ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

24 / 49
第六章 選択

 

 少し、時は遡る。

 

 エドとヨキが第五研究所の内部へ足を踏み入れた頃。

 

 外で待機していたアルの前にも、一体の鎧が姿を現していた。

 

 暗闇の奥から、ゆっくりと金属音が近づいてくる。

 

 現れたのは、ナンバー48と名乗る一本の刀を携えた鎧だった。

 

 鋭く尖った兜。

 

 全身に刻まれた無数の傷。

 

 刀の柄へ手を置いた立ち姿には、僅かな隙もない。

 

 アルは静かに拳を構えた。

 

◇

 

 抜き放たれた刃が、月明かりを反射する。

 

「悪く思うなよ。」

 

「待ってください。」

 

 アルが声を上げた。

 

 次の瞬間。

 

 ナンバー48の姿が、アルの視界から消えた。

 

「――っ!」

 

 右。

 

 アルは反射的に身を捻る。

 

 鋭い刃が肩口を掠め、甲高い金属音と火花を散らした。

 

 ナンバー48は、振り抜いた刀を即座に返す。

 

 返しの刃が、アルの胴へ迫った。

 

 アルは両腕を交差させ、刃を受け止める。

 

「くっ……!」

 

「ほう。」

 

 ナンバー48が感心したように声を漏らす。

 

「その巨体で、その身のこなしとは。」

 

 アルは刀を押し返し、相手の懐へ踏み込んだ。

 

 右の拳を振るう。

 

 ナンバー48は上体を逸らしてかわした。

 

 しかし、アルはその勢いのまま身体を回転させる。

 

 長い脚が、鎧の脇腹を薙いだ。

 

「むん!」

 

 ナンバー48の身体が横へ飛ばされる。

 

 だが、倒れない。

 

 片手を床へつき、勢いを殺さずに身を翻す。

 

 着地と同時に、刀を低く薙いだ。

 

 刃がアルの脚を狙う。

 

 アルは床を蹴った。

 

 刀が、宙へ浮いた両脚の下を通り過ぎる。

 

「ほう!」

 

 ナンバー48が楽しげに声を上げた。

 

「見事な身のこなしだ。」

 

 アルが着地する。

 

 その瞬間には、既に次の斬撃が迫っていた。

 

 上段。

 

 袈裟斬り。

 

 返す刀で横薙ぎ。

 

 間髪を入れない突き。

 

 一本の刀が、まるで何本にも分かれたようにアルへ襲いかかる。

 

 アルは腕で受け、身体を傾け、紙一重でかわし続けた。

 

 刀が鎧へ触れるたび、鋭い音が周囲へ響き渡る。

 

「速い……!」

 

「はっはっは!」

 

 ナンバー48は、愛刀を楽しげに振るう。

 

「久しぶりに手応えのある獲物だ。」

 

「嬉しいぞ!」

 

「僕は嬉しくありません!」

 

 アルは迫る刀を、両手で挟み込んだ。

 

 白刃取り。

 

 動きを止められたナンバー48の腕を掴み、その身体を背負うようにして投げる。

 

 ナンバー48の巨体が宙を舞った。

 

「うぬ!」

 

 だが。

 

 ナンバー48は空中で身を捻り、両足から着地する。

 

 間髪を入れず、刀を横へ振り抜いた。

 

 アルは後方へ飛ぶ。

 

 刃先が胸元を掠め、鎧の表面へ一本の傷を刻んだ。

 

 ナンバー48は刀を構え直す。

 

「やるな。」

 

 僅かな間。

 

「私よりは弱いがな。」

 

「まだ、決まっていませんよ!」

 

 アルが地面を蹴る。

 

 拳と刀が、再び激しくぶつかり合った。

 

◇

 

 何度目かも分からない剣戟が響いた。

 

 アルの鎧には、無数の斬り傷が刻まれている。

 

 ナンバー48の鎧にも、拳や蹴りによるへこみが幾つも残されていた。

 

 それでも。

 

 互いに決定打を与えられてはいない。

 

 アルの拳が、ナンバー48の兜へ迫る。

 

 しかし。

 

 直前で拳の軌道が逸れた。

 

 アルの拳は、兜の横を通り過ぎる。

 

 ナンバー48は刀の腹でアルの胴を打ち、距離を取った。

 

「……妙だな。」

 

 刀を下ろし、アルを見据える。

 

「何がですか?」

 

「先ほどから。」

 

 ナンバー48は静かに問いかけた。

 

「私の動きを封じる機会は、幾度かあったはずだ。」

 

「だが、貴様は決定的な一撃を避けている。」

 

 アルは答えない。

 

「なぜ、殺しに来ぬ。」

 

「……殺したくないからです。」

 

「ふん。」

 

 ナンバー48は鼻を鳴らした。

 

「甘ったるいことを。」

 

「このような身体の私が、人と呼べる代物だと思っているのか。」

 

 ナンバー48は、自らの胸部を開いてみせる。

 

 内部は、肉体など存在しない空洞だった。

 

「ただ、鎧を破壊するだけだ。」

 

「違います。」

 

 アルは、はっきりと答えた。

 

「僕は、あなたをただの鎧だと思っていません。」

 

 アルもまた、自らの胸部を開いてみせる。

 

 その内部も、同じように空洞だった。

 

「僕も。」

 

「魂を鎧へ定着された人間だからです。」

 

「なんと……。」

 

 低く落ち着いた声が夜へ響く。

 

「表の世界にも、私と同じような存在がいるとは。」

 

 ナンバー48の声から、初めて余裕が消えた。

 

 短い沈黙。

 

「僕の中にも、肉体はありません。」

 

「兄さんが、僕の魂をこの鎧へ繋ぎ止めてくれました。」

 

 アルは静かに頷く。

 

「それでも、僕は人間です。」

 

「兄さんは僕を弟として扱ってくれる。」

 

「みんなも、僕を人間だと思ってくれています。」

 

 アルは、ナンバー48を真っ直ぐに見た。

 

「だから。」

 

「あなたを人間ではないなんて、僕には言えません。」

 

「あなたを殺すことも。」

 

「破壊することも、したくありません。」

 

 風の音だけが、二人の間を通り過ぎる。

 

 ナンバー48は、暫く何も言わなかった。

 

「……ありがたい言葉だ。」

 

 やがて。

 

 低い声が静かに響いた。

 

「だが。」

 

 刀が再び持ち上がる。

 

「私は、生前。」

 

「スライサーと呼ばれた殺人鬼だ。」

 

「多くの命を奪い、表向きには二年前に死刑となった。」

 

「その後、腕を買われ。」

 

「実験材料となり。」

 

「今は、この研究所を守る番犬だ。」

 

 切っ先がアルへ向けられる。

 

「ここへ入り込んだ者を斬る。」

 

「それ以外の生き方など、とうに残されておらぬ。」

 

「故に、私に選択肢はない。」

 

 アルは拳を構え直す。

 

「本当に、そうでしょうか。」

 

「……。」

 

 ナンバー48は答えなかった。

 

 僅かに腰を落とす。

 

「いざ。」

 

 その瞬間だった。

 

 ゴゴゴゴゴ――。

 

 地の底から這い上がるような振動が、研究所全体を揺らした。

 

「何!?」

 

「む……。」

 

 アルとナンバー48が、同時に周囲を見回す。

 

 壁に亀裂が走る。

 

 窓が、次々と砕ける。

 

 直後。

 

 ドォォォン!!

 

 建物の外壁が、爆発するように吹き飛んだ。

 

「なっ――!」

 

 巨大な壁と梁が、アルの頭上へ崩れ落ちる。

 

 避けられない。

 

 アルは咄嗟に両腕を上げた。

 

 その身体へ。

 

 横から、激しい衝撃が叩き込まれた。

 

「えっ――」

 

 ナンバー48だった。

 

 アルの巨体が、安全な場所へ弾き飛ばされる。

 

 直後。

 

 崩れ落ちた壁と梁が、ナンバー48を呑み込んだ。

 

 轟音。

 

 土煙。

 

 地面を揺らす衝撃。

 

「……。」

 

 アルはゆっくりと身体を起こす。

 

 視界を覆っていた土煙が、少しずつ晴れていく。

 

 先ほどまでナンバー48が立っていた場所には。

 

 巨大な瓦礫の山だけが残っていた。

 

「……そんな……。」

 

 アルは呆然とする。

 

 自分が突き飛ばされたことは分かる。

 

 誰が助けたのかも分かっている。

 

 だが。

 

『私に、選択肢はない。』

 

 先ほどの言葉と。

 

 今の行動が、どうしても結びつかなかった。

 

「どうして……。」

 

 アルは、瓦礫へ近づこうとする。

 

「アル!!」

 

 聞き慣れた声が響いた。

 

 振り返る。

 

 崩れ始めた通路の奥から、エドとヨキが走ってきた。

 

「兄さん!」

 

 エドがアルへ駆け寄る。

 

「無事か!?」

 

「う、うん。」

 

「大丈夫。」

 

 エドは安堵したように息を吐く。

 

 だが、すぐに周囲を見回した。

 

「ここも崩れ始めてる。」

 

「急いで逃げるぞ!」

 

「アルフォンス君!」

 

 ヨキも、息を切らしながら声を上げる。

 

「研究所全体が崩壊しています!」

 

「立ち止まっている時間はありません!」

 

「……。」

 

 アルは瓦礫を振り返る。

 

 アルが言葉を発しようとした瞬間。

 

 更に大きな振動が走る。

 

 エドがアルの腕を掴む。

 

「アル!」

 

「何してんだ!」

 

「いくぞ!」

 

 アルは瓦礫を見つめたまま、一瞬だけ動けなかった。

 

「……。」

 

 ヨキはその様子を見つめている。

 

 しかし。

 

 エドに腕を引かれ、アルは走り出す。

 

 三人は落下する瓦礫を避けながら、研究所を駆け抜けた。

 

 壁が崩れる。

 

 背後から、幾つもの爆発音が迫る。

 

「出口です!」

 

 三人は敷地の外へ飛び出した。

 

 背後では第五研究所の一部が、大きな音を立てて崩れ続けている。

 

 土煙が夜空へ立ち上る。

 

 三人は立ち尽くしたまま、崩れていく建物を見つめていた。

 

◇

 

「お二人は、宿へ戻ってください。」

 

 研究所から少し離れた場所で。

 

 ヨキはエドとアルへ、はっきりと告げた。

 

「何でだよ。」

 

 エドが眉を寄せる。

 

「こんな騒ぎになってるのに――」

 

「だからこそです。」

 

 ヨキは軍服についた埃を払いながら答える。

 

「現在、スカーはまだ捕まっていません。」

 

「護衛対象であるお二人に何かあれば。」

 

「ロス少尉とブロッシュ軍曹が責任を問われます。」

 

 エドは言葉に詰まった。

 

「それに、お二人が無断で第五研究所へ入り込んだと知られれば。」

 

「大目玉を食らうだけでは済まないかもしれません。」

 

「……。」

 

「ロス少尉達は、お二人を宿で見失っていない。」

 

「そういうことにしましょう。」

 

「今すぐ戻れば、ロス少尉達に気づかれる前に宿へ戻れるはずです。」

 

「落ち着いたら。」

 

「エドワード君はアルフォンス君へ出来事の共有をお願いします。」

 

「ただし記録は残さないように。」

 

「私達の記憶の中に留めるだけにしましょう。」

 

 エドとアルは静かに頷いた。

 

「ヨキさんは、どうするんだ。」

 

「私は。」

 

「この騒動に駆けつけたことにします。」

 

「爆発音を聞き、現場へ向かった。」

 

「その方が自然でしょう。」

 

「逆に現場から離れている姿を見られる方が不自然でしょうね。」

 

 ヨキは穏やかに笑う。

 

「では。」

 

「お気をつけて。」

 

「ああ。」

 

 エドはアルの肩を叩き、宿の方角へ歩き始めた。

 

 

 ヨキは二人の背中が見えなくなるまで、その場に立っていた。

 

 そして。

 

 軍人としての表情へ戻る。

 

 崩れ続ける第五研究所へ向かい、歩き始めた。

 

◇

 

 暗闇。

 

 瓦礫の奥で、金属が軋んだ。

 

「兄者……。」

 

 鎧の胴体から、先ほどとは異なる若い声が漏れる。

 

「すまねぇ。」

 

 少し離れた場所。

 

 瓦礫に挟まれた兜から、落ち着いた声が返った。

 

「何を詫びる。」

 

「あの坊主を。」

 

「咄嗟に、助けちまった。」

 

「そうか。」

 

 兜は、静かに答えた。

 

「後悔しているのか。」

 

「……いや。」

 

「ならば、それでよい。」

 

 短い沈黙。

 

「兄者。」

 

「俺達、ここで終わりかな。」

 

「恐らくな。」

 

「そっか。」

 

 胴体の声が、小さく笑う。

 

「まあ。」

 

「最後に自分で選べたんだ。」

 

「悪くねぇよな。」

 

「うむ。」

 

 兜から、穏やかな声が返る。

 

「悪くない。」

 

 再び、暗闇へ静寂が戻った。

 

 その時。

 

 瓦礫の隙間から、一筋の光が差し込んだ。

 

「……む?」

 

 石が動く。

 

 上から、少しずつ瓦礫が取り除かれていく。

 

「誰だ……。」

 

 眩い光の向こう。

 

 一つの人影が、鎧の胴体と兜を交互に見下ろしていた。

 

「なるほど。」

 

 静かな声が響く。

 

「一つの鎧に、二つの魂。」

 

「実に興味深い。」

 

 人影は、ゆっくりと手を伸ばす。

 

「さて。」

 

「救出の時間です。」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。