそうだ」
「へへ……ちょっとだけな」
「やめろ」
タツマキも腕を組みながら三人を眺めていた。素直に認めるのは少し癪らしく、表情だけはいつも通りである。
「まあまあじゃない」
アマイマスクが横目で見た。
「素直に褒めればいいだろう」
「褒めてるわよ」
「それで?」
「十分でしょ」
遠くから金属バットの声が飛んでくる。
「聞こえてんぞ!」
「元気ね」
アトミック侍は最後に、サウザーがいた場所を一度だけ見た。そこから刀を腰へ収め直し、今度は中央へ視線を向ける。
「さて、あとは社長だな」
小さく笑った、その瞬間だった。
空気が変わった。
誰もが、ほぼ同時に中央へ顔を向ける。フリーザとクウラ、二人の間にあった静かな圧力が、一気に膨れ上がっていた。
ゴールデンクウラの全身から、先ほどまでとは比較にならないほど巨大な気が噴き上がる。大地が揺れ、空を覆っていた雲が中心から押し退けられ、遠くの山肌からは巨大な岩が剥がれ落ちて地面へ転がった。
その正面で、フリーザはまだ白と紫の最終形態のまま立っている。クウラの黄金を真正面から眺めながら、むしろ楽しそうに笑っていた。
「ずいぶん頑張ったようですね、兄さん」
マスクの奥から、クウラの低い声が響く。
「その余裕がいつまで続くか見ものだな」
「余裕?」
フリーザの笑みが深くなった。
「これは期待ですよ」
クウラの気がさらに膨れ上がる。その力は四か月前とはまるで別物であり、フリーザの赤い瞳も自然と僅かに細くなった。
やはり予想通りだった。いや、少しだけ予想以上と言ってもいい。
「ほっほっほ……」
フリーザの口から、嬉しそうな笑い声が漏れた。その直後、身体全体を黄金の光が包み込む。
白が金へ変わり、紫がさらに深く輝いた。ゴールデンフリーザ。
二つの黄金が向かい合った次の瞬間、双方の気が同時に爆発した。
目には見えない巨大な壁同士が正面から衝突したような衝撃が荒野を走る。先ほどまでの三戦で作られたクレーターが余波だけで一斉に崩れ、砂と岩が地面から浮き上がった。
悟空の顔から、先ほどまでの軽い笑みが消えた。ピッコロのマントが激しくはためき、タツマキは反射的にバリアを張る。
アマイマスクも腕で顔を庇い、アトミック侍は足を踏ん張った。金属バットはバットを地面へ突き刺し、フラッシュも目を細めて二人の黄金を見つめる。
その中心にいるのは、黄金と黄金。兄と弟。
四か月間、一方は弟へ追いつくために地獄を歩いた。もう一方は、その兄が来ることを知りながら、さらに先へ進み続けた。
クウラのマスクの奥から、低い笑い声が漏れる。
「ようやくだ」
フリーザが首を僅かに傾ける。
「何がです?」
「四か月前の借りを返す時が来た」
「そうですか」
フリーザは両腕をゆっくり広げた。黄金の尾が地面を一度だけ叩き、その衝撃で小さな亀裂が足元へ走る。
「では、返してみてください」
クウラが構え、フリーザも笑みを崩さず構えを取った。周囲の者たちは誰一人として言葉を発さず、二人だけを見つめている。
機甲戦隊の戦いは終わった。四か月の修行成果も示された。
残る答えは一つだけだった。
兄と弟。
どちらが強いのか。
その結論を出す戦いが、ようやく始まる。