フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
フリーザとクウラが互いのプライドを賭けてぶつかり合っていた頃、第七宇宙の地球では、そこから遥かに離れた別の荒野でも一つの戦いが始まろうとしていた。
周囲には人家も道路もなく、見渡す限り岩山と乾いた大地だけが続いている。多少地形が変わったところで苦情を言う者はいない場所であり、少なくともブルマは、「どうせやるならここにしなさい。カプセルコーポレーションの近所でやったら二人まとめて請求書を送るから」と念を押していた。
その荒野の中央で、サイタマはいつものヒーロースーツ姿のまま、目の前に立つ男を眺めていた。相手はベジータ。腕を組み、不機嫌そうな顔でこちらを見ている。
少し離れた岩場にはブルマと幼いトランクスがいて、安全のため周囲には複数の防護装置が設置されている。さらにメタルナイトの無人観測機まで上空を旋回し、二人の戦闘データを記録する準備を整えていた。
「パパ、本当にあの人と戦うの?」
トランクスがサイタマを見ながら聞いた。
「そうみたいね」
「強そうに見えないけど」
「それはママも同意見。でも、フリーザとずっと殴り合ってる人間を見た目で判断するのはやめた方がいいと思うわ」
ブルマはそう言いながら端末を操作した。画面にはベジータの生体反応や周囲のエネルギー値だけでなく、サイタマの動きを測定するためにメタルナイトが持ち込んだ観測装置の情報まで並んでいる。
『計測不能になる可能性が高い』
「最初から諦めないでよ」
『月面での戦闘データを見た。通常の測定器では意味がない』
「じゃあもっといいの作りなさい」
『開発費はそちらへ請求する』
「何でよ!」
遠くから聞こえるブルマたちの会話をほとんど気にせず、サイタマはベジータだけを見ていた。少なからず期待している。フリーザから「かなり強い」と聞いていたからだ。
あのフリーザが他人を強いと認める基準は、普通の人間とはかなり違う。ましてベジータは、フリーザがブラックへ到達した後でさえ、改めて戦いたいと考えていた相手の一人だった。
「よろしく」
サイタマが片手を上げる。
「……フン」
ベジータは鼻を鳴らしたものの、すぐには構えなかった。しばらくサイタマの顔を観察した後、まるで戦う前に確認しておくべきことがあるように口を開く。
「一つ聞いておく」
「何?」
「貴様は、あいつがどんな奴なのか分かっているのか?」
サイタマが首を傾げる。
「あいつ?」
「フリーザだ」
「ああ」
ベジータの目が鋭くなる。
「今は会社だのヒーローだのとくだらん真似をしているが、元々は宇宙でも指折りの悪党だ。星を奪い、逆らう者を殺し、気に入らなければ惑星ごと消す。そういう奴だぞ」
「知ってる」
あまりにもあっさりした返事だったため、今度はベジータが眉を動かした。
「過去に何をしたかもか?」
「だいたい」
「本人から聞いたのか?」
「修行終わった後、たまに話すから」
サイタマは頬を掻いた。
「昔何してたとか、悟空とどう戦ったとか、ベジータのこと殺したとか」
ベジータの額に青筋が浮いた。
「…そこまで聞いているなら話は早い。なぜ一緒にいる」
「ん?」
「奴を信用しているのかと聞いている!」
少しだけ大きくなった声を受けても、サイタマはすぐには答えなかった。いつもの眠そうな顔のまま、言葉を選ぶように少しだけ視線を外す。
「信用っていうか、過去のことは過去のことだろ」
ベジータは何も言わず、続きを待った。
「別に昔のフリーザがいい奴だったとは思わないし、今もいい奴だとは思ってない。性格最悪だし、殺していいって分かったらたぶんすぐ殺すし、会社の広告に勝手に俺使うし、セールの日に修行入れようとするし」
「最後の方は戦闘と関係ないだろう」
「俺には大事なんだよ」
ベジータが呆れたように眉を寄せたが、サイタマは気にせず続ける。
「だから、まあ、人としてはだいぶ終わってる」
「そこまで言うなら、なおさらだ」
「でも、俺にとっては恩人でもあるんだよな」
その一言だけ、少し声の調子が違った。ベジータもすぐには反論せず、サイタマをじっと見ている。
サイタマ自身、以前ならこんな話を長くすることはなかっただろう。強くなりすぎて敵がいなくなり、何をしても一発で終わる。ヒーローをやっていても、買い物をしていても、飯を食っていても、何かが欠けたままだった。自分が何を求めているのかさえ、よく分からなくなっていた時期があった。
そこへフリーザが現れた。
「俺、あいつと会うまで結構退屈だったんだよ。強くなりすぎて誰とやっても終わるし、夢の中で強い奴と戦った時だけ楽しかったりしてさ」
サイタマは自分の拳を見た。
「フリーザと初めてやった時、久しぶりに痛かった」
拳をかわされ、攻撃を受け、そしてこちらの攻撃にも相手が食らいついてくる。何年ぶりか分からないほど久しぶりに、もう一発やりたいと思った。
「それから修行するようになって、強い奴も増えた。あいつのせいで会社にも入ったし、面倒なことも増えたけど、一人じゃなくなった」
サイタマは少し考えてから、照れくさそうに頭を掻いた。
「居場所っていうのか? よく分かんないけど、そういうのもできた」
そこで改めてベジータを見る。
「何度も言うけど、性格は超終わってる」
「それはもう分かった」
「でも俺は、友達だと思ってる」
荒野を風が抜けていく。
ベジータはしばらく何も言わず、サイタマの顔を見ていた。冗談でも、格好をつけているわけでもない。本当にそう思っているから、ただそう言った。それだけなのだと理解する。
「……ならいい」
「え?」
「何でもない」
ベジータは一歩前へ出し、先ほどまでとは明らかに違う目でサイタマを見た。
「話は終わりだ」
全身から青白い気が噴き上がり、大地が鳴った。空気が震える中、黒かった髪が鮮やかな青へ染まり、身体の周囲を神の気が包み込む。
超サイヤ人ブルー。
サイタマの目が少し開いた。
「おお」
「何だ」
「ちゃんと強そう」
「強『そう』じゃない。強いぞオレは」
口元を吊り上げながら、ベジータが言った。
「やるぞ」
「おう」
◇
最初に動いたのはベジータだった。ただし、いきなり距離を詰めることはせず、片手を上げる。
「まずは挨拶だ!」
無数の気弾が一斉に放たれた。サイタマがどの程度の攻撃へどう反応するのかを見るための小手調べだったが、青白い光弾は空を埋め尽くし、普通の相手なら回避場所さえ失うほどの密度で押し寄せる。
ところが、サイタマが選んだのは回避ではなかった。
「んじゃ」
そのまま走り出す。
「何!?」
気弾の嵐へ真正面から突っ込んだ。
連続する爆発がサイタマの姿を飲み込み、何発もの気弾が身体へ直撃する。それでも速度はほとんど落ちず、爆煙を突き破った時にはベジータの目前まで来ていた。
「普通のパンチ」
「チッ!」
ベジータは反射的に両腕を交差し、拳を受け止めた。
直後、凄まじい衝撃が荒野を突き抜ける。
「ぐっ……!」
ベジータの身体は数キロ先まで吹き飛び、途中にあった岩山を一つ、二つ、三つと続けて貫通した。最後は巨大な岩盤へ背中から激突し、その衝撃で山全体が崩れ落ちる。
「父さん!?」
トランクスの目が丸くなる。
「大丈夫よ」
ブルマは比較的落ち着いていた。
「たぶん」
「たぶん!?」
次の瞬間には瓦礫が内側から爆発し、ベジータが勢いよく飛び出してきた。腕から僅かに煙が上がっているものの、戦闘を続けるには問題なさそうだった。
「へえ」
サイタマが少し驚いた顔になる。
「反応いいな」
「貴様……!」
ベジータは自分の腕を見る。防御が間に合わなければ、今の一撃だけでも相当な損傷を受けていた可能性がある。
「なるほど。小手調べをしている場合ではなさそうだな」
青い気が変化する。単純に膨れ上がるのではなく、身体の周囲へ凝縮されていく。無駄に揺れていたオーラが肉体へ密着し、ブルーの力がより高い精度で制御され始めた。
その変化を見て、サイタマの表情も少しだけ引き締まった。
「じゃあ、ちゃんとやるか」
二人がほぼ同時に地面を蹴った。
◇
最初の拳と拳がぶつかっただけで、荒野の中央が大きく沈み込んだ。サイタマが右拳を振るえばベジータは腕で受け、続く左を首だけ動かしてかわす。その流れを利用してベジータが腹へ拳を返すが、サイタマも身体を僅かに捻って外した。
続く膝だけはサイタマの腹へ当たり、身体が僅かに浮き上がる。
「おっ」
ベジータは即座に追い、肘を叩き込む。サイタマは腕で防ぎながら、そのまま強引に拳を返した。
「チッ!」
ベジータが上体を反らし、紙一重でかわす。背後を拳圧が通り抜け、遠くにあった岩山が上半分だけ吹き飛んだ。
直後にはベジータの蹴りがサイタマの頬を捉える。サイタマは横へ飛ばされたものの、地面を蹴って即座に戻り、二人は再び真正面から激突した。
戦況は完全な一進一退だった。サイタマが攻撃すればベジータが防ぎ、防ぎきれなければかわす。ベジータが攻めればサイタマも受け、あるいは必要な分だけ身体をずらして避ける。
ただし、ときどきサイタマは明らかに避けられる攻撃さえ、あえて受けていた。
「何?」
ベジータの拳がサイタマの胸へ入る。本来ならそこで距離が開くはずだったが、サイタマは吹き飛ばされるどころか一歩前へ出た。
「なっ!」
殴られながら距離を潰し、そのまま拳を返す。
ベジータは即座に防御したものの、大きく後方へ吹き飛ばされた。空中ですぐに止まり、口元を軽く拭う。
「なるほどな。被弾を承知で距離を詰めるか」
サイタマは答えず、ベジータの身体や動きを観察していた。攻撃、防御、踏み込み、それぞれの瞬間に何かが変わっている。
気そのものを正確に見られるわけではない。
それでも、フリーザと何度も修行した。
何百回、何千回と同じような動きを見てきた。
拳が当たる瞬間だけ強くする。受ける場所だけ硬くする。踏み込む一瞬だけ出力を上げ、終わったらすぐ戻す。
「……あ」
サイタマが気づいた。
「フリーザと似てんな」
「何?」
「力の使い方。ずっと全力じゃなくて、当たる時だけ強くするやつ」
ベジータの目が僅かに変わる。
「ほう」
「前から、フリーザにやってみようと思ってたんだ」
サイタマが腰を落とした。
「何をする気だ?」
ベジータが構える。
次の瞬間、サイタマが最大速度で真正面から突っ込んだ。
「!」
「単純だ!」
ベジータは即座に軌道を読み、顔面へカウンターを放つ。
だが、サイタマは止まらない。
「何!?」
腕を上げてベジータの拳を防御すると、その衝撃を受けながら速度をほとんど殺さず、身体ごと正面からぶつかった。
「ぐっ!」
二人の距離が完全に消えた。肩と肩が触れそうなほど近い。
「これなら、考える暇ないだろ」
サイタマの拳が飛ぶ。
「……!」
ベジータが防ぐ。
次の拳。
肘。
膝。
蹴り。
互いにほとんど離れない。
数十センチの距離で、一撃を防げば次が来る。かわしても即座に追われる。
ベジータの出力切り替えは極めて速い。攻撃から防御へ、防御から反撃へ、普通の戦士では到底対応できない速度で気を移動させている。
だがサイタマの狙いは、その技術そのものを使いにくくすることだった。
攻撃。
さらに攻撃。
相打ちも気にしない。
止まらない。
「考えたな!」
ベジータが楽しそうに笑う。
技術的には自分の方が上だ。気の制御も、攻防の切り替えも、間合いの管理も、読み合いもベジータの方が遥かに多く経験している。
しかし、それらは判断する時間があるからこそ最大限に生きる。
考える。
決める。
出力を切り替える。
相手がそれ以上の回転率で相打ち覚悟の乱打戦へ持ち込めば、処理しなければならない情報量が急激に増える。
「ぐっ!」
サイタマの拳が腹へ入る。ベジータは即座に頬へ反撃するが、サイタマは止まらず次の拳を肩、さらに胸へ叩き込んでくる。
「チッ!」
ベジータが僅かに後退した。
差を作っているのは純粋な速度ではない。
回転率。
サイタマは気の操作そのものが必要ない。それゆえ、接近して殴るという単純な行動だけなら、一つの判断に必要な時間が短い。
気を細かく切り替える暇を与えない。
距離を作る暇も、大技を撃つ暇も、息を整える暇さえ与えない。
「面白い!」
ベジータはサイタマの拳を頬へ受けながら、それでも笑った。
「だが、乱打戦ならオレにも考えがあるぞ!」
その瞬間、戦場を満たしていた気の性質が変わった。
◇
ベジータの身体から青い気が消え、その代わりに荒々しい紫色の気が噴き上がった。先ほどまでの鋭く研ぎ澄まされたブルーとはまるで違い、破壊そのものを思わせる圧力が荒野へ広がっていく。
「ん?」
サイタマも一度拳を止めた。
傷つくことさえ力へ変えてしまうような、攻撃的な気配だった。ベジータの髪は紫へ変わり、瞳にも先ほどまで以上に獰猛な光が宿る。
「へえ。また変わった」
「我儘の極意だ」
ベジータが拳を握る。
「貴様が望んだ乱打戦、付き合ってやる!」
ベジータが踏み込み、サイタマも正面から応じた。
拳同士が激突する。
「!」
今度はサイタマの腕が僅かに押された。
続くベジータの拳が腹へ入り、サイタマが反撃を頬へ叩き込む。
「ぐっ!」
ベジータは殴られた。
だが、笑った。
「もっとだ!」
右拳がサイタマの顔へ入る。
「おっ」
サイタマの身体が僅かに揺れ、それでも即座に胸へ拳を返す。ベジータは後退するが、すぐ前へ戻ってくる。
「まだだ!」
殴られたら殴り返す。
受けたら前へ出る。
先ほどまでベジータを苦しめていた乱打戦そのものが、少しずつ別の意味を持ち始めた。
サイタマの拳を一発受ける。
紫の気が濃くなる。
もう一発受ける。
拳がさらに重くなる。
速度も上がる。
倒れにくくなる。
傷を負うほど、そして闘争心が燃え上がるほど、我儘の極意がベジータの戦闘能力を引き上げていた。
「すげえな。さっきより強くなってる」
「当然だ!」
ベジータの拳を受けたサイタマが一歩後ろへ動く。
「まだまだァ!」
次の拳。
サイタマは腹へ受け、そのまま反撃する。ベジータも正面から拳を受けるが、むしろ楽しそうに笑った。
「もっと打ってこい!」
「変なの」
「貴様に言われたくない!」
二人が再び正面からぶつかる。
今度は、明確にサイタマが押された。
「お」
続く一撃で防御した腕が弾かれる。その隙へベジータの拳が腹へ入り、サイタマが数メートル後退した。
さらに顎。
「おおっ」
サイタマの身体が浮き上がる。
「終わりじゃないぞ!」
ベジータが即座に追いつき、両拳を組んで上から叩きつけた。
直撃したサイタマは地面へ落下し、轟音とともに巨大なクレーターを作った。
しばらくして土煙が薄くなると、その中心でサイタマがゆっくり起き上がった。身体に大きな傷はないものの、表情には珍しくはっきりした驚きが浮かんでいる。
「……すげえ。殴り合いで普通に負けた」
サイタマは自分の拳を眺めた。
これまで、力比べで押されることも、速度や技術で意表を突かれることもあった。フリーザとの戦いでも、何度か明確に攻撃を受けている。
しかし真正面から互いに避けず、単純に拳を交換し続けた末に、自分が先に吹き飛ばされた。
それは初めてだった。
そして、サイタマは自然に笑った。
「楽しいな」
上空ではベジータも大きく息を吐いていた。我儘の極意は確かに強いが、サイタマの拳を何度も受けている以上、当然ながら無傷ではない。戦闘不能にはほど遠いが、確かなダメージが残っている。
「フン」
ベジータが笑う。
「貴様も相当だぞ」
サイタマはクレーターから立ち上がった。
フリーザと修行していなければどうなっていただろう、と少しだけ考える。
何でも一発で終わると思っていた昔の自分が、何も考えず、何も学ばず、ただ真正面から殴るだけでベジータへ挑んでいれば。
「負けてたかもな」
小さく口にしてみても、その想像は嫌ではなかった。
むしろ少し嬉しい。
まだいた。
本気で戦える相手が。
サイタマは、この時点でベジータを完全に認めていた。
自分と近いところにいる。
あるいは、それ以上の相手だ。
「なあ」
サイタマが上空を見上げる。
「何だ」
「もうちょいやろうぜ」
ベジータの口元が上がった。
「言うと思ったぞ。来い!」
「おう」
二人が再び構えた、その瞬間だった。
◇
荒野の上空に突然、巨大な映像が出現した。
映し出されたのは人間の顔。
ブルマ。
それも、ものすごく怒っている。
「さっさと終わりなさーーーーーい!!」
「うわっ!?」
サイタマが戦闘中とは別の意味で本気で飛び退いた。
ベジータも不機嫌そうに顔を上げる。
「ブルマ! 邪魔をするな!」
「何が邪魔よ!」
巨大なブルマの顔が荒野へ怒鳴りつける。
「契約時間、とっくに過ぎてるの!」
「知るか!」
「知りなさい!」
「今いいところなんだ!」
「こっちも分かってるわよ!」
映像の端に契約書が表示される。表題は、『サイタマ氏のスパーリング提供について』。
「何これ」
サイタマが首を傾げる。
「何だこれは」
ベジータも同じ反応だった。
「フリーザとの契約!」
ブルマが声を張る。
「サイタマさんを修行相手として貸してもらう代わりに、時間制限を設定する!」
「聞いてないぞ!」
「あなたに言う必要ないでしょ!」
「あるだろう!」
「それと、もう一個!」
画面に別の条項が拡大表示された。
『双方の戦闘出力が想定上限を超過し、サイタマ氏またはベジータ氏が重大な損傷を負う可能性がある場合、ブルマ氏の判断により即時終了できる』
ベジータは数秒、その文章を見つめた。
「誰がこんな条件を!」
「フリーザ」
「やっぱりあいつか!!」
怒声が荒野全体へ響き渡る。
「奴の言うことなど聞く必要はない!」
「ふーん」
巨大なブルマの目が細くなる。
「じゃあ契約破るの?」
「当然だ!」
「サイタマさん」
「ん?」
巨大な顔がゆっくりとサイタマへ向いた。
「この契約破ったら……どうなるか、分かるわね?」
笑顔だった。
その笑顔が怖い。
サイタマはフリーザから、今回の技術取引について大まかな説明を受けている。小惑星を利用した新しい訓練場や、宇宙間航行船。それらの交渉条件の一つとして、自分がベジータの修行相手になることも聞いていた。
「ハイ」
驚くほど素直な返事だった。
「貴様!」
ベジータが振り返る。
「何で従う!」
「いや、フリーザにあとでグチグチ言われるの面倒だし」
「そんなもの無視しろ!」
「あと、お前の奥さん怖いし」
「……」
ベジータが黙った。
ブルマの巨大な顔が満足そうに頷く。
「分かればよろしい」
「くっ……!」
ベジータはまだ明らかに戦いたそうだったが、ブルマ、契約、フリーザの三つをまとめて無視した場合に何が起こるかを考え、最終的に我儘の極意を解除した。紫の気が消え、髪も元の黒へ戻っていく。
「チッ! 今日はここまでだ」
サイタマも構えを解いた。
「そっか」
少し残念そうな声だった。
ベジータはその顔を見る。
「何だ」
「いや、またやりたいなと思って」
ベジータは一瞬だけ黙り、それから鼻を鳴らした。
「フン。いつでも来い」
「おう」
巨大な映像のブルマが即座に割り込む。
「来る時は事前に連絡して!」
「分かった」
「本当に?」
「たぶん」
「それ孫君と同じ返事じゃない!」
トランクスが堪えきれず笑った。
上空ではメタルナイトの無人機が、最後まで二人の戦闘データを記録し続けている。
『有用なデータが取れた』
「何が分かったの?」
『一つある』
「何?」
『フリーザが、なぜサイタマを他者へ貸したがらないのか理解できた』
ブルマはサイタマが作った巨大なクレーターと、ベジータが吹き飛ばされた岩山を順番に眺めた。
「……でしょうね」
戦いが終わり、サイタマは帰る前にもう一度ベジータを見た。
強い。
ものすごく強い。
フリーザとは違う。
悟空とも違う。
殴られることすら、自分を強くするための燃料へ変えてしまう戦い方だった。
そして先ほど、自分は真正面から殴り負けた。
普通なら悔しいと思うのかもしれない。
だが、サイタマは嬉しかった。
また一人、本気で殴り合える相手が見つかった。
「次は、もうちょい長くやろうぜ」
サイタマが言う。
ベジータは背中を向けたままだったが、その口元にはほんの僅かに笑みが浮かんでいた。
「望むところだ」
同じ頃、別の荒野ではフリーザとクウラという兄弟が、互いのプライドと宇宙最強の座を賭けて戦っていた。
そして、そんな兄弟喧嘩とは関係のないところで。
サイタマには、新しい修行相手が一人増えた。