フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
サイタマとベジータが荒野で拳を交え、さらに別の場所ではフリーザとクウラが兄弟としての意地をぶつけ合っていた頃、カプセルコーポレーションの研究棟でも、それらとはまったく異なる形の交渉が進められていた。殴り合いも撃ち合いもないが、机の上には大量の設計図や解析端末、分解された機械部品が並び、その中央でブルマが一機の無人機と向かい合っている。
無人機を操作しているのはS級ヒーロー、メタルナイトことボフォイ博士だった。もっとも本人の姿はなく、どこから通信しているのかもブルマは聞いていないし、聞いたところで素直に答える男でもないと思っていた。
そんな二人が今日ここで顔を合わせることになったきっかけは、数日前にフリーザから入った一本の通信だった。
◇
フリーザが第七宇宙支部へ向かう少し前、社長室の大型モニターにはメタルナイトの無人機が映し出されていた。フリーザは翌日の予定を確認しながら、いつもの柔らかな口調で通信の向こうへ呼びかけた。
「メタルナイトさん」
『何だ』
「少々、お願いがあります」
『お前がその言い方をする時は、大抵こちらの仕事が増える』
「心外ですね」
『統計上の結果だ』
フリーザは聞かなかったことにして手元の予定表を閉じ、背もたれへ身体を預けた。明日の予定には「第七宇宙支部」の文字があり、その先に何が待っているのかも本人にはほぼ分かっている。
「これから、わたくしは兄さんと戦ってきます」
『クウラか』
「ええ」
『勝てるのか』
フリーザは一秒も考えなかった。
「もちろん」
『即答か』
「勝つつもりのない戦いへ行くほど、暇ではありませんよ」
その口調にはいつもの余裕があった。四か月前とは比較にならないほどクウラが強くなっているであろうことも、相当なところまで仕上げてくることも予想している。それでも最後に立っているのは自分だと、フリーザは疑っていなかった。
「ですから、わたくしが兄さんのお相手をしている間に、あなたには別件をお願いしたいのです」
『カプセルコーポレーションか』
「話が早くて助かります」
『元々、そのつもりだった。技術協力については、すでにブルマと話を進めている』
「それは結構です。ただし、宇宙船だけではありません」
『何が欲しいんだ?』
「あなたの無人機を、もっと強くしたい」
通信の向こうで短い沈黙が生まれた。メタルナイトが興味を示したことを確認すると、フリーザは口元に薄い笑みを浮かべる。
『具体的に言わなければわからん』
「では、一つ昔話をしましょう。かつて、わたくしは力の大会というものへ参加したことがあります」
『知っている』
「なら話は早いですね。その時、わたくしたち第七宇宙には、人造人間十七号と十八号がいました」
『戦闘用人造人間か』
「ええ」
厳密には十七号と十八号は元々人間をベースとして改造された存在だが、今フリーザが話したいのはそこではない。彼らが力の大会でどれほど厄介な存在だったのか、その一点だった。
「彼らは、あの大会において明確な脅威でした。他宇宙の戦士たちにとっても、そして結果として、わたくしたち第七宇宙が生き残るうえでも非常に大きな存在だった」
メタルナイトは何も言わずに聞いている。フリーザは一瞬だけ嫌そうな顔をすると、それでも事実を認めるように続けた。
「特に十七号ですが……認めたくはありませんけれどね」
『何だ』
「あの男がいなければ、ジレンには勝てなかったでしょう」
無人機のカメラ部分が僅かに動いた。ボフォイ本人の表情は見えないが、少なくとも通信の向こうでは多少なりとも驚いているのだろうと、フリーザには分かった。
フリーザが強者を評価すること自体は珍しくない。利用価値のある者も認めるし、強い相手との戦いを好んですらいる。しかし「あの者がいなければ勝てなかった」とまで他人を評価するのは、かなり珍しい。
『そこまでの戦士だったのか』
「強いですよ。ただし、彼の厄介さは単純な戦闘力だけではありません」
『ほう』
「永久エネルギー炉です」
今度はメタルナイトが完全に沈黙した。フリーザは相手の反応を楽しむように、ゆっくり説明を続ける。
「十七号と十八号には、エネルギーが尽きない。少なくとも通常の戦闘では、消耗そのものをほとんど考える必要がありません」
『永久……?』
「ええ。わたくしや悟空さんなら、どれほど強くても戦えば消耗します。ゴールデンも、ブルーも、身勝手の極意も、我儘の極意も、強大な力を使う以上、それを維持するための代償はある」
『当然だ』
「ですが、彼らは違います。全開で動き続けても、エネルギー切れという概念そのものが極めて薄い。持久戦になればなるほど、あの特性は凶悪ですよ」
メタルナイトの無人機が僅かに前へ動いた。その反応を見る限り、科学者として完全に興味を引かれたらしい。
『そんな技術が、この地球に存在するのか』
「存在しました」
『しました?』
「開発者は亡くなっています」
フリーザは以前ブルマから聞いた話を思い出しながら、さらに続ける。
「ドクター・ゲロという科学者です。十七号や十八号だけではありません。かつて十六号という、完全な機械式でありながら永久エネルギー炉を搭載した人造人間まで作っていたそうですよ」
『完全機械型で、永久エネルギー炉を?』
「そのようですね。そして、ここからが重要です」
『ブルマか』
「正解です」
フリーザは指先で机を軽く叩きながら、楽しそうに笑った。
「ブルマさんは、十六号を実際に修理したことがあるそうです。内部構造の記録がある程度は残っていると思われます」
『……なるほど』
「あなたの無人機に応用できませんか?」
『できるかどうかは、データを見なければ分からない』
「それで結構です」
『だが、可能ならやる』
「でしょうね」
『永久エネルギー炉が本当に再現できるなら、無人兵器の運用思想そのものが変わる』
メタルナイトの声は相変わらず平坦だったが、フリーザには十分だった。完全に食いついている。
「それでは、交渉はお任せします」
『お前は行くのか』
「兄さんが待っていますから」
『まだ来ていないだろう』
「来ますよ。兄さんですから」
『理解できん』
「兄弟というのは、そういうものですよ」
『お前に言われても説得力がない』
「失礼ですね」
通信を切ろうとしたフリーザは、最後にもう一つだけ思い出したように呼び止めた。
「メタルナイトさん」
『何だ』
「可能であれば、とびきり丈夫なものを作ってください」
『何に使う』
フリーザは椅子から立ち上がり、窓の向こうに広がる街を眺めた。その目には、地球だけではないものが映っていた。
「全宇宙です」
それだけ告げて、通信は切れた。
◇
そして現在、カプセルコーポレーションの研究室でブルマは腕を組み、目の前のメタルナイトの無人機を眺めていた。一通りの説明を聞き終えたものの、すぐに資料を渡す気にはなれない。
「……難しいわね」
『理由を聞かせてもらいたい』
「二つあるわ」
ブルマは椅子へ腰掛け、机の上に置かれた端末を指先で軽く回した。
「まず一つ目。あんた、フリーザのところの人間でしょ?」
『確かにフリーザコーポレーションには所属している』
「そこなのよ。私だって馬鹿じゃないから、今のフリーザが昔みたいに惑星を次々吹き飛ばしてるわけじゃないのは分かってる」
『なら問題ないだろう』
「いや、あいつよ?」
『それが何だ』
「フリーザよ?」
『知っている』
「……話通じないわね」
ブルマは呆れながら額へ指を当てた。永久エネルギー炉がどれほど価値のある技術なのか、それを理解しているからこそ慎重になる。
「永久エネルギー炉なんて、使い方を間違えたらとんでもないものになるわ」
『理解している』
「無人兵器がエネルギー切れを起こさなくなる。フリーザのとこ所属の兵器でしょ?」
『そうだ』
「怖いのよ、それ」
『合理的な懸念だ』
あまりにもあっさり認められ、今度はブルマの方が少し拍子抜けした。
『だが、それは技術そのものではなく、運用者の問題だ』
「そうね」
『なら条件を設定すればいい』
「簡単に言うわね」
『それにビジネスとして成立するなら、お前もこの話を完全拒否する気はないはずだ』
ブルマは目を細めた。痛いところを突かれている。
フリーザ・コーポレーションやメタルナイトが持っている技術の中にも、カプセルコーポレーション側が欲しいものは多い。第六宇宙との交易データ、異星文明の技術体系、宇宙間航行技術、大規模建造設備など、共同研究に十分すぎる価値がある。
「まあ、そこは条件次第でいいわ」
『なら二つ目は何だ』
ブルマの表情が少し真面目になった。
「そっちの方が問題よ。人造人間を作ったの、私じゃないの」
『知っている』
「十六号も、十七号も、十八号も、作ったのはドクター・ゲロよ。私は十六号を修理したことがあるし、その時かなり詳しく内部構造も調べたけど、開発者そのものじゃない」
ブルマは端末を操作し、古いデータを画面へ呼び出した。そこには人型の内部フレーム、動力機構、損傷箇所、修理記録、そして各部の解析結果が表示されている。
「だから設計図や構造の記録は一応残ってる」
『それが欲しい』
「でも、これを簡単に再現できると思わない方がいいわよ」
ブルマは画面の一部を拡大し、複雑な内部構造を示した。
「ゲロって性格は最悪だったけど、技術者としては間違いなく天才だった。人間をベースにあそこまで改造して、性能を維持したまま永久エネルギー炉を組み込むなんて、今見てもおかしいのよ」
『十六号は完全機械型だったのだろう』
「そこが救いね。十六号の方なら無人機に応用できる可能性はある。でも、そのままコピーすれば動くようなものじゃない」
『構わない。解析する』
「かなり時間かかるわよ」
『問題ない』
「失敗するかもしれない」
『問題ない』
「下手したら何年単位よ?」
『それも問題ない』
どの条件を出しても返事が変わらないため、ブルマは少し興味深そうに無人機を眺めた。
「ずいぶん欲しいのね」
『そうだ』
「強くなりたいから?」
わずかな間を置いてから、メタルナイトは否定した。
『違う。強さそのものが目的ではない』
「じゃあ何?」
無人機から投影された立体映像が、机の上へ広がっていった。最初に地球が現れ、太陽系、銀河、第七宇宙へと視点が広がり、やがて隣には第六宇宙まで表示される。
『配置する』
「何を?」
『無人機だ』
宇宙の各所へ小さな光点が増えていった。惑星、交易航路、宇宙基地、文明圏など、拠点となり得る場所へ次々と印が付いていく。
『フリーザとサイタマは強い』
「知ってる」
『強すぎると言ってもいい』
「それも知ってる」
『だが、体は一つしかない。フリーザがどれほど速くても、同時に十の惑星へは行けない。サイタマがどれほど強くても、別宇宙で同時に百件の災害が起これば対処できない。キューブがどれだけ優れていようが、一つしかない乗り物で千の禍は対応不可能だ』
ブルマの表情が変わり、立体映像の光点を改めて眺める。
「それで無人機?」
『そうだ。現在、宇宙間航行用の大型船も建造している。完成すれば人員や物資を他宇宙へ送れるようになる』
「それでも遅いわね」
『その通り。数人の強者に宇宙全体を見回らせる運用には限界がある』
立体映像の光点が、数十から数百、さらに数千へと増えていった。
『なら、目を増やす。そして手も増やす』
ブルマは何も言わず、その構想を聞いていた。
『無人機を各地へ配置する。災害を検知し、犯罪を検知し、宇宙海賊や怪人を発見する。必要なら、その場で即座に対処する』
「ずいぶん大きく出るじゃない」
『必要だ。各機体が十分な戦闘能力と永久に近い稼働時間を持てば、補給の問題は大幅に減る』
「でも壊れる」
『修理機も送る』
「通信が切れたら?」
『現地判断用の自律系を積む』
「乗っ取られたら?」
『対策する』
「暴走したら?」
『停止手段を別系統で用意する』
答えが一度も止まらない。ブルマが思いつく程度の問題は、すでに一通り想定しているらしい。
「本気なのね」
『最初からそう言っている』
「フリーザに言われたからじゃなくて?」
『奴の命令だけなら、ここまでやる必要はない』
ブルマはしばらく無言で無人機を見た。表情は見えず、声も機械的で、口調にも熱はない。それでも、男が本気で宇宙全体へ自分の目と手を伸ばそうとしていることだけは伝わった。
それは支配のためではなかった。少なくとも今説明している構想の中心にあるのは、広すぎる宇宙で起こる危機へ少しでも早く手を伸ばすための仕組みだった。
「……あんたさ」
『何だ』
「何でフリーザのところにいるの?」
『質問の意味が分からない』
「いや、普通に考えてよ。あんた、思ってたよりまともじゃない」
『褒めているのか』
「一応」
『なら受け取っておこう』
ブルマは少し笑った後、改めて首を傾げる。
「それで、何でよりによってフリーザ?」
今度はメタルナイトの返答までに僅かな間があった。
「フリーザ。奴は人間的に見ると、俺が見てきたS級ヒーローの中でもダントツで終わっている』
ブルマは思わず吹き出した。
「そこまで!?」
『事実だ』
「部下でしょ、あんた」
『事実は事実だ』
「本人に言える?」
『言う必要があれば言う』
「強いわね、あんた」
メタルナイトはブルマの反応を気にせず、そのまま説明を続けた。
『だが、奴の行動が我々の宇宙に利益をもたらしていることも事実だ』
立体映像の中央にはフリーザ・コーポレーションのマークが表示されている。
『怪人を減らした。犯罪組織を潰した。宇宙間交易を始めた。技術を流通させた。第六宇宙との関係も作った』
「本人の目的は商売とか修行とか、自分の利益が中心だけどね」
『それは関係がない』
「関係ない?」
『俺は動機ではなく、行動と結果を見る。善人だから信用するわけではないし、悪人だから切り捨てるわけでもない』
ブルマは黙って続きを聞いた。
『奴が何を考えていようと、以前何をしていようと。
今現在フリーザの行動によって救われる人類が増えているなら、そこを評価する』
「ずいぶん割り切ってるのね」
『ヒーロー協会に長くいれば、肩書きと中身が一致しない例はいくらでも見る』
「まあ、そうでしょうね」
『フリーザが正義だとは思わない』
「でしょうね」
『だが、今の奴が宇宙にとって必要な存在になりつつあることは否定できない』
ブルマはすぐには返事をしなかった。宇宙の帝王を名乗り、かつては星を滅ぼし、惑星を奪い、人々を恐怖で支配していた男を、今では別の宇宙から来た科学者が「宇宙に必要な存在」と評価している。
かなり妙な話だった。
「……世の中、分かんないものね」
『何がだ』
「昔のフリーザに聞かせてみたいわ」
『本人が一番嫌がるだろう』
「でしょうね」
ブルマは少し笑い、机の上に置かれていた端末を手に取った。
「分かった。渡すわ」
『む』
「十六号のデータ」
無人機が僅かに動いた。
『いいのか』
「全部じゃないわよ。まず私が確認した部分だけ。危険そうなところは伏せるし、あんたがどう解析して、どう使うつもりなのかもこっちへ共有してもらう」
『構わない』
「停止装置は必須」
『当然だ』
「無人機が勝手に惑星を消すような仕様は絶対禁止」
『その予定はない』
「フリーザが『この星、邪魔ですね』とか言っても?」
『拒否する』
「即答するのね」
『当然だ』
ブルマは満足そうに頷いた。
「ならいいわ。その代わり、こっちの仕事も手伝ってもらうから」
『内容は』
「宇宙船の建造、異星技術の解析、それから大型施設の設計」
『具体的には』
「いっぱい」
『曖昧だ』
「今から増えるのよ」
通信の向こうで短い沈黙が流れた。
『お前、フリーザと似てきたな』
「誰がよ!」
ブルマの怒声が研究室へ響き、近くにいた研究員が思わずこちらを振り返った。無人機だけはまったく動じる様子を見せない。
『契約条件として認識した』
「なら最初からそう言いなさい!」
文句を言いながらも、ブルマは端末へ認証コードを入力した。画面には何重もの警告表示が現れ、その一つ一つを確認してから転送許可を出す。
数秒後、地球の歴史を大きく変えた古い技術、人造人間十六号の内部構造データの一部がメタルナイト側の端末へ送られ始めた。それはドクター・ゲロが残した技術と、ブルマの解析記録、そしてメタルナイトの構想を結びつける最初の一歩だった。
◇
同じ頃、遠く離れた荒野では、サイタマとベジータが神の領域に踏み込んだ拳を何度もぶつけ合っていた。大地が揺れ、山が崩れ、互いに一歩も退かず殴り合うその戦いは、誰が見ても力と力の衝突だった。
だが、カプセルコーポレーションの研究室でも、それとはまったく異なる形で新しい力が生まれようとしていた。永久に近いエネルギーを持つ無人機を宇宙中へ配置し、フリーザもサイタマも悟空もいない場所で何かが起きた時、誰より先にそこへ届く仕組みを作る。
メタルナイトの構想が実現するかどうかは、まだ誰にも分からない。それでも少なくともこの日、人造人間十六号の古いデータが一機の無人機へ渡ったことで、その途方もない計画は確かに最初の一歩を踏み出していた。