コレン奮闘記 ―― 秘密多き魔法使いの少年 作:mogatoku
※用語解説
○スクイブ
魔法族の親から生まれたのに魔法が使えない人。
魔法界では腫れ物扱いされている。
――
「変身術の授業は最も危険なモノの一つです!」
壮年にさしかかった魔女が断固とした口調で言い放った。
「少しの油断が大惨事を引き起こします! 私の指示には必ず従いなさい! 従わない人は教室を出て行ってもらいます! 」
こう子供たちを脅迫しているのは、マクゴナル教授だ。
映画よりも若くて、神経質そうに見える。
なんだかちょっとでも何か予定と違うことをしでかすと、
「何やってるんですか!」
「ちゃんと話を聞きなさい!」
「言いつけを守らないからです!」
と厳しい叱責とお説教が待っている。
そんな感じの先生だ。
変身術の最初の授業は、マッチ棒を針に変える魔法の実技練習だった。
「アクース・トランスフィグーラ(針に変形せよ!)」
僕は呪文を唱えた。最初の数回、マッチ棒は変化しようとしてくれなかった。
そこでリーマスの手本と指示を思い出すことにした。
針を思い浮かべながら家庭教師リーマスの真似をして杖を振って呪文を唱えたら、すぐに再現できたよ。
「できた!」
「ミスタ・ジロード、お見事です。ハッフルパフに1点」
教授が褒めてくれた。
その前の表情がとても険しかったので、いまの表情でも充分に優しく見えてくるから不思議だ。この現象に『表情の相対性理論』とでも名付けようかな。
他のみんなもすぐにできるかと思ったら、かなり苦労しているみたい。
「アキュス・トランスフィギュラ!」
リックは正しく発音できていない。
うーん。英語に引っ張られているなあ。
「どうやったらできるの?」
「正確に発音すること。マッチ棒が針であるとイメージすること」
なんだかガッカリした顔してるけど、そんな顔しても僕の説明はあくまで普通だよ。
それ以上のコツなんかないんだ。
「発音してみてよ」
発音してあげると、リックが後に続いて発音する。繰り返していくとだんだん近づいてきた。でも、まだ違うなあ。
「Rはスペイン語と同じなんだよ。舌先を上に付けて細かく震わせて」
「アクース・トrrランスフィグーrrラ」
「そう。そう言いながらイメージするんだ」
苦労しているリックにアドバイスを繰り返していると、男子生徒の声が響いた。
「できた!」
「ミスタ・ゴールドスタイン。よくできました。レイブンクローに1点」
その後も、リックの専属コーチを続けていると、時々教授の声が聞こえてくる。
「惜しいですね。これは針金ですね。針ではありません」
「これはつまようじですね」
「つまようじって何ですか?」
「ご自分で調べなさい、ミスタ・スミス」
他の生徒はかなり苦戦しているみたいだった。
「ダメだ。できないよ」
リックもその日の授業ではできるようにならなかった。
もっと恐ろしい教授がいたよ……
「我が輩が教えるのは繊細なる
地下の古風な教室にバリトンの声が響き渡る。
そんなに大きな声じゃないのに、空気が揺れている。
(うぅ~)
魔法薬学のスネイプ教授は、映画と印象が同じだ。
いや顔は別人なんだよ。
でも系統が同じだ。
長い黒髪に冷たい目。立派な鼻に青白い肌。
シニカルな笑みを浮かべている。
うん。確かに「スネイプだ」って感じだ。
それにしても――
(圧が凄いよ。圧が!)
みんなビビり散らかしてる。リックもクビが縮こまってるよ。
初日からいきなり実習だった。でも映画と違って、ここにはハリー・ポッターがいないから特に問題もなく授業は進んだよ。
少なくとも僕にとっては。
でも青い顔してビビり散らかしている生徒達にはそうでもなかったかもしれない。
近くを黒いローブが通過するだけで存在感と威圧感がとにかくスゴい。コツコツと足音が近づくだけで震え 上がって振り返っちゃう生徒が何人も出たんだ。
「ミス・アボット! 我が輩の顔ではなく鍋を見たまえ!」
「ミス・ボーンズ! 秤を手に持って震えろと我が輩がいつ指示したのかね?」
「ミスタ・スミス! ヘビの牙を持ったまま肩をすくめるのはやめたまえ!」
教授のバリトン声が響き渡り、そのたびに皆が体をビクンと震わせるのだった。
優しい先生もちゃんといたよ!
「呪文学は魔法の基本です。杖の振り方と正しい呪文をしっかり学んでください」
フリットウィック先生は確かにハウスエルフみたいに小さかったけど、映画のようなメルヘンチックな姿はしてないんだ。白いシャツに紺のチョッキ、紺のスラックスに黒い靴という、オフィスにいるマグルみたいな格好なんだよ。
「ミス・アボット。わたしの杖の動きをよく見てくださいね。こんなふうにクイッと振るんですよ」
話し方も小学生向きでわかりやすくて、失敗した生徒にも優しく注意してくれる。
とても親切な教授だよ。
マクゴナル教授みたいに叱責することもしないし、スネイプ教授みたいに圧迫することもしないんだ。
(みんな楽しそうにしてる)
ハッフルパフの生徒はもちろん、レイブンクローの生徒でさえ、笑顔で話を聞いてる。
もし僕が教授を採点する立場にいたら、きっと最高点を付けると思う。
そんな、普通だけど健全で、素敵な授業だった。
――さて今日も授業が終わった。
僕は放課後になるといつも部屋に戻って荷物を置き、必要の部屋を探しに行く。
でもなぜか、いつもリックが着いてくる。
「いま、何か動いたぞ!」
「奥から足音が聞こえる!」
「うわ! 扉が勝手に開いた!」
もちろん邪魔だなんて少しも、全然、これっぽっちも思ってないよ。
ただリックがいると、がむしゃらに歩き回るわけにはいかないんだよね。
だって迷ったときに窓から外に飛び出して浮遊魔法で地上に降りる、という方法が使えない。
仕方がないので、普通に歩き回る。
「これは何だと思う?」
リックが古い扉を見つけた。
鉄の枠に木の板をはめ込んであるけど、板が劣化してて、簡単に破れそうだ。
「ここは倉庫みたいだ」
さっそく開けてみると、なにやら家具らしきものが無造作に置いてあった。
(奥にあるのは鏡台かな? うん。ここは必要の部屋じゃなさそうだ)
「この学校は広すぎるね」
僕は扉を閉じながら言った。
「もうどこにいるのかわかんないぞ」
リックが壁に寄りかかった。もう疲れたという表情だ。
「この辺りで一旦戻ろうか」
「部屋に戻ってゲームでもしよう」
リックが壁からスクッとまっすぐに立った。疲れたわけじゃなかったみたい。
「外で走り回りたいな」
思わず呟いてしまう。
「朝走ってきたんじゃないの?」
リックが呆れている。
「ホグワーツは空気が綺麗で、息がしやすいね。ウチの近所は住宅街だけど空気が汚れていて息苦しかったよ」
ロンドンの空気は汚いけど、この辺りは本当に気持ちいい。冬は寒そうだけど。
「クィディッチの選手になるつもりなの?」
「いや、そんなつもりはないよ。ただの日課だよ」
「ふーん」
――必要の部屋はどこだろう?
(なかなか見つからないなあ)
冬は魔法鞄の中で走ろうかな。
どうせ発電機が回せないから、空気の入れ換えの必要がほとんどない。
鞄を部屋の中に入れておけば大丈夫じゃないかなあ……
(いや、何かあったら終わりだからダメだな)
部屋に戻るとフクロウが二羽、窓から跳び込んできた。封筒と小包を届けてくれたみたいだ。
封筒はリックあてで、小包は僕あてだった。
小包を開けると小さな四角い箱と封筒が二つ入っていた。僕は手紙を読み終わると立ち上がった。
「また歩きに行くの?」
リックも手紙を読んでいたけど、顔を上げて尋ねてきた。
「そうだよ。ホグワーツ城を全部制覇するんだ。それ、だれからの手紙?」
「父さんからだ」
そう言ったリックは深刻な顔をしている。
「どうかしたの?」
「な、なんでもないよ。それより探索に行くんじゃないのか?」
なんだか緊張しているように見える。
「うん、行ってくるよ」
リックはついてこようとしなかった。
手紙をじっくり読むつもりなのだろう。
僕はしばらく歩き回り、ようやく廊下でモップ掛けしている人を見つけた。
「フィルチさん、こんにちは。お話してもいいですか?」
この人はアーガス・フィルチ。
ホグワーツの管理人だ。
(顔が怖いよ…)
イギリスの学校で“管理人”と呼ばれている仕事は、日本で“用務員”と呼ばれる仕事に近い。だから建物の清掃や小破修繕などを担当している。
でも変だよね。
この世界の魔法は清掃とか修繕とか、簡単にできるんだ。
なのに身体を動かしてモップ掛けしてるのはなぜか?
「何の用だ」
疑わしげに僕を見てくるフィルチさんは映画より髪の毛が多くて、顔もかなり違う。
「僕の父さんから、あなたにこれを渡すように頼まれました」
僕はローブの内側から封筒を取り出して差し出した。
「これは何だ?」
受け取った封筒を一瞥してから顔を上げて、うなるように言った。
(うわぁ。すごい形相)
1年生なら逃げ出すんじゃないかな。僕以外は。
「スクイブ用魔術具試作品試用の協力依頼です」
そう。
フィルチさんはスクイブなんだ。
だから懸命に身体を動かしてモップ掛けしているんだよ。
「ただし最初が難しいから、僕が使い方を教えないといけないんです。最初の1回に成功すれば、その後はずっと簡単になるんですよ。これは空中浮遊の魔術具です」
先ほど届いたトランプ箱サイズの道具をポケットから出して、フィルチさんに見せた。
「ジロード商会で働くスクイブの従業員10人が、これで成功させているんですけど、でも1日ではできないんです。だから・・・」
フィルチさんが顔をしかめている。
でもそれは何かを懸命に考えているように見えた。
「どれくらい掛かる?」
ジロッと見てくる目は疑いに溢れているけど、僕は気にせずに説明する。
「従業員10人のうち、一週間でできたのが3人。ひと月でできたのが5人。3か月でできたのが2人です」
つまり「いつできるのか?」は個人差が大きくて、よく分からないんだ。
「わしにも…できるのか…?」
その声はかすかに震えていた。
「フィルチさんは管理人の仕事があるから、半年くらいかかるかもしれません。でも成功すれば、高い所に梯子なしでいけますよ。その後の人生ずっと。お金さえ払えば」
「本当か?」
表情が変わった。期待というより不安の表情だ。
「今のところ、魔法の杖を使う人は使えるようにならないんです。でもスクイブは杖を使わないから、この道具が使えます。マグルにはもちろん使えません。だからスクイブ用魔術具なんです」
僕も、弟のテオも使えるけど、それは杖を使い始める前に身に付けたからのようだ。
「どうですか? 仕事の合間に練習すれば、使えるようになります。僕の授業が終わってから1日1時間程度、週に2日ほど練習してみませんか?」
スクイブは魔法が使えない――
だから魔法界では、圧倒的な弱者だ。魔法に優れたハウスエルフと違い、身を守る術がないんだ。
そこで僕は考えた。
それが『スクイブ用魔術具普及計画』――というほど立派なものじゃないんだけど、少しでも魔法が使えるようになってもらおうという計画だ。
――いずれはスクイブ達が魔法界で自立できるようにしたい。
まだそこまで進んでないけど、精霊魔法の開発が順調に進めば、強大な“杖の魔法”の脅威からも身を守れるようになるかもしれない。
もし叶うなら、ラスボスに対抗する力になって欲しいけど、そこまでは期待するのはさすがに欲張りだよね。
早く“必要の部屋”を見つけて、研究開発を進めたいよ。
「お前はわしを見下さないのか?」
探るような眼が僕を睨んでくる。
人間不信が全身から溢れている。
いままでさんざん期待を裏切られてきた。そんな表情だ。
「なぜ僕が見下す必要があるんですか? スクイブはこの魔術具で魔法が使えます。まあ魔法モドキと呼ぶ人もいますので、法律ではたぶん魔法と見なされないですけど、大勢の人が使うようになれば、きっとそれも変わると思います!」
僕は熱心になりすぎないように、気をつけながら、それでも熱心に説明した。
「おまえの父親が作ったのか?」
その表情とは裏腹に声には期待が混じるようになってきた。
「これを考案したのは僕です。最初に試作したのも僕ですけど、これは従業員が製作したものですよ。正式な発売は5年ほど先になりそうです。それまでは秘密ですよ。邪魔されたくありませんから」
驚きの表情になった。
「危険はないのか?」
「危険はありますよ。だから最初は僕がいるところでしか使っちゃダメです。問題ないかどうかを調べる意味もあります。問題なければ、5年か6年で販売することになります」
「どうしてそんなにかかる?」
不満そうだな。やっぱりもっと早く欲しいんだろうな。
「検証が大変なんですよ。問題が無いかじっくりと調べる必要があるんです。それに生産準備にはお金も掛かります。でも完成すれば大きな売り上げが見込めます。スクイブって世界中にいるでしょ? 手つかずの巨大な市場ですよ。それをうちの商会が独占できるぞって父さんが言ってました」
フィルチさんは何度か封筒と僕を交互に見ながら考えていた。
信じたいけど、信じるのが怖いって顔に見えた。
「考えておこう」
その場では返事はもらえなかったから、また話しかけることにしよう。
翌週――
夕食後に案内されたのはがらんとした古い部屋だった。
「ここは空き部屋だから使っても問題ない」
壁も床も石がむき出して、いかにも寒々しい。
「それは良いですね」
僕は杖を出して壁の壁掛け灯火皿に火を付ける。
「ホントにできるようになるんだろうな」
うわっ。火を付けたら灯火皿からホコリが舞い上がったよ。ホントに使われてなかったんだ。
「それはわかりませんが、いまのところ達成率は百パーセントですよ」
《サナ、今やったみたいに他の灯火皿にも火を付けて》
“壁の面の金属の皿にか?”
《そうだよ。壁に掛かっているものだよ》
“わかりぬ”
壁掛け灯火が一つずつ点いていく。
だんだんと部屋全体が姿を現してきた。
(あちゃー)
よく見ると床もホコリだらけだよ。
火があるから今は危ないな。
明日の明るいうちに掃除しに来よう。
「わしはいままでスクイブのための魔法教材をいくつも試してきたが、いっこうにできるようにならんぞ」
フィルチさんが忌々しげにうなる。
(いや、それは僕のせいじゃないし…)
ただ、なんか“前世の自分”の記憶にもそんな経験があるから、気持ちは分かる気がする。
彼の場合は英語教材だった。
彼は結局、普通に自分でやさしめの英書を買って読んだり、外国人の同僚と話したりして喋れるようになったんだけど、その前にウン万円の教材を三つも買ってるんだよ。それは結局無駄な出費だったんだ。
(でもこれはそういうモノとは大きな違いがある!)
「それはカネを支払ったんですよね」
「ああ、そうだ」
大きく頷くフィルチさん。憤懣やるかたなしといった顔だ。
「こちらはカネをもらえるんですよ。商品開発に協力するかわりに報酬が出るんです。もしうまくできなかったとしても損にはなりませんよ」
(そう。報酬が出るんだよ。フィルチさんが支払うんじゃないんだ)
「水曜日の訓練後に支払いますから週末にでも一杯やってください」
「そ、そうか」
どうやら納得してもらえたみたいだ。
「まずこの魔法について簡単に説明します」
険しい顔が頷いた。
「杖の魔法と違って、大きな魔力瞬間出力を必要としません」
「しゅんかんしゅつろくだと?」
フィルチさんが訛ってる。
「瞬間出力です。杖の魔法は、初動で大きな瞬間出力が出せないと使えないんです」
険しい顔が苦虫をかみつぶしたようにさらに険しい顔になる。
スクイブは最初の瞬間出力が足りないんだ。
「でもこの魔法は瞬間出力が小さくても良いんです。だからスクイブ用の魔法なんですよ」
精霊魔法だからね。精霊さんの魔力を借りるんだ。
でも精霊魔法であることは秘密だよ!
実は父さんにも秘密にしてるんだ。
これはあくまで『スクイブ用魔術具』だって説明してるんだ。
「ホントだろうな」
またギロッと睨んでくる。
「ええ、では最初に長い呪文を覚えてもらいます。正確に発音できるまで繰り返します」
「長い呪文?」
「はい。最初だけは長い呪文で魔法を発動しないとダメなんです。それからこの道具でその魔法に好きなワードを結びつけるんです。そうすればそのあとはそのワードで発動できるようになるんですよ」
最初だけは精霊さん達に呼びかけて、力を貸してもらわないといけないんだ。
その後は精霊さん達の意思に関係なく、その力を利用できるようになる。
つまり好きなときに使えるようになるんだ!
「呪文は難しいのか?」
眉が寄った。
「速い人は1週間で、遅い人でも3か月で、発音できるようになりました」
フィルチさん、ちょっと黙っちゃったけど、はっと気付いたように口を開いた。
「そ、そうか。大変そうだな」
「ええ、でも最初だけです。自動車の運転みたいなものだと思って頑張りましょう」
「わしは車の免許などもってない」
不機嫌そうにうなる。
「確かにホグワーツじゃ車も動かなそうですね」
「ああ」
「タイプライターも使えませんでしたよ」
「なんだと? そんな物を持ち込んだのかっ?」
目を剥いて驚いている。
(表情がスゴいなあ)
前世の自分の記憶にある歌舞伎役者みたいだ。
「はい。タイプライターなんて、キーを押すと文字のスタンプがポンと跳ね上がって紙にペシッと当たって文字をスタンプするだけの、ほとんどオモチャみたいな仕掛けなんですよ。それでもホグワーツじゃ動かなくなっちゃうんです。ひどいですよね」
だから羽ペンにゴムを巻いて太くして持ちやすくしてるんだ。羽ペンて細すぎるんだよ。
「おまえは本当に純血の魔法使いなのか?」
困惑の表情になった。
「ええ、そうですよ。それじゃあ始めましょうか。呪文、まずはFearからいきましょうか」
「フィア」
「これは英語じゃないんです。フェアルですよ」
「フェア」
こうして、ボクは月曜日と水曜日の夕食後に1時間、フィルチさんに教えることになったのだった。
次回の投稿日は未定ですが、近日中にはと思っています。