ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

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第六章 選択

 

 少し、時は遡る。

 

 エドとヨキが第五研究所の内部へ足を踏み入れた頃。

 

 外で待機していたアルの前にも、一体の鎧が姿を現していた。

 

 暗闇の奥から、ゆっくりと金属音が近づいてくる。

 

 現れたのは、ナンバー48と名乗る一本の刀を携えた鎧だった。

 

 鋭く尖った兜。

 

 全身に刻まれた無数の傷。

 

 刀の柄へ手を置いた立ち姿には、僅かな隙もない。

 

 アルは静かに拳を構えた。

 

 

 抜き放たれた刃が、月明かりを反射する。

 

「悪く思うなよ。」

 

「待ってください。」

 

 アルが声を上げた。

 

 次の瞬間。

 

 ナンバー48の姿が、アルの視界から消えた。

 

「――っ!」

 

 右。

 

 アルは反射的に身を捻る。

 

 鋭い刃が肩口を掠め、甲高い金属音と火花を散らした。

 

 ナンバー48は、振り抜いた刀を即座に返す。

 

 返しの刃が、アルの胴へ迫った。

 

 アルは両腕を交差させ、刃を受け止める。

 

「くっ……!」

 

「ほう。」

 

 ナンバー48が感心したように声を漏らす。

 

「その巨体で、その身のこなしとは。」

 

 アルは刀を押し返し、相手の懐へ踏み込んだ。

 

 右の拳を振るう。

 

 ナンバー48は上体を逸らしてかわした。

 

 しかし、アルはその勢いのまま身体を回転させる。

 

 長い脚が、鎧の脇腹を薙いだ。

 

「むん!」

 

 ナンバー48の身体が横へ飛ばされる。

 

 だが、倒れない。

 

 片手を床へつき、勢いを殺さずに身を翻す。

 

 着地と同時に、刀を低く薙いだ。

 

 刃がアルの脚を狙う。

 

 アルは床を蹴った。

 

 刀が、宙へ浮いた両脚の下を通り過ぎる。

 

「ほう!」

 

 ナンバー48が楽しげに声を上げた。

 

「見事な身のこなしだ。」

 

 アルが着地する。

 

 その瞬間には、既に次の斬撃が迫っていた。

 

 上段。

 

 袈裟斬り。

 

 返す刀で横薙ぎ。

 

 間髪を入れない突き。

 

 一本の刀が、まるで何本にも分かれたようにアルへ襲いかかる。

 

 アルは腕で受け、身体を傾け、紙一重でかわし続けた。

 

 刀が鎧へ触れるたび、鋭い音が周囲へ響き渡る。

 

「速い……!」

 

「はっはっは!」

 

 ナンバー48は、愛刀を楽しげに振るう。

 

「久しぶりに手応えのある獲物だ。」

 

「嬉しいぞ!」

 

「僕は嬉しくありません!」

 

 アルは迫る刀を、両手で挟み込んだ。

 

 白刃取り。

 

 動きを止められたナンバー48の腕を掴み、その身体を背負うようにして投げる。

 

 ナンバー48の巨体が宙を舞った。

 

「うぬ!」

 

 だが。

 

 ナンバー48は空中で身を捻り、両足から着地する。

 

 間髪を入れず、刀を横へ振り抜いた。

 

 アルは後方へ飛ぶ。

 

 刃先が胸元を掠め、鎧の表面へ一本の傷を刻んだ。

 

 ナンバー48は刀を構え直す。

 

「やるな。」

 

 僅かな間。

 

「私よりは弱いがな。」

 

「まだ、決まっていませんよ!」

 

 アルが地面を蹴る。

 

 拳と刀が、再び激しくぶつかり合った。

 

 

 何度目かも分からない剣戟が響いた。

 

 アルの鎧には、無数の斬り傷が刻まれている。

 

 ナンバー48の鎧にも、拳や蹴りによるへこみが幾つも残されていた。

 

 それでも。

 

 互いに決定打を与えられてはいない。

 

 アルの拳が、ナンバー48の兜へ迫る。

 

 しかし。

 

 直前で拳の軌道が逸れた。

 

 アルの拳は、兜の横を通り過ぎる。

 

 ナンバー48は刀の腹でアルの胴を打ち、距離を取った。

 

「……妙だな。」

 

 刀を下ろし、アルを見据える。

 

「何がですか?」

 

「先ほどから。」

 

 ナンバー48は静かに問いかけた。

 

「私の動きを封じる機会は、幾度かあったはずだ。」

 

「だが、貴様は決定的な一撃を避けている。」

 

 アルは答えない。

 

「なぜ、殺しに来ぬ。」

 

「……殺したくないからです。」

 

「ふん。」

 

 ナンバー48は鼻を鳴らした。

 

「甘ったるいことを。」

 

「このような身体の私が、人と呼べる代物だと思っているのか。」

 

 ナンバー48は、自らの胸部を開いてみせる。

 

 内部は、肉体など存在しない空洞だった。

 

「ただ、鎧を破壊するだけだ。」

 

「違います。」

 

 アルは、はっきりと答えた。

 

「僕は、あなたをただの鎧だと思っていません。」

 

 アルもまた、自らの胸部を開いてみせる。

 

 その内部も、同じように空洞だった。

 

「僕も。」

 

「魂を鎧へ定着された人間だからです。」

 

「なんと……。」

 

 低く落ち着いた声が夜へ響く。

 

「表の世界にも、私と同じような存在がいるとは。」

 

 ナンバー48の声から、初めて余裕が消えた。

 

 短い沈黙。

 

「僕の中にも、肉体はありません。」

 

「兄さんが、僕の魂をこの鎧へ繋ぎ止めてくれました。」

 

 アルは静かに頷く。

 

「それでも、僕は人間です。」

 

「兄さんは僕を弟として扱ってくれる。」

 

「みんなも、僕を人間だと思ってくれています。」

 

 アルは、ナンバー48を真っ直ぐに見た。

 

「だから。」

 

「あなたを人間ではないなんて、僕には言えません。」

 

「あなたを殺すことも。」

 

「破壊することも、したくありません。」

 

 風の音だけが、二人の間を通り過ぎる。

 

 ナンバー48は、暫く何も言わなかった。

 

「……ありがたい言葉だ。」

 

 やがて。

 

 低い声が静かに響いた。

 

「だが。」

 

 刀が再び持ち上がる。

 

「私は、生前。」

 

「スライサーと呼ばれた殺人鬼だ。」

 

「多くの命を奪い、表向きには二年前に死刑となった。」

 

「その後、腕を買われ。」

 

「実験材料となり。」

 

「今は、この研究所を守る番犬だ。」

 

 切っ先がアルへ向けられる。

 

「ここへ入り込んだ者を斬る。」

 

「それ以外の生き方など、とうに残されておらぬ。」

 

「故に、私に選択肢はない。」

 

 アルは拳を構え直す。

 

「本当に、そうでしょうか。」

 

「……。」

 

 ナンバー48は答えなかった。

 

 僅かに腰を落とす。

 

「いざ。」

 

 その瞬間だった。

 

 ゴゴゴゴゴ――。

 

 地の底から這い上がるような振動が、研究所全体を揺らした。

 

「何!?」

 

「む……。」

 

 アルとナンバー48が、同時に周囲を見回す。

 

 壁に亀裂が走る。

 

 窓が、次々と砕ける。

 

 直後。

 

 ドォォォン!!

 

 建物の外壁が、爆発するように吹き飛んだ。

 

「なっ――!」

 

 巨大な壁と梁が、アルの頭上へ崩れ落ちる。

 

 避けられない。

 

 アルは咄嗟に両腕を上げた。

 

 その身体へ。

 

 横から、激しい衝撃が叩き込まれた。

 

「えっ――」

 

 ナンバー48だった。

 

 アルの巨体が、安全な場所へ弾き飛ばされる。

 

 直後。

 

 崩れ落ちた壁と梁が、ナンバー48を呑み込んだ。

 

 轟音。

 

 土煙。

 

 地面を揺らす衝撃。

 

「……。」

 

 アルはゆっくりと身体を起こす。

 

 視界を覆っていた土煙が、少しずつ晴れていく。

 

 先ほどまでナンバー48が立っていた場所には。

 

 巨大な瓦礫の山だけが残っていた。

 

「……そんな……。」

 

 アルは呆然とする。

 

 自分が突き飛ばされたことは分かる。

 

 誰が助けたのかも分かっている。

 

 だが。

 

『私に、選択肢はない。』

 

 先ほどの言葉と。

 

 今の行動が、どうしても結びつかなかった。

 

「どうして……。」

 

 アルは、瓦礫へ近づこうとする。

 

「アル!!」

 

 聞き慣れた声が響いた。

 

 振り返る。

 

 崩れ始めた通路の奥から、エドとヨキが走ってきた。

 

「兄さん!」

 

 エドがアルへ駆け寄る。

 

「無事か!?」

 

「う、うん。」

 

「大丈夫。」

 

 エドは安堵したように息を吐く。

 

 だが、すぐに周囲を見回した。

 

「ここも崩れ始めてる。」

 

「急いで逃げるぞ!」

 

「アルフォンス君!」

 

 ヨキも、息を切らしながら声を上げる。

 

「研究所全体が崩壊しています!」

 

「立ち止まっている時間はありません!」

 

「……。」

 

 アルは瓦礫を振り返る。

 

 アルが言葉を発しようとした瞬間。

 

 更に大きな振動が走る。

 

 エドがアルの腕を掴む。

 

「アル!」

 

「何してんだ!」

 

「いくぞ!」

 

 アルは瓦礫を見つめたまま、一瞬だけ動けなかった。

 

「……。」

 

 ヨキはその様子を見つめている。

 

 しかし。

 

 エドに腕を引かれ、アルは走り出す。

 

 三人は落下する瓦礫を避けながら、研究所を駆け抜けた。

 

 壁が崩れる。

 

 背後から、幾つもの爆発音が迫る。

 

「出口です!」

 

 三人は敷地の外へ飛び出した。

 

 背後では第五研究所の一部が、大きな音を立てて崩れ続けている。

 

 土煙が夜空へ立ち上る。

 

 三人は立ち尽くしたまま、崩れていく建物を見つめていた。

 

 

「お二人は、宿へ戻ってください。」

 

 研究所から少し離れた場所で。

 

 ヨキはエドとアルへ、はっきりと告げた。

 

「何でだよ。」

 

 エドが眉を寄せる。

 

「こんな騒ぎになってるのに――」

 

「だからこそです。」

 

 ヨキは軍服についた埃を払いながら答える。

 

「現在、スカーはまだ捕まっていません。」

 

「護衛対象であるお二人に何かあれば。」

 

「ロス少尉とブロッシュ軍曹が責任を問われます。」

 

 エドは言葉に詰まった。

 

「それに、お二人が無断で第五研究所へ入り込んだと知られれば。」

 

「大目玉を食らうだけでは済まないかもしれません。」

 

「……。」

 

「ロス少尉達は、お二人を宿で見失っていない。」

 

「そういうことにしましょう。」

 

「今すぐ戻れば、ロス少尉達に気づかれる前に宿へ戻れるはずです。」

 

「落ち着いたら。」

 

「エドワード君はアルフォンス君へ出来事の共有をお願いします。」

 

「ただし記録は残さないように。」

 

「私達の記憶の中に留めるだけにしましょう。」

 

 エドとアルは静かに頷いた。

 

「ヨキさんは、どうするんだ。」

 

「私は。」

 

「この騒動に駆けつけたことにします。」

 

「爆発音を聞き、現場へ向かった。」

 

「その方が自然でしょう。」

 

「逆に現場から離れている姿を見られる方が不自然でしょうね。」

 

 ヨキは穏やかに笑う。

 

「では。」

 

「お気をつけて。」

 

「ああ。」

 

 エドはアルの肩を叩き、宿の方角へ歩き始めた。

 

 

 ヨキは二人の背中が見えなくなるまで、その場に立っていた。

 

 そして。

 

 軍人としての表情へ戻る。

 

 崩れ続ける第五研究所へ向かい、歩き始めた。

 

 

 暗闇。

 

 瓦礫の奥で、金属が軋んだ。

 

「兄者……。」

 

 鎧の胴体から、先ほどとは異なる若い声が漏れる。

 

「すまねぇ。」

 

 少し離れた場所。

 

 瓦礫に挟まれた兜から、落ち着いた声が返った。

 

「何を詫びる。」

 

「あの坊主を。」

 

「咄嗟に、助けちまった。」

 

「そうか。」

 

 兜は、静かに答えた。

 

「後悔しているのか。」

 

「……いや。」

 

「ならば、それでよい。」

 

 短い沈黙。

 

「兄者。」

 

「俺達、ここで終わりかな。」

 

「恐らくな。」

 

「そっか。」

 

 胴体の声が、小さく笑う。

 

「まあ。」

 

「最後に自分で選べたんだ。」

 

「悪くねぇよな。」

 

「うむ。」

 

 兜から、穏やかな声が返る。

 

「悪くない。」

 

 再び、暗闇へ静寂が戻った。

 

 その時。

 

 瓦礫の隙間から、一筋の光が差し込んだ。

 

「……む?」

 

 石が動く。

 

 上から、少しずつ瓦礫が取り除かれていく。

 

「誰だ……。」

 

 眩い光の向こう。

 

 一つの人影が、鎧の胴体と兜を交互に見下ろしていた。

 

「なるほど。」

 

 静かな声が響く。

 

「一つの鎧に、二つの魂。」

 

「実に興味深い。」

 

 人影は、ゆっくりと手を伸ばす。

 

「さて。」

 

「救出の時間です。」

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