「ぐぅ!!」
魔力の剣が腕を切り飛ばす。断面から伸びた黒糸が絡み合い、引き合い塞がる。斬撃は無意味。ならばと拳を握る。
「15年、ひ弱な小娘だったからな。加減は出来んぞ?」
ゴッ! と砲弾でも撃ち込んだかのような衝撃でオウギの頭部が半分に吹き飛ぶ。
「……………まあ、必要ないか。治る………いや、直るようだしな」
無数の糸が蠢き細胞の一欠片も逃さず縫い合わせる。縫合跡はない。全身のツギハギは不死化前の名残だろうか?
「なら、これならどうだ」
「!?」
顔面を鷲掴みにしたエヴァはオウギをアスファルトに押し付けながら飛行。ゾリゾリと肉と頭蓋を下ろしていく。
「はっ、不死性に頼り切って肉体強化の魔法や気の鍛錬は怠ったか? まるで脆いぞ!」
「ぎ、がが、がぁ!」
脳を失いながらも振るわれる剣。回避し距離を取るエヴァ。アスファルトに描かれた赤い線から糸が伸び、再び頭部を編み込み始める。
「大した化物ぶりだな。見てみろ、助けてやった餓鬼共の目を」
「………………」
その言葉に振り返れば明らかな致命傷が修復されていくオウギを見て顔を青くする明日菜とネギ。空っぽの眼孔に嵌った黒白目の視線が向くとビクリと肩を震わせた。
「助けられておいてあれだ。死する者に我々は疎ましく羨ましく悍ましい。此方を恐れ、媚びへつらおうと先に死ぬ。光にいれば嫌でも見つかる。なら闇に沈め……そこには、殺しに来る馬鹿しか来ない。光しか知らない奴等は、闇を恐れ逃げるからな」
そう嘲るエヴァを、オウギは真っ直ぐ見つめる。
「人と繋がるのが、そんなに怖いのかよ」
「………………なんだと?」
「失うのが恐ろしいのか? なら、ごめん。俺は、それを知らない………擦り削られる痛みなんて比べ物にならない苦しさかもしれない」
いや別にそこまでは、と思うエヴァ。口には出さなかったが。
「でも、お前は寂しそうな顔をしてた! 迷子の子供みたいに、泣きそうだった!」
「────!!」
「本当は
「…………さい………」
「あの子……お前の先生なんだってな。え、先生? えっと…………あの子は、お前に手を伸ばしたぞ。吸血鬼って知りながら、襲われた後も」
「うるさい………!」
「俯いてりゃ見えるのは真っ暗な影ばかりだ。今、光から逃げてるのはお前の方だろ!」
「うるさい、うるさい、うるさい!!」
感情のままに魔力が吹き荒れ、無数の氷の槍が、闇の嵐がオウギを貫き、削る。
「期待するから裏切られる! 繋がりがあるから失う! 何も知らないガキが、知ったような口を聞くなぁぁぁ!!」
「………………!!」
氷牙の吹雪が肉を抉り骨を貫き血すら凍らせる。凍り付いて砕けた腕が、直らない。黒糸自体は動くが凍り付いた細胞を細胞と認識出来ていない。このまま削り切られる…………エヴァがその事実を認識出来るほどに冷静だったら。
「…………っ!」
目が、逸らされない。あれだけ攻撃を受け、あれだけ傷つき、それでもその瞳に恐怖は宿ることなく、ギラギラの目が真っ直ぐ此方を射抜く。
「何も知らなきゃ、手を伸ばしちゃ駄目なのか………」
「貴様!」
「生憎、泣いてる子供をほっとけなんて教えで育ってねえ!」
振るわれる血管が張り巡らせた剣。真祖の障壁が斬り裂かれる。魔力を分解………否、解体された。
「潰れろ!!」
巨大な氷塊が複数生み出される。一つ一つが人など容易く押し潰す質量が
解体神刃コールブラッド 形状変化
巨大な、竜の骨すら立ちそうな刃物が氷塊を斬り刻む。斬られた氷塊は切断面から解体され消えていく。
氷塊に混じり迫っていたエヴァが氷の剣を振るう。オウギも迎え撃とうと剣を振るい………
「いけない! マスター!」
茶々丸が叫ぶ。バシャンと橋塔の明かりが辺りを照らす。
街を明かりが包むと同時に見えない何かが収束するように何かの力がエヴァに集まるのを感じた。刃は止められない。
「予定よりも7分27秒も停電の復旧が早い!」
「きゃん!」
「!?」
バチン! と稲光のように光ったエヴァ。体勢を崩し、氷の剣が砕ける。オウギの剣がエヴァの腕を斬り飛ばす。飛ばされた腕は切断面から闇に飲まれた。
「!?」
「マスター!」
「っ!!」
その叫び声を聞いて、橋の外に飛ばされ落下するエヴァに、オウギは迷いなく飛び出す。
「な!?」
「しっ………! りゃあ!」
鎖付きの剣を橋塔に投げつけ隻腕でエヴァの腕を掴む。ビンと鎖が伸び、体に巻き付けた鎖が閉まり肋が砕け背骨が折れて内臓が潰れる。
「ぶ、ぅ! えばぁ!」
腹の中の血を吐き出し咳き込むオウギ。滅茶苦茶痛い。直される感覚すら超痛い。
「…………何故、助けた」
「なんでって…………さあ?」
「………………」
「でも、無事でよか…………っ!」
と、解体したエヴァの腕を飲み終えたのか、混線したかのようにオウギの中に溢れる他者の記憶。
瞬間、流れ込むエヴァの記憶。
不死にされた。両親を魔法使い殺された。魔女に弟子入りさせられた。復讐に走り、命を狙われ、仲間が出来て、また狙われて、侵略者共の故郷に向かい、
光に生きてみろとあの男は言った。
力を封じられ、移動を禁じられ、仕方なく始めた学生生活。今更ただの人間………それも平和な時代しか生きてない日本の小娘共との付き合い方など解るわけもなく、自分から関わりに行ったりはしなかった。関わる気がないだけだ。断じてコミュ障だからではない!
基本的に小学から上がってくる。既に交友関係は決まっている連中が騒がしく笑い合う。
こちらから話に向かう理由など無く、壁を作った私に、平然と壁を破壊する馬鹿がいた。
『ねえ、マクダウェルさん! コスプレに興味ない!?』
映像研究部に所属するその女は、そう言って私に平気に話しかけてきた。
『人形みたいに可愛いからね、きっと最高のヒロインになれる! やってみよ!』
『………………断る』
変に目立つようなことをすれば爺もうるさいだろうし、興味もない。そう断ってもそいつはずっとついてくる。衣装だけでも、そう言って近年のゴシックロリィタの服を見せてくる。中々悪くないと思えたそれらは、その女のお手製だという。
服に罪はないからな。仕方なく話し相手ぐらいにはなってやった。映像に映る気はないが。自分で言い出しておいて、そんなことどうでもいいとばかりにその馬鹿は関わってきた。
騒がしく誰にでも話しかける性格。自分が似合うと思った服を相手に渡す癖。クラスの中心にはいつもその馬鹿がいて、何時の間にか私はそいつの暴走をとめる役目だと頼られて…………悪くはなかったよ。
『最近エヴァちゃん、なぁんか遠い目をしてるよね? 恋でもした? ほらほら、お姉さんに話してみなさい!』
最後の3年目。お前が来ると言っていた卒業が近付くと、お前を思い出した。待っていたんだよ、私はあの日、ずっと。日が昇るまで。
結局その日、お前は訪れることはなかった。また1年からやり直しさせられる羽目になり、新しいクラスに紛れた。
ふと高等部に進学したあの女が気になり、部活動紹介を見に行った。
『まあ、悪くない出来だったな』
『ありがと! えっと、
誰も私を覚えていなかった。魔法関係者は例外だったが、奴は友人が『悪い魔法使い』に近づかなくなった今、関わる理由なんてなかった。
後は、その繰り返しだ。
2回目まで話しかけてくる奴に応えた。
3回目からは無視して、それでも話しかけてくる奴は居た。
4度目が過ぎても、やはり終わりが訪れる。
これでも不老不死。別れなんて何度も体験した。いずれ忘れていくだけなのも知っている。
でも、3年だ。たった3年であり、3年
僅かな別れでありながら、その人間を知るには十分な時間。知ったところで、何の意味もないがな。
登校地獄とはよく言ったものだ。いずれ滅びる時が来れば、地獄へと落ちるのだろうと何度も思った。でも、なぁ、ナギ………この地獄はあんまりだろう。
それでもお前が生きていれば、或いは待てたかもしれない。待とうと思ったんだ。お前が死んだという噂を聞いたのは、案外直ぐだった。
『エヴァちゃん、映画とか興味ない!』
『中等部の子だよね? 映研に興味ある?』
『そうだよ、私はマクダウェルさん係! だからほら、サボりはだぁめ』
『わ、今の子、お人形さんみたいだったね』
『ほ、本、好きなんですか?』
『あ、ご、ごめんなさい。さ、先に手を伸ばしたの、あなた、ですので………じゃ、じゃあ』
七百年生き続けて、何度も別れを体験した。長い間会わなかった知人が此方を忘れる事なんてザラにある。ある日唐突に忘れられるのだけは、慣れない。
だから解放されたいと思った。もう待つ必要も意もない相手を待ち続けるのもバカらしい。もとより無理だったのだ、私が光に生きるなど。
だから、やめろ。私をそこに引きずり出そうとするな!
「っ!? ぐ、あ………!」
ツギハギされた他者の記憶が混線した様に脳裏に混じる。少女の歩んだ700年の一部。憎悪、悲観、哀哭、暗澹、喪失、絶望、憤怒、孤独、孤独、孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独。
「……………おい?」
「…………あ」
気付けば涙を流していた。そんなオウギに訝しげな視線を送るエヴァ。
「……今、あんたの記憶が見えた」
「なんだと!? 何を………私の腕か?」
他者の記憶を読み取るなどそれなりの準備が必要なはずの魔法。それを何時行ったのだと疑問に思うが闇に飲まれた己の腕を思い出す。まさか、あそこから?
「………お前、なんで泣いている」
「だって………くやしいじゃんか。始まりは確かに自分のためだったかもしれないけど、あんたはこの世界を守ったのに………彼奴等ばっかり被害者のふりして、悪者みたいに。そんなの兄ちゃんとおんなじだ………」
「にい………?」
「だから、あんたは幸せにならなきゃ駄目だ!」
エヴァを引き寄せ、その目を真っ直ぐに見つめる。
「ふざ、けるな………私の過去を見ただろ。私は!」
「自分を守る為に、誰かを守る為に殺した事を許されないと思える、優しいあんただから、幸せになるべきだと俺は思う……」
「な…………」
「幸せになっていいんだ。いや………幸せにする! 世界中があんたを不幸になるべきなんて叫んでも、あんたが自分で不幸な未来を歩もうとしても、俺が絶対にあんたを幸せにする!」
「………は? な、いや………おま、そ、それ………自分が何言ってるか分かって…………!」
「…………?」
何故か真っ赤になっているエヴァにオウギは不思議そうな顔をした。
仲間の戦士に『砂糖吐きそう』と思われるやりとりをしながら僧侶の好意に最期まで気付かなかった男なのだ、オウギは。
「マスター」
「うわぁ!」
「へぶ!?」
顔を赤くして固まっていたエヴァは唐突に聞こえた声にオウギの顔面を殴る。
「ちゃ、茶々丸!?」
「はい。ご無事で何よりです」
「あー、ちょうどよかった。頼める? この状態じゃ上がりにくくて」
「はい」
オウギはエヴァを茶々丸に渡すと己がぶら下がっている鎖を掴む。身体に巻き付いていた分が溶けるように消え、
その横をエヴァを抱えた茶々丸が降りた。
「ふぅ………」
「エヴァンジェリンさん! お兄さん!」
と、そんな彼等の下へネギが走ってきて…………ネギと三人の間を斬撃が通り抜ける。
「「「!?」」」
エヴァ達の足元に何かが高速で飛来し弾けると同時にアスファルトの一部が輝き魔法陣が現れる。光の縄が伸び三人を拘束する。
「え!? あ、あれ!? 破壊された筈なのに!」
「いえ、これはネギ先生が使用した術式とは………結界解除プログラム始動」
「動くな」
頭部のパーツがカシャカシャと形を変えるが茶々丸の背後でタバコを吸うサングラスの男。
「っ! お前…」
「………?」
その姿にオウギはハッとする。
「子供の前でタバコ吸うな。よくないぞ、そういうの」
「……………………」
男はポケット灰皿にタバコを押し付け火を消す。オウギはよし、と頷いた。
「あわ、あわわ! だ、誰ですか貴方は! 僕の生徒達と恩人を放してください!」
と、ネギがようやく現状を認識に両手をパタパタ振りながら男に向かって駆ける。
「まあまあネギ君、落ち着いて」
「タカミチ!?」
そんなネギの肩を抑えるメガネの男。かなりの使い手だ。エヴァはふん、とつまらなそうに鼻を鳴らす。慌てていない。
「……………知り合い?」
「まあな………」
その二人だけではない。
褐色肌の眼鏡の男性、刀を持った眼鏡の女性………眼鏡多いな。そして………
「ふむ、恩人………確かにネギ君を助けてくれたようじゃな。おまけに、此処数日孤児院でもよく働いていたようじゃし」
最も気配が強い老人が現れる。老人とはいえ枯れ木のような気配とはまるで違う。百年育った大樹の如き、老成された存在感。
長くたれた耳たぶに、長い後頭部。
「吸血鬼の次は、ぬらりひょんかよ」
「いや、儂普通の人間じゃから」
「………………え? えっと、クオーター?」
「孫でもない」
感想待ってます