コレン奮闘記 ―― 秘密多き魔法使いの少年 作:mogatoku
※用語解説
○禁じられた森
ホグワーツの敷地内にある広大な森林保護区域。危険生物がウジャウジャしているため、生徒は立ち入り禁止。
○ハウスエルフ(日本語訳は“屋敷のしもべ妖精”)
名家の屋敷に仕えるヒト型魔法生物。大きさはゴブリンとほぼ同じで、幼児のように小さい。かなり長生きで、数世代に仕える者もいる。
――
翌朝、僕は6時頃に起きて、鞄を肩にかけて外に出た。
ホグワーツはロンドンよりずっと北のスコットランドにある。
まだ秋だからこの時間はもう明るいけど、あと少しすれば夜明けはずっと遅くなる。
朝練にはオウムのケンもついてきて来る。
フクロウと違って、ケンは人の速度に合わせて飛べる。
とても便利な能力だ。
禁じられた森に少し入り、鞄を開けると身なりの整ったハウスエルフが出てきた。
「おはようございやす。だんな」
「おはよう、ジャーキー」
ジャーキーは父さんが用意してくれた僕専属のハウスエルフ。
元々は合衆国南部テキサスの名家に仕えていたんだって。
でもその家が没落して暇を出されてしまい、イギリス魔法省の窓口に相談したらジロード家を薦められたらしい。
(初めて会った時には感動したよ!)
今、ジャーキーの服装はグレーのジャケットとズボンに黒のサスペンダー。蝶ネクタイをして平たいキャップをかぶっている。
テキサスでもこの格好で仕えていたらしい。
アメリカって進んでるよね!
だってウチのハウスエルフはそれまで古代ローマの奴隷みたいな格好だったんだよ。
「中の様子はどう?」
「中は綺麗にしていやすが、発電機が動きやせん。機械が使えませんぜ」
南部訛りの返事だ。
僕は少し落胆する。
(そうじゃないかと思ったよ……)
ホグワーツの敷地内じゃマグルの道具は使えないという話だし。
「やっぱり? ホグワーツの中だからかな?」
「理由はわかりやせん」
でも魔術具開発が滞るのは残念だよ。
金属を加工しないといけないんだ。
「“必要の部屋”を見つけられればいいんだけど」
必要の部屋の中なら動かせるはずだよね。“必要”なら。
「それで今日は何をしやすか?」
「僕はこれからジョギングをして素振りをするから、ジャーキーは鞄の中身の空気の入れ換えと――」
“コレンや、何かが来ん。汝を襲わんとせめり”
突然の精霊のサナの警告が聞こえたため、僕は黙った。
気配を感じようと感覚を集中してみる。
――確かに! 何か来る!
這ってきているようだ。
――これは…?
初めて感じる不気味な気配だ。
僕は気配の方向に顔を向ける。
「どうかしやしたか?」
「何かが来る!」
気がつくとケンはすでに高く飛び上がっている。
自分だけ逃げるなんて、気が利かないオウムだな。
僕は鞄を持ってから精霊魔法を発動する。
「浮遊」
自分の体が浮かび上がる。左手には杖をもち、右手には鞄を持っている。
ジャーキーも指を鳴らしてあとに続いた。
するとササササと地を這う音をたてて、二人の真下を何かが通過した。
「あれですぜ、だんな。なんですかね、あれは?」
うん。クモだ。
「アクロマンチュラじゃないかな」
映画の中身については“記憶確認魔法”で詳細に確認済なんだ。
“記憶確認魔法”というのは精霊魔法の一種で、異世界では長寿の種族が使っていたものだ。
長寿の種族が、思い出すのが難しい年齢になっても詳細に思い出すために生み出された、まさに必要が生み出した魔法だ。
それにしても…なんというか…
(ひえぇ…生々しいよう!)
映画で見たアクロマンチュラより脚が細くて、オニグモの脚みたいだ。
さらに動きがリアル!
そりゃそうか。こっちの方こそがリアルなわけだし!
映画のはいかにも作り物という感じでズングリしていたもんね。
胴体はハウスエルフのジャーキーよりも一回り大きいだけだけど、それに脚が加わるとずっと巨大に見える。
しかも滑らかな動きが、余計に気味が悪い!
(ひえー!)
「こんなとこに来るなんて…まだ5メートルしか森に入っていないのに…」
「どうしやすか?」
どうするかはいろいろと考えてある。
まさか初日から来るとは思わなかったけど、いつかは来ると思ってたし。
「駆除しちゃおう! 害虫だし!」
「あっしがやりますか?」
「いや、僕がやる!」
「わかりやした」
僕は空中で杖を下に向け、リーマスのお手本を思い出す。
実践は初めてだ。
(粉砕魔法!)
「レダクト!」
呪文を唱えると、杖の先から衝撃波が飛び出した。
ドン!
地面が弾けた。
(う、ハズレたよ…)
てかクモ動きが速い!
クモのくせにゴキみたいだ。
「ちょっとズレちゃった」
空中に浮遊しながら狙いを付けるのは難しいな。
“前世の自分”の記憶では魔法攻撃を簡単に当てていたから、簡単に当たるもんだと思ってたのに。
どうやら僕は違うみたいだ。
(左手だからかもしれない。狙いづらいよ)
――何か方法はないかな。
(うわっ!)
クモが糸を出して枝に絡めて上昇し始めた。と思ったらさらに糸を出して、ターザンみたいにこちらに迫ってくる。
(なんだ? スパイダーマン方式か?)
こいつ…僕を捕食しようとしてる!
えーとどうすれば・・・
(そうだ! 静止魔法!)
「イモービュラス!」
僕は杖を向けて魔法を放つ――
――手応えあり!
これで動かなくなるはずだ。
でもクモはこちらに迫ってきた。
ボクは左に飛んで軌道を変えつつアクロマンチュラに杖を向ける。
――こっちに来る気か?
警戒しつつ次の攻撃を考える。
でもクモは軌道を変えないまま僕の右を通り過ぎた。そしてまた戻った。
(ん?)
ただの振り子運動になってる。
クモがこちらに向く様子はない。
「なんだ。ちゃんと効いてるじゃないか」
(なら、今度こそ!)
「レダクト!」
杖の先から光弾が飛び出しクモの体をバラバラに打ち砕いた。
「お見事でやす!」
ジャーキーが褒めてくれた。
「初めて攻撃魔法を使ったから手こずっちゃった。練習が必要だね」
家庭教師のリーマスに魔法を見せてもらう度に、イメージトレーニングはしてたんだけどな。
(まさか左手で杖を持つことになるなんて……)
そんなこと思ってもいなかったから、イメージトレーニングが無駄になっちゃった。
ちょっといろいろと予想と違ったよ。
そう。
僕は右利きなのに、この杖はどういうわけか左手じゃないと使えないんだ。
これはかなりのハンディキャップだよ。
右利きのテニス選手が「ラケットは左手限定」って言われたみたいな気分だ。
絶対、戦力ダウンだよ。
「ここで練習しやすか?」
「その前にカーディを呼んできて」
「わかりやした」
ボクが頼むとジャーキーが消えた。“姿くらまし”の魔法だ。
瞬間移動して消えることを“姿くらまし”という。
瞬間移動して現れることを“姿現し”という。
あれ?
ホグワーツでは“姿くらまし”は使えないはずじゃないのか?
(ああ、ハウスエルフは使えるのか…)
そういえばそんなハウスエルフが映画にもいたよ。
(良いなあ)
「タベモノ!・タベル!」
(うわっ!)
ケンがクモのバラバラ死体をついばみ始めたよ。
そうか、鳥だからクモを食べるのか。
でもたしか毒が何かに使えるんじゃなかったかな。
「ケン、毒は使えるらしいから残しておいてね」
「ドク・タベナイ」
ケンが甲高い声で返事をした。しばらくついばんでいたけど、やがて飛び立った。
どうやらお腹いっぱいになったらしい。
食べ残しを鞄に放り込んでから、サナに礼を言う。
《サナ、クモの接近を教えてくれてありがとう》
“当然なり。されどこの森にはかかるものの多かるぞ”
《うん、たくさんいるんだよ。危険な森なんだ》
映画のハリー達も群れに襲われてたし。
“この森にて修行すや?”
《うん。しばらくはこの森の中で訓練する。なるべく剣だけであのクモを倒せるようになりたいんだけどね》
魔法じゃなくて、物理で倒せるようになっておきたいんだ。
(お!)
いきなり目の前にハウスエルフが二人現れたよ!
姿現しでやってきたんだ。
やっぱりスゴイな!
瞬間移動!
「おはようございます、若旦那様」
綺麗なイギリス英語が聞こえてきた。
ジャーキーと同じく、カーディもアメリカから来たハウスエルフだ。
なのにイギリス英語の発音で話すんだよ。
彼は今、リーマスに付き添ってるけど、一応僕の専属なんだよ。
前にカーディに尋ねたことがあるんだ。
「なぜイギリス英語を話しているの?」
「カーディはかつてケンジントン屋敷にて仕えておりました」
つまりあの屋敷が古巣だったんだ。
ケンジントン屋敷の元々の所有者はオーガスタス家だった。でも19世紀には断絶したんだよね。
カーディはその頃にアメリカに渡ったようだ。
ハウスエルフは長生きなんだ。
「おはよう、カーディ。それでリーマスの様子はどう?」
リーマス・ルーピンというのは父さんに雇ってもらった僕の家庭教師だ。今は僕の助手としても雇われてる。
人狼だから満月の夜にはオオカミに変身する。
でも僕の魔術具もあるし、脱狼薬もちゃんと支給しているから安全なんだよ。
「リーマス様はミルトン・キーンズの工場でスクイブ従業員の監督をしておられますが、昨日ホグズミードの社宅に入りました。夜はそこで寝泊まりしますので、何かあればいつでも呼んでくれて良いとのことでございます」
ミルトン・キーンズとはロンドンから50マイル北西にある地域の地名だ。
町工場はそこにあるんだよ。
「ミルトン・キーンズへの移動はどうしてるの?」
「ミルトン・キーンズにもリーマス様の住居がございます。煙突飛行での行き来ができます」
煙突飛行とは、これも要するに瞬間移動のことだ。
(ん? ということは)
「ホグズミードのリーマスの住まいに行けば、ケンジントンの家まですぐに行けるんじゃない?」
「ケンジントン屋敷まででしたら、さようでございます」
ケンジントン屋敷を出て、魔法の出入り口を抜ければ、そのままマグル界の自宅、テラスハウスのガレージに出る。
つまりホグズミードまで行けば、そのまますぐに家に帰れるってことだ。
(わお。便利すぎる!)
「リーマスへの連絡はどうすればいいの?」
「ふだんはフクロウ便をお使いになり、緊急の際はジャーキーを姿現しで寄越してください。ホグズミードの社宅に来れば、連絡先が分かるようにいたしておきます。ジャーキーを只今より10分ほど連れ出して、ケンジントン屋敷までの行き方を覚えてもらいます」
フクロウ便じゃなくてオウム便だけどね。
「ジャーキー、頼むよ」
「わかりやした」
すると二人がヒュンと消えた。
「よし! まずは素振り100本だ!」
二人が消えたところで、鞄から剣を出して、素振りを始める。
この剣はケンジントン屋敷にあったモノで、ビーニーというハウスエルフが使って良いと言ってくれた物だ。
前世の自分が子供の頃に振ってた剣道の竹刀と違って、金属の剣はとても重い。
休み休み振るから、素振り100本にはかなりの時間が掛かる。
引っ越してからはケンジントン屋敷の方の庭で朝練していたんだ。
あそこなら近所の誰にも見られないからね。
剣の素振りもメニューに追加したんだ。
でもホグワーツでの練習場所を何処にするのかが問題だった。
鞄の中に入って訓練しても良いけど、鞄を見る人が誰もいなくなってしまうのはよくないんだ。
――だから禁じられた森で訓練するんだ。
素振り100本を終える。
手がかなり痛い。
(100に増やしたせいかな。まめができちゃうなあ)
少し休んでから、腕立て腹筋スクワットを20回ずつ終えた時に、ジャーキーが戻ってきた。
「リーマス様のお住まいを覚えやした。いつでも姿現しでいくことができやす。もっともリーマス様は今ぐっすり寝ていやす」
「ケンジントンへはどう?」
「問題ありやせん。ホグズミードから煙突飛行でひとっ飛びです」
それは良かった。
「まああくまで緊急時の話だけどね」
「ところで、訓練は終わりでやすか?」
「うん。あとは走って帰るだけだから、鞄に入ってていいよ」
「かしこまりやした」
(初日から襲われるとは思わなかったな。でも問題なかったよ)
あらかじめシミュレーションしていたから、慌てずになんとかできた。
鞄を抱えて走って戻り、シャワールームで
食事は7時半からということになっているけど、早めに行ってみよう。
食堂は食事の準備の最中だった。
「しばらくお待ちください」
ハウスエルフが言った。腰も曲がっていてかなりヨボヨボのお年寄りエルフだ。
カーディよりも年寄りだよ。
「もう腹ぺこだよ」
「ただいまハウスエルフ達が準備しています。少々お持ちください」
やっぱり待たないとダメか。
「ウチのハウスエルフたちはすぐに用意してくれたよ」
「申し訳ございませんが、用意する食事の量が違うのでございます」
老ハウスエルフは作業を止めない。と言っても指を鳴らしているだけだけど。
「そうだね。ところで魔法で増やしたものじゃないちゃんとしたものを食べたいんだけど」
「どれも魔法で増やしてあります。ご希望でしたらディークがご用意いたしますが魔法使い様にはお待ちいただかないといけません」
「ボクはコレンティン・ジロード。コレンて呼んでね」
「コレン様」
「明日からならどう? できれば7時には食べたいんだけど」
「皆さん7時半頃にいらっしゃいます。ですがコレン様が事前にディークにお知らせいただければディークがお早めにご用意いたします」
「いいの? 迷惑でなければ頼みたいな」
「迷惑なんてとんでもございません。6時半に召し上がる魔女もいらっしゃいますので」
「そうなの? 誰?」
「アナベル・エバートン様です。アナベル様はあちらにおられます」
見ると教授席の端っこに一人で食事をする魔女がいた。
映画には登場しない人で、確かあの人は事務を担当している人じゃないかな。
組分けの時に紹介されていたよ。
「ありがとう。なら明日から7時までには食べ始めるから、先に頼むよ」
「かしこまりました」
「ところで君の名前は?」
「ディークはディークでございます」
うん。映画には登場しないハウスエルフだ。
「よろしく、ディーク。では仕事に戻って」
「かしこまりました」
ディークが再び準備作業を始める。
僕は教えてもらった魔女の方に歩いて行く。
(アナベル・エバートン…)
僕はエバートンという名前に聞き覚えがあった。
――あの人の親戚かも!
僕は彼女の元に歩みよる。
――違ったとしても“あのこと”を尋ねないと。
僕はどっちにしても彼女に用があるのだった。
次回の投稿は明日の予定です。