コレン奮闘記 ―― 秘密多き魔法使いの少年 作:mogatoku
※用語解説
○ケンタウルス
英語名はセントール。
言わずと知れた伝説上の生物。馬の首が人の上半身と置き換わった、あるいは、人の下半身が馬の体に置き換わった姿をしている。
ハリポタ世界では“禁じられた森”に住み、星を読んで未来を眺めて暮らしている。
人とはほとんど関わらないらしい。
ケンタウルスの占星術では星々の動きが未来を示しているという。
――
二日朝練を休んで寝不足と疲れを取り、再び朝練のランニングを始めた。
まだ暗い中、禁じられた森に入ると朝の冷たい空気が頬をくすぐる。
10メートルほど奥に侵入したところがランニングのメインコースだ。
いつもの場所に着くと同時に鞄を開けると、すぐにジャーキーが出てきた。
「おはようございやす、旦那!」
「おはよう、ジャーキー。今日もランニングとトレーニングだ」
実はね。ジャーキーも一緒に走ってくれるようになったんだ。
先月の話。
「あっしも走った方がいいでやすか?」
立ち止まるとジャーキーが地上に降り立った。ずっと浮遊してついてきていたんだ。
「体力をつけるのはオススメだよ」
僕は杖を振って、いつもの剣を出す。
「どうしてでやすか?」
ジャーキーが首をかしげる。魔法があるのになんで? という表情に見える。
「たとえば誰かに襲われたとするね。互いに魔法の技術が同じで、互いに魔力が尽きたとする。すると最後は腕力の勝負になるかもしれないよ」
剣を上段に構えて一振りする。
「だから剣を振ってるんでやすか?」
「そうだよ。昔のマグル兵はだいたい30分も戦うと剣を持つ腕が重くなって力が入らなくなったそうだよ」
「はあ」
突然の話題転換にジャーキーが訝しげな声を出す。
「でも戦場で何時間経っても元気に剣や槍を振り続ける人達がいたんだ」
僕は剣を右下から後ろに下げて、そこから上に持ち上げて、弧を描くように振り下ろす。
「それはどんな人達でやすか?」
「スパルタ兵と薩摩兵だよ」
「そうでやすか」
スパルタ兵と薩摩兵。近接戦闘では最強の軍団だ。
「普通は30分で力尽きる。鍛えていれば1時間くらいはもつかもしれないけど、それでも力尽きる。だから戦闘では絶対に大軍が勝つんだ。いくら剣の腕が良くても、いつまでも振り続けることはできないからね」
今度は左下から同じように弧を描いて振り下ろす。
「そうでやすね」
「でもスパルタ兵はいつまでも剣を振り続けることができた。だから大軍を押し返すこともあったんだ」
プラタイアの戦いだ。
「スパルタンというのはスゴイでやすね」
「スパルタ兵がどんな訓練をしていたのかはよくわからないんだけど、薩摩兵のはわかってるんだよ」
僕は右から水平に剣を振る。
「そのサツマンてのも体力があったんでやすか?」
「そうだよ。大軍相手に死体の山を築き上げたんだ。大軍の方は1時間もすれば薩摩が力尽きると思っていたのに、いつまでたっても元気に死体の山を作り続けるから、ついには大軍の兵士達の方が怖くなって一斉に逃げ出したんだ。『このままでは自分達もあの死体の山の材料にされるだけだ』ってね」
泗川の戦いだ。
「すごいでやすね」
「だから体力はとても大事なんだよっ。フン!」
左から右に振る。
「そのサツマンの訓練方法はわかってるんでやすね」
「そうだよ」
「どんな訓練でやすか?」
ジャーキーは興味津々といった様子で身を乗り出している。
「1日に素振り1万本だよ」
「へ?」
「1日に素振り1万本だよ」
ジャーキーの顔がポカンとなった。
「旦那は何本してやすか?」
「100本だよ。見てるでしょ? ハッ!」
右下から逆袈裟切り。
「全然足りてないでやすね」
「そうだよ。僕はだいたい剣を1回振るのに、5秒はかけてるからね。そうしないとすぐに腕が動かなくなるし、成長中だからまだそんなに負担を掛けたくない」
二次成長が始まるまでは負荷は少なめにしておかないとね。
今度は左下から振る。
「だから100回振るのに10分ほどかかる。この調子で1万本も振ったら1000分もかかるよ。16時間だよ。そんなに振ってる時間なんかないよ」
「と、とんでもない人たちでやすね」
「多分薩摩兵は僕の3倍の速さで振ってたと思う。それでも5時間はかかったはずだよ。それを毎日だよ。すごいよね」
試しに3回ほど素速く振ってみるけど、やはり剣が重くてバランスが崩れる。
「それはマグルの話でやすね」
呆気にとられていたジャーキーが気を取り直したように口を開いた。
「そうだよ。偉大なマグル兵の話だよ」
実は素振りではなく「打ち込み1万本」だったんだけどまあそこは別に話さなくてもいいよね。
「ですが旦那は魔法使いでやす。旦那の方が強いでやす」
運動中で大きくなっている呼吸で、僕はわざとらしくため息をつく。
「はあ。なら相手が魔法使いか魔女だったら?」
「そ、それは」
「互いに魔力がつきたら、剣を振れる方が強いよね?」
「それはそうでやすね」
「先に魔力が尽きても、体力があれば走って逃げることもできる。森に走り込めば敵の目をくらますこともできる」
「それで森に入るんですやか」
「そうだよ。だから走るのはオススメだよ」
僕は再び上段から振り下ろした。
「わかりやした。あっしも走りやす」
ジャーキーの声には納得と決意が宿っていた。
それ以来、一緒にトレーニングしてくれるようになったんだ。
最初はすぐに疲れて飛び始めていたけど、一月ほどで体が慣れてきたみたいだ。
しばらく一緒に走っていると、サナが声をかけてきた。
“コレンや。馬ども来たり”
《わかった》
少しすると自分でも何かが近づいてくる気配を感じた。
立ち止まって待っていると姿を見せた。あのユニコーンだ。
「やあ、調子はどう?」
するとヒーンと元気よく答えて近づいてくる。
(ん? 何かの気配がする。何だ?)
僕は身構える。
すると馬が姿を現した。
(いや、馬じゃない! ケンタウルスだ!)
体高は6フィート3インチくらい、190センチくらいかな。
男だ。
明るくなり始めた空の光に浮かび上がるのは褐色の肌と、あれは白っぽい金髪。映画に登場するルーナ・ラブグッドという女子と同じ髪の色に見える。
(なんか威厳を感じる…)
顔にはどことなく野性と知性が混ざり合ってる。
何をしてくるかわからない野生動物のような獰猛さがある。
全てを見通す賢者のような英知と威厳がある。
その
ジャーキーは僕の頭上に飛び上がって木の枝の上に立った。警戒の姿勢を見せている。
僕が身構えたままでいると、ケンタウルスが声を掛けてきた。
「君が“運命を惑わす者”か」
低く太い声が響いた。
なんだか神秘的な声だ。
(ん? 運命を惑わす?)
なんかスゴそうな呼び方だよ。
でも「運命を変える者」じゃないんだね。
「初めまして、コレンティンと言います。名前を聞いてもいいですか?」
ケンタウルスには名前があった、と思う。
「わたしはフィレンツェ」
おおっ! 聞き覚えがある!
この森でハリーを救うケウタウルスの名だ。
映画とはかなり見た目が違うけど。
「運命を惑わす者とは何のことですか?」
なんとなく想像は付くけど、尋ねてみた。
「星が教えた未来を、惑わす者だ」
言葉を句切りながらゆっくりと告げた。
(確かに僕は映画で見た未来を変えようとしているけど…)
――それで? 未来を変えられるの? 変えられないの?
「運命を惑わす」という言葉では、どっちかわからない。
さんざん惑わしたあげく、結局は変わらないのかもしれない。
――「惑わす者」では肝心な点がわからないよ。
「それで何かご用ですか?」
「このユニコーンの命が助かった。このユニコーンの運命が変わった」
低くて太い声だから、重々しく聞こえる。
「良かったです」
少なくとも一頭は助けられた。
大きな成果だ。
「ユニコーンの血を飲む者がいる」
「血を飲む?」
まあ知ってるけどね。映画でだけど。
でもここは知らない振りだよ。
「そうだ。飲めば呪われるというのに」
映画でもあなたはそんな話をしてましたよ。
「吸血鬼ですか?」
僕はあえて的外れな犯人候補を挙げる。
「いや」
そこで黙る。
なんだよ。答えないのかよ。
「そうですか」
いいもん。自分はハリーじゃないし。犯人も知ってるし。ラスボスだし。
「ヤツはいずれまたユニコーンの血を飲みに来るだろう」
僕は黙っていた。
「君なら救えるかもしれない」
(かもしれない、か……)
救えるなら救いたい。
でも僕もまた断言できない。
「禁じられた森に来るのは教授達に秘密にしているんです。今のところはバレてないですけど、もしバレたら来られなくなるかもしれません。そしたらこの前のように助けることはできなくなると思います」
監督生に見張られたりなんかしたら、さすがの僕も動くわけにはいかない。
(監督生に迷惑が掛かりすぎるのはダメだ)
教授達には苦労を掛けても“それも給料の内”って思えるけど、監督生には報酬が支払われていないんだ。
そんな無報酬の人達に苦労をかけるのはジロー家の方針に反する。
「それは心配ない」
「バレないってことですか?」
「心配ない」
質問には答える気はないと。そうですか。
「君のせいで星々が惑っている。知っているか?」
なんとなく責められてるような気がする。
「いえ、知りません。僕に天体を動かす力なんかありませんよ」
星々が惑う。惑う星。惑星。
(まさか火星が困惑してる?)
いやいや、ありえないよ。うーん。わかんない。
「われらは星を見る」
その目は遠くを見通そうとするかのように見えた。
はあ。
「そうですか」
だからどうしたというのだろうか。
「次に会うとき、ユニコーンの運命が変わっているかもしれない」
フィレンツェと名乗ったケンタウルスは重々しくそう言い残すと素早く森の中に消えていった。
「ケンタウルスと話すなんて旦那も大したもんでやすね」
ジャーキーが枝から降りてきた。
「ユニコーンのおかげだと思う」
「ケンタウルスは月より近くのことには興味がない生き物ですぜ」
「星ばかり見ているの?」
天文学者みたいなものか。
「へい。魔法使いともほとんど話しやせんぜ」
(そうだったっけ…? でもユニコーンを助けたヤツの顔を見にきたってことだよね)
なんとなく不可思議に思いながらも、再び二人で走り出す。
ユニコーンも伴走してくれたよ。
いつものひらけた場所で剣と魔法の練習をしていると、不意にユニコーンが振り向いてから走り去っていった。
“クモ来たり”
《わかった》
アクロマンチュラだ。
(毎朝必ず来るなあ。まるで日課みたいだ)
アクロマンチュラの体は黒い。まだ暗い朝の森の中では見えづらいんだ。それでも動く脚がわずかに見える。
その動きは前世の自分の記憶にある『スターシップトルーパーズ』という映画の“バグ”という敵対生物に似ている。
(見れば見るほど不気味だ…)
ここは少しひらけた場所なので、ほんのり明るくなり始めた空の下、次第に近づいてくるクモがハッキリと見えた。
僕は剣を構えて待ち構える。
クモが突進してくるにつれ、ササササという足音が大きくなった。
「浮遊!」
体がフワリと浮かび、ゆっくり上昇する。
クモの黒い影が迫る。
僕はその真上に向かって――
ガン!
浮遊魔法でかわして剣をたたき込む。
キレイに斬れなかったよ。
(もっとスパッと切れるようになりたいけど…)
意外と硬いんだよ、このクモ。
それでも動きは鈍ったので、とにかく滅多打ちにする。
ベキッ! ボコッ! グシャ!
手に伝わる衝撃は刃が肉を切り裂くというより、カニの固い殻に刃を叩き付けている感覚だ。
バキッ! ザク!
クモの体が地面に沈んだ。
僕は迷わず剣を背中に突き立てる。
グサリ!
そのまま地面まで突き立てた。
ハアハアハア…
「お見事です…と言いたいでやすが…なんというか…カッコ悪い勝ち方でやすね」
(確かに!)
これじゃただの撲殺だ。
傍目に見てもきっと見苦しいに違いない。
「ハアハア…これじゃ…一匹が限界だね…ハアハア」
遙か頭上を飛んでいたケンが降りてきて、クモの残骸をついばみ始めた。
食欲旺盛なオウムなんだ。
「本当はもっと格好良く斬り捨てたいんだけど…」
前世の自分の記憶にあるアニメみたいに…
「よし、目標は一刀両断だ! 来年末までに!」
目標は高い方が良い。
「随分と控えめな目標でやすね…」
(何を言う! 高い目標じゃないか!)
とは言わずに、ケンの食べ残しの採取をジャーキーに頼んだ。
いつものように鞄の中で保管してもらうんだ。
(それにしても――)
フィレンツェは「再びユニコーンが襲われる」と言ってた。
きっとラスボスが血を飲みに来るんだろう。
それは、あれだ。
――映画のあの場面。
ハリーとドラコが深夜の森で、倒れたユニコーンと遭遇する場面。
――そのユニコーンを助けろということ!
(森に入れなくなる心配はないって言ってたけど…)
ケンタウルスは星占いが得意そうだ。
森で訓練していることはバレない、と占いで出たのかもしれない。
そう考えつつ、僕はいつもの素振りを始めたのだった。
“次に会うとき、ユニコーンの運命が変わっているかもしれない”
“心配ない”
トレーニングの間、彼の重々しい声が何度も頭の中で反響する。
(バレないっていう予想が当たっていれば良いんだけど)
だがその期待はすぐに裏切られるのだった。
って、どういうことだよ! おい!
次回の投稿は明日の予定です。